恋姫星霜譚   作:大島海峡

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曹操(七):青釭の剣(後)(★)

 ――どうして、こうなのだろう。

 

 馬蹄が跡と臭いとを濃く残す土の上に膝を突いたまま、柳琳はぼんやりと思った。

 敵はまさしく神速にてこの場を去っていった。

 それを率いる敵将は曹操軍きっての機動部隊である虎豹騎を単騎で屠り、しかも返り血さえ浴びぬ始末であった。

 

 強かった。怖ろしかった。そして……美しかった。

 

 舞うがごとく翔ぶがごとくに手綱を操り穂先を切り、みずから身内を刺殺されるその姿は、例えるならば大輪の一花だ。自身が生まれついて持ち合わせた天稟を如何なく咲かせ、そこに何一つ気後れすることも恥じることもしない。奢りによって武辺を曇らせることも、かと言って卑下することもなく自負が身の丈に充溢している。

 

 対して自分はどうだ。

 覇王の血筋として地位を与えられ、兵に護られ、功を部下より奪い、剣は譲り受け、敵には情けを施されて生殺与奪の権を握られる。

 

 ――どうして、こうも違うのだろう。

 

 同じ将として、この乱世に生まれ落ちておきながら、彼女と、自分とでは。

 悔しく思う。土を毟り、歯を食いしばる

 

 ――剣を捨てろ、武から身を退け、『お嬢さん』……お主のような者は、戦場に立つべきではない

 ――それを振れば、児戯では済まなくなるぞ

 

