恋姫星霜譚   作:大島海峡

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劉表(二):我々のウォーゲーム(前)

 武陵と長沙の中間地。

 いまだ朝霧が薄く残るその地にて、

 

「かかれ!」

「行っきますよー!」

 

 競り合うように劉表軍先陣が動くのを機として、両軍が動く。

 

「ブッ殺せェッ」

 

 ……そして、なぜか後陣が動く。

 側面に重圧感を伴って回り込む部隊は、そのまま臆することなく、創面の大将自身を先手として敵の脇腹へと食らいつく。

 

「邪魔だ、どけっ! 俺が選抜歩兵として手本を見せてやるッ!」

 雄叫びは、中央に身を置く左近の耳朶をも震わす。

 

「……老いた馬じゃなかったんですかね」

 左近は青髪の大将の傍らにあって苦く笑った。

 彼は、遠く先の時代、異国にて国を代表する猛将として戦い抜いたというその男は、左近らの見立て通り、いざ戦場に立てば勘を取り戻したようだった。

 

「どうする? 止めるか?」

 その彼が諮る。左近は馬上、半身を上回る尺の大剣を構え霧の幕の奥へと目を凝らし、つらつらとその様子を見守っていたが、首を振った。

 

「いやぁ、どうして中々。むちゃくちゃな攻め方に見えて、敵に悟らす前に全軍を右翼の魏延さんと黒羽さんの中間まで引きずり回してます。ここはお任せするのが吉でしょう」

 

 そう言って自身は鐙をゆすって部隊を率い、大将の進路を遮るがごとく馬を前身させた。

 

「どこへ?」

「このままでは両翼が孤立することですし、俺が間を埋めてきます」

「だが、敵の女公も先陣に立って勇を奮っている。ここは私も」

「あれは特殊ですよ。大将ってのはどっしり構えてるもんです、普通はね……」

 

 それに、と左近は視線を中央に定める。

 孫軍が背にした山。そこに靡く『孫』と『周』の旗。

 

 おそらくは孫権(そんけん)と、周囲。後方に在ってしかるべき将ではあるが、ゆえにこそ搦め手より彼女、もしくは彼らの策謀に乗ることを警戒する。本隊は出張ってきている孫堅よりも、そちらを警戒すべきであろう。

 

「なに、ちょっとあいさつしたい方がいるだけですよ」

 おのれの苦慮は表に出さず、あくまで飄々とした体にて左近は言う。

 

「……分かった。では君に任せる」

「はい。それじゃあそちらもどうかお気を付けて……シグルドさん」

 

 そう言い置くや、左近は馬と部隊の速度を上げる。

 

 とは言っても、その青髪の騎士……シグルドの勇み足をたしなめられる立場ではあるまい。

 本来であれば、左近とて軍師である。

 大将の傍に在って戦闘の進行に合わせて作戦に調整を加えていくのが筋であろう。

 

(我ながら、度し難いことに)

 その前に、彼は前線の人であった。

 

 そしてさらに困ったことには、向かいに立ちはだかった男もまた、かつては甲斐の主でありながら……一個の勇将であることを好んだ。

 

「……左近」

「お久しぶりです、勝頼さん。こうして言葉を交わすのも、新府(しんぷ)で暇を乞われて以来ですな」

 

 両隊がぶつかる。孫と劉の軍旗が入り乱れて激戦が繰り広げられる中、旧知の彼らはまず刃ではなく言葉を交わした。

 

 父譲りのヤクの毛飾りの兜の下、その眼が曇る。

 だが意を決したように、端正な顔を持ち上げた。

 

「遠ざけた私に今更言えた義理ではないが……改めて、私に仕えてはもらえないだろうか」

「申し訳ないが、あの後に主を得ましてね。何の因果かこの世界でも仕えることになりまして」

「……私では、その者よりも不足か」

「まぁあの方は、人の上に立つ者としちゃあ不出来でしょうが……それでも、俺には過ぎたる者ですよ」

 

