新機動戦記ガンダムW~scarred Leo-   作:元ゴリラ

11 / 14
サリィ・ポォ
元地球圏統一連合少佐。西洋系の女性であり、OZによるクーデター「オペレーション・デイブレイク」以後はOZと戦い、ガンダムのパイロット達を支援する。
戦後、地球圏統一国家の諜報機関・プリベンターのエージェントとなった。



家族として

「…………ひどい、わね」

 

 ドクター・フィフスは、ベッドで眠るトワリの身体を診てそう、呟いた。

 あの後、ネメア達に案内されるままに彼女達のアジト……別荘と呼ばれていた場所に辿り着いたフィフスとライトレードだが、フィフスは早速医師としての本業を開始することになった。何しろ大怪我をしながらモビルスーツに乗っている女と、コクピットの中で意識を失ってしまった少女がいるのだ。医師として見過ごすわけにはいかなかった。

 怪我人の方は、ネメアのメイドという女性が今診てくれているが、後で自分でも診なければならないだろう。問題は、この少女だ。

 命に別状はない。極度の緊張状態と過度のストレスで気を失っていたというのが、フィフスの診察結果だ。今は気絶状態から睡眠状態に移行しており、眠りについている。そういう意味で、もう一人の患者より軽傷だろう。しかし、少女……トワリと呼ばれていた赤毛の女の子の身体には、レイナとは別の意味で問題があった。

 

「……薬物反応があって、身体中に怪我の痕がある女の子なんて、どうすればいいのよ」

 

 怪我の痕は、華奢で小さな女の子に、痛々しい程に残っている。特に、お腹に大きくできた打撲の痕と思われる痣は、ひどい。しかし、それ以上に痛々しいのは注射の痕。薬物反応から見るに、この痕は麻薬や違法薬物の多くをこの少女の身体に入れているのだろう。見かけは華奢だが、筋肉も発達している。ステロイド剤も投与されているかもしれない。

 

「……傷痕の方はどうしようもないとして、問題は薬の方ね。この歳の女の子に与えていいものじゃないでしょうに。いや……」

 

 たとえ健康な成人男性でも、こんな薬の使用は認められない。そういうレベルのものだった。少女が搭乗していたガンダムのコクピットからは、過剰な量の鎮痛剤や抗精神薬。それと注射器が出てきた。問題なのは、それらは地球圏統一国家が使用禁止を公表している、違法薬物ばかりということだ。効果が強すぎる。或いは、副作用が酷すぎる。

 それらは間違いなく、少女の人間性を蝕んでいるだろう。例えば、被害妄想。極端な躁鬱症状。それらを精神力で抑え込み理性を持つというのは、並大抵のことではない。これから少しずつ薬を抜いていく……薬なしでの生活に慣れさせる必要があるが、これらの薬物には依存性がある。つまり、この少女は日常的にこれらの薬物を常用していた可能性が高かった。

 薬物依存性を克服するのは、並大抵のことではない。今後、この少女……トワリが人間らしく生きられるかどうかは、彼女の精神力にかかっているとも言えた。

 しかし、投薬もおそらくガンダムの操縦をするために施されたのだろう。強化人間とでも言うべき、何かしらの手段で人間を兵器として改造する手術のことは、フィフスも噂には聞いたことがあった。トワリの場合、過剰な投薬で神経のタガを外しているのかもしれない。しかし、幼い身体にこれだけの強化を施しているのだから、その負荷は相当なものだろう。とフィフスは推測する。それが悪い方向にも作用していることは、推測できた。

 

「……様子はどう?」

 

 ベッドの主人……ネメア・ノーリの声がした。この女性は、つくづく厄介な女の子を拾ってくるな。とフィフスは思う。

 

「今は、眠っているだけ。だけど、問題は……」

 

「わかってる。薬物依存の方でしょ」

 

 そう言って、ネメアはトワリの前まで行くとその髪を撫でた。

 

「……わかるの?」

 

「わかるというか、知ってる。…………この子は、違法薬物の人体実験に使われてたから」

 

「…………人体実験、違うわ。この子のこれは……実験なんかじゃない」

 

 そう、フィフスは吐き捨てた。新薬の人体を使った臨床実験は、必ず行わなければいけない。その結果として不幸な副作用を催す人というのも、確かに存在する。だが、これはそうではない。トワリの身体を蝕んでいるものは、そういった実験の犠牲ではない。そう、フィフスは断言する。

 

「薬品の人体実験は、その薬が生まれることを待っている人たちのために行うの。現代医学では完治できない病を、症状を和らげたり、最終的に治したりするために。現在禁止されている薬品なんかでも、多くは疲労の回復や痛み止め……そういった効果が先にあった。そう、依存性や強い副作用が発覚して禁止になったものでもね。でも、この子のは違う。副作用があるとわかっていて、それを意図して使用されている。これは実験なんかじゃない……虐待よ」

 

「虐待……か」

 

 ネメアの表情に、僅かな翳りができたのを、フィフスは見逃さなかった。

 

「そうかもしれないわね」

 

 その翳りは、自責のようにも見えた。

 

「……もしかしたら、私も彼女を虐待していたのかもしれない」

 

 トワリの手を握って、ネメアが呟いた。

 

「……私が、トワリを地獄に放り込んだ。だから、責めを受けるべきは私」

 

 ネメアはそう言って、トワリの手を握り続ける。その様子は、まるで妹を案じる姉のようだった。一人っ子のフィフスは、しかし病院で数多くの家族を見てきたフィフスには、そのように見えた。

 

「…………でも、あなたはその子を救い出した。そうでしょう?」

 

 少なくとも、話を聞く限りフィフスにはそう感じる。この少女とネメアはフィフス達が到着するまで、敵同士だったというのだから。

 しかし、ネメアは思いつめたような顔をしたままトワリを見つめていた。

 

「…………どうなのかしら。いっそ楽にしてあげた方が、よかったのかもしれない」

 

 そう、ネメアが言った時だった。「ううん……」と、トワリが声を上げる。そして、ゆっくりとその目を開いた。

 

「…………お姉ちゃん?」

 

 まだ、意識ははっきりしていないようにフィフスには見える。しかし、ネメアの方を見てトワリを「お姉ちゃん」と呼んだ。

 

「トワリ……。そうだよ、お姉ちゃんだよ」

 

 ネメアも、「お姉ちゃん」という言葉を認めて頷き、トワリの手を握るその手に力を込める。

 

「……私、生きてるんだ」

 

 それは、安堵のようにもフィフスには聞こえた。ネメアはゆっくりと頷いて、トワリに優しく語りかける。

 

「トワリが、助けてくれたから。だから私も、トワリも生きてる。ありがとう」

 

「そっか……」

 

 それだけ言葉を交わし、またトワリは眠りにつく。安らかな寝息が、ネメアとフィフスの耳に伝わった。やはり、姉妹のようだ。そう、フィフスには思えた。

 ならば、ネメアには聞く資格がある。

 

「……ネメアさん」

 

 だから、フィフスは伝えなければならないことを告げることにした。口調も、医師として。あくまで事務的なものを。そう、意識する。

 

「…………彼女に投与された薬物や過剰な強化は、確実に寿命を縮めています」

 

 フィフスは、淡々と告げる。トワリの、姉に。

 

「……はい」

 

「正直に言って、この歳まで生きているのが奇跡のようなものです」

 

「……はい。それで、トワリはどのくらい生きていられるんですか?」

 

 それを聞くとフィフスは、眼鏡の位置を直す。それから少し考えるように腕を組んで、続けた。

 

「……正直、わかりません。今まで生きてこれたのが不思議なくらいですから。問題なく生きられるかもしれないし、このまま二度と目覚めないかもしれない。それは彼女……トワリちゃんの精神力にかかっていると言わざるを得ません」

 

 それがフィフスの、正直な回答だった。わからない。予想もつかない。それは医者としてのフィフスにとっては悔しいものであったが、同時に真理だとも思っていた。

 正確な余命をピタリと宣告できる医者などいない。全ては統計や経験からくる予測でしかない。トワリに関しては、それを行えるだけのデータがないのだ。

 だから、大したことが言えない。それがフィフスには、悔しかった。

 

「……そうですか」

 

 そう言って、ネメアが立ち上がろうとする。しかし、その服の裾をトワリが掴んでいた。

 

「……トワリ」

 

 トワリは、眠っている。裾を掴んでいるのは、偶然だろう。ネメアはそのまま椅子に座って、トワリの寝顔を覗き込む。

 

