恋姫星霜譚   作:大島海峡

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袁術(一): ジェネラル・ルージュの参戦(後)

「――あの小娘め、我らを捨て駒とする気よ」

 

 容貌魁偉。鉄砲の筒のごとき鉄ぐるみの鞘に納めた、肉厚の剛剣を佩く。

 茶筅髷を天頂より伸ばし、豪壮に蓄えた口髭を不快さでゆがめてその老剣士は吐き捨てた。

 言うまでもなく、本来の袁術陣営にこのような気配で分かるほどの剛の者はいない。天の御遣いである。

 

「良いではないか。下手に口を差し挟まれるよりかは、よほどな」

 

 その脇を、足早にもう一人の御遣いがすり抜けていく。歩調を合わせる気がないらしく、颯爽と自身の陣へと戻っていく。彼が預かり、そして短期間に鍛え上げた精兵らの許へ。

 

()()()()なれば、なおのこと」

 

 異様な男ではある。

 老人と呼ばれるほどの齢でもあるまい。にも拘わらず、総身の毛は白く、印象としては孤高の狼である。

 そしてその性質は彼の戦にも通ずるところがあり、これより先に控えた大戦においても、彼は好きなようにやるだろう。

 そして命ぜられるまでもなく、率いる五百の修羅たちとともに自身に求める最大限の働きをするだろう。

 

 その彼と入れ違いになって、向かいの廊下より三人が行き着く。

 中央に位置するのは、瀟洒な赤い衣装に長身を包んだ、鋭さと篤実さを併せ持つ金髪の若武者。その両脇に控えていたのは、少女ふたり。

 

 片方は小柄な背丈と、腰にまで至る黒い長髪を生真面目そうに反り返らせている。

 そしてもう一方は、色素の薄い前髪を左右非対称に切りそろえた温厚そうな娘。これは幼い顔立ちながらもすらりと伸びた背のせいで前述の少女よりも一回り以上年上に見える。

 

 いずれもあどけなさを十二分に残した姿かたちの美少女ではあるが、それ以上に信に足る(もののふ)であった。

 

「エルトシャン殿、周泰(しゅうたい)殿、満寵(まんちょう)殿。長らくの作事、痛み入る」

 蓬髪の男は唐土(もろこし)の作法に従い拱手の礼を取って辞儀を述べた。

「私は何もしていない。……作業と護衛は彼女らがほとんどやってくれた。私に出来たことはせいぜいその周囲を駆けまわって警戒に当たるぐらいだ」

「とんでもない! エルトシャン様のおかげで無事作業も終わりましたし、ほとんどは海望(かいぼう)さんがテキパキとやってくれたおかげで……私はただ突っ立ってただけで」

「あ、その辺りは自覚あったんだ」

「海望さん!?」

「あはは、冗談だよ冗談。護衛ありがとう、明命(めいめい)

 

 しかしながら、と口調と姿勢を正して、満寵伯寧はあらためてそれを命じた男に問う。

 

「数でも機動力でも勝る董卓軍に、真っ向から野戦を挑むのはたしかに愚策。されどもあのような平地に塁城と設けたところで、包囲されるは目に見えており、かつ奪われれば宛城攻めの橋頭保ともされかねません。その辺り、大将殿はどうお考えですか」

 

 純粋な軍事的好奇心と、若さゆえの反発心と不審。その二つを併せ持つ視線でもって、少女は赤い具足の士に問う。彼は彼女らを若輩とは侮らず、見た目に合わぬ丁寧な物腰をもって応じた。

 

「砦を固守することそれ自体が狙いではありません。それをさも要所であるかのようにに見せかけ、敵の目標を分散。砦の攻防に固執させることすなわちそれは、軍の目的を本来求められた急戦より長期戦に変質させること。これこそがこの作戦の肝となります」

「なるほど」

 

 頷いたのは、老剣士である。獰猛に笑いながら、続けた。

 

「あの砦は言わば敵の集中を防ぐ出丸というわけか……二度目の『大坂』でもしようてか」

鉄心(てっしん)殿と満寵殿には、私とともにそこに入っていただきたく」

「面白い。こういう戦をこそ、儂は望んでおったのよ」

 

 ……そう、彼らは袁術のごとき小娘主従に忠を誓っているわけではなかった。

 史実に後漢を終焉へと一気に傾けさせた、暴威の軍。後に名将猛将名参謀と謳われし綺羅星たち。

 それら強敵を挑むことこそ武士の本懐と、彼らを死地へと駆り立てるのだった。

 

「な、なら……私もおそばに! 総大将だけ危険にさらすわけには」

 

 そしてここにも士がひとり。

 名乗り出た明命に、屈んで目線を合わせ、男は優しく笑う。

 

「周泰殿には、別にお任せしたいことがあります。それに、私は総大将ではありません。私が討たれたとしても、彼らがそれぞれに役割を引き継いでくれましょう

 

「いや」

 白髪の男が、戻ってきた。

 

「指揮官は、お前だ」

 すでに準備を済ませてきたのか。あるいは、戦の臭いが彼を呼び戻したのか。

 

「そういう戦を、したいのだろう。そのための支度を、整えてきたのだろう。ならば、遠慮することはない。かつてはできなかった戦を、するがいい」

「我らは軍人だ、こちらはこちらで望み、そして望まれた戦をする」

 

 白い狼の声に、彼の『同郷人』……かつての宿敵であったという武人が同調する。

 

 他の者から異論は上がらなかった。

 新進気鋭の周泰と満寵を除けば皆、不本意な戦によって散ったが末に、ここにいる。あるいは、ただ死後もなお戦地を駆けまわりたいという強い衝動か。

 

 おのれはどうか。

 最後の陣に、不満を持ったことはない。戦の勝敗を決するのは、人事を尽くした果てのに時の運でしかない。

 ただ自身が愛した人々のため、散っていった多くの武士たちの意志に報いるがため、彼は士として生きようと決めた。

 駆けて駆けて駆け続け……その果てに、ここに行き着いた。

 

「エルトシャン殿は、如何か」

 あえて黙認を続ける彼にはあえて問う。

 彼もまた不本意な死に方をしたらしいが、詳細は聞いてはいない。

 ただ、勝敗にこだわるようにも、過ぎた戦に未練を持つようにも見えない。

 

「私は、おのれの進むべき道を見誤った男だ」

 

 閉ざしていた口と瞼を、重く開く。

 

「一度は敵とした友と戦うこともできなかった。主君を諫めきれず、忠を貫くこともできなかった半端者だ。……正直に言えば、拾われた身とはいえ袁術殿のために剣を捧げることには抵抗がある」

 

 しかし、と軍靴を鳴らして進み出る。

 

「もう二度と、友は裏切れない。新たに得た友人たちのため、私はこの剣を奮おう」

 

 騎士と武士がふたり、視線を交わす。

「……たしかに承った」

 それ以上の言葉は無用だった。黙して頷き、彼の意思を受け入れ、我が身を進ませる力と換える。

 肩より打ち掛けた外套を翻し、諸将とともに兵らの前に至ると預け置いた十文字の愛槍を掴み取った。

 

 

 

「されば、真田(さなだ)の軍略、董卓軍に馳走せん!」




最初このメンツが加わったのを見て「なんやこの厨パ!?」となりました。
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