恋姫星霜譚   作:大島海峡

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公孫賛(三):忍ぶ者たち

 土方歳三、延津にて散る。

 公孫賛軍がその報に触れたのは、鄴城に帰還し、迎撃のための準備をしていた時、敗兵をまとめて義経が帰城した際であった。

 計破れたるを知ったのがかくも遅れたのは、そして反応が著しく遅滞したのは、自分たちの本隊がさしたる袁紹側の追撃も曹操側の妨害も受けず悠々と北海攻めを切り上げて離脱的できたからに他ならない。

 

 つまりつい先ほどまでは、土方と義経が善戦して敵を食い止めているのだろうと、信じ切っていたのだ。

 

「……お分かりか。この意味が」

 緊急的に設けられた軍議の場で義経よりその一部始終とその後の経緯を知るや、開口一番発言したのは趙雲子竜であった。

 

「お分かりか、この無念が」

 ふだんは飄々とし、かつ自身の勇を口舌に語らせることを良しとせぬ星が、この時ばかりはいつになく熱弁を振るう。

 

「つまり敵は、我らを襲うことも義経らを殲滅することも可能であった。にも拘わらず、我らは間の抜けたことながら友の死を知らず容易に入城を果たし、曹操たちは此処にじりじりと迫りつつある」

「えぇと、つまり」

 反応したのは、公孫越(こうそんえつ)であった。顔こそ姉の白蓮に似てはいるが、三割ほど彼女から勇の気配が抜いたような表情を作り方をする。

 

「土方さんの奇襲の失敗は残念だったけど、それだけの損害を敵に与えて」

「さにあらず!!」

 

 即座に否定が入り、公孫賛の妹御はひぇっと短く声をあげて椅子を擦った。

 

「つまり我らは、舐められ切られているッ! お前たちなど到底勝ち目などないと! いつでも殺せると! これで良いのか! 土方歳三という男の死は、いったい何だったのか!?」

「……心苦しい限りだ」

「なんだと」

 

 白蓮の独語に、星は真紅の瞳を鋭くさせた。

 

「私が丸投げにしてしまったせいで、天界よりの客人を死なせてしまった。私が、決断に欠けていたがために。……それこそ私じゃなく曹操の元へ流れ着いていれば、もっと彼らしい戦を与えられたのだろうな」

「今はそういう話ではないっ! 土方殿が死んだのは、貴公のせいでも、貴公のためでもない! 彼は自身の戦に魂を捧げ、己の武心に殉じたのだ! 残された者たちが、如何にしてその意気に応えるかっ、今決めねばならぬのはそういうことだ」

 

 百人が百人、友を喪った趙雲に気圧されて、何事かの反応を見せていたことだろう。

 だが白蓮は消沈したままに黙りこくって顔を横へと向いていた。

 やがて立ち上がって、

 

「……玄徳(桃香)の軍師、諸葛亮(しょかつりょう)より援軍を取り付けた。準備が整い次第に壺関より回り込み曹操軍の背を突くゆえ、今は鄴城に籠もって耐え忍んでもらいたいと。籠城の準備を続行しろ」

 

 方針が決まっている以上、それ以上の感情論は無用とばかりに、自分はさっさと退出してしまった。

 

「……」

 

 星もそれ以上は言葉を積まなかった。

 ただ目力に託して主人の背へと送るのは、煮え切らぬ相手への憤懣、やるせなさ、諦念と失望。

 口にすればそれこそ義士趙子竜らしからぬ、負の存念だった。

 

 〜〜〜

 

 靴音を鳴らして互いの軍務に奔走していた公孫賛軍中、鄴城。

 その回廊において、田豫と趙雲はすれ違った。

 向かう方向は、完全に真逆である。

 

 愛槍龍牙を手に、総身を漂う刃のごとき気配を嗅ぎ取った奏鳴は、背中合わせにおもむろに

「行くのですか?」

 と問うた。

「あぁ」

 横顔だけを向けて、星は首肯した。

 

「劉備殿には申し訳ないが、ほぼ民兵あがりの寄せ集めでの奇襲など、それこそ土方殿の二の舞になるだけだ。おそらくは彼女らにしても義理立てによる、やむを得ぬ挙兵であったことだろうよ。そもそも、騎兵を城に押し籠めてどうしようというのだ。連戦続きで備蓄も心許ないというのに」