「…………しばらく、トワリの様子を見てます。先生も休んでください」

 

「…………ありがとう」

 

 そうして、ネメアとトワリを残してドクター・フィフスは部屋を後にする。そして携帯端末を確認すると、統一国家の政府組織に所属している友人……フィフスにゼロシステムの情報を教えてくれた友人から連絡があった。

 

「サリィ……」

 

 サリィ・ポォ。彼女は戦前に地球圏統一連合に所属しており、OZのクーデター後は抵抗運動を続けながらガンダム達に協力をしていたらしい。フィフスとは、大学時代の友人だった。彼女がゼロシステムに関する情報を渡してくれた条件のひとつが、起きている事態の報告。

 フィフスは、常にサリィへ「わかったこと」を報告することを約束している。しかし、今日まで何もわからないでいた。それでメールを放置していたら、催促のメールが届いたというわけだ。

 しかし、ネメアから聞いた話をまとめるのにも時間がかかりそうだった。とはいえ毒ガスを使うような組織が裏で動いているというのは、フィフスとしても見過せない。

 

「何が起きているのかはよくわからない。だけど……」

 

 フィフスはメールを開き、わかっていることを箇条書きにしてサリィへと送信する。

 ふと、窓の外を見上げる。ぷつ、ぷつ、と小さな雫が窓ガラスを濡らしている。よく見れば、雨が降っていた。

 

「…………似てるわね」

 

 あの日、ロンドンの病院にネメアがレイナを運び込んできた日。あの日も、こんな雨が降っていた。

 

 

…………

…………

…………

 

「ッッッ!?」

 

「ああもう、動いてはいけません!」

 

 同じ頃、スピン・ノーリはエリザの手で介抱されていた。折れた肋骨の固定のため、胸にバンドを巻かれている。

 

「あ、ああ……。この程度の痛みで泣き叫んでいたら、ネメアに合わせる顔がない……」

 

 強がる。痛みなどで倒れるスピン・ノーリではないと。エリザはそんなスピンの様子を微笑ましく見つめていた。

 

「ええ、そうですよ。スピンお嬢様は強いひとなんですから。でも……」

 

 そう言って、エリザはスピンの肩を抱く。180近いスピンをこうして抱くには、エリザでは今のようにスピンに座ってもらうか、あの時のようにエリザの方が少し背伸びをする必要があった。

 

「私とふたりきりの時くらい、泣いてもいいのではないですか?」

 

 スピンの耳元で、エリザは囁いた。誰にも聞こえないように。スピン以外の、誰にも。スピンはそれを聞き、肩を抱く手に自分の右手を添える。

 

「……すまんな、エリザ。心配と、苦労をかけた」

 

「それは、ネメアお嬢様に言ってあげてください。それで、スピンお嬢様は泣くんですか、泣かないんですか?」

 

 今のエリザが悪戯っぽい笑顔をしているのが、スピンには背中からでもわかった。

 

「……私が泣くわけにはいかん。全てが終わるまではな」

 

 それは、たしかに強がりなのかもしれない。とスピンは思った。しかし、強がらなければ今日まで生きてこれなかったのもスピンだった。

 今更、強がるのをやめることなどできはしない。それをエリザもわかっているのか、それ以上は何も言わなかった。ただ、椅子に座るスピンの肩に手を回し、顔と顔が触れる距離にふたりはいる。それはスピンも……エリザも、もう二度とできるないと思っていたことだ。

 スピンにとって惜しむらくは、

 

「……包帯、取りますよ」

 

 この右目はもう、エリザの可愛らしい笑顔を捉えることはないということだった。左の目だけで見るエリザは変わらずに可愛い。しかし、できることならばもう一度この両目で、その顔を見たかった。

 するすると、包帯が解かれていく。スピンは、自分の貌が今どうなっているのかを知らない。目を覚ましてからずっと、この包帯は巻かれていた。そして今、はじめてその布に覆われていた顔をスピンは鏡で拝む。

 

「…………そうか」

 

 大きな火傷の痕があった。白い肌を黒く焦がし、侵略する。焼け焦げて、機能を果たせなくなった肌。それに、右の目を抉るような大きな傷痕。その傷は瞼をぱっくりと二分しており、この傷を負わせたのが、スピンの目を奪ったことを物語っている。

 しかし、それよりも何よりも痛々しかったのは……あるはずのものがないことだった。

 どういう経緯かはわからないが、目玉は間違いなく潰れている。本来目玉があるはずの位置が、不気味に窪んでいた。

 

「…………これが、私の背負う罪だ。エリザ」

 

 “ロワゾ・ブルー”なる組織に加担し、妹を裏切り続けていた女の。エリザは悲鳴ひとつあげず、その罪の証を見つめていた。

 やがて、そのエリザが口を開く。

 

「……スピンお嬢様、ひとつだけお叱りしてもよろしいでしょうか」

 

「…………ああ」

 

 スピンの頷きの後、エリザはひとつ咳払いをする。それから、改めてスピンへと向き直った。

 

「お嬢様は、一人で背負い混みすぎなんです。どうしてネメアお嬢様や、私を頼ってくれなかったんですか。たとえそれが危険な道でも……私は、お嬢様達のお力ないなりたいのに。ネメアお嬢様もそうですが、スピンお嬢様もそうです。あなた方は、一人で背負って、考えたフリをして……」

 

 勢いのままにまくしたてるエリザに、スピンは一瞬顔を背けそうになった。全て、図星だから。何よりもスピンを困らせたのは、勢いのままお説教を続けるエリザの声が次第に震え始め、その瞳も潤んできたことだ。

 

「お嬢様は、取り残される人のことを何も考えていません! だからあんな風に……私が、エリザが! どんな気持ちであなたの命を受けたか考えてくれましたか? 今日までどんな気持ちであなたを想ってきたか、少しでも思ってくれましたか?」

 

 次第に、エリザの声が大きく、強くなっていく。その度に、自分が小さくなっていくようにスピンには感じられた。

 

「お嬢様……大好きなスピンお嬢様。あなたにとってエリザは、残していっていい女でしょうか」

 

「違う……。ただ、ネメアにはお前が必要だと思ったから」

 

「ネメアお嬢様のことは今は関係ありません。エリザは、スピンお嬢様にとってどのような女なのかだけを知りたいのです」

 

 しかし、エリザは顔を逸らすことを許してはくれなかった。こう言われてしまって、顔を逸らせることができるほど、スピン・ノーリという女は強くはなかった。

 スピンは、エリザの顔をまっすぐに見据える。エリザはスピンよりも歳上だが、童顔で可愛らしい。正直、羨ましいくらい可愛い。ノーリの女はどうにも精悍で、中性的な顔立ちをしている。特にスピンは、長身も相まってそういう印象になるので、小柄で少女性の強い見た目のエリザは昔から……ある種の憧れだった。

 そのエリザが、今こうしてスピンに思いを伝えている。それから逃げることなど、残念ながらスピンにはできない。スピンは観念したようにため息をひとつ、吐いた。

 

「……エリザ。ひとつ、訊ねたい」

 

「……はい、なんでしょう」

 

「ノーリ家はもう、貴族としては潰えたも同前だ。それでも、私やネメアについてきてくれるのか?」

 

「当然です。私は……お嬢様達の家族ですから」

 

「家族、か……。なら、ひとつだけ頼みがある」

 

「……はい、なんでしょう」

 

「私を、スピンと呼んでくれ」

 

「……かしこまりました。スピン」

 

 スピン。そう呼び捨てにしてエリザは微笑みかける。スピンは、そんなエリザの腰に手を回して、優しく抱き寄せた。

 

「あっ」

 

 エリザの嬌声が、耳元で響く。

 

「だ、ダメですよ……お身体に障ります」

 

「いいんだ、エリザ……。お前の前でも泣くことはできんが、せめて今はこうして、甘えさせてくれ」

 

 スピンの眼前に、エリザの可愛い顔が広がっている。やはり、右目がないのが口惜しい。とスピンは思った。どうせならば両の眼でそれを見たかった、と。少しだけ、エリザの胸が肋骨を固定するバンドと接触して骨が痛んだ。それでも、トールギスに乗っている時に比べれば大したことはない。スピンは、そのエリザの顔が見えなくなるくらいまで顔を寄せて、そしてその唇に自らの唇を重ね……そのままふたり、ベッドに倒れる。

