新機動戦記ガンダムW~scarred Leo-   作:元ゴリラ

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青い鳥を撃ち落として

 バルベルデの上空で、2機のモビルスーツがぶつかり合っていた。白い翼を持つ機体……ウイングガンダム・シューティングスターは、肩のマシンキャノンを撃ちながら右手にビームサーベルを握り、青いモビルスーツ……アストライアの放つバスターライフルの光を避け、その距離を詰める。

 アストライアはバスターライフルを持つのとは逆の左手を腰に当てると、そこからビームサーベルを抜いて目前に迫るシューティングスターと鍔迫り合った。

 

「司祭様は、生きてちゃいけない人だ!」

 

「ええ、そうですね。ですがそれはあなたも同じですよトワリ」

 

 トワリは、こうしている間にも7発目の“魔弾”を……トールギス・ファントムの形見をいつ放つべきか計算していた。“スターダスト”と同じ砲身を使っている“魔弾”は、ここからでも遠隔操作でアストライアを狙うことができる。

 そして、7発目の魔弾は『酸』。装甲や駆動系をみるみるうちに腐蝕させる酸性弾。それはまさに、アストライアに対しても銀の弾丸であると言えた。

 そして、ビームサーベル同士が干渉し合うビームの火花を避けるように、アストライアがシューティングスターから離れていく。

 

「今だ!?」

 

 そう、トワリが叫ぶと同時。地上で眠っていたはずのバスターライフルが、アストライアの背後まで迫っていた。しかし、まるでその動きを読んでいたかのようにアストライアは左腕のクローを、バスターライフルへ向ける。

 

「不意打ち、だまし討ちでわたしに勝てるとお思いですか?」

 

 そう言うと同時、クローの中に隠されているワイヤーが伸びバスターライフルを串刺しにした。

 

「そんなっ!?」

 

「そんな猪口才な手で私を倒そうなどと……思い上がりも甚だしいですね!」

 

 直後、再び高速で接近したアストライアがシューティングスターを蹴り上げる。そして翼の裏に隠された砲身を展開し、収束粒子砲を発射した。

 

「しまっ……!?」

 

「さようならトワリ。あなたは可愛かったですよ」

 

 一門ずつがバスターライフルと同じか、それ以上の出力を誇る収束粒子砲。それが二門。シールドを失ったシューティングスターでは、それを耐えることなどできはしない。トワリは咄嗟にエンジンを切り、風に任せて急下降する。

 

「スピン、舌噛まないでね!?」

 

「ああ……!」

 

 コクピットのシートに掴まる姉にそう忠告すると同時、激しい重力加速度がシューティングスターを襲った。そのまま海面スレスまで落ちて、再びエンジンを入れ飛び上がる。

 

「……何度やっても同じですよトワリ。あなたでは私に勝てません」

 

 アストライアは、上空から再び収束粒子砲の狙いを定めていた。トワリもそれを察知し、ロックされないように空中を回転するようにしてシューティングスターをアストライアに近づける。しかし、それこそがシフル・ヴェルヌの策でもあった。

 

「ウイングガンダムは、バード形態での飛行を前提とした機体。変形機構を破壊された今のそれは、いつまで飛べるでしょうね」

 

 そう、シフルが呟いたと同時。シューティングスターのウイングバーニアが少しずつ、推力を失っていく。

 

「っ! シューティングスター!?」

 

 ウイングガンダム・シューティングスターは、ガンダム01……ウイングガンダムを修理、再設計した機体である。ウイングガンダムはバード形態での強襲からモビルスーツ形態で戦闘行為を行うことが当初の設計思想にあり、モビルスーツ形態での長時間飛行は考慮されていない。シールドを失い、変形不可能となった本機は元々飛行能力を有するアストライアに対し空中戦では明らかに分が悪かった。

 推力を失ったシューティングスターは、まるで燃え尽きた流れ星のように大地へ落ちていく。そして、シフル・ヴェルヌはそれを見逃すような人間ではなかった。上空でバスターライフルを構えるアストライアの照準が、確実にシューティングスターを捉えたのをトワリは直感する。

 今のシューティングスターでは、回避が間に合わない。それはトワリが誰よりも理解していた。しかし、今ここで撃墜されるわけにはいかない。

 

「スピンお姉ちゃん、もう少し我慢して」

 

「ああ。お前のやりたいようにしろ」

 

 今シューティングスターのコクピットには、守らなければいけない人が乗っている。だから、ここで落ちるわけにはいかない。トワリはシューティングスターの右腕を、コクピットを庇うように前に出して、放たれたバスターライフルの中に飲み込まれていく。

 

「ッ、クッ……シューティングスター……私とお姉ちゃんを、守って!」

 

 ビームの中で、忽ちシューティングスターは溶けていく。純白の装甲が剥げ、中のメカフレームが露出し、カメラの視界が半分消える。そして、その熱の中でガンダムは吹き飛んだ。

 そして、ガンダムは大地に激突する。衝撃が、トワリとスピンを襲った。

 

「スピンお姉ちゃん……大丈夫?」

 

 コクピットのエアバッグが作動し、そのクッションの中でトワリは、後ろにいるはずの姉に問いかけた。

 

「ああ……なんとかな。ガンダムとトワリに、命を救われた」

 

 スピンの声が聞こえて、安堵する。しかし、僅かに生き残ったサーチアイは確実に、舞い降りる青いモビルスーツを捉えていた。

 

「……どうやら、シフル・ヴェルヌは私達を見逃す気はないらしい」

 

「……上等よ」

 

 シューティングスターを立ち上がらせて、トワリは吐き捨てる。

 

「……しぶといですね。まだ生きていましたか」

 

 3発撃ち終わったバスターライフルを捨てて、アストライアは再びビームサーベルを抜く。対峙するシューティングスターもビームサーベルを抜くが、既に満身創痍という風だった。

 一方で、アストライアは無傷。

 

「トワリ、せめてもの情けです。飼い主として責任を持って処分してあげましょう」

 

「…………確かにね。私はあんたのペットも同然だった。あんたの言われた通りに、言われた通りの人を殺すだけの機械だった。だけど、今は違う。私は、大好きな人たちを守るために戦ってる」

 

 だから、あんたなんかに負けるわけがない。トワリはそう言って、天秤の守り手を睨む。

 

「……哀れですね。そのせいであなたは苦しんでいるというのに」

 

「……うるさい」

 

「私の可愛いお人形のトワリ。あなたは人間になって苦しんでいる。お姉ちゃんなんかに誑かされて、人間になってしまった可哀想なお人形。人間になってしまったせいで、あなたは死ぬのが怖くなった」

 

「……うるさい」

 

「人間は、大事な人を失うと悲しいですからね。人形のままならそんなこと思いもしなかったろうに。あなたは大事なものを守ろうとして、余計に傷つくことばかりしている」

 

「……うるさい」

 

「お人形のままなら、傷付かずに死ねたものを」

 

 シフル・ヴェルヌはそう、憐れみを込めて呟いた。

 

「あなたは所詮、人間にはなれない。よくてせいぜい獣がいいところ……責任を持って殺すのが、飼い主の務めでしょう!」

 

 問答を終わらせたのは、シフル・ヴェルヌだった。アストライアが大きく踏み込んで、ビームサーベルのスイッチを入れる。そして、シューティングスターの懐に飛び込み大きく振りかぶる。それを受け止めるように、シューティングスターもビームサーベルを展開するが、既に満身創痍のシューティングスターは、サーベルとアストライアの推力を受け切るので精一杯。

 

「動いて、シューティングスター……!」

 

 トワリの言葉に応えるように、ウイングガンダムはその瞳を輝かせる。そして残り少ない頭部のバルカン砲を撃ち付け、アストライアの頭部に浴びせる。ガンダニュウム合金を破壊するには敵わない。しかし、その勢いを殺しアストライアのモニタを損壊させるのには十分な威力を持っていた。

 

「っ!? …………トワリ!」

 

 不意を突かれ、その隙にシューティングスターは離れていく。それを追おうとしたシフルだが、次の瞬間に飛んできた巨大な刃のように鋭い翼が、アストライアを阻んだ。

 

「エピオン・ユニット……?」

 

 ガンダムヘラクレスのために用意された、支配者の翼。それが今、アストライアを掠めて、飛び去り落ちる。最後の力を振り絞った一撃だった。まるで、手負いの野犬のような。或いは……追いつめられて尚、その誇りを失わない獅子のような。

