ご不快な思いをさせ、大変申し訳ありませんでした。
田豊討死。
その報にまず触れたのは実は後背に控えた袁紹本隊ではなく、敵方の袁術軍であった。
「あっちゃー、田豊さん死んじゃいましたかー」
迎撃軍の名目上の大将たる七乃は、あっけらかんとした調子で敵軍師の死を嘆いてみせた。
その様子にむしろ周囲の味方の報が呆れていた様子であった。
――莫迦な
七乃は胸中で呟いた。
その声は自分でも驚くほどに低く、冷たかった。
彼女には田豊が死んでいったさまが見て取れるようにわかった。
いや、真実は微妙に違うのかもしれないが、少なくとも彼女の内では定まっていた。
世評曰く、田元皓は性剛情にして上に逆らう。
きっと、自儘な主人に振り回されつつ、正論を振りかざして直言しつつ採り上げられたり採られなかったりして胃を痛め、そしてその主人がために、最期まで大真面目に指揮を執り、そして忠義に殉じたのだろう。
まったく、つまらない最期ではないか。
主人の放蕩は諌止するものではなくともに興じるもの。
振り回されるのではなくむしろその上を行く悪辣さをもって主君さえも利用するもの。
仕える者が道化ならば自身も道化に成り果てること。
意味なく死ぬより最後まで側に在り続けるもの。
そんな自分のような器用な生き方が出来ないから、そういう報われることのない、誉れもない死を迎えるのだ。
あるいはそれは、同じ腹心にありながら真逆の生き方をする七乃なりに抱いた、憐れみ、であったのかもしれない。
「――さぁさぁ、この調子でどんどん袁紹さんをすり潰していきますよーっ!」
そんな感傷などはおくびにも出さず、そう指揮
軍事的才能などないことなど、彼女自身が一番知っている。
戦などという生臭く面倒臭いものは、それを好むような者どもにやらせれば良いのだ。
そうたとえば、と目を海面へと遣る。
沖合では、袁術軍の水軍が優勢を誇っている。
――そうたとえば、悪童狂児のごとき、天の御遣いなどに。
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「我は平教経っ! 我こそはと思わん者はかかって参れ!」
海原を縫うようなその大音声が、男の耳朶を震わせる。士魂を震わせる。
その名乗りが騙りではないことは、船頭にあって二股の大得物を握り、かついささかも揺れることがないその佇まいで分かる。
源平武者。能登守教経。
知盛と並んで堕落し、没落する平家を支えた猛将。だが武勇一辺倒というわけではないことは平家物語を紐解けば瞭然であろう。
咄嗟の機転が利き、速攻により勝利をもぎ取り敗北は無し。
時流潮流こそ味方しなかったが、かの義経公に勝るとも劣らぬ戦術眼の持ち主であろう。
この度の猪突は、むしろ遅れを生じさせた陸軍に非がある。
もし彼の動きについていけたならば、緒戦は向こう側が優勢に進んでいたことだろう。
世を超え、時を超え生死を超えて巡り合った西国の英霊に、琵琶の一曲でも手向けたいところだが、あいにく持ち合わせは生前より愛用していた月琴のみ。
代わりにそれをベンと鳴らし、艦を進ませた。
対する袁紹軍、否平家水軍は、橋と鉄鎖で船と船と繋ぎ、一個の巨船、もしくは浮遊する要塞化させている。そして兵員の移動を容易にさせるとともに、船体を安定。優れたる弓手を選り抜き、精妙無比な矢雨を浴びせかけてくる。
何より恐るべきはその威圧感であろう。
戦理がこちらにあろうとも、あれが推し進むたびに味方の兵は及び腰になってしまう。
それでも卓越した操船技術を必要とするはずだが、その問題も難なく解決している。なるほど青州へ追い落として以降公孫賛の攻めが鈍ったのも頷ける。
兵糧不足や疲弊もあろうが、なによりも洋上に展開したこの船団があった故であろう。
「じゃあ、こういうのはどうだい」
ベン。月琴が鳴る。それを合図に小型船隊が散開、重厚なる敵に左右に分かれて挑みかかる。
だがそれは客観的に見れば大熊に飛びかかる猟犬のようなものだ。挟み込まれるように射られてもその倍は矢が返ってくる。
だがそれで良い。
これで決着がつくとは端から思っていない。この部隊の目的は陽動と誘引にある。
すなわち、こちらの有効射程内への。
「霹靂砲、用意」
「撃てぇ!」
そして時至る。
こちらの船団を分散したままに粉砕せんとした敵艦隊の前に、軍勢の奥に秘していた本船。そしてそれに搭載した兵器が姿を晒す。
艦砲ならぬ、投石器。介添えとなった満寵、李典の合作である。
少しでも実物に近づけんと積んだ火球が、彼女たちの指導のもとに放物線を描いて敵の船団の端を掠めた。
だが、一投にしてその効果は大なり。
端の軍船が焼けて落ちる。
