恋姫星霜譚   作:大島海峡

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漢(九):命を懸けて(後)(★)

「兵を、三波に分ける」

 と、顕家は言った。

「第一波は敵を止め、第二波で穴を穿ち、第三波で殿下の輿とともに突破する。朱儁殿、後詰めをお頼み申し上げる」

「……分かった。危険な賭けになるんだがね」

「せざるを得ない、賭けでもある」

 

 朱儁の苦言にそう切り返した後、顕家はあらためて白湯の方へと向き直った。

 

「これから、殿下のため、大勢の兵が死にます。敵であれ、味方であれ、あなたの国の臣民が。私は所詮、異国の者です。この国の政に口を出す気はないが、せめて彼らの死に、慣れないで欲しいとは、思います」

 

 白湯はこくりと、だが重みを伴った首肯を返した。

 その首を、出立の間際に朱儁へと向けた。

 

「あのっ!」

 言いさして、彼女は口をつぐんだ。

 激励の言葉など白々しい。叱咤などする資格もない。まして「どうか生きてほしい」などとは虫が良すぎる。

 それでもせめて、別離の辞に代わり、貴人は祈るがごとくに告げた。

 

「御武運を……朱儁将軍」

「……、殿下も」

 

 そう返して、朱儁は彼女に対しては初めて、曇りのない微笑を称えた。

 

 ~~~

 

 先に、朱儁が出た。次いで、皇甫嵩が競うがごとくに。

 再び伸び出た両翼を防ぐべく、夏候の姉妹がそれらとぶつかった。

 

 固まっていた敵の包囲に、綻びが生じた。顕家は手勢と本隊の騎兵、選りすぐりの二千を選んで中央へと当てた。

 まさか反撃もあるまい、とたかをくくっていた中軍の先手が断ち割られた。

 そこにすかさず歩兵(かち)を一千ばかり繰り出し、敵が数に任せて広がらんとするのを牽制しつつ、巌に水を染みこませるがごとくに侵入させ、攪乱させた。

 

 そうしてこじ開けた穴に、白湯の輿と顕家とその旗本は劉旗は伏せ、風林火山の四字に従い突き入った。

 顕家の予言通りに、兵が死んでいく。命が絶える瞬間瞬間を、間近に感じる。

 名も知らぬ者たちが、未だ幼く顔さえろくに知らず、天下に声を発したことのない小娘のために。

 顕家自身もその傍らに在って、太刀を払って敵を散らしている。

 

 白湯は目頭を熱くさせた。

 しかし泣くわけにはいかなかった。顔を上げ続けなければいけなかった。そんな資格などないことを、彼女自身がよく弁えている。

 今はただ、無念を、彼らの死を噛みしめて、時代の流れに身を任せ、名将たちの奮戦を頼みとして、前へと進むよりほかない。

 

 さて、件の凌統(薄荷)は、その歩兵隊の中核にその身を置いている。

 義勇兵ながらもその武は、敗亡の時を迎えた官軍の中にあって、もっとも強く、鋭い。

 当然ながら、曹操軍中央の三将は彼女を狙う。

 修練中の武人としては大いに望むところの立ち合いである。が、三人のいずれと斬り結んでも太刀打ちできないことは自身でよく弁えている。

 

(死んでたまるか)

 大義においては皇統を守る希少な戦力であるという自覚があるゆえに。

 私怨においては未だ父の仇を討てぬがゆえ。

 

 よって挑まず回避に徹する。

 そのうえで彼等以外の将兵を突き殺し、それに気取られている合間に即時離脱。

 まったく、なんという不本意な戦か。

 これでは、まるであの女の……

 

「――ちっ」

 

 薄荷は舌打ちした。そのうえで兵の中に身を紛れさせ、奇襲と離脱に徹し、かき乱し、引きずり回す。

 

 自らに向かってくる敵の勢いは、華琳の側からも見てとれた。

 その幕下の脳裏をよぎったのは、鄴城における趙雲の強襲である。

 

「……大方、進退極まった敵がやぶれかぶれに特攻を仕掛けてきたものでしょう。しょせんは死兵。大勢が決した今、無理に相手をすることはありません。一旦本隊を後退させ、敵の疲れを待って後、全軍で包囲を」

 

 という桂花の進言は正しい。あの敵の勢いには、当たるべきではない。

 が、あの朱儁が本陣もろともに特攻? ここまで手堅い戦運びをしてきたにも関わらず、自棄を起こして。

 実際、その先陣の戦ぶりは精妙そのもの。決して狂を発し己を見失った者の動きではあるまい。

 

 されば、何が彼らをそうさせる?

 朱儁を蛮勇に奔らせ、あの素晴らしき先手にかくも危険な綱渡りをさせるものとは……

 ひそめた柳眉の下、鷹眼はその少数精鋭の内に輿をたしかに視た。

 

「……っ、全軍! あの敵先鋒を追いなさい!」

 とっさに気づいた華琳ではあったが、その本隊を横撃した部隊がある。

 

「行かせんよ!」

 朱儁の軍勢である。

 夏候惇軍の攻勢を強引に振り切った雲雀は、曹操軍本隊へ逆撃を仕掛け、自分たちへと衆目を寄せつけた。

 この時、らしからぬ戦ぶりをする自身に、彼女は漢の臣として、このうえなく充溢された気分であった。

 

