恋姫星霜譚   作:大島海峡

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曹操(十四):決戦前夜

 帝を送り届けた洛陽より、徐庶が戻ってきた。随伴者はオシュトルである。

「元直、重責をよく果たしてくれたわね」

 華琳はそれを懇ろに労った。

 

「こちらこそ、本来であれば身に余る大任にもかかわらず、自分を最後まで信用していただきありがとうございました。もはや戻れぬこの身、如何様にも殿の思う通りにお使い下さいませ」

「あら、そう?」

 英雄の目に好色が滲む。声が上する。

「……出来うれば、臥所の外にてお願いします」

 近侍する荀彧の、ものすごい形相を感じ、また華琳自身の性癖も知るが故に、徐庶はそう言って固辞した。

 舌打ちとともに彼女を自身の席に着座させて後、最後の軍議が始まった。

 

「さて、すでにこの時点で多少の誤算は生じている。何進を逃すのは予定通りとしても、皇甫嵩、盧植の脱出を許した覚えはない。特に盧植は、質として抑えておけば劉備、公孫賛の行動に掣肘を加えることもできただろうに」

「申し訳ありません。朱儁は確かに張譲派ではありますが、軍人としての良識までは売り渡してはいなかったようです」

「それについて文若、如何」

 

 意見を求められた桂花は、一度徐庶の様子を盗み見てから答えた。

「この程度で躓く戦略は練っておりません。それに初戦はどのみち主導権を敵に握らせることになるのです。多少敵にも歯応えがあった方が、敵に気取られる可能性も低くなるかと」

「漢朝を代表する二名将を、歯応え扱いか」

 相も変わらず第一に華琳を置く桂花の申し様に、秋蘭が苦笑した。それを実際に受け持つのは、彼女達なのだ。

 

「それで、元譲が軍は?」

「司隷周辺の安全を確かめて後、丁奉に留守と監視を任せこちらに到着の予定です」

 秋蘭が間を置かずに答えた。

「代わりに馬騰と韓遂の備えとして洛陽に入る子孝は、口を尖らせていましたが」

「仕方ないでしょう。いい加減春蘭にも、まともな活躍の場を与えてあげなければ部下や、下手したら陛下の近辺に当たり散らすかも知れないじゃない」

「それであれば、私が代わりに入ってもよろしかったのですが。速攻では西涼の騎兵にも遅れは」

 そう言いかけて秋蘭は、華琳の眼の色の変化に気がついたようである。

「……いや、出過ぎたことを申しました」

 と何事かを察しつつも率直に引き下がった。

 

「他の者で何か異見のある者は?」

 すでにして方策は伝え済みである。無いことを前提の最終確認であったが、そこに挙がる手があった。

 右近衛大将、オシュトル。

 すでにして戦装束でこの場に臨んだ彼は、仮面の奥底に険しい眼光を浮かび上がらせて、

「曹操殿に、お尋ねしたい」

 と前置きした。

 

「人死にが少ない手段と信じるがゆえにあえて都を攻めた。その言葉は信じよう。かく言う我らが國においても、大義なき戦を開いたことがあるゆえに強いては諫めぬ。が……何故徐庶にかつての友と再会し、そのうえで裏切れなどという、酷なことを命じられた? いや、そうでなくとも大逆の徒として彼女らに殺される危険とてあったのだ」

「……そうね」

「無礼者。殿に是非を問うな」

 

 桂花の言い分は、華琳から見ても傲慢に過ぎた。彼女の言葉を手をかざして遮った。

「オシュトルは、これで良い」

 と。

 放言の通り、彼はあくまで他に主君を持つ身。客将である。自分にとっては、あくまで協力者に過ぎないのだから。

 

「自ら志願したことです」

 しかしこの時幸いしたのは、徐庶が華琳の代わりに応答したことであった。

蘇秦(そしん)張儀(ちょうぎ)しかり、孫臏鳳涓(ほうけん)しかり、李斯韓非子しかり、戦国の世においては同門の士であっても互いを欺き合うなどよくあることです。半端な同情は、どうかお止めくださいますよう」

 ときっぱりその直言を否定され返されては、蒼天を往く義剣士としてもあえて踏み入るわけにはいくまい。

 

「……そなたがそれを良しとするのなら、某としてもあえて何も言うことはないが」

 とほろ苦く笑って引き下がった。

 

「他には、ないようね」

 これ以上混ぜっ返されても困るので、華琳はそう言って質疑応答を打ち切って立ち上がった。

「最後に、あらためて言わせてもらう……ありがとう。この悪事に加担をしてくれて。この礼はいつか必ず返す。そのためにも、皆には全身全霊をかけて、仕上げてもらいたい」

 

 あの華琳が頭を下げた。乱世の覇者たる女が。

 それを知った譜代宗族の忠臣たちは一層の奮励を誓い、外様の武将たちも最後まで付き合おうという気になった。オシュトルもまた、仕方なさげにため息を吐きながらも、心のしこりを取りあえずは収めたのであった。

 

 彼らが全員が戦支度に赴くべく陣を出で、策の全容を知る桂花と青狼のみが残された。

 

「……やはり、留守居に華侖殿を残されたのは」

 脚を組みつつ腰を落とした華琳はしおらしい少女の顔より一転、冷厳な支配者の貌に転じて眉間に影を刻みつつ、答えた。

 

「この戦、あの娘には酷な謀が待っている……一武将の懊悩に足並みが乱されている余裕はない」

 案じているのは身内か、戦運びか。

 それは今の曹孟徳自身にさえも分からないことであった。

 

 ~~~

 

 かくして、夏候惇の到着を待って後、両陣営合わせて十万余の戦闘員が、上党に結集した。

 すなわち、布陣は以下の通りである。

 

 何進連合軍

 名目上の総大将は劉協。その補佐として何進姉妹が当たり、この大将軍が事実上の総大将である。

 目下最大の兵数であり、抑止力となる。

 左翼、皇甫嵩。与力として董承ならびに劉備一党が加わる。

 右翼、朱儁。先陣は仮面の大将と凌統ら義勇軍。その後の備として公孫賛軍と盧植。

 また、遊軍は張楊を先頭に南側の麓に布陣。義経ら郎党がこの後詰めに回される。

 

 曹操軍

 総大将は言わずもがな曹操。自ら中軍を指揮する。参軍は荀彧、曹洪。

 その前衛をオシュトル。許褚、典韋が護る。

 左翼、夏候惇、オフレッサー、その先陣に上杉景虎。制止役兼参謀として徐庶が一時的に加わる。

 右翼、夏侯淵が李典、ロイド、青州兵を率いて皇甫嵩と対峙する。

 司馬懿はロブ・スターク、浅井長政、藏覇は遊軍として各戦線の調整役を任せられる。

 

 かくして早朝、乳白色の霧が覆い包む盆地。

 最大の会戦が今開幕する。

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