恋姫星霜譚   作:大島海峡

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韓遂(一):涼州再相克(後)

 昔々……と言うほどでもない時分。

 明主を求め諸国を巡り歩く、無名の将士がいた。

 その少女、生まれつき手先が器用にして奇想を持ち、生活を潤滑化させる発明品から子どもにさえ鼻白まれるようなガラクタまで、衝動のままに作っていた。

 いわばこれは彼女の習性とも言うべきもので、採算を度外視したものであったが、然りとて生活費は路銀は必要だし、作るにしても材料費も要る。

 そこで彼女はその幾つかを売り払うことにした。あるいは逗留の間、個別に発注を受けていた。

 

 そのうちの一つに、かの兵器はあった。

 

 あまりに時代を先取りし過ぎたそれは、原理を知らぬ者からすれば、ただの扱いにくい鉄鍋や鼎にしか見えぬであろう。あるいはなまじ兵理を解する者は、説明を受けて冷笑を浮かべた。

 

「逐一鋳造した鉄塊を特殊な薬品で飛ばすぐらいなら、その金と手間とで矢をより多く用立てた方が早いではないか」

 と。

 

 結局、二基作成したうち、ひとつは益州の女武芸者に興味本位で購われ、もう一つは、それよりか改良を重ね、威力を犠牲に多少の小型化軽量化に成功したものは、懇意にしていた武器商に情けにより置かせてもらうことになった。

 

 ほぼ置物なっていたそれと、自身の武人としての在り方に懊悩していた高順、真名を破城とが邂逅を果たしてのは、まさに運命といって良かったであろう。

 

 ~~~

 

 楊秋。字は知らず。真名は北流(ぺいるう)

 これでも旗本八旗なる関西を代表する士大将の一角である。

 他の西涼武者の例に漏れず弓馬を得意とし、指揮ぶりもそれなりの見事さである。小動物的な容姿と立ち振る舞いは妙な人気もある。

 だが他の七騎に比べれば、いずれも見劣りするものであり、旗本中もっとも格下の存在であった。

 

 ――しかしながら、彼女には武勇でも智謀でもない、天下有数の才覚……否、体質があった。

 

 その性質が、この戦場の変化を誰より早く嗅ぎ取っていた。

 

「……後退。なんかいやな予感する」

 まだ兆候さえ表れない戦局。消え入るような声で命じつつ、そろりそろりと後ずさり。

 だがその後頭部と、硬い胸板が遮った。

 

「どこへ行く? 野鼠」

「げぇっ、馬玩(ばがん)さん!? 金蘭様の護衛では!?」

「貴様の目付を仰せつかった」

 

 窪んで深い陰を作る凶悪な目元に、角の張った頬骨。毛の一本も残さず剃り上げた頭。

 ゆうに六尺を超える体躯は、余人では持て余すような大鎧の着用にさえ耐えうる筋骨を有していた。

 

 

 ――これで、生物上は女である。

 

 

 乙女を誰に誇張してみせるものか。申し訳程度に髪飾りが……いったいどこにくくりつけているのか分からないが、頭の後ろから覗いている。

 

 これで外見だけで内面も可憐あればまだ愛らしげもあったのだが、ところがどっこい、中身も堂々たる女丈夫であったのだから救いがない。声に至っては艶っぽさとは無縁の酒に焼けた胴間声である。

 

「まったく見下げ果てた奴め。それでも末席といえ我ら旗本が一騎か。涼州の烈士か」

「そんなもん家の事情なんだからしょうがないじゃないですかっ。それよりやばいんですって。何か来るんですって」

「あ? 何かって、なにが」

 

 そう言いさした馬玩の拘束から北流が強引に抜け出したのと、抜け出したその胴が槍で穿たれるのは、ほぼ紙一重の時間差であった。

 

 あんぐりと大口を開けたままに転がる北流が見たもの。

 それは馬玩を貫く槍。それ自体は柄が通常のものよりも太く作られた、大身槍でしかない。

 刺殺せしめた本人にいたっては、自分たちと似たり寄ったりの背格好の金髪の美少女である。

 

 だがその速度が異常であった。その勢いが尋常ではなかった。

 その勢いに楊秋の陣は高低差をものともせず瞬く間に突破され、足を止めないままに中央に陣取っていた馬玩目付を討ち抜いた。

 

 それを可能にしたのは、少女が腰に刀代わりに佩く、奇妙な鉄筒であった。

 

「陥陣、突撃。第一陣、突破。第二、陥陣再突撃」

 

 呪文のごとくそう唱えるや、かの鉄器の把手に備え付けられている指懸けを引く。

 地に向けられた筒の口が、火を噴いた。

 

 その火勢は少女を押し出し、浮き上がらせてさらなる猛進を開始させた。

 その烈しさに、その形容に、恐慌状態に陥った部隊にあって、

 

「ぴいぃ……あ、危なかった……」

 

 と北流は頭を抱えてうずくまっていた。とても、それが一軍の将帥の姿とは思えなかった。ゆえにこそ、あの敵は堂々たる武人馬玩をこそこの軍の長と誤認し、そして本物は見逃された。

 

 楊秋。

 たとえ無様で無力で魯鈍と言えど、いかな過酷な状況からも、政治的判断が難しい複雑な情勢からも、とっさの判断と強運、そして道化じみた愛嬌と微妙に薄い存在感で乗り切ってしまう。

 それこそが、関中関西のみならず天下にも稀な、彼女の資質であった。

 

