恋姫星霜譚   作:大島海峡

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獣たちの辺獄 ~益州昏迷~
志々雄(ニ):流浪鬼


 現状の益州において、大別して四つの勢力が乱立している。

 

 一つは、もとより在州の益州劉氏。

 益州牧である彼は法正の献策に従い、本拠を替えながら転戦。

 寡兵ながらに圧倒的な兵装と質を伴う敵軍を少しずつ消耗させていく。

 

 第二に、彼らと対する韓遂軍別働隊もといロイエンタール軍。

 南下当初はその効率的な兵力運用と火力によって優勢に事を進め、一時は州都たる成都を占拠せしめたものの、上記のごときゲリラ戦に、意図的に戦線を縮小させる。

 

 第三に、志々雄一派。

 孟獲らを駆逐した後、南中より北上し、中立、緩衝地帯を越えて劉氏の領に堂々と踏み込む。

 

 第四に、()()()()

 非常時における治安の悪化によって跋扈する群盗。

 

 ――あるいは、二十年前の知られざる大戦の残滓が招くのか。

 この地に堕ちて後、いずれにも属さず、ただ激情のままに暴威を振るう、禍つ星。

 

 ~~~

 

「しゃあッ!」

 唸らせる声、刀身を渦巻く焔は毒蛇にも似て、対する男の皮膚や金髪を焦がす。

 だが臆することなくそれを突っ切った男は、表情も変えずに異形の槍を傾けて志々雄へと吶喊した。

 その懐に潜り込ませた志々雄は、手甲に秘めたる火薬を、無限刃と自身の発熱によって破裂させた。

 

 ――弐の秘剣、紅蓮(ぐれん)(かいな)

 

 だが徐盛を破ったその文字通りの隠し玉さえも、痛痒さえ感じないように男は腕一本で防いだ。

 返礼とばかりにみずからの喉首をへし折らんとする剛腕は、さしもの修羅でさえ危機を抱かせ、回避させるに十分な威力を伴っている。

 

「ハァッ、良いな……!」

 方治はなお傲然と哂う主人を、胃を痛めながら見守っていた。

 対しているのは、劉焉軍の将ではない。もし伏せていたのであれば、それは南下する韓遂軍の撃滅に用いるべきだ。

 突如として襲ってきたその男には、さしたる目的は感じなかった。が、この行軍までに会って来た何者よりも脅威である。

 

 おそらくは、流れ着いたままに山野で暮らしていたか。情勢を掴めぬままに食いつないできたであろう、天の御遣いのひとり。

 元はどこかの貴公子であったのが何の理由で零落したものか。鼻筋は通っているが、伸び放題の髪。

 右眼は潰れ眼帯をして、その逆の目は昏く落ちくぼんでいる。

 何より目を惹くのが、その異形の槍。

 無骨な柄の先には、怪物の骨とも干からびた胎児ともつかぬ、なんとも不気味な刃が、中央の宝玉を基点に紅く明滅をくり返している。

 

 興の乗るままに、いの一に気配を察知した志々雄がいまなお応戦しているが、一向に決着のつく気配がない。

 ――たとえ何者が相手であろうとこの至強の主が剣によって敗北することなど、あるべくもない。

 が、それでも戦いを長引かせてはならぬ理由が、志々雄自身の肉体の内に在る。

 

 それは、異常な体温の上昇。

 謀略によって我が身を焼かれかけた志々雄の皮膚は、その温度調整の機能を喪い、発火能力を得た代わりにどこまでも高熱を発し、最終的には我が身さえも灰塵と焼く。

 元の明治(せかい)での敗因――否、失策は、それである。

 

 ――そして、その弱点を、率いて来た面従腹背の将たちに知られるわけにはいかないのだ。

(ここはあえて不興を被ろうとも諌止すべし!)

 はらはらと案じる由美にそれとなく目くばせをした後、それに次いで程立へと指図を陰に飛ばす。

 

 が、それと交錯するかのごとく、志々雄の指示が飛ぶ。

「マロロ」

 と名を呼ばれ、事の始終を見守っていた獣耳の公家がにょっと奇声をあげてさらに身を細らせた。

()()

 命は以上である。姿形に反しなまじ明敏であるがゆえに、マロロは己に求められていることを察した。

 

「し、しかし……っ!」

「なァに、ほんの試しさ」

 声こそ明るげであったものの、

 ――やらねば殺す……

 という恫喝を多分に含んでいる。

 

 ええいままよとばかりに、意を決したマロロは気抜けするような呪詛を唱え始めた。

 いかなる術理によるものか。鬼火が虚空に生じ、くるくると規則正しく志々雄の周囲を巡ったかと思えば、無限刃に吸い上げられてその魔性を強めていく。

 

 火柱、いやそう呼ぶことさえ生ぬるい。志々雄真実が肩に担ぐは、紅蓮の山である。

 伊邪那岐(イザナギ)伊邪那美(イザナミ)も照覧あれ。

 五山の送り火もかくやという絢爛たる激情の神火。

 

 (つい)の秘剣、火産霊神(カグツチ)――その改。

 

「――また、妙な魔法を用いる」

 その圧倒的な火力ゆえか。ようやくにして敵手も呆れたような声音をあげた。

