新機動戦記ガンダムW~scarred Leo-   作:元ゴリラ

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TIPS
トワリ
13歳。バルベルデ出身。赤毛をお下げにした女の子。
“ロワゾ・ブルー”の構成員であり、記憶を失う前のレイナ同様暗部のような仕事を請け負っていた。
バルベルデで行われていた人体実験の被験者で、超人的な身体能力と非人道的な実験の数々を受けて心を磨耗していたが、ネメア・ノーリに救われる。
以後、政府の難民救済機関に預けられたがそこは“ロワゾ・ブルー”の息がかかった組織であり、トワリはシフル・ヴェルヌに兵器として見出される。


トワリ

 真っ暗なコクピットの中は卵か、或いは心臓のように窮屈だった。卵。命の生まれる場所。心臓。命を生かす場所。その中でネメアは、呆然としている。焦点は合わず、ただただレバーを握りながら座り込んでいた。額には汗が滲み出ており、シャワーを浴びたばかりの白い肌は既に、びっしょりと濡れている。

 しかし、それを気持ち悪いと思うこともできない。そんな余裕はないネメアは必死に、自我を保とうとしていた。心なしか、息遣いも荒い。

 

「何よ……これ……」

 

 ネメアの脳裏に突如浮かんだヴィジョン。血まみれに横たわるエリザ。まるで実態を伴っているかのように、視界を埋め尽くす赤色。

 

「エリザ!?」

 

 思わず、駆け寄ろうとする。だけど、現実のネメアはガンダムの中にいる。シートベルトが、駆けるのを許さない。そこではじめて、今の映像が現実ではないとネメアは気付き……まだ脳裏にこびりつくそれを振り払うように首を振る。

 

「何、今の……」

 

 このガンダム……ガンダムレギュラスが、今の映像を見せているのだろうか。だとしたら、何のために。

 

「違う……私は、エリザを助けなきゃ」

 

 レバーを引き、ガンダムを動かす。ゆっくりと、ガンダムレギュラスがエレベーターを上っていく。その間にも、ネメアの脳裏には様々な映像がガンダムを通して映し出された。

 身体を真っ二つに引き裂かれたエリザ。違う!

 銃弾に額を貫かれたエリザ。ダメ!

 モビルスーツの足に踏み潰されるエリザ。やめて!

 ナイフを胸に深々と刺され、倒れこむエリザ。どうして!

 ビームに焼かれ、遺体も残らなかったエリザ。嫌だ!

 暴行されて、その果てに息絶えるエリザ。私の家族に、触れるな!

 

「何を見せているの……どうして、こんなものを見せるの?」

 

 悪夢のような光景を振り払いながら、ガンダムは陽の光を受けて白い装甲が照らされる。しかし、コクピットのモニタは紫外線と一緒に過剰な光を弾いているらしく、ネメアに光までは伝わらない。

 

「エリザを……エリザを奪うものは……」

 

 ガンダムの中に搭載されている、レオシステムがネメアに情報を送り込む。エリザを殺すもの。エリザに訪れようとしている危機。その根底にあるものは。

 

「レイナ……?」

 

 レイナを殺せ。ガンダムが告げる。レイナを生かしておけば、お前はまた大事なものを失うと。

 

「私は……私が、レイナを……?」

 

 レイナを殺す。そうすればエリザは助かる。レイナを生かしておけば、ネメアはまた家族を失う。

 

「私の敵……私の敵は、私の自由を奪うもの」

 

 レイナを殺せば、ネメアは自由になれる。自由を得るために、レイナを殺す。

 

「レイナを……殺す……」

 

 ガンダムが、レギュラスが、レオシステムが、ネメアに告げる。レイナを殺してエリザを守れと。そうすれば、エリザは助かると。声が響いた。その声はどこか姉スピンのようにも、父オルトのようにも聞こえる。声の主が誰かはわからないが、ただネメアの脳に直接その声は響いていた。レイナを殺せと。

 

 殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。

——そうすれば、エリザを助けられる?

 殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。

——そうすれば、復讐を果たせる?

 殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。

——そうすれば、パパは喜んでくれる?

 殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。

——そうすれば、あの頃の幸せを取り戻せる?

 殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。

——そうすれば、わたしはあの子を殺さずに済む?

 殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。

——そうすれば、ほんとうのしあわせは手に入る?

 殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。

——そうすれば、青い鳥はどこにも飛び立たない?

 殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。

——そうすれば、宇宙の心が見えるの?

 殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。

——そうすれば、レイナとずっと一緒にいられる?

 殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。

——そうすれば、わたしは自由になれるの?

 殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。

——そうすれば……。

 殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。

——そうすれば…………。

 殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。

——そうすれば………………。

 殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。

——そうすれば……………………。

 殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。

——そうすれば…………………………。

 殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。

——そうすれば………………………………。

 殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。

——そうすれば……………………………………。

 殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。

——そうすれば……………………………………?

 殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。

——……………………。

 殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。

——……………………?

 殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。

——……………………!

 殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。

——…………………っ!

 殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。

——………………………れ。

 殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。

——……………………れっ。

 殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。

——……………………れっ!

 殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。

——……………………れっ!?

 殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。

——……………………まれっ!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「————黙れっ!?」

 

 ネメアの叫びと共に、「殺せ」という声はピタリと止んだ。まるで、その言葉を待っていたかのように。

 

「私は……エリザを助ける。だけど、その方法は私が決める!」

 

 ネメアの叫びは、もはや絶叫とでも言った方が正しい響きだった。それに答えるものはない。ただ、静寂だけが暗くて狭いコクピットの中に響いている。しかし、たしかに聞いているものがいる。そう、ネメアは確信していた。

 

「私を支配できると思うな……レギュラス! このコクピットは、私の世界だ!」

 

 狭い世界の中で、ネメアは叫ぶ。

 

「私はお前の心臓だ……私がお前の意志だ! 私の望む……未来を手に入れるために……大切なものを守るために……失った全てを、取り戻すために!」

 

「お前の力を、私に貸せ!」

 

 その声に、応えるように。レギュラスはその瞳を輝かせる。

 コクピットのディスプレイモニタに、膨大な情報が表示される。ネメアは、それらの情報を一瞬に頭の中に入れていく。

 普段の自分なら、絶対に途中で混乱してしまうような情報量だ。しかし、それをネメアはすんなりと受け入れて、理解して、取捨選択していく。それを一通り終えるのに、そう時間はかからなかった。いや、ほぼ一瞬と言っていいだろう。まるで、レイナのように。しかし、レイナとゼロシステムとは決定的に違う。

 どうすればいいのかは、自分で決めろ。レギュラスは、そう言っている。いや、ネメアが言い聞かせた。その通りに、レギュラスは情報だけをネメアに渡し続ける。

 レオシステム。それがどういうものなのかも、ネメアは既に理解していた。

 このシステムは、パイロットの恐れるものを見せるシステムだ。恐れや迷い。戦士を死に至らしめる全て。レオシステムはそれを増幅させる。そして、恐怖に、迷いに、躊躇いに、屈したものを喰らう。獅子の心臓であると同時に、口の中。

 しかし、ネメアは屈しなかった。逆に獰猛な獅子を手懐けた。

 獅子すらもねじ伏せ、従える。獅子の女王。

 純粋な戦士にのみ与えられる称号。

 このガンダムは……ガンダムレギュラスは、そんな純粋な戦士のために在る機体。

 

「……任務、了解!」

 

 ネメアがレバーを引くと、レギュラスの背中に装備された高機動型バックパック……天使のような、あるいは白鳥のような四枚羽根の翼が本物の翼のように羽ばたきはじめる。ネメアはそこで、はじめてレギュラスの外観に気づいた。

 シンプルな見た目……見たことのあるガンダムタイプは全て、特徴的な外見をしていたが、格納庫で見たレギュラスはそういった特徴のない、極めて無骨な印象の機体だった。まるでガンダムタイプにとってのリーオー。そんな風に感じていた。

 そしてそのリーオーと同じ名前を持つガンダムは今、天使の羽根と騎士のようなランス、そして大きなシールドを装備している。その姿はどこか、クリスマスイブの激戦で戦っていた白い翼のガンダムを思わせる。

 白い羽根は、どこまでも自由に羽ばたいていけるような気持ちになる。

 槍は、どんな強い敵とも戦える力強さを感じる。

 大きな盾は、大切なものを守り抜く意志を感じる。

 

「レギュラス……あんたは……」

 

 まるで、ネメアの理想とする姿。

 望む姿になれる。望んだ力を得られる。それが、獅子の心臓。

 そして、絶望によって支配される希望……己が無意識に定めてしまった限界すらも打ち破る力。

 自由の翼を広げて、獅子は飛び立つ。大切なものを取り戻し、守るために。今度こそ、失わないために。

 

「待ってて、エリザ……レイナ!」

 

 今のネメアには、はっきりと見えていた。ネメアの倒すべき敵が。

 飛翔し、翼をはためかせると、今まで感じたことのない速度がネメアを襲う。高速戦闘機以上の速度を出すエアリーズよりも、さらに速い。もしかしたら、噂に聞いたことがあるトールギスに迫るのではないだろうか。しかし、飛翔し羽ばたく……鳥のように飛ぶことで、体感する重力加速度を低減させているのだろうか。或いはレオシステムにそういう仕組みがあるのだろうか。めまいひとつ起こすことなく、ネメアは飛ぶ。そして、それはすぐに見えた。

 

「スカード……エリザ!」

 

 スカード・リーオー。ネメアの愛機。それとパリで戦った青いウイングガンダム。

 他にも黒い、巨大なバックパックを搭載したモビルスーツが複数のトーラスに追い詰められている。レオは、スカードとその黒い機体を味方と識別している。ならば、やることはひとつ。

 レギュラスの右手に握られている槍を、レギュラスは空から投擲する。それはまるで、天上から罪人に裁きを下す執行者のようでもあった。その槍がどのような性質を持つのか、ネメアは既に理解している。

 槍は、ウイングガンダムの肩を掠め、右のウイングバインダーを貫いた。そして勢いを殺さずに固まっていたトーラスをまとめて串刺しにする。モビルドールですら、対応できない速度。そして、貫かれたトーラスは瞬く間に機能を停止し爆発する。動力部を狙って投げた。そうでなくては困る。

 ヒートランス。東洋のさる国で研究されていた高濃度セラミック合金……その国で「麒麟」と呼ばれていたものを使用した長槍。その先端部は高熱を発し、触れるものを融解する。しかし何よりも、その硬く、鋭い合金はガンダニュウムすら貫くことが可能。それを上空から投げることで、加速度をつけた。これは、レギュラスのスペックを把握したネメアにとって当然の結果だった。

 レギュラスはスカードの前に降り立ち、ヒートランスを拾う。

 

「…………エリザ」

 

 まずは、無事を確認しなければ。ネメアは通信の周波数をスカードの、使い慣れた周波数に合わせる。中から、よく知る声が聞こえてきた。

 

「ネメア……お嬢様?」

 

 エリザは生きていた。そのことに安堵しつつ、ネメアは言葉を続ける。

 

「私が弱いせいで、ごめんなさい」

 

「いいえ、私こそ……勝手にアイアスとスカードを持ち出して……」

 

