恋姫星霜譚   作:大島海峡

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曹操(五):北へ

「山崎様、貴殿の読み通り、城内の敵軍、曹操軍の新手によって追い返された模様。南門より敗走をしています」

 

 山崎新平麾下の兵は、袁術軍の中でも新参ながらに異様な雰囲気を持っている。

 寡黙にして厳。精妙にして峻。

 同じく精兵でありながら溌剌として野性味を感じさせる耶率休哥の赤騎兵や幸村の直情により命を惜しまぬ愚直な赤備とも違う。

 親に子が似るかのごとくに、その求道的な人格に染め上げられていた。

 

「頃合いや良し」

 その報を受けた山崎は弭槍と馬首を返した。

 

「城壁付近の掃討を止め、これより城外に討って出る。しかる後壁沿いに南部へと回り込み、横槍にて敵を突けい」

 

 その戦への正確な目付に従い、長槍を主体とする彼の部隊はその下知に従った。

 敵の脆きその瞬間。陣の替え時、兵の退き時。敵に無防備をさらけ出しながらも、冷静な判断と合理的な進退が求められる。

 

 その困難さを、この熟練の先駆け大将は知っていた。

 ゆえにこそ絶好の時機をもって、陶謙軍に最大級の横撃を与えることに成功したのだった。

 

 だがそれでも、元より袁術の身柄こそが目的だったのだろう。その安全が確保されたと知るや、すぐに城の包囲軍も遠巻きとなって退却を始めていた、こと本陣の周囲は容易に崩れず、整然さを保ったままに敵は寿春への退却に成功したのだった。

 

 ~~~

 

「うむうむ。皆の者、妾の威光の下、よう励んだ」

 

 先に奥殿にて震え上がっていたのはどこへやら。いや、故にこその精一杯の取り繕いなのか。

 戦が終わってのち、唯一無事な謁見の間にて、オシュトル以下曹操軍の手の空いた武将と、幸村たちは殊の外上機嫌な袁術に謁していた。

 

「まぁ妾が直々に指揮を執れば、陶謙軍などこの程度の衆よ」

 この認識は大いに誤りである。救援軍の将たちが、そして城内の強者たちがそれぞれの権限と裁量の及ぶ限り最善を尽くした結果に過ぎない。

 

 それは言わずもがなであったが、言わずが華でもある。

 異見を申し立てたところで本人の認識が改まるでもなし。むやみに勘気を被るだけで一利にもなるまい。

 本気で信じているかはどうかはともかくとして、機嫌の良さとともに見てくれだけは愛らしい笑顔を振りまく。

 

「そこな者どもも、まぁそれなりに頑張ったとでも褒めてやろうかの」

「はっ、恐れ入ります」

「まぁおらぬでも勝てたがのう」

「名門袁家に宗主の救援、であるから曹操さん直々に来るのが筋ですけどもねぇ」

「良い良い。妾は度量深いゆえ、その不遜さも水に流してつかわそう」

「…………」

 

 複雑そうに仰ぎ見たオシュトルの眼差しにも気付かぬ。あるいはその機微の鈍さこそが大人物たらしめるのかもしれないが。

 

「さて、この上は寿春を奪い返し、然るのち徐州をも切り取りにかかるとしよう」

「お待ちを」

 進み出たのは幸村である。

「すると、袁術殿は追撃をなさると?」

「あれー? 幸村さんは反対なんですかー?」

 

 困った()()()笑みを浮かべて、張勲が問う。

 おそらくは彼女の脳内おいては、生真面目なこの老武者が強硬に追撃に反対し、それをもって袁術の不興を買う、という絵図が描かれているのだろう。そして、そうすることで余所者、無骨者どもの出る杭を打つと。

 

 だが幸村は口端に笑みを浮かべて首を振った。

 

「とんでもない。苦境を乗り越えてもなお前進せんとする勇猛果敢な戦いぶり、この幸村感服いたしました。しかしそう言われると思い、すでに手は打ってあります。紀霊殿、満寵殿とともに、ただちにその準備に取りかかりたく存じます」

「む? おぉおぉそうかそうか! よう励んでたもれ」

 

 どこまでが本心なのやら。幸村の勇ましい言に上機嫌の袁術は快諾し、張勲は肩透かしを食らった様子で笑みをわずかに引きつらせ、背後に控える怪人が「コココ」とそれを愉快気に眺めている。

 

 ――さては『生前』、よほど足並みそろわぬ味方に苦労を強いられたらしい。

 天然なのかもしれない微妙なさじ加減、ともすれば老獪な誘導によって幸村は、徐州経略の主導権をも得、我欲に溺れ差配を乱し、疫病のごとく世に混乱をもたらす彼女らを戦場より『隔離』することに成功したのだった。

 