 ~~~

 

 血しぶきが舞う。火柱が躍る。

 

「第二、陥陣。再突撃、開始」

「第三、陥陣。突撃再動」

 

 どこか人外じみた調子の声が方々で鳴るたび、死が生じる。

 東へ西へ。蛇行しながら突き進むこの敵は、無軌道に見えて確実に竹中軍の本営へと迫りつつあった。

 ついには、遊軍に在って各間の緊密を保つ役割を担っていた馬忠隊が、その餌食となった。否、あえて餌と罠と網の役を買って出て、王平隊と合流。そのうえでこの小癪な単騎を押し包まんとしたわけだが、

 

寗随(ねいずい)ッ! くそっ」

 果たして読み通りに来たは良し。だがそれをさえも破られ、すぐ横でその修繕の時間を稼ごうと応戦しようとして、分隊長があっという間に討ち取られた。

 

 頬にかかった副将の血を袖口で拭い、遠ざかりつつある金髪の敵将を追った。

 だがその背筋に、氷柱を突き立てられたかのごとき感覚が襲った。

 

 もはや隠れ潜む必要なしと言わんばかりに、何かの気配が、湧いて出た。

 風音が唸りをあげて、白刃の閃きが瞳の幕を焼くようだった。

 

(なッ、こいつ、いつの間に!?)

 

 すでにして至近。動物的な敏感さを持つ馬忠をもってしても察知しえなかった男は笑み――のごとき――張り付いた表情を顔に作っていた。

 

 唐突な死。覚悟が伴わないままにその気配が迫る。

 そこに、王平隊が合流した。

 いつにない積極さで我が身を両者の間に滑り込ませた黒髪の少女は、方形の大盾でこの後続の敵の一斬を防ぎ切った。ただその代償に、その盾自体は真っ二つ。

 平時一切動作することがない王平の眉が、驚きに歪む。

 

 ただ敵にしてみれば、彼女らのごとき『小物』を仕損じたとしても拘泥して足を止めるわけにはいかぬ。彼の少数の突撃部隊は、難なく両隊の中央を引き裂くようにして突破していき、あの金髪の人間兵器に続いて行った。

 

「わ、悪い」

 

 馬忠は、二重に詫びた。

 一に無様をさらした自分を救われたこと。二に、あの敵どもを防ぎ止めることができなかったこと。

 

 とは言っても、王平に反応は求めていない。必要以上に語らず、慣れ親しまないのがこの王子均である。

 

(徳信、聞こえていますか、徳信)

 と、思っていたのだが。

 

 ふいに、声が聞こえてきた。馬忠の字を呼ぶ。

 琴を爪弾くがごとき、可憐な音調。だが実際に馬忠の鼓膜を揺さぶっているのではない。

 

「ふゃ!? なんじゃこの声!? 頭に直接響いてくる!」

 思わず頓狂な悲鳴をあげる少女に、王平は曰くありげな眼差しを注いでいる。

 

(そう気に病む必要はありません。元より個々の勇や器量が劣っているのは承知の上。堰とはただ真っ向から激流を受け止めるものに非ず。その勢いを分かち、散らし、殺すことこそが肝心であり、我らの役務です)

「なんかやたら饒舌だけど……ひょっとして、子均なのか!?」

 

 あいも変わらず無表情。だが明確に分かる深さで、少女は首肯した。

 

「なんだかよくわからねぇけど……すげェぜ子均! 文字も読めねぇ喋れもしねぇでコイツどうやって指揮執ってんだって常日頃思ってたけどこういうことだったんだな! なぁ、もっと遠くに伝えられたら伝令要らねぇじゃん!」