 だがそれでも、彼女の忠告が彼女に立ち上がることさえ許さなかった。

 

 ~~~

 

 変事、生ず。

 その金色の髪を持つ若者は、傍目には虫も殺せそうにない好青年に見えるが、それでも歴戦の士であり、その経験と本能が火急の報せに先んじて事情を掴むことに成功していた。

 

「御免っ」

 

 天を衝くがごとく伸びあがった兜を小脇に抱え、音声を発して足早に彼が乗り込んだのは、すでに兵備が整えられた自陣ではなく、隣接する営舎である。

 本来であれば前線の人である若武者が後詰めに回されているのは、この部隊の、厳密に言えばその指揮官にあてがわれた男の介助のためだと言っても良い。

 

 そして現に、その舎に寄るほどに酒気は強くなっていく。

 外に放りだされるように転がるのは、西域より取り寄せたる葡萄酒、あるいは麦や蜂蜜を発酵させた彼の世界の酒造法の模造品である。

 

「彼は未だ?」

 その番、というかお守り役をしている兵に尋ねる。

「えぇ、相変わらずです。よく分からない繰り言ばかり、酒浸り。飲むが愚痴るかにしか口を使ってませんよ」

 

 若い番兵は辟易したように答えた。

 自分たちの指揮者よりもむしろ、それを甲斐甲斐しく世話するこの美丈夫にこそ、彼らは親しみと尊崇の念を覚えているようだった。

 

 だが、このまま呑ませ、呑まれているのを看過することはできない。

 せめて一言なりとも告げねばならぬと、若武者は場酔いしてしまいそうな幕内に踊り込んだ。

 

 そこで、独りの男が痛飲している。

 かつては整えられていたであろう口鬚を酒に浸し、酩酊からくる錯覚のためか、寒がるがごとく上体は小刻みに揺れて、羽織った毛皮にくるまって俯く。

 

「ひどい悪夢を見たんだ」

 

 と、例の繰り言。

 

「皆死んだ後の話だ。旗は焼かれ、兵も、『狼』も、家族も殺された。そしておれは、おれ自身の骸は、首を自分の『狼』(グレイウィンド)のものに挿げ替えられて、馬で引き立てられて、裏切者どもは囃し立てる。『北の王のお通りだ!』って……でも、今こうして酒を浴びているの人間の顔だ。おかしな話だ。どっちが現実だ? どこまでが悪夢だ?」

「……そうだな、お互いに妙な因果ではある」

 

 不得要領に、だが誠心を込めて青年は幾度となく聞いた話に根気強く頷き返した。

 

「ひとつ確かな現実は、我が軍で異変が起こりつつあるということだ。曹純殿が危険に晒され、敵は深くに斬り込んでいると思われる。これを即座に押し返さなければ、敵の挟撃を招きかねない。そうでなくとも、被害はいやますばかりだ」

 

 その茶髪の異人は答えない。深く酩酊の息を吐き、頭を大きく左右に往復させるばかりである。

 

「某は打って出るゆえ、あとのことはお頼みいたす」

 

 言うだけのことは言ったので踵を返した矢先、

 

「……そうやって感情や目先のことだけに気取られているから、足下を掬われる」

 と、『北の王』は夢現のこと以外のことを口にした。

「君もまた、そうやってこの夢に来たんじゃないのか……長政(ナガマサ)

 

 目は未だ、此方を向かず。

 されども聞く耳は絶えず持っていた。少なくとも、浅井(あざい)備前守(びぜんのかみ)長政なる名を覚えてもらえる程度には。

 

「……然に非ず」

 男の懐疑の詰問に、長政はさっぱり笑って否定を言った。

「むしろその逆だ。某は、きっと迷ったがゆえにここにいる」

 

 最後の戦、居城に籠っての、勝ち目のない戦。

 せめて愛する者たちは、付き添ってくれた家臣の命だけでも守ろうと、命を擲って怪物に挑んだ。それ以外に望むべき何物も、己の内にはなかった。

 

 だが抗い続け、槍を振るうその最中に、想ってしまった。

 愛する者の顔を。自分が死んだ後の彼女の安否を。

 

 ――そして、共に生きたいと願ってしまった。

 しかし魔王は……義兄はその一瞬の停滞を、逡巡を、翻意を赦さなかった。

 そして今、その未練こそがここに立たせている。

 

「某はもう迷わない。少なくても、戦場に在ってはそうありたいと願ってこの槍を振るう」

 

 そう言い切った長政に、『王』は言った。

 

「それでも、待っていた方が良い」

 と。

 

 足を止めて完全に彼の方を顧みた長政に、続ける。

 

「ここからは兵の動きがよく見える。味方の兵は蹴散らされているように見えて、皆本営に移りつつある。あの『女王』は、散兵だろうと死兵だろうと、必ず自分を狙いに向かって集中することを知っている。迎え撃つ準備を進めている。君はそのお呼びがかかるのを待つか、でなければ攻めきれなかった敵の側背を攻撃するべきだ」

 

 官位においては未だ名誉職しか持ちえない少女をあえて『女王』と呼称しつつ、彼はそう指摘と忠告をした。

 あらためて陣中を見直せばなるほど、丘陵に配されたここ、解放された営舎よりは、座して眼下の動きが手にとるように分かる絶好の場所となっていた。

 

 やはり御仁もひとかどの士。それも、酔い潰れていても戦機を掴むのに長けた戦巧者であると見た。

 

「……感謝する」

 本心より、長政は謝礼を述べた。

「されば、その忠告に従って貴殿の分まで働いてみよう。それまで、酔いを醒ましていてくれ」

 

 ~~~

 

 城壁から、趙雲の少数精鋭の部隊が白昼斬り込み、快進撃を続けるさまがよく見えた。

 趙旗が風を切り、その尾には常に血煙が立つ。

 

 その鮮やかさに喝采の声をあげる兵は、すぐさま白蓮を見て進言した。

「我らもすぐさま打って出て、内外より挟撃いたしましょう!」

「駄目だ!」

 それに対して、白蓮はすぐさま否定を入れた。

「諸葛亮からはここを堅守しろと言われている! 何があろうともその指示を反故にするわけにはいかない!」

 冷水を浴びせられたがごとく、面食らっていた彼らではあったが、やがてその眼差しは守将公孫賛への疑念と軽侮へと遷っていった。

 

 ――そうして余所の軍師の、それも遠く時と場の離れたうえの言に唯々諾々と手駒になるのか。

 ――自分を見限って手勢五百がために、居残った兵を出し惜しんでいるのか。

 ――いや、あるいは趙雲殿に嫉妬し、見殺しにせんとする腹積もりであろうよ。

 

