新機動戦記ガンダムW~scarred Leo-   作:元ゴリラ

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魔弾の射手
トレーズ・クシュリナーダが考案した『対モビルドール用特殊装備』の試作型。
ガンダムレギュラスに装備されていたが、後にトールギス・ファントムに移植される。
その多くは決闘を重んじるトレーズの騎士道精神に反するものであり、トレーズはこれを「獣狩りの作法」と呼んでいたという。しかし、特殊な弾頭を射出する砲身の方に問題があり、正式採用は見送られた。
尚、この機能を推し進めて考案されたのが後のガンダムアクエリアスとなったらしいが、詳細は不明。

ウイングガンダム ・シューティングスター
ウイングガンダム ・スターダストを改修した機体。青い機体色は白と緑に一新され、スターダストでは大幅に変更されていた脚部はウイングガンダム 本来のものに戻っている。
右腕はレギュラスの決闘用装備から移植された伸縮型のワイバーンハングが追加装備されており、より格闘戦に特化した機体になっている。


ネメア

 『私』には、家族がいた。お父さんと、お母さん。お父さんは技術者で、学者さんで、毎日のように家の奥にある実験室に籠っては色々な研究をしていた。お母さんは、聖職者っていうらしい。毎日神様にお祈りをして、困っている人の話を聞いてあげたり、日曜日には礼拝に出席していた。

 『私』……レイナ・ヴェルヌは、そんなお父さん……クロウ・ヴェルヌと、お母さん……シフル・ヴェルヌの間に生まれたこどもで、将来はお母さんの後を継ぐことになっているらしい。『私』は、そのために生まれたんだってお祖父様は言っていたから。それをお母さんもお父さんも否定しなかった。ただ、その時のために沢山勉強をして、そしてそれまでたくさん甘えなさい。と、お母さんは微笑んでくれたから、『私』は頑張ることができた。

 だけど、お母さんの後を継ぐ為に生まれた『私』の身体は弱くて、少し頑張るだけで体調を崩してしまう。お父さんは、自分のミスだと言っていた。違うの、身体が弱いのは『私』のせいなの。だから、自分を責めないで。そう言いたくても言えないほどの高熱に侵されながら、『私』はベッドの上での生活を余儀なくされた。

 ある時、お父さんは『私』の身体を治してくれた。サイボーグ手術というらしい。詳しいことは『私』にもよくわからないけれど、それ以来身体の具合が悪くなることはなくなった。

 だけど、今度は毎日悪い夢を見るようになった。お父さんとお母さんが死んでしまう夢。戦争が起きて、地球と宇宙が2つに分かれて戦う夢。お父さんは宇宙の出身だから、地球の敵だってお祖父様に処刑される夢。それに怒ったお母さんが、お祖父様を殺す夢。そうしてまた誰かがお母さんを殺す夢。誰かが誰かを殺す。そんな連鎖が終わらない夢。

 日を追うごとにその夢はリアリティを増して、『私』はそれが現実になるって確信していった。どうすれば、止められるのだろう。どうすれば、いいのだろう。誰を殺せば、それは起こらないのだろう。そんなことばかりを考えるようになっていたある日、『私』は一冊の本を読んだ。

 タイトルは、『宇宙の心』。作者は、ヒイロ・ユイ。

 不思議な本だった。この本は、人の本質は弱者であり、闘争とは人が強く在ろうとする、在らねばならないとする心の弱さに起因するものであると記されていた。そして、支配とは闘争に勝利したものが行う権利と義務であり、弱者は正しく支配されることに喜びを感じるものである。とも。

しかし支配という制度はやがて支配者の腐敗を生み、腐敗に憤ったものは支配者に戦いを挑み、革命を起こす。

支配による平和は常に、平和の腐敗と戦争の悲劇と、革命の凱歌という歴史を生む。その終わらない円舞曲を終わらせるために、人は支配という軛から解き放たれるべきだ。と、この本は記している。

 支配者はいらない。それは、お祖父様やお母さんの話す平和と食い違っていた。

 人は支配者によって平和に統治されるって、お母さんは言っていた。だけどこの本は、支配が戦争を生むと言っている。

 きっと、こんな本があるから戦争が起きるんだ。『私』は、そう思った。だって、それはつまり、お母さんやお祖父様の教えを受け入れない人がいるということだから。この本が、戦争を生み出すんだ。だから、この本を信じてる人を殺さなきゃ。

 『私』の敵は、宇宙の心。宇宙の心が、戦争を生み出す。

 それからほどなくして、『私』はお母さんに連れられて、親交のある貴族の、ノーリさんという家の誕生日パーティーに行った。そこで、『私』は同い年くらいの女の子と出会った。今日は、その子の10歳の誕生日パーティーなんだって。

 最初に見た時、すごく綺麗な子だと思った。長い金髪が艶めいてて、まるで物語のお姫様みたいなドレスを着た女の子。不思議の国のアリスが、シンデレラの魔法にかけられたような、そんなお姫様。

 女の子は、パパからの誕生日プレゼントだっていうくまのぬいぐるみを抱いていた。その姿も、可愛らしかった。

 『私』は、その子と友達になりたくて……駆け出していった。

 

「私はレイナ・ヴェルヌ。あなたは?」

 

 女の子は、最初はビクッとして……だけど、『私』の目を見て言った。

 

 

「……ネメア。ネメア・ノーリです」 

 

 ネメア。すごく綺麗な、素敵な名前だなって思った。『私』はその子と遊びたかったけど、ネメアは今日の主役でもあるから、大人の人がたくさんやってきて挨拶をしていた。だから、「また後で遊びましょ」と言って、『私』はその場を後にして……そこで敵に出会った。

 敵は、高価なスーツを纏った男の人で、この人もやはり色々な人と握手をしたり、会話を弾ませたりしていた。その中で、『私』は聞いてしまった。

 

「オルトさん、娘さんのお誕生日おめでとうございます」

 

「ああ、ありがとう。娘が大人になる頃には、宇宙の心が……完全な平和が実現できるように私も益々、励まなければな」

 

 その言葉を聞いた時だった。『私』には、未来が見えた。

 遠くない未来、地球は戦争になる。地球に空が落ちてくる。落ちてきた空は、たくさんの人を殺す。そして、流れ星に乗った星の王子様達が、たくさんの人を殺しにやってくる。その鍵が、宇宙の心。

 今ここで、殺さなきゃ。そう思った『私』は、ポーチの中から拳銃を取り出した。お母さんのものを、黙って持ち出した。どうしてそんなことをしたのかは、覚えていない。だけど、ここに世界を変える武器がある。

 銃口を向けて、狙いを定めて……やり方は全て、頭の中で声がして教えてくれた。心拍数も上がらず、興奮もしなかった。ただ、機械のように冷徹に、引き金を引いた。

 

 正気に戻ったのは、倒れている男の人と、その側で泣いている女の子……ネメアの姿を見てからだった。そこで、はじめて『私』は自分が何をしたのかを知った。

 

「あ、ああ……」

 

 その時、気づいてしまった。

 宇宙の心は……世界を戦争に、殺し合いに導いてしまうものは。

 『私』だった。

 

 『私』は、逃げるようにその場を後にし……それから、ビルの屋上へ行った。

 全ての清算を、しなきゃいけないから。

 その後のことは、全てが逆さまの視界と、身体を切るような風の激しさだけを覚えている。だけど、その僅かな時間に『私』は、ただ謝ることしかできなかった。

 

「ごめんなさい、お父さん」

 

 せっかく、健康にしてくれたのに。

 

「ごめんなさい、お母さん」

 

 『私』は、あなたの後継者にはなれません。

 

「ごめんなさい、ネメア」

 

 あなたの友達に、なりたかった。

 

 そうして、『私』は……。レイナ・ヴェルヌは、死んだ。

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

「…………夢?」

 

 怖い夢を見て、レイナは目を覚ました。バルベルデの空港を襲撃して……お母さん、シフル・ヴェルヌと合流して。それから議事堂の地下にある秘密の格納庫にヘラクレスを収容したところまでは、覚えている。

 

「そっか、わたし……」

 

 格納庫で死んでいる男の人や、廊下で血まみれになって死んでいる人たちを見て、気分が悪くなって……逃げるようにして客間のベッドで眠ったことを、レイナは思い出した。

 

「……わたしが、やったんだ」

 

 正確には、シフル・ヴェルヌが。しかし、加担した時点で自分も同罪とレイナは思う。自分が大量虐殺に加担した。その事実を思い出すだけで、吐きそうになる。

 

「……ネメア」

 

