恋姫星霜譚   作:大島海峡

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曹操(三):偽りの仮面

 ――陶謙軍、動く。

 何度目かの奪還作戦に失敗した袁術軍本隊を追撃した陶謙軍は総軍をもって追撃。寿春の守備部隊も背後から襲いかかり痛撃。

 盧江城を包囲し、追い詰めるに至る。

 

 ここにおいて袁術軍南陽方面軍総司令官、真田幸村は後詰め部隊の出動を決定。

 董卓軍の攻勢はないと判断し、最低限の守備兵をエルトシャンに預け、完全包囲の成る前に周泰を先行して盧江城へ潜入させてその事実を報せるとともに守備を強化。

 自身を含めた宛方面軍を救援部隊に振り当てる。

 

 最大の機において最大の一撃を。

 烈火のごとき猛将ならではの思い切りの良さと言えよう。

 

 と同時に、綿密な根回しもその副将たる満寵は忘れなかった。

 曹操軍への後詰を要請。孟徳、これを二つ返事に快諾し、みずからが股肱と頼む夏候惇に曹仁曹純姉妹、オシュトル、李典ら新参武将を派す。

 今後後背を狙う勢力の減退を狙うとともに、新たに取り入れた武将たちの資質を実戦にて試すという向きも強い組み合わせであった。

 

 夏候惇は、春蘭は一見して主の側より視野を広げられぬ直情の頑固者なれど、単純なればこそ理屈に惑わず本質を見抜く力には長けていた。

 