 などと言いたげに囁き合い、聞こえよがしの声量と間合いで放つ者もいた。

 白蓮がそれに強く否定しなかったのは、もはや彼女にさえも、この選択の是非や、公私いずれから来たものなのか、判別がつけかねたからでもあった。

 

 ゆえに、佐将の厳綱(げんこう)などは痺れを切らしていきり立つや、怒号気味に発声した。

「されば我らのみでも出撃いたす! 妹姫さま、参りましょうぞ!」

「え、えぇと……姉さんが、良いのなら」

「姉君は臆病風に吹かれておられる!」

 

 などと拉致気味に公孫越を代将として擁立するや、兵たちとともに門を開け放って出撃していった。

 側に残ったのは、奏鳴のみであった。常と変わらぬ様子で、だが毒舌を口にすることさえ無意味といった調子で直立する彼女に、心許なさげな眼差しを投げかける。

 氷の視線に、否定の色は浮かんでいない。おそらくは公孫賛の意見こそが道理であろうとは踏んでいるらしいが、どちらに肩入れするような熱意もすでに喪っているようだった。

 

 ――敵将には、曹操、お前には……

 そんな愚かで卑弱なおのれの姿は、どう見えているのだろうか。

 

 ~~~

 

「敵軍、三陣まで突破ぁ!」

「程なくして、こちらに向かってきますっ」

「なお、曹純様は道中で解放された模様っ。ご無事が確認できました!」

 

 その報せにも、覇王は、曹孟徳は動じず。

 ただ低い声で、

「『絶』を」

 と、手をかざしつつ自らの愛器を要求したのみである。

 むしろ青ざめていたのは日ごろ智を絞る軍師衆であった。

 

「……狼藉者をここまで誘い込むのは策の通り。しかしながら、万一のことがあっては……どうかこの場は影武者にお任せになって、本隊とともに後退を」

 

 その中でも比較的マシな顔色をしている桂花が持て余し気味に鎌を捧げ持ちながら献言する。

 

「あれは、趙雲よ」

 華琳は答えた。その呟きの意を、『子房』は掴みかねるようであった。

 無理もない。理外の領分である。武人にしか分かり得ぬ。

 

「小手先の偽装なんて瞬時に看破して、猛追を仕掛けてくるでしょうね」

 それこそ、雀蜂がごとくに、一度敵と認識したものは徹底的に追い回す。そして殺す。

「あとどこぞの名族殿の申し状ではないけれど……天下を相手にしたこの緒戦、どうしてこの程度のことで取り繕って逃げようか」

 

 その言霊の威を恐れてか、桂花はそれ以上食い下がらなかった。だが、自身も退かない。愛する君がそう決めた以上、おのれもまたそれに殉じ、心中も辞さぬ覚悟なのだろう。

 

(とはいえ)

 小柄な背を反らして鷹眼を眇め、地平の先に現れた五百騎を視る。

(全然減ってないじゃない)

 ぼやいた瞬間、荀彧の号令とともに、左右に配した伏兵の横矢が飛んだ。

 速い。それに間も空いている。

 あわれその矢も射手も、蛇行する趙雲の穂先の好餌となった。

 

 勝てる故の、身命の吝嗇。ここまで自軍の何者にも敵わなかったという事実の誤認。実像以上の恐怖。

 それが牽制といえ、伏兵の効果を半減させていた。

 

 ――死ぬか。

 ――ここで死ぬるか、曹孟徳。

 愛鎌『絶』を握りしめたその手は固い。

 

 自身も武芸に心得はある。

 だがそれをして、今の最高の状態の趙雲を相手にしては、数合が限度か。

 

 ついに自身とその刺客を隔てるものが無くなった。

 さらに馬脚を速め、趙雲が吶喊してくる。

 その意気に応じて華琳もまた、桂花を庇って突き飛ばし、腰をひねって一騎打ちに応じた。

 

 ――その、刹那。

 曹孟徳の時間は、視界は、緩慢で冷え冷えとしたものとなった。

 

 自身とよく似た髪色がたなびく。華奢な影が、自分と趙雲の合間に割って入った。

 駿馬にまたがり、趙雲に向けて剣を振り抜く。

 互いの武器が擦れ合うことなく交差し、青白い剣閃は趙雲の頬を撫で、代わり豪槍は娘の腹部を貫通した。

 

「…………柳琳っ!!」

 悲鳴の混じるその声で、華琳は少女の真名を呼んだのは、彼女の手から手綱がすり抜け、落馬した後だった。

 