 

 その称賛と打診に反応するがごとく、馬忠に定められていた黒曜石の瞳がふいと逸れる。

 

「なんか、やっぱり距離とかに限界あるのか?」

(…………大声出すの、いやです)

「いや声は出してねぇよ!?」

 

 思わず反論(ツッコミ)を入れざるをえなかった。

 そんな彼女たちのもとへ、駿馬を疾駆し、姜維も踊り込んで来た。

 

「遊んでいる場合じゃなかったな」

 と馬忠も気まずそうにはにかんだ。

 そんな彼女を険しく睨み据え、

「その通りですよ」

 とつれなく言う。

 師以外の相手には、こと戦場においてはこの麒麟児は峻厳である。

 

「で、どうするね弟子殿」

「所詮は包囲の網を破ったとして、所詮は針です。問題は第二第三の後続を合流させないこと」

「その針が、お師さんの眉間を貫くかもしれんぜ」

 

 お前はあれらを間近で受けてないからそうタカをくくれるのだ、という揶揄を込めて言う。

 それを如何に受け取ったのかは知らず、ただ姜伯約……赫光は、

 

「そんな、ことは、させない」

 

 と圧を味方相手にさえかけてきた。

 

「そうさせないために我々がいるんです。後続の馬騰らの相手は二張に引き続き担当させます。敵を戦力的にも戦術的にも集中させず、可能な限り遅滞させます。その間に我らも本隊まで退き、そこにて間に合えば迎撃の準備。もし先に敵がたどり着いているようなら、その側背を襲います」

「うん? てぇことは、包囲は解くのか?」

「完全には解除しません。たまわせつつ、あらためて師の部隊を中心に編み直すんです」

 

 やや詭弁じみた抽象的なことを言いつつ、その双眸の炎は苦境に転じてもなお、燃え盛っている。

 

「たとえ計が破られたとしても練り直し、一敗の後に地に伏したといえど、智勇の限りを尽くして回天の機をうかがい続ける限り、敗けはありません」

「……お前」

 

 言い放つ少女に、馬忠は胃の腑に熱した石をねじ込まれた気分に陥った。

 まだ寸手のところで正気と言えようが、その肩入れしたものに対する情深さ、一度敵としたものに対する執念深さ、執拗さは異様の領域に近い。

 一方でひたむきなまでにその姿勢を貫くありようは、清く、狼の如く美しい。その姿こそが、後に周囲を巻き込んで滅びへと突き進むのではないか、と馬忠は言外に危惧する。

 

 とまれ、今はその感情の熱こそが頼もしい。

 新進気鋭の将星たちは、その筆頭たる姜維のもとで前線の再構築を始めた。

 

 〜〜〜

 

 まこと、この装置を作ってくれたものには感謝しかない、と破城は思う。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()など、古今東西いずれにおいても例を見ない。

 

 だが未完成品であったのか、当初はその調整に苦労したものだ。

 用いる炸薬の量が多すぎるせいで足が千切れかけたり、制動をしくじって腿を折ってこともあったが、そうした痛みを伴う実践と調練の果てに、ようやく実用化に漕ぎつけることができた。

 

 そんな現在となっては、こと侵攻戦においては負ける余地など、あろうはずもない。

 

「最終線、突破。陥陣、突撃」

 自身に暗示をかけるが如く、その口上を漏らすとともに、彼女は着火した。

 

「軍師殿をお守りせよーッ」

 

 この叫び声が敵による機転でなければ、自分の勘働きのとおりにこの向こうには敵の指揮者が存在している。

 

 さりとて残る炸薬もわずか。

 敵本陣迎撃軍の第一波。その肉の帳を突き抜けた彼女は、今度は自分の足で間合いを詰める。

 武器の重量などとうに我が身に慣らした。鎧を纏い鉄塊を抱えながらも、常人の倍の速度で我が身を動かす。

 

 射程圏内に至る。肉と鉄器の壁が作られるが、突破には問題なし。

 引き金に指を懸け、炸薬を破裂される。

 飛翔。空気の壁にまともに打ち当たり、総身の前面が加圧される。

 

 その中でギリギリと肩甲骨を弓弭のごとく引き絞り、槍を矢の如くに番える。

 

 その場にいた何者よりも高く飛翔する。

 そして地上に視た。少年のごとき、あるいは少女のごとき、小柄で華奢な、だが明確なるこの世の異物。

 

 捉えた。

 軍師。

 

「――陥陣、突撃」

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