 エリザは、ただスピンを受け入れてその目を閉じ……スピンの髪を撫でた。

 そして、そのまま夜は更けていった。

 

 

…………

…………

…………

 

 

 こうして夜が更ける中、雨脚はひどくなっている。予報では朝には止むと言っていたが、どうだか。とライトレード警部は忌々しげに傘を差していた。ライトレードは、ルクセンブルクの教会跡地にいた。正確には、ライトレード一人ではない。その隣には、茶がかった金髪をレインコートに隠した、青い瞳の女性がいる。

 

「あんたか。娘の友達の公務員っていうのは」

 

 フィフスにゼロシステムの情報を渡した地球圏統一国家の諜報機関に所属する女性。名前はサリィと、フィフスからは聞いている。サリィから連絡があったのは、フィフスが返信のメールを出した直後のことだった。別件で近くまで来ていたというサリィは、毒ガスの件を聞いて現場検証のためにこちらへ向かうと返してきた。そして、そういうのに一番慣れているライトレードが、立ち合うことになった。

 

「あなたがライトレード警部ですね。フィフスから話は聞いています。私のことはプリベンター・ウォーターとお呼びください」

 

 プリベンター。それが諜報機関の名前かとライトレードは納得する。そしてウォーターとは彼女のコードネームということだろう。さしずめ、火消しの水。まるでこの雨のようだ。とライトレードは皮肉めいたことを思いつつ、言葉を飲み込む。

 

「ロンドン市警のライトレード警部だ」

 

 かわりに、極力事務的な挨拶。どうにも、公安組織というのは好きにはなれなかった。ライトレードの故郷イギリスにも、MI6と呼ばれる諜報機関が存在している。それの統一国家版ともなれば、さぞ多忙なことだろう。とライトレードは思ったが、口に出すことはしなかった。個人の好き嫌いなど、今はどうでもいい。プリベンターとやらの力が必要なことも事実なのだから。それよりも、まずは仕事の話だ。

 

「俺が着いた時にはもう、この有様だったわけだが……話によると、ここに毒ガスが設置されていたらしい」

 

 ライトレードが指差すのは、ほぼ炭になった教会の奥。サリィ……いや、プリベンター・ウォーターがそこへ向かい、ライトレードも続く。すると、燃えてほぼ炭と化した大きな箱があった。

 

「……なるほど、おそらくここにラシンを入れていたのでしょうね」

 

「どうしてそうわかる?」

 

「見てください。炭化していてわかりにくいですが、この箱の側面についているもの……タイマーです。おそらく、時限で蓋が開く仕組みだったのでしょう」

 

 ここまで炭化していては証拠というには弱い、推測にすぎませんが。そう付け加えるウォーター。その推理は概ね、ライトレードの見解と一致していた。つまり、捜査官としても本物。そうライトレードは判断する。ならば、彼女の意見は参考になる。

 

「それで、あんたら……プリベンターはどうするんだ。娘から話は聞いてるだろうが、俺はまだ信じられん」

 

 ネメアから聞いた話。“ロワゾ・ブルー”なる結社。ロームフェラ財団を裏から操り、世界の支配者を選定していた者達。そのために戦争を起こすようなテロリストまがいの狂った集団が権力を持っているというのも、ライトレードには現実感がなかった。

 

「……状況証拠から見ても、“ロワゾ・ブルー”という組織が軍事力を保持し、それを邪なことに使う集団である可能性は否定できません」

 

 そう言って、ウォーターは周囲に散らばるモビルスーツの残骸を見やる。たしかに、「EVE WAR」の後で軍事力を蓄えている組織などロクなものではない。真実がどうあれ、事実だけで見ても強制捜査に踏み入るのに十分な理由はあった。

 

「ネメアの話じゃあ、奴らはバルベルデに行ったらしいが……」

 

「バルベルデとなると、ここからは遠い。現地に近いエージェントが現在、潜入捜査を行なっています。すぐに報告が来る手筈になっていますが……」

 

 バルベルデはルクセンブルクから、約5時間ほどの時差がある。ライトレードは腕時計を確認すると、深夜の3時を現在差している。と、いうことはバルベルデは今が朝のはずだ。もう、到着しているかもしれない。そう、ライトレードが考えていたその時、ウォーターの端末に着信が入る。「失礼」と言ってウォーターがその着信を受けると、凄まじい爆撃のような音がライトレードの耳にまで響いた。

 

「こちらプリベンター・ロック。今、バルベルデで戦闘が起きています。襲撃者はモビルスーツ3機。バルベルデ側もモビルスーツを出して応戦していますが……」

 

 冷静な男の声。しかし、その内容は異常なものだった。激しい音は、戦場の音のようである。

 

「ウォーター、ここはヤバイ。襲撃者はいずれも見たことのないモビルスーツ。繰り返す。襲撃者は…………」

 

 そこで、様子がおかしくなった。報告するエージェントの声が、聞こえなくなった。そして、銃声のような響く。

 

「ロック? …………ロック!?」

 

 ロックからの返答はなかった。通話はそのまま、激しい銃撃音だけを流して……静まり返る。その後に通話は、切れた。

 

「…………おい、今のは」

 

「……バルベルデに調査へ向かったエージェントからの報告。だけど、何が起きてるのかわからない」

 

 1つ言えるのは、バルベルデが今危険地帯とかしているということ。そして、

 

「……その原因が大方、ネメアの言う“ロワゾ・ブルー”ってことか」

 

 苛立たしげに、ライトレードは呟いた。

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

 トワリが目を覚ましたのは、翌日の朝。陽の光が窓から射し込んだ眩しさを感じてのことだった。

 

「ン……ここは……?」

 

 たしか、スピンやお姉ちゃんと戦って。それで……と意識を失う直前の出来事を思い出していく。兵器として作られた自分は、お姉ちゃんのガンダムに何もできずに敗北した。それからコクピットに入ってきたお姉ちゃんが、抱きしめてくれた。お姉ちゃんが、妹と呼んでくれた。だけど、教会の中に毒ガスがあって。それで……。

 

「私……司祭様に捨てられたんだ」

 

 そのことを思い出して、悲しくなった。司祭様は、優しくしてくれた。訓練でいい結果を出せば、頭を撫でてくれた。誰かを殺すお仕事がもう嫌で、いっそ自分を殺してしまいたくなった時は、抱きしめてくれた。人を殺すのが嫌なら、人でなくなればいい。自分を人形にしてしまいなさい、と励ましてくれた。だから、人形であろうとした。どれだけ人を殺しても、何も感じない人形に。だけど、なれなかった。

 

「……だから、捨てられたのかな」

 

 見知らぬ天井をぼんやりと眺めながら、トワリは思う。司祭様に捨てられてしまって、これからどうすればいいのだろうか、と。段々と、不安になってきた。司祭様の言うような人形になれたら、こんな不安も消すことができたのかもしれない。だけど、できない。できなかった。

 そんなことを思いながら天井を眺めていると、すぐ隣に人の気配があるのに気がついた。ベッドのすぐ横に、女の人が眠っている。薄い金髪を靡かせた、綺麗な女の人。

 

「……お姉ちゃん?」

 

 見間違えようも、なかった。それはネメア・ノーリ。トワリの大好きなお姉ちゃんだ。そのお姉ちゃんは、椅子の上に腰掛け、毛布にくるまりながら眠っている。「ン……」という声とともに、ネメアは瞼を開いた。

 

「トワリ……起きたの」

 

 そう言って、ネメアはトワリに微笑みかける

 

「さっき、起きたよ……」

 

「そっか。立てる?」

 

 ネメアは椅子から立ち上がり、トワリに一歩近づく。トワリもそれを聞いて、ベッドから上体を起こして、立ち上がった。

 

「うん……大丈夫」

 

 立って歩いてみると、自分でも嘘のように身体が軽い。ぐっすりと、眠ったからだろうか。もしかしたら、あんなに意識を沈めるように眠ったのは、生まれてはじめてかもしれない。少なくとも、いつでも起きて実験や訓練や作戦を行わなければならなかったトワリがそれを忘れて眠りに落ちることができた。そんな熟睡は何年ぶりのことかトワリにもわからなかった。

 

「お腹すいてる?」

 

 そんなトワリを気遣うように、ネメアが言う。

 

「少し……空いてると思う」

 