 どうして、ネメアは自分を殺してくれなかったのだろう。自分と、シフルをあの時殺してくれれば、ここの人たちは死ぬことはなかったのに。

 どうして、自分はネメアと出会ってしまったのだろう。ネメアと出会わなければきっと、こんなことをしても平気なマシーンに徹することができたのに。

 どうして、自分はネメアを好きになってしまったのだろう。こんな気持ちをしらなければ、きっと…………。

 ベッドで蹲りながら、レイナの思考は堂々巡りに陥っていた。そして、ふと今日の日付を確認する。10月の末日。秋風が冬の寒さを連れてくる季節。それは、レイナ・ヴェルヌの命日だった。

 

「そっか、今日は……ネメアの誕生日……」

 

 それと同時に、ネメアの誕生日でもある。ネメア・ノーリがレイナ・ヴェルヌと出会い、そしてオルト・ノーリとレイナ・ヴェルヌが死んだ日。

 だから、あんな夢を見たのだろうか。ゼロシステムの……レイナの中で駆動する情報処理システムの中に残っているレイナ・ヴェルヌの記録。或いは残留思念。

 これがある限り、レイナは一生、レイナ・ヴェルヌなのだ。シフル・ヴェルヌの娘であり、支配者の器。それは、ネメアが殺すべきもの。

 なのに、ネメアは殺してくれなかった。そのことを思い出すとまた、思考はぐるぐると渦巻いてしまう。それを打ち切ったのは、お母さん……シフル・ヴェルヌからの呼び出し。

 

「……行かなきゃ」

 

 お母さんが、呼んでいる。きっと、戦いなのだろう。戦いの場に出ると、自然と心が落ち着いてしまう。ゼロシステムがそうさせてくれる。ヘラクレスの声を受け入れていれば、楽になれる。このように懺悔と後悔と、ネメアへの想いの中に埋没して溺れるよりもずっと楽になれる。

 ベッドから上体を起こし、汗にまみれた服を脱ぎ捨てる。下着を着替え、お母さんが……シフル・ヴェルヌが用意してくれた衣服を着る。モビルスーツの中でも苦しくないように設計された薄手の生地はしかし丈夫な素材でできていて、まるでどれだけ人を殺しても平気なヘラクレスの中の自分のようだった。

 ふと、ネメアが着せてくれたドレスを思い出した。あのドレスは、ネメア達のところに置いてきてしまった。だけど、それでいい。もう、あのドレスを纏う資格は自分にはない。レイナが着る資格を持つのは、この真紅のワンピース。血のように赤い、まるでレイナの手のようなそれを纏いレイナは、母の待つ地下格納庫へ向かった。

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

 レイナが格納庫に着いた時、ヘラクレスの姿が大きく変わっていた。簡素なバックパックに、大きなスラスターが追加されている。その後ろにはラウンドシールドが背負われており、それがより一層、ヘラクレスを大きく見せる。

 

「……ヘラクレス」

 

 その大きなバックパックを背負った姿は、記憶を失う前に見た悪魔のような羽根を持つガンダムに似ている気がした。悪魔の羽根。それが自分にはとても似合うとレイナは思った。

 

「完成したエピオン・ユニットをヘラクレスに装備しました。これでヘラクレスは飛行能力と、従来以上の推進力を得ることができます」

 

 レイナの隣に立って、母が……シフルが言う。

 

「……そうですか」

 

 戦闘能力の向上。それそのものにレイナはあまり興味はない。ヘラクレスより強いモビルスーツなどあるわけがないのだから、これ以上強くなってもそれそのものは無価値だった。ただ、この翼はまるで、地獄の果てにレイナを連れて行ってしまうのではないだろうか。そんな期待があった。

 

「……お母さんは、今日が何の日か憶えていますか?」

 

 ふと、レイナはそんな些細なことが気になった。

 

「ええ、もちろん。今日は……とても、とても悲しいことがあった日。お母さんの大切な友達……オルトと、愛する娘が……レイナが亡くなった日」

 

 そう言って、シフルは悲しげに目を細める。それから、すぐにいつもの笑顔を作って見せた。

 

「だから、この日にクーデターを起こせたことに感謝しています。今日のために、私の人生はあったのですから」

 

 にこやかにそう言ってのける母が……シフルがレイナには、わからない。それが機械人間だから理解できないのか、それとも本物のレイナ・ヴェルヌでも理解できないのかすら、レイナにはわからなかった。

 ただ、シフルの奥底にあるものがとても深く、昏いものであることだけは、レイナにもわかる。いや、レイナにしかわからない。

 シフル・ヴェルヌを信仰している人間は、きっと慈悲深い司祭様だと思っているから気付かない。その奥にある狂気に。そうでなければ、シフル・ヴェルヌのような狂った人間に従ったりはしない。シフル・ヴェルヌは……レイナのお母さんは、人のほしい言葉をくれる。だから人はシフルを信仰する。シフルを信仰している人は、シフルの作る未来が素晴らしいものだと信じて疑わない。 それが、レイナには腹立たしい。何よりレイナを苛立たせるのは、自分自身もそのシフルが作る未来のために必要なパーツであることだった。

 だから、“ロワゾ・ブルー”に来てから、レイナはとても丁重に扱われている。当然だ。シフル・ヴェルヌを信仰するシンパ達からすれば、シフルの娘であるレイナは、司祭様同様の存在なのだろう。何しろ、シフルはレイナを次の時代の支配者にしようとしているのだから。

 

「……お母さんは、私が戦うことが嫌じゃないの?」

 

 そんな次の支配者のために、お母さんは……司祭様はモビルスーツを整えてくれている。戦いの場に出ることを止めようとしない。それは、レイナにとって不可解なことでもあった。

 

「……本当はね、レイナが戦うことは嫌よ」

 

 そんなシフル・ヴェルヌは、レイナを諭すように言う。

 

「だけど、あなたには戦う資格がある。あなたの人生を狂わせた全てと。ネメア・ノーリと」

 

 そう言って、微笑みかける。

 

「ネメアが……私を狂わせる?」

 

「そう。あなたが戦場に出るのは、ネメアに殺されたいから。でしょう?」

 

 コクリ、とレイナは首肯する。

 

「それが、狂っているってことなの。殺されるために戦うなんて、おかしいでしょう?」

 

 そうなのだろうか、とレイナは首を傾げる。

 

「だから、あなたはネメア・ノーリと戦わなければならない。あなた自身を縛る、ネメア・ノーリという枷から解き放たれなければならない」

 

 そうなのかもしれない。とレイナは段々と思ってきた。しかし、だからどうしたというのだろうか。

 ネメアも、運命に縛られて自由になれないでいる。ネメアが自由になるには、レイナを殺すしかない。きっと、みんな運命の奴隷なのだ。それが、レイナがネメアと過ごし、そして別れて悟った真理だった。

 きっと、お母さん……シフル・ヴェルヌという人物も運命の奴隷なのだろう。そして、その運命をシフルは受け入れている。ネメアと違って。

 レイナにとって、この運命は……ネメアに殺されることによってのみ解放される呪いなのだ。そして、その時は近づいている。そんな期待がある。

 

「……実は、トレンタがもう出撃しています」

 

 そんな期待を肯定するように、シフルは続ける。

 

「バルベルデに急速で接近するモビルスーツが3機。おそらく、ネメア・ノーリ達でしょう」

 

「ネメアが……?」

 

 ネメアが、来ている。ネメアが、近づいている。

 それは、レイナの期待を肯定するものだった。

 

「ネメアはきっと、わたしを殺しに来てくれたんだ……」

 

 あったかい。ぽかぽかする。嬉しい。ネメアならきっと、わたしを終わらせてくれる。そんな衝動のまま、駆け出した。そしてそのまま、レイナはヘラクレスのコクピットへ急ぐ。

 

「行くのですか、レイナ」

 

 コクピットの外で、お母さんの声がする。その声は相変わらず、何を思っているのかわかりづらい。だけど、その奥底にあるものが今ならレイナにもわかる。

 シフル・ヴェルヌは、世界の支配になど本質的には興味がない。ただ、戦争がしたいだけ。それを微笑のヴェールで隠し、言葉巧みに人を操り……このクーデターを成功させた。この後どうする気なのかはわからない。しかし、シフルがしていることは本質的には私情なのだと。私情でしか戦ったことのない……シフルと血の繋がったレイナには、それがわかった。

 だから、私情で戦うことに口を挟ませる気は無い。

 

「トレンタなんかに、ネメアは殺させない。ネメアは、『私』を殺してくれるから」

 

「……もし、ネメアがあなたを殺さなかったら?」

 

「その時は……。わたしが、『私』がネメアを殺します」

 

