「……なぁ、そろそろ機嫌直せよ、アシェラッド」
百名の海賊団を率いていくつもの海を踏破してきた彼らをして、見たことのない石に囲まれた城市。
過日の凄惨な戦の痕跡を濃く残すその往来を大股で歩くかつての団長に半歩遅れて、ビョルンは早歩きで追いかける。
無言で歩いていたアシェラッドは、掛けられた声が聴こえないかのように、むっつりと押し黙って歩いている。
「あのおっさんは下手を打った。娘が馬鹿だったせいで全部盗られた。そんだけのことじゃねぇか。何をそんな不貞腐れることがあんだよ」
なお懲りずにそんな慰めとも弁解ともつかぬ物言いに、アシェラッドは暫し無言で立ち止まった。
だが振り返った時には、
「ぜぇ〜んぜんっ、気にしてないよ〜ん」
と、いつも通りの剽軽かつどこか挑発的でふてぶてしい、老獪なヴァイキングの貌になっていた。
「むしろお前がそっちついててくれて助かったぜ、ビョルン。お陰でオレも勝ち組につけたってなもんよ」
と、特化させたがごとき太さのビョルンの二の腕を、遠慮もなしに何度もはたく。
「まァーお前とは向こうじゃ色々とあったけどよ、何だかんだでいっちばん頼みにできんのはお前だよ」
「……お、おう」
「なんたってお前は、『たったひとりの友達』なんだからよ」
そう笑いかけて、アシェラッドはまた歩き出した。
「どこ行くんだよ?」
「小便。あと、お前に会えたこと幸福をカミサマに感謝してくらァな」
「何言ってんだ。どこぞの王子じゃあるまいし」
小慣れた応酬とともに、一旦彼らは別れた。
……だが、アシェラッドの胸中は気楽さとは真逆にある。
(――いま、
ビョルンは単純な男だ。ぶっきらぼうだが、腹芸など到底出来る男ではない。おそらく監視役でもあるのだろうが、有事の際にはどうとでも抱き込める。
その、はずだ。
かすかな頭痛とともに脳裏に描くはその死に様。友になりたかったという、血を吐きながらの独白。
まったく自分たちをここへ招いて巡り合わせた輩というのは、腸の隅まで腐り切ったような、下衆なのだろう。
まぁビョルンについては留意という程度で良い。
警戒すべきは法正だろう。
ある程度こちらの手の内を把握しているし、事を起こすに当たっては周到で執拗だ。若かりし頃の己自身を思い起こさせる。
そのアシェラッドにさえ、あの女は自身の叛意と計画を気取らせなかった。腹に一物を抱えた奴だとはその目を見て分かったが、まさかここまで破滅的な造反を行うとは、その因縁を深く知らないアシェラッドには予想外だった。
(あれを出し抜くには相当骨が折れるが、さてどうしたもんかね)
無論、彼は身命を賭して劉焉の側に表返る義理などはない。あくまで状況如何によってその去就を決める気でいる。
だが、せっかくしがらみを放り出して再び得た命だ。あんな美しくない、獣どもにつくことは出来うるならば勘弁したい。
せめて往年の年頃にまで若返れていたならば、とほとほと思う。
「……マジにカミサマに祈りたくなってきたぜ」
ため息混じりにそう独語したアシェラッド出会った。
〜〜〜
(気づかねぇ、とでも思ってんのかよ)
しかしてビョルンは、アシェラッドが思うほど単純な思考の持ち主ではない。こと、アシェラッド自身に対する感情は、友愛と忠義が入れ子となって複雑化する。
だが彼には思慮や見識というものを持ち合わせていないがゆえに、本能的に尊敬すべき上官の虫の居所は知れても、その怪奇な頭の内まで理解するには至らない。
忠勇たらんとすればするほどに、ヴァイキングらしくあらんと振る舞うほどに、その内心から遠ざかっていく。その所以を知るべくもない。
あの劉焉なる領主は戦に敗けた。その北上の中、ビョルンが道中で北上軍に合流した、志々雄の勝ちだ。あの火傷男には、その所有する地も財産も領民も、収奪する権利がある。そうやって自分たちも生きて来たはずだ。それが正しい理屈のはずだ。
その道理が分からないアシェラッドではあるまい。一度の敗けを根に持つような
なのに、どうしてなおあんな華奢な男に心を寄せるのか。
なのに――
(嗚呼、こいつはまるで分かってない)
などと、韜晦するその奥底で、軽侮の眼差しを向けてくるのか。
そう、自分がトルフィンを
どうすれば満足する?
どうすれば近づける?
どうすれば――本当に、友たりえるのか?
「ただ友達でいる……それだけのことが、なんでアンタにはそこまで難しいんだ……」
今こそ、あのキノコが欲しい。余計なことは考えず、ただ狂気の内に溺れ、暴れたいと、ビョルンは切に求めた。