 

「レイナ……どういうつもりですか?」

 

 エピオン・ユニットの飛んできた方へシフルが視線を向けると、そこには白い翼を持つガンダムが立っていた。

 

「……大丈夫、レイナ」

 

「うん……ネメアと一緒だから……わたしは戦えるの」

 

 白い翼のガンダム……ガンダムレギュラスの中には金髪の女と、その膝の上に少女が乗っていた。そしてふたりは……ネメア・ノーリとレイナのふたりはただ、目の前の敵を……シフル・ヴェルヌを見据える。

 

「ごめんなさい、お母さん。わたしは……ネメアと一緒に行きます」

 

 獅子の心臓。その中でレイナは毅然と叫んだ。

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

「ネメア……誕生日、おめでとう」

 

 ネメアの体温に包まれながら、レイナは瞼を閉じた。

 ネメアは、「もう誰も殺さなくていい」と言ってくれた。

 できることなら、そうしたかった。

 だけど、こうして瞼を閉じていても、あの笑顔を思い出す。

 

「お母さん……」

 

 シフル・ヴェルヌ。レイナの母であり、“ロワゾ・ブルー”の司祭であり、このクーデターの首謀者。彼女は今まさに、バルベルデを地獄へ変えている。

 

「ネメア…………やらなきゃいけないことがあるの」

 

 シフル・ヴェルヌを殺すのは、娘である自分の役目。

 

「わかってる」

 

 ネメアはそう頷いて、レイナを抱く力を弱めた。

 

「……ヘラクレスは、あなたを守って力尽きた。レギュラスはまだ生きてる。私が決着をつける」

 

 そう言って、レイナを抱く腕を解いたネメアはヘラクレスのコクピットを出る。

 

「待ってネメア」

 

 咄嗟に、レイナはネメアの服の裾を掴む。

 

「…………わたしも、戦う」

 

「レイナ……」

 

「あの人はわたしのお母さんなの。わたしが、決着をつけなきゃいけないの」

 

「でも……あなたはもう、誰も殺さなくていいのよ」

 

 だから、わたしが。そう言おうとしたネメアの口を、レイナは自らの唇で塞いだ。

 

「…………!?」

 

「…………」

 

 心臓の音が、聞こえた。それがレイナ自身の心臓の音なのか、それともネメアから感じる鼓動なのか。レイナにはわからなかった。それでも、自分からしたことなのに、レイナの心臓はバクバクと跳ね上がっていた。

 機械ではない、生身の身体が。生きている証拠だった。

 

「…………」

 

 唇を離し、ネメアの瞳をじっと見つめる。ネメアは、呆然と自らの唇を指でなぞった。

 

「……ネメアが」

 

 顔が真っ赤になっているのがわかる。言葉を続けようとして、つかえる。それでも、レイナは言わなければいけなかった。

 大好きな人と、これからも一緒にいるために。

 

「……ネメアが罪を重ねるなら、わたしもその罪を分かち合いたい」

 

 たとえそれが、親殺しの罪だったとしても。

 

「……レイナ」

 

 その瞳をじっと見つめて、ネメアは呟いた。

 

「……わたしは、ネメアとこれからもずっと一緒にいたい。辛いことも、苦しいことも一緒に分かち合いたい。だから……わたしの分まで背負おうとしないで。わたしにも、一緒に背負わせて」

 

 あなたの罪を。あなたの罰を。そのために、わたしはここにいるのだから。レイナの言葉を聞いて、ネメアは無言で頷くとその右手を差し伸べる。

 

「……やっぱり、レイナは優しいね」

 

「……ネメアが、そうさせてくれたんだよ」

 

 その手を取って、レイナはガンダムヘラクレスのコクピットを後にする。そしてその隣に待機していたガンダムレギュラスに乗り移りながら、その緑色の遺骸を一瞥した。

 

「…………ありがとうヘラクレス。わたしを、守ってくれて」

 

 そう言って、レギュラスのコクピットへと乗り移ると、レイナはネメアの膝にちょこんと乗った。

 

「……大丈夫なの?」

 

「……レギュラスのシステムが起動してるうちは、抑えてくれる。だから大丈夫。わたしの手を、握ってて」

 

 そう言われて、ネメアの手に重ねるようにレイナは自らの手を添える。すると、レギュラスのシステム……レオシステムに光が灯った。

 レイナの脳裏に、未来が見える。ゼロシステムと同じように。しかし、その未来を選択させようとはしない。脳への強制は、感じない。

 

「…………ゼロと同じなのね」

 

「でも、大丈夫。レイナがいるから」

 

 ネメアの手をぎゅっと握る。その手はいつかのように温かくて、レギュラスが見せる未来を跳ね除ける強さをくれた。

 だから、レイナは平気だった。

 

「…………行きましょう、レイナ」

 

「待って。ヘラクレスの背中は……たぶんまだ生きてる」

 

 ヘラクレスの背中。エピオン・ユニットと呼ばれたそれは、たしかにまだ生きていた。レイナの言葉を聞き、レギュラスはヘラクレスの背後に回るとそのバックパックを取り外す。

 

「……使えるの?」

 

「たぶんだけど」

 

 そんな僅かな会話を交わす中でも、レギュラスは敵の存在を知らせている。上空で、敵を示すモビルスーツと味方を示すモビルスーツ……ウイングガンダム・シューティングスターが戦っていた。それを2人が確認すると同時に、脳裏にその映像が伝わり……そしてシューティングスターが敗れる未来を見せる。

 だけど、それが最悪の可能性であるということを既に二人は理解している。そして、それを跳ね除けることができる。

 最悪の可能性を弾き返すことができることを、ふたりは知っている。だから今、ふたりはここにいる。

 

「行くよ、レイナ」

 

「……うん」

 

 白い翼をはためかせ、獅子の女王は飛び立った。そして、瞬く間に二機の間に追いつき……エピオン・ユニットのブースターを起動させ、アストライアめがけて投げつける。

 高熱を纏った両刃の翼はしかし、アストライアを斬り裂くことはなかった。エピオン・ユニットはそのまま、最後の力を使い果たし地に落ちていく。しかし、おかげで仲間を守る時間は稼げた。

 

「レイナ……どういうつもりですか?」

 

 アストライアから、聞き慣れた声がする。シフル・ヴェルヌ。レイナのお母さん。その声に一瞬、レイナの心はざわつくがしかし、取り乱すことはなかった。

 

「……大丈夫、レイナ」

 

 すぐ傍に、大好きな人がいるから。

 

「うん……ネメアと一緒だから……わたしは戦えるの」

 

 そう言って、レイナはネメアの手を強く握る。

 

「ごめんなさい、お母さん。わたしは……ネメアと一緒に行きます」

 

 レイナは毅然と、母を見据えていた。

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

 バルベルデを目指すプリベンターの航空機の中で、エリザはただ祈っていた。

 今まさに、愛する人たちは戦っている。しかし、自分には何もできない。

 それでも、航空機への搭乗が許されたのはエリザがこの事件の当事者であるからであり、エリザにできることはエリザの愛するお嬢様達が……スピンが、ネメアが、トワリが、それにレイナが無事に戻ってきた時笑顔で迎えるためでもあった。

 そんな事情を組んでくれたプリベンター・ウォーターには感謝している。また、口添えしてくれたライトレード警部やドクター・フィフスに対しても同様だ。

 

「……お嬢様」

 

 それでも、不安は消えない。もし、万が一があったら。そう思うと、今にも苦しくて死んでしまいそうになる。

 

「…………辛いわね」

 

 そう、声をかけてきたのはドクター・フィフスだった。

 

「…………はい」

 

 エリザは、フィフスの用意してくれたドリンクを一口呑み込む。

 

「……温かいですね」

 

「こういう時は、温かいものを飲むと落ち着くでしょう?」

 

 そういえば、ネメアが夜に眠れない時は温かいレモネードを出してあげた。そんなことを思い出してしまう。

 

「…………私はただの医者だから、大したことは言えない。だけど、あなたが苦しんでるのはわかる。……パパが警察官だからね」

 

 そう言って、フィフスはエリザの隣に座ると自分も一口、ホットココアに口をつける。

 

「……警部さんは、やはり現場に出る気なんですか?」

 

「……ええ。“ロワゾ・ブルー”は許しがたい犯罪結社だって言ってる。パパは、この事態をれっきとした刑事事件として収めたいらしいの」

 

