恋姫星霜譚   作:大島海峡

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エイプリルフール企画:恋姫星霜譚ZERO

 数多の将星禍つ星降り注ぐ夜より二十年ほど前。

 益州成都近郊にて、二つの勢力が決戦に及ぼうとしていた。

 

 一には益州刺史、劉焉(りゅうえん)

 巴蜀を漢王朝より切り離し、独立国家にせんと画策する。

 もう一方は賈龍(かりょう)

 かつては劉焉を英雄と仰ぎ友として志を同じくするも、劉焉の展望を知り、一豪族でありながらも漢の忠臣たらんと欲し袂を分つ。

 

 一見すれば前者こそが悪党であり、後者にこそ道理と正義があると思われたが、劣勢に立たされた賈龍に、邪仙左慈(さじ)が接触。彼の率いる凶徒たちを引き込む。

劉焉もまた、方子管路を客として招き、突如として現れたその怪人たちへの対策を余儀なくされる。

かくして両陣営の善悪は容易に定かならぬものと化し、天険の地は混沌の坩堝と化す。

 

そして彼らの傍には、時を外してこぼれ落ちた星々が、寄り添っていた。

 

 〜〜〜

 

 さながら源平合戦がごとく。

 劉焉軍先触れの武者が進み出、それに誘われるかたちで賈龍方の先手が現れ、一騎討ちの図と相成った。

 双方ともに、外見中身いずれも尋常のものではない。

 一方は老境の武者。首より下は着流しにして、兜の下で澱みのない鋭い双眸が光を放っている。

「人生、楽しからずや」

 手に太刀と十文字槍を引っ提げ、低く喉奥を鳴らした。

 それに同調するがごとく、荒涼とした風が枯れ草を撫ぜる。

 

「思えば儂は、偏にお主のごとき者を斬るために此処へと招かれたのであろうよ」

 その老将、葦名(あしな)一心(いっしん)に対するは、漆黒の甲冑をまとう騎兵。

 端正な面体を髑髏の総面で覆い、大鎌を携え、黒鹿毛の手綱を執って操る。

 

「お主の不器用さは、決して嫌いではなかったのだがなぁ……イエリッツァよ」

 

 心底より惜しむがごとく、そして孫に昔語りをするかのようなしみじみとした優しい調子で呟いた一心。その感傷を、死神騎士イエリッツァは

 

「……下らん」

 と面の内側で吐き捨てて一蹴した。

 

「我らが身命、この戦、何もかも所詮は泡沫の夢。ならば一時といえその逸楽に耽溺するのみ……貴様の中にも、私と同じ魔が見える」

 

 それは、一心には読み解けぬ狂気。彼のみ解する信条。だが鎧の奥底で輝く青年の瞳は、確かに老人の心に鬼を認めていた。

 

「まこと、業深き身よ。儂も、お主も」

 柔弱な笑みの内、眉間には苦渋が寄る。だがそれも束の間のこと。

 クワっと目を見開いた一心は、大音声を張った。

 

「――参れ、外つ国の修羅よ!!」

 