 ヘラクレスのゼロシステムが起動し、全ての情報が伝わる。この感覚が最初は嫌だった。だけど、今はこの感覚が心地いい。そのヘラクレスは、ネメアを殺す方法をいくらでも教えてくれる。レイナは、ヘラクレスとひとつになることで自分を殺せる。ならば、もしネメアが殺してくれないのなら、ヘラクレスとひとつになろう。そう、決意していた。背中のエピオン・ユニットの使い方すらダイレクトにヘラクレスは教えてくれる。その瞳に光が灯ると同時……翼を開き、飛び立って行った。

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

 ネメア達が出撃してきっかり3時間。バルベルデは既に、司会に捉えられるほどまで迫っていた。快晴の空の下には、複数の黒いモビルドール……トーラスが飛んでいる。

 

「バルベルデに、トーラスなんて配備されていたかしら」

 

 トーラスの生産台数は決して多くはない。ロームフェラ財団はモビルドール部隊の主力としてビルゴの生産に移行したため、トーラスのモビルドールは昨年の戦争後期には生産数を下降させていった。現在残るモビルドールの多くは、資源衛星の護衛といった任務に使われている。にも関わらず、“ロワゾ・ブルー”はこれまでにもそれなりの数、モビルドールを使役していた。

 

「モビルドールを、横流ししてもらってるの」

 

 シューティングスターのトワリが、そう答える。

 

「奴らは表向きにコロニー公社のカバーを持っていてな。その名前を使っているのだろう」

 

 と、スピン。

 

「宇宙にも拠点があるのね……それなら、連中がガンダムを修復できたり、ガンダニュウム製モビルスーツを持ってても納得できるわ」

 

 ガンダニュウム合金は、宇宙でしか生産できない金属だ。それ故にOZは当初、それを持ち合わせていなかった。しかし……OZが宇宙を懐柔したことで手に入れた資源衛星から、多数のガンダニュウム合金を入手し、ガンダニュウム製モビルスーツをOZも手に入れた。そしてOZはロームフェラの傘下であり、ロームフェラの裏で“ロワゾ・ブルー”が糸を引いていたのだから、彼らがリーオーやエアリーズだけでなく、モビルドールやカルキノスのような独自のモビルスーツまで所持していたことにも納得がいく。トーラスを多数所持していることも含めて、だ。

 トーラス部隊とネメア達の距離は、ジリジリと近づいていた。避けて通ることはできない。既にモビルドールもこちらの存在を察知し、ビームカノンをノズルに搭載した飛行形態で近づいている。

 

「私に任せてもらおう」

 

 先手を打ったのは、スピンとトールギス・ファントムだった。トールギスがバスターライフル……魔弾の射手を構える。そして、その銃口から一発の銃弾が飛び、輝いた。すると、トーラスは動きを止め、海に落ちていく。

 

「魔弾の2発目はウイルス……か。トレーズめ、よくこんなものを作ったものだ」

 

 アンチ・モビルドール・ウイルス。半径数十キロ圏内のモビルドール・プログラムに特殊な磁場を浴びせ、そのコントロールを狂わせる特殊な電波信号。そのモビルドールを確実に行動不能に陥らせるコンピューターウイルスを、一発の弾丸の形にしたもの。トレーズの理想としての『闘い』において、無人のモビルドールはその理想を蹂躙するものであった。そのモビルドールを行動不能にするウイルス。トレーズはそれを試作的にひとつだけ完成させ、“魔弾”にしていたらしい。その威力を前に、バルベルデ上空を警備していたモビルドール達は次々と行動を停止し墜ちていく。

 

「今はモビルドールごときに構ってはいられんからな。急ぐぞネメア、トワリ!」

 

 トールギス・ファントムが加速し、先陣を切る。目指すは議事堂。おそらく、そこにシフル・ヴェルヌはいる。バルベルデの領土内に機体を突入させたトールギス・ファントムはしかし、突如放たれた砲弾を躱し切れずシールドを吹き飛ばされる。

 

「ッ!?」

 

「おいおい、俺様を無視するんじゃねえ!」

 

 赤いモビルスーツを、トールギスのセンサーは捉えていた。カルキノス。しかしデータで見たものと違い、背中に砲身を背負っている。

 

「今のは、あいつか……!」

 

「ここは私が相手をする。ネメア、トワリ。お前達は急げ!」

 

 スピンはそう言うと同時にトールギス・ファントムを急降下させる。そして、待ってましたと言わんばかりにカルキノスは、右腕につけられた巨大なカニバサミを高々と掲げてその漆黒の機体へと向かって行った。

 

「お姉様!」

 

「お姉ちゃん、あいつはスピンに任せよう。私達は……司祭様と、レイナをさがさなきゃ!」

 

 トワリがそうネメアを制す。しかし、カルキノスの強さをネメアは身を以て知っていた。スピン一人で相手をできるか、いや……レギュラスが見せる嫌な予感に、現実感が伴う。しかし、このシステムは、その不安や恐怖に対し、最適な手段を講じることでそれを振り払うためにある。

 

「……トワリは、お姉様を援護して。レイナとは、私が決着をつける」

 

「……大丈夫?」

 

 不安そうな声。トワリも、ネメアにとってどれだけレイナが大事な存在かは知っている。その上で、レイナと戦えるのか。そう、言っているのだろう。ネメアはそう解釈し、「大丈夫」と笑って見せる。

 

「それよりも、スピンお姉様に死なれたらエリザになんて言われるかわからない。お姉ちゃんからのお願い、聞いてくれる?」

 

 その笑顔に、トワリも何かを察したように頷いて、シューティングスターを変形させ降下する。

 

「……帰ったら、一緒にアイス食べてね。それでチャラ!」

 

 純白に染め上げられたウイングガンダムが、地上に舞い降りていった。

 

「ありがとう、トワリ……。私は」

 

 レギュラスが、さっきからずっと教えてくれていた。近づいてくるものがいると。

それが何なのか、ネメアにははっきりとわかった。そして、センサーには今まさに、高速で近づいてくるものを捉えている。見えなくても、わかる。その緑色の機体の中で、ネメアの大切な女の子が泣いている。助けてと言っている。殺してと叫んでいる。

 

「今まで、私は逃げてきた……あなたと、あの言葉と、この気持ちと向き合うことに。ごめん、待たせたよね……レイナ!」

 

 ネメアは、ガンダムレギュラスの翼をはためかせ、迫り来るものに……ガンダムヘラクレスに、レイナに向かい飛び、そして上空で激しく激突した。

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

 スピンが相対する赤いモビルスーツ……カルキノス2号機はトールギス・ファントムに匹敵する推力を有していた。いや、一瞬で加速するその飛距離はトールギスの方が上だが、トールギスのスーパーバーニアでの加速はスピンの心拍数を跳ね上がらせる。長期戦になればなるほど、トールギス・ファントムはスピンを苦しめるだろう。そんな不利な状態での、追いかけっこが地上では続いていた。

 

「…………これは、早急に終わらせねばならんな」

 

 実のところ、3時間に及ぶ移動の間にもトールギスは、スピンの身体を蝕んでいる。慣れたとはいえ、12Gもの加速は本来人間が長時間耐えられるものではない。長女だから。姉だから2人の妹の前で無様な姿は見せまいと耐えて見せたが……限界は近づいていた。早急にこの局面を打破し、少しでも休息を取らなければ命に関わる。10分、いや5分でいい。しかし、そう簡単な相手ではないことを既に数度斬り結んでスピンも理解していた。

 背中の砲身……レールガンからの砲撃が厄介で、トールギスのスーパーバーニアを全力で吹かしながら距離を測っていた。バスターライフルに込められている3つ目の“魔弾”は高熱。ある意味バスターライフルの原点に帰った装備だ。

 高出力ビームの中に、多重のビームが層を作って重ねられている粒子砲。おそらく、純粋な攻撃力に関しては“魔弾”の中で最も高い。トールギス・ファントムがバスターライフルの砲身を構え、ターゲットをロックする。そして、発射。

 トールギスの身体が反動に吹き飛びそうになるほどの衝撃が、ライフルから放たれた。黄色い光が、敵の赤い身体を呑み込んでいく。

 

「……終わったか?」

 

 ビームの光が小さくなり、消えていく。しかし、そこにはほとんど無傷のカルキノスの姿があった。大きなラウンドシールドを、前面に立てている。

 

「悪いなぁ、このシールドはそのものがプラネイト・ディフェンサーでできてんのさ。範囲は狭くなったがその分……普通の電磁シールドよりもかてぇぞ!」

 

 そんな、人を不快にさせる声が周波数に乗り、コクピットで拾った。その声の主は一度だけ会ったことがある。トレンタ……司祭様お抱えの傭兵だった。

 

「傭兵風情が相手か……。舐められたものだな!」

 

