恋姫星霜譚   作:大島海峡

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ロイエンタール(ニ・終):ブリュンヒルトの雷鎚

 ロイエンタールの目に、劉焉軍が映った。

 いつもの小出しにされるゲリラ部隊ではなく、まとまった数である。

 もっとも、それ自体は問題とは見なかった。

 その所以は、互いの距離と、その間を隔てるものである。

 

 そこは所謂蜀桟道。断崖と、その奈落の下の激流が彼らを絶対的に隔てる。平時にさえ、架橋や交通運搬などは困難を極めることだろう。

 遠距離戦を行うにしても、レーザー銃でさえ射程外で牽制にさえなりはしない。互いの現状の装備は出尽くし、知り尽くしている。

 

「どう思う、ベルゲングリューン?」

 ロイエンタールはこの有能で常識的な士官に問うた。

「は。見たところ、敵の本隊のようですが……まさかこの距離からの攻撃手段などは持ち合わせてはおりますまい。あれば、自国でゲリラ戦を行うより先に用いているはずではないかと。敵の狙いはそうして我らの疑心を煽り、身動きを取れなくしているうちに、別動隊で進路の口を塞ぐ、というものが考えられますが……」

 妖眼の名将は己が求められた趣旨を正確に汲んで応える副官に、鷹揚に頷いた。

 

 まったくベルゲングリューンの申し状は正しく大きく過つということがない。

 だが敵の、その考察の余地のあまりない軍事行動が、妙に気にかかることも確かだった。

 ここまで過剰とも言えるほどに消極的だった敵軍が、何故本隊を眼前に晒すという挙に出たのか。このまま明確な戦果を欠けば、こちらが立ち枯れることを見越しての戦略ではなかったか。それが今になって急戦を求めるがごとき転換を見せたのは、ある意味では不自然だ。

 あるいは、南方より迫り来るという謎の軍勢に圧迫され、急戦を余儀なくされたことへの焦りか。

 だが劉焉軍の、いつにない大胆さは理詰めでは片づけられない何かを、歴戦の武人は嗅ぎ取っていた。

 ベルゲングリューンの語尾の歯切れの悪さも、その辺りから由来するものだろう。

 

「いずれにせよ、この場は死地、危地というべき隘路だ。行軍を速め、さっさと抜けるとしよう」

 と、副官を促したロイエンタールの、青き横目が横向かいの変異を捉えた。

 

 銀髪の女軍人が、劉焉軍より進み出て屹立した。

 黒い軍服とは似つかわしくない、銀光りする盾と、身の丈を上回って余りある、彫刻じみて時代がかった大槍を両の手に、

 まさか騎士的名乗りをするわけでもあるまい、と眉をひそめた矢先、にわかに天に突きつけられたその穂先が、回転を始めた。

 

 光の粒子がその槍と、そして彼女自身を取り巻いていく。ふわりと舞い上がる長い髪が淡く青く色づき、陽炎のような揺らめきが全身から立ち上る。

 これではまるで、かの雷神の(トール)ハンマーの発射シークエンスのような――

 

 はっとしてロイエンタールが退避を命じた時には、すでに遅かった。

 さながら、神々の指先が地表を掬い上げるがごとく。

 少し低めの位置へと撃ち出された光の暴流が、ロイエンタールたちのいる桟道の岩盤を抉りながら弾道を持ち上げていく。崩落し、滑落せしめる。まず着弾点と近い位置にいたロイエンタールが、拠って立つべき足場を喪い、乗馬したままに転がり落ちた。

 上官の名を呼びつつ反射的に手を差し伸ばしたベルゲングリューンも。

 

 その転落のなか、ロイエンタールは起こった事象の道理はともかくとして、我が身に降りかかった災難に本能的にこう悟った。

 

 ――あぁ、これは女神(ブリュンヒルト)よりの断罪。

 ――カイザーに代わり、我が身を罰したもうたか。

 

 と。

 脳裏にその名を冠する、純白の戦船を思い描きながら、虚空の中で苦笑を漏らした。

 

 

 ~~~

 

 穿たれた断崖の、凄惨きわまる破壊の痕跡に、劉焉軍の将兵はあらためて慄然とした。

 味方でありながら、その砲撃を行った一人の女に、怪異に対する眼差しを送る。

 

「はっ……こりゃあまた、なんとも」

 傲岸不遜のアシェラッドでさえ、その表情を引き吊らせて言葉を失っている。

 だが、彼女……セルベリアはその直後に膝を突き、武器を手ずから取り落とした。

 

「な、なんだこの倦怠感と消耗は……っ、このようなもの、元の世界でさえ、一度も……」

 と、自身の不調に対して戸惑いを見せていた。

 

「すまんな、御遣い殿」

 劉焉こと灰峰は、衆目から自らの身で彼女を守るようにしながら、詫びた。

 

「この世界には、見えざる枠で覆われているという。その枠を人ならざる超能が行使された時、抑制が入るのだそうだ」

「管路殿の教え、ですな」

 宵同様に参戦さえしていなかったものの、宿老たる桔梗も当事者としてこの益州を襲った惨劇の目撃者である。軽く頷いた。

「多少特権(ズル)を用いて緩和させてもらったが……それを承知で、人相手に使わせてしまったのは事実だ。悪かった」

「……利用されていることには慣れている。私が撃ったのは人ではなく、山の神に挑みかかった。そう思い込むことにさせていただく」

 

 髪色が元の色に収束していく彼女に、灰峰は再び一国の主らしからぬ低頭をした。

 これも、先の謝辞も、彼女のみに向けられたものに非ず。

 二人分だ。セルベリアと、そして今崖の底へと叩き落とした敵将も。

 

 灰峰も乱世に立つ漢である。ゆえにこそ、敵は智勇の応酬によって決着をつけたかったのだろう。

 補給が不十分にもかからわず、各戸への徴発や略奪が行われなかったことからも、敵の矜持の高さが読み取れる。

 それらを無視し、武人としての礼に失した、神がかりの一撃によって彼らを葬ったことについて、彼は深く詫びたのだった。

 

「軍を収め、成都に戻るぞ。再編しつつ、季玉(きぎょく)と合流する」

 

 益州は何者にも渡さない。そした適うならば、天の御遣いを道具や夷荻、家臣として見ない。敵するにせよ共闘するにせよ、人として接する。

 それが二十年前、道を違えて賈龍や数多御遣いを使い捨て、あるいは殺した己へのせめてもの自戒だった。

 

 

【ロイエンタール軍……消息不明】

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