「エリザが生きてくれてるなら、それでいいの」

 

 そう。それでいい。レギュラスが見せた最悪の未来が実現しなかった。自分の行動で、結果を変えることができた。しかし、まだだ。ネメアは目の前にいる青いガンダムに視線を合わせる。モニタのレオシステムは、青いガンダム……“スターダスト”を『危険』と判断していた。

 槍を構えたまま、レギュラスは……ネメアは青いガンダム……トワリへと歩いていく。

 

「お姉ちゃん……来てくれたんだ!」

 

 それに対して、ネメアは無言。

 

「ねえ、お姉ちゃん。私ね、ずっと寂しかったんだよ。お姉ちゃんが来てくれるって、迎えに来てくれるって信じてたんだよ? でも全然来ないから、こっちから迎えに行こうって……そしたら、お姉ちゃんの隣にはあいつが……レイナがいるの。ねえ、おかしいよね! そこは私の席じゃなかったの!?」

 

 女の子の金切り声が、ネメアの耳に響く。その声を聞き取る自分の脳をレオシステムは解析し……解を出す。

 

「…………ああ、あなただったのね」

 

 ネメアの記憶の中に、たしかにその少女はいた。

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

 トワリが、ネメア・ノーリと出会ったのはまだ10歳にも満たない子供の頃だった。バルベルデの公共福祉施設。表向き親を失った子供を保護し生活する宗教法人であり、その裏では子供たちを使った危険な薬物実験と、「共喰い」と揶揄される実験体……つまり子供たち同士を使用した殺し合い形式の実戦訓練を繰り返す組織。使えない子供はまた別の非合法な組織……例えば違法薬物の研究や、キッズポルノの斡旋会社。最悪の場合食肉加工工場。一部の好事家の間では、子供の肉は高値で取引されていたらしい。そういった場所に売り飛ばす組織。そこはバルベルデ政府の資金源であり、そしてそれらの非人道行為によって自国を戦場にしてしまった国。

 トワリはその、実験動物の中で極めて優秀な子供だった。

 そうでなければ、殺されるから。

 たとえ今が死ぬよりも辛い地獄でも、死ぬのだけは嫌だった。そんな本能のまま殺して、殺して、殺して、殺し続けていた。それがトワリの日常だった。

 実験の時以外は部屋から一歩も出ることもできず、ベッドで横になっていた……足枷と鎖が、部屋の外へは行かせてくれなかった。

 そんな日々のある日、ネメアはトワリの部屋にやってきた。

 最初は、新しい実験なのかと思った。しかし、いつもの先生ではなく、見たことのない女の人……お姉さんが、銃を持って部屋に入ってきた時最初にかけてくれた言葉を、トワリは今でも覚えている。

 

「助けにきたわ。もう大丈夫よ」

 

 それからほどなくして施設は連合軍に占拠され、そこにいた科学者達は全員逮捕。そして生き残っていた子供達も保護された。

 トワリも、そのひとりだった。

 軍人のお姉さんは、ネメアと言った。ネメアは、トワリのことを保護期間中もなにかと気にかけてくれて……連合軍の拠点施設の中を案内してくれたり、トワリの知らないお話を教えてくれたり……。それと、アイスクリームを買ってくれた。

 

「いいの?」

 

 アイスクリーム。それはトワリにとって味の想像がまるでできない未知の食べ物だった。お金のある人が買って食べているのを見たことはある。しかし、それが腹の足しになるとは思えない。だから盗むならパンか、果物だった。アイスクリームのような嗜好品は、少なくともトワリとは住む世界の違う食べ物だった。

 

「勿論、お姉ちゃんが奢ってあげる」

 

 そう言って、ウインクしてくれたのを忘れもしない。受け取って、おそるおそる食べてみる。すると、最初は冷たくて……痛かった。

 

「っ!?」

 

「大丈夫? ゆっくり、たべてごらん」

 

 ゆっくり。そう言われた通りにもう一度、口に運ぶ。冷たくて、口の中で……体温で溶けていくと仄かに甘みを感じる。

 それは、盗んだフルーツの甘みとは違った。フルーツの酸っぱさ混じりの甘みではなく、甘さが前に出た甘み。

 そんな食べ物を、トワリは知らなかった。

 

「…………!」

 

 目を輝かせて、お姉ちゃん……ネメアの方を見る。

 

「おいしい?」

 

「うん……!」

 

 何度も、何度も頷いた。そのくらいしか、トワリには感情を伝える手段がなかったから。

 トワリは、それまで読み書きができなかった。当然、計算も。お姉ちゃん……ネメアはアルファベットと数字が書かれた紙をくれた。そして、簡単な読み書きと、足し引きを教えてくれた。

 

「私の名前は、ネメア」

 

「ネ、メア……?」

 

「うん。パパがね、つけてくれたの。立派な、伝説のライオンの名前なんだって」

 

「伝説……って?」

 

「うん。あなたの名前は?」

 

「わ、たしは……トワリ」

 

「トワリ。いい名前ね」

 

 いい名前。なのだろうか。少なくともトワリには、いい名前と悪い名前を区別する知識も経験もなかったから、実感はなかった。だけど、お姉ちゃんが……ネメアがそう言って笑うのだから、そうなのだろう。とその時トワリは思った。

 

 それから3日後、トワリは軍から政府の難民救済施設に引き渡されることになった。つまり、トワリとネメアにも別れが訪れた。

 

「じゃあ、元気でね」

 

 最後の時もネメアは、そう言って笑ってくれた。

 

「ま……た、会える……?」

 

「……うん。トワリが、素敵な女の子になったらまた会いましょう」

 