 空腹という感覚は、ずっとトワリとともにあった。だから、今が空腹なのか空腹でないのかの判断は難しい。だけど、思えばここ数日何も食べてない。だから多分、今は空腹なんだろう。とトワリは思い、そう答える。

 ネメアは、その答えを聞いてひとつ頷くとポケットの中から、銀紙に包まれた何かを取り出す。そしてポキリと2つに割ると、そのうち片方をトワリに差し出した。

 

「これは……?」

 

「チョコレート、食べてみて」

 

 紙を剥くと、甘い匂いが広がってくる。むせ返りそうなほどの甘い匂い。トワリは、ネメアがしたように少しだけ割ってみる。そして、その欠片をひとつ掴み口の中に入れた。

 甘い。ほんのりとミルクの味がする。舌の中で、それはじんわりと溶けていく。歯で噛んでみると、柔らかい。

 

「…………おいしい」

 

「でしょ。私が小さい頃ね、泣いてるとお姉様がこうしてチョコレートをくれたの」

 

 そう言いながら、ネメアもチョコレートを口に入れる。

 

「スピンが……?」

 

「うん。お姉様と二人で食べるチョコレートは、美味しかったの。だから、トワリと一緒に食べたかった」

 

 トワリは、私の妹だから。そう言って、ネメアはチョコレートを飲み込んだ。

 

「お姉ちゃん……。私、お姉ちゃんの隣にいていいの?」

 

 お姉ちゃんには、レイナがいるのに。スピンも、メイドのエリザもいるのに。トワリには、思いもよらないことだった。しかし、ネメアは笑ってみせる。

 

「当たり前でしょ。その方が、楽しいもの。…………それを思い出させてくれたのは、レイナだった」

 

 レイナ。その名前が出てきてトワリの心はざわ、と総毛立った。

 

「レイナが……?」

 

「私はずっと、ひとりで生きてきた。パパが死んで、家を出て。それからずっと……。たぶんバルベルデでトワリを助けた時も、私はひとりだった。だけどレイナと出会って……レイナと旅をして、こういうのも、いいなぁって思ったの」

 

 遠くを見るような目で、ネメアは上を見あげる。そんなネメアが、まるで遠くへ行ってしまうような気がしてトワリは不安になる。気づけば、ぎゅっとネメアの服の裾を、掴んでいた。

 

「お姉ちゃんは、あいつが……レイナが好きなんだ」

 

 わかっていた。たとえレイナを殺しても、自分がレイナの場所にいられるわけじゃないということくらい。それでも、トワリはレイナが羨ましくて仕方がなくて……レイナと殺し合った。

 

「…………うん。レイナが傍にいてくれると、私は私でいられる気がするから。家とか、組織とか、そういうのじゃない。私が私でいられる場所」

 

 きっと、それは自分にはなれないものだ。トワリは理解できていた。それでも、その位置にいるレイナのことが羨ましい。その視線をお姉ちゃんから向けられるレイナが、憎らしい。

 それでも。

 それでも、トワリは。

 

「…………私、お姉ちゃんが迎えにきてくれる時をずっと待ってた。お姉ちゃんが私を忘れないで、また一緒にアイスクリームを食べてくれるって」

 

「……うん」

 

「お姉ちゃん、私はレイナのこと、嫌い。お姉ちゃんのこと独り占めするから。だけど……だけど、私はお姉ちゃんの、妹でいていいんだよね」

 

「……うん」

 

「妹なら……いっぱい、いっぱいお姉ちゃんにわがまま言ってもいいよね?」

 

「……うん」

 

「なら……レイナのことも許してあげる。あいつがお姉ちゃんを独り占めしても、許してあげる」

 

「トワリ……ありがとう」

 

 そう言ってネメアは優しく、トワリの髪を撫でた。くすぐったい。とトワリは思った。それからすぐにネメアは立ち上がり、トワリに手を差し伸べる。

 

「さあ、そろそろ行こう」

 

「行くって、どこへ?」

 

「チョコレートが食べられる元気あるなら、大丈夫でしょ。朝ごはん、エリザが作って待ってるはずだから」

 

 朝ごはん。ありふれたそんな言葉が不思議と、トワリには新鮮に感じられた。

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

「おはようございます、ネメアお嬢様。トワリちゃん」

 

 スピンと一夜を共にした後、早朝からエリザはいくつかの仕事をしていた。その仕上げが、朝食の準備である。既にスピンと、客人であるドクターフィフスも起きていて、二人とも朝食を作る手伝いをしてくれた。おかげで、人数分を用意するのも手間はかからなかった。

 

「おはよう。……ライトおじさんはまだ帰ってないの?」

 

 昨夜、「仕事をする」と言ってライトレードは出て行った。何でも、政府の人間と今回の件……つまり、“ロワゾ・ブルー”に関わる一連の事件について話し合うと言っていた。本来は、関係者の中でも最も事情に深いネメアが行くべきだっただろう。しかし、ライトレードは「お前はその子についててやれ」と言って、ネメアのまとめた資料……つまりはエリオット男爵殺害事件から、昨日の教会毒ガス事件のあらましをまとめたレポートを持って出発していった。

 そして、朝になっても帰らない。

 

「サリィ……ああ、私の友人の政府の人なんですが、彼女は信頼できます。無事だとは思いますが……」

 

 サリィ・ポォという人物のことは、軍人時代にネメアも聞いたことがある。優秀な軍医であると同時に、工作員。彼女はOZ……つまりロームフェラの息がかかった軍人ではなく、地球圏統一連合に所属していたので、“ロワゾ・ブルー”の内通者である可能性は低いとネメアも考えている。しかし、こうも帰りが遅いとなると何か大ごとになっている可能性はあった。

 

「……ライトおじさんなら大丈夫だとは思うけど、連絡は?」

 

「ええ。一時間前にしましたけど、『忙しいから後にしろ』って」

 

 どうやら、連絡のつく状況ではあるらしい。ならば、朝食を終えたらこちらから連絡をするべきだろう。

 

「…………ところで、ネメア」

 

 そんな中、スピンが口を開く。

 

「あれは止めなくていいのか?」

 

「あれ?」

 

 スピンの指差す方を見る。

 

「まあ! まあ! まあ! かわいい! 最初に声を聞いた時から可愛い子かなと思っていたんです! この赤毛! まるで童話のヒロインみたい!」

 

「え、え、え……?」

 

 トワリが、エリザに捕まっていた。

 

「それにこの透き通った瞳も綺麗で、くりっくりでかわいいです! レイナちゃんもとても可愛らしかったけど、トワリちゃんも美少女なんですね! ああ、ネメアお嬢様は可愛い女の子をたぶらかす才能があるんですか羨ましい!!」

 

 どうにも、トワリの外見がエリザの思う「かわいいもの」にピタリと当てはまっていたらしく、レイナの時かそれ以上に暴走しているようだった。

 

「お、お姉ちゃん! スピン! 見てないで助けて!」

 

 狼狽したトワリの声に、やれやれという風にネメアはエリザを落ち着かせるのだった。

 

 

「…………失礼しました。ごめんなさいトワリちゃん、痛かったですか?」

 

「だ、大丈夫…………びっくりしただけだから」

 

 食卓を囲むが、トワリはネメアの隣でありエリザから一番離れた位置をキープしている。まだ、警戒心が完全には解けていない。

 

「……大丈夫よトワリ。エリザは、あなたのことを気に入ってるみたいだから」

 

 ガレットを食べながら、諭すようにネメアが言う。

 

「それに、エリザの料理は絶品だぞ。トワリ、お前も食べろ」

 

 スピンもそう言って、スープをひと匙口に含んだ。

 

「う……」

 

 食べろ。と言われても、トワリは逡巡する。エリザの作る料理は、今まで食べてきたものと違う。トワリにとってそれまで、食事といえば固形のレーションか、インスタント食品だった。例外は、お姉ちゃんにもらったアイスクリームと、今朝のチョコレート。ガレットのようなものを食べたことがない。オニオンスープの方なら、食べ方も分かる気がする。そう思って、トワリはスープの入ったカップを持ち、それを口に近づける。芳ばしい香りがした。それを、恐る恐る、一口。

 

「……おいしい」

 

 そう、真っ先に言葉が出た。

 

「でしょ。エリザの料理は、みんなを笑顔にしてくれるの」

 

 ネメアが言い、スピンも頷く。そんな輪の中に、自分がいることがまだ、トワリには実感が湧かなかった。おいしい。だけど、どんな表情をすればいいのかわからない。

 

