「略奪の禁止を徹底してください。もし破るようなことがあれば、揚州牧劉耀様の名代として、この場にて厳罰に処すと」
戦勝の宴に沸く劉耀軍において、御遣いたち三人は最低限の事後処理を終えてからあらためて自分たちに用意された席に着いた。
ほぼ損害らしい損害もなく手に入れた城砦。それを肴としての、序列門地出自関係なし・夜天野陣の無礼講であった。
「一族郎党の城外退去のみで本人たちはお咎めなしとはな」
「劉耀様ならびに総大将殿のお許しは得てあります」
頭を丸めた剣客がは、胡乱気な目つきでこの事実上の『総大将』を見返していた。
「理由は二つ。一つは、敵将の厳白虎は山越や揚州の諸豪族にも顔が利き、また人望も失ってはいません。処断すれば、次は我が身と彼らはまた別の大将を頂いて反旗を翻しましょう。しかし厳白虎殿は今回の一件で我らの強さを見たはず。彼女が生きている限りは諸豪族は彼女の存在を無視できず、また彼女としては我々を警戒して牙を剥く気はないという均衡が生まれます」
「もう一つは?」
「それに関することではあるのですが、厳白虎を討たない以上、明確な戦の幕引きが必要でしょう。我らは正式な手続きを踏み、敵味方双方の合意のうえにこの地を手に入れました。この事を知れば逃散した民も戻り、揚州の国力は早期に回復できます」
「…………本当に、それだけか?」
「甘いと、お思いですか?
「まぁな」
いずこかでも部下に向けた問い。それに対し忌憚なく新たな同輩は頷いた。
互いに、一口も酒を運んでおらず、盃を手にしているのは残る一人のみである。
「ま、良いではないか」
甲を脱ぎ、
「戦と言うのはやめ時が肝要よ。そして何よりも難しい。それを間違えなかったあんたを、おれは偉いと思う」
坊主頭の剣士……吉兆にもそれについて色々と思うことがあるのだろう。
鋭い目元のまま、だが沈痛な面持ちで手酌で濁酒を呑み始める。
「で・も!」
相当の酒量を干しているらしく、するりと滑り込ませた褐色の肌に、その匂いが染み付いている。
「お兄さんの采配でちょっーと戴けないことがあるんだよねー。ね、言っても良いかなー?」
「それは申し訳ありません。今後の反省点として、是非お聞かせいただきたいと思います」
あくまで物腰は柔らかく、紳士的に。
たとえ遠く時間軸と文明のかけ離れた者とはいえ、決して敬意を忘れず一個の人間として、男は接した。
「じゃあ遠慮なく。……なーんで、私が先陣じゃなかったの?」
「
「……
緑のかかる酔眼が問う。揚州屈指の弓取り、天下に名だたる猛者としての矜持を確かに保持したままに。
「……
そこで杯を手にしたまま、月代の武将が助け舟を出した。
「ただ勇猛であるのみでは足りん。総軍の進退を判断し、敵の士気を挫き、逆に味方の士気を高く保ち、帷幄に敵情を正確に報せる。特に、こういう長陣においてはなおのこと先陣の動きが戦局全体を左右する。おれは主家に在っては常に先手の大将を務めておっていささかの自負がある。よって御仁に無理を言って任せてもらったのよ」
「でも、私じゃないにしても、
「ん」
いつの間にか赤毛の大将の横に徐晃が収まっている。その彼女のために、スペースを確保してやる。
元より表情に乏しい少女ではあるが、彼女も彼女なりに人事に多少の不満が残ったらしい。
「香風
「ふーん」
「……ふーん」
梨妟は口を尖らせ、不承知という体。香風も似たような眉の角度をしている。
残る御遣いは双方ともになんとなくそれに察しがついているらしい。それがゆえの、先の助け舟だったのだろう。
(このお二人では、詭弁も通じそうにないな)
観念した男は、
「私の
と切り出した。
「少なくとも私の属していた国家においては女性が戦場に立つということがまずなかったのです」
「だから、私たちを戦場に立たせることに抵抗があるって?」
「はい」
敵としていたもう一方の国家においてはパイロットや陸戦部隊、あるいは幕僚として任官しているとは承知しているが、それでもやはり体力が物を言うのだから基本は男性社会である。
「おう、それよ。この国に来てもっとも戸惑ったのはな」
