男はかつて、ミンチメーカーと呼ばれていた。
ただし彼が挽肉を作る場合、その材料は敵の人間であった。
彼の残虐性を象徴するに、簡にして要を得ている呼称ではある。そしてそれに類する異名をいくつも持ち合わせ、そのどれもが血生臭いものであった。
人類が宇宙に進出して久しく、ビーム銃や珪素ダイヤモンドのトマホークなどが主流と化した時代において、流血によって武勲を立ててきた男である。
石器時代の、という揶揄が接頭語に付けられて評されていた勇者オフレッサーは、彼の感覚からしてみれば石器時代に毛の生えた程度の文明レベルの世界では、真に並び立つ者のない猛者であった。
ぐふふ、と咽頭を鳴らして血塗れの大斧を手に、彼は少女剣士を追い詰めていた。
ここまで彼の猛攻をいなしていた少女も、この圧倒的な肉体の差においては敏捷も活かせず、体力を削られ息切れを起こしていた。
「小娘めが。この俺を殺せる者などこの宇宙においてはおるまい」
裏切り者として銃口で脳髄を撃ち抜かれた者がそう言うのだから、皮肉かつ滑稽というほかあるまい。
もっとも、現状の彼には『殺された』という意識はなかった。
自分が『麻酔銃』で眠らされた後、大方勝ちに驕る『金髪の孺子』あたりに捕らえられて辺境の惑星に流刑にされたか、でなければ思考実験的な殺し合いに参加させられている、というのが彼の認識である。
多少ならず矛盾や齟齬が生じた突飛な発想だが、元より部下の統制のためなれば薬物の使用さえも躊躇わぬ男である。倫理や常識など生まれ落ちた時点で胎の奥底に忘れてきた違いない。
そのため彼の中でその『
敵は少女である。
だが彼には嬲り者にするつもりも趣味もなかった。
対する相手が女だろうと男だろうと関係ない。貴族だろうと平民だろうと関係ない。ある意味彼は平等な男ではあった。彼が得物を振るえば、等しく物言わぬ肉袋となるのだから。
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大男が、それに見合う長柄の斧を大上段に振り上げる。
明命は壁際に追い詰められ、逃れる余地などない。それに彼女の小隊が最後の、政庁を守る盾であった。
意地と使命感とが彼女に物理的にではなく精神的な後退を許さない。
せめて一太刀と腰を沈め、切肉断骨の構えにて挑みかからんとした、その時だった。
少数の剽悍な兵が、駆け足でこちらに向かってくる。
率いるのは仮面の剣士と茶髪の剣客である。
敵の新手か。そう視線を向けたのは敵も明命も同じであった。
その反応が彼らが第三の勢力……助勢に来た曹操軍の一派だと証明してくれた。
「周泰殿とお見受けする。曹操軍が客将オシュトルとロイド、義によって助太刀いたす」
敵の巨躯ごしに、仮面の男……オシュトルが明命を目で労った。
「すみませんっ、お手をわずらわせてしまいました」
人心地ついた想いで素直に謝意を示した。その眼がそれとなく、壁向こうの政庁へと遣られる。
そこで丸まっているであろう、一応の主君にも。
「行かれよ。ここは我らが引き受ける」
その視線の意図を察し、オシュトルが言った。
「お前たちもその娘について行け」
「し、しかしっ」
難色を示す部下たちにロイドはほろ苦く笑った。
「生半の腕では、
「ええい、何をごちゃごちゃと言っておるか!? 貴様らが束になろうとも、俺に敵うものかっ」
その豪語が虚勢ではないことは明白であった。この男なら、力量や有利不利は二の次に、万人の兵にその蛮勇を振るうだろう。
そういう手合いこそ、恐ろしい。
「だそうだ。どうする?」
「では、ご好意に甘えさせてもらおう」
そう言って両剣士は身体を斜にして左右に分かれる。大振りな相手に対して投影面積を少しでも狭めようという咄嗟の工夫である。