「トワリちゃん。全部食べたら、ご褒美をあげますよ」

 

 悪戯っぽく、エリザが笑う。ご褒美、と言う言葉はバルベルデの施設にいた時も、司祭様の下にいた時もよく使われたので知っている。実験や作戦の成功報酬として、気持ちよくなる薬を注射されたりした。完食すれば、いいのだろうか。そう思って、トワリは食べ進める。

 オニオンスープは温かくて、ちょっとだけ苦味があった、だけど、その苦味を感じられることが、少しだけ嬉しかった。

 ガレットの中には、焼いた卵とチーズ、それにベーコンが入っていた。それが口の中で溶け合って、こんがりした生地の中はとろけるほど美味しかった。

 食べ進めていくうちに、自然とトワリは朝食を完食していた。

 

「…………おいしかった、です」

 

「ふふ、ありがとうございます。それじゃあ、約束のご褒美です」

 

 そう言って、エリザは小さな小皿をトワリの前に置く。そこには、乳白色の、いまにも解けてしまいそうなものが乗っていた。

 

「わぁ……!」

 

 忘れもしない、アイスクリーム。あの悪夢のようなバルベルデでトワリが唯一持っている、楽しかった記憶。

 ネメアとの記憶。

 それが今、ここにある。

 

「ネメアお嬢様から聞いて、ご用意いたしました。トワリちゃん、私とも……家族になってくれますか?」

 

 そう言って、微笑むエリザ。スピンも、ネメアもそれを見守っている。

 

「いいの……? 私、スピンを殺しかけたんだよ?」

 

 正確には、生きていた。それでもあの時、衝動的に殺しそうになったのは事実だし、昨日も本気で殺そうとした。しかし、それを聞くとスピンは珈琲に口を付けて、それからトワリに語りかけた。

 

「あの時は、私もお前を挑発した。昨日は私も本気でお前を殺そうとした。だが、今私たちはこうして一緒に食卓を囲んでいる。ならば、それでいいだろう」

 

 それは、ノーリ家の長女として、強く、厳しく振舞っていたスピン・ノーリの顔ではなかった。

 ネメアやエリザの記憶の中にある、優しい姉の横顔だった。

 

「スピン……お姉ちゃん?」

 

「ああ」

 

 トワリの瞳に雫のようなものが溜まっていた。その雫は、ポロポロと零れ落ちていく。

 

「お姉ちゃん……。私……ここにいていいんだね……」

 

 トワリは、司祭様のところにいるレイナのことをふと思った。

 きっと今頃、レイナは寂しがってるのかもしれない。と。

 

 

 

 こうして、和やかな朝食を終えてエリザが食器を洗っている時だった。

 ずっと父からの着信を待っていたフィフスの端末に、ライトレードからの着信を知らせる音が響く。フィフスが慌てて通話ボタンを押すと、液晶モニタにライトレードの顔が映し出された。

 

「フィフス、今そこに全員いるか?」

 

「ええ、丁度朝食を終えたばかりだけど……」

 

「全員を集めろ。すぐに」

 

 ライトレードの表情と声は、鬼気迫るものがあった。言われるままにフィフスは、全員を呼び集める。

 

「ライトおじさん、何があったの?」

 

「ネメアか……連中、“ロワゾ・ブルー”とか言う奴ら、やりやがった!」

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

 時は、少しばかり遡る。

 プリベンター・ロックが報告を受けバルベルデに潜入した時、既にバルベルデは戦場と貸していた。青い翼を持つモビルスーツ、赤い鋏を持つモビルスーツ、緑色のガンダムタイプ・モビルスーツ。3機のモビルスーツの強襲により空港と、領事館。そして議事堂が戦場となっていた。バルベルデ側もモビルスーツや戦闘機、戦車を展開して応戦していたが、3機のモビルスーツは無双の強さでそれらを蹂躙している。その光景は、かつてロックが地球圏統一連合に所属していた時に見たガンダムの恐怖を思い出すものだった。

 

「あれが、報告にあった“ロワゾ・ブルー”なのか……?」

 

 本部と、直属の上司であるサリィ・ポォ……プリベンター・ウォーターに報告しなければ。議事堂の地下で様子を伺いながら、ロックはバルベルデでの任務を遂行していた。しかし、戦闘の音が地下にまで響いている。たった3機のモビルスーツに……一体、どれだけの激戦を繰り広げているのかまでは見れないが、ここに長居していてはロックまでも危険だということは理解できていた。

 

「だいたい、応戦するためのモビルスーツが多数あったってことは、ここもホワイトな組織じゃないんだろうな……」

 

 現在、あらゆる国家がモビルスーツを含めた武力による問題解決を禁止されている。にも関わらず、ここには警察用とは思えない数のリーオーや戦車、航空爆撃機が襲撃者への迎撃に出ていた。もしかしたら、隠れて武力を蓄えていたのかもしれない。“ロワゾ・ブルー”なる組織の全容がどうあれ、バルベルデには強制捜査に踏み入る必要があるだろう。そう考えながら、プリベンター・ロックは地下へ降りていく。そして、その先にはさらに多数のモビルスーツが隠されていた。

 

「なんだ、見たことのない機体があるな……」

 

 多くはリーオーだが、中には見たことのないタイプもある。形状こそリーオーに似ているが、脚部はリーオーよりも遥かにがっしりと太っていた。重モビルスーツ。データにはないタイプ。ロックは、恐る恐るそのモビルスーツに近づいていく。

 

「それは、サーペントと言います。モビルドールに対抗するために開発されていたリーオーの発展型です」

 

 背後で、声がした。振り返ると、女性がいた。美しい、黒髪の女性だった。修道服を着ている。

 

「あんた……知ってるのか?」

 

「ええ。この機体をここに持ち込んだのは、私ですから」

 

 そう、にこやかに笑う女性……。おそらく、この事態の関係者だろう。ロックは気を引き締めて、女性に質問する。

 

「知っているなら答えてくれ。ここはなんだ。何のために、この国はここまで武装している?」

 

「新しい世界を迎えるためです。新たな支配者による、正しい世界」

 

「…………」

 

 落ち着いて、ロックは警戒心を強めながら女性へと歩み寄る。一歩、二歩。背中に手を回し、隠していた拳銃を握る。最悪の事態に備えて。しかし次の瞬間、女性が柔かな笑みを浮かべた直後のことだった。女性の姿が歪む。そして、まるで霞のように女性は消えていった。

 

「なんだ……? ホログラム?」

 

 立体映像のホログラム。それを映し出していたのだろうか。だとしたら、誰が。何のためにそんなものを用意した。いや、何故ホログラムが自分に話しかけたのか。既に、潜入がバレているということだろうか。ともかく、現状の報告をしなければ。ロックは通信端末を開き、ウォーターへ回線を繋いだ。

 

「こちらロック。ウォーター応答してくれ」

 

「ウォーター、ここはヤバイ。襲撃者はいずれも見たことのないモビルスーツ。繰り返す。襲撃者は……」

 

 そして、その時だった。突然、ロックの思考に靄がかかる。

 

「…………?」

 

 コトン。と持っていた通信端末を落としたロックは、背中に隠していた護身用の拳銃を手に取った。

 声が、聞こえる。声が、敵が誰かを教えてくれる。その声のままに、ロックは、自らのこめかみに銃口を当て…………。

 

「俺の敵は……俺……」

 

 そのまま、引鉄を引いた。火薬の激しい破裂音が、ロックの聴いた最後の音だった。弾けた頭が地面に落ちる音を通信端末は広い……外での銃撃音が激しさを増し、そしてしんと静まり返った。

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

 “ロワゾ・ブルー”元老院はこの日、バルベルデの議事堂に集まることになっていた。召集されるメンバーの中には当然、シフル・ヴェルヌの名前もある。だからこそ、シフル・ヴェルヌはこの日この時間に襲撃した。

 真面目な元老院の老人方のことだ。昨日のうちに到着し、議事堂の隣にあるプリンスホテルに泊まっているかもしれない。或いは、遅くても朝の便で空港に着いているか、勤勉な方は領事館にでもいるかもしれない。そして、彼らの犬である兵隊はまるで蟻のように汗水を流している。

 

「空港をレイナ、領事館をトレンタ。そして私が……」

 

 議事堂。そこには憎き元老院が集まる。シフルは自身の愛機であるモビルスーツ……アストライアと名付けられた青い機体のコクピットの中で、その老人どもの顔を思い出していた。今思い返しても、憎々しい。私から夫と娘を奪った者達。その中にはシフルの父でもある先代ヴェルヌ家頭首もいる。その憎しみを募らせながら、シフルは操縦桿の近くに貼り付けた一枚の写真に目を落とす。

 

「もうすぐですよレイナ、クロウ……」

 

 その写真に映っていたのは、レイナ・ヴェルヌ……愛する娘と、クロウと呼ばれた男……今は亡き、レイナの父でありヴェルヌ家の婿。つまり、シフルの夫だった。

 クロウは、コロニーの科学者だった。脳医学や遺伝子工学を中心に、あらゆる分野を修めた博学な彼とは、コロニーで行われた、とある議会に父に付き添う形で同行して出会った。地球の貴族とコロニーの科学者。それは本来、出会うはずのないふたりだった。しかし、シフルはクロウに、クロウはシフルに恋をしてしまった。

 どんな理由だったかは、シフルも覚えていない。しかし、理由など後付けに過ぎないとシフルは思う。偶然出会い、偶然言葉を交わし、偶然好きになった。それを運命と言わずしてなんといえば良いのだろう!

