恋姫星霜譚   作:大島海峡

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袁術(八・終):友誼今昔

 江陵の州都、油江(ゆこう)あらため公安(こうあん)

 張昭、三成の言を容れて改名とともに勢力全体の本拠と定めたその場所のほとりに、英雄の墓がある。友の墓がある。

 

 この国の文化によるものか。丸く石造りで盛られたちいさな山ふたつを前に、同盟国へ来訪したエルトシャンは佇んでいた。

 

 シグルドと、そしてその従者アーダンの墓。

 

 意味までは読み取れずとも丁寧に掘り抜かれた碑文、華美ならずともしっかりとした作りの墓標は、新参者であっても勇者を賞する孫家の姿勢が見てとれた。

 

「……今度は、俺がお前を見送る側になるとはな」

 と苦笑をこぼす。

「いよいよもって我ら、同じ旗を仰ぐことの叶わぬ宿命にあるらしい」

 

 そう嘆いた彼の背後に、ふたつの影が近寄ってきた。

「エルトシャン……!?」

 息を呑む音。自分の名を乗せた懐かしい声。

 驚き顧みる彼の目に、自身と同様に驚きに瞳孔を開く旧友夫妻の顔が映る。

 

「キュアン!? それにエスリンも……!」

 

 〜〜〜

 

「……そうか、お前たちも」

「ああ、奇しくも袁紹殿の下にな……彼女が死に暇乞いして後、風の噂に、シグルドらしき人物の所在を知って、立ち寄ったわけだが」

 

 あらためてこの世界に飛ばされて以降の来歴を互いに語る。近しいようで隔絶のある両勢力に在って、彼らが如何様にしてここまでの乱世を乗り切ってきたかを。

 

 

 エルトシャンは墓前にて項垂れるエスリンの背に痛ましげな視線を投げた。

 涙しているかもしれない、とは思ったが、回り込んで覗き見る勇気はない。

 

 

「それで、これからどうするつもりだ?」

「さてな……しばらくは路銀もある。遍歴を続けてみるつもりだ」

「その後は?」

「騎士として仕えるか、あるいは一旗揚げて、戦乱にあぶれた人々の受け皿となるか」

 つまりは、これといってアテがあるわけでもないということか。

 

 ――もしよければ、共に……

 

 言いかけたエルトシャンではあったが、ついにその言葉が完全に外に出ることはなかった。

 今、自分がその主人が、置かれた立場。その姿勢や器量。それを想えば、おいそれと巻き込んでしまえるものではなかった。

 

「……ここへは、公務で来ている。見送りはできないが、道中の無事を祈る」

「貴方もね、エルト」

 兄の墓参りを終えたエスリンが、顧みてエルトシャンに近づいた。

 

「貴方は、(シグルド)と同じで真面目で、何もかも苦労を背負いたがるんだから」

 腫れぼったい目元を見返しつつ、

「お前たちに言えることではなかろう、それは」

 と皮肉っぽく返した。

 損な性分はお互い様だと、自嘲し合う。

 

 奇妙な感覚だった。

 かつては、シグルドを介して、キュアンたちとの交流があった。

 正面から対して、今ほど語ることなど『生前』はなかったのかもしれない。

 

