恋姫星霜譚   作:大島海峡

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劉備(一):彼女には見えない亀裂

 幽州義勇軍の長、劉備玄徳が当座の野営地にて披露した奇策に、その場に居合わせた人間は良くも悪くも唖然とした。

 

「えーと、ダメ、かなぁ?」

 

 さすがに肯定的ならざる空気を察したのか。桃香(とうか)の真名のごとく、桜桃色の髪を持つ少女は控えめに眉を下げながら首を傾げた。

 

「ダメですっ!」

「そんなことをしたら、ますます状況が厄介なことになりますっ」

 

 はわわ、と。

 あわわ、と。

 

 諸葛亮、鳳統の両軍師はこぞって異を唱えた。

 他の者も、面と向かっては言わないものの、難色の様子をそれとなく示している。

 

「そうかなぁ。五胡のみんなも、南から曹操軍(敵さん)が来ているのを、不安に思ってるはずだよ? これをきっかけにして白蓮ちゃんと仲直りできれば、きっと力を貸してくれるって思って……」

「恐れながら、その可能性は低いかと」

 

 黙殺するつもりだったが、田豫こと奏鳴は、五胡の渉外ならびに防衛担当として旧主に進言した。

 

「我らの陣営との遺恨は抜きにしても、胡族に長城を越えさせることは漢帝国それ自体を危険に晒す行いです。朝廷に断りなくそれをすれば、逆賊と見做されても」

「控えよ、田豫。()幕僚とはいえ、言葉が過ぎるだろう」

 

 遮ったのは、関羽こと愛紗(あいしゃ)である。彼女の声音と得物の冷たい艶は、出奔者に対する辛辣さを隠しきれていなかった。

 彼女を追い払うような目つきをした後、あらためて自身の主へと向き直る。

 

「すでに朱里(しゅり)らが掛け合い、盧植(ろしょく)様をツテに朝廷を介して停戦交渉を進めております。ともすれば、不義なる曹操めを逆賊と認定し、官軍との挟撃もかないましょう。それまでは我らは逃げと防ぎに専念することこそ肝要かと」

 と言うからには、さすがに賛同自体はしかねるらしいがそれでも美しい黒髪の娘は目元に奏鳴に対するものとは打って変わった優しさを称えている。

 

「……それにしても、この乱世に胡族との融和を求めんとするとは、桃香様の器量と気宇、容易に押し測ることができません」

 呆れたような物言いとともに、その響きにはこの上ない忠愛を感じさせる。

「でも、それでこそお姉ちゃんなのだ!」

 と唱和するかのごとく張飛(ちょうひ)翼徳(よくとく)こと鈴々(りんりん)である。少年っぽく白い歯を見せて笑う彼女の隣で、双子の如く朱里雛里(ひなり)も互いに顔を見合わせて声を揃えた。

「わ、私たちも!」

「桃香様の理想の世に近づけるその日まで、努力します!」

「……うん、みんなありがとう!」

 そんな未来の名臣たちの健気な励ましと称賛に、陶然とするかのような極上の笑みで桃香は出迎えた。

 

(……相変わらず、なんというか、ヌルッと気持ち悪いな、この人たち……)

 引き下がった奏鳴は、外野からその集団を冷ややかに眺めた。

 議するべきは当座の方針であったはずなのに、何やら言っていることは漠然と壮大になっていく。比してその関係性は内輪で小さく固まって排他的なものとなっている。

 その自己矛盾への居心地の悪さが、奏鳴の心を彼女らから遠ざけさせた所以である。

 

「でも、本当は公孫賛さんたちには鄴城に踏み留まってくれていた方が上手く立ち回ることが出来たのですが……どうして出撃してしまったんです?」

 その内輪から進み出てきた朱里がそう白蓮に質してきた。

 

 顔を引き攣らせる白蓮。両隣の星も奏鳴も何も言わなかった。

 星にしてみれば自分のみでカタをつけるところを、暴走した守兵が邪魔をした形になったと考えているだろうし、奏鳴は最早この戦の帰趨自体に興味が薄れている。そして白蓮はなるほど自分の咎であろうと、従容としてその控えめな非難を受け入れるのだった。

 

「朱里! 居合わせなかった我々には感知し得ない事情もあるだろうっ」

 代わりに、愛紗が彼女をたしなめ、

「はわっ! すす、すみません! 出過ぎたことを」

 劉備軍の軍師は帽子を抑え頭を下げようとした。白蓮はそれを手で制し、立ち上がった。

 

「早くこの場も出立しなければ、追撃軍に勘付かれる。哨戒には我々が当たるから、お前たちは離脱計画の調整と準備を頼む」

 と、言って去ろうとした。

 

「白蓮ちゃんっ」

 宵闇に沈んでいこうとする公孫賛主従を、ややあって桃香が追いつき、声をかけてきた。

 

「桃香か、援軍ありがとうな。あらためて、礼を言う」

 立ち止まって顧みる姉弟子に、少し遠慮がちな笑みを浮かべながら、言い淀みつつ、

 

「うん。あの、その……ね」

 らしくもなく言い淀んでいたような彼女ではあったが、やがて弾けるような笑みとともに、白蓮の両手を握りしめた。

 

「劉虞様とたとえ何かあったとしても、私は白蓮ちゃんの味方だからねっ」

 

 突然の接触に目を丸くした白蓮だったが、彼女たちにとっては慣れた距離感と交流だったのだろう。

「……あぁ」

 苦笑とともに、白蓮は桃香の握手よりすり抜けた。

 そして再び妹分に背を向けて、小さく呟く。

 

「……冤罪だとは、信じてくれないんだな……」

 

 独語を聞き漏らした桃香は「え?」とキョトンとした顔つきで聞き返すも、

「いや、なんでもない」

 と首を振ってほがらかに笑い直した白蓮は、そのまま抑えめの篝火から逃れるようにして闇の中へと自ら沈んでいった。

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