遠くから、雷鳴にも似た破裂音が聞こえる。
「ひぃっ!?」
思わず
その意志に感応して、虎の毛皮で造った帽子の耳飾りがビクビクと痙攣する。
連日、夜ごとにあの音と投石がくり返される。
(いったい、どうしてこうなった!?)
たしかに、戦端を開いたのは自分たちからだった。
堕落した中央から派遣された
これが、江東統一の絶好の機となると思った。
奴を共通の敵とすることで先に赴任していた会稽の同志、
楽に勝てるはずだった。中途まではそのはずだった。精強な山越兵を前にしては張英ごときなど物の数ではなく、
だが、そこで冷遇されていた
不遇をかこち、日夜城壁の上で弓術の修練で無聊をなぐさめていたはずの彼女。
その姿に目が慣れて、こちらが完全に油断していた隙を突いて城の包囲を突破。
てっきり落城を悟って逃げたのかと思いきや、新たに将を抱え込んで戻ってきた。
中原から賊同然となって難を逃れてきていた
これは生真面目なだけで柔軟性に欠いたが、その配下であったまだ年若い斧遣いが優れた武勇と用兵を発揮。
他がそれよりもさらに厄介な存在であった。
所謂、天の御遣い。
あろうことか劉耀の厭戦と諦観はここに極まり、さっと彼らに指揮権を投げてしまった。
城外に取り残された劉耀軍の残党。その寄せ集めの先陣を切ったのは太史慈……ではなかった。
黒い甲冑をまとった馬上の男。投石に、それよりもはるか後方より筒から小玉を発する奇妙な兵器で牽制しこちらの意気を崩し、「えい」「おう」という奇妙な掛け声とともに上下される長槍の衾がこちらの前衛の調子を崩す。その機を見計らい、その武将は裂帛の気合いとともに馬腹をけって疾駆し、槍をこちらの陣に突き入れてくる。
その暴れぶり、形相はまさしく鬼神のごとし。
次鋒に
赤髪の優男が後軍より総兵力をまとめ上げる。
遊兵も作らず、補給路を確保。情報を統制。
奇をてらうことこそないが、張英楊奉のごとき凡百のそれではない。
一切の遺漏なく軍を推し進め、慣れた地の利を生かしたこちらの伏兵もことごとく看破され、したたかな逆撃をこうむった。
しかも悪辣なのは包囲の一角をあえて開けて活路を示すのだ。これによって連戦と敗戦の果てに山越はさっさと白虎に見切りをつけて逃散してしまった。そのうえで楊奉の遊撃部隊が
形勢は一月もしないうちに逆転してしまった。
本拠、
「な、なんだ……なんなのだあの連中は!? 奴ら、自分たちの世界でどれだけの戦を……」
「姉貴っ!」
「ひぃっ!?」
寝所に弟の
未だ童女のごとき背丈しかない彼女に比して、すらりとした長身を保つ男である。
普段はふてぶてしい顔つきだが、今となってはすっかり気が滅入っているようで、目元には疲れと弱気が露わになっていた。
「も、もうだめだ……城壁と正門の連中がとうとう根負けして降伏しちまった。王朗殿も消えちまった!」
「なっなんだとっ」
「こうなった以上、オレらも投降して」
「ええい、今更投降して奴らが許してくれると思うのか!?」
「じゃあ、どうすんだよ!?」
強く意見を求められたが、もはや厳白虎に王者としての威信はない。そも、元よりその資質がない。
智恵をなんとか奮い、半ば無理やりに活路を見出す。
「そうだ……
「お、おぉ! さすが姉貴だぜっ」
そうとなれば善は急げ。
手近な金品をかっさらって寝室を出んとした、その矢先であった。
急いだはずの善は、すでに乗り込んでいた敵の首領に捕捉されていた。
部屋を曲がって裏門に続く廊下の角を曲がると、そこには敵総大将の姿があった。
彼は華はないが十分に端正な顔立ちで微笑み、そして対等の相手であるかのように彼らに提案した。
「厳白虎陛下と厳與殿下ですね……どうか城をお出になる前に、話を聞いてはいただけないでしょうか」
「……ハイ」
「……ハイ」
優美に微笑みを浮かべ、あくまで物腰柔らかな赤毛の大将を前にして、厳姉弟は自分たちの心の柱が折れる音を聞いた。
【厳白虎……滅亡】