 ~~~

 

(馬鹿な)

 星は驚いた。この介入は、この殺傷は、彼女の目論見の内にはなかったことだ。

 すっかり気萎えし、ともすればそのまま武の志を棄てるものと思っていた可憐な少女が、まさか文字通り刃向かってくるとは。

 

 だが、衝撃はそれのみに終わらなかった。

「なっ」

 愕然とし、また呆れた。

 

「趙雲殿をお助けせよーッ!」

「皆の者、趙雲将軍に続けぇ!」

 城方が出撃してきた。

 そして瞬く間に、敵味方入り混じる大戦となってしまった。

 

(莫迦が)

 胸中で言い直した。そも正攻法で容易に勝てるようなら、かくも無茶などするものか。

 乱戦になれば、それこそ総大将の首など遠のくではないか。今この場で勝利を得ても、立て直した曹操軍に勝てるものか。曹操の首のみが、唯一の勝機であったのに。

 

 出てきたのは公孫越のようだったが、そんな判断もつかぬほどに、公孫賛の将器は衰えてしまったのか。田豫は何も言わなかったのか。

 

 自分のものではない、友軍の優勢に浮かれた程度の士気と軽率さで、精鋭相手に勝てる道理などあろうはずもない。

 たちまち各方面が押し返された。厳綱が曹仁に真正面から挑んで討たれたという報がもたらされた。公孫越のこめかみが夏侯淵に打ち抜かれたのを見た。

 

(だがまだ終わりではない)

 現にまだ影に潜んでいたかの刃が、さすがに身内の致命傷に狼狽する悪鬼の背に……が、これも防がれた。飛来してきた、円錐の鉄器によって。

 それが槍だと気づくのには、その形状ゆえに遅れた。

 

「攻めよ!」

 透き通った号令の下、趙雲の決死隊にも負けずとも劣らぬ騎兵隊が躍り込み、あえて戦場をより混沌へと引っ掻き回す。

 先頭を指揮する若き騎将はみずから投げたと思しきその槍を抜き、溌剌とその武勇を発揮していた。そしてその勇猛ぶりを機として、旗色は曹操軍への傾きが強くなっている。

 

 その者とあえて撃ち合いたい衝動に駆られたが、すでに自分たちと曹操との間には敵味方の分厚い壁が出来上がっていた。仕損じた以上は、とにもかくにもこの場より離脱せねばならなかった。

 

 中空より転がり落ちてきたかの援助者に、星は手を差しのべた。

 

「すまぬな、ここまで付き合わせたが、これ以上は難しい……あぁ、ええと?」

鈴女(すずめ)でござる。まぁお仕事なんで気にしないで欲しいでござるよ。周りグッチャグチャのグッダグダでござるが」

 

 彼女の言葉遣いはおそらくは天の御遣いにしても、とりわけ軽妙にして奇異なるものではあったが、しかしてこの状況を良く表している。

 

「……そのようだな」

 遠くに城を棄てて離脱していく公孫の旗を、星は冷ややかに見た。総大将としては、すでに支えきれぬ城を出て身の安全を図るが妥当であろう。間違ってはいない判断だが、鼻についた。

 

 もはやこのような混戦、美しいとは言えぬ。それを自覚した時、一気にやる気が削がれた。

 いったい何のための戦だろうか、これは。

 

「詫びといってはなんだが、乗っていくか?」

「おぉー、そのてばさきとうまのアイノコみたいなの、一度またがってみたかったでござる」

「てば……? まぁ良いか、そらっ」

 