 レールガンを避けながら、トールギス・ファントムで接近する。粒子砲がダメなら、まずはあの厄介な盾を無力化する必要がある。次の“魔弾”を、確実に通すためには、近づかねば。

 半壊し盾としての機能を失ったそれの裏からビームサーベルを抜き、左手に持たせる。守っていたら、負ける相手ならばこうするべきだ。サポートデバイスのおかげで、複雑な動作も簡単に行える。操縦経験も実戦経験も乏しいスピンが、歴戦の傭兵を相手に立ち向かう術。亡霊は、戦い方をスピンに教えてくれていた。

 

「ほぅ、いいねえいいねえ! トールギスの亡霊ってか。ははは! 成仏しな!」

 

 敵パイロット……トレンタはトールギス・ファントムの姿をそう捉える。粗野で品も知性もない傭兵と侮っていたが、モビルスーツを見て亡霊と思う感性があることにスピンは内心驚いていた。

 

「まずは、その厄介な盾を破壊する!」

 

 左手のビームサーベルを構え、突進する。盾を持つ左手を狙う。右手の大物を使われればひとたまりもないことは、スピンにもわかっていた。だから、左へ回り込むように機体を動かす。トールギスのバーニアが、スピンの身体に衝撃を与える。少し、吐き気がする。しかし、関係ない。そのまま盾を目掛けて突っ込む。

 しかし、カルキノスはその大きなきな盾を構えたまま動こうとしない。妙だ、そうスピンが勘付いた時には遅かった。盾の裏側に、小口径のガトリング砲。大きな盾に隠れて見えにくくなっていた。それが、トールギスの眼前を捉えている。

 

「こいつを、喰らいな!」

 

 トレンタの雄叫びと共に、ガトリング砲が火を吹いた。

 

「南無三ッ!」

 

 避けきれず、トールギスの亡霊は忽ち蜂の巣のようになっていく。咄嗟に左手でコクピットを庇いながら、バーニアを最大出力で噴射し致命傷は免れた。しかし、その黒い体躯のあちらこちらに弾痕が見え、機体のオイルが噴出する。

 

「チッ、仕留め損なったか。だがな!」

 

 カルキノスの背中のレールガンが、トールギス・ファントムを捉えていた。

 

「やられる……ッ?」

 

 今の全力退避の影響か、軽い目眩がする。そのせいで、反応が遅れてしまった。スピンは、残された瞳を閉じ、祈るような真似はしなかった。ただ、どうせ死ぬのならば最後まで、足掻いてやる。そう思い、操縦桿を握る。

 機体と弾丸の距離が縮まっていく。しかし、避けきれない。ならば、万が一、億が一生き残っていた時に最大火力を叩き込んでやる。それが、獅子の矜持。

 スピンは、しっかりと目を見開いたままその時を待ち……しかしトールギスに命中する直前、その弾丸は突如飛来した牙に叩き落とされた。

 

「何……?」

 

「お前……」

 

 スピンの隣に、白いガンダムが並ぶ。ウイングガンダム・シューティングスター。その姿を確認し、トレンタは嬉しそうに笑い出した。

 

「その機体……お前かトワリ!」

 

 名前を呼ばれてシューティングスターのパイロット……トワリは。ノーリ家の三女は答えた。

 

「あら、誰かと思えば負け犬のトレンタじゃない」

 

 最大限、敵を挑発するように嗤笑いながら。

 

「トワリ、何故来た……」

 

 そう、スピン。

 

「あんたが一人でアレと戦って、勝てるわけないでしょ。素人の分際で」

 

 呆れたように、トワリは毒づく。

 

「……面目ないな。だが、妹の前でくらい格好つけたくもなるものだ」

 

 そう言って、無理に笑ってみせるスピン。トワリはそんな姉の姿に苦笑する。

 

「……うん、あんたは、スピンお姉ちゃんはとってもかっこいいよ。だから、死んだら許さない」

 

 そして、トールギスを庇うようにウイングガンダムは前に出る。

 

「く、くくく……ははっははははっ!? あーっははははははははっ!!」

 

 対峙するカルキノスの中で、トレンタは何がそんなに嬉しいのか、狂ったように笑い出していた。

 

「お前が、お前が妹? シフルの愛玩人形だったお前が?」

 

「……黙りなさい」

 

「いや、これが黙っていられるかよ。兵器のなり損ないで、人間未満のガラクタ女が、仲良く姉妹ごっこやってるんだからな。お前、どんな心変わりだよ」

 

 トレンタは、裏切られたトワリが生きていた場合、ネメアと一緒に敵になる可能性は考慮していた。だが、それは自分を捨てた司祭様への復讐。せいぜい呪いの人形ごっこ遊びに過ぎないものだと思っていた。

 それが味方を守り、姉妹愛じみたものを見せつけている。まるで自分が人間とでも言うように。

 それが、滑稽と言わず何と言うのだろう。

 

「トワリよぉ……お前、ピノキオの話を知ってるか?」

 

「…………何よ、急に」

 

「操り人形のピノキオが、人間になる話さ。だけどな……俺はこうも思うんだぜ。操り糸の切れた人形が、本当に人間になって幸せなのかね、とよ」

 

「……何が言いたいの」

 

 どうやら、操り糸が切れたせいで察しが悪くなっているらしい。トレンタは呆れたようにため息をつく。

 

「つまりよ……お前みたいな殺し以外何もできないガラクタが、人間サマになれるわきゃねえだろぉがっ!?」

 

 カルキノスは右腕のカニバサミを高々と掲げて突撃する。トールギスにも匹敵するその推力のままに。しかも、巨大なラウンドシールド……A・Sプライネイトディフェンサーを前に突き出した状態で。

 挑発しながらも、トレンタは冷静だった。まずは、その世間知らずのガラクタを黙らせる。しかし、構えを取るガンダムの前に出るように、トールギス・ファントムが動き出した。

 

「雑魚が、引っ込んでろ!」

 

 トールギスは、バスターライフルを構える。しかし、それが効かないことはわかっているはずだ。ヤケクソか、あるいは近ければ効果があるとでも思ったのか。それを哀れに思いながら、トレンタは加速をやめなかった。そして、バスターライフルから一発の弾丸が放たれる。しかし、ビームでは……粒子砲ではない。そのことを不可解に思ったと同時、カルキノスの盾は電磁バリアを貼りそれを受け止める。そしてその瞬間、それは起きた。

 

「なんだ、シールドに異常発生……?」

 

 カメラの位置を合わせ、トレンタはそのアームを確認する。左腕のシールド……A・Sプライネイトディフェンサーが、氷漬けになっている。そして、電磁シールドで氷が解けながら、その蒸気が機体のメカを狂わせていた。電磁シールドを展開すると、いつどこかで何かが引火してもおかしくない。そういう状態に、なっていた。

 

「なんだ、こりゃ……!」

 

「4発目の魔弾は冷凍弾。命中した瞬間、低温が発生する」

 

 静かな、スピンの声がした。

 

「電磁シールドのせいで機体本体に命中させることは叶わなかったが……貴様の電磁バリアが冷凍弾を弾いた時に、その弾けた冷凍弾はたしかに、その厄介な盾を狂わせてくれたようだ」

 

 つまり、ガンダムヘラクレスの手のマニピュレーターと同じ仕組み。それを理解して、トレンタはチッ、と舌打ちをする。

 

「お前は、二手違えたぞ傭兵。この私を前にして」

 

 スピンの声は、冷たい。だが、そこに静かな怒りがたしかに、あった。

 

「ひとつは、トワリの介入で標的を私からトワリに変えたこと。戦場で、数よりも頼れるものはないというのに。にも関わらずお前は、弱い方を狙わなかった。もうひとつは、私の前で、妹を侮辱したことだ」

 

 バスターライフルのカートリッジを落とし、そして新たに3発の弾丸を、トールギスは詰める。

 

「チッ……」

 

 電磁シールドが使えなくても、巨大な盾であることに変わりはない。トレンタは、A・Sプライネイトディフェンサーのスイッチをオフにして、改めてウイングガンダム とトールギスに向き直り、カニバサミを構える。

 

「だったら、てめえから死にな!」

 

 カルキノスは再び、そのカニバサミをトールギスに向けて突進する。あのバスターライフルは得体が知れない。今度は、警戒しつつ。

 

「トワリ……今から私がやることに合わせろ」

 

「……うん」

 

 トールギス・ファントムが再びバスターライフルから、“魔弾”を発射する。カルキノスも、今度はそれを避けてみせる。

 

「ヘタクソが!」

 

 しかし、その“魔弾”は煙幕のように黒い煙を吹き出して視界を奪う。

 

「こいつは……センサーにも異常だと?」

 