 事実として、シフル・ヴェルヌが行った行為はテロだ。それを見過ごせないという気持ちはわかる。しかしそれは、娘を残して戦場へ赴こうとしているということに他ならなかった。

 

「……戦いって、どうしてこうも勝手なんでしょうね」

 

 ネメアも、スピンも。大切なもののために戦っていることは理解しているし、理解しているからこそエリザは今日まで支え続けてきた。

 それでも、こうして残されるのはやはり気分のいいものではない。

 

「…………人はね。戦う事で己の在りようを探すのよ」

 

 フィフスが、小さく呟いた。

 

「…………私にとっての戦いは、患者を救うこと。レイナちゃんもトワリちゃんも、私の患者。だから私はここにいる。あなたも、戦っているんでしょう?」

 

 と、フィフス。エリザは紙コップに浮かぶ液体を見つめながら、思案する。自分は何と戦っているのか。それは、何のための戦いなのか。

 数十秒ほどの沈黙の後、エリザは小さく口を開いた。

 

「……私の戦いは、お嬢様達の帰る場所を守る事です。お嬢様達が帰ってきた時に、安らかな時間を過ごせるように」

 

 それがエリザの、従者としての戦い。そして、ノーリ家の一員としての。

 

「……いい戦いね」

 

 そう言って、フィフスは小さく笑った。

 

「……先生、戦いというのは戦争や殺し合いだけじゃないのですね」

 

 幼い頃から、エリザにとって戦いとは、戦争とは日常だった。だから、メイドとして生きていた時間を平穏な幸せだと思っていた。

 だけど、そんな平穏を続けるためにこそ戦いというものはあるのかもしれない。ふと、そんなことをエリザは思った。

 

「……生きるということ自体が、戦いの連続なのかもしれないわね」

 

 ドクター・フィフスはそう言って、紙コップのココアを飲み込んだ。それを見届けて、エリザは立ち上がる。

 

「どこへ行くの?」

 

「もうすぐバルベルデに着きます。お嬢様達をお迎えする、準備を」

 

 エリザはそう言うとにこやかな笑顔をフィフスに投げかける。

 

「私、この戦いが終わったらレストランを開きたいと思ってるんです。お嬢様達と一緒に、小さなレストランを。素敵だと思いませんか?」

 

「そうね……。是非、ロンドンに来て開いてほしいわ。そうすれば、あなたのガレットを食べにいけるんでしょう?」

 

 フィフスはそう言って、笑顔で返す。

 

「そうですね、それは……とても素敵ですね」

 

 そう言って、エリザはその場を後にした。

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

 シフル・ヴェルヌにとって、その言葉は聞き捨てならないものだった。

 シフル・ヴェルヌにとって、この世で大事なものはレイナただ一人しか、残されていなかった。

 レイナ・ヴェルヌが死に、クロウが殺され、シフルに残された最後の家族が、レイナだった。

 そのレイナが今、シフル・ヴェルヌのもとを飛び立ってしまう。

 それは。

 それは。

 シフル・ヴェルヌにとって、許せない言葉だった。

 だから、その時シフルは今まで人に見せたことの無い顔をしていた。

 

「ネメア・ノーリ!?」

 

 そして、今まで上げたこともないような怒声を放つ。今まで、司祭という役割に押し留めていた激情が渦を巻いて、シフル・ヴェルヌという女を支配していた。レイナの宣誓を聞いた直後、アストライアは青い羽根を広げてレギュラスへと飛びかかった。今までレイナも、トワリも聞いたことのないような怒声と共に迫る青い機体を、レギュラスはビームサーベルで迎え撃つ。

 

「シフル・ヴェルヌ!?」

 

 赤と緑のビームの刃が激しく鍔迫り合い、そしてその勢いのままアストライアが加速する。それは、まるでシフル・ヴェルヌという女の身体から放たれる怨念、執念、邪念。それら全てを機体に乗せているかのような一打だった。ネメアはそれを受け止めながら、自らの心をレギュラスに乗せていく。

 

「シフル・ヴェルヌ、あなたは自分の娘すら殺人マシンにしてまで何がしたいの!」

 

「誰が好き好んで、愛する娘を兵器になどするものか! そうしなければ……そうさせたのはこの世界だ! お前は……お前が、オルトの娘が、私からレイナまで奪うというのか……小娘が!」

 

 それは、母親の悲痛な叫びだった。ビームサーベルの刃越しに、ネメアには痛いほど伝わってくる。この女は、シフル・ヴェルヌは……紛れもなく娘を、レイナを愛していると。愛しているからこそ、呪うのだと。

 

「お母さん……」

 

 きっと、レイナもそれを感じている。辛そうに表情を歪めているのがわかる。

それでも、ネメアはレイナをシフルに返すわけにはいかなかった。

 

「シフル・ヴェルヌ、あなたは……!」

 

 同じだ。そうネメアは思った。パパを奪われた自分と同じ。復讐のために全てを蔑ろにしてしまった自分と同じ。違うのは、その業火をずっと燃やし続けていたこと。

 

「小娘にわかるものか! 家の都合で娘の身体を弄り回され……その結果娘が狂い死に、夫までも奪われた私の孤独が、絶望が!」

 

 激昂のままに、アストライアがレギュラスを蹴り上げる。そしてレギュラスが距離を離した瞬間、左腕に装着されているクローをワイヤーで射出する。

 

「ネメア……!?」

 

「わかってる!」

 

 ビームサーベルを投げて、ワイヤークローを両断したレギュラスはそのまま急速で後退し、ヘラクレスが投げ捨てたビームサーベルを拾う。

 

「……ネメア、お母さんは……」

 

「うん…………。あの人は、憎しみでしか世界を定義できなくなってしまった人だ」

 

 それは、もしかしたら自分がそうなってしまっていたかもしれない可能性。アストライアは翼の裏に隠されている収束粒子砲を展開し、レギュラスめがけて発射する。レギュラスはそれを咄嗟に回避し、そのまま翼を広げて再びアストライアに迫る。そして、両刃のビームサーベルを展開し再びアストライアへぶつかった。

 

「あなたは……レイナを愛していたのにどうして、その優しさを憎しみなんかにしてしまったんですか!」

 

「黙りなさい! レイナを誑かした小娘に、何がわかると言うのか!」

 

「わかるわ! あなたの娘を……レイナを愛しているから!」

 

「戯言を!」

 

 罵り合いながらも、ビームサーベルが鍔迫り合い、レギュラスは距離をとらせぬようにバルカン砲で牽制する。一方でアストライアも、収束粒子砲のチャージを待ちながらレンジを測っていた。シューティングスターとの戦いで多くのエネルギーを消耗した粒子砲は、チャージに時間がかかる。この粒子砲の設計モデルとなった戦艦リーブラの主砲も、一発撃つごとにメンテナンスが必要だったらしいが、それを小型化したアストライアの収束粒子砲には、再チャージに時間がかかるという欠点があった。それを悟られぬよう言葉は熱く白熱しつつも、行動はどこまでも冷徹に。しかし、その均衡を破ったのもまた、シフル・ヴェルヌだった。

 アストライアが機体を後退させ、レギュラスがそれを追う。アストライアが左手にビームマシンガンを構え、レギュラス目掛けて斉射する。遠距離武器を持たないレギュラスは、それを避けながら着実に、アストライアへの距離を縮めていた。

 そして、2機は議事堂の周辺へと突入する。市街地からはまだ離れているが、ほんの少しでもズレれば被害が市街地に及ぶ場所。ネメアは、緊張を高めながらシフルを追った。

 

「お姉ちゃん……!」

 

 そして、トワリのシューティングスターも続く。

 

「トワリ……。お姉様は?」

 

「私は無事だ。トワリのおかげでな」

 

 そう、スピン。

 

「お姉様……。ありがとう、トワリ。それでこそ、私の妹ね」

 

「えへへ……」

 

 嬉しそうな、恥ずかしそうなトワリの笑い声が聞こえてレイナはムッとしたように頰を膨らませるが、すぐに4人は青い翼へと視線を移す。アストライアは、議事堂の影に身を隠していた。

 

「あんなところに隠れたところで……」

 

「待って!?」

 

 トワリがそう制した次の瞬間、議事堂から見慣れないモビルスーツが複数出現した。それらはどことなくリーオーの面影を感じるが、全体的に手足は太く、また左腕にはガトリングガンを装備している。ネメアの記憶にある、データで見たガンダム03……ガンダムヘビーアームズに似ている気がした。