 そうして二人は愛し合い、シフルはクロウの研究に相応しい場所を用意した。それが、“ロワゾ・ブルー”だった。

 ヴェルヌ家に迎えられたクロウは、自らの技術を結集し、遺伝子工学の技術を持って完璧なこどもを……レイナを作ってくれた。そして、病弱なレイナを改造して、強い子にしてくれた。

 シフル本人は、それを頼んだわけではない。ただ、父や元老院は、『優秀な後継者』を望んだので、その通りにした。貴族ですらない宇宙民の夫をヴェルヌ家が受け入れてくれたのは、ひとえにその技術力を手に入れたいからだ。そして、その技術力を持って生まれたレイナは……“ロワゾ・ブルー”の中で支配に懐疑的な思想を、宇宙の心を信奉していたオルト・ノーリがやがて“ロワゾ・ブルー”を二分する戦いを起こしてしまうという未来を見て……オルトを衝動的に射殺した。

 それが、もともと不安定だったレイナの心を壊してしまう決定的な事件となり、レイナは自殺。クロウは、レイナのクローンを作り……ゼロシステムを移植した。

 だが、自らの技術が愛する娘を殺してしまった。それが夫の心の均衡を破壊したことは、シフルにもわかっていた。

 クローンの娘を生み出したクロウは、自分の研究で生まれた副産物……つまり、遺伝子的に優れた人間を生み出すための研究を、反政府国家に売り渡した。その国の名前は、バルベルデ。しかし、クロウの研究成果を欲しがった元老院は、裏でバルベルデ政府を支援しつつ、あとで軍を率いて制圧。成果だけを徴収することを決定した。

 それは同時に、研究者としてのクロウをシフルの父を含む元老院が不要と断じるきっかけになった。心の均衡を壊し、倫理を平気で侵すマッドサイエンティストの……しかも貴族の血も持たぬ者を元老院や父は疎んでいたので、丁度よい機会だったのだろう。その決定が下されて間も無く、クロウは偽の招待状を掴まされてL4コロニー・バレンタインに赴いた。そして、コロニー爆破事件に巻き込まれてこの世を去った。

 元老院の、陰謀だった。当時若くして財団の中で強い力を持ち始めたトレーズにより、ノベンタやドーリアンといった“ロワゾ・ブルー”が疎んでいた要人は助かった。しかしクロウは彼らと別の場所にいたため、助からなかった。

 

「ようやくです、私の愛する人たちを奪った元老院に、“ロワゾ・ブルー”に、復讐する時が来ました」

 

 その言葉と同時に、シフル・ヴェルヌは回想をやめる。そして、アストライアは青い翼を広げて議事堂の上空を飛び……舞い降りた。

 衛兵達がリーオーに乗って駆けつける。サーペントは来ない。L3コロニーから密約で手に入れた新型には、シフルの息がかかった人間しか乗れないようにプロテクトをかけていた。だから、敵ではない。

 青いモビルスーツ……アストライアは、手に持つバスターライフルを掲げ、リーオーに照準を合わせる。偶然にもコロニーに密約を交わしに行った時、ガンダムの残骸を拾うことができたのは幸運だった。“ロワゾ・ブルー”の技術力を持ってしても、ガンダムの完全なコピーを作ることは不可能だった。しかし、実物が目の前にあるのであれば話が違う。

 バスターライフルから放たれた光は、周囲に電子障害を齎らし、空気をイオン化させる。つまり、ガンダム01……ウイングガンダムと全く同じ威力があった。ガンダニュウム合金を持たないリーオーは、一瞬で蒸発してしまう。

 

「バスターライフルは、想定通りの出力ですね」

 

 ならば、このアストライアのもうひとつの武器はどうだろうか。そう思いながら、周囲を見回す。リーオーやエアリーズといったモビルスーツ。それに、火力だけならリーオーよりも上の戦車などが既に、アストライアを取り囲んでいた。

 

「司祭様! どうしてこのようなことをするのですか!」

 

 リーオーのうち1機に乗るパイロットが、説得を試みようとしているのが聞こえた。バカだなぁ、とシフルは呆れる。こうして何もしていない、隙だらけの瞬間を狙わないのは、自分が彼の敬愛する「司祭様」だからだろうか。

 だとしたら、愚かしくて泣きたくなる。こうしている間にも、周囲の情報をアストライアは収集しているのに。今、倒さなければ死ぬのは彼らなのに。

 

「ああ、天よ。神よ。どうか、御許しください」

 

 せめて、苦しまずに死ねるよう、シフルは祈りを捧げた。

 

「司祭様……?」

 

 アストライアの全天周モニタと、事前に展開していたサブカメラが、いくつかの情報をシフルにくれた。兵隊はここにいるのが議事堂を守る全て。地下格納庫にまだリーオーとサーペントが残っている。これは有益な情報だ。それと、同じ場所に潜入工作員がひとり。そして、議事堂内部には元老院が5人。避難を始めている。その中には父もいた。

 まず、格納庫にいる工作員に挨拶しよう。サブカメラからホロを映写し、音声を流す。

 

「それは、サーペントと言います。モビルドールに対抗するために開発されていたリーオーの発展型です」

 

 工作員が振り返り、何かを聞いている。

 

「ええ。この機体をここに持ち込んだのは、私ですから」

 

 そして、守るべき民が襲われているのに避難を始めている、愚か者達に。

 

「お久しぶりです、お父様。それと、元老院の皆様もお変わりないようで」

 

 映像で父や老人どもが何やら喚いているが、全てを無視する。

 

「あなた方は、クロウのことを私が恨んでいないとお思いですか。私に発言権すら与えず、娘を戦闘マシーンにされたことに腹を立てていないとお思いですか?」

 

 大方、「だからと言ってこんなことをしていいはずがない」とでも正論を振りかざしているのだろう。無論、その通りだ。だからこそ、シフルは元老院の分も世界を背負うと決めたのだから。

 

「全ては、新しい世界を迎えるためです。新たな支配者による、正しい世界」

 

 そう、正しい世界。自分とレイナが支配する世界。このレイナとクロウを奪った世界への復讐。戦争により多くの血が流れる世界。私の感じた悲しみと怒りと憎しみと失望と虚無と諦めと憤懣と喜びと苦しみを、全ての人が感じられる世界。

 そのために、“ロワゾ・ブルー”の全てを手に入れる。司祭などという肩書きだけではない。元老院の権力も、命も、全て。

 だけど、簡単には殺してやらない。こいつらには、こいつらを守る兵隊どもにも、世界で最も残酷な死を味合わせなければ気が済まない。

 こうして問答している間に、システムのリンクは終了していた。効果適応半径も割り出した。トレンタとレイナは、巻き込まない。巻き込まれる工作員さんには、少しかわいそうだけど、彼の分も後で祈ってあげよう。死後の安らぎを。

 そして、シフル・ヴェルヌはアストライアの機能……天秤を解放する。

 

「ゼロシステム、サイコ・コネクト完了。……モード・『レミング』起動」 

 

 そう、シフル・ヴェルヌが呟いた瞬間。

 シフルの目の前で突然、アストライアを取り囲んでいたリーオーやエアリーズ、戦車達が同士討ちをはじめた。リーオーの持つライフルがエアリーズを落とし、戦車がそのリーオーを撃破する。しかしその戦車もエアリーズの墜落で下敷きになり、炎の中にいなくなる。そんな、味方が味方を攻撃し合う光景が、シフルの前で広がっていた。