 ~~~

 

 ――そして、魔法は解けた。

 護衛の対象を失って立ち返れば、自軍は四方を敵に囲まれている。

 残されたのは、無謀な突出によりあたら多くの部下を喪い、全滅の間際にまで味方を追い込んだ愚将のみである。

 

 だがそれでも、顕家は確かに包囲を抜けてくれた。

 おそらくは曹操は、劉協がその中にいたことに気づいただろう。その追撃は熾烈を極めるだろうが、それでもあの男ならば、完全な離脱を成して正しき後ろ盾のもとへと彼女を運んでくれると信じたい。

 

 それに急ごしらえのこの政変劇、未だその基盤の安定ならざると気に、皇族の命を奪うような横暴はすまいと踏んでもいる。

 

(だから、今は畳もうか)

 この漢という(たな)を、いずれ再びその戸口を開く、その時まで。

 清濁を呑んで無駄に肥大化した、己の命を重石として。

 

「……無念でございます。我らの敗けはすでに決しました」

 諸々の事情を知ってか知らずか。おいおいと泣く王子服を情けなさ半分、巻き込んでしまったことへの申し訳なさ半分に、そして曹操のいるであろう本隊の方角へ顔を上げた。

 そして、彼女に、何よりも自身に、言って聞かせるがごとくに、宣う。

 

「――いや、我らの、勝ちだ」

 

 

 

 その後、敗残掃討を含めた、何進連合軍の動向は以下の通りである。

 

 何進姉妹――指揮を放棄して遁走。その後消息不明。

 盧植および皇甫嵩――捕縛。

 公孫賛と参軍の田豫――あらためて曹操へ恭順。劉備軍追撃にかかる。

 義経および義仲主従――私闘のすえ、互いに引きずられるかたちで離脱。

 趙雲――乱戦の中、司馬懿軍により捕縛。

 鈴女――司馬懿の暗殺を目論むも失敗。趙雲と袂を別った後、逃走。

 劉備軍――その軍勢を四散させながら、戦場よりの離脱に成功。

 董承――劉協殺害に失敗。弑逆未遂の大罪により手配される。

 張楊――松永らの手引きにより帰順。引き続き河内の太守を続投。

 劉協――北畠顕家、凌統らの健闘によりその手勢を三分の一以下に減らされながら、何処かへ亡命。

 そして、

 

 

 

【朱儁/雲雀/恋姫(オリジナル)……戦死】

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