恋姫星霜譚   作:大島海峡

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漢(二):燕雀の志、鴻鵠いずくんぞ知らんや(中)

 何進の屋敷から突如出てきた武装者たちが都に乱入する。都雀たちは戸惑い、何の様子かと目を瞠り、警邏の兵たちも何のことぞと抵抗する間も無くその通過を許した。

 洛中は、日常と非日常の交錯する混沌の場と化した。

 

「無抵抗の雑魚や民には構うなァ! 我らの目標はあくまで朝廷を私する何進姉妹ならびに十常侍、そして讒言をもって陛下を惑わす奸臣盧植であり、陛下をお救いするのだ!!」

 

 少数精鋭を率いる春蘭の大音声は、都のみならず果ての鄙にさえも届きそうなほどである。

 これについては、曹孟徳の人事の妙であろうと久秀も認めざるを得ない。

 

 多少知恵の働く者であれば、その大義名分があからさまな建前であることを承知している。その言動に後ろめたさから澱みや躊躇いがあるはずだ。

 だが夏侯惇にはそれがない。

 そこに余計に回す知恵がない。愛しい主が御為には、たとえ鄙であろうとも都であろうと攻め落とす。この作戦の是非を論ずることがまず無意味だ。それに異議を唱える者がいればその者が間違っているし、世間が拒むというのならその全てが間違っているのだ。

 

 そういう信念のもとに爆進する娘だったが、その粗暴さゆえに策が破綻するのはまず困る。それ故微細な部分……春蘭にとっては些細なことは、すべて久秀に委ねられた。

 

 兵を潜伏させていたのは、何進の賄賂にのみ限らず。

 すでに前日に、回数を分けて、都の方々に、それぞれの名目、偽装変装のうえで伏兵を送り込んでいた。

 その中には人畜無害な大道芸人の一座として組み込まれていた者たちの姿もあった。

 

「ひええぇぇ……ど、どうなってんのこれぇ?」

 

 突然『真面目で優しいお手伝いさん』が俄に変心して都内に進撃をやらかそうというその光景に、『張角』の名を捨てた少女は震え上がり、指揮所と化した広場の片隅で妹たちにしがみついた。

 

「久秀さん!? なんなのこれ!? 偶然ここで再会して……それからまた公演を手伝ってくれるって話だったでしょう!?」

「阿呆、偶然なわけあるかい。お主らの動向は逐次胡車児とその手の者らに監視させておったわ」

 

 そしてよりにもよって、図々しくも朝廷の膝下で、名を捨てあえて真名を晒して芸人に戻っていた張三姉妹を、これ幸いと隠れ蓑に利用させてもらったというわけだ。

 

「う、うう……酷い。ようやくまとまったお客さんもついてきて、ここからだって時だったのに」

「おーおー、それはまた不運なことだの〜」

 

 ガックリ膝を突いて項垂れた人保に対して、久秀は他人事のように、かつわざとらしく同情してみせた。

 

「久秀のおじさん、良い人じゃなかったの!?」

 

 という地保の抗議に、久秀はムッと振り返った。

 それは、他の何を置いても久秀には容れられぬ人物評である。

 

「馬鹿者。清廉潔白な松永久秀など、それはもはや『我輩』に非ず。というか、いきなり方針転換して『実は久秀さんはぁ、高潔な世の中を目指す理想家なんですぅ』とか言われても、説得力皆無で薄っぺらくて薄ら寒いだけではないか。いかに現状の停滞を打破したいからと言って、既存のものをむやみやたらに否定しようと躍起になったところで、良い結果が生まれるわけが無かろう」

「なんの話ぃ?」

「ともかーく! 貴様らも悪党ならば! 悪党らしく! 腹を括ってこの企てに加担せい!」

「ちー達悪党じゃないよー!」

 

 重ねての地保の訴えももはや聞き流す。彼女らの公演は丸潰れとはなったが、久秀演出の演目は、これより幕を開けるのだから、両腕を高らかに掲げて笑うほどのその昂りは誰に口挟みできるものではなかった。

 

「にしても、もうちょっと派手にやりたいのー。いっそ、火でも点けるか」

「させないぞ、松永久秀」

 思っていたところを率直に口にすれば、それを止めにかかる者が現れる。

「ほう?」

 非人間的な動作とともに久秀は声の方へと振り返った。

 敵ではない。一応、味方である。

 上杉景虎。夏侯惇付の御遣いにして、久秀とは『同郷の士』でもある。

 だが義父より拝領の品と思われる利剣の柄に手をかけ、穏やかならざる態度を見せる。

 

「俺たちの目的はあくまで奸臣たちの排除し、その正義を示すことだ。かつての京のように焼かせはしない!」

「おうおう、借り物の大義をまた威勢よく吼えるものよ。だいたい、我輩は京を焼いてはおらぬわ。せいぜい将軍殺しと主家乗っ取り。あとは焼いたのは東大寺ぐらいよ」

「充分なんだよそれで!」

 

 煩わしげに手を払いながら、久秀は続けた。

 すでにこの時には剣呑な空気を悟った間抜け三姉妹は、コソコソとその場を離脱している。

 

「だがそれとて理由があってのことよ。お主の『家』の長尾や北条とて、守護管領を討って下剋上を成したではないか」

「黙れ! 俺の家族や先祖のことを、よく知らずに」

「ならば、お主とてよく知らぬ我輩のことを罵倒できる立場にあるまい。存外に高潔な世を目指しての義挙であったやもしれんだろうが」

「……さっき、自分で悪党だとか企てだとか大声で言ってなかったか?」

「……なんだよも~、聞いてたのかよ」

 

 とぼけた調子で久秀は長い舌をべっと出した。

 口八丁でこのような青臭い若造に負ける道理などなし。あわれ上杉の御曹司は、毒気を抜かれた調子で立ち尽くしていた。

 

 それはさておき、朝方に都を襲撃した曹操軍は所在を調べ上げていた兵舎詰所などを迅速に確保。宮殿へと乗り込んだ。

 だが、春蘭も景虎も、愕然とすることとなった。

 すでにして真っ先に占拠したいずれの場所にも、帝はおろかその妹たる劉協、宦官や主だった重臣の姿さえも存在していなかった。

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