 そう言って、ネメアはお人形をくれた。童話に出てくる、お姫様と小人のお人形だというのは後から知った。

 そして、トワリは施設でシフル・ヴェルヌと出会い……バルベルデの研究所での成果物として歓迎された。何よりも、他の難民と違い簡単な読み書き計算ができたことが、シフルに気に入られた。「モビルスーツのパイロットへ調教していくのに、ちょうどいい」と言っていた。

 

「モビルスーツ……?」

 

 トワリは、そう言っていたシフルに尋ねた。

 

「ええ、あなたを助けてくれたお姉さんが乗ってるのと、と同じ乗り物よ」

 

 シフルはそう、にこやかに答えた。

 

「お姉ちゃんと、おんなじ……」

 

 同じ。お姉ちゃんと。それはトワリにとってとても魅力的な言葉で……シフルに、司祭様についていけばきっといいことがある。そう、思った。

 

「乗りたいでしょう、モビルスーツ」

 

「うん!」

 

 その選択が、トワリにとって第三の地獄の始まりだった。

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

「思い出してくれたんだ、お姉ちゃん……!」

 

 感極まったような、今にも泣きそうなトワリの歓声がネメアに響く。

 

「そうだよ、トワリ。だからもうやめて」

 

 これ以上、大事なものを傷つけるのは。ネメアは、ガンダムレギュラスはヒートランスを構えたまま、トワリとウイングガンダム・スターダストの前に対峙する。

 

「え、どうして?」

 

 しかし、トワリから聴こえたのは不思議そうな声。

 

「どうしてって……」

 

「だって、お姉ちゃんの隣にこんなにたくさんの人がいたら、私がお姉ちゃんの隣にいられないじゃん。だから殺すんだよ、メイドも、スピンも、あいつ……レイナも」

 

 トワリはまるで、当たり前のことを子供に諭すように言う。かつて、ネメアが読み書きをトワリに教えた時のように。

 

「トワリ……!」

 

「……無駄だ、ネメア」

 

 黒いモビルスーツ……トールギス・ファントムが立ち上がり、ビームサーベルの柄を抜いた。その声はネメアにも、聞き覚えがある。いや、忘れもしない。レギュラスが味方と識別したのは、このためか。とネメアは理解する。

 

「お姉様、生きてたの……!?」

 

「……それは後だ。トワリは、“ロワゾ・ブルー”で度重なる投薬と心理コントロールを受けている」

 

「え……?」

 

 つまりそれは、バルベルデでネメアが保護する以前と同じ。そのことに思い至ると同時、レオシステムは膨大な情報をネメアに送り込む。

 バルベルデでの実験データ。最強の兵士を作り出す計画。殺人行為に快感を覚え、強い興奮状態のまま冷徹に作戦を遂行する兵士。

 それを作り出すための計画。トワリはバルベルデでの実験の数少ない生き残りで、政府の難民救済施策でこれからは、人間らしい暮らしができるようになるはずだった。

 それを、“ロワゾ・ブルー”が……シフル・ヴェルヌが歪めて、トワリを戦闘マシーンにした。そして、最強の兵士としてトワリは完成した。

 ゾッとする情報の羅列に、ネメアは取り乱しかける。すると、レオシステムは再びネメアを襲う。

 

 トワリが、エリザを殺す。

 トワリが、スピンを殺す。

 トワリが、レイナを殺す。

 

 そんな光景を脳裏に映し出されながらネメアは必死にそれを振り払い、声を荒げた。

 

「……トワリ! 今すぐお姉ちゃんの言うことを聞いて!」

 

「嫌だ! そうやって、都合のいい時だけお姉ちゃんを演じるお姉ちゃんなんて嫌いだ!」

 

 その言葉と同時、バスターライフルをロング・ビームソードにして“スターダスト”は加速する。

 

「トワリ!?」

 

 レギュラスを庇うように、トールギス・ファントムが前に躍り出た。

 

「お前の相手は私だ。トワリ!」

 

「うるさい! 死に損ないのくせに、どうしてまだ立ってられるのよ!」

 

 ビームサーベルのスイッチを入れ、赤く煌めくビームの刃をトールギスが振るう。しかし、それは“スターダスト”に呆気なく振り払われてしまう。

 

「お姉様!?」

 

「お嬢様!?」

 

 ネメアとエリザが同時に声を上げる。スピンの、苦しそうな呻き声が通信周波数に乗り、2人の耳に聞こえた。

 

「また私が殺してあげるよスピン!」

 

 巨大なビームの刃を、スターダストが振り下ろす。トールギス・ファントムの胴体めがけて。しかし、スーパーバーニアを全力で吹かしてトールギスは一気に加速。“スターダスト”は空を切る。

 

「ぐっ……!?」

 

「あんな無茶な加速……普通死んでるわよ!」

 

 トールギスの加速を目の当たりにし、ネメアが叫ぶ。そこでようやくエリザも、スピンがどれだけ無茶な戦いをしていたのか理解して小さく悲鳴を上げた。

 

「あ、ああ……。長女だからここまで耐えられたが、もう限界らしい……」

 

 聞こえてくる息遣いも荒い。このままではまずい。最悪の思考をすればレオシステムはその可能性でネメアの思考を浸食する。しかし、それに囚われるわけにはいかない。

 

「エリザ、あなたはお姉様をお願い!」

 

「畏まりました」

 

 トールギス・ファントムをかばうように、片腕のスカードが前に出る。

 

「2人して殺してほしいわけ? いいよ、まとめて……」

 

 そう言って“スターダスト”が一歩動き出した時、

 

「やめなさい、トワリ!」

 

 ネメアはレギュラスを走らせる。胸部のマシンキャノンを撃ちながら、“スターダスト”に迫っていく。

 

「お姉ちゃん……どいて!?」

 

