恋姫星霜譚   作:大島海峡

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劉備(三):さよなら遠き日よ

 剣里が背に女性を担いで陣所の口まで現れたのは、その夜半のことであった。

 

「母が長旅に疲れて気分を悪くしてしまいまして。夜風に当たりたいので外出を許可していただけませんか」

 そう門番に掛け合うと、彼らは顔を見合わせて難色を示した。

 

「しかしなぁ、まだ敵の斥候がうろついてるかもしれん」

「まだ危険だとは思うが」

「すでに張譲様よりお許しは出ております。それでも阻まれますか」

 

 十常侍筆頭の名と、少女が身につけるに不相応の玉飾りの効果は絶大であった。

 

「し、失礼を」

 先までの態度嘘のように、男たちは歳下の少女へ驚懼し、道を開けた。

 

「ま、待ってください!」

 身に余る帽子を揺らして、息を切らして妹分が追いついてきたのは、その間際であった。

 

「雛里?」

 訝しげに彼女を顧みた剣里に、小ぶりな胸を押さえて息を整えながら、鳳士元は何か言いたげであった。

「どうしたの、そんなに慌てて。大丈夫だって。私だって乱世に揉まれて、荒事にも慣れたんだから」

 そう剣把を掴んで揺らして見せる姉弟子の所作を、雛里はやや面食らった様子で見返していた。

 そして、不安と安堵がないまでになると言う、奇妙な面持ちでぎこちなく笑うと、

 

「あわわ、その……私もご一緒しても良いですか? おさんぽ」

 と掛け合ってきた。

「……良いよ」

 苦笑混じりに、剣里は応じた。

 

 〜〜〜

 

 先は黄河に通じるその道中、満天の星が、帷を作っていた。

 その下で、二人の少女と、剣里の背負う、頭から風避けの布に包まれた女性は歩いている。

 剣里が少し足速になると、過剰な慌てようで雛里はくっついてくる。そして少し遠慮がちに剣里の袖を掴むと、下がり眉ではにかむのだった。

 

「懐かしいです、こういうの」

 ん、と剣里は相槌を打った。

「こうやって並んで水鏡先生の塾から帰ったり、お菓子を買ったり」

「そんなことも、あったかな」

「あ! お菓子と言えば、剣里さんよくお菓子作って塾に持ってきてくれましたよね! また食べたいです、特にあの……『真月ノ夜ニ甘ク狂オシク咲く漆黒ノ氷華』!」

「お願い、マジでその名前出すの止めて」

 本人にとっては永久に闇に葬り去りたい、過去の爪痕であった。

 

「剣里さん」

 それに辟易している彼女に、雛里は表情をあらためて言った。

「もし良ければ劉備軍に、来ませんか?」

 その勧誘に、今度は剣里が驚嘆して彼女を見返す番だった。

 

「色々大変になって別れちゃったけど、また三人でいっしょにやれるはずです! 桃香さま……玄徳さまは、どんな過去があったって受け入れてくださる懐の大きな方です! きっと剣里さんの智謀を活かしてくれます! だから……だから」

「雛里」

 剣里が静かに真名を呼ぶと、鳳統は息を呑んで目を見開いた。

 

 

 

「気づいてるんでしょ、貴方。この私が、()()()誰の命でここに来たのか」

 

 

 

 それが、答えだった。

 すでにして、決して交わることのない隔絶が自分らの間には存在することの証言だった。

 

 密告者と偽り十常侍に取り入りここまで誘導し、かつ劉備軍らの潜伏先に目当てをつけてその思惑を制限させつつ董承を操り官軍の指揮下に組み込ませ、そして……

 それが出来るのは、曹操軍において己だけだった。

 

「……気づいているのは、貴方だけ?」

「おそらくは今頃は朱里ちゃんも……でも、その前に気づけて良かったです。ずっと剣里さんが私たちと目を合わせようとはしてくれなかった。話もしたがらずに避けてたことが気になってました。多分その差が出て、私の方が早く来れました」

 

 帽子を目深に被り直して俯き、消え入りそうな声で雛里は必死に感情を殺してあらためて言った。

 

