『———何で‥‥どうして‥‥』
辺り一帯を覆い尽くす真っ赤な炎。慣れ親しんだ町、思い出の場所、何もかも全てが僕の前から消え去ろうとしていた。
僕はただ呆然と立ち尽くし、鳴り響くサイレンの音など雑音にしか聞こえず、耳に伝わるのは夥しい悲鳴だけ。
まさに地獄絵図と言える光景は悪夢の様に続いた。
『ギギッ‥‥』
何処から現れたのか、黒い鉄を纏った生物がこちらに気づいた。
その生き物は僕を見るや否や口を開け、大砲の様な物を僕に向ける。
僕は拳を握り締めた。届かないと分かっているのに、強い悔恨に呑まれた感情を抑えきれずにはいられなかったのだ。
僕の居場所を壊したこいつらが許せない。両親を殺したお前らを許す気は無い。
だが、生物は待ってくれる筈も無く、やがて口から砲弾を発射した。
無造作にも迫る死の瞬間。逃れようがない運命を悟り、僕は目を瞑った。
僕は、自分自身を護ってくれる人の存在を知らずに——。
○
「っ‥‥‥‥‥‥」
外から聞こえる鳥の囀り。隙間から漏れる光が朝だと認識させた。
僕は仰向けになっていたソファから重い体を起こし、辺りを見回す。
「寝てる‥‥」
周りには点々とした場所でうつ伏せになった
「‥‥あれ、毛布?」
改めて見ると、其処には掛けた覚えのない赤い毛布が僕の身体を覆っていた。
誰が掛けてくれたのか考えていると、そこに一つの声が入る。
「あら、起きたようですね」
後方から聞こえて来た声は、優しく、何処か安心する様な声音だった。
その主の方向へ振り向くと、そこには緋色の袴を身に付けた女性がいた。
「‥‥‥鳳翔さん‥‥?」
目を擦りながら、自分でも分かるくらいの眠そうな声で言葉を発する。
「はい、おはようございます。昨日の疲れからか、ぐっすりでしたね」
「ぁっ‥‥‥お、おはようございます。もしかして、これ鳳翔さんが?」
そう言い、僕は掛けられていた毛布を指差す。
「ええ、風邪を引くと悪いですし、掛けておきました」
微笑みと合わさり、鳳翔さんの優しさが凄く伝わる。
鳳翔さんとは昨日少しの挨拶を交わしただけだが、その時の人柄からも優しい人だと分かった。
「わざわざすいません。ありがとうございます」
「いえ、お気になさらず。昨晩は祝いの席でしたから」
「そ、そうですね‥‥」
そう言葉を返したが、正直昨日の記憶があやふやだ。
前世の年齢的にお酒を飲める歳ではないので、お酒は控えていた。だが、周りからやいのやいのと勧められて流されてしまったのだ‥‥。
‥‥犯罪にはならないよね?
実際、今艦としている自分の年齢は定かではないし。
‥‥うん、多分大丈夫だろう。バレなきゃ犯罪じゃないって言うからね(?)。
まあ恐らく昨晩は酔い潰れてしまったのだろう。部屋に戻ってすらないし、そう考えるのが妥当だ。
「ん‥‥‥‥」
今までの経緯を考えていた中、昨日の宴会で使われたであろう食器やコップを纏めている鳳翔さんの頭に埃の様なゴミがついているのを見つけた。
恐らく本人は気づいていな様だし、僕は取ってあげようとその場から立ち上がる。
そうして、数センチの距離となった時———突如鳳翔さんがこちらに振り向いた。
「っ‥‥‥‥‥‥‥」
「へっ‥‥‥‥‥‥」
僕は埃を取ろうと近づいていた為、当然僕と鳳翔さんの距離は近かった。それも、顔と顔の間にはほんの少しの隙間しかない。
「す、すいませんっ!?」
すると、何に謝ったのか、鳳翔さんは顔を赤くしながら僕から急いで距離を取る。
しかし、その後ろには鳳翔さんが片付けていた食器などがあった。勢いよく下がった事からテーブルに鳳翔さんはぶつかり、思わず後ろに倒れそうになる。
「危ないっ‥‥!」
僕は危険を察し、鳳翔さんの手を掴んで体重を後ろに引いた。
その反動から、僕も後ろのソファに倒れてしまう。
ガシャーン!!