 そして、ロング・ビームソードとヒートランスが激しく鍔迫り合った。激しい衝撃が2機を襲い、咄嗟に距離を取る。

 

「どうして、どうしてお姉ちゃんは私のものになってくれないの……? こんな狂った世界で、お姉ちゃんだけが私の希望だったのに」

 

 ロング・ビームソードの放熱限界に刃を閉じ、銃を捨ててシールドからビームサーベルを取り出す“スターダスト”

 

「……世界が狂っているなら、私は自分を信じて戦う」

 

 再び、ヒートランス構え直すレギュラス。

 

「……トワリ、あんたを殺す」

 

 その言葉が、合図だった。二機のガンダムが激しくぶつかり合う。互いにマシンキャノンを撃ちながら、相手の刺客を狙って剣を、槍を振るう。

 

「そんな長槍じゃ、近づかれるとどうしようもないよね!」

 

「どうかな……!」

 

 ヒートランスの柄に光る、2つの鈍い輝きをその瞬間トワリは認めた。そこから、銃撃が雨のように“スターダスト”を打ち付ける。

 

「ッ!? そんなところにマシンガンが……」

 

 ガンダニュウムの装甲すらも破壊するネオ・チタニュウム製の弾丸。それがヒートランスの柄には備えられていた。それを胴体にもろに受けるスターダスト。咄嗟にマシンキャノンを撃ちつけて距離を離す。

 大きな槍の弱点をマシンガンでカバーした、万能兵器。

 

「無駄よトワリ。そのガンダムの装備では、レギュラスに傷をつけることはできない」

 

「うるさい! それなら……!」

 

 バスターライフルの火力で、吹き飛ばす。遠隔操作で、トワリは投げ捨てていたバスターライフルの照準をレギュラスに定めた。しかし、うまく照準が定まらない。

 それでも、多少照準がブレた程度なら火力に巻き込める。

 レギュラスが、一歩動いた。その瞬間、

 

「お姉ちゃんが、私のお姉ちゃんになってくれないなら……死んじゃえ!」

 

 トワリの絶叫と共に、バスターライフルの銃口から光が放たれレギュラスの翼を飲み込んでいく。

 

「お嬢様!?」

 

 エリザの叫びが、トワリの耳に響いた。しかし、トワリはその光を苦虫を噛み潰したように睨みつけていた。

 光の中に呑み込まれたレギュラスが翼を、機体を守るように閉ざす。すると、翼がバスターライフルの高濃度ビームを弾くように拡散していく。プラネイトディフェンサー。電磁シールドが羽根の周辺に展開されているようだった。しかし、いかにプライネイトディフェンサーでも、バスターライフルの最大出力を無傷で受け切れるはずがない。だというのに、レギュラスは……獅子の翼はバスターライフルの熱すらも受け流しているようにトワリの目には見える。

 

「…………嘘、でしょ」

 

 バスターライフルの装弾数は3発。それを、全て使い果たした。それを以ってしてネメアには……レギュラスには傷一つついていない。バスターライフルの熱が収まり、そこには無傷のレギュラスが立っている。

 

「…………トワリ、もうやめなさい」

 

 毅然と、ネメアは宣告する。トワリの敗北を。

 

「…………どうして」

 

 トワリと、スターダストに残っている武装は肩のマシンキャノンと、頭部バルカンが数発。それがバスターライフルすら無力化するレギュラスに効くとは思えない。

 トワリの戦意は、完全に削がれていた。

 

「どうして、お姉ちゃんは私の邪魔をするの!」

 

 それでも、トワリは武器を捨てない。落としたビームサーベルを拾い、レギュラスの前に立つ。

 

「私には、この生き方しかできないのに!」

 

 戦うことしか、トワリにはできないから。そのために、トワリは人生を費やされたのだ。それなのに。それなのに戦いで負けるなんて、許されない。それは、トワリという兵器の存在意義を奪う行為だから。だから、トワリは爪を立て、牙を剥くしかできない。

 このまま戦えば、絶対に死ぬ。それをトワリは理解していた。

 それでも、ビームサーベルを構えたままスターダストは突撃する。

 

「…………トワリ!」

 

「お姉ちゃん!?」

 

 そして、青いガンダムと白いガンダムが交差した。次の瞬間、スターダストは崩れ落ちる。右足が、翼が、ヒートランスに貫かれて捥げ、吹き飛んでいた。

  

 

…………

…………

…………

 

 

「なんてことだ……」

 

 先生と呼ばれていた男は、トワリが敗れる一部始終を管制室で憎々しげに見つめていた。トワリは、最高傑作だった。兵士としても、兵器としても。それがこうも簡単に敗れるなどあってはならない。

 しかし、問題なのは「システム」の襲撃で失った兵員に続き、トワリまで敗れたとなったこの現状だ。さらなる戦力がここにはない。せめてトレンタか、司祭様がいれば。

 

「なぜ、司祭様はこのような時に遠征を……!」

 

 わかっている。タイムリミットは12月。そこで宇宙から新たな支配者候補が決起する。その時までに司祭様は、自らの地位を盤石にしておきたいのだろう。だから、今クーデターを行うしかなかった。しかし、せめて本拠地であるここの防衛を考えるべきではなかったのか。何より、ネメア・ノーリが来ているとわかっている今やることではないはずだ。せめてネメアを始末してから……。

 そんな風に終わったことを堂々と考え巡りながらも、先生は管制室の扉を開き逃げる準備に入る。このまま捕まってしまうわけにはいかない。トワリのような強化人間の秘密を知られるわけにはいかない。バルベルデの研究を引き継いでいたという事実は、消し去らねばならない。そう思いながら走り、おかしいことに気づいた。