 ~~~

 

「如何でしたか、袁家の自称宗主殿は」

 やや辛辣な言い方をしたのは、剣里である。天敵たる胡車児にスルリと逃れられたらしい彼女の物言いには、今なお不機嫌さからくる棘が残っていた。

 それに気おくれしたわけではないが、オシュトルはわずかに言葉を濁した。

 

「なんや、さっきも似たような表情で見とったな」

 問うのは真桜である。

 

 言うべきか言うまいか。軽く悩みながらもオシュトルはついに口にすることに決めた。

 

「いや、実は……袁術殿という御仁……どことなく姫殿下……つまりは某の旧主に似ていてな」

 真桜は「ほう?」と目と口を丸くした。次いで浮かべたのは悪戯っぽい笑みである。

 

「じゃあこのまま袁術のとこにでも行くか? 幸村はんともご昵懇みたいやったし」

 そう言われることを恐れて、オシュトルはためらったのだ。もしこれを聞きつけようものなら、春蘭の辺りはさてこそこの不忠者謀反人と大義を得たと言わんばかりに斬りかかって来ることだろう。

 

 目でその影を探るオシュトルに、カラカラと真桜は笑った。

 

「春蘭様なら先に次の戦場に向かったで~? そもそも居ったらあの袁術が威張り散らしてるのを見ただけでまとまるもんもまとまらんくなる」

 散々な言われよう、からかわれようではあるが、人を不快がらせない小気味よさが彼女にはある。ともすれば、これこそが後々の将器につながるかもしれない。

 

 ふっと苦笑をこぼし、オシュトルは続けた。口調は少し悩ましげではあったが。

 

「が、一方で張勲殿も含めて我が国の佞臣どもとも相通ずるものがあってな。複雑な印象なのだ」

「……そらまた難儀やなぁ」

「面倒くさい人間関係ですね」

 

 忌憚なく漏らした剣里に、重い頭を上下してみせる。

 だが善悪の比率で言えば、後者のほうがより近いだろう。

 さしづめ、多少は救いようのある『デコポンポとボコイナンテの美少女版』と言ったところだ。

 

 もっとも彼女らをどう更生させていくのか、それは自分の仕事ではないだろう。

 袁術をまっすぐ見据え、やんわりとそのアクの強さと付き合っていた幸村の姿を思い返し、オシュトルはそう判断した。

 

 そしてようやく、戦の終わりを肌で感じ、仮面を外す。

 単体で次へと向かったという春蘭に代わり後始末をつけた華侖と柳琳が彼らのもとにやってきたのは、そんな折である。

 

「オシュトルさん、お疲れ様です」

「柳琳殿、それに華侖殿こそ、お見事な戦いぶりだった」

 なんとなく波長が合うらしく、曹一門中、オシュトルがもっとも懇意にしてもらっている姉妹であった。

 

「そんな……姉さんはともかく、私なんてまだまだです。曹一門として、それに見合う働きが出来ればと必死になっていただけで」

「何を言われる。初顔合わせの幸村殿らと良い連携をなされていたではないか」

「えぇ、それは彼女の目付によるものですけど」

 

 そう言って柳琳は視線を丘陵に遣った。

 そこには小柄な少女がいた。どこか消えてしまいそうな雰囲気。白亜の髪と肌。だが狼のような眼力だけが蒼く鋭く輝いていて、顧みた彼女と目が合った際、痺れるかのような感覚に囚われた。

 

「彼女は……天の御遣いか?」

 その異質さ、異物感からそう受け取ったオシュトルは思わずそう問うた。

「違うっすよ。なんか偉ーい八人兄妹の二人目でー……そうそう! 優秀だってんで招かれてたんすけど、仮病使ったりして引き篭もっててー、それが華琳姉ぇにバレてブチ切れ。『家に火ィつけてクビに縄かけてでも連れてこい!』ってな感じで引っ立てられたっすよ」