 それ以上の言葉は無用であった。

 一心は攻防一体の構えを取り、飛燕のごとく黒馬を駆って死神がサリエルの大鎌を振り上げる。

 そんな両者の裏にて、雷鳴が轟き、それをもって開戦の狼煙とした。

 

 ~~~

 

This is Spartaaaa(これがスパルタの流儀だぁぁぁ)!」

「野郎ォブッ殺してやるぅあああああ!」

 

 劉旗たなびく成都城正門より討って出てきたのは、二人の指揮官に率いられた歩兵隊である。

 それ自体が巌のごとき肉体を曝け出した軽装の男たちが、怒号とともに我先に、我こそが勇者なりと

 先んじて率いるが故に、率先。

 スパルタの王レオニダスと、元コマンドー部隊大尉ベネットは、競うように、いやむしろ敵として張り合うが如く敵陣へと斬り込んだ。

 両人、ともに容貌魁偉。鬼神の如き形相が大口開けて並立すれば、それだけで敵を圧迫する威となった。

 

「……ふん、なんとまぁ見苦しき敵か」

 攻め手にあってその突撃に対応したのは、燃え盛るが如き髪を靡かせた騎将である。

 彼……ムズラク将国が将王(スルタン)バラバンは、己の美意識からは大きく外れた敵歩兵隊に蔑みの表情を隠さず、いささか興を削がれたような調子であった。

 

「では見て見ぬふりして素通りさせるかね、将王陛下」

 

 と皮肉とともに彼を呼んだ紫髪の青年もまた、かつては王と呼ばれていた。

 こちらもバラバンと同様に美男子と呼ぶに耐える容姿の持ち主であった。いずれも野心と覇気に満ちた顔つきではあったが、この青年の方は、それよりもいささか陰を含んだ、どこか作り物めいた鼻筋である。

 やや耳が人並み外れて長いというのも、異物感を増している一因であった。

 

「まぁ良いわ。我がイエニチェリ軍団が、あのような醜悪な連中は跡形もなく戦場から排してくれる。クルーガーよ、魔導隊と飛兵隊で頃合いを見て城壁を制圧せよ」

「……承知した」

 

 まるで小姓にでも命じるがごとき高圧的な要請にも、その青年、レーゲンブルク連邦王国の大王クルーガーは一も二もなく快諾した。

 だが内心では敵将同様に、蛮勇を恃みとするこの同輩を冷視している。時と場合によれば、背を刺すことに躊躇いはない。

 

「踊るが良いさ」

 という嘲りを、彼は黒衣の美少年騎馬軍団へと投げかけた。

「……今度こそ私は私として、この私自身の力と才覚をもって、世界を制するのだ!」

 

 〜〜〜

 

「急げ……! 包囲が完遂するまでに、成都へ兵糧を運び込むのだ!」

 朝服を纏い、丞相を表す冠をかぶった男が輸送隊を叱咤する。

 本来であれば、彼は帷幄にあって権謀を振るう『人物』であったが、如何せん人手不足である。

 自ら出張して、輸送計画の監督役として指揮を執らねば到底おぼつかない多忙ぶりであった。

 

「ク……カカカカ!」

 突如、けたたましい鷲のごとき笑声が頭上より轟き、彼は天を仰いだ。

 

 

 見れば母衣をまとった武人が、見慣れぬ蜥蜴にまたがり山道を抜け、青龍刀を振りかざして駆け下ってくる。

「くっ……敵か!?」

 男はみずからの腰を抜き、走りざまの斬撃を防いだ。

 

「ほう、多少は剣も遣えるか。いくつもの偽装偽報を立て攪乱していた策士、どのような者かと思えば……よもや人語を解する獣とはな!」

 と、轡を翻しながら余裕の表情で、奇妙な『ウマ』にまたがる痩せぎすの老人は言う。

 

 ――そう、男の衣裳こそは中華風の文官の装いであったが、風体は黒い毛側に覆われた、猫であった。

 その名を、骸延(がいえん)と言った。

 だが対する老君もまた、生やした耳は人のそれではなく、鋭く尖っている。そちらのほうこそ、骸延の生きた銀河(せかい)では、ついぞ見なかったたぐいの者である。

 

「猛っているな、『狼』よ」

 駆け下った坂の上から、新たに女の声が響く。

 錆びついたような音色は呪詛のごとく、脳に染み入る妖しさを帯びている。

 

 全身を黒い鎧で多い、顔を含めた一切の表皮をも露出させていないが、猛る老将に対する熱っぽい視線は、そのフルプレートの隙間から十分に感じることが出来た。

 

「ク、カカカ……そういう其方とてケダモノではないか、アポリヨン。その甲冑と人皮の裏に、おぞましい闘争への渇望を秘めたな」

 低く嗤って顧みた男……ニウェに、女黒騎士アポリヨンもまた合流してきた。

 

「そうだ。我らは皆獣。狩るか、狩られるか。狼か羊かの二つに一つだ」

 

 これで二体一。率いる兵も多勢に無勢。各将兵の勇の差は言うにおよばず。

 万事休すだが、骸延は白旗を揚げるわけにはいかない。自身の形状にも拘らず後方支援の一切を委ねてくれた劉焉。その恩義には報いねばならない。認めてくれる。ただそれだけで、彼には才知と忠義を捧げるには十分であった。

 

 だがそんな彼の意気に応えるかのごとく、突き立った矢が敵味方の間に突き立った。否、骸延を守るために射放たれた。

 

「お主らに、狼という言葉は似合わぬ」

 木々を悍馬で抜けてきたその戦士は、負った箙より二の矢をつがえつつ、

「狼とて、捨てられた幼子に兎を分け与える慈悲はあるわ」

 と吐き捨て、両者を牽制した。

 

「おぉ……シャプール殿!」

「すまぬ、遅くなった宰相殿。教義主張は違えど、今は志を等しくする身。ここからは共に戦おう」

 生真面目にそう言った万騎長(マルズバーン)シャプールに頷き返し、骸延も顔色に生気を取り戻した。

 

「ふん、まぁ良かろう。飼い慣らせぬなら殺すまでよ」

 (オウロ)は不敵に鼻筋を反らし、アポリヨンとともに得物を構える。

 

 いずれが人か、獣か。狩人か、獲物か。

 それを決める一戦が、この一局地において始まろうとしていた。

 

 ~~~

 

 異界の将らが表舞台で死闘を繰り広げている中、また裏側でも闇に生きる者たちが飛び交っていた。

 