 

「サーペント……!」

 

「知ってるの、トワリ?」

 

「……コロニーで開発されてる、新型。司祭様、ここに隠してたんだ……!」

 

「その通り。そしてあなた達は、ここで死を迎える」

 

 アストライアが、飛び出した。まるで歌を歌う天使のように優雅に空を舞うアストライアを見つけた次の瞬間、強烈な頭痛が4人を襲った。

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

 それは、レギュラスの問いかけを塗りつぶすような暗い敵意だった。敵意、そう。ネメア・ノーリを殺せと脳を支配する言葉が暗く、昏い言葉が、こびりついて離れない。自分を殺せというその言葉は、ネメアにとってもとても甘美な響きだった。

 だから、もしレギュラスで慣れていなければ。

 膝の上とその手にレイナの温かさを感じていなければ。

 もしかしたら、ネメアはその場で舌を噛み切っていたかもしれない。

 

「な、何……これっ!?」

 

 自殺せよというその甘い誘惑に猛烈な目眩と吐き気を感じながら、ネメアはようやく、それだけを叫んだ。

 

「ネ、ネメア……!」

 

 お互いの手を強く握り、必死に意識を保つネメアとレイナ。トワリとスピンも歯をくいしばるようにして意識を保った。

 

「スピンお姉ちゃん、これ……!」

 

「ああ。レミングとかいう奴だろう。シフル・ヴェルヌめ……」

 

 ネメアへの殺意を植え付けるレミングの心理コントロールを精神力で跳ね除けながら、4人は敵を見やる。サーペントと呼ばれたモビルスーツは、5機。ネメア達の前に立ちはだかる。左手のビームガトリングを統率された動きで斉射するサーペントを前に、レギュラスとシューティングスターは咄嗟に二手に分かれた。それを追うように、5機のサーペントが動き出す。

 

「さすがに、本拠地なだけはあるわね……!」

 

 レギュラスも、シューティングスターも武装の大半を損壊している。にも関わらず敵はアストライアと、5機のサーペント。それらは全て、シューティングスターを無視してレギュラスへ向かう。

 

「こいつらも……レミングとやらの影響を受けているらしいな!」

 

 レギュラスを庇うように前に出たシューティングスターは、ビームサーベルを構えてサーペントへと突貫する。

 

「トワリ!」

 

「お姉ちゃん、こいつらは私が相手になるから……お姉ちゃんは、あの人を追って!」

 

 シューティングスターのサーチアイは、上空に舞う天秤の守り手を確かに、捉えていた。

 

「シューティングスターじゃ、空中戦はもうできない。だから、お姉ちゃんが決着をつけて……司祭様と、シフル・ヴェルヌと!」

 

「トワリ……わかった!」

 

 白い羽根を広げ、レギュラスが飛び立つ。それを撃ち落そうとサーペントのうち1機がガトリングを上空へ向けた。しかし、次の瞬間その腕はビームの刃に斬り落とされる。

 

「あんた達の相手は、この私よ!」

 

 既に装甲のあちこちが剥げ、メカフレームが露出し、ウイングバーニアも満足に動かない。それでも、シューティングスターは牙を剥く。

 左手を失ったサーペントの肩のハッチが開き、ミサイルが放たれる。それをビームサーベルで払いのけながら、シューティングスターはさらにサーペントの頭部を左手の拳で殴り飛ばす。しかし、それでもそのサーペントは立ち上がりシューティングスターへと対峙した。

 

「……どうやら、レミングの影響で奴らはほとんどゾンビも同然らしい」

 

「みたいね……。こいつらも昔の私と同じ、司祭様の操り人形か」

 

 そうトワリは吐き捨てて、サーペントと対峙した。

 

「1対5……こっちは満身創痍で、相手は無傷。しかもパイロットは殺せない、か」

 

「そうだな……。私達が“ロワゾ・ブルー”で犯した過ちと、この兵器達だけがこの戦いの道連れだ。それ以上は……何も殺さん」

 

 そう言って、互いに頷くスピンとトワリ。そうしている間にもサーペント達はビームガトリングを撃ちながら、ガンダム以上の推力でシューティングスターへと迫る。

 

「絶対に、死ぬもんか……!」

 

 もはや鉄屑と言っても差し支えないほどまで損傷したガンダムの中で、トワリは叫んだ。叫び、そのままビームサーベルを振り上げサーペントへと向かっていく。

 人間として、死ぬために。

 人間らしく、生き抜くために。

 レミングの支配下に置かれたサーペントのパイロット達は、敵を倒すために最適な未来を強制されている。そのためならば自らの死も厭わない最強の部品にされている。もし、すべての戦闘力を奪えば自爆すら躊躇せずに行うだろう。

 だから、敵を倒し切ってもいけない。

 当然、敵に倒されるなんて以ての外だ。

 つまり、トワリが今やるべきことは……ネメアとレイナがシフル・ヴェルヌを倒す時まで、サーペントの相手をし続けること。

 それは、あまりにも絶望的な戦いだった。

 それでも、負ける気は全くしなかった。

 

「トワリ、左だ……!」

 

「わかってる!」

 

 絶対に、死なせたくない人が側にいる。だから、トワリは既に限界を超えて尚戦い続けることができた。

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

 そして上空では、純白の獅子と青い鳥が激しくぶつかり合っていた。レギュラスも、アストライアも、あまり武器は残っていない。レギュラスにあるのは、ヘラクレスの遺した両刃のビームサーベルと、頭部のバルカン砲のみ。アストライアもビームサーベルと、羽根の裏の収束粒子砲。しかし、強大な威力を誇る収束粒子砲はチャージに時間がかかり、連続使用のできない大技だった。

 シフルは、収束粒子砲のチャージが完了するまでの時間を冷静に測りながら、ビームサーベルでぶつかり合う。もう何度目かもわからない激突はしかし、アストライアが優勢だった。

 

「お母さん、もうやめて!」

 

 レギュラスのコクピットから、レイナの悲痛な叫びが伝わる。しかし、それに母は頷くことはできない。

 

「レイナ、あなたは私の娘。私に残されたたった一人の家族。それが何故、ネメア・ノーリなどと!」

 

 ビームサーベルの出力はレギュラスの方が上だった。しかし、ビームの接触がジリジリと火花を散らすなかでシフルは、ビームサーベルのスイッチを切る。

 

「何っ!?」

 

 動揺しながらも、ネメアはレギュラスの刃を振り降ろしアストライアの左腕を斬り落とした。しかし、ネメアは確実にコクピットを狙っての動きだった。

 次の瞬間、アストライアは再びビームサーベルのスイッチを入れる。赤い刃が、コクピットを確実に狙っていた。

 

「私を捨てるというのならば、あなたも死になさいレイナ!」

 

「お母さん!?」

 

「南無三っ!」

 

 絶叫とも、悲鳴ともつかない叫び声を三者三様に上げながら、レギュラスは翼を閉じてビームサーベルの刃を防いだ。僅かに生き残っていた電磁シールドが展開され、その断末魔の音を立てる。次第に白い羽根が舞い落ち、黒く焦げ始めているのをネメアは悟り、アストライアを蹴りつけて引き剥がした。

 

「シフルめ、やってくれる!」

 

 悪態をつきながら、ネメアはビームサーベルを再び構え、左腕を失ったアストライアへと距離を縮めていく。翼を広げ、大きく羽ばたかせる。

 

「あなたは、あなたはレイナに甘えているだけだ! 母と娘であることに甘えて、あなたの思い通りにしようとする! それが親子のすることか!」

 

 ビームサーベルを振り上げたその瞬間、しかしアストライアのビームサーベルがレギュラスの右手を斬った。

 

「私は母だ! レイナの母で、クロウの妻で、一人の女で、“ロワゾ・ブルー”の司祭! 一人の身にそこまでの役割を押し付けられれば、こうもなろう!?」

 

 そのまま、振り抜き様にコクピットへ突き立てようといたアストライアのビームサーベルは、ネメアとレイナを焼くことはなかった。

 斬り落とされたビームサーベルを手ごと掴んだレギュラスの左手で、再びビームサーベル同士が鍔迫り合う。

 

「だとしても、あなたがやっていることは怨念返しにも程がある!」

 