 トレンタは理解する。この“魔弾”とやらは、モビルスーツという機械の弱点を悉く、ピンポイントに付いてくるのだ。

 

「5つ目の魔弾は、電磁障害を起こす煙幕弾。どれだけ高性能なマシンでも、機器が故障すれば手も足も出るまい」

 

「っの、ざけんなっ!」

 

 推進力のままに、煙幕の張り巡らされた空間を突破する。肉眼で外の景色を確認すると同時に、時間差でセンサー類も回復する。しかし、トレンタの眼前に最初に現れたのは、長く伸びる鉤爪だった。

 

「なんだと!?」

 

 トレンタは、この装備を知っている。ドラゴンハング。かつてガンダム05……シェンロンガンダムに搭載されていた武装だ。伸縮型のアームを内蔵した腕を伸ばすことで、遠距離の敵も攻撃できる格闘用のクロー。それと、同じ仕組みの武装だった。

 大振りなカニバサミでは、ハングの動きを追い切れない。たちまち、伸びる鉤爪は、カルキノスを捉える。

 

「この……ガキども!?」

 

 煙幕から逃げた先を、遠隔武器で先回りする。それは、即席とは思えないコンビネーションだった。まるで、本物の姉妹のように、息を合わせた連携攻撃。鉤爪が食い込み、シールドを持つ左腕を噛み砕かれてようやく、カルキノスは解放された。

 

「……流石だな、レギュラスの装備候補のうち、最も難しい決闘用装備を上手く使いこなすとは」

 

「……遠隔操作の武器自体、慣れてるから。それに、私はバスターライフルの弾道計算より、こういう風に相手を追わせる方が得意かも。それより、よく思いついたよね今の攻撃」

 

「チェスなら、ネメアに負けたことがない」

 

 即席のコンビネーションを披露する姉妹は、互いに褒め合う。その様子がトレンタには、まるでコケにされているように感じられた。

 

「てめえら……上等だ! その手足八つ裂きにして、達磨にしてからたっぷりと犯し殺してやる!」

 

 カルキノスは背中のウイングを広げると、再び猛突する。

 

「何度やっても……なんだ、レーダーに映らない?」

 

「スピン!?」

 

 スピンにとって不幸だったのは、右目を損傷していることだった。カルキノスは、ジャミング機能で一時的にレーダーに映らなくなることができる。その際、肉眼で確認する以外にカルキノスの姿を見つける術はない。

 しかし右目を失い、視界が狭まっているスピンは、レーダーに映らない右からの攻撃は、必然的に対応ができなかった。

 直後、トールギスの身体を巨大なハサミが捕らえる。その時になって、はじめてスピンは、自分が詰んでいることに気付いた。

 

「くっ……!」

 

 トールギス・ファントム専用の耐圧服のせいで、動きが鈍い。これを着たままだろうが脱ごうが、脱出は間に合わない。それが理解できないほど、スピンは愚かではない。しかし、その時は一向に訪れなかった。

 

「てめえ……トワリ! 離しやがれ!?」

 

「やだ……絶対、離すもんか!?」

 

 カルキノスのハサミに、シューティングスターのハングが絡みついていた。カルキノスは、レールガンでシューティングスターを攻撃し、それをシールドで防ぎながら……トワリは、スピンを守っていた。

 

「早く逃げてよ、スピン!」

 

 シューティングスターの中で、トワリが叫ぶ。このままでは耐えられない。馬力ではおそらく、カルキノスの方が上。しかし、それでもトワリは踏み止まっていた。

 トワリは、チョコレートの玉を噛み砕きながらスピンが逃げるのを待っている。このままでは耐えられない。そんな不安を思うと、薬を打ちたくてたまらなくなる自分はやはり、トレンタの言うように出来損ないのガラクタなのかも知れない。そんな風に思うと、憂鬱になる。そうすると、薬を打ちたくなる。だけど、我慢する。

 ここには、エリザが……家族がくれたチョコレートがある。その甘みで、不安を打ち消す。

 

「もう少し、我慢してくれトワリ。私も……最後の仕事を果たす」

 

 スピンは、バスターライフルをシューティングスターの近くに放り投げる。そして、あるコードを入力する。

 

「トールギス・ファントムよ……。お前はまさに、死に損なった私の愛機だった。お前と別れるのは偲びない」

 

 そう、名残惜しそうに呟いてコクピットのハッチを開いてスピンは16mあるトールギスから、耐圧服のまま飛び降りる。それと同時、シューティングスターのハングごと、カルキノスはトールギス・ファントムの胴体を捻り切った。

 

「だが……私には、守るべき妹と、添い遂げねばならぬ女がいる。ここで共に死んではやれんのだ!」

 

 そう、スピンが叫んだ時。捻り切られたトールギス・ファントムの中から爆発が起こった。それは、ガンダニュウム合金ですら破壊できる規模の爆薬。この機体を開発した人物が、ゼクス・マーキスの頼みで搭載された自爆装置。

 

「なっ……!?」

 

「スピン!?」

 

 カルキノスがその爆風に巻き込まれる中、耐圧服ごと、スピンは爆風に突き上げられ宙を舞った。それを、シューティングスターの高精度なサーチアイは見逃さずに、捉える。遥か上空まで、爆風に巻き込まれて。

 それは、絶望的な光景だった。あんな高さに突き上げられて、生きられる人間はいない。たとえ耐圧服を着ていたとしても、だ。

 そして、風が吹き……スピンを吹き飛ばす。すぐに、ガンダムのサーチアイを持ってしてもスピンの姿は見えなくなってしまった。

 

「嘘……やだよ、スピンお姉ちゃん!?」

 

 トワリの叫びが木霊すると同時……爆煙が収まると、装甲のあちらこちらが剥げ、著しく損傷し……自慢のカニバサミも折れたカルキノスが、立っていた。

 

「へ、へへ……自爆だと……味な真似しやがる。だが、あとは武器を失ったてめえだけだ。てめえなんざ、このカルキノスの敵じゃねえトワリ!」

 

 トワリは、無言でそのまだかろうじて赤い体躯を睨みつけていた。

 

「何が強化人間だ……何が最強の兵士だ……そんなもんが実験で生み出せるならなぁ、戦争屋はお役御免なんだよ!」

 

 背中のレールガンを再び展開するカルキノス。トワリは、シューティングスターはマシンキャノンを打ちながら、一歩、一歩と歩きカルキノスへと迫る。その弾丸は、確実にカルキノスの装甲を抉り、中のメカを、コクピットの中の火傷まみれになったトレンタを露出させる。しかし、カルキノスも怯まない。頭部の装甲が完全に落ちて、コクピットがむき出しになっていたも。マシンキャノンが少しでも掠めれば、確実にトレンタの命を奪うとしても。それでも、トレンタという男はここで戦うという選択以外を選べなかった。

 結局のところ。

 トレンタにとって戦争とは、個人の闘争に過ぎなかったのだ。

 そして、今ここで逃げればトレンタはシフルと戦うことなどできはしない。

 シフル・ヴェルヌと命を奪い合う。その楽しみのために、今日まで生きてきたのだ。だから、シフルよりも弱い奴に負けてはいけない。

 そういう妄執が、トレンタを突き動かしていた。

 

「てめえなんか、てめえなんか俺様の敵じゃねえんだよトワリ!」

 

 折れたカニバサミを翳し、それを突き立てようとしたその瞬間……カルキノスは側面から放たれた鋼鉄の塊に貫かれた。

 

「……やっぱり、遠隔操作のコードはそのままだった」

 

 捨て置かれたバスターライフルが、薬莢を飛ばし煙を吹いている。カルキノスは、パイロットを鉄の塊で押し潰されて今度こそ、崩れ落ちた。

 

「……6発目の魔弾は、徹甲弾。ガンダニュウムですらすりつぶせる特製のセラミック合金よ」

 

 動かなくなったカルキノスを、まるでつまらないものでも見るかのように覚めた目でトワリは見つめる。

 

「ごめんね……お姉ちゃん。約束、守れなかったよ」

 

 スピンの飛ばされた方にサーチアイを向ける。高精度のサーチアイはしかし、スピンを見つけることができなかった。

 

「スピン……スピンお姉ちゃん……」

 

 “ロワゾ・ブルー”にいた時から、思えばスピンはトワリを気遣ってくれていたのだろう。人形だった自分を、哀れんでくれていた。だけど、そんなスピンが嫌いじゃないけど疎ましかった。

 スピンは、そんな自分を妹と認めてくれたのに。姉として笑いかけてくれたのに。

 気づけば熱いものが、頬を伝っていた。

 

「何……これ……」

 

 これは、自分の涙か。トワリはそれに気づいて……スピンが、スピンお姉ちゃんが、自分を人間にしてくれたのだと思った。

 