たしか武士、だったか。
彼の生きた時代においては超古代と言って良いほどの時代、極東の島国。そこをかつて一時的に席巻したという職業軍人の一人が、苦り切った様子で酒をすする。
「後漢三国の英雄を冠した見目麗しき女性たちが、先陣を争って男顔負けの武勇を競う。生き返ったことも相まって、いよいよ頭がどうにかなったのかと思ったぞ。……ま、おれの場合、妙なことに出くわすのはこれが初めてではないがな」
「うーん、まずそこが私らには理解できないとこなんだけどなー。まぁ敵にいた
梨妟が首をひねりながら言った。
「みんなの生きてたとこでは違うの?」
問いが向けられた異界の戦士たちは、互いに顔を見合わせた。
生まれた時も場所も違う。だが、彼らは一様にうなずいた。
「ただそれでもやはり、自由闊達な女性というのはいましたが」
「俺の時代も、渡ったどこの国も、荒事は男の仕事だ。が、それでも剣を取る女はいた。俺の身近にな。いや、俺がそうさせてしまった。いつも、あいつには自分を犠牲にさせてしまった。俺のワガママに付き合わせてしまった」
「……困ったじゃじゃ馬殿はおったがな。それでもそのような戦装束で敵陣を舞うことなどなかったわ」
大同小異。おそらくそれぞれ異端たる女性に行き着き、最後に武士が締めくくった。
「これ? そんな駄目かな?」
梨妟はともすれば肌よりも面積の少ない服をつまみ上げて小首をかしげた。
「もっとちゃんとしたカッコの人はいる。梨妟のは極めつき……痴女」
「いや、お主の格好も大概だぞ……」
年恰好に見合ったものではない過激な戦装束を、東洋の武人は弱ったようで視界より外し、咳払いした。
「ただ」
と香風は付け加える
「肌を晒すと神が宿る」
「それに、絶対に肌に傷をつけられない。捕まって辱めを受けないって自負の表われでもあるんだよね」
「はぁ……なるほど、要するにはねっ返りの傾奇者と似たようなものか」
そういう武士は視線を彷徨わせている。極力、視界に少女らの姿が映らないように。目元が赤いのは酔いのせいのみではあるまい。
その様子を見てハタと思いついたように、梨晏は言った。
「あー分かった! 妙にみんなよそよそしいと思ったら、さては女を知らないんだ!」
武士は、口に含んだ酒をブヘッと吐き出した。思い切り肴にかかり、そこに箸をつけようとしていた吉兆が物言わぬまま眉間にシワを寄せる。
「あ……阿呆ゥ! いくら酒の席とはいえ少しは憚れ!」
と、頭頂の剃り際まで真っ赤にして、声を上ずらせる。歳からして三十そこそこ。さすがに完全に純潔ということはまさかなかろうが、免疫がないタイプなのだろう。だが、打てば響くその反応は酔い乙女には絶好の酒肴である。ますますにして悪戯っぽい笑みを深めていく。
「あー、妙に慌てるとこがなんか怪しいんだぁ……お兄さんは、ははぁーん。ほんとはもっとモテそうだし、誰かに操を立ててると見たね!」
「……どうして、そう思いました?」
流れ弾に当たってそう問い返す声は、平静を取り繕いながらもどこか
「んー、女の勘って奴? 吉兆さんは……あ、ひょっとしてさっき言ってた一緒に戦ってた女の人が恋人とか?」
「まぁな」
吉兆は否定はしない。すでに想い人と添い遂げた確たる揺るぎのない余裕が、そこにはあった。月を眺め星に望み、空を見上げて杯を干す。
「――そして、俺の盾となって死んだ。俺の甘さが、あいつを戦いに駆り立て、そして殺した」
シンと場が静まり返った。
皆、あらためて思い至ったのだ。
ここにたどり着いた放流者たちは皆、何かをそれぞれの世界において取りこぼし、そして行き着いたのだと。
「あ、アハハ……なんか、ごめんね」
自分の失言のみではない。その事実を悟ったがゆえに、太史慈は罪悪感に醒めた。
「別に気にすることはない。すべては俺が招いたことだからな」
そう言って吉兆は何杯目かの杯に飲みかかった。
「そういうお前はどうなんだ?」
「へ? 私?」
「そうおちょくってるからには、太史将軍はさぞや豊富な手練手管をお持ちと見える」