 

「俺の敵、俺の……!」

 

「う、うわぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 意味のわからない言葉を吐き出しながら、絶叫する兵士達の断末魔がシフルの、アストライアのコクピットの回線から伝わった。それが、『レミング』の効果であると、シフルは理解していた。

 『レミング』旧世紀に集団自殺をすると考えられていた鼠の名前を与えられたそのシステムは、とあるコロニーで研究されていたインターフェイスである。開発者の名前は、マダムL。このシステムは、ゼロシステムと同様、人間の脳領域に影響を与えるシステムだった。ゼロシステムの「限界を超えた戦士を生み出す」機能には、パイロットの定めた敵を確実に倒す手段をシステムが与えるという属性がある。それにより、たとえ命を捨ててでもパイロットはシステムの定めた敵を追い詰める機械になってしまうというのが、ゼロシステムの欠陥だった。

 レミングは、それを精神感応波に乗せることで、周囲の人間にシステムの影響を与えるマインド・コントロール兵器。システム使用者が敵と認識したものを、影響下にあるすべての人間が敵と認識し、命を捨ててそれを追い詰めようとする。パイロット……つまりはシフル・ヴェルヌの定めた敵達。即ち目の前のモビルスーツや戦車の部隊。そして憎き元老院。それら……彼らにとっての自分自身を敵として認識した彼らは、集団自殺を始める。

 アストライアの天秤。そう、シフルはこのシステム……『レミング』を呼称していた。傾いた天秤は、決して戻ることはない。罪深きもの達が自らの手で自らに裁きを下す。

 目の前に、地獄が広がっている。罪人同士で罪人を裁き、共倒れする地獄。訳も分からぬまま、死んでいく地獄。その地獄の頂点に、天秤の守り手は君臨していた。

 

 味方のビームサーベルが、コクピットに刺さっているものがいた。

 自ら、ビームライフルで自身のコクピットを焼くものがいた。

 モビルスーツから飛び降りて、ひしゃげるものがいた。

 コクピットの中で、互いにナイフを突き立て合う戦車兵がいた。

 

「さて、と」

 

 モニタの表示をサブカメラに帰ると、元老院達はその爪や歯で、互いの肉を食いちぎり、目を押し潰し、血の雨の中に倒れていた。さらにカメラを切り替えると、工作員の男は拳銃自殺していた。

 

「……『レミング』解除。ゼロシステム起動終了」

 

 シフルは、起こった現象に満足げな笑みを浮かべて、アストライアの天秤を……『レミング』と呼ばれたそのシステムを切る。残ったのは屍山血河と、その頂点で君臨する青い羽根のモビルスーツ。

 

「……『レミング』も十分に効果を発揮してくれましたね」

 

 あとは、トレンタとレイナが終わるのを待ち……外で待機している。自分のシンパをこの国に迎え入れる。それで、クーデターは終了。

 

「それにしても……」

 

 その血の河の中で、シフル・ヴェルヌは呟いた。

 

「これだけの人の分、祈ってあげるのも大変ですね」

 

 それは、心の底から漏れた愚痴だった。

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

 

「あいつら、やりやがった!」

 

 ネメアは、通話越しに叫ぶライトレードの怒声を聞いていた。しかし、それだけでは何をしたのかわからない。ただ、只事でないことだけはその場にいる全員が理解できた。

 

「待って、何をやったの」

 

「ああ、すまん。ともかく、これを見ろ!」

 

 そう言って、ライトレードは数枚の写真をカメラに映していく。そこには、激しい戦闘が映し出されていた。場所は、ネメアにも見覚えがある。

 一枚目は、バルベルデ国際議事堂。ここにバルベルデ軍は本拠地を構えていた。そこには青い翼を持つモビルスーツが君臨しており、周辺には無数の兵器の残骸が転がっている。吹き出したオイルはまるで血のようだった。いや、よく見ると人間の死体も転がっている。

 二枚目は、バルベルデ領事館。戦後に作られた場所だが、バルベルデの外交の肝であり、ある意味中立地帯。そこは既に火の海と化していた。赤いモビルスーツ……大型のカニバサミを持った、カルキノスとか言うやつが映っており、この光景の主犯なのだろう。

 そして三枚目は、空港だった。航空機が燃えている。それは明らかに民間機に見えた。逃げ惑う人の姿を、写真は克明に映し出している。そして、その中でリーオーを貫いているのは間違い無く、ガンダムヘラクレスだった。

 

「ヘラクレス……レイナ……」

 

 レイナが、こんなことを。ネメアの脳裏に、あの言葉が浮かび上がる。それを振り払うように、ネメアは歯噛みした。

 

「バルベルデで……司祭様はクーデターを起こすって、言ってた」

 

 その写真を確認し、トワリが呟く。

 

「クーデター? そうか……今日は元老院の老人どもが集まる日か」

 

 納得したように、スピン。

 通話先のライトレードは、端末を隣にいた女性に渡す。「サリィ!」とフィフスが言うので、彼女が統一国家の人間……旧連合のサリィ・ポォなのだろう。とネメアは思った。

 

「私のことはプリベンター・ウォーターとお呼びください。現在、国家規模でバルベルデと音信不通となっています。偵察隊が撮影した映像もだいぶ破損していて、先ほどの3枚の写真だけが復元できた状態です」

 

「……それで、あなたたちはどうするの?」

 

「勿論、バルベルデの解放作戦を立てますが……現在、プリベンターの主要施設に“ロワゾ・ブルー”と思われる者達が襲撃をかけてきて……プリベンターも、行動が遅れているというのが実情です。動けるのは、私以下数名のエージェントのみとなります」

 

「…………レギュラスの高機動ユニットなら、3時間もあればバルベルデへ着くわ」

 

 つまり、来たのだ。決戦の時が。ネメアは踵を返し、地下の格納庫に向かおうとする。しかし、「待て、ネメア」という声に呼び止められる。

 

「お姉様、止めないで……」

 

「……トールギス・ファントムも、そのくらいの速度で飛行が可能だ」

 

 そう言って、スピンが不敵に笑っていた。

 

「あなた、無茶よ!」

 

 真っ先にそう言ったのは、ドクター・フィフス。

 

「あなたの怪我、生きてる方が不思議なのよ、それに、足だって骨折して……」

 

 しかし、スピンは不敵に笑ったまま、床に寝転がる。そして、折れているという足を思いっきり地面に叩きつけた。

 

「ちょっ、あなた……!」

 

「スピン!?」

 

 フィフスと、エリザが同時に悲鳴を上げる。ネメアとトワリも、咄嗟に口元を抑えた。しかし、スピンはそのまま叩きつけた足を動かしてみる。すると、不思議なくらい自然に動いていた。

 

「……嘘でしょ、骨折を自力で治した……?」

 

 現代医学の敗北を目の当たりにし、フィフスは呆然と呟く。

 

「お姉様……本当に人間?」

 

 呆れたように、ネメア。

 

「……っ。長女だからできる。次女には無理だ」

 

 こともなげにスピンは言い放ち、ネメアと並ぶ。

 

「私とネメアが先に行く。それでどうにかするしかあるまい」

 

「……報告にあるガンダムと、トールギス・ファントムのスペックは、ライトレード警部の資料から拝見しました。確かに、今すぐに用意できる戦力としては、頭一つ抜けています」

 

 モビルスーツを隠し持っていたことはこの際、不問にしましょう。そう、プリベンター・ウォーターは付け加える。それを聞いて、格納庫に向かうスピンとネメア。しかし、ネメアの背後に小さな気配と体温が伝わって、また足を止めた。

 

「ねえ、お姉ちゃん……私も戦いたい」

 

「トワリ……」

 

 トワリは、小さな身体でネメアに呼びかける。

 

「私、お姉ちゃんや、スピン……お姉ちゃんや、エリザお姉ちゃんのおかげで、やっと居場所ができたの。だから、今度は命令じゃなくて、自分の意思で戦いたい。大切な場所と、大切な人を守るために」

 

「でも、あなたのガンダムは……」

 

 ウイングガンダム“スターダスト”は、レギュラスとの戦いでほとんど壊れていた。そんな状態では。そうネメアが言おうとして、それをスピンが制す。

 

「トワリ……私の可愛い妹よ。お前も、獅子の末娘として戦うのだな」

 