「……行かなきゃ」

 

 まだ、ネメアは戦っている。こんなところで立ち止まっていてはいけない。右腕のハングは壊れたが、腕自体は残っている。ビームサーベルが振れるなら、まだ戦える。だから、行かなければ。だけど、ネメアがスピンの死を知ったら……そう思い、不安に沈みそうになっていた時だった。ガンダムが、危険を報せるサイレンを鳴らす。

 

「え……?」

 

 その直後、高出力のビームがシューティングスターを呑み込んだ。

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

 バスターライフルの一撃を浴びて、シューティングスターは大きくよろめいた。ただでさえカルキノスとの戦いでのダメージが残っているところに、この一撃。ガンダニュウム合金性の大きなシールドがなければ、無事では済まなかった。

 しかし、そのシールドも融け爛れ、もはやシールドとしての機能を失っている。シューティングスターは、そのシールドの内部に隠された一本のビームサーベルを取り出すとシールドだったものを投げ捨てて、光の差した方へ向き直った。

  

 

「あら、まだ生きていましたか」

 

 ガンダニュウム合金というものは、度し難いものですね。シフル・ヴェルヌは、アストライアのコクピットの中でそう、事もなげに呟いた。

 

「……司祭様?」

 

 白く染められた“スターダスト”……もといシューティングスターに乗るトワリの声が、シフルの乗るモビルスーツ……アストライアのコクピットに、周波数に乗って聞こえる。

 

「ええ、あなたの司祭様ですよトワリ」

 

 シフル・ヴェルヌは、柔和な笑顔で答えた。

 

「……丁度良かった。探す手間が省けたわ。司祭様……あなたは、ここで私が殺す!」

 

 トワリは今まで、これほどの殺意を持ったことはなかった。レイナに対してすら、ここまでどず黒いものが沸いたわけではない。しかし、この女が……司祭様が……シフル・ヴェルヌがいなければ、スピンお姉ちゃんが死ぬこともなかった。

 ビームサーベルを構え、生きているウイングバーニアを全力で吹かしてシフルの乗るモビルスーツ……アストライア。ルクセンブルクの教会では、司祭様の許可なく触ることすら許されなかった“ロワゾ・ブルー”の象徴とも言うべき機体へ迫る。殺す。殺す。殺す。殺す。命を、運命を、全てを狂わせる諸悪の根源を殺す。

 絶叫し、怒りのままに駆けるトワリをシフルは憐れむような瞳で見つめて……溜息をついた。

 

「残念です、トワリ。あなたが私の人形として死んでくれるのなら、こんなことにはならなかったものを。“レミング”起動」

 

 そうシフル・ヴェルヌが呟いた瞬間、ピタリとシューティングスターの動きが止まった。

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

 声が、響いてきた。頭の中に直接、誰かの声が。

 

「誰……私に、何をさせようとしているの?」

 

 トワリが叫ぶが、答えはない。代わりに、言葉が響く。

 

『お前の敵は、ネメア・ノーリだ』

 

 それは、甘い女性の声だった。

 

「ネメア……お姉ちゃんが敵?」

 

『ネメアを、殺せ』

 

「やだよ、お姉ちゃんは私にアイスクリームとチョコレートをくれて、私を妹にしてくれた。だから、やだよ!」

 

『ネメアを、殺せ』

 

「やだよ、やだよ、やだよ!」

 

『ネメアを、殺せないのならば』

 

「殺せないのなら……?」

 

『お前が、死ね』

 

 それは、明暗のように聞こえた。

 明らかに論理は破綻している。それはわかっている。けれども、この死への誘惑に……レミングに身を、心を委ねたくなってしまう。

 それは、違法薬物を投与した後の幸福感にも似ている。トワリは、チョコレートの入った箱に手を伸ばそうとして……できなかった。

 

「私が……死ぬ……」

 

 振り上げたビームサーベルを、自分のコクピットに……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「トワリッ!?」

 

 自分を呼ぶ叫び声で、トワリは目が覚めた。

 

「え……スピン……?」

 

 見れば、ガンダムの肩に見慣れた耐圧服が乗っている。そして、そこには見慣れた顔が浮かんでいる。

 

「スピン……スピンお姉ちゃん、どうして生きてるの?」

 

 目の前で、トールギスは自爆し、スピンはその爆風に突き上げられた。生きていられるわけがない。

 

「なんとかな……たった今風に乗って、お前のガンダムに着地した」

 

「そんなこと……できるの?」

 

 特殊な訓練や調整を受けた兵士であるトワリでも、難しい。無重力空間でやるAMBACと同じ要領を、風に乗ってやったといっけのける。パラシュートもなしに。

 

「もし、やりたいならひとつ……忠告しておく」

 

 スピンは、一拍置いてこう続けた。

 

「死ぬほど痛いぞ」

 

 一瞬の、沈黙があった。その沈黙を破ったのは、シューティングスターのコクピットが開く音。スピンは、コクピットの中に移る。

 

「…………バカ」

 

 最初に聞いたのは、トワリのそんな言葉だった。

 

「トワリ……?」

 

「バカバカバカバカバカバカ! スピンお姉ちゃんのバカ!!!! あとでエリザお姉ちゃんに言いつけてやる!」

 

 目に大粒の涙を溜めながら、トワリが喚いている。そんなトワリを見るのははじめてで、スピンは少々たじろいだ。

 

「……トワリ、もう大丈夫だな?」

 

「……うん。一瞬すごく怖い夢を見た気がするけど、あんたのおかげで目が覚めたから」

 

 しかし、あれが尋常ではないことは肌でわかる。何よりも恐ろしいのは、トワリが意識を取り戻した時にはもうアストライアの姿は見えなくなっていたことだ。

 

「スピン……あんたも、感じたの?」

 

「ああ……あれはどうやら、人の精神を支配するシステムらしい。レミングか、よく言ったものだ」

 

 そう吐き捨てるように言うスピン。心なしか、顔色が青い。

 

「あんたも……お姉ちゃんを殺せって?」

 

「ああ……でなければエリザを殺せとも言われたよ。黙っていると、今でも支配されそうになる」

 

 アストライアを探しながら、2人は会話する。そうしていなければ、あの感覚がまた襲ってくる気がする。そんな不安。いや、正確に言えば今でも襲ってきている。それに耐えられるのはトワリの隣にスピンが、スピンの隣にトワリがいるからだ。

 バルベルデの市街地を踏みしめながら、シューティングスターは歩く、足下を見れば、ナイフを自分の首を掻き切った男の人や、頭を激しく打ち付けて死んだ女の子がいる。きっと、それが先ほどのレミングの効果によるものだと、トワリには簡単に思い至った。

 

「やっぱり、殺さなきゃ……」

 

 司祭様を。あの人を、このままにしてはおけない。そう、呟いた次の瞬間、それは上空にいた。

 青い羽根を広げたモビルスーツ・アストライア。その優雅な翼の裏に隠されていた砲身が、シューティングスターを捉えていた。

 

「さようなら、トワリ」

 

 直後、その二門の砲塔から放たれたビームがシューティングスターを呑み込む。バスターライフルに匹敵……あるいはそれすらも上回る熱量のそれは、白い体躯を確実に溶かしていく。

 

「っ! あぁぁぁぁぁっ!?」

 

 咄嗟に取った回避行動で、コクピットへの直撃は防ぐことができた。

 しかし、その熱は確実にガンダムの下半身に致命的なダメージを蓄積させる。どうにか直撃こそ避けたが動きが確実に、鈍くなっていた。その様子を見て、シフルはアストライアのバスターライフルをもう一度構え直す。

 

「所詮あなたは獣と同じ。虎狩りの作法で殺してあげましょう、トワリ」

 

「上等よ……まだシューティングスターには、バルカン砲とマシンキャノン。ビームサーベルだって残ってる。手負いの獣がどれだけ恐ろしいか、教えてあげる!」

 

 翼を開き、シューティングスターが空高く飛んだ。アストライアに、喰らいつくために。

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

 スピンとトワリがトレンタと戦っていたのとほぼ同じ頃、上空ではネメアの乗るレギュラスの前に、高速で接近するモビルスーツの影があった。数は1。それが何者か、ネメアにはわかっている。レギュラスがカウントを告げる。エンカウントまで3、2、1……。

 すぐに、その緑色の体躯が見えた。ガンダムヘラクレス。ネメアの愛する少女が乗り込む、鉄の巨人。

 

「ネメア……! 会いたかったよ、寂しかったよ! ようやく……ようやく私を殺しに来てくれたんだね!」

 

 ビームサーベルを両手に持って、ヘラクレスはものすごい速度でレギュラスへと迫る。

 

「レイナ……!」

 