 そして差し出されたキュアンと手を、この世界に来て初めて、透き通った笑みでにこやかに握り返したのだった。

 

 ~~~

 

 エルトシャンを副使として伴い、対董卓への援軍への謝礼のため訪れていたのは、真田幸村だった。

 そしてかの袁術軍の実質的総司令官も、あてがわれた宿にて旧友とのまさかの再会を果たしていた。

 いや、予感は、幸村の方にはあったのかもしれない。

 彼ほどの熱意と器量であれば、自分などよりもこの世界に招かれても不思議ではない、と。

 相手の方でも、幸村の驍名はすでに耳にしていたことだろう。

 

「老けたな」

 

 久闊を叙するにあたって、その男、石田三成から開口一番漏れたのが、この感想だった。だが御仁らしくはあった。

 

「……俺が敗れてのち、苦労をさせたようだ」

 と、その悔いへと続く。

 

「いえ、こうしてまた、三成殿とお会いできる日ができたこと、嬉しく思います」

 率直なまでの感慨を口にすると、若かりし頃と同じ姿の三成は照れたようにそっぽを向いた。

 

「武田勝頼もこちらに来ているが、奴にはあったか?」

「いえ、ですがおいおいは」

「左近もまた、来ていた……俺が成長をせず不甲斐ないばかりに、また、あいつは……」

「左近殿……またともに戦語りなどしたいと願っていましたが」

 成長をしていないと、らしくもない悔いを示す三成だったが、

「俺はあの馬鹿のためにも、生きて何事かを為さねばならん」

 それを素直に口にできるあたり、この意固地な男が少しずつだが自らの視野や世界を広げているように、幸村は感じ取っていた。それを想えば、左近の二度にわたる挺身も、決して無駄とはなり得ないだろう。

 

「良ければ、お前もともに来るか?」

「――ありがたい申し出ではありますが」

 

 申し出ておいて、半ばは断られると予期していたのだろう。

 お前の性格ならば、さもあろうと三成は重く頷いた。

 

「行状や世評を聞くだに、お前ほどの男が仕える価値などなさそうだがな」

 

 などと、しっかりと毒を言い残して。

 幸村はやんわりと苦笑を浮かべながら、首を振った。

 

「いえ、上っ面の行状や世評などでは読み解けぬものがある。あの方に奉公してみて、そう痛感しました。少しずつ、王者たる器量を備えつつあります。いま少し長い目で見ていただきますよう、孫堅公にはお伝えを」

 

 と頭を下げたあたりで、ふっと気配が幸村の背に降り立った。

 かつて我が家に仕えた忍たちにも勝りかねない、見事な隠形。

 に比して過激な装束に振る舞いで、幸村にのしかかり、逆向きに顔を覗きこませ、三成を動揺させた。

 

「ごちゅーしん。蜂蜜ちゃんが、お使いが終わったならすぐに戻って来いって、カンカンでござる」

「……なんだ、その娘は」

 

 幸村は、常に戦場と生死を意識する武士である。背を取られてもさしたる驚きもせず、やわらかな肢体を押し付けられても揺らぐことなく、

 

「あぁ、元は公孫賛殿の客分で、鈴女なるくのいちです。今は私の預かりとなっています」

「うい、なんか戦の超強いヒゲの真田がいるって聞いたやって来たら、別人だったでござる」

 かみ合っているようでどこかズレた二人の受け答えに、三成は神経質気味に柳眉を寄せて、

 

「相変わらず、偏屈な連中に懐かれる男だな」

 と言って、幸村の苦笑を誘った。

 

「名残惜しいが、互いにやることの多い身だ。お喋りもここまでにするとしよう」

 三成がそう言って立ち上がった。

「互いに、というと三成殿も」

「あぁ、荊州の異民族の解放を主張し、南部を荒らし回る連中がいる。それに対する孫権ら討伐軍の後詰をせよと、主命だ」

 

 そしてやや皮肉げな笑みを浮かべ、さらに告げた。

 

「賊の頭目の名はライコウなる獣人……その先手となる遊撃部隊の指揮官は、ユキムラ……雪村(ゆきむら)翔太郎(しょうたろう)だそうだ」

 

 ~~~

 

「良かったのか? 友のもとへ残らなくて」

 

 帰途の道中においてはさしたる会話も交わさなかったが、宛の宮廷に行き着いてから、エルトシャンは尋ねた。

 

「エルトシャン殿こそ」

 幸村は返し、

「孫家のご友人は亡くなられていたが、また別の友と再会されたと聞いています。加え、董卓軍との戦は熾烈にして凄惨を極めたとか……もし彼らとの同道を願い出たとして、私としては止める手立ても理由も、ありませんでした」

 と率直な物言いで自らの憂えを明かした。

 

 エルトシャンはすぐには答えなかった。

 迷ったことは事実。どちらかと言えば、招く側より、ともに出奔して旧友との親交を取り戻すことの方に魅力を感じたことも。

 

 やがて城内の御殿、その会議の席に、彼らは列席した。

 董卓亡き後の方針を定める重要な席である。

 その内でも軍務の柱石たる両将は最前列に身を置き、自然、階上の袁術の目に触れる位置付けとなる。

 かの少女は幸村の姿を認めるや、少女らしく表情を華やがせたが、それも束の間、オホンとわざとらしく咳払いし、強引に背を伸ばして支配者たらんと振る舞う。

 

 そんな両者の間の距離を、冷ややかな張勲の目線が一瞬よぎり、エルトシャンの感知するところとなった。

 一度誉れを得た者にとっては、知った感情、勢力が大きくなれば必然の摩擦。それを予期しながら、あらためて彼は朋友の横顔を見つめ、そして長らく放置していたその問いに答えた。

 

「先の戦いで誓った通りだ。私は、この世界で得た新たな友のために戦う」

 ――今度こそ、間違えない。

 何か……エルトシャンが危惧するようなことがこの勢力内で起これば、その時はこの、亡きシグルドとも己とも似ている士に、剣を預けるのだと。

 

「……ありがとう」

 

 殊勝なる感謝の言葉を柔らかな笑みとともに受け取り、そして互いに正面を向き直る。次なる戦に、備えるために。

 

「さぁ、では軍議を開くぞよ」

 そんな煩悶も誓いも確執も、知ってか知らずかどうでも良いか。

 袁術公路は晴れ晴れしく宣言したのだった。

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