恋姫星霜譚   作:大島海峡

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袁紹(五):旭は二度昇る(中)

 既にして明らかにするまでもないことではあるが、ヤンには武断的面は皆無である。

 攻めよりも守勢。肉体労働よりも頭脳労働を専門とする。自他の流血を好み敵を殺傷することを誉れとする者を嫌悪する。

 だがその武事に疎い彼をして、その競り合いは見事というべきほかなかった。

 

 達人同士の刃が互いの肉体に迫り、かつそれが紙一重で阻止される。様々な技法を凝らし、別々のベクトルをもって圧し合う。相手の命脈を探り、狙うその術理は集団戦にも相通じるところがあった。

 

 やがて突如として現れた男の副官が太刀を振るって横槍を突いたことで、また、ヤンを仕損じたことで、かつ足を止めたことで包囲の危険が生じたことで、敵の少数奇襲部隊……否、本隊は退いていった。

 ただし悠々と、確固たる地歩を踏みしめて。誘いの可能性と、そもそも彼を追い討てる可能性の低さを考慮し、追撃を固く禁じた。

 

 従う手勢はわずかなれどもいずれも精鋭。ここまで侵入を許したのは、質や指揮を数と地勢のみに着眼していたのは手落ちだと、ヤン自身も考えていた。

 

「いやぁ、感謝します。まさか救援に来ていただけるとは」

 状況を収集させた後、礼を述べたヤンだったが、実のところこの潜在的中立勢力の存在には気が付いていた。

 だがいかに状況が推移しようともどちらに加勢するまでもなかったので、大方どこぞの別勢力からの威力偵察、あるいは様子見と言ったところだと踏んで、無視を決め込んでいた。

 まさかこの土壇場になって、しかも逆転したとて恩賞に預かれるとも知れぬほど圧倒的に不利な側につくとは、さすがに予想しえなかったが。

 

 ――これだから、どうにも武人という生き物とは疎通が難しい。

 そうヤンは苦笑を浮かべた。

 

「えぇと、旭将軍(ジェネラル・モーニングサン)?」

「そのような持って回ったような呼び方はやめよ。……名乗りはしたが、すでに過去のものとなった名声よ。ただの木曽義仲よ」

「同じく、今井(いまい)兼平(かねひら)

 

 正直苦手な類の人間ではあったが、必要以上武張った感じも見受けられない。

 ここに来る前によほど手痛い失態を犯したのか、どこか自嘲気味にそう名乗り、それに合わせて副官も名乗る。

 

 ヤンは曖昧にうなずいた。

 彼とて銀河に比すれば極小の島国の、そのまた瞬時にさえ満たぬわずかな期間、首都を制圧し暴政を敷いた一軍部の首長と、その国随一の剛の者と称されし副将など、知るべくもなかった。

 だが、知っていればおそらく、この厭戦家はもっとも軽蔑すべき人間と嫌悪と偏見を持ち、その行動に疑念を持ったであろうから、この場合は両者にとっては僥倖であったと言えるだろう。

 

「それで、お二人は今この時に限定して言えば味方……ということで良いのですね」

「まぁ、乗りかかった船よ。中々に面白き戦をするゆえ、つい力を貸してやりたくなった」

「面白い、ですか……」

 ヤンは頭を掻いた。

 

武士(サムライ)には、卑怯と映ったのでは?」

 ヤンは自身の知識によって同一視したが、彼の想像する江戸期の、いわゆる『侍』と、彼ら『武者』とは曖昧だが大きな隔たりがある。

 

 大まかに言ってしまえば戦国以前の武士は、軍事政権どころか権力と軍事力を手にした強盗の集団と言ったほうがどちらかと言えば正しく、それを儒教的指導によって去勢したのが『侍』だ。

 

 むろん、それでも源平武者たちの間にも軍事的公序というものは確かに存在したが、何事にも例外は見受けられる。

 

 『かの有名な御曹司』もそのうちの一人ではあろうが、この木曽義仲は彼に先んじて、火牛をもって敵の大軍を崖へ追い落とすという奇策をもって勝利を飾っている。

 本人たちが知り得るかどうか、人格的に波長が合うかどうかはともかくとして、固定観念に囚われず実を取るという点においては二人の戦術的嗜好は合致していた。

 

「お主であれば、あるいはこれも上手いこと使えるのではないか?」

 そう言って自身の兵に持たせた大荷物を解いて、その中に在った物を披歴した。

 

「我が郎党、行親(ゆきちか)の用いていた代物だが、我にはどうにもこの手合いの物が分からんのでな。お主であれば、使えるか?」

 

 そうは言われても、銃の扱いすら危うい自分に、それを操作方法など分かるべくもない。

 だが、それが何に用いるものなのか。形状からはおおよその察しはついた。

 

 

「――感謝します、義仲公」

 

 一応の礼を言ってから、それの扱いや性能の件も含めて、今後の方針を話し合うべくヤンは諸将を呼びつけた。

 どうやら彼ら自身の着到とともに、打開策は見つかったようだ。

 

 

 ~~~

 

 後方に下った円は困惑していた。

 正直に言えば麗羽を持て余していた。

 

 いつものように大音声で騒いでいればそれを適当にいなすこともできただろう。

 馬鹿笑いとともに奇想を披露しても、真直ほどではないにせよそれなりの付き合いも可能だったはずだ。

 

 だがかの姫君は……沈黙していた。

 豪奢な金髪の下に顔を伏せ、椅子に腰かけたまま立ち上がることもせず、一声も漏らさない。

 

 決して普段の麗羽からは想像もつかないような姿が、その本陣には存在していた。

 何を想っているのか。どう声を掛けたものか。

 

 どの地を攻め、どの城を落とすかを考えるのは軍師の仕事だ。

 だがそれが人の心の機微ともなれば、そう上手くは運ばない。

 

「円さん、真直さんは……亡くなったのですわね」

 

 考えあぐねる円ではあったが、切り出したのは麗羽の方が先だった。

 円は沈黙した。

 彼女自身に必要な思考の時間と、驚きによる感情の空白。

 

「……はい」

 そのうえで、率直に切り出すことを選択した。

 まさか、承知しているとは、いや自分から認めて受け入れるとは思わなかった。

 どの段階で知っていたのかは分からないが、少なくとも体勢を立て直した時点では薄々察していたそのうえで、常と変わらぬ様子で振る舞っていたのか。

 おそらくは、将兵の動揺を防ぐために。

 

 周回遅れの気遣いではある。

 彼女以外の誰もが、言葉にせずともその現実をすでに受け入れていたのだから。

 

 だが、そんな麗羽なればこそ、良いのだ。

 豪放にして不器用なれども、彼女なりの気遣いと慈愛を持った袁本初なればこそ。

 

「前線に戻ります」

 

 麗羽は短くそう告げる。

「なんのために」だの「何をする気だ」などとは問わなかった。

 一にも二にもなく、随従すべきだと、軍師沮授ではなく人間円としての奥底の部分で、理解しているがゆえに。

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