 ランスの柄のマシンガンで、レギュラスはそれを迎撃する。しかし、その悉くを避けながら、ビームサーベルを振り上げてヘラクレスはレギュラスと衝突した。

 ビームサーベルをヒートランスで受け止めながら、肩のマシンキャノンでヘラクレス振り払払いつつ、レギュラスは高度を落とす。それを追うようにして、ヘラクレスも下降し、今度はヒートロッドを展開してそれを放ち……レギュラスの翼に絡めた。

 

「ッ!? レイナ、やめなさい!」

 

「ダメだよネメア。ネメアが私を殺してくれるまで、ヘラクレスは戦えって言うの!」

 

 ヒートロッドの熱が、レギュラスの翼をジリジリと溶かしていく。それを振り払うように、ネメアはレギュラスの翼を大きくはためかせる。ヒートロッドの拘束が緩んだところを、さらに強く羽撃く。

 

「ッ!?」

 

 ヒートロッドに振り回されるように、ヘラクレスが大きく揺れる。それを回避するため、ヒートロッドを解いてエピオン・ユニットで風を切り、レギュラスに追随するヘラクレス。しかし、レギュラスはそこで待ち構え、その大きな槍で加速のままにヘラクレスを貫かんと、大きく下へ加速した。

 

「ネメア……!?」

 

 ヒートランスはしかし、ヘラクレスの胴体を貫かずに空を掠める。しかし、その勢いのままマシンキャノンを撃ちつけつつ、バルベルデの大地の向かって絡み合った二機はそのまま、大地に落ちていく。

 

「ッ!?」

 

 激しい衝撃がヘラクレスとレギュラスを、そしてレイナとネメアを襲った。しかし、2人はその衝撃に怯むことすらなく愛機を立ち上がらせ、大地の上で相対する。

 

「レイナ、もうやめなさい」

 

「ネメアが私を殺すまで、私はやめない……私は、レイナ・ヴェルヌは、そういう兵器だから」

 

 二本のビームサーベルの柄をひとつに合体させて、ヘラクレスが先に動く。ヘラクレスは、レギュラスよりも遥かに俊敏だった。レギュラスがその斬撃を避けようと機体を動かすと同時、ビームサーベルが上下から展開され、左右両方の逃げ場を塞ぐ。

 

「それなら……!」

 

 翼を閉じたレギュラスは、翼の電磁シールドでビームの刃を拡散させた。

 

「ッ!? プラネイト・ディフェンサー……」

 

 それも、羽根の一枚一枚が発生器の役割を果たしている。以前戦ったビルゴのように、ひとつを破壊することで無力化することはできない。つまり、上から無理矢理その防御を突破する必要がある。その方法はゼロシステムが、ヘラクレスが、レイナ・ヴェルヌが、レイナに教えてくれる。

 

「それなら!」

 

 ヘラクレスは、ビームサーベルを放り投げると、今度はその手で直接、その羽根を掴んだ。熱気と冷気の同時注入。直接、電磁シールドごと狂わせる。しかし、その直後にレギュラスはその翼を大きく広げて、ヘラクレスを振り払う。

 

「レイナ!」

 

 そして、巨大なヒートランスをヘラクレスへと振りかざす。だが振り下ろした時既に、ヘラクレスはそこにいなかった。驚異的な脚力で飛び上がったヘラクレスは、シールドから2つのビームブーメランを取り出し、レギュラスめがけて投げつける。

 

「そんなものが!」

 

 円形のラウンドシールドでブーメランを受け止めたレギュラスは、再びその翼を広げ羽ばたいた。

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

 ガンダムヘラクレスのコクピットの中、レイナの脳内には膨大な未来が示されていた。その多くは、ネメアを殺す未来。ネメアを殺したいわけではない。しかし、ヘラクレスのゼロシステムが、レイナの中にいるレイナ・ヴェルヌが、それを選択させる。

 

「このまま、ネメアを殺せば……」

 

 自分は、完全にレイナ・ヴェルヌという兵器に。シフル・ヴェルヌの娘になれるのかもしれない。中途半端な機械人間なんかではなく。この生まれたてのレイナという人格ごと、ネメアを殺せば。

 それは、甘美な誘惑だった。タナトスの幻想に支配された誘惑。この狂った宇宙の中で、たったひとつの真実。愛する人と一緒に死ねるという、たったひとつの。

 その誘惑は、レイナの精神を支配しゼロシステムの強制を受け入れさせる。

 

「ネメア、私と一緒に死んで!」

 

 目の前にいる、天使のような羽根を持った大好きな人に、レイナは飛び込んでいく。ビームサーベルを放り投げ、ビームブーメランも使い弾かれた。ヘラクレスには、十二の対MS戦兵器が搭載されていたが、レギュラスの防御力を突破できるものとなれば数が限られていた。そして、ビームサーベル2本とビームブーメラン2つを失い、残る武器は2門のマシンキャノンと、両腕のヒートロッド。それに両手のマニピュレーターと、盾に格納されている隠しビームサーベル。それらはピンポイントな破壊には向いているが、あの全体を包む電磁シールドを発生させる翼を掻い潜る方法はさらに限られている。ならば……。

 背中のエピオン・ユニットを展開したヘラクレスは、再びレギュラスへと突っ込んでいく。そして、その翼そのものに熱エネルギーを発生させて、直接レギュラスに突撃した。

 

「レイナ、もうやめなさい……!」

 

 翼を広げたその瞬間に、ヘラクレスはレギュラスへと食らいつく。互いのマシンキャノンが機体の装甲を抉りあいながら、空中で激しく組み合う英雄と獅子。

 

「ネメアが、私を殺さない限り私はやめない。私は、レイナ・ヴェルヌだから!」

 

「レイナ・ヴェルヌは、13年前に死んでいるの。あなたは、優しくて可愛い私のレイナよ!」

 

 ヘラクレスの右手が、高熱を纏いながらレギュラスの頭を掴んだ。そして、そのままレギュラスのカメラを潰さんと力を入れる。

 

「違う! 私はレイナ・ヴェルヌなの。シフル・ヴェルヌの娘で、“ロワゾ・ブルー”の兵器で、お母さんの憎しみの器! それが私、ネメアのことが大好きなレイナは、その記憶と共に死ぬの!」

 

 レギュラスの頭部バルカン砲が、ヘラクレスの右手を吹き飛ばす。そして、ヘラクレスの胴体を蹴り上げて再び二機は距離を引き離す。

 

「レイナ、目を覚まして! そんな機械に惑わされないで!」

 

「うるさい! 私を殺せないなら、私がネメアを殺す。そして、私の心も一緒に死ぬ!」

 

 手首を失った右腕から展開されたヒートロッドが、レギュラスのヒートランスを掴む。そして、ロッドを振り回す力でレギュラスをも振り回し、そのまま叩き落とした。

 

「レイナ…………」

 

 レギュラスは、すぐに滑空してレイナのヘラクレスに並ぶ。そして、その槍でヘラクレスのコクピットを貫くが、シールドの中に隠されてるビームサーベルでレギュラスのコクピットを潰す。それがヘラクレスの見せた、レイナの選択した未来。レイナは、再び滑空するレギュラスを迎へ撃つべく構えていた。

 しかし、レギュラスはそのまま飛び上がることはなかった。

 

「ネメア……?」

 

 おかしい。こんな未来はゼロシステムは見せていない。

 

「レイナ……」

 

 落ちていくレギュラスから、ヘラクレスに通信が届いた。

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

 白い翼を持つ獅子の、ガンダムレギュラスのコクピットでネメアは、あらゆる恐怖を一身に受けていた。レイナに殺される未来。レイナを殺す未来。そのどちらもネメアにとって、受け入れ難い結果だった。

 しかし、レオシステムは何も答えてはくれない。その未来を変えたければ、自分で選べと突き放す。それができなかったら、恐怖に呑み込まれて死ね。そういう機体だ。その獰猛な獅子の口の中で、ネメアは常に選び続けていた。そして、この空から見下ろす景色は、あの日と同じ景色だった。

 

「レイナ……」

 

 バルベルデは今、戦場と化している。目の前に相対する少女は、戦う必要のない少女だ。そして、殺さなければ死ぬのは自分。それは全て、あの日と同じ。

 

「レイナ……私はあと何回、あなたを殺せばいいの?」

 

「え……?」

 

 あの日に殺したゲリラの少女。あれは今のレイナと同じ目をしていた。

 あの日、撃ち殺した少女。ネメアの脳裏に焼き付いて離れない、地獄の光景。

 それが今、レイナの姿をしてここにいる。

 