 細いが確かな天賦と修練を感じさせる手を取り、鞍に乗せながらも、星は最後に斃れ伏す少女を見た。

 腹を穿たれ、落馬の後も決して土方の遺刀を手放すことはなかった。そして振るった刃は、寸毫の間なれど確かに趙子竜の肌に達したのだった。

 

「……認めよう」

 薄く裂かれた傷口を親指で撫でつつ、静かに星は言って馬首を返す。

 

 他は知らず、何時と知らず。

 今この一時だけは確かに、かの名刀は曹純の握るべきものであった。

 

 ~~~

 

 日が傾く頃には、はや体勢は決していた。

 だが華琳は城へとは入らず、戸板に寝かせられた従妹の手を握りしめていた。

 趙子竜の突き出した槍は、おそらくは彼女でも意図せず柳琳の腸をえぐり抜いた。懸命に軍医が応急手当をしたが、血が流れ過ぎた。もはや、巻き返して回復できる余地などないことは、知識の有無にかかわらず誰の目にも明白であった。

 

「いやー、危なかったっすけど、なんとかな…………え…………」

 

 戦を切り上げて帰ってきた華侖が、その二人の姿を目の当たりにして立ちすくんだ。

 天真爛漫な少女とは思えぬ声と、取りこぼした剣の金属音が、華琳には我が身を引き裂くようだった。とても、顔を顧みることはできず、白皙よりさらに血の抜けていく柳琳の姿を見た。

 

「お姉様、わた、し……お役に……」

「……えぇ、貴女に助けられた」

 

 ――まったくではないにせよ、犬死であろう、と怜悧な指摘が内より響く。

 数合さえ耐えればよかった。疎通していない趙雲の独断行動に吊られて城兵が吊り出せるのも予想の範疇だったし、現に浅井長政が横槍を入れてくれた。

 

「でも、馬鹿よ……あんな無茶、貴女らしくないじゃない」

「そう、ですね……」

 

 愛すべき少女の、終わりが近づく。

 虎豹騎の面々が声をあげてむせび泣き、栄華が人形を抱きすくめたまま崩れ落ち、秋蘭が肩を落として見守り、華琳以外はどうでも良いという態度を取る桂花でさえ、痛ましげに目を伏せていた。

 外様の長政や臧覇でさえ、重々しく瞑目している。

 

「柳琳……うそ、っすよね、こんなの」

 ただひとり、そうつぶやく華侖の顔だけが、華琳にはどうしても見返すことができなかった。

 

「それでも、目に見える形で……役に立ちたかった。お姉様たちや姉さんのように、堂々と……曹一門として、武を」

「もういい……もう良いから……」

 

 ――違う。

 曹子和に求めていたのはそうではない。そんな武勇など、たかが知れている。これからの戦、剣を振るって敵兵の首を刈る時代は終わる。司馬懿の言う通り、戦略戦術と兵の練度の応酬となる。

 

 何故分からない。分かってくれなかった。

 その変遷の時期において、己が身に委ねられるべき役割を、その晩成の将器の重みを。

 

 ――そしてどうして、愛妹の死に際して、そんな打算ばかりで素直に悲しむことができないのか。

 

「ねえ、さん……どうかお姉様を……きっと……」

 

 駆け寄り、逆の手を握りしめた姉に贈る言葉。それは、不安から来る願いだったのか信頼だったのか。

 だが命の残り火を言霊に乗せて発した間際、曹子和の肉体から、なくてはならぬ重みが、すっと抜け落ちていく。

 

 それを掌を通して感じ取った華侖が、狂ったように妹の真名を呼ぶ。

 彼女の慟哭が、華琳の鼓膜を刺す。それをぐっとこらえるように奥歯を噛みしめて耐えながら、ぬくもりが消えていくまで、柳琳の細やかな手の甲に顔を押し当てていた。

 

 曹純、字を子和。真名を柳琳。

 曹一門にあってもっとも清純な魂を融かした夕陽は、山の向こうへと沈んでいく。

 そして、一寸の先の見通せないほどの深い闇が訪れた。

 

 

 

【曹純/柳琳/恋姫……戦死】

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