 互いのビームサーベルの、出力が弱くなっていた。パワーダウンが起きていたのだ。長時間に及ぶ戦闘で、ビームサーベルに回せるエネルギーが不足し始めた。鍔迫り合いでビーム同士が過干渉を起こしたのもあるだろう。腕部のマニピュレーターからのエネルギー供給に、限界がきていた。

 そして、赤の光と緑の光が同時に消える。その瞬間、レギュラスとアストライアは同時にビームサーベルを捨てた。

 

「オルトの娘なら、あなたにも世界を恨む権利がある! 世界を壊し、憎しみを世界に広げる資格がある! だからあなたにレイナを預けたというのに!」

 

 無手となったアストライアは右拳を、レギュラスの頭に叩きつける。バルカン砲をものともせずに繰り出したパンチは、レギュラスのカメラを大きく損壊させ、レオシステムが見せる映像が一瞬、衝撃で大きく揺らいだ。

 

「シフル・ヴェルヌ……!?」

 

 無手のレギュラスもまた、その左拳をアストライアに叩きつける。

 

「ネメア・ノーリ、よくも私のレイナを誑かしてくれた!」

 

 アストライアのメインカメラも、大きな衝撃を受けて悲鳴を上げる。両者ともに、サブカメラに切り替えることはしなかった。その一瞬の隙に殺されるのが、わかっていたからだ。視界が悪い状態でも、目の前の敵を殴り、蹴りつけるのに不自由はなかった。

 

「お母さん、違うの! 私が選んだの! 私が、ネメアがいいの!」

 

 レイナの叫びはしかし、シフルには届かない。再びアストライアは、レギュラスを蹴りつける。物凄い衝撃が、レギュラスを襲った。

 

「レイナ……私の可愛い娘。あなたまで私から離れていくのなら、死になさい」

 

 冷たい、声が響いた。そしてアストライアは翼の裏に隠されていた収束粒子砲を、再び展開する。

 

「さようなら、レイナ……!」

 

 別れの言葉とともに放たれた光が、レギュラスを呑み込んだ。

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

「お姉ちゃん!? レイナ!?」

 

 上空で起きた閃光を見て、トワリは叫ぶ。次の瞬間、サーペントのビームガトリングの斉射が、シューティングスターを襲う。咄嗟に回避行動をとるが、背中のウイングバインダーに引火していた。

 

「クッ!?」

 

 胸を抑え込むように、スピンが呻く。

 

「スピンお姉ちゃん!? ……クソッ!」

 

 舌打ちし、ウイングバインダーをパージするトワリ。翼を失ったガンダム。ビームサーベルで3機目のビームガトリングを斬るが、既にシューティングスターはいつ爆発を起こしてもおかしくないほどにダメージを蓄積していた。ミサイルの雨を回避しきれず、左腕をパージする。すると、左腕のフレーム部に小さなナイフが隠されていた。

 

「これは……。エリザさんに、お礼言わなきゃ。スピンお姉ちゃん、シートベルトは締めてある?」

 

 ナイフを抜きながら、トワリが言う。

 

「あ、ああ……。当然だ」

 

 既に、スピンも限界に近かった。顔色が青い。レミングによる精神汚染を抑えているのもあるだろうが……あまり時間はない。最悪の場合、このサーペントのパイロットを殺して終わらせるしかない。

 それはトワリにとって、過去の自分を……司祭様を信じて、司祭様の言葉を鵜呑みにして、司祭様に全てを委ねて、自分で選ぶことをしなかった自分を殺すことに他ならなかった。

 それでも、それはしたくない。

 今操られている人達も、助けなければ。

 ネメアが、スピンが、エリザがそうしてくれたように。

 

「ネメアお姉ちゃん……レイナ」

 

 ナイフを一本握り、傷だらけのガンダムが戦っていた。

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

「何だ、あの光は……!」

 

 プリベンターの航空機で、ライトレード警部はそれを見た。バルベルデ領空内の上空で、小さな光が二筋、伸びている。それはたしかにビーム兵器の光だと、ライトレード警部は見逃さなかった。

 

「……確認しました。レギュラスと、青いモビルスーツが戦っているようです」

 

 操縦桿を握るサリィ・ポォは、望遠カメラが捉えたその画像を拡大する。その光が起きた位置でたしかに、ガンダムレギュラスが戦っていた。しかし、右腕は落ち、自慢の羽根もあちこちが黒く焦げてもはや、スクラップといっても差し支えのない状態だった。そしてそれは、対峙する青いモビルスーツも同様である。

 

「ネメアが……戦ってるのか!」

 

 もどかしい。今すぐにでも駆けつけたい。そんな思いでライトレードは光の差した方を睨む。

 すると、格納庫で何やら異常が起きているのを知らせるサイレンが鳴り響いた。それと同時、格納庫から通信が入る。

 

「こちらウォーター、どうしたの?」

 

 プリベンター・ウォーター……つまりはサリィの部下である若い男は、慌てた様子で報告した。

 

「ウォーター聞いてくれ! メイドさんが、車リーオーで出ちまったんだ!」

 

「何ですって!?」

 

 サリィが確認すると、空戦用のフライトユニットを装備した黒いリーオー……スカード・リーオーがたしかに、航空機から見えた。

 

「おいメイドさん! 何してるんだ!?」

 

 通信の周波数をスカードに合わせ、ライトレードが怒鳴り声をあげる。エリザは、鬼気迫る表情をしていた。

 

「聞こえたんです。ネメアお嬢様とレイナちゃんの声が……私が、迎えに行かなきゃ!」

 

「いくらなんでもそのリーオーでは、ここからじゃ無茶だ! 戻ってこい!」

 

「そんなことをしていたら、間に合わないかもしれないんです!」

 

 エリザがピシャリと言い放つと、それきり通信が途絶える。エリザが、通信機のスイッチをオフにしたのだ。

 そして、ライトレードは取り残されていた。

 

「…………クソッ!」

 

 ネメアは戦っている。ネメアを助けるために、エリザも飛び出した。

 それなのに、法と秩序の番人であるはずの自分はまだ、航空機の中にいる。

 

「警部、落ち着いてください……」

 

 プリベンター・ウォーター……サリィの言葉がライトレードの耳に虚しく響いた。

 

「ああ、わかっている。だが……」

 

 ネメアも、エリザも。スピンやトワリ、レイナにしてもそうだ。戦う必要がない市民が今、巨悪と戦っている。

 必死に、もがいている。

 

「できることなら、代わってやりたい。そう思うのは傲慢ですかい……?」

 

 それだけ、ライトレード警部は呟いた。サリィはそれを聞いて、「いいえ」と首を横に振る。

 

「本来なら、戦うべきは私達です。それを彼女達に任せてしまったことは、私も心苦しく思っています。ただ……彼女達の無垢な自由さは、思い出すんです」

 

「何を……?」

 

「かつて負けるとわかっている戦いを続けて……私達の心を大きく揺り動かしてくれた、星の王子様達を」

 

 それが誰のことを言っているのか、ライトレードにはわからなかった。ただ、サリィがネメアや……今飛び立ったエリザを信じていることだけは、伝わった。

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

 収束粒子砲の光に呑まれながら、ネメアの手の上にはレイナの手が置かれていた。その優しく、温かいぬくもりを感じながら、ネメアはレギュラスが最期の悲鳴を上げていることを悟る。翼を折り畳み、生き残っている電磁シールドを全て展開し、それでも尚、レギュラスの翼は溶け始めていた。

 

「ネメア……」

 

 レイナの声は、落ち着いていた。だから、目の前に迫る死にも、ネメアは平然としていられた。

 

「大丈夫だよ、ネメア……」

 

 レイナの優しい声に包まれているから、ビームの熱なんてちっとも熱くない。むしろ、レイナの体温と、今自分の胸の中で高鳴るこの血の滾りの方がずっと熱い。だから大丈夫だと、ネメアは確信していた。そして、収束粒子砲の光が収まり……

 

「どうして……」

 

 レギュラスは、まだ生きている。その翼を大きくはためかせて、ガンダムレギュラスは、アストライアへと迫る。

 

「ネメア・ノーリ……貴様はァッ!?」

 

 握り拳を作り、アストライアはレギュラスへと向かった。そして、その拳はたしかに、ガンダムの頭を潰す。

 

「シフル・ヴェルヌ……あなたはたしかに、この世界の被害者なのかもしれない。だけど、あなたのそれは憎しみと悲しみを広げて、第2第3のあなたを作るだけでしかない!」

 

 レギュラスは、最期の力を振り絞り左拳を上げる。

 