「始まってしまった……っ」

 奥歯を噛みしめて竹林の合間を疾駆するのは、赤髪の細作。名をレイラと言った。

 かつてはオスティアに仕えていた彼女もまた、一たび兵乱に陥れられた益州の平穏を取り戻すべく、それが左慈により仕組まれたものである証を掴み、急いで事を構えている賈龍と劉焉の本隊と合流するために、脚を速めていた。

 

「無駄なことは止めておけよ、レイラ。もう戦は止められねぇ」

 

 どこか倦怠感と艶の伴う男の声が、竹々の合間より振ってきたのは、その中途であった。

 故国で一、二を争う密偵レイラの鋭敏な感覚をもってしても、気配がするだいたいの場所は割り出せても特定には至らない。

 

百地(ももち)三太夫(さんだゆう)! どうして貴方が……」

 あの剽軽で兄貴肌であった細作が、左慈と組んで両陣営も情報を巧みに操り決裂まで指嗾したのか。

 それとも、隠密であるがゆえにその所作や仲間たちとの交流のすべてが、偽りであったというのか。

 だとしても、未知の世界であるはずのこの国の、何が彼をそこまで駆り立てると言うのか。

 

「そりゃお前……腹が立って仕方ねぇからさ。もっともらしく自分の国を手に入れようって為政者様も、腐った朝廷に忠義立てする馬鹿な男にもな」

「そのために戦火をさらしては元も子もないじゃない。正気じゃないわよ、貴方」

「おいおい、口の利き方に気をつけろよな、レイラ」

 

 転瞬、さっきまで頭上に存在したはずの気配が、声の源が、気が付けばレイラの背後に立っていた。

 振り返らんとする彼女の下顎を、三太夫が強烈な握力で押さえ込む。その手には、甲殻類のごとき手甲。横目で覗きこめば、かつての人の良さそうな表情から反転。雀蜂を想わせる仮面で顔を覆い、その眼窩奥底で殺気を漲らせた双眸が紅蓮の輝きを放っていた。

 

「分かってるよな。隠密(しのび)の腕じゃ、お前は俺に敵わねぇ」

 

 死角の股より抜いたダガーナイフで、レイラは身を翻しざま三太夫の頸動脈をかき切らんとした。

 だが振りむいた先にはすでに三太夫の偉丈夫然とした体躯はなく、代わり無数の蜂が辺り一帯の中空を蔓延る。

 

「まぁせいぜい励んでくれよ」

 と、もはや何処から発しているのかさえ分からない三太夫のうそぶきとともに、見るからに毒を持つ凶相の飛虫たちが、乱舞してレイラに迫る。

 

「惑わされないでっ、それは幻術よ!」

 そこに駆け付けた少女が、鋭く声を、指先より紙片を放った。

 

 少女陰陽師、南条(なんじょう)(らん)

 蜂達目がけて投げた符は、かつて使徒を宿し朱雀を操ったほどの火力はないものの、レイラの幻惑を晴らすには十分であった。

 レイラは、消し飛ばされた蜂たちのうちに潜ませられていた手裏剣を認めた。

 自分に当たる軌道上のものだけを的確に処理して切り落としていく。

 そして笹に長い腕を巻き付けたままにに舌打ちする三太夫の姿を、手裏剣の角度を辿って見つけ、すぐさまダガーを投げ返す。

 

「……クワイエット!」

 

 三太夫の声に多少の焦慮が混じり、その声に呼応して弾丸が、竹林のわずかな隙間をくぐり抜けて飛来した。

 次いで、何処からとも知れず鼻歌が聞こえ、骨が浮かび血肉がそれを覆い、火傷の跡が浮かび上がった後に女性の肌膚がそれを包む。

 

 煽情的なポーズを取った後、再び狙撃銃を構えた彼女ではあったが、それが外れたことを目視にて確認していた。

 臨時的に張り巡らされた妙なワイヤーとガスを駆使して戦場に飛び込んで来た黒いスーツの娘、サシャ・ブラウスが標的の二人を両腕で抱え込んで弾道から逸らしたのである。

 ……深い狩人の森から抜けても、彼女はまたも殺戮の森へと囲われていた。

 

 代わりに撃ち返さんとして、愕然とするのも、視えた。

 もちろん装備している銃の性能差というのもあるが――クワイエットからは射程内でも、サシャからは射程外である。

 

 だがそれ以上撃つつもりはなかった。あの虫遣いの奇術師、百地三太夫はすでに撤退している。

 もはや声帯虫の蔓延を恐れる必要はないと、肌と体内から感じるところではあるが、それでも強いて喋ろうとも思わない。彼女はどこまでも静寂(クワイエット)であり、そして俯きがちに再び透明となって、三人の女たちの前から姿を消失させた。

