恋姫星霜譚   作:大島海峡

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劉表(二):我々のウォーゲーム(中)

「うう……張郃様……」

 

 敵をやり過ごした張郃隊は、兵を寄り集めて避難して、亡き武将を囲んでさめざめと泣いていた。

 

「良い人だった」

「まだ若かったのに」

「というかぶっちゃけ変な人だったけど」

「それでも俺たちに分け隔てなく接して下さった」

「変だったけど」

 

 それぞれに故人を偲んで声を濡らし、そしてその内の一人がやがて彼女を抱え上げ、穏やかなる場所へ移さんとした。

 

 だが、そこで違和感に気付いた。

 

費耀(ひよう)殿、どうされた?」

「いや、なんか斬られた傷が塞がってる……」

「んな馬鹿な……」

「いや本当だ! というか熱も脈も」

「チョコさん復活ッッッ!」

 

 死んでいたはずの少女の手が伸び足が伸び、支えていた副官の費耀の顎や脇腹をしたたかに打ちのめす。

 今度はその衝撃を受けて彼が昏倒する番だった。

 

「うぁぁぁぁ! 張郃将軍が、この世に練り蘇ってる!」

 

 周囲の驚嘆や如何ばかりか。よくよく吟味しなくても意味の分からない述語まで飛び出す始末である。

 潰れた副将除き飛び退く部下を見回して、張郃は尋ねた。

 

「で、状況は? 『眠って』からどれぐらい経ちました?」

「ちょ、張郃様!? お、お怪我は」

「あ? こんな傷、お肉食べれば塞がりますよ。あっちゃー……ケッコー経ったなぁ。あのパンダ女に差がつけられるじゃあないですか」

 

 人間かとさえ疑わしい上司に唖然とするばかりの兵士たちより先に、太陽の傾きから時間の推移を割り出した彼女は、改めて「状況は?」と問う。

 

「は……おおむね軍師殿の予測通りに動いており将軍の遺ご……あ、いえ! 対策案に従い、我が隊は敗兵散兵を装いつつ各伍長の指示のもと、敵の背後にて再集結の途中であります!」

「うん、結構結構。では、準備が整い次第……費耀クン! 何を呑気に寝ているのですか!? さぁ、行きますよ!」

 

 みずからが()した副官をズルズルと引きずりながら、

 死んでも蘇っても、人騒がせな変人である。

 きっとこれからも妙なこだわりと率先して危地に赴く強引さに、苦労させられることだろう。

 

 ――だけど。

 

 彼らは思う。

 

 ――この将軍(ひと)に、ついて行こう。

 