「あなたは、その憎しみで何を手に入れたの! 答えなさい、シフル!」

 

 レギュラスの拳も、アストライアの頭部を吹き飛ばした。

 

「知れたこと……強者として、弱者を握り潰す、支配者の資格だ!」

 

 アストライアはしかし、その腕でレギュラスを掴む。

 

「お母さん……違うよ」

 

 密着するまで接近したモビルスーツ同士は、通信回線を開かなくても会話ができる。……お肌の触れ合い回線。そう言われる現象が起きて、アストライアの中にレイナの声が響く。

 

「この世界に、強者とか弱者とか……支配者とか、そんなもの存在しないんだよ。私たちはこの世界に生まれて、みんな孤独で、みんな誰かと繋がりたくて、みんな弱いの。この世界に生きる、みんなが……わたしもネメアも、みんなが弱者なんだよ!」

 

「レイナ……」

 

 一瞬だけ、シフルの声が柔らかくなった。言葉が、思いが通じたようにレイナは思った。しかし、直後にシフル・ヴェルヌはアストライアの足で、レギュラスのコクピットを蹴り落とす。

 

「私は、私だけが、この世界に復讐する権利がある! この呪いまで、奪わせはしない!」

 

 アストライアが再び、拳を構えて迫る。レギュラスの残された左腕にも、異常が起きていた。左腕で、熱暴走が起きている。蒸気を吹き出し、今にも爆発しそうな状態になっていた。

 そして、レイナはその状態を……知っていた。

 

「左腕マニピュレーターが、オーバーヒート……!?」

 

「いいの、ネメア。そのまま左手で、お母さんを殴って!」

 

 そう、真っ直ぐに迫る母を見据えて言うレイナの言葉を聞き、ネメアの脳裏にレオシステムが最期の情報を更新する。左腕のオーバーロードで、機体が爆散。そのまま空に投げ出される未来。しかし、それは同時に一つの可能性を示していた。

 

「レイナ……いいのね?」

 

「うん、ネメアと……明日を生きたいから」

 

 そう言って、瞳に涙を浮かべながら微笑むレイナに一つ頷くと、ネメアは……レギュラスは熱暴走を起こす左拳を構えた。

 

「ネメア・ノーリ! 死ねぇぇぇぇっっ!?」

 

 そして、アストライアの拳が伸びるよりも早く、

 

「シフル・ヴェルヌ! 私は…………」

 

「わたしは……」

 

 熱暴走を起こしたレギュラスの左腕は、アストライアのコクピットを掴んだ。

 

「私達は、死なないッ!」

 

「わたしたちは、死なないッ!」

 

 直後、熱暴走を起こした左腕が、急激な熱をアストライアに与え、左腕諸共に爆発する。その爆炎に呑み込まれたアストライアは火達磨になりながら上空から堕ちていった。

 そして、その衝撃でレギュラスもまた落下する。白い翼……『イカロスの羽根』とトレーズが名付けた高機動バインダーも火を噴き、燃え落ちていく。空中で、レギュラスは全てのコントロールを失い燃えていた。

 

「……さようなら、お母さん。レイナ・ヴェルヌは……お姉ちゃんは……あなたを愛してました」

 

 落下するコクピットの中で、レイナはそう小さく呟いた。

 

「レイナ……」

 

 そんなレイナを抱き締めながら、ネメア・ノーリは落ちていく。このまま落ちれば、レギュラス諸共バラバラになるだろう。そうなれば、ネメアも、レイナも生きてはいられない。

 

「……わたし、さいごにネメアと一緒にいられるなら……幸せだよ」

 

 ほんとうのしあわせ。それはここにあった。そう、確かめるようにレイナはネメアの顔を見上げて微笑む。しかしネメアは小さく笑みを浮かべると、再びレギュラスのレバーを握った。

 

「言ったでしょ、私達は死なないって。あれ……嘘だったの?」

 

「ネメア……」

 

「私は、まだ諦めてない。たとえ腕を失おうが足を失おうが、生きる。生きて、レイナと一緒に生き抜く。その終わりは、ここじゃない!」

 

 翼が次々と燃え落ちていく中で、必死にネメアは可能性を探す。ここから生き延びる可能性。ネメアが生きている限り、レギュラスは情報を提示する。大地に衝突するのは一発アウトだ。せめて、海中に落ちなければ万に一つもない。だが、今度は水圧はどうだ。レギュラスのシステムが生きているうちは大丈夫だが……保証はできない。だからあまり深くないところに落ちなければ。そう計算を続けているうちに、全ての羽根が燃え落ちた。翼を失ったレギュラスは、まるで神話に語られた男のように、みるみるうちに落下速度を上げていく。

 

「まだ、まだよ……レギュラス、耐えて!」

 

 ネメアの叫びとともに、レイナもレイナの手に自らの手を添える。

 

「わたしも……諦めない。だから、応えて。レギュラス」

 

 しかし、落下速度はみるみるうちに増していく。次第に、レギュラスは何もふたりに見せなくなった。レオシステムが死にはじめているのだと、そこでネメアは悟る。辛うじてだけパイロットへの衝撃緩和、欺瞞能力は生きているが、それも次第に弱くなっていく。

 加速で、レギュラスの下半身が吹き飛んだ。胴体だけになったレギュラスはじきに、空中でバラバラになるかもしれない。いや、それよりも先にシステムが完全に沈黙すれば……。

 

「!? ネメア……!?」

 

 それに気づいてレイナはシートから離れようとするが、ふたりはレオシステムの影響で耐えられているだけであり、現実には重力加速度は見る見るうちに増している。このままでは、自分の体重がネメアを潰してしまう。絶望的な確信に、レイナは悲鳴を上げた。

 

「レイナ……大丈夫。大丈夫だから」

 

 それでも、ネメアはレイナの身体を支えながら、押しつぶされながらそう、安心させるように笑いかける。

 

「いや……嫌だよ、死んじゃやだ。ネメア!」

 

 そして……レオシステムが完全に死ぬ直前。胴体だけになったレギュラスを何か硬いものが受け止めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お待たせしました、ネメアお嬢様。レイナちゃん」

 

 二人の耳に聞き慣れた……しかしとても懐かしい声が、お肌の触れ合い回線で伝わる。

 

「エリザ……さん?」

 

「エリザ……?」

 

 サブカメラを点けると、そこには2人と共に戦い抜いた黒いリーオーが映し出されていた。

 

「スカード……」

 

 安堵の表情を浮かべる、ネメア。スカード・リーオーはレギュラスの亡骸と……獅子の心臓の中で守られたふたりの乙女を大事に抱きかかえながら、バルベルデの大地に着地した。

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

(眩しい……)  

 

 海の底で、シフル・ヴェルヌはただ空を眺めていた。アストライアはバラバラになり、自分が今生きているのか、死んでいるのかもわからない。ただ、あの空から見える光はどこか、遠い宇宙にある、とあるコロニーを思い出させた。

 コロニーには、天然の太陽光は差さない。人口陽光で照らされた天井は、若いシフルには物珍しく、知識で知っていても不思議なものだったのを思い出す。

 

(そこで、私はクロウと出会い……恋をした……)

 

 それなのに、クロウの顔を思い出せない。いや、コクピットに写真を飾っていたはず……ふと、視界を泳がせてシフルは、それを探した。しかし、見つからなかった。

 どうやら、あの時燃えてしまったらしい。それを少し残念に思いながら、またシフル・ヴェルヌは視界を空へ向ける。

 ふと、子供が出来た時のことを思い出した。クロウは、その子に「レイナ」と名前をつけた。それがどういう意味なのか不思議に思い、シフルは聞いてみた。

 

「スペインの言葉で、女王という意味です」

 

 それを聞くと、お爺様は大層機嫌をよくしたのを覚えている。それから、ふたりきりの時にクロウはもう一つの意味を教えてくれた。

 

「レイナっていうのはさ、ニホンの言葉で『玲奈』って書くんだ。玲っていう字は、玉のように、透き通った……そういう意味で、心の綺麗な子に育ってほしいって思ったんだ」

 

 そう、照れたように笑って言ってくれたのを、シフル・ヴェルヌは思い出した。

 

(ああ……そうか……)

 

 玉のように、透き通った。綺麗な心。それはまるで、この空の向こうにある暗くて冷たい……そして全ての命を包み込む闇の温かさのように、シフルは思った。

 

「今……わかりました……」

 