 

「……ありがとう、助かったわ」

 と、蘭は珍しく正直に謝礼をサシャへと述べた。

「気にしないでください」

 異世界の友人は年頃の割りにはあどけなくも、頼もしい笑みを浮かべて言った。

「一緒に生きて食事をしようって誓い合った仲ではありませんか」

「……いや、前の食事、私の分のお肉、あなたに鬼の形相で横取りされたんだけど」

 

 他愛ないやりとりに、いち早く体勢を立て直したレイラも表情の強張りを和らげさせ、しかし戦場であるがゆえに完全には弛緩させ切らず、

 

「行くわよ。劉焉様が、待っている」

 と、二人を助け起こして促し、年長者として先導する。

 

「……もっとも、もう手遅れかもしれないけれど」

 嶺の向こうで立ち上る黒煙を見上げながら、二人には聞こえない声量で独りごちた。

 

 ~~~

 

 劉焉と賈龍の目の前で、仙人たちが人の枠組みから外れた闘いを繰り広げていた。

 否――正しくは剪定者、と言った方が正しいか。

 

 彼らは武器など持たず、ただ互いの肉体を全力で駆使して技の応酬を繰り広げる。

 余人を近づけさせず、空気が破裂するかのような音が、けたたましく鳴り響く。

 

「馬鹿々々しい……!」

 左慈は毒づきながら拳を振り抜いた。

 対する筋骨隆々の漢女……貂蝉(ちょうせん)は、のけぞってそれを躱し、本来は頭蓋を打ち砕くはずだった必殺の一撃は鼻先をかすめたのみに留めた。

 

「天の御使い……否『御遣い』を大量にこの地に降ろすだと? 歴史の運行もあったものではない、こんな馬鹿げた外史があるかッ! 貴様も、管路も何を考えている!?」

「あ~ら、そのシステムを正式稼働の前に悪用してるコのセリフじゃないわねぇ」

「構うものか、奴らもろともに、この時代を破壊する。そして我らが望む劉備、曹操、孫権らを作り上げ、正しく歴史を進めていくのだッ」

 

 震脚にて撃ち出した足裏を衝突し合わせる。一見してあどけなさの抜けない少年に見える左慈ではあったが、『彼女』との体格差をものともしないその蹴りの威力は、決して貂蝉に引けを取るものではない。

 

「正史か、虚無か。ウソかマコトか。ゼロとイチしかない歴史……そんなのつまらないでしょう? この世界を見ている人たちにとっては虚構であったとしても、こういう歴史(モノガタリ)も、あった方が楽しい。チャンスは、御遣いちゃん達にもありとあらゆる外史自体にも、あってしかるべきよン」

 と言った貂蝉の分厚い唇が、ふと綻んだ。

「ずいぶん懐かしい問答ねぇ。もっとも、その時は別の個体(アナタ)だったけれども」

「戯言を……!」

 

 ――だが、これはあくまで領域外の戦いである。戦いの次元の話ではなく。

 劉焉には劉焉の、賈龍には賈龍の正義があり、言い分があり戦いがある。

 

「離れていろ、孝直(こうちょく)!」

 賈龍は未だ幼い妹分を押しのけるようにして、塁壁を飛び越え劉焉に肉薄した。

 矢嵐を浴びた勇将の身体はすでに幾本もの矢が突き立ち、それに対する痛痒を感じないかのごとく、若武者は竜槍を旧友へと突き出した。

 

「いい加減目を覚ませ、賈龍!」

 帯より抜きだした鉄扇でそれを受け流した劉焉はしかし、彼の説得を諦めてはいなかった。

 

「貴様、おのれが左慈に操られていると何故気づかん!」

「すべては、お前の邪心を打ち砕くため!」

「ふざけるな、あの魑魅魍魎たちを呼び込んで、成しえる正義がどこにある!?」

「それは羌族や御遣いを雇い入れたお前とて同様だろうが!」

 

 そう返されては真っ当に返す言葉もない。

 ゆえに奥歯を食いしばりながら、

 

「……すべては、貴様も望む益州の平穏がためだ」

 と答える。

「ならば俺とて同じだ。たとえこの身は悪事に染まろうとも、正しき道理の礎とならんッ」

 そう気炎を吐いて巴蜀と英雄と目された男は、刃を友へと振りかざす。

 

 そして異世界の英雄たちの影が、ありとあらゆる枠組みとしがらみを打ち壊し、今ここに交錯する……

 

 

 

 恋姫星霜譚ZERO~益州前夜と魔王梁冀~

 近日公開……しないっ!




例年のごとく嘘企画。
嘘企画という名の没キャラ未登場キャラの一斉放出でした。
登場したキャラの詳細については完結後に登場人物紹介に追加予定です。
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