「……スピンの言ってること、あんまりわかんないけど。そう」

 

 それを聞くと、ふっと笑いスピンはエリザを呼ぶ。

 

「エリザ、この新たな獅子に紹介してやれ。トワリの……新しい翼を」

 

「え……?」

 

「新しい、翼……?」

 

 エリザは恭しくエプロンドレスを持ち上げて一礼する。

 

「承りました、スピン。さあ、トワリちゃん。こっちですよ」

 

 そう言って、トワリの手を引いてネメアとスピンを追い越し、地下格納庫へ向かった。

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

 地下格納庫に、それはあった。レギュラスとお揃いの、白い体躯。青い翼は白く塗り直されており、大破した部分も生まれ変わっている。特に、ほとんど新造されていた“スターダスト”の下半身は、ネメアがデータで見たガンダム01……ウイングガンダムと完全に一致していた。

 

「スターダスト……?」

 

 トワリの愛機の面影が、確かにある。これは間違いなく、ウイングガンダム・スターダストだった。しかし、純白と、細部に施された翠色の意匠は星屑というよりも、むしろ。

 

「この機体は、ウイングガンダム ・シューティングスター……。トワリちゃんのスターダストを、ここにあったレギュラスとヘラクレスの予備パーツ。それとガンダムの設計図をベースに蘇らせた機体です」

 

 えっへん、とエリザが胸を張る。

 

「エリザ、こんなことをしてたの……?」

 

 驚嘆の声を、ネメアが上げた。

 

「ええ、スピンお嬢様からのご命令で。新しい妹に、相応しい翼を。と。早起きして仕上げました。出来立てホヤホヤですよ」

 

 エリザってすごい。ネメアは心から、そう思った。

 

「バスターライフルはオミットした。代わりに、格闘戦型の装備がついている。トワリなら、やれるはずだ」

 

 そう、スピンが言う。

 

「そのバスターライフルは?」

 

「トールギス・ファントムに。昨日の戦いでドーバーガンを失ったからな。『魔弾の射手』とやらを使わせてもらう」

 

「……お姉様、抜け目ないわね」

 

 呆れたように、ネメアが呟いた。

 

「現状、レギュラスでは使えんのだから問題あるまい」

 

 何が問題だ、と言わんばかりにスピン。最も、『魔弾の射手』がなくてもレギュラスは強力なのだからたしかに、主力武器を失ったトールギスにそれを使ってもらうのは理想かもしれなかった。

 

「シューティングスター……流れ星……?」

 

 ネメアお姉ちゃんのレギュラスとお揃いの、白いガンダムに生まれ変わった愛機を見つめながら、トワリが呟く。

 

「ええ、流れ星。知ってますかトワリちゃん。流れ星には、願いを叶える力があるんですよ」

 

 そう言って、エリザが笑う。

 

「願いを、叶える……」

 

 トワリには、あまり実感が湧かなかった。しかし、その言葉の響きはとても、好きだった。トワリは、エリザに向き直り、にこりと笑いかける。

 

「ありがとう、エリザお姉ちゃん」

 

 エリザは、「くぅぅぅん……」と奇声を発していた。それを聞いて、トワリは白い流れ星に向き直る。

 

「シューティングスター……私の願いを、叶えて」

 

 それは、決意だった。絶対に、この場所を守る。トワリがいていい場所。大事な家族を。

 

 

 

「それじゃ、行きましょうお姉様、トワリ」

 

「ああ……!」

 

「うん……!」

 

 それぞれの機体のコクピットへ、乗り込んでいく3人。それを見守るフィフスと、エリザ。

 

「お嬢様たち。今日の夕食はどうしましょう」

 

 エリザは管制を使い3人に、通信を入れる。

 

「そうだな……お前の得意な、パスタがいい」

 

 スピンがまず、そう答える。

 

「私、エリザお姉ちゃんのパスタ食べたことない……だから楽しみ!」

 

 トワリがそう言って、笑う。

 

「エリザ……夕食は、5人分用意しておいて」

 

 最後に、ネメア。5人分。それが何を意味しているのか理解して、エリザはクスッと笑った。

 

「かしこまりました。では……お気をつけて」

 

「ええ。それじゃあ……行ってきます!」

 

 そうして、最初に飛び出したのはトールギス・ファントムだ。強烈な重力加速度をスピンに浴びせ、一目散に飛んでいく。

 

「だいぶ……身体がトールギスに馴染んできたな。これなら、戦える!」

 

 スピン・ノーリは既に、トールギスという機体を乗りこなしていた。殺人的と形容冴える加速にさえ耐えて見せ、そしてサポートデバイスの補助ありとはいえ、しっかりと操縦できる。

 

 次に飛び出したのは、ウイングガンダム・シューティングスター。白いバード形態は、空高く加速していく。

 

「コクピットまわりも、安全になってる……エアバック機能もある!」

 

 トワリは、そんなエリザのささやかな心遣いに感謝しつつ、コクピットの脇にあるものを見つける。それは、チョコレートだった。箱に入った、丸いチョコレート。そこには、小さな紙が添えられている。

 

『どうしても薬がほしくなったら、これを食べてください。甘くて、薬のことなんて忘れますよ』

 

 と、そう書き残されていた。

 

「…………うん、知ってるよ。エリザお姉ちゃん」

 

 チョコレートの味。お姉ちゃんと食べた甘い味。トワリの、大好きな味。それを思い出して、トワリは少しだけ幸せを感じた。

 

 最後に飛んで行ったのは、ネメアのガンダムレギュラス。白い翼をはためかせ、瞬く間にスピンと、トワリに追いついていく。

 レオシステムは、ネメアに囁き続ける。レイナを殺せと。

 

「黙りなさい、レギュラス……!」

 

 その囁きを打ち消すように、ネメアはレギュラスを支配する。獅子の心臓となりて、その恐怖を、不安を飼い慣らす。

 

「レイナ……」

 

 行く先に、レイナがいる。レイナは、待っている。「早く私を殺しにきて」と。泣きながら、待っている。あの時、自分が弱くて不甲斐ないばかりにレイナを殺せなかった。だけど、今は違う。

 

「私は……約束を守るよ。レイナ」

 

 大好きなレイナ。その微笑みを、黒曜石の瞳と、艶やかな黒髪を、雪のように白い肌を、ネメアは思い出す。あの時、ネメアの腕の中で震えていたレイナを、思い出す。

 

『あんたを、殺す』

 

 確かにあの時、ネメアはそう言った。そして、その言葉に縛られて、雁字搦めになって、今まで動けずにいた。

 だけど、今ならはっきりと見える。ネメアが殺すべきものが。

 

「私は……レイナを……」

 

 レイナを。レイナを。レイナを…………。逸る気持ちを翼に乗せて、レギュラスは飛んでいった。

 向かう先に、愛する少女がいる。それだけで、ネメアの心は昂ぶっていた。




アストライア
シフル・ヴェルヌが搭乗するモビルスーツ。カルキノス同様、“ロワゾ・ブルー”が独自に作り上げた機体であり、この機体はシフル・ヴェルヌのオーダーメイド・モビルスーツでもある。外見的な特徴は組織の象徴である青い羽根のように見えるウイングユニットを持っていること。また、スターダストへウイングガンダムをリビルドする際に取ったデータからバスターライフルの複製に成功している。
しかし、この機体最大の特徴は、ゼロシステムの発展型とも言える機能。『レミング・システム』である。このシステムを搭載することで、アストライアは『支配者のためのモビルスーツ』として完成した。


レミング・システム
外伝小説「右手に鎌を左手に君を」に登場するモビルスーツ・レミングに搭載された機能。
システム開発者はドクターJらのかつての研究仲間であったマダムLことルイーザ・ラヴクラフト。
ゼロシステムと同様のルーチンを組み込まれたシステムだが、その対象はパイロットではなく、周囲の人間。
周囲の人間にパイロットの敵意を伝播させ、同士討ち、集団自殺を誘発させるシステム。
ゼロシステムを跳ね除ける強い精神力を持つ人間はこのマインドコントロールに抗うことが可能だが、システム影響下に置かれた人間はゼロシステムの支配下にあるのと同様の凶暴化及び戦闘力の増強を起こす。
原作ではデュオ・マックスウェルにより葬られたが、それを復元したシフルによりアストライアに搭載された。
シフル・ヴェルヌはこのシステムをし、「アストライアの天秤」と呼んでいる。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。