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
食堂に甲高い食器の割れる音が響き渡る。
そんな音の片隅、ソファに横たわっている僕は鳳翔さんの顔を目の前にしていた。
それも、顔の横に二つの手が置かれた状態で。
「っ‥‥‥‥///」
そんな現状に驚きを隠せないのか、顔を赤くしながらも鳳翔さんは目を見張っている。
僕の視界には先程よりも顔を赤くした鳳翔さんが映り、沈黙という静かな空間と合わさったことで、その雰囲気は何処か妖艶さを纏った様だった。
目と目が合い、思わず視線を逸らしてしまいたくなる羞恥が募る中、僕は沈黙を断ち切る為、言葉を発する。
「あ、あの———」
「なにぃ〜?今の音〜?」
「っ‥‥‥‥‥‥」
先程の食器が割れた音で周りの皆が起きたのであろう声が突然耳に入る。
その瞬間、鳳翔さんは瞬時に手を退けて立ち上がった。
その時、鳳翔さんはポツリと呟く。
「ごめんなさい‥‥」
○
「ん、どうした?疲れた顔をしているが何かあったのか?」
「い、いえ。特に‥‥何も」
場所は変わって執務室。
僕は先程の出来事を引き摺り、疲れを顔に出さずにはいられなかった。
事故とはいえ、押し倒された形になるのは非常によろしくない。貞操が逆転している世界なら尚更だ。
別に押し倒されたからといって嫌悪を示しているわけではない。
ただ、これから鳳翔さんと話す時が気まずくなるのだ。
「そうか?何もないのなら良いのだが‥‥。っと、まずは要件からだ」
「そう言えばそうでした。して、一体何の用事で?」
「ああ、信濃には今日演習をしてもらおうとな。信濃の能力を見た限り凄まじいポテンシャルがあるから、まずその視察といった感じだ」
「はあ‥‥そうですか」
演習となると実戦とはまた違うものだが戦うのは必然的。それは僕にとって初めての戦闘。
ポテンシャルを測ると言われても、実際僕自身その力を知らないし見たこともない。
まあ、何が言いたいかと言うと‥‥不安なのだ。
その力を測ってみたいという好奇心も少なからず混じっているが、やはり初めての戦闘とすれば緊張と不安が大きい。自分の力を知らないとなれば尚更だ。
「‥‥ただ、心配はしないでくれ。今回の演習には大和と武蔵も付ける。まだ海を走ったこともないだろう?そう気負わないでくれ。他にも信濃を助けてくれる仲間はたくさん居るんだからな」
僕の顔から感じたのか、不安を取り除くように言葉をかける提督。
僕は思わず口が綻びそうになるのをぐっと押さえ、返事を返した。
「はいっ、ありがとうございます。期待に添えられるよう頑張りますね」
その言葉に提督は微笑みを浮かべ、「ああ」と言葉を返したのだった。
○
「はぁ‥‥私は何て事を‥‥」
自室の机に顔を伏せ、先程の出来事に苛まれる"私"。
自分のやってしまった事を改めて認識し、自身に後悔が募る。
その原因は言わずもがな私が大きいのだが、昨日着任した信濃さんに深く関わっている。
不慮の事故とはいえ男性を押し倒すなど言語道断。
人によっては訴えられ、私の艦生は終わりを告げるだろう。
言い方が悪いが、これが提督だったらまだ良かった。あの人なら気にせず許してくれる筈。
だが、出会って間もない男性を押し倒したことは黙っていられない。ましてや昨日人気のあった信濃さんだ。私は大和さんに刺されるかもしれない。
そんな考えに苛まれる中、それでも一番に残るのは信濃さんの表情だった。
それを思い出すと体が熱を帯びる。
艶やかに映る少し青味のかかった髪。恥じらいからか頰は赤く染まり、美麗なオレンジ色の瞳が私に向けられる。
女だったら誰もが一目みて見惚れる様なシチュエーション。当然私はその時信濃さんに視線を奪われた。
脳内には邪な考えばかりが募り、自制心すら崩れかけた状態。
それを何とか訂することが出来たのは、誰かがあの場で起きてくれたおかげだ。
もし、その声が無かったら私は一体何処まで暴走していたのだろう。
いや、今はそんなことを考えている暇はない。
今、大事な事は———。
「これからどう接すれば良いのでしょうか‥‥‥」
私は小さな声でそう呟くのであった。
鳳翔さん‥‥良いよね。