「そうですね」

 田国譲は元を辿れば劉備の参謀であった。しかし、旗揚げより間もなく故地に残した母の病()()()()暇乞いしていた。そのため、内情や劉備陣営の為人にはよく精通している。

 

「近頃はとみに寡黙だが、お主としても、他所の軍師と戦力を当てにされるのは歯痒いことであろうな」

「……」

「いや失敬、口が滑った。私は逆に、ずいぶんと口数が増えたものだ」

 自嘲気味にそう嘆いてみせた星に奏鳴は多くを答えず、

「殿に見切りをつけた、死にたがりの兵五百で良いですか」

 と問うた。

「……感謝する」

 

 人格面はともかくとして、その手腕と忠義には大いに恃むところがあるらしく、公孫賛の軍師に信頼の眼差しを送り、足速に去っていった。

 ……が、実のところ奏鳴はそこまで白蓮に忠義立てしているわけでも従順に尽くしているわけでもなかった。そのことを自覚もしていた。

 

 人気がなくなった頃合いに、氷の軍師は回廊の窓を見遣り、

 

 

 

「そこに居ますね、()()()殿()

 

 

 

 と、声を投げた。

 戦に逸っていたとしても星を相手に気取られなかったその隠形。無論奏鳴には感知することは出来なかったが、それでも己に侍っていることぐらいは、筋道を立てれば察しのつくことだった。

 

「ういうい」

 

 窓の外、その樹木の合間にふいに気配が浮いて出た。

 無論、こんなふざけた掛け声とともに登場するのが義経であろうはずも、まして実は土方が生存していたというはずもない。

 枝葉の狭間に現れたのは、大胆に過ぎるほどに異様に来崩して肌蹴た装束とネコのごとき雰囲気をまとった、日に焼けた痩躯の娘である。

 

「呼んだでござるか?」

 彼女が個人的な契約のもとに抱え込む、星はおろか主君公孫賛でさえ把握していない天の御遣いであった。

 

「いかな星殿と言っても、五百では心許ない。陰助をお願いします」

「えーっ、まさかあのコ、あの大軍の中に突っ込む気でござるか! しかも勝つつもりと?」

「趙子竜は今こそ気を張り詰めていますが、元来は享楽主義者の自由人、放蕩児。つまりは貴女と似たような人間です。よって誇りのため命を擲つようなことはしますまい。生きたままに成果を挙げるために征ったのでしょう」

 

 まるで草木の観察結果のように淡々と言った奏鳴は、懐よりいくらかの金子を抜き取って窓の外へと放り投げた。

「お駄賃です。終わったら彼女と酒でも酌み交わすなり遊びに行くなりしてください。陰気な小娘と謀事を重ねるより、気が合う者同士で連む方が浮世の憂さも晴れましょう」

 音もなく葉陰に呑まれていく。「わーい」と童子じみた声とともに、喜びの声があがる。せっかくのシノビの隠れ身の術とやらも形無しであろう。

 

 だがそんな彼女が、死んだゆえか元よりか、独特の死生観を持っていることを奏鳴は知っている。

 彼女の独自色の濃い言語を一般的な言い回しに調整して曰く。

 

 一度死したこの魂は、いずれどこぞに流れ着く木っ葉のごときもの。今はたまさか、どこぞの枝に引っかかったのみのもの。また風が吹けば去っていく。

 

 むろんそれは、折悪ければ見限られる、と捉えることもできよう。

 だが奏鳴にしてみれば、そうした確固たる根幹があればこそ、ともすれば現主君らよりも高く買いもする。

 チャランポランに見えて、よも戦時においては裏切るまいと信じている。

 

 だが、彼女の姿は前触れもなく消えた。片時とて注意を抜いていないにも関わらず、去っていた機がまったくつかめないままに。

 

 

 だが、と奏鳴は完全に人気の絶えた道半ばにて、ふと天井を見上げて胸中で呟く。

 

 ――果たして戦うたとて、勝ったとて、万一の僥倖重なり曹公討てたとて……それは、天下のためになり得るのであろうか……?

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