「私はあの日、ここであなたと同じ目をした女の子を殺した。それから、夢の中でも何度も、何度も。何度も何度も何度も何度も。私はあなたを殺してきた。あと何回、それを繰り返せばいいの?」

 

「ネメア……」

 

「レギュラスは、何も答えてくれない。だから答えて。レイナ……」

 

 そう、言い伝えて。

 ネメアとレギュラスは、海へと落ちていった。

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

「ネメア……!」

 

 海中へ沈んでいったネメアを見て、レイナの脳裏には映像がフラッシュバックしていた。それは、高いビルの上だった。身を着る風の冷たさまで、肌で思い出す。そのビルの上から、飛び降りた記録。ゼロシステムの中に眠っていた、レイナ・ヴェルヌの記憶。飛び降りた時、重力が一身にレイナの身体を襲ったのを思い出した。急激な重さがのしかかって、身体のどこかが潰れた。だけど、一番怖かったのは地面が近くなっていくのを視覚で感じたことだ。これから死ぬ。もう間に合わない。それを目で知覚して……そして一瞬、全身を砕くような痛みを感じた。

 

「あ……ああ……」

 

 それが、レイナ・ヴェルヌの死。落ちていくネメアがその記憶と重なって、レイナは呆然とその先を……ネメアが落ちた海中を見つめていた。

 

「ネメア……死んじゃったの?」

 

 自分を置いて。たったひとりで。

 

「やだよ……置いていかないでよ……」

 

 何のために、自分は戦ったのかわからない。

 

「ネメア……!」

 

 ヘラクレスの機体を急下降させる。海面ギリギリまで。まだ、ネメアは生きているかもしれない。早く、しなければ。

 海面に辿り着いたその瞬間、大きな水飛沫がヘラクレスを襲った。

 

「ッ……!?」

 

 水飛沫のした方へ目を向けると、天使の羽根を持つ、荘厳な騎士のような純白のガンダムが再び、立ち上がっていた。

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

 海中で、ネメア・ノーリは呆然と空を見上げていた。

 地上は地獄の様相を示しているのに、空は海越しに見ても綺麗で憎らしい。

 

「レイナ……」

 

 海の底で、ネメアはあの日を思い出していた。父の死んだ日。それはネメアの誕生日で……それは丁度、今日だった。

 

「あの日……私たちはもう、出会ってたんだ」

 

 黒い髪の女の子が、話しかけてくれたのを思い出した。

 

『私、レイナ・ヴェルヌ。あなたは?』

 

 思えば、あの日既にふたりの運命は始まっていたのだ。だからネメアは軍に入り……OZスペシャルズに入隊し、バルベルデで初陣を飾った。

 

「だから、私はあの女の子を殺した……」

 

 それが、運命なのだとしたら。

 ネメアが殺さなければならないものは。

 レギュラスのコクピットに、光が灯る。レオシステムが、あらゆる可能性を演算する。

 

「…………今、行くからね。レイナ」

 

 機体を起こし、再び翼を広げてネメアは、レギュラスは飛び立った。

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

「ネメア……!」

 

 レギュラスの姿を認めた瞬間、ヘラクレスは左手のヒートロッドを振り上げる。ゼロシステムが、レイナにそうさせていた。それを避けながら、レギュラスは空中で弧を描くように飛び、ヘラクレスの後ろに回り込む。ヒートランスの柄に備えられたマシンガンを打ちながら、ヘラクレスに近づいていく。

 

「レイナ……約束を果たすよ!」

 

 しかし、背後のラウンドシールドから伸びたビームサーベルが、レギュラスを近づけさせない。

 

「ようやく……ようやく私を殺す気になってくれたのね!」

 

 歓声とも悲鳴ともつかない絶叫を上げながら、レイナはネメアへと向かう。両手のヒートロッドを伸ばして。レギュラスのヒートランスを掴んだ。

 

「その槍が使えないと、動けないよねネメア!」

 

「使えない……本当にそう見える?」

 

 ネメアがそう言うとヒートランスの槍の部分が突如、飛び出した。

 

「えっ!?」

 

 ゼロシステムが演算の結果を出すが、間に合わない。高速で放たれた槍は、ヘラクレスの左腕を貫き、打ち抜く。

 ショット・ランサー。槍そのものを銃弾のように飛ばす兵器。レギュラスのヒートランスの、もう1つの機能であり最大の隠し球がここで炸裂したのだ。

 左腕そのものを失い、大きく姿勢を崩したヘラクレスは、残された右手のヒートロッドを構え、振り上げる。

 

「でも……その槍はもう使えない!」

 

 レギュラスは左手に持っていたシールドで、ヒートロッドを受け止める。高熱は、シールドを真っ二つに砕いた。そしてその瞬間にレギュラスの左手が空く。

 

「槍なんかなくったって!」

 

 左手は即座に、右手のヒートランス……その柄の中央に隠されていたものを掴み、振り抜いた。

 

「そんなところに、ビームサーベルが!?」

 

 ビームサーベルを振り抜いたレギュラスは、一瞬の動きでヒートロッドを斬り裂く。それはゼロシステムの予測を超えた動き。ネメアは今、ゼロシステムが導き出した答えの上を常に選択し続けていた。人間の領域を超えた速度で。

 レギュラスのシステムが、最悪の可能性を見せる。ネメアはそれを打破する未来を選び取る。その行為の連続が、ゼロシステムの予測する未来よりも一手、先を行った。そして、飛翔する白い騎士は、緑色の光を放つビームサーベルを振りかざす。

 しかし、ヘラクレスは背中のシールドを展開し、そこに隠されていた4本目のビームサーベルで、それを受け止めた。ビームの刃が火花を散らし合い、互いの肩のマシンキャノンが炸裂する。そして、両者のマシンキャノンがそれぞれのマシンキャノンを破壊すると、レギュラスはビームサーベルの刃をしまい、その大きな翼でヘラクレスを包み込んだ。

 

「ネメア、何を!?」

 

「レイナ……あなたを一人になんて、絶対しない」

 

 エピオン・ユニットは熱を放ち、ビームサーベルもレギュラスの翼を灼く。しかし、羽根の一枚一枚が展開する電磁シールドはそれを無力化し、ヘラクレスを……レイナを抱きしめるような体勢を取ったレギュラスは、そのまま大地を目指し落ちていく。

 

「ヘラクレス! 応えて! 私に未来を見せて!? 出ないと、私……」

 

 死んじゃう。言いかけてレイナは、はっとした。

 

「死にたくないんだよね。レイナ……本当はさ」

 

 その気付きを肯定するように、ネメアは優しく語りかける。

 

「ネメア……。私……わたし……」

 

「大丈夫だよ。レイナ」

 

 そんな、穏やかな笑顔が見えた。そして……二機のガンダムは、その勢いを殺すことなくバルベルデの大地へ衝突した。

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

「わたし……生きてる……?」

 

 レイナが目を開くと、まだそこはヘラクレスのコクピットの中だった。つまり、死後の世界ではない。

 ただ、ヘラクレスのコクピットはかろうじて非常用の電源が灯っているだけで、機体の各部がショートを起こしていた。それだけではない。常に点滅しているモニタの表示が消えている。ヘラクレスの、声がしない。

 

「ヘラクレス……死んじゃったの?」

 

 まるで、レイナを守るようにして。レイナの命を守るためだけに、残る力の全てを使いヘラクレスは……力尽きていた。

 それに気付いた時、レイナはもうひとつの異常に気付いた。

 

「あ…………」

 

 頭の中で、声がしない。目の前にネメアがいたはずなのに、レイナの中にあるゼロシステムが、沈黙している。それに気づくと同時、ヘラクレスのコクピットが開かれ、そこに一人の女性が立っていた。

 

「ネメア……」

 

 ネメア・ノーリ。レイナの記憶の中にあるのと変わらない薄い金髪と、深い海のような青い瞳。それに洒落っ気の欠片もないジャケットとジーンズの、レイナの大好きな女性。

 その顔を見た瞬間、なぜゼロシステムが沈黙したのか、レイナは理解した。

 この人には、勝てない。どれだけ高度な演算をしても、未来を選ばせても、レイナがレイナであり、ネメアがネメアである限り。

 

「レイナ・ヴェルヌは……」

 

 ネメアが、静かに口を開く。

 

「レイナ・ヴェルヌは、殺した。あなたは優しい、私のレイナだ」

 

 そう言って一歩近づき、ネメアはレイナの小さな身体を抱きしめた。

 

「あなたはもう、誰も殺さなくていい……」

 

「ネメア……ネメア……!」

 

 レイナは、大好きなネメアの腕の中で蹲り……その温もりの中で、泣いた。

 

「ネメア……」

 

大好きな人の腕の中で、レイナは小さく、呟いた。

 

「お誕生日、おめでとう」

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