明命は勇を絞り疲弊した肉体を叱咤し、彼らに並び立つ。
「周泰殿」
少し驚いたようにオシュトルが彼女の方を向く。
「この男を倒さない限り、公路様たちの無事はありません! わたしも共に戦います!」
そう剣を構える彼女に、言葉なく仮面の将は頷いた。
そして三人の武人は、暴力の塊へと挑みかかった。
まずロイドの姿が消えた。
高速で動いた彼の身体は、巨躯の懐に潜り込む。
男は動物的な反射能力で彼を足蹴に吹き飛ばした。
次鋒はオシュトルである。
直にして曲。剛にして柔。だが間違いなく鋭。
そんな奇妙な剣技には一切の無駄も妥協もなく、的確に死角と致命傷を狙っていく。
それにはさしもの蛮人も苦闘を強いられた。
だが何を想ったか、大きな肉体を屈ませた。回避、否……目的は嫌悪感とともにすぐに明らかとなった。
男は袁術方の兵、周泰麾下の骸を拾うと自身の盾としたのだ。
頚を狙って打ち放たれた必殺剣が、その身代わりの寸手で停まる。
ニヤリと鬚面が狂喜で歪む。そして骸ごとにオシュトルを切り裂かんと大斧を旋回させた。
オシュトルはそれを跳んで避け、明命は元より小さな身体を屈せさせてやり過ごした。
「其方には、士としての心がないのか」
仮面の将は冬の清水のごとき、澄んで冷たい声調をもって男を非難する。
男は嗤うばかりである。それこそが何よりの返答であった。
二度とそのような真似はさせまいと、明命とオシュトルは左右に分かれて挟撃を仕掛ける。
大斧は剣閃をいなしていく。否、完全に捌ききれているわけではない。牽制に当てる小手先の技は自身の肉体や甲冑でもってのみ受け切り、確実に本命の攻めのみを砕き、それどころか逆撃さえ狙って打つだけの余裕さえもある。
これは武技というよりも天性の資質……というよりも動物じみた本能であっただろう。
「伏せろっ!」
するとロイドが声を発した。
その命令に従って二人が再び低頭する。奇襲でも仕掛けるかと思いきや、枯れ草色の剣士は、剣の間合いの外にあった。
だが、その剣の切先が突き上げられるとともに、月明りにも似た冴え冴えとした、だがどこか妖しい光輝を放った。
怪訝そうな大漢であったが、にわかにその心臓のあたりが同じ妖光を発し、それが彼の肉体から抜け出し、刃へと巻き取られていく。
すると、敵の剛力が陰りと鈍りを見せ始めた。
このどれほどの連戦も物ともしなかった怪物が、にわかに疲弊をし始めたのだ。
さてはあの剣、魔剣や妖刀の類か。
「ロイド殿!」
そういった魔導の類に慣れているのか、素早く順応したオシュトルが、同胞と互い違いになりながら自身の剣を預け渡す。
その『銀の剣』を手にしたロイドが、敵へ迫る。
苦し紛れに男が大斧を振り下ろすが、明確にその切れが鈍磨していた。
それでも人の頭蓋を粉砕するだけの圧を帯びていたが、その軌道上からロイドの影が消えた。いや、いくつもの像に分かれたかのようにさえ見えた。
男もまた、その剣士の姿を見失っていた。だが次の瞬間、彼はその懐に出没し、胴板に刃を食い込ませていた。
雄叫びをともに、さらに刃を推進させる。
自重によるものか、それとも吸い上げた力がそのまま彼の腕力を倍化させたのか。
細腕とも思えぬ力量でもってロイドは男の巨躯を吹き飛ばし、壁へと激突させ、その壁を粉砕した。
「……やったか」
剣を返されたオシュトルが問う。だが、巷間の軍談においてはこういう科白はむしろ生存を示唆するものである。
果たしてロイドは首を振って、苦々しげにそれを否定した。
「いや、とっさに身を退かれた。というか、筋肉で刃が通らん」
だが舞い上がった土埃の中、男は起き上がるどころがすでにその影さえなく、ひとまずの脅威が去ったということで三人は胸を撫で下ろした。