 問答と勧誘の時は終わった。

 今が戦闘の時だ。それを剣撃の音が教えてくれる。

 馬上の将は旧交をかなぐり捨て、それぞれの武器を打ち鳴らした。

 

 ~~~

 

 舞うがごとく、翔ぶがごとく。

 紫髪の少女は片手の短槍を振るう。兵を動かす。

 

「く、うー!」

 

 二つ丸を作った髪を逆立て、同じ形の暗器を振り回すのは、孫家の末娘、孫尚香(そんしょうこう)である。

 兵も己も敏捷そのものだが、その分に脆い。動けば動くほどに、あがけばあがくほどに彼女の用兵の網に絡め取られていく。

 

「もーっ! なんなのこいつ! 劉表軍にこんなヤツがいるとか聞いてないんだけど!」

「はい、まだ無名です。……これから先、知らぬ者がこの中華よりいなくなりますがね」

 

 己が能力にもとづく自負とともに、少女はニコリと得意満面の笑みを咲かせる。

 咲かせつつ、手にした槍穂が風を穿つ。

 

 孫尚香が頓狂な声をあげて頭を屈ませる。

 彼女の武練が一定の成熟を見せている以上、たとえ童女の域にある者であろうとも手を抜かない。

 

 だが、孫家との栄えある戦の相手がコレとは、落胆はなはだしい。

 これならば魏延と左右交代したほうが良かったというものだ。

 

「かっ、しょうもな。せめて孫策()同伴で来てくださいよ」

「呼んだー?」

 

 間延びした声。だがその剣撃はすさまじく、速く、彼女の面を打った。

 とっさに孫尚香から身を退き、体勢を立て直す。

 

「シャオ、無事?」

「姉様!」

 

 信頼と親愛を込めて顔を華やがせる少女を見れば、何者かとあえて問う必要はあるまい。

 その女、孫伯符(はくふ)がどこから来たか、ということも、すぐ脇に穿たれた陣形の孔と、草を濡らす真一文字の血道を見れば察しがつくというものだ。

 

 あーあー、と声を低くして嘆く。

 

「チョコさんの完璧な隊列が、戦運びが、芸術が……台無しじゃないですか」

「あらぁ? この程度の横槍一撃で綻びるような脆い細工だったのね。ごめんなさい」

 

 べっと舌を出して、かつ的確に傷を抉っておちょくる若き女獅子に、いえいえと少女は謙遜する。

 

「いえいえだいじょうぶですよ。この程度のほつれ、簡単に修復できますので」

 笑顔で自信を示しながら、穂先は孫尚香からその姉へ。殺意は真一文字に、真正面へ。

 わずかに伏せた顔。その影で、瞳が新星の煌めきを見せる。

 

 

 

「張儁乂(しゅんがい)、推して参る」

 

 

 

 武心を露わに槍を回し、突進。

 その身体が、稲妻のごとき軌道を描きながら蛇行し、剣筋をかわしながら孫策へと急接近する。

 

 逆手に持ち替えた短槍がその蒼眼を突き抉らんとした瞬間、

 

「なぁんだ、こっちの世界の奴か」

 その眼が、失望に眇められる。

 

 交錯。その後に、互いの立ち位置は入れ替わっていた。

 瞬間、少女、張郃(ちょうこう)は自身の肉体に熱い線のようなものを感じた。

 そして次の瞬間、その熱より血が吹き出した。

 気がつけば足は浮き上がり、背はゆっくりといった感じの体感でもって地に落下し、そのまま動けなくなる。力と意識が抜け落ちて、そのまま立ち上がれなくなった。

 

「げぇっ、張郃さまが討たれた!?」

「うわぁー!」

「ひぃー!」

 

 それを目撃した兵士たちは、蜘蛛の子のごとくに四散した。

 

「さっ、妙なのに構ってないで、次行くわよ」

 大地に沈み、劉表軍兵士たちに回収された『骸』にはもは目もくれず、左翼を打ち破った姉妹は、さらに前進を続けた。




意味があるのか知らないユニット紹介はお休みです。

Q:張郃がしゅんころされたのに★がついてないんだけど?
A:ヒント、吉川英治
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