 だがその構えに揺らぎはない。むしろ静かなる殺意はますますに研ぎ澄まされ、その意気に応じて槍、あるいは総身からは奇妙な刻印が浮かび上がり、妖光の輝度が高まっていく。

 

「い、いかんッ」

 方治はついに焦燥の声をあげた。両者ともにこのようなところで放っていい大技ではあるまいことは、素人目にも明らかだ。

 これより本格的な天下取り。このようなところで志々雄の御身も、その兵も損耗させて良いわけがない。

 

 もはや一刻の猶予もなし。即断とともに方治は自身の選定したライフルを天上へと撃ち放った。

 その雷音により、両猛者の馬鹿げた火力は収束の兆しを見せる。

 が、敵将の取り巻く状況は一変していた。

 ひそかに背後に回した張郃、徐盛、陸遜、程立の兵が、彼を取り巻いている。

 本来であれば志々雄に意識が集中している隙に、十面埋伏の計よろしく一気呵成に数頼みに押し包むはずであったが、時を惜しむがゆえに牽制として妥協するほかなかった。

 

「方治」

 すかさず由美が両者の間に割って入り、情人を介抱する。が、志々雄自身は底冷えするような声を発した。

「お怒りはごもっとも、なれどこのようなところで二の轍を踏むわけにはいかぬのです!」

 と、怖じつつも勇を揮って彼は直言で返した。

 

 対する貴公子はどうか。

 つまらなさげに、未練もなく構えを解いた。

 

「何故我らを襲った?」

 方治が問う。

「べつに貴様らがどうこうというのではない。食料を奪うついでに、訊きたいことがあっただけだ」

 その答えは予測の範疇である。

「訊きたいこと?」

「ある女の所在だ。奴も此処に来ているはずだ。来ていなければおかしいはずだ。来ていないのであれば……俺はこの煉獄より這い上がり、奴の首をねじ切ってくれる」

 

 静かに狂気と殺意を一帯にまき散らしながら、男は答えた。

 当然その由来は方治には汲むべくもないが、それでも理解者のごとく振る舞い、首肯する。

 

「そちらの事情は了解した。しかし、このままあてもなく彷徨い、あるいは益州の保守自衛に固執する劉焉に与したとして、その女とやらの手掛かりは掴めまい。しかし我らは違う! これより我らは国盗りに出る! 彼女がひとかどの猛者たりうるならば、いずれかち合うこととなろう! それまでは呉越同舟、互いの目的のため、盟約を結びたいが、どうか!」

「……」

 熱弁をもって説く方治に、青年の反応は薄い。

 あまつさえ背を向けようとさえする彼に、

 

「べつにアンタの目的なんざ知ったことじゃねぇが、強くならねぇことには何を吼えたとて無駄だ」

 由美の世話を享けつつ、志々雄が言葉をかぶせてきた。

「お互いに食い合いながら、強くなればその女の首とやらも盗れるだろうさ」

 およそ道も理もなし。だが修羅同士通じるところがあるのか。

「……良いだろう」

 と、彼は止めた踵を返して言った。

「せいぜいお前たちを利用し尽くしてやる」

「応、がんばれよ」

 他人事のように、志々雄はその提案を受け入れた。

 やれやれ、と富士額に浮かぶ汗をぬぐいながら、安堵と徒労の息をこぼした。

 

「あれー、もう終わりですか。つまんないの。あんなもん、戯れ合いのうちでしょうに」

「いっそそのまま死ねば良かったのにな」

 

 張郃と徐盛が、好き放題にささめき合うのを、方治は無視を決め込んで口元をへの字に歪めた。

 こと、紅蓮腕を受けて左眼が焼き潰れたままの降将徐盛の怨嗟は、膝を屈しつつも根の深いものだろう。

 

 将の位格は十分。個人の武勇ではなく将器を主眼に置いた、この広大な中華を喰らうための新生十本刀は形成されつつある。さりとて、彼ら彼女らに全幅の信頼を置くことには、不安が残る。

 先に新たなる盟友に語ったように、唯強ければ信念も目的も、自分への忠誠心もどうでも良い、というのが志々雄の金科玉条である。徐盛の放言を黙認しているのも、それがためである。

 このポリシーに異論を挟むようなら、そもそも今も近侍などしていない。だがそれでも、やはり意のままに動かせる手足は、欲しいところだ。

 

(他の十本刀はどうした? 来ていないのか? せめて鎌足(かまたり)は!? ヌゥゥゥ、まさか志々雄様の死に殉ずる者はいなかったのか、誰ひとり!?)

 

 薄情な連中だと軽く呪いたい気分だが。それも先述の主義がためである。

 

「ほらほら~、のんびりしてもいられませんよ~。ここで道草を食べちゃってると、集合場所に間に合わなくなっちゃいますぅ」

 背後からのっそりと忍び寄ってきた陸遜が、甘やかな吐息とともに方治を促す。

「い、言われずともわかっているッ、というか、食ってなどいない!」

 と

 

 志々雄一派筆頭参謀、佐渡島方治。

 百識であるがゆえに、微に入り細を穿ち遺漏なく庶務を司る義務があるゆえに、その懊悩は雑多であった。

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