恋姫星霜譚   作:大島海峡

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エピローグ:新世界 〜四海鼎立〜
馬騰(四・終):悍馬の重荷


 その日、習性のごとく、馬一族は山野に狩りに出た。そこには、自身の回復度合いを確かめるべく、反対を押し切って出てきた翠の姿もあった。

 が、親子間のわだかまりはまだ埋まったわけではなく、なんとも言えない空気がその最中には流れていたことは確かだった。

 

 質はともかく、数をもっとも挙げたのは、蒲公英だった。

 (パオ)の内、直線的に得物を狙う従姉と較べこちらは狡猾に不意打ち罠など手練手管を尽くして小動物を手際よく狩猟していく。

 並べられた兎や山鳥などを見て、いかにも得意げな彼女に対し、翠は口を尖らせながら、

 

「まだ本調子じゃないんだよ」

 と言い訳をする。

 

(……いや、言い訳になっているのだろうか)

 と、碧としては思わざるを得ない。

「本来であればまだ安静にしてしかるべきだろう、むしろ今こうして狩りができるのが奇跡というものだ」

 と案じれば、長子は平然と、

「は? もう骨も繋がってるぞ」

 と言ってのける。

 

「ひぇっ、ほ、本当に人間か……?」

「それが実の娘に言うことかァッ!?」

 

 そうは言っても末恐ろしい回復力である。慄然とせざるを得ない。

 

「で?」

 そんな娘を適当にやり過ごしつつ、碧は少し離れたあたりにいる高順こと破城に

()()()()()

 と話を振る。

 彼女の傍らには、半死半生の客人……張文遠がいる。

 狩りの収穫という点では、この高順こそが最大の功労者だろう。

 なにしろ、董卓軍の旧友を遠出のうえで確保してきてくれたのだから。

 

 やや過剰なまでに介抱された彼女を、表情乏しく、自身の得物の部品を磨きながら、破城は、

「危機は、脱しました……張師君が出立する直前でよかった」

 と言った。

 言葉少なながらに、その横顔には素朴な安堵が垣間見える。

 

 

「死んだ方がマシってこともあるんじゃない?」

 と、輪虎が笑顔を張り付かせたままロクでもないことを言ったので、程度の差こそあれ、一同揃って冷ややかに睨み返した。

 

 毒気と語気が強いだけで、悪意あってのことではないことを、そしてある意味正論である碧は承知している。それでも、かつてはヘクトルが間に入ってくれたおかげでここまで摩擦が生じることもなかったのだが。

 

「……いや、文遠にせよ翠にせよ、命があるだけ良いだろうよ」

 しみじみと、馬寿成は言った。外を眺めながら、

 

「私は、もう数年と保たないそうだ」

 

 と告白した。

 幕舎の空気が澱んだ。時が停まった。

 その再動を固まった各々に促すがごとく、強めの風が舞い込んできた。

 

「張魯に保証してもらったよ。戦に出続ければ、さらに寿命は縮む」

「ちょ、ちょっと待ってくれよ!」

 

 今の今まで押し殺してきた秘密を、ごく自然に、抵抗もなく碧は切り出した。

 言ってしまえばあっさりとしたものだと、狼狽する娘たちをよそに母は思ったが、それもそうかと納得もする。

 人は死ぬが必定不可避の理。自分はただ、他者よりその時を迎えるのが早いだけなのだと。

 

「……で、では……かつては、麒麟とも獅子とも畏懼されたお母様が、近年は戦を嫌ったのは、そのため……」

 

 ここまでの不審から、薄々察するところはあったのか。

 動揺が少なめな鶸が、そう切り出し、母の苦笑を誘った。

 

「麒麟も老いれば駑馬にも劣る、とは良く言ったものだ。もっと早くに打ち明けるべきだったよ」

 そう悔いを吐きつつも彼女は、未だ目の泳ぐ

 

「そこでまぁ、良い機会だ。後は若く強い駿馬に道を譲ることとした……翠、我が家を頼めるか」

「は!? いやその……何もかもがいきなり過ぎるだろ!? なんでこんな……っ、急に!」

 

 なるほど翠の単純さでは、処理しきれない事態の連続だっただろう。肩をすくめつつ、それでも碧はお構いなしに言った。

 

「諦めろ、誰にとっても万端準備整った家督相続など、ある方が稀だ。一族死に絶え、お前や蒲公英だけが取り残される、などということもあるぞ」

「滅多なこと言うなッ、だいたい……あたしは……」

 

 その歯切れの悪さは、唐突かつ強引に相続をさせられた、ということのみではないのだろう。

 そしてその虫の居所、感情の所在が、碧には分かる気がした。

 

「そうだ」

 と、碧は首肯した。

「お前は未だ、人の上に立つ器などではない。紅葉やヘクトルを死なせたのは、私の臆病さであり、お前の軽率さでもある。その罪からは、終生逃れ得んだろう」

「……だったら、なんで……」

「だからこそだ、お前のような跳ねっ返りのジャジャ馬、勝ち過ぎるぐらいの荷を括り付けておくのがちょうど良かろうと思ったまで」

 

 油断していると揺らぎそうになる肉体を正し、眼力を能う限りに宿し、

「孟起」

 と、娘の字を呼ぶ。

 

「これより先、お前の身は、名は、お前のみのものではない。西涼軍閥が筆頭、馬家がお前そのものとなるのだ……己の命も、他人の命も、決して粗略に扱うな」

 

 母として、先代として遺せる言葉を伝えた時、碧の肩から力が抜けた。

 代わり、揺れていた娘たちの瞳が、しっかりと重さを帯びて定まった気がする。

 ……どちらともに、決して悪くはない感触だ。

 

「……さぁさ! 重苦しい話はともかく、新たなる当主のため、ここはパーッと祝おうではないか! ほれ、さっさと食ってやらんと、射止めた獣たちの命が無駄になってしまうぞ」

 

 手を打ち鳴らし、空気を明るき方へと転じた碧はふと、蒼の隣の空白に目を遣って、そして細めた。

 

()()()も、どうかね」

 

 きょとんと目を丸くした蒼が、碧の視線の先を追う。

 そしていつの間にか己の隣に、見知らぬ少女が片膝立ちになっているのに気がつき、きゃあっと頓狂な悲鳴をあげて姉に齧りついた。

 

「コイツ……いつから!?」

 なんとか妹を剥がし、迎え撃たんと翠は苦闘しているが、襲撃や暗殺が目的ならすでに仕掛ける気はいくらでもあっただろうし、すでに少女自身、輪虎の双剣の間合いの内だ。

 

「よくお気づきに。さすがは西涼軍閥が頭領……いえ、すでにご隠居様でしたか」

「死に近づくほどに、感覚も鋭敏になってくるようでね」

 

 その面構え、存在が気取られてもなお肚の据わった物言い。

 若さに見合わず、少なくとも一、二の死線は越えているだろう。

 

 切るような所作で碧と翠の間に移動した少女は、拳を逆の掌に打ちつけながら、

「凌公績と申します。此度は、陳留王殿下ならびに天の御遣い北畠顕家卿の使者として参りました。辺境においてなお漢室の忠臣たる馬家に、庇護と助力を求めたく」

 

 多分に辛苦を含んだ笑みとともに、碧は虚空を仰いだ。

 天の配剤の、なんと意地の悪いことか。

 

 この荷は、新当主には、重過ぎる。

 

 新世界の始まり。西涼軍閥馬家。

 その勢力を減退させながらも、若き優駿たちは動乱の渦中へと放り出されようとしていた。

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