 なぜ、レイナは行ってしまったのか。

 なぜ、自分は拒絶されてしまったのか。

 

「宇宙の心は……あなただったのですね、レイナ……」

 

 それが、シフル・ヴェルヌという女の……一人の母の最期の思考だった。

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

「終わったの……?」

 

 トワリがそう呟いたのは、先ほどまで暴れまわっていたサーペント達が次々と機能を停止したからだった。シューティングスターは左腕を失い、頭部カメラも壊れ、ビームサーベルもエネルギーが底を尽き、ナイフ一本を持ったまま、サーペントの相手をし続けていた。

 

「……この人達、生きてるかしら?」

 

 それまでは自分たちが死なないことに夢中で我武者羅だったが、動きを止めたサーペント達を前にトワリはふとそんなことを呟く。

 

「……信じるしかないだろう。あんなものに心をやられていたのだから、意識を失っていても無理はない」

 

 スピンは冷静に、そう分析する。「そうだね……」とトワリも頷いた、その時だった。シューティングスターの脚を、ガシッと何かが掴む。

 

「えっ、何っ……!?」

 

 トワリがシューティンスターのコクピットハッチを開いて外を見やると、赤い鉄屑が、欠け折れたハサミをガンダムの脚に突き立てていた。

 

「トレンタ……!?」

 

 たしかに、コクピットを潰したはず。それなのに、カルキノスが生きている。

 

「……ト、ワ、リ…………」

 

 カルキノスの頭部……コクピットがあったはずの場所に、それはいた。

 

「……………………!?」

 

 間違いない。トレンタだ。身体の後ろ半分が削ぎ落とされ、身体中から血を吹き出し、脳のようなものや、骨のようなものや、臓器のようなものや、腸のようなものや、肉や脂が噴出しながらもただ、むき出しの闘争心だけでトワリを睨みつけるその視線。いや……眼窩は窪み、くらい空洞だけを映し出している。

 

「来ないで、化け物!?」

 

 必死に、カルキノスを振り落とそうとするが、全く力を緩めないカルキノスにとうとうシューティンスターは、下半身のバランスを崩し倒れてしまった。そしてカルキノスは、トレンタはトワリに覆いかぶさるように這い寄り、締め付ける。

 

「いや…………来ないで…………!」

 

 ありえない。こんなことは。トレンタは確かに死んでいる。死にながら、思念だけでカルキノスを動かしてトワリに覆いかぶさるようにしている。そうとしか、思えない。

 カルキノスに組み伏せられ、シューティンスターは為すすべがない。

 カルキノスは、折れたハサミを高々に掲げてシューティンスターのコクピットへ向けた。

 

「あ……」

 

 やられる。本能的にそう、トワリは直感する。

 

「トワリ……!」

 

 スピンが何かを言っているが、わからない。死ぬ。このままでは死ぬ。どうすることもできずに死ぬ。

 死ぬ。その現実を間近に感じて、トワリは凍りついていた。

 

「やだ……せっかく生き残ったのに。こんなところで、死にたくないよ……!」

 

 泣き喚くように、トワリはシューティンスターのナイフを振るい、ハサミへと突き立てる。しかし、ナイフの刃はハサミを前に、脆く折れてしまった。

 

「あ……ああ……」

 

 目の前に迫る死。それをトワリは天罰だと思った。今まで、たくさんの人を殺してきた自分への。にも関わらず、家族を得て……幸せになってしまった自分への。

 それでも、

 

(いやだよ……死にたく、ないよ……!)

 

 誰か、助けて。そうトワリが願った時だった。

 

「安心しろ、トワリ」

 

 スピンが優しく、トワリの肩を抱く。

 

「スピンお姉ちゃん……?」

 

 そこでようやく、トワリは意識を取り戻した。

 

「聞こえないのか、あの音が」

 

 そう、スピンが言ってはじめて……トワリは周囲の音に気づいた。近づいてくる、音がある。それはモーター音。車輪を回すローラー音。その音が近づいてくる。そして、ローラーダッシュを全力で回転させ、それはトワリ達の前に躍り出た。

 

「獅子の帰還、か」

 

 スピンの呟きとともに。

 

「私のきょうだいに……触るな!」

 

 トワリも大好きな、お姉ちゃんが帰ってきた。

 スカード・リーオー。傷だらけの獅子と名付けられた黒いリーオーが、肩のシールドから取り出した手斧をカルキノスの頭部に叩きつける。そして、シューティングスターからカルキノスを引き剥がして、突き飛ばした。

 

「ガ……ア……」

 

 断末魔の、潰れた声と共にカルキノスの赤い身体が崩れ落ちる。そして、二度と立ち上がることはなかった。 

 

「…………大丈夫? お姉様、トワリ」

 

 スカードから、聞き慣れた声がする。そのハスキーで、だけどとても優しい声。

 

「……お姉ちゃん」

 

 安心して、トワリはどっと全身の力が抜けた。

 

「…………さあ、みんな。帰って夕食しましょう」

 

 スカードのコクピットの中で、エリザがそう提案する。トワリとスピンもくすりと笑って頷く。

 

「ああ……。今日は、家族揃っての夕飯だな」

 

「なら、早く帰りましょう。ほら……迎えがきたわ」

 

 ネメアが見上げた空には、プリベンターの航空機が飛んでいる。ライトレード警部とドクター・フィフスもいるのだろうと思い、コクピットハッチを開いたネメアは、航空機に手を振った。

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

 それから冬が来て、春が訪れようとしていた。ライトレード・イレブン警部はその日の業務を終えてロンドン市警(スコットランドヤード)を後にする。

 

「随分と、暖かくなったな」

 

 『“青い鳥事変”』そう呼ばれる一連の事件が終わり、半年になろうとしていた。結局、“ロワゾ・ブルー”という組織に加盟していたのはロームフェラ財団に加盟していた財閥貴族のうちの2割程が確認された。その中には、ヴェルヌ家やノーリ家の存在もある。地球圏統一国家は“ロワゾ・ブルー”の解体を宣告し、そして多くの貴族はその通りにした。しかし、“ロワゾ・ブルー”という組織が解体されるに至った最大の理由は、元老院と呼ばれていた組織の運営に大きな発言権を持つ代表者達の全滅や、司祭と呼ばれる代表者……シフル・ヴェルヌの行方が結局知れなかったこと。何よりそのシフルによる内部クーデターにより、組織は既に求心力となるものを失っていたことも大きい。

 ともあれ……あの秋に起きた少女達の戦いは、冬の訪れと共に終わりを告げた。

 その年の終わりに起きた……トレーズ・クシュリナーダの娘を名乗る少女を担ぎ上げたテロ事件も終結し、人々は今度こそ本当に兵器を捨てることを決意したのも記憶に新しい。既に市警ですらも、犯罪者を鎮圧するためのモビルスーツを破棄している。

 世界が、人々が変わり始めている。それはライトレードのような老人にとってはまだ慣れないものだった。

 

「パパ、お疲れ様」

 

「ああ、お前もな」

 

 今日は娘のフィフスと食事に出かける約束になっていたので、仕事人間のライトレードも残業せずに仕事を切り上げたのだ。市街地を2人で歩きながら、ライトレードは空を見上げる。

 

「…………そういえばパパ、憶えてる?」

 

 ふと花屋の店先で並ぶ、赤いカーネーションを見てフィフスが聞いた。

 

「……ああ、もうすぐ母さんの誕生日だ」

 

「うん……。憶えててくれたんだ」

 

 ライトレード警部は、モビルスーツによるテロ事件で妻を失っている。彼が犯罪を憎むのには、そういう理由があった。犯罪を憎み、犯罪者を追うために家のことをかなり蔑ろにしていたのも、実感としてある。そのせいで、幼かったフィフスにも寂しい思いをさせたことだろうと思っていた。

 赤いカーネーションを買って、再び歩き出す親娘。あの事件の後、ライトレードは娘と過ごす時間が増えた。それは、悪い気はしないことだった。

 

「そういえば、パパはあの人……ネメアさんとどういう経緯で出会ったの?」

 

 変わらないロンドンの街並みを歩きながら、フィフスにそんなことを訊かれる。ライトレードは、「ああ……」と言いながら天を仰いだ。

 

「……パパ?」

 

「ネメアはな…………」

 

 それはもう一年以上前のことになる。まだ、OZという組織が存在し、トレーズ派とロームフェラ派に分かれOZが分裂していた頃。ロンドンの街角で、喧嘩沙汰が起きた。それを取り抑えたのが、ライトレード警部だった。