 静かだった。ありえないほど。この非常事態に他の人員は何をしているのだ。そう思いながら歩いて、何かを踏んだ。

 

「ん……?」

 

 それは、人だった。ただし皮膚が醜く膨張し、全身の穴という穴から血を吹き出し目を剥いた状態で転がる人間の死骸。

 

「う、うわぁぁぁぁっっ!?」

 

 そう、叫んだ時。自分の皮膚も醜く晴れはじめていることに先生は気付き、それが何を意味しているのかもわからないまま、息絶えた。

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

 負けた。兵士として育てられた自分が負けた。泥水を啜りながら生きて、同じ施設の子供たちを何人も殺して、そうして最強の兵士として育てられた自分が負けた。

 

「…………どうして」

 

 レギュラスとスターダストの機体性能の差だろうか。いや、性能差を埋められないのならば、最強の兵士ではない。

 それとも、お姉ちゃんを殺せなかったのだろうか。いや、殺すつもりでやった。

 スピンやメイドを相手に消耗したからか。いや、スピンもメイドも自分より弱かった。だからトワリは、万全の状態でネメアと戦ったはずだ。それなのに、負けた。

 

「私……死ぬのかな」

 

 このままお姉ちゃんが、ネメアが槍を突き刺せば死ぬだろう。命からがら逃げ延びても、きっと司祭様は許してくれないだろう。どの道、生きられない。

 スターダストのコクピットが開かれる。外の光が、トワリを刺す。そして、光を遮るように人が入ってきた。

 薄い金髪の、海のように青い瞳の女性。ネメア・ノーリ。右手に銃を構えていて、その姿はあの日トワリを施設から解き放ってくれた時のようだった。

 

「お姉ちゃん……」

 

 きっと、自分は殺されるのだろう。そう、トワリは思う。もう、逃げる気力も抵抗する意思もなかった。

 負けた。そう心が理解してしまった時にもう、トワリの闘争心は消えていた。

 

「……今楽にしてあげる」

 

 そう言って、銃口を向けるネメアの瞳には、悲しみのようなものが伺えた。

 

「お姉ちゃん……悲しいの?」

 

 お姉ちゃんが、自分のために悲しんでくれている。それがなぜだかとても、トワリには嬉しかった。

 

「トワリ……」

 

 そして、カチ。とトリガーを引く音がした。

 しかし、弾丸がトワリを撃ち抜くことはなかった。

 

「お姉、ちゃん……?」

 

 空砲。それをトワリが理解したと同時、温かいものがトワリの身体を包む。いい匂いがした。それはネメアの、シャンプーの匂いだった。

 トワリを包むように、ネメアはトワリを抱きしめていた。

 

「ごめんね、トワリ……。こんなになるまで、待ってたんだね」

 

「お姉ちゃん……」

 

 温かかった。その温かさを、トワリは知っている気がした。ずっと、ずっと昔に感じた気がする。ネメアと出会うよりも、前に。

 トワリの記憶の奥底に、その記憶はあった。朧げで、薄っすらで、だけど懐かしい感触。孤児になって、泥水を啜り、虫やネズミの死骸に齧り付く生活をするよりも前に、感じたことがある気がした。

 

「お姉ちゃん……あったかい……」

 

 その記憶の正体が何なのか、結局思い出せなかった。それでもいい、と思った。少なくとも、今ここにある温もりは本物なのだから。

 

「……うん、私はトワリのお姉ちゃんだからね」

 

 そう言って、ネメアは小さく笑う。

 

「お姉ちゃん……迎えにきてくれたんだ」

 

「……うん」

 

 なら、いいかな。そう、トワリが思った時だった。

 スターダストが危険を知らせるサイレンをけたたましく鳴らす。咄嗟に、モニタへ視線を移すトワリ。そして、表示されているものを確認し、みるみるうちに表情を青ざめさせる。

 

「トワリ……?」

 

「お姉ちゃん、逃げて!?」

 

 そう言って、ネメアを突き飛ばす。

 

「トワリ、どうしたの!?」

 

「教会の奥で、毒ガスが発生してる。もうすぐここにまで回ってくる!」

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

 空港には既に、“ロワゾ・ブルー”のために用意された飛行機が準備されていた。輸送車はそのまま飛行機の中に格納され、そして離陸していく。

 行き先は、バルベルデ。それはトレンタにとっても因縁浅からぬ土地だった。何しろ、生まれ故郷なのだから。

 

「なあ、シフルよぉ」

 

 そのトレンタは、輸送機の中で自分のモビルスーツ……カルキノス2号機を眺めながらシフルに訊いた。レイナは、ヘラクレスのコクピットの中にいる。今なら、他の誰かに聴かれる心配はない。

 

「どうしました、トレンタ」

 

 シフルは、青い修道服のまま自分のモビルスーツの点検をしていた。この得体の知れない女でも、自分の命を預ける乗り物には気を使うのか。とトレンタは意外に思う。しかし、話題にしたいのはそんなことではない。

 

「トワリを連れて行かなくてよかったのか? あいつはあんたが手綱を握らないと、すぐ情緒不安定になる」

 

「そうですね……たしかに、その通りです。だから外しました」

 

 表情を変えずにシフルは言う。それがどういう意味か、トレンタには最初わからなかった。しかし、その意味に理解が及び……戦慄する。

 

「お前……トワリを捨て駒にしたな」

 

「ええ。トワリは、ネメア・ノーリに心を奪われている。万が一裏切るようなことがあれば、あれは脅威になりえます。だから、囮として使い捨てることにしました」

 

 外道が。そう言おうと思ってトレンタは止める。外道というのならば自分だって変わらないだろう、と思ったからだ。しかし、それでもわからないことがひとつ。

 

