恋姫星霜譚   作:大島海峡

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董卓(七):友軍見えず

 かくして上庸城の搦手より密かに主人とその腹心を離脱させた張遼ら董卓軍は、一路南糸(なんし)なる土地を目指す。宛の北西である。今や帝を手中に収め官軍となった曹操軍との連携を断つ……と、そういう目論見があると想わせるために。

 

 それを仕切るのは霞である。

 本来ならば彼女にせよ恋にせよ、月たちへの友誼や義侠心がために参画した客分に過ぎない。

 革命が成功した暁には新帝よりそれなりの地位や官職が与えられ、指揮系統も再整理されたのだろうが、今や誰よりも常識的(マトモ)という理由だけで総大将を務めることとなっている。

 

「……で、月っちたちがおらんことを悟られんように気張らんといかんわけか」

「はい。そんなわけでガンガンに前線に出まくってもらいますよ~、総大将殿」

 荀攸の口調はふざけているのか真剣なのか。

 いずれにせよ、それ自体は性に合っているし、大いに望むところだ。

 

「本来なら、李傕……殿が董卓軍正規軍の内で最高位なのですから、御仁に頼むべきなのですが」

 と、物言わぬ主に代わり音々音が愚痴をこぼしてちらと後続を顧みる。

 だがその隊列に、当人の姿はない。今朝がたより、手勢や一部の将官を率いて城を抜けたらしい。

 

「呼び戻さなくて、よろしいので?」

 荀攸が問う。

「しゃーないやろ。こっからは個々人の自由意思っちゅーやつや。無理には引き留められん」

 菫色の髪をまさぐりながら、半ば己を納得させるように霞は答えた。

 あるいは、并州出身者が中核となったこの軍容が気に入らないのかもしれないが、内に不穏分子を抱え込んだまま戦闘に突入するよりかはいくらかマシ、と考えておくことにする。

 

「アイツは悪辣で強欲やが、肝っ玉は据わっとる。ヘタに味方を売るようなマネせぇへんわ」

 と続けて言って肩をすくめた。

「しかし、それが抜けて総勢五千ではいささか心もとないですぞ」

「別に勝つことが目的とちゃうわ」

 

 友のために身命を張ること。華々しく散ること。

 それがこの戦の第一義にして、皆その悲壮を旨に戦場に臨む。

 

 ――それで良いのか、という一抹の懊悩が、言い出しっぺながら霞の胸には燻っている。

 白い少女の亡霊が、己の内で、非難がごとくに問い続けている。

 

 ~~~

 

「丁承淵、主命により援軍に来ました……ってあら?」

 半ば厄介払いの体で援軍に遣わされた丁奉だったが、参集した兵力の意外な寡なさ、おそらくはそれに関連しての城将と参軍の剣呑な雰囲気に目を瞬かせた。

 

「よくぞおいで頂いた……と言いたいところだが」

「孫家の軍が未だ到着しない」

 と、二人の男女は苦り切った面持ちで言った。

 

「うえっ!? まさかこないだと同じく出し渋ったんですか!? いくら弱ったと言っても呂布や張遼相手に我々だけで戦えと!?」

 

 朱桓が思ったことをそのまま口にした。

 丁奉こと旋律は、この小娘のごとく取り乱してはいない。

 呂布のごとき武辺者が絶対者であった時代、武の時代は終わった。今は策と兵の時代だと、上党の戦がそれを証明した。つまりは、この丁奉がごとき才が生かされるじだいが到来した。

 だが、積極的に参戦する気もない。曹操の意図はどうであれ。

 

(西に董卓という雑音を残しておけば、東の、義元様への締め付けが緩くなる)

 という思惑を、秘めたるが故に。

 

 そして曹操の思惑もおそらくは一致している。

 出来る限りを望むのなら、政情不安定な中原をまとめる間までは袁術と誼を通じつつ、かつ彼女の野心の目を北へは向けさせず江南江東の敵と存分に切り結ばせて周辺の怨みを買わせていく。

 そして曹操がその隙に片付けるべきは、西涼ならびに巴蜀の凶徒たち。

 

 そのすべての因果を鑑み、かつ旋律の秘めたる思惑を見抜いての抜擢であったなら、あらためて曹操恐るべしと言わざるを得ないだろう。

 

「で、孫堅殿が荊州から出てくる様子はない?」

「いや、出陣をしたこと自体は確認している」

「言下に断った先の戦とは異なり、すでに了承はもらっているよ。そのうえであの孫氏が言を翻すとは考えにくい。とすれば、合流はせずどこかへ向かっている……と考えるべきだけど」

 

 自身の問いに答えたエルトシャンと満寵の手前で、フムと旋律は相槌を打った。

 そして両方の耳に手を添えて、意識を集中した。

 

「あの……丁奉さん?」

 胡乱げな朱桓にしっと呼気を飛ばして押し黙らせる。

 

 丁承淵に超人的な聴覚が備わっているのは、界隈においてはつとに有名である。

 ――もしや、陰に潜む孫堅の動向さえ、その耳は聴き取ることが出来るというのか?

 などという想像とともに、他の者は固唾を飲んで見守った。

 

 そんな彼らの熟視が意外であり不本意であったのは、他ならぬ旋律自身である。

 憮然としてゆっくりと両手を下ろした彼女は、冷めた口調で、

 

「……いや、いくらんでも聴こえるわけないじゃない。冗談よ冗談」

 と言った。

 

「えーと、ごめん盟友殿……()って良いかな??」

 満寵は笑顔を貼り付かせて問うてきた。

 

 ……耳に聴こえはせずとも董卓軍の侵攻は確実なものである。

 孫堅軍の助力はもはやないものと見限って進発した袁曹の連合は、程なくして董卓軍と対峙する。

 

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