ややあって宴は自然的な流れでお開きとなった。
それぞれの足で、もしくは誰かに介抱されながら各々に割り当てられた宿に戻り、あるいは現地雇の者らは家や故郷への帰り支度をし、そしてウコンらは、かの大人の見送りを受けていた。
「じゃあな、色々と面白ェ話を聞かせてくれてありがとよ」
「ウコン殿」
そう別辞を告げようとするウコンを、『五郎』は名を呼んで押しとどめた。
「お主、迷うておるな?」
背に向けられたその問いに、ウコンは思わず足を止めた。
「どうして、そう思う?」
その問い返しの語調も、どことなく重かった。
「ん、意味などないよ。闇に沈むその表情が、幼き頃、最初に出会うたお師匠と似ておって、ついその時と同じような
する側なのかされた側なのか。
呆れ見返すウコンに、優雅に目を細めて貴人は、鏡の申し子は続けた。
「肩の力を抜くと良い。損得より善悪より、面白き方を選べば良いのさ。義理人情がそこもとの楽しきことだと言うのなら、その道を進むといい」
全くもって不可思議な仁である。
おそらくは、お互いについて察するところはあるだろうに。それでも、一夜の邂逅を酔狂として言葉通りに楽しみ、かつ教え導かんとするのか。
そこに、単福が割って入った。
「お頭、そろそろ潮です。行きましょう」
「なんでェ、もうちょっとぐらい良いだろ?」
「これ以上は、方寸が乱れます」
翻訳されても耳慣れぬ表現だ。だが剣筋同様に一本気な彼女らしい響きを伴っていた。
(深入り肩入れはするな、ということか)
ウコンはあらためて『五郎』を見た。
「そうした方が良い」
と彼も、ウコンを正視して同意した。
「……ちょいと名残惜しいが、仕方ねぇやな。……いずれ、近いうちに。
「あぁ」
力の抜けた、苦笑いに近い表情で別れた二人ではあったが、思い描いたその場所と状況と立場は、おそらく同じであったろうと思う。
〜〜〜
城壁を抜けた隊商は、街道筋から少し外れたあたりで空となった荷車を停めた。
ふぃーと息をつきながら、ウコンは襟元を正して息を整えた。
「やれやれ、おっかねぇ人だったなぁ……」
そうごちる彼は単福に渡された手ぬぐいで顔を拭く。
糊付けされた顎鬚を取り、あえて乱した蓬髪を整えて後、
「――して、追跡もしくは追撃の気配は?」
声音と口調を、改める。
その素性を、無頼の侠客ウコンより、曹操軍麾下武将のオシュトルへと切り替える。
問われたのは単福と名乗っていた、曹操軍幕僚ではない。
頭上、適当に寄りかかった樹上より、気配が沸き立った。草音も立てずに降り立った痩躯の青年は、その異国じみた顔立ちゆえに注目されるゆえ、城外に待機させて辺りを探らせていた。
諜報機関の長は、首を振った。
「そうか。まぁ始めよりこちらを害する気であれば出来たであろうからな。無用の世話をかけたな……ロイド殿」
ロイド、と呼ばれたのは彼と同じく、だが異なる世界より来た剣士である。
その彼は、薄気味悪そうに眉をしかめていた。
「……如何した?」
「切り替えが速すぎるんですっ、本当に同じ人格ですか?」
寡黙な彼に代わって答えたのは、単福こと
オシュトルは苦笑する。こちらとしてはオシュトルとウコン、その両面を見せることは胸襟を開いて彼女らや部下を信じた証なのだが、不気味がられるのは少し残念だった。
彼の妹より同程度か少し上、と言った年頃の少女だが、すでにして仇討ちがために人を殺めて追われる身であったところを、母親とともに曹操に保護された。
撃剣の達者ということだが、本人が求めているのは軍師働きであると嘆くのが常である。
もっとも、華琳としては元より自身が抜群の智者であるうえに、荀彧と
さらなる領地と人材を確保するまでは、その希望を叶える気は当面なさそうだ。
「それで、どっちが素なんだ?」
ロイドの問いに、オシュトルは容易に答えなかった。
どちらか片方、もしくは両方と答えに挙げれば、それは自分の中でにわかに真実味を喪う気がした。
その問いは、その線引きは、自分の中で曖昧としているからこそ、オシュトルはオシュトルとして働くことができて、ウコンはウコンとして確かに彼自身の内に理想の侠者として存在しているのだろう。
だから、天を見上げてごまかすことにする。
またたく星々は、その配列こそ異なるが輝きは同じだった。
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ウコンたちの姿が見えなくなってから、『五郎』の背に影が忍び寄った。
「本当に、追わなくてよろしいのですか? 彼らはおそらく曹操殿もしくは袁術殿の諜者ですが」
藤花を思わせる色味の髪。傾国ともなりかねないほどの魅力的な肢形。侍女としての体裁を整えたらしい瀟洒な着衣。
おおよそ忍び働きには不向きともとれるが、ここまで完璧に隠形を果たしていた。
もっとも、それもウコンたち相手には通用しなかったらしいが。
――曹操が袁術につくということは、彼女や彼女の主にとっては予想外の出来事であったらしい。
あるいは本腰は入れまいと見積もり、二勢力の離間工作など仕掛けていたようだがそれも無駄に終わりそうだ。
あれほどの武人を直接送り込んできたということは、おそらく曹操は一定以上の戦力を介入させる気でいるらしい。
「構わんさ。困るほどのものは見せてもいないし語ってもいない。政の仕組み、次なる軍事行動についても、いずれ他の口から洩れるだろう」
年齢を感じさせない身のこなしで、彼は植樹に上った。
「しかし、戯れが過ぎると思われます。名実ともに徐州の宰相として、今や欠けてはならぬ方なのです。貴方は」
侍女兼護衛、そして陶謙の懐刀
「病身の主に忠誠を果たせ、とは申せません。しかしどうか、徐州の民を覆う闇より、絶えず照らしてお守りください。……
ウコンに語った名とて、偽名ではない。
今川五郎義元。
それが彼の通名である。
もしくは海道一の弓取りなどと取り沙汰されたこともあるが、それは過去の話だ。
義元はハッハと笑声とともに体を揺さぶる。
「我にはそんな徳などないさ。望月とて、いつかは欠ける……が、闇が濃くなれば、月はより輝くのが道理。お師匠からの受け売りだがね」
しかし、と苦笑しながら、袂に腕を隠し、身体を傾けていく。
落ちるのでは、と
天地がひっくり返ってもやはり月は月として、やわらかな光を湛え続けている。
それに細めた目を遣りながら『唐鏡の申し子』は、嘆くがごとく、もしくは楽しげに独語した。
「やはり、