「だが、それでトワリが本当に裏切ったらどうするんだ?」

 

 自分が捨てられたと気づけば、トワリは迷わずシフルの命を狙うだろう。あれはそういう存在だ。シフルは、結果として脅威の可能性を1つ増やしているようにも見える。

 しかし、シフル・ヴェルヌという女はトレンタの思う以上に、外道だった。

 

 

「教会に、RAガス……通称ラシンを仕掛けてあります」

 

「……何?」

 

 思わず、耳を疑う。

 

「ですから、ラシンです・規模としてはルクセンブルク全域が対象でしょうか。しばらくすれば蓋が開き、猛毒に包まれるでしょう。たとえモビルスーツに乗っていても、小さな隙間からコクピットへ侵入する……トワリは助かりません」

 

 RAガス・ラシン。それは人類の製造した兵器の歴史において、戦争から人間性を奪ったモビルドールよりも、そして大量虐殺と死の灰により百余年に渡り人々を苦しめる核兵器よりもある意味では人道に反した毒ガスの兵器転用。化学兵器。旧世紀時代、とある欧州の独裁・軍事国家が開発したとされるそれは、現在ではあらゆる国家、組織が使用はおろか所持も禁止されている。もしそれが空気に漏れれば、呼吸器や皮膚を通して生き物すべてを抹殺し、そして一週間はそこに残留するだろう代物。それを、シフルは自分たちの拠点だった場所に仕掛けたという。

 つまり、それは。

 

「……トワリどころか、お前」

 

 ネメア・ノーリも無事では済まないだろう。それに司祭様を信奉する“ロワゾ・ブルー”構成員も。何も知らない民間人も。まとめての虐殺だ。

 

「……教会には、トワリを実験体にした科学者達が残っています。トワリが不要になった今、あの技術も不要のものです」

 

 つまり、口封じと尻尾切り。そして真実を露呈させる可能性のある人間すべてを一度に抹殺できる兵器としてラシンを選んだということか。

 

「……はっ。本当に恐ろしい女だな」

 

 いや、こんな女でなければクーデターなど起こす気も起きないのかもしれない。ましてや、たった3人で。

 

「……今の話は、レイナには内緒ですよ?」

 

 少し困ったように、シフル・ヴェルヌは微笑んでいた。

 

 

…………

…………

…………

 

 

「毒ガスですって!?」

 

 レギュラスのコクピットに戻り、ネメアはトワリに通信を入れる。

 

「そうだよ、ラシン……きっと司祭様は、私達を捨てたんだ。それで、お姉ちゃん達を道連れにする気なんだ!」

 

 喚くようにトワリが言う。

 

「今、こちらでも感知した……。外に漏れれば、この教会どころかルクセンブルク一帯毒ガス地獄になる量が、教会の奥……宿舎と研究施設があったあたりに設置されている」

 

 そう、スピン。

 

「だから、早くお姉ちゃん達は逃げて!」

 

 足を失った“スターダスト”の中で、トワリが叫ぶ。

 

「……嫌よ」

 

 しかし、ネメアは首を横に振った。

 

「どうして……」

 

 早く逃げないと、お姉ちゃんが死んでしまうのに。どうして。トワリは困惑したように「どうして」と繰り返す。すると、レギュラスが“スターダスト”を抱えるようにして崩れた姿勢を正させた。そして、ネメアの声がトワリに届く。

 

「妹を見捨てて、逃げるなんてできるわけないでしょ?」

 

 そう言って、ウインクして見せる。

 

「お姉ちゃん……」

 

「ネメアの妹だというのなら、私も引くわけにはいかんな」

 

 スピンも、機体を立ち上がらせる。

 

「ですね。お仕えする可愛いお嬢様が、もう1人増えました」

 

 エリザも、スカードでスピンに並ぶ。

 

「みんな……」

 

 さっきまでトワリが必死で否定してきた相手が今、トワリのことを認めてくれている。妹として、家族として。しかし、だからといって毒ガスの脅威が失われたわけではない。

 

「でも、どうするの……?」

 

「トワリ、ガンダム01のバスターライフルを貸して」

 

「もう、弾丸がないよ!?」

 

「いいから!」

 

 言われるままに、バスターライフルをレギュラスに渡す。カートリッジは空。しかし、レギュラスはヒートランスを翼の裏にしまうと、腰に格納されていたカートリッジをバスターライフルに詰める。

 

「それは?」

 

「魔弾の射手。01のバスターライフルに威力は劣るけど、超高熱の火炎弾になる。ラシンなら、高熱を浴びると分解されるはず……。本当は、レギュラスのライフルに詰める弾頭なんだけどね」

 

「なら、どうしてレギュラスのライフルに詰めないの?」

 

 トワリが訊くと、ネメアはバスターライフルをウイングガンダムに突き返す。

 

「銃弾だけが完成していて、肝心のライフルが未完成なのよ。OZのドーバーガンじゃ、この弾頭は砲身が持たなかったみたい。でも、ガンダムのバスターライフルなら!」

 

 つまり、ネメアは。

 トワリに命を預けるというのだ。

 

「お姉ちゃん……私!」

 

「安心なさい、あなたならやれるわ。私やお姉様を散々苦戦させたくらい、あなたは強いのよ」

 

「…………」

 

 教会を見やる。念のため、生体反応を検索する。生存者ゼロ。すでに先生や、中にいた人間はみんな死んでいるのだろう。なら、外にまでラシンが漏れるのまでにもはや一刻の猶予もない。

 ドクン。と心臓が高鳴った。人を殺すために銃を撃った時には感じたことのなかった高鳴りだ。これが、誰かを守るための戦いなのだろうか。とトワリは思う。

 