「小早による翻弄と大安宅による一撃粉砕。さながら木津川口の
「無茶いいな!」
愚痴めいた独語を耳聡く拾った曹操側の李典が食ってかかった。
「この船に一基乗り入れてモノにするまでにエライ苦労したんやで! 伯寧の助けがあってそれが出来たんや。良ぇか!? 技術っちゅうんは、デカく一品物作るよりも量産、簡便化、小型化こそが最大の課題で」
「あぁ分かった分かった」
すでに幾度となく要望として零したことで、そのたびに似たような注意を受けていた。それでも懲りずに言うのは未練。満寵こと海防も目でそう叱っている。
(果たしてこれで終わるかどうか)
狐にも似た切れ長の目をさらに眇め、男は水平線を見守った。
だが、もうもうと上がる煙の中で敵の本艦は潰せていない。
「続投! 第二射用意!」
「放てっ!」
両将の号令一下、再び火球が投じられる。
だが、一部は確かに焼けるものの、大打撃というわけにもいかない。
袁紹軍の船員たちは散々に訓練を重ねたのだろう。
慣れた手つきで消火、船を切り離して延焼を防ぎ、損害の分を補わんとさらに苛烈に攻め立ててくる。
「くそっ、やけに燃え移りが悪いなぁ」
「鉄張り、ってなわけじゃあ流石にねぇな」
濡れた海草やらを船体に張って火矢を防ぐ。
室町後期あたりまで、鉄砲が出る前時代における海賊衆の対策法である。
「やるねぇ、さすがに王城一の強弓だ」
「強弓……?」
「敵将、平教経の異名さ。俺よりはるか前の人だが、都において、そして平氏一門において並ぶ者のない弓取りだったと伝えられている」
嬉しくなってくる。
たとえ異なる世で敵味方に分かれていようと、大和魂を、その偉才を惜しみなく発揮して異郷異能の者たちと渡り合う武士の姿に。
となればこちらも敬意と全力をもって、相応の覚悟で臨まざるを得まい。
「ほう、それは聞き捨てならんな」
そう言って黒髪を磯風になびかせ、軍靴を鳴らし、最前面に女が進み出た。
「て……春……元譲様!?」
その女、夏候惇の登場に部下である李典が驚いた。
「あれ、聞いてなかったのか。乗せてくれってんで乗せたんだよ」
「いやいやいやいや、なにしとるんですこんなとこで!? 陸の方の指揮は!?」
「ふん、張勲ごときの差配に従えるか。新しく来たあの華奢な男……
たはー、と李典が声を漏らして額に手を遣る。言い出したら聞くまいのを、おそらくは多分にこの副将は知っているのだろう。
「平氏だか兵士だか知らんが、たしかにやるようだ。私がこっちに来ていて正解だったろう! 奴を仕留めてくるから、船を寄せろ!」
戦意に双眸を爛々とたぎらせ、口端に猛虎の笑みを浮かべながら号砲のごとき音声を発する。
「……海戦で一騎打ちとか聞いたことないよ」
「そもそもどうやって乗り込むんです?」
満寵と李典はそう言って諫めたが、男は長く尖り気味のアゴに手をやり一考し、そして答えを出した。
「よぅし、じゃあ突っ込んでみるか!」
「は?」
「はい?」
二人の副将は仰天した。
そもそもこの奇想でもって敵軍を破らんとしたのは他らなぬこの男である。
「いやおかしいやろ!? なんのためにコレこしらえたと思っとんねん!」
「正気とも思えません」
「正気で大道が成るものかよ! なぁに、要は射たせなきゃあいいわけだ。火砲で出来た隙を突いて、このまま乱戦に持ちこみゃあ、接敵できる」
「しかながら……!」
「それともあれか、霹靂砲に乗せて飛ばすか? 嘘か真か、織田有楽斎は関ヶ原において古田織部正を同じように小早川の陣にブッ飛ばしたって聞くぜ」
――にも関わらず、まるで子供が遊びに飽きたかのような調子であっさりその作戦を放棄し、柔軟に方針を変更していく。突拍子もない提案をしていく。
猫や嵐の中の雲より、彼の気分は移ろいやすい。
「ほう、袁術軍にも気骨のある者がいるではないか!」
「おうよ、長州男児の肝っ玉、侮るんじゃねぇぞ?」
自分の特攻戦法を全面的に肯定され、夏候惇は殊の外上機嫌でその男と笑い合った。
「しっかしアレだな」
「なんです?」
「夏候惇、満寵、李典を乗っけて平家の亡霊相手に壇ノ浦の再現か。今際の夢にしては面白すぎるな」
「……いや、何を言ってるのか分かりませんが」
「少なくとも、面白さではあんたも大概や……
鋭い
今回明らかになった武将の原作ゲームについて補足
・義経英雄伝(修羅)
ACの後、デモンズとかの前のフロムが大河ドラマの何やらで作った歴史アクション
・風雲新選組/幕末伝
元気が作ってたシリーズ。傍流ではあるが剣豪シリーズの系譜。
両者とも硬派で面白いのですが、悲しいかなそれ故にメジャーではないのでそれぞれ一般的な歴史のイメージどおりと捉えてください。
興味を持った方はPS2かPSPで遊んでください。