 と。

 

 ~~~

 

 そういう指揮官が、いる。

 激戦に身を置き、苛烈な令を敷き、その行いに過ちあればどんな部下であろうとも厳しく叱責し、体罰も辞さぬ。

 独特の価値観で動き、その言動で部下を含めた周囲を当惑させながらも、どこか強く惹きつけるという将が。

 

 ()もまた、そうだった。

 虫を頬張り、銃弾の嵐の中に率先して飛び込み部下を消耗させ、だが彼らがひとたび危地に追いやられれば鬼のごとく敵を仇として襲いかかる。

 ゆえに彼の兵もまた、その将軍がために勇者となってみずからの命を投げ出して戦った。

 

 そういう、男であった。

 そしてそれは、過去形で語ることができた。

 

 ――俺は、死体を見過ぎた。

 

 自分ではまだ戦えると思っていたが、そう思った瞬間からきっと、武運という名の砂を詰めた袋に小さな穴が開いた。

 そしてそれが尽きた瞬間、あの砲弾が両脚を打ち砕いたのだ。

 

 ――砲弾のごとき、音が聞こえる。

 戦場である。戦意はある。

 だが、その脚を再び返してもらっても、ふたたび走れるや、否や。

 

 (ルイーズ)はかつて言った。

 

「人は大切な人のそばで死ぬべきだ」と。

「どんどんいろんな物が加わって、人生は豊かになる」と。

 

 自分は、彼女の側で死ねなかった。

 そして熱病の中、すべてを取りこぼした。

 

 皇帝()は言った。

「物事は、単純が一番である」と。

 

 彼女は、それに反論した。

「それは現実ではなく、夢の世界だ」と。

 

「夢の世界、か」

 天を見上げ、独りごちる。

 まさしくこの奇怪な世こそがそれであろう。

 

 ――ならば、あの頃のように、単純(シンプル)に生きてみようか。

 あの青髪の大将の言うように、あの砲弾がふたたび自分の脚を奪うまで。

 

「ブッ殺せェッ」

 

 彼は鬱屈を殺意と怒号に換えた。

 少し気が晴れ、霧のかかった視界が開ける。思考が戦場のそれに置き換わり、目前でまごつく兵士たちに焦れる。

 

「邪魔だ、どけっ! 俺が選抜歩兵として手本を見せてやるッ!」

 

 その心の転換はあまり健全とは言えずとも、そう吼えて兵を押しのける彼は、もはや老兵にあらず。

 皇帝の絶対と信と友情の置いたフランスきっての猛将、ジャン・ランヌとして復活を遂げた。

 

 サーベルを手に敵の左翼へと踊り込み、そこに痛打を叩き込んだ。

 焼け鉢気味ではあったが、精神的にはともかく肉体的には全盛の感性と本能を取り戻した彼の勇が、敵も味方を惹きつけた。

 味方は大いに勢いづけられ、敵はそれを討ち果たさんと

 

 誰もが、突然戦場に沸いて出てきたこの勇者に追従する。

 彼はそれを本能的に、そして後退というよりも転身をもって、山裾へと誘い込んだ。

 そこに、飛燕が舞い降りた。

 

 小柄にして敏捷。

 それこそ翼に形状を似せた双剣を振りかざした張燕率いる黒山賊が、追ってきた程普(ていふ)隊の出鼻を衝いた。

 伸びきったところに足止めを食らい、浮足立ったところに本来正面に受け持っていた魏延隊が追いすがる。

 

「ちぃっ、戦意がないと思ってたのに、油断した……っ!」

 

 先鋒を担当していた青髪の女将……程普(ていふ)の旗を掲げる彼女は、そう舌打ちした。

 孫呉の将兵は武心猛き精鋭ぞろい。だがかえってその武心がランヌの雄姿に触れた時、本来は質実剛健、無駄な戦を避け的確に急所を抉るのが味の程普隊の判断を個人個人で狂わせ、かつらしからぬ不覚を取らせていた。

 

 なればと、その混乱の元凶たる異人を討ち果たさんと、蛇矛を手に乾坤一擲の勝負をと突撃を敢行したものの、

 

「させるかっ!」

 

 そこに魏延が割り込んだ。

 かなり強引な介入であったがために、程普の鋭鋒を受け損ねて二の腕の肌が裂かれる。

 

 だがそれをも気にせず、雄叫びとともに無茶苦茶に鈍器を振りかざす。

 程普のそれも、刃というよりは竜頭を模した鉄塊であろう。彼女たちの長柄物が合を増やしていくごとに金属音を醜く軋ませる。

 そういった手合いほど、明確に術理を修めた者にとっては厄介なものはない。

 

「……ここまでか」

 

 ここで拘泥したところで戦局は悪化の一途である。

 程普は包囲の一角を切り崩して離脱を図ったのは、当然の判断と言えた。

 

「待てッ!」

 

 猟犬のごとくに焔耶がさらなる追尾を行おうとする。それを、ランヌは押しとどめた。

 掴んだ肩先で、血がぬるむ。息を荒げて、狂犬は睨み返した。

 

「あんたは下がっていろ、老兵なんだろ」

「追えば、本陣だ。孫堅がいるぞ。その怪我で挑むのか?」

 

 もはや武勇のみなれば劉表軍きっての猛者は、二の腕の負傷のみでは収まらない。

 先駆けに単騎駆けに、今の強引な一騎打ち。もはや肌をさらした部分に血の流れないところがない。

 

 ――だがそれでも彼女は嗤う。

 

「それがどうした」

 と。

 

 ランヌはついぞ見なかった直情の勇者を、眼を瞠った。

 

「男だな、お前は」

「ワタシは女だっ!」

 

 これは彼の生きた時代と国なれば最大限の賛辞だったのだが、通用はしなかったらしい。

 不本意げに鼻を鳴らす娘に、かつては同じタイプだった男は、獰猛に笑い返した。

 

「じゃあ、俺も最後まで付き合おう」

 

 ~~~

 