 かくして戦乱と袁術の痴政によって見向きもされなくなったはずの荒野に、武の華が咲かんとす。

 

 ~~~

 

 士は士を知るという。

 たとえば、袁術と真田幸村は一応主従の契りを結んではいるものの、袁術は武辺者の感情を汲むことも読むこともしないし、今後理解しようともしないであろう。

 互いに好悪が湧かぬほどに興味がない。良くも悪くも棲み分けが出来てはいるのだが。

 

 だが、オシュトルとは違った。

 両軍合流し、ひとたび視線が合えば、同じ境遇、同じ気質の士として出逢った瞬間より打ち解けた。

 

「曹操軍の夏候惇殿、そして御遣い殿と皆々様、救援痛み入る」

「オシュトルと申す。……真田殿、天下の猛将と智勇を尽くし争ったというお噂はかねがね。お会いしたいと思っていた」

「それはなんとも面映いことです。オシュトル殿のお働きこそ、泰山における寡聞な私の耳にも入っております」

 

 互いへの謙遜、讃えあい。

 それをはがゆげに見ていた春蘭が鼻を鳴らし、沓を鳴らす。

 

「やはり天の御遣いは御遣い同士、気が合うらしいな。他家の者であろうともすぐに打ち解ける」

 

 彼女なりに精一杯考えた皮肉を言う。その要領の得なさは決して、いや恐らくは彼女の学の乏しさ故ではなく、非難しつつも意識が別のところに向いているからであろう。

 

 それを汲んだのか、あるいは天然によるものか。

 幸村は今度は春蘭を見返し、にこりと笑いかけた。

 

「そちらは夏侯惇殿ですか。あなたの武名は、曹操殿第一の名臣として我が国にも伝わっております。時代を超えてそのような方と轡を並べられるとは、この幸村、僥倖の至です」

「……そうか……そうか!」

 

 一転して上機嫌。まぁ要するに自分と、自分の主君も気に掛けられて欲しかったのだろうが、その両人に言及されると大輪の笑みの華を咲かせる。

 

 もしくオシュトルの種族たちと同様に人体の尾が存在していれば、あらんかぎりに左右に振っていたに相違あるまい。

 

「……得な人やなぁ」

 

 豊満に過ぎる胸を組んだ腕で支える李典(真桜)がボソッと呟いた感想に、オシュトルも心の中で肯く。

 数多の武人賢人を抱える華琳が、とりわけ春蘭を可愛がる理由が、それとなく理解できた気がした。

 

 〜〜〜

 

 適当な野陣を敷いての合議となるも、すでに主軍の袁術軍の主目的とそれを果たすための方策は定まっている。

 一に盧江城の救援。二に追撃の上寿春の奪回。三に徐州平定がための橋頭保の確保。

 むろん、幸村と参軍の満寵としては、一もしくは二で打ち止めとしたいところだが、その家長は際限ない野心家であって、三まで求めることは容易に想像できた。それがゆえの、万全以上の陣立てである。

 ともすれば、宛の自落をも考慮に入れた。

 

 とまれ、まずは目先の総大将の命である。

 

「……敵はすでにニの門まで突破しており、内門を破るは時間の問題でしょう。かと言って、その包囲には一穴なりとも不備がございません」

 

 オシュトルは、脳裏に先に出会った貴人の顔を思い浮かべた。

 典雅かつ明朗な、だが一歩先の感情の所在を読み取らせぬ表情を。

 

「よって迅速にして精妙なる戦運びが求められます。各兵種を再編成。曹純殿の虎豹騎と私の部隊が陶謙包囲軍側背を面にて攻め、タガを緩めます。次いで夏候惇殿、鉄心殿が弱まった箇所を見抜き穴を穿ち、曹仁殿、満寵殿がその穴を確保。他友軍は状況に応じ、各々の判断で援護を」

 

 ここにて諜報して得た情報か。あるいは生前の予備知識あってのことか。

 幸村は出逢ったばかりの軍をさえ的確に作戦に組み込み、自身の戦を組み立てていく。

 曹軍、これには口を挟まぬ。もしここに荀彧が派遣されていたならば、自身の策謀を暗の内に忍び込ませるべく、異見を申し立てていただろうが、曹操側の名代は策謀ぎらい、直情猪突の夏候惇である。だからこうした『雑事』は戦の主である袁術軍の者どもに任せ、自分は自分と割り切っていた。

 

 これは曹孟徳の人事の妙と言えるだろう。

 桂花の策謀は、華琳のそば近くにあって初めて実体を持つ。彼女が調整せねば、毒が強すぎた。

 

「オシュトル殿」

 幸村は最後に同士の名を敬意とともに呼んだ。

 

「あなたには軽兵を率い、城内への突入と袁術殿らのお救いいただきたく」

「……良いのか?」

 

 同盟を結んだと言って、仮とは言え、他国の者に主君の生死を委ねるわけである。

 元よりオシュトルには謀殺など思いもよらぬことではあるが、自身を見捨てたと取られ、後日袁術の不興を買うことにはなるまいか。

 

 その危惧を目で訴えるも、幸村の眼の光が揺れることはない。

 頭と辞を低くして、あらためて言った。

 

「なればこそ敵の不意ともなりましょう。何卒、お願いしたい」

「……なれば、是非もなし。たしかに承った」

 