 

 いつもにざっくばらんな説明による、意図せぬ脚色かと思いきや、その柳琳の顔色目の色を窺うとどうやら全部が誇張というわけでもないらしい。

 

「私の時もそんな感じでした」

 剣里はしみじみとした呟きで同調する。オシュトル自身にも覚えがあることでもある。

 曹孟徳の人材蒐集の執念にあらためて畏敬を覚える一同であった。

 

「それで今は柳琳殿の部隊に?」

「頭良いヒト大好きっすからね、柳琳は」

 

 従姉に感化されてのことなのか、曹純が知識層の庇護にも一役買っているという話は、曹操幕下においても有名な話である。それゆえに彼らを満足させるだけの環境が整っているのだろう。

 

「ですが彼女は」

 柳琳はどこか複雑そうに言った。

「紙上に兵を談ずるような人物ではありません。たしかに理論に傾倒しがちなところもありますが、有り余る才と伸びしろ、両方を感じさせます。経験を積んだ後が恐ろしい……いえ、失礼しました。頼もしい娘です」

 

 なるほど、とオシュトルは首肯する。

 柳琳が言い間違えなどするとも思えない。おそらくはその資質に何かしら危ぶむところがあるのだろう。

 それが欠点によるものなのか、あるいは有能すぎるがゆえなのかは分からないが。

 そしてそれは同時に、柳琳自身にも圧迫を与えているようだった。

 

「これより、彼女を連れて公孫賛討伐の先鋒を仰せつかりました。……私も、曹一門として、あの子に負けないようにしないと」

「……」

 

 そう言って意気込む都度、曹一門と口のする時、オシュトルには一抹の不安が過ぎる。必要以上に曹孟徳の一族であることを気負い過ぎているのではないかと。

 華琳は、たしかに万能の天才ではあるが、だからこそ、その才が一代であることを多分に自覚している。

 ゆえに血統や門地、来歴にさえ固執しない。彼女が従妹たちに求めているのは、曹子孝には曹子孝の、曹子和には曹子和なりの将器の完成、武人としての生涯の全うではないのか。

 

 かつて自分の朋友にも、一世一代の天才児の兄を持つ武人がいた。

 弟の方は兄に少なからず引け目を感じていたようだったが、兄の方は武術はからっきしでも少なくとも対外的には弟は弟、己は己と割り切っていたように思える。

 

 だからこそ、言葉でそれを伝えても容易に改まるものでもないことを知っている。

 

「いずれまた、折を見て酒でも酌み交わそう」

「はい、オシュトルさんもどうかお気をつけて」

「柳琳は料理も美味いっす」

「ほう、それは肴にも期待したいところだな」

「もぅっ、いきなり何言ってるの姉さん」

 

 だからそれとない言葉と視線でもって少し気を楽にさせる。

 そうした気遣いを汲んでか、面映げにオシュトルを見返し、それをもって別辞とし、姉妹とその軍は出立していった。

 

「相変わらず、休まることなく慌ただしいですね。この軍は」

 剣里は遠ざかる両軍を見送りながら、忌憚なく感想をこぼした。

 その剣筋同様にその物言いにはキレがある。もっとも彼女に言わせれば、昔は妹分たちが「はわわ」「あわわ」と狼狽えることが常で、それを叱咤するためについきつい言い方になっていってしまったのだそうだ。

 

「まぁ今ではその娘たちは、知識量でも軍略でも私なんか超えてるんですけどねフヘヘへ」

 ……などと薄暗い自嘲とともに。

 

 それについては今言及はせず、オシュトルと剣里は連れ立って歩く。

 しばし陣中を見て回った後、オシュトルはふと思い立って、というよりも彼の中の『ウコン』の好奇心が疼いて衝動的に呟いた。

 

「……宵闇の剣姫」

 

 げしげしげしげし。

 それとなく、あえて半歩遅れて間を作った剣里の、抉るような蹴りが、オシュトルの後肢に間断なく浴びせられる。無表情、かつ無言で脇目も振らず。

 

 乙女の秘事に反応見たさの軽い興味本位で踏み込んだことを深く反省しながらオシュトルは、その連蹴りを甘んじて受け続けるのだった。

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