 ――各戦線が、劉表軍の優勢を物語っている。

 中央に食い込んだ敵将、島左近という楔を勝頼が切り離すことができず結局雪蓮と小蓮(しゃおれん)はその援護に回らざるを得なかった。

 

 あるいは敵本体を直撃すれば勝利を得られるかもしれないが、そも、劉表でも黄祖でもない一客将を討ったところで何の益もない。

 むしろ、彼らをこちらに引き込めないかと思案している。今こうして戦って分かる通り、誰もかれもが殺すにも惜しい、劉表ごときにそのまま従わせるのも惜しい英雄名将ばかりではないか。

 

 きっと中央に座したまま不動の母も、そう考えていることだろう。

 そう考える雪蓮のもとに、報がもたらされた。

 

「もも、申し上げます! 張郃隊、復活! 背後にて展開を開始しています!」

「復活!? 復活って何!?」

 

 復帰とかではなく復活と来た。ついぞ戦場では聞かない単語である。

 たしかに致命的な一撃を与えたと思ったが、今となってはその実感が薄れつつある。思えばあれも不思議な将であった。

 

「……けど、背後に回られたってことは」

「ここまでのようね。()()()()()()()

 

 そして姉妹はそれ以上はあえて言わず目語で示し合い横合いから武田の騎兵を援護するのではなく、直接本陣を護衛すべく脇についた。

 だが、その直後に程普隊を猛追してきた魏延と異人の隊が孫堅本隊にも強襲を仕掛けた。

 

「孫堅、御徴頂戴!」

 

 勇しく最大級の獲物を狙い突撃する魏延。それを止める者は何もいない。いや、むしろ素通りさせてさえいる。その大将の絶対的な指示によって。

 

 あぁ、と雪蓮は手を目元に当てて嘆く。

 これは、まずい。

 

 

「亜ッ!」

 

 

 

 孫堅が咆えた。

 南の覇王が吼えた。

 

 殺気を迸らせて剣を地面に叩きつけれ震撼が疾る。

 風が斬り裂かれ、大気が震える。

 

 ただの一斬が、その場に殺到せんとしていた敵味方の士ことごとくを凍りつかせた。

 剣風を間近に浴びた魏延は、先までの威勢など忘れたかのごとく、まるで蹴り転がされた仔犬のごとくに消沈と恐怖とで脚を萎えさせ尻餅をついている。

 紙一重でその命が救われたは、覇者の気まぐれと、割り込んだ創面の異人がそれを受けたがためだ。受けたがゆえに、母の機嫌は良くなり、彼らは命を存えたのであろうが。

 

 その様を、敵ながらに雪蓮は憐んだ。

 自分でさえ、あれを正面にて感じれば正気を保っていられるかどうか。

 

「伯符」

 母が、彼女の字を呼ぶ。思わず背を正す彼女に、炎蓮は脇目を振った。

 

「悪戯に武を誇って張郃を甘く見積もったな。仕留め損ねたは偶然ではなく貴様の責よ」

「……ハイハイ」

 

 どの口が、思わぬでもないが、こと武事に関して母に意見できようはずもない。少なくとも、今はまだ。

 

 そして知っていた。

 自身が本陣に座したままだというに。全体の戦局の経過も、端の敵将の名、そして恐らくはその資質に至るまで。

 

 これこそが、孫堅。これこそが王者の姿。

 ただひたすらに、理屈もなく勁く、思う様に他国を切り取り、大義も必要なくただ威をもって有無なく兵を従わせ、敵味方関係なく有能な才質を愛して貪る。

 

 娘ながらに改めて畏敬を抱く雪蓮に、

「退くぞ」

 とのみ言い置いて、踵を返す。あえて剣を振らずとも敵は追わず、何も命じずとも味方が追従すると信じて疑わぬ。

 そんな雰囲気を持つ剥き出しの背に、果たして孫劉両陣はその通りとなった。




没キャラ紹介

・葦名の弦ちゃん(隻狼)
地元から切り離したら枯れて死にそう

・クルーガー(ラングリッサー)
ちょうど良い画像がなかった

・鍾会(三国無双)
だから無双出過ぎだって!

今回出てきた漫画『ナポレオン』シリーズのランヌも無念はあれども最期は完全に戦が嫌になって燃え尽きてたキャラなので、正直出すかどうか迷ってました。
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