曹操(十一):行き着く運命
空となった易京城塞。その内門を、臧覇は足裏で蹴り付けた。
「またも外れか」
と毒づく彼女の表情には、勝利だとか攻略の喜びはない。
「鄴を棄て北平に戻ったかと思えば易京に拠り、そして今また物資兵員だけを掻っ攫ってトンズラかい。戦い方が真っ当じゃないねぇ」
(お前が言うな野党)
内心でそう入れつつ、司馬懿は北風に曝されて冷え切った城壁に触れた。
「南皮では義経公が兵を挙げられたとか。このままでは退路が脅かされる。一旦曹仁殿と合流した方が良いだろう」
と長政が進言した。その前に残兵伏兵の有無を確かめるべく、居ないと半ば承知しつつも、砦内を連れ立って巡る。名に聞こえし天下の要害にも個人的な興味はあった。
「しかし、こうも機動戦を徹底されると空恐ろしいものがあるな。
「おそらく主導権が劉備側に回り、指揮を取る
長政の素朴な感想に、司馬懿こと青狼は、一応の少女らしい声音を保って答えた。
「
「あぁ、司馬徽殿の門人として、名は聞いたことがありますわ……浅井殿は、何故その名を?」
問われた長政は、やや言い淀んでから
「……すでにして某の知る三国の世とはだいぶ毛色が違うが……」
と前置きしたうえで答えた。
「劉備公は、曹操殿の天敵として、この後の時代に幾度となく干戈を交える運命となる。そして諸葛亮殿は……司馬懿殿、貴殿と兵略と智略の限りを尽くして戦うこととなるのだ」
先の事象を打ち明けられたとしても、青狼の心は動かず、ふぅん、と曖昧な相槌を打つことに終始した。
実感のないことだ。己は未だ一時的に曹純の指揮権を預かる書生に過ぎず、相手も農兵上がりの参謀もどき。この立場から一体何がどう転じてそのような運命に巡り合わせるというのか。
「ほう、じゃあアタシはどうなるのかね」
「臧覇殿は……孫呉と……たしか荊州で……良い感じで防いでいたと思う」
「え、そんな濁すほど影薄いの?」
ゆえにそれ以上は聞かず、彼は意識を、城壁に在って芒洋と北天を見るめるロブ・スタークへと向けた。
「スターク公、いかがなさいました?」
「ロブで良い、公と呼ばれる資格はない……あれはなんだ?」
あれとロブが示した先、地平の果てには長々と連なる類壁が見える。
青狼も知識としては知るが、初めて見る。と同時に、近づこうとも思わぬ場所である。
「あぁあれは、長城です。北からの侵入を防ぐための」
「北には何が?」
「たとえば烏丸、鮮卑……所謂
「似たようなものだ」
苦笑を髭の下にたたえて、北の王は言った。
「『壁』がある。その先には雪と氷と、そして野人が。そこに
「防人としてか……過酷な務めだろうな」
「ホワイト・ウォーカーが現れたという者もいた」
「ほわいと……?」
「数千年前の怪物だ。その身体は氷で覆われて、死者を操る。その時には皆、出鱈目だと言った。だが今は……おれが『ウォーカーもどき』だ」
そう言って自嘲したロブを、長政が肩に手を置き慰めた。
「怪物うんぬんはともかくとして、面白い巡り合わせだねぇ」
蛇の如く臧覇は青狼に絡みついた。
「世界は違うのに、似たような『壁』が北辺にある」
自身の秘事を察せられる前に、それとなくその腕を外しながら青狼は
(そう偶然の一致とも限らねぇがな)
と考えた。
この天下に相容れぬものが並び、互いに成長と拡張を続ける限り、いずれ何処かで境界を引き、それを超えた瞬間に攻撃し合うのだ。スターク家と野人、漢人と胡人。曹操と劉備。司馬懿と諸葛亮。
それは余人にとっては運命と呼び、青狼にしてみれば必然の理、行き着くところに行き着いた結果でしかない。
「司馬懿殿、公孫軍と劉備軍が、五胡を味方につける可能性は?」
長政に懸念を、青狼は首を振って否定した。
「嘘か真かはともかく、匈奴への懐柔政策を採っていた劉虞を、強硬派として公孫賛は殺害しています。その方針を今更翻すとも思えません。それは白馬長史としての彼女自身の半生と実績を否定し、憎き劉虞を肯定する策です。また、胡人らも彼女を仇として憎悪しておりましょう」
それに、と皮肉っぽく付け加えて嗤った。
「何のためにあの長城があるとお思いです? その意義を見失い、統御できる力なくして匈奴を漢土に引き込むなど正気の沙汰ではありません。鎖もつけずに狂犬を我が家に放つようなもの。もしそんなことをするような馬鹿がいたら、親の顔でも見てみたいですわね」
司馬穎「おっそうだな」