(ああ、それだから……)

 

 ネメアにも、スピンにも勝てなかったのだろう。そう、トワリは実感した。その実感のままに、バスターライフルを向ける。今まで暮らしていた教会へ。

 足のないスターダストを、レギュラスが支えるようにして姿勢を保った。そして、

 

「……お姉ちゃん、やってみる!」

 

 カチ。スイッチを入れると、バスターライフルは火を吹く。文字通り、火だ。炎と言った方がいいだろうか。周囲をイオン化させるビームの伝道熱ではない。まさしく、火薬が着弾し、炎のように燃え広がる。

 トワリの目の前で、教会が焼けていく。トワリの、兵士としての……兵器としての思い出と共に。

 

「……魔弾の一発目は、炎。こいつの火力ならラシンも分解されるはず」

 

「…………計器を見る限り、周囲の空気に異常はありません。お嬢様、成功です!」

 

 そう、エリザの歓声が上がるのと同時。一台の乗用車が教会に駆けつける。

 

「そこにいるのは、ネメアか!?」

 

 車を降りてきたのは、ネメアのよく知る人物だった。

 

「ライトおじさん、どうして?」

 

「どうしてもこうしてもあるか! なんだこの有様は!」

 

 しかし、ライトレード警部が外に出ていても大丈夫ということは、本当に毒ガスの脅威は取り除かれたのだろう。そのことにネメアは、ほっと息をつく。

 

「事情は話すわ。とにかく一度落ち着ける場所に行きましょう。あなたも一緒にね、トワリ」

 

 そうトワリに声を投げかけて、ネメアははじめて異常に気付く。

 

「トワリ……?」

 

 返事が、ない。回線を開き、モニタに“スターダスト”のコクピット内の映像を映す。

 

「……………………」

 

 スターダストのコクピットの中で、トワリは意識を失い崩れ落ちていた。

 

 

…………

…………

…………

 

 

 それと同じ頃、既にバルベルデ国際空港は火の海と化していた。

 主犯は、3機のモビルスーツ。そのうちの1機……ガンダムヘラクレスの中でレイナは、迎撃にやってきたモビルスーツにその刃を振るっていた。

 リーオーなどでは、ヘラクレスの相手にはならない。ヘラクレスが、教えてくれる。頭の中で最適解がすぐに浮かび上がる。その、ヘラクレスの意思に任せるように、レイナはビームサーベルを振り下ろしリーオーを始末する。

 

「こちらレイナ、任務完了」

 

 自分のものとは思えないほど冷たい声がした。それを、遠くにいるモビルスーツに乗るお母さん……シフル・ヴェルヌはにこやかな笑顔で受け入れる。

 

「ええ、さすがねレイナ。お母さんも時期に終わるわ。それまでそこで待機して」

 

 シフルの通信越しに、悲鳴のような声が聞こえた気がした。それが不快で、レイナは通信を切る。残るものは自分と、ヘラクレスと、火の海。

 逃げる人まで殺す必要はなかった。武器さえ持っていなければ。だけど武器を持っているのなら、背中を向けた相手でも破壊し尽くせ。そう、ヘラクレスは言っていた。そして、背後からミサイルが飛んでくる。

 

「まだ、生きてた……」

 

 ミサイルを素手で掴むと、ヘラクレスの手はそれを熱で溶かしミサイルを撃って来たリーオーの生き残りを睨め付ける。

 

「くっ、くっ、来るなぁっ!?」

 

 一歩、また一歩近づくたびにそんな声が聞こえた気がして、脳に直接響いて、ヘラクレスがその断末魔を教えてくれて。

 

「だったら……出てこないでよ!」

 

 そんな叫びとともに、ヘラクレスは……レイナはリーオーを貫いていた。

 返り血のようにオイルを浴びながら、ヘラクレスは空を見やる。レイナは、空の向こうにいる人の名前を呟いていた。

 

「ネメア……。早く私を殺しに来て」




TIPS
ガンダムレギュラス
ネメア・ノーリが新たに搭乗する白いガンダム。AC世界の一般的なモビルスーツよりも2mほど大型で、バックパックを換装することでパイロットに最適化した装備を選ぶことが可能。
白い翼を持つ高機動型、高度なステルス性能を持つ隠密型、過剰な火器を重武装した拠点制圧型、装甲の増加と推進力、通信性能を向上させる指揮官型、強敵のモビルスーツを倒すことを目的にした決闘型が存在し、レオシステム(後述)はネメアに高機動型を選択させた。
また、デフォルトで『魔弾の射手』と呼ばれる7発の特殊な弾頭を装備している。
高機動型は、天使のような四枚羽根のセラフィムフェザーを搭載しており、羽根を広げることで高機動形態、羽根を閉じることで防御形態へ移行する。また、その速度を生かしたヒートランスを質量兵器として主武装としている。
開発者トレーズは、このガンダムを本来ゼクス・マーキスに渡す予定だった。しかしゼクスが最終的にエピオンを入手し、この機体は不要なものとしてヘラクレス同様トレーズからスピンへと渡された。

レオシステム
『Limit and.Esperanto.Over.System』パイロットの脳波や精神状態を解析し、パイロットの内心に抱く恐怖心を増長させる。それにより、パイロットは恐怖に打ち克つことが求められ、それができない場合一生その恐怖に支配されてしまう。
しかし、トレーズが理想とするような恐怖を受け入れ、克服し、恐怖心すら己の力にできる純粋な戦士に対しては、レオシステムは解析する膨大な戦況情報を提供し、最適な戦術をパイロットが選択する手助けを行う。パイロット自身の希望を蝕む恐怖心征することで、パイロットの限界すら超えた力を引き出させるマン・マシン・インターフェース。
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