恋姫星霜譚   作:大島海峡

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董卓(一):軍師二人と数多の騎将

董卓(とうたく)軍の皆さーん! 残念ながらこの関は通せませーん」

 

 函谷関(かんこくかん)

 黄巾ならびに交州の賊に対策すべく招かれ、ある意志をもって入洛せんとしていた董卓軍は、その古関を前に足止めを食らっていた。

 

 楼の上には華美を極めた琉旗に『袁』の一字。そしてひとりの少女。

 青い髪に均整の取れた顔と身体を白い独特の士官服と帽とで彩り、一見して快活のようでいて、その内は腹の黒い毒物……袁術(えんじゅつ)軍の二番手、張勲(ちょうくん)

 勝ち誇ったように歪んだ口の元に掌をやり、それで声を反響させながら響き渡らせる。

 

「つい先ごろ、朝廷内に密告(タレコミ)がありまして。いわく、中郎将(ちゅうろうしょう)の董卓殿が、近隣の混乱にかこつけて宮中に乗り込み、畏れ多くも陛下ならびに大将軍何進様を逐い代わりに劉協(りゅうきょう)様を傀儡に立てようという大逆を犯そうとしているとか」

「なっ……!」

「そこで我らが主に勅命が下り、貴方がたを捕縛いたしまーす」

 

 露見している。都において行わんとしていた謀略の何もかもが。

 秘中の秘であった。それこそ、率いている西涼騎兵には、率いる将のうち信頼できる一部にしか伝えていないことを。

 

 その侵攻軍の前衛を率いる賈駆(かく)は、この事態に困惑していた。

 董卓の傍らに知恵者ありと謳われた策士、(えい)。それをして、この予想を超える悪夢は、頭の中で処理することが容易ではない。

 

(いったいどこから漏れた!? 国元に置いた砂霧(さむ)が……いや、いくらあのボンヤリでもまさかそんな……一番怪しいのは趙忠(ちょうちゅう)。さては今の立場と特権惜しさに寝返ったか……)

 

「しかーし、美羽さま……袁術さまは寛容でいらっしゃいます。大人しく逆賊董卓さんを引き渡せば皆さんの罪を許すばかりか、配下に加えようと……ん?」

 

 引き続いて高説を垂れていた張勲と、両陣営が固まった。

 董卓軍中より、一個も少女が進み出ていく。

 燃えるような色味の短髪。日に焼けた肌。引き締まった上背に負うは、牙天の方戟。

 

「ふふふ、まさか一番に貴方が来てくれるとは! ……って、え、え」

 

 だが少女は止まらない。

 背より正面に回した戟を大きく一度転回させ、そして門扉に行き着くと、大きく振り抜いた。

 

 斬れた。

 というよりも、割れた。

 兵が数人がかりで開閉するのがやっとという分厚い石扉を、その閂ごとに。

 

 春秋時代より兵家必争の要衝として幾度も古戦場となってきた、函谷関。

 狭隘な道を、堅牢な扉を、数万の軍勢が奪い合ってきた。

 それが今、一個人の腕力によって、強引に拓かれた。

 

 この武こそが(りょ)奉先(ほうせん)

 人中無双の武人、呂布(りょふ)である。

 

「え、ええぇ~」

 

 一転して張勲が気弱げな呆れ声を発したが、戸惑い、嘆きたかったのは詠の方である。

 

「ええい、細かい話とかよく分からん! 皆の者、(れん)殿に続けっ、突撃、突撃だー!」

 

 と華雄(かゆう)が訳も咀嚼しないままに続き、その騎兵が雪崩を打って関内に乱入していった。

 

「ちょっちょっとアンタ達何して……」

「そりゃあまあ行くんじゃないですか」

 

 脇から声をかけたのは、徐栄(じょえい)だ。

 

「だって詠姉さん、『関を通れ』って命令、撤回してないでしょ」

 

 (とうる)の真名のごとく、抜けるような白さを持つ、董卓軍きっての戦術眼の持ち主である。

 

「というわけで、我々も行きましょっか……荀攸(じゅんゆう)

「はぁい」

 

 しかして謀略を忌避する人物であって呂布を制止する側にない。むしろ自身の手腕を芸能の類だと考えているフシがあって、今も新たに組み込んだ幕僚とともにウキウキと後に続いていく。

 

 無駄に戦火を拡大させる危険性さえある、ある意味においては「命ずれば止まる」恋以上に厄介な娘だ。

 

 ――不運属性、ここに極まれり。

 親友の心を悩ませまいと問題児ばかりを自分の麾下に組み込んだわけだがまさか予想外の事態を前にその全員のタガが完全に外れるとは思わなかった。

 結果論だが張遼がいれば、避けられた事態ではあった。

 敵味方の状況は、悩める詠の手腕の許容量を、完全に超えていた。

 

 ~~~

 

 だが、幸いにして……といって良いかは不明だが、ほとんど抵抗らしい抵抗はなかった。

 詠が気を持ち直して入関した時には無人の地が広がるばかりで、袁術軍は早々に撤退していた。高楼にいた張勲も、いつの間にか消えていた。

 

「恋殿の武に恐れをなして逃げたのですっ!」

 

 恋が軍師の陳宮(音々音)が勇ましく主人の武威を誇ったが、詠の見立てとは異なっている。

 

「おっそろしく速い騎兵がいましてね」

 

 徐栄()が楽しそうに言った。言いながら、手提げの首を投げ転がす。

 足下に寄ったそれを見て、ぎゃっと音々音が悲鳴をあげて飛び退き恋の腰にしがみついた。

 

 首を挙げたのは彼女の隊のみである。

 殺到する味方の中、最後尾にいたはずの、この女の。

 

「多分、実際に関内で軍をまとめていたのはその将でしょう。部下はさっさと逃がし、自分らは殿(しんがり)。殺れたのは、張勲配下の取り巻きぐらいですよ」

「それ……どんな奴?」

「一方は私と同じで白い男です。白い髪、鬚。率いているのは少数精鋭の赤い騎兵。もう一方が多分本隊を指揮してました。こっちも相当にやる騎将ですけど、姿は見てません。恋姉さん、見ました?」

「知らない」

 

 恋は、戦が終わると、童女のようなあどけない表情となってぼんやりとしている。本陣に預けてきた獣たちにでも想いを馳せているのだろうか。

 

「羽虫の顔なんて、いちいち覚えてない」

 

 そして、この一言のみ。

 これは悪意あって敵を蔑んでいるわけではない。

 自分の心に触れた者以外のすべてが、彼女の暴威を前にしてみれば矮小な虫ケラも同然なのだから。

 

(ともあれ、例の『御遣い』ってやつらか……)

 

 詠は緑に波打つ髪をかき上げ、息を重く吐き落とす。

 いったい何を考えて袁術如きに身を寄せているかはともかくとして、自領内の探索は急がせねばならない。見つけたとしてそいつらが使い物になるかは分からないが、これ以上の不安要素は可能な限り取り除かなければならない。

 

「それで、どうしますか? 予定通りに洛陽入りを?」

「……まだ袁術軍と事を構えただけよ。しばらくは様子見。函谷関の防衛にも固執せず、とりあえず長安に退く。出立しかけてる(ゆえ)にも早馬を飛ばして止めて。ねね、洛陽にも探りを入れて。状況次第でまだ、()()()()()()()()()という言い訳も立てられる」

「いや、どう考えても無理じゃないですか」

「無理とか言わないっ!」

 

 かくして中原の勢力図は安定の兆しを見せないまま、いかな賢者、群雄であっても誰ひとりとして実情を掴めないままに、さらなる混迷へと落ちていく。




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