「え、えと……も、もっちろん! あれなんかやこれなんかは、それこそ蓬莱にも登らん心地? とかなんとか?」
露骨に目が泳ぎ始めた。反応の程度としては、からかった相手とまるで大差がないではないか。
「あ、あはは……ちょっと夜風に当たってくるっ!」
言うが早いか退席とともに全力疾走。
吉兆以外の男たちもまた、ほっと安堵の息を漏らした。
「……たしかに、先陣も無事に務められただろうな。何しろ、退き際の思い切りが良い」
シニカルな笑いとともに、吉兆はその場を締めくくった。
「やれやれ、これで少しはあの娘も深酒に凝りてくれると良いのだが」
「……ともあれ、感謝いたします。吉兆党首」
「感謝してるのなら、その『党首』はやめてくれ。俺はもはやただの一介の敗残兵に過ぎん。そしてそんな俺たちを率いているのは、他ならぬアンタだ」
――ジークフリード・キルヒアイス提督
あらためて己のフルネームを呼ばれた赤毛の大将……元銀河帝国軍上級大将ジークフリード・キルヒアイスは、曖昧に笑った。
艦隊戦ではなくあくまで人の意思と武術との衝突であろうとも、それなりに兵を動かせるという手ごたえは、実際に指揮してみて感じていた。
が、自分の性質はあくまで守成と調和と補佐であることを彼自身はよく知っていた。
そんな自分が、異能の集団を束ねて頂点に立ち、先導することが能うのか。その点に対しては彼自身が懐疑の念を抱いていた。
「まぁそう深く考えるな。あくまで形でのことよ。それぞれがそれぞれの領分で、縁あって出逢ったこの娘らを守り立てる。その程度で当座は良かろう」
そう言って武士は立ち上がった。
酔いが多少は引いたのか、しっかりとした足取りで座を抜け、頭を船のごとく前後に漕ぎ、すでに就寝寸前の香風を背に負う。
「あぁ、それは私が」
「なに、構わん。ゆえあって、子どもの扱いには慣れておるのでな」
そう言って劉耀庇護下の天の御遣いにおける、年齢としても時代として最たる古強者、
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かくして喧噪の中を抜け出し、砦に戻る道中。
異境の草を踏み分けながら、天地以上に住んだ時代の隔たりのある両名は奇縁をもって並び歩く。
「見送りまですまんな。そこもと、一滴も呑めておらなんだろう」
「いえ、お気になさらず」
「ひょっとして下戸か?」
「いえ、ワインや黒ビールなどをたしなみはしますが……一応の責務として誰かが素面であらねばと」
と言ったところで、別の時代の酒のことなど分かるかどうか。
「あぁ、びーるは良いな。ありゃ気に入った」
苦笑していたキルヒアイスは、その予想を超えた答えに少なからず衝撃を覚えた。
あまり込み入った歴史の造詣に深いわけではない。が、当時はポピュラーではない、明確に言語圏の違う酒のことなど、何故……?
「意外か?」
思わず足を止めてしまったキルヒアイスに向け、又兵衛は背負った香風越しに振り向いた。
「まぁ先にチラリと触れたとおり、奇妙な体験は別にこれが初めてではなくてな……もっとも、以前はあちらが先の世から来たわけだが」
「……つまり、貴方の時代にタイムトラベラーが来たと?」
口にするのも遠慮したいような、SF小説の古典のようなキーワード。
だが今は、それにさえ縋りたいというのが正直なところだ。
「さて、その仕組みは分からぬが、聞かせたところであまり為にならんやもしれんぞ。本人たも何故そこへ来たのか分かっておらなんだし、そもそもあの一家自体が型破りであったがゆえの」
それを聞かされたキルヒアイスの心に、多少ならず落胆が去来しなかったかと言えば嘘になる。
すでに死んだ身。本来はヴァルハラに送られるはずだった魂。それが蘇って尊敬に足る人物たちと出会えたことは、ある意味においては僥倖なのだろう。
それでも、能うのならば、
(戻りたい。戻らなければならない。あの方たちの許へ)
自身の友……主君の烈しさを諫め、そして包むことができるのはおそらくは自身だけなのだから。
キルヒアイスは天を見上げる。
星は、手が伸ばせぬほどに遥か遠くに在ってまたたいている。