 喧嘩の主犯は、女性。薄い金髪の、険しい目をした女だった。女の名前は、ネメア・ノーリ。経歴は、元軍人の貴族様。

 ネメアは酒場で居合わせた若い男を殴り飛ばし、それで騒ぎになったという。

 

「何があったんだ」

 

 拘置所でそう聞くと、ネメアはバツの悪そうな顔をして……答えた。

 

「……そこの酒場でね。あの男……パパに死ねって言ってたのよ」

 

「お前の?」

 

「……あいつが私のパパのことなんて、知るわけないでしょ」

 

 そう言ってそっぽを向くネメアのことは、今でも思い出せる。その時、ライトレードは大笑いしたことも。

 

「……お前、いい奴だな」

 

 名も知らない家族のために、そこまで怒れるのかと。

 

「…………それは、ネメアさんらしいわね」

 

 一連の流れを話して、フィフスは笑って答える。

 

「あいつはさ、いい奴なのに不器用なんだ。しかもその後もしょっちゅう騒動起こすもんだからな……」

 

 思い出しただけで頭を抱えるライトレードだが、悪い気はしなかった。

 その跳ねっ返りも、今はだいぶ落ち着いているのだからいい思い出だ。

 

 そんな会話を弾ませながら、親娘はロンドンの繁華街から少し離れた場所にある……小さな建物に辿り着く。白い屋根は清潔感を感じ、花壇にはイースターカクタスが花を咲かしている。そしてその表札には可愛らしいデフォルメの、ライオンの絵が描かれていた。その玄関から、1人の少年が出て行った。暖かくなり始めたとはいえ

肌寒さの残るこの時期に似合わない緑色のシャツと、動きやすいジーンズの軽装な少年だった。

 

「失礼」

 

 ライトレードとぶつかりそうになり、少年が言う。無愛想な少年だったが、見知らぬ人に対してなどそんなものだろう。と怪訝に思うこともなくライトレードは「ああ、大丈夫だよ」と言って、少年はそのまま歩き去っていった。

 

「今の子、見慣れない子だったわね」

 

 フィフスが言う。確かに、ここに来るのはもう何度目かになるが見た顔ではなかった。だが、それは決して悪いことではない。

 

「それだけ、繁盛してるってことだろう」

 

 そう言って、ライトレードはその建物の玄関の戸を開いた。

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

「いらっしゃいませー!」

 

 和かな笑顔でライトレードとフィフスを歓迎するのは、エプロン姿の女の子だった。1人は、赤い髪を三つ編みにした少女。もう1人は、長い黒髪の少女。

 

「あっ、先生と警部さん……お久しぶりです」

 

 黒髪の女の子……レイナがペコリとお辞儀する。

 

「ライトおじさん、ドクター。いらっしゃい。好きな席に座って」

 

 奥からひょっこりと顔を出したのは、先ほどまで2人の会話の主役になっていたネメア・ノーリだった。彼女は相変わらず洒落っ気のかけらもないラフな服装をしているが、その上にやはりエプロンをしていた。

 

「みんな久しぶり。トワリちゃん……経過はどう?」

 

「うん、最近は……薬がほしいって思う回数も減ってきた。でも、まだチョコが手放せないかな」

 

「よろしい」

 

 そんな会話をしつつ、ライトレードとフィフスはいくつか並ぶテーブルのうち一つに座り、レイナの持ってきたお水を一口飲んで、落ち着いた。周りを見ると、ちらほらと客が座っており、食事を楽しんだり、会話を弾ませたりしている。一人の人間もいれば、友人同士、恋人同士、或いはライトレード達のように家族同士もいるだろう。それなりに、繁盛していることがわかる。

 ここは洋喫茶・ライオン。あの事件の後、彼女達が経営している小さなレストランだった。

 

「ご注文は、いつものパスタでいいですか?」

 

 レイナが訊いて、フィフスが頷く。レイナが忙しなく駆けていくのを見送って、2人は料理を待った。ここの料理人の腕は、2人も太鼓判を押していた。

 

 

 

「ネメア、エリザさん。いつものパスタ2つだって」

 

「わかりました。すぐにお出ししますね」

 

 レイナがそう伝えてきて、エリザはパスタ麺を茹でる。日替わりパスタは今日は、カルボナーラだ。これからが忙しくなる時間帯。気合いを入れる。

 

 『青い鳥事変』の後にこうして、みんなで一緒に暮らせるようになったのはつい最近のことだった。全身大怪我をしていたスピンはあの後すぐに病院に連れていかれ、退院した後も“ロワゾ・ブルー”関係者として、重要参考人として扱われた。

 そしてスピンが帰ってくる時のためにエリザが行ったのは、みんなが一緒に居られる場所の用意だった。それがこの、喫茶・ライオンである。

 普段は、料理の準備はエリザの仕事だった。だけどこうして忙しい時間には、ネメアも駆り出される。

 

「エリザ、カルボナーラソースの準備できたわ」

 

「ありがとうございますお嬢様。次はサラダの用意をお願いしますね」

 

 こうして、みんなでひとつのことをしていくのは楽しい。それがエリザの大好きな人たちと一緒なら尚のことだった。ネメアも頷いて、野菜を盛り付け始める。

 

「パスタも茹で上がりました。さあ、できましたよ」

 

 料理をひとつ作るのも、こうして大好きなお嬢様やレイナ、トワリと一緒だと不思議な達成感があった。

 

 

 

「お待たせしました。日替わりパスタとサラダです」

 

 エリザの作った料理を運び、トワリはまた別の客へと向かっていく。トワリがこうしてウェイトレスのようなことをしているのは、社会復帰活動の一環でもあった。

 幼い頃から、人間らしい生活を何1つ送ってこなかったトワリはしかも、違法薬物の常習者でもあった。それはこうして、平和な日常を過ごすのに置いて明らかなデメリットであり……少しずつ、人と触れ合おう。そう、ドクター・フィフスからも言われていた。そこで、エリザが提案したのがレストランのお手伝いだった。

 

「あ、ああぁ〜〜! やっぱりこのエプロンとヘッドドレス、似合いますね〜〜可愛い!!」

 

 そんなことを言って、頬擦りしてきたことには目を瞑ることにした。

 最初は不安だった。戦う以外のことが自分にできるのかと。だけど、エリザやネメアと一緒なら……やってみようと思った。

 そして今となっては、このお手伝いはすっかりトワリの日常になっていた。

 しっかりやれば、ネメアやエリザが褒めてくれるのも嬉しかった。

 

「お姉ちゃん、できたよ!」

 

「うん。えらいぞトワリ。さすが私の妹」

 

 そう言って、ネメアが頭を撫でてくれるのが嬉しい。そして、何よりも。

 

「むーっ…………」

 

 そんな様子を見て頬を膨らませているレイナに対して、勝ち誇った顔をする時には、妙な達成感があった。

 やきもち焼きな、お姉ちゃんの小さな恋人さんには負けないぞ。そんな小さな対抗意識が、トワリの小さなモチベーションとなっていた。

 

 

…………

…………

…………

 

 

 夜も20時を過ぎると、店を閉める。それから家族揃って夕食を取るのが、ノーリ家では日常となっていた。その時間になると、二階に籠って事務仕事に精を出していたこの家の長女が降りてくる。

 

「今日もみんな、お疲れ様」

 

 スピン・ノーリは、以前よりも随分と穏やかな表情をするようになっていた。あの戦いの後、視界が霞み、そのまま倒れた時は本当に死ぬかと思った。いわゆるレッドアウトという症状が、遅れてやってきたらしい。それまでは精神力で耐え続けていたところを、全てが終わった直後に訪れた安心感とともに、本来スピンの身体を襲っていたはずのあらゆる症例が遅れてやってきたのだと言う。

 九死に一生を得たのは、ドクター・フィフスの的確な処置の賜物であり……彼女は、スピンの命の恩人だった。

 しかし、一命をとりとめた後がスピンにとっては本当の戦いの始まりだった。“ロワゾ・ブルー”という組織の全容を掴み、明るみにし……解体するためにスピンは重要参考人として貢献した。その間身柄を地球圏統一国家の預かりとなることになり……エリザに会うこともできなかったから、スピンはその戦いに全力を賭した。その結果、瞬く間に“ロワゾ・ブルー”は解体された。そして晴れてスピンは、妹