「朱里ちゃんは、ここぞと言う時には非情な決断を下せる娘です。きっと今同じ立場だったら、先に兵を先回りさせて、剣里さんと、『そのお方』を確保しています。だからそうなる前に、どうか引き返して、全部やり直してください!」

「それはできない。これは、私が選んだ道だから」

「なんで……どうして!?」

 

 今にも地面に突っ伏して泣き出しそうなぐらい、帽子の下の表情は崩れていた。

 ……本当は、言わずに去るつもりであった。

 だが今こうして出逢った以上、(なが)の別れとなるかもしれない。告げておいた方が良かろうと、剣里は意を決した。

 

「貴方たちが、劉備(てき)についたからだよ」

 

 悲嘆に歪む雛里の貌に、戸惑いが混じった。えてして天才とは、どれほど遠くを見通そうとも己が他人の目にどう映るかはからきし見えぬ。

 

「別に、雛里たちが嫌いなわけじゃないよ。玄徳様も、貴方の言う通り度量の広い、天下を担うに足る立派な方だと思う。けど、それでも……私はね、雛里。貴方たちに勝ちたかった」

「え……え?」

「生涯でただ一度きりで良い。諸葛孔明、鳳士元を出し抜いたという事実が徐元直(わたし)の中で欲しかった。過去を捨て、将来も擲ってでも」

「そんな……剣里さんはいまでも、私たちの優秀なお姉さんですっ」

 せめてもの慰めに、剣里は自嘲めいた調子で首を振った。

「きっと貴方たちはこれからまだまだ経験を積んで成長していく。私はますます置いて行かれる。今この時点でも、貴方はぎりぎりのところで策を見抜いた」

 

 ――それに抗する人間がいるとするならば、きっと。

 剣里は、薄い髪色をたなびかせる、あの白い軍略家を思い描いた。

 

 つい先ごろまでは曹純の一客分に過ぎなかった『娘』。

 それが今、曹操直属の幕僚となって仮初とは言え独立部隊を指揮し、ただの空想から此処に至るまでの展開の絵図を引き直した。

 

 雛里は愕然と立ち尽くし、それでもなお、袖を手放さない。

 剣里は、ここまで抱え込んでいた鬱屈、思いの丈をぶちまけられたことで、張っていた肩の弦を緩ませることができた。その荷が半ばは下りた気がした。なんだかんだ、最後に雛里だけでも会えて良かったと思う。

 

 もはや説得の言葉もなく、駄々っ子のように首を振る妹弟子に、剣里は苦笑しながら言った。

 

「最後に姉貴分として偉そうなことを言わせてもらうよ……人の醜さに寄り添える軍師になりなさい、雛里。それは、貴方たちが護ると誓った『弱き人々』の大凡を占める感情(もの)なのだから」

 

 次の瞬間、徐庶は腕を振りほどいて持ち上げた。

 くり出されたのは、手刀。恐ろしき速度。達人でなければ見逃してしまうほどの。

 

 それが的確に雛里の後ろの頚脈を瞬発的に圧迫し、彼女を昏倒させた。

 か細い呼気をあげてずるずると崩れる彼女を置いて、徐元直は洛陽へと向かうその足を速めたのだった。




クソです…あのクソ女…
軍略だ母上だの吠えてた奴が…
合流した時の董承将軍放置…あれ…わざとだったんですか…
あなた相当切れ者でしょう…おかげで冀州放棄させられました…
剣里さんは本当に優秀な方でした
どんな時でも冷静に大局を見て…自分より妹弟子のことを1番に考える人で…
私もあなたみたいな軍師になれたらいいな…とか思ってました…
ねぇ剣里さん
今あなたがどんな顔してるのか知りませんがあなたは本当にクソ軍師です
多分…中華史上こんなに悪いことした奴はいませ……いました。白起とか項羽とか呉漢とか梁冀とか、枚挙にいとまがありませんでした。
でも消さなきゃ…貴方はこの世にいちゃいけない人です
一体何考えてたんですか?本当に気持ち悪い
あなたのお姉さん風を吹かせたあの面構えを思い出すだけで…吐き気がしてきます
このでけぇマザコン中二病が
私は今から的盧に乗って落鳳坡を踏破する
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