 だがそれとは別の不安もないわけではない。

 それについては、徐庶が半身を進みだして問うた。

 

「外部の連携を密にするとも、城方が保つかどうか。その、袁術軍の本隊は」

 

 惰弱、という言葉をかろうじて呑んだようだ。

 ただ漫然と、行き当たりばったりに兵を動かすだけの袁術軍本隊。その弱兵ぶりはつとに有名だった。統制がとれておらず、将士の長所も短所も見る事なく、適当に組み込み武器を持たせているに過ぎない。

 御遣いたちの調練によって多少はマシになったと言えど、それでも袁術や張勲の近衛兵は、論ずるに値しないほど脆く、間者が忍び込むのも容易らしい。

 

「心配はご無用。周泰殿もついておられる」

 そこについてはあえて触れず、幸村は徐庶に答えた。

 

「また、袁術殿、張勲殿のお側にはそれぞれ新たに二将加わっております」

「天の御遣いか?」

 

 隠すことなく幸村は首肯した。

 

「張勲殿の副将となった御仁は……奔放な御仁ゆえ協力する様子が見受けられませんが、いま一人は武の求道者にして体現者。優れたる先駆け大将です」

「その人なれば、耐えると?」

 

 徐庶が問う。幸村が頷く。

 

「のみならず、たぐいまれな戦術眼をお持ちです。あの御仁の合図をもって、作戦の決行とします」

 

 幸村がそう締めくくったことで、とにもかくにも皆同調した。

 どのみち、採るべき手段は、それほど多くはないのだから。

 

「……しかし、また袁術の下に天の御遣いか」

 そこについては、春蘭は不満げに肩を揺さぶった。

 

「何を想って袁術のごとき小娘に寄り集まるのやら。後のことを考えれば曹操様の下に馳せ参じるのが妥当ではないか。おい、真田とやら、その辺りどうなってるのだ」

 

 柳琳は青ざめ、皆は苦笑するばかりである。

 仮にも同盟の相手の主人を名指しで非難したのだから、紀霊あたりがいれば赫怒し、口論となっていたかもしれないが、この場合彼女に擦り寄るような輩が全てそのそば近くに置かれていたことが幸いした。

 とは言え、ともすれば盟約が破綻する恐れさえあった。

 

 だがそれは真に曹操を地上を治めるべき明君と無垢に信じるがゆえの発露であって、特別袁術を敵視して貶めるような卑しさの響きはない。

 それが「まぁ元譲殿なら仕方ない」済むあたりもまた、春蘭の美徳の一つであっただろう。

 

 〜〜〜

 

「オシュトルー」

 軍議が終わり、退出しようとしたその口で、オシュトルは自身を間延びした声で呼ばれて顧みた。

 

 李曼成(まんせい)。新参の女武将であり、オシュトルとはほぼ同期と言ったところか。

 次代を担うと目された有能な部隊長であるとともに、技術的奇想を備えた天才でもあるが、抜きん出て目のやり場に困る格好をしている。自然、彼女と対する際は顔を見るよう一層心掛けている。

 

「これは真桜殿、何用か」

「何用かとはご挨拶やなぁ。ほれ、頼まれてたモン出来たで」

 

 その服の何処から取り出したる物か。

 たしかにオシュトルがその器用さを見込んで頼んだ代物が彼女の手に置かれていた。

 

 すなわち、仮面。

 目元を隠すのみの形状。額より一角を伸ばした意匠。白き色。

 彼が元の世において帝より賜った品と、あえて似せたものだ。

 流石に、理外の異能まで兼ね備えてはいない、格好だけのものだが。

 本物には肉体を異形に巨獣へと変質させると知ったら、一体目の前の好奇心旺盛な少女はどんな反応を見せるか、興味はある。

 

「ちゅーても、有り余った材料で作っただけやし、ウチは面打ち師やないんやから、多少の不恰好は堪忍な」

「いや、充分だ。感謝する」

 

 とは言え、元より下賜されたこと自体に恩義と誉れを感じていたし、戦の早期決着のためには人外と化すことも躊躇しなかったが、内心では能力を行使することに少なからぬ抵抗を感じていたから、これで良い。

 

 さっそく、身につけてみる。

 採寸に違わずぴたりと顔の輪郭に収まったそれを真桜の反応は微妙ではあった。

 

「作れと言われりゃ作るし、似合うと言えば似合うけど……せっかくの男前が台無しやんか。何のための面や?」

 

 たしかに、これで矢が防げるはずもなし。原型のごとき力もない。

 にも関わらず求めたのは、強いて言うなら、

 

「……やはりこれがあると落ち着くのだろうな」

 己の懐古と未練による自嘲を、とりあえずの真桜との返答とした。

 

 しかし、一方で思う。

 あらゆる意味において、真が偽に、偽が真に。

 天命の持つ皮肉を感じざるを得ない、と。

 

「だが、それゆえに人の世とは面白いものだ」

 オシュトルとウコン、両面の共有する感性が、そう呟かせた。

 

 そしてヤマトが國の右近衛大将は、再び仮面とともに戦場に立つ。

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