「――気張れ! ブチかましたれやぁッ!!」
さながらやくざ者の出入りが如く。
南糸での戦端は、霞の怒号で開かれた。
彼女自らが中央先陣を切って敵中に突っ込み、偃月刀でもって雑兵たちを刻む。
そんな彼女の叫びと刃は、詠の正義や信念よりも雄弁で、他の将兵たちを意気を煽り立てる。
そして霞の一世一代の猛攻に対応できるのは、エルトシャンを置いて他にない。
馬体を斜めに傾けながらその死角より躍り出た彼は、銀の剣を閃かせて張遼の眉間を狙う。それを柄でもって防ぐ。
鋭い。そして速い。
神速でもって鳴る己から、先手を取るなどと。
「エルトシャン陛下!」
「私に構うな! 後続は左右より回り込んで、敵の歩騎を分断しろっ」
そして、強い。否、強くなってきている。
競り合いながらもなお指示を飛ばすこの剣士。かつその命を実行する兵たち。
一次、二次の宛城への攻勢の時よりも、格段と。
「クソがっ!」
戦局としても、一武人としても、楽しむだけの余裕はない。
霞は、孤立に先んじて馬首を返した。余人ならばまず看破に至らず両断されるであろう僅かな太刀筋の翳り、逡巡。それに合わせて刃を引く。戦線を縮小していく。
後退を始めた霞は自ら後曲に身を置きつつ敵の刃や鏃を弾き、凌ぐ。
袁術軍らしからぬ精妙で、間断なき戦ぶり。さりとて、ここまでの運びは予想の範疇に収まっている。
陰のごとくいつの間にか控えて並走している、軍師荀攸の。
「将軍、軍師殿!」
「我ら、打ち合わせ通りに左右に展開し、両翼の
「張将軍も、本懐を遂げられますよう!」
そう意気込むのは、
「……応、行けッ!!」
と霞は送り出す。
「……然らば!」
「御免!」
「また、いずれ!」
万感の想いや興奮より吹き出る汗みずくとなって敵の猛攻の内に突っ込んでいく。
望むがままに暴威を奮え。
想う様に散れ。
再会を約したは泉下でのことである。
(――詫びは、入れへんぞ)
そういう想いを刃の一振りとともに断ち切り、ねじ込まれた敵の横槍をくぐり抜けて後に荀攸を顧みる。
鞍に仰向けに寝そべり、否、危なっかしくも引っかかりながら、それでいてひらひらと敵刃をかいくぐりながら、茫洋とした表情でこっちを見定めるようにしている少女を。
「…………余裕やな、割と!」
「でもありませんよ。この体勢、やってみたら割と保つのしんどいんですから」
微妙にずれた答えが返ってくる。だったらそもそも、わざわざ、そんな姿勢でいる必要もなかろうに。
「そんなに力まずとも、ここまでは想定通り。敵将のエルトシャンは直線的。満寵は油断ならぬ智者なれども奇策は弄さず。黒生鉄心は呂将軍に匹敵しかねない武勇の持ち主ながらに歩兵。剣術の間合いに入らなければ負けはありません」
「……アンタ」
「さぁさ。ようやく見えて参りましたよ……我らが、『砦』が」
そう荀攸の促す通り、丘陵を背に聳えるその『城砦』は規模としては小規模ながらも、如何なる巨城とて持ち得ない、攻勢の武気を放っている。
霞は手勢を率いながらその手前で折れつつ、
「恋!」
と、
「任せて」
いつもと変わらぬ表情。言動。だがその平常ぶりこそが好ましく、頼もしい。
牙戟を奮えば追手の歩騎が誇張なしに、吹き飛ぶ。
まさしく人中にあって別格、鬼神呂布これにあり。
「しかし、あの恋を壁代わりとか贅沢な使い方をするやっちゃ」
あれが味方で良かった、と背を通してしみじみと感じる霞は苦笑混じりに軍師に意見する。すでに、さんざん議論をしてきたことではあったが、
「残り食糧乏しい中、呂布殿を駆動させるわけにもいかないでしょうに」
そしてそれは、如何ともし難く霞も納得せざるを得ない結論へと至る。
呂布奉先、最大の弱点はその無尽蔵の食欲と、あとは動物を大量に飼育する愛護精神だろう。
千軍に匹敵する武勇を持つ彼女だが、その消費量も費用もばかにはならない。もっとも、平時においてはその働きを鑑みれば可愛いものだが。
「しかし、ねねをよう説得したなぁ」
「いや、将軍のことをよく分かっているのが陳宮どのですのでー。お任せしただけですよ」
「そうおだててウマイこと乗せたのは、アンタやろ」
荀攸にしても、そうだ。
苦言こそ呈した霞ではあったが、とぼけた風体とは裏腹に、限られた人材兵数の内でよく切り回してくれている。
嗚呼、と天を仰ぐ。つくづく悔いる。
天にはそっぽを向かれたものの、確固たる地盤と、そして人がいた。
なんと自分たちは、それを、それぞれに、十全に生かす機を今まで無為にしてきたことか。
詠に全ての責任があったわけではない。
月の指導者としての器量に不足があったわけではない。
全ては、董卓軍中の生けとし者、死せる者に等しく怠惰を貪ったがゆえの罪科だ。
だからこそ、彼女たちの分を背負って、自分が死地へと赴く。
〜〜〜
「張遼、両翼と中央に出現!」
「同じ人間が三人に増えるわけがないでしょ! 三人の内二人は……いや、全員が替え玉に過ぎない! 友軍の丁奉軍に横槍を突かせて駆逐させてッ」
本物の張遼は依然自分たちの進軍路の先にいる。それは過たない。呂布を隠し玉として投入してくる時機も想定内だ。驚嘆には値しない。
(けど、何故董卓軍本隊の姿がない……?)
そのことと、敵の捨て石さえ辞さぬほどの戦意とそれを組み込んだ指揮ぶりが、勝勢に傾きつつあるにも関わらず海防を不安にさせた。
(いかにもな感じなのは)
と東に首を巡らせる。張遼の逃げたであろう、群生林。
(……いったい、なんだ、この……?)
漠然とした不安や予感とはまた別の戸惑いも、満伯寧の内にある。
それは――既視感だった。
「張遼は罠! なので回り込んで呂布をやり過ごしますよー」
などと意気込んで曹操軍朱桓が殴り込んでいったが、
(たぶんその読みまでは当たっている。だけど)
ぎゃーす! ……と、汚い悲鳴が聞こえてきた。
手早く確かめに行かせた物見が言うには、
「敵将
「かと言って、森を進めばすでに引き返してきた張遼が神出鬼没に襲いかかってくるでしょう。ここは自分の重装歩兵隊が先手を替わりますので、エルトシャン殿はその間に伏兵を叩いてください」
「わかった」
そう指示を飛ばしつつ、自身の響きにはやはり拭いきれない違和感がある。
方針は正しいはずだ。既視感など、本来あるべくも無い。
戦場に、同じ物など一つとして無いのだから。
――だが、似たような戦場ならどうか?
両翼への遅滞による、中央の突出。
『砦』と森林による隘路への誘導と伏兵と射撃。
まるで、これは……
「誰だか知らないけど、底意地の悪い者がいる」
自身が抱いた所感からようやくその原因を突き止めた海防は、そう低く呻いて軽く奥歯を噛んだのだった。
〜〜〜
――彼女は、ずっと観てきた。
詠の不信によって冷遇されながら、
董卓軍の凋落を。袁術軍や曹操軍の隆盛を。
その戦闘の推移をごく自然と観察し、しかして第三者的に勝因敗因を考察し、ともすれば失敗した当人らよりも、その経験を糧と蓄えてきた。
あらゆる芸事は、模倣より始まる。
それは、戦術というある種の娯楽芸能とて例外ではない。
「上手く嵌った」
第一次宛の戦い。董卓軍が没落の切欠となった、忌まわしきまさかの敗戦。
持ちうる兵科、兵力、武装、将などの多少の差異こそあれ、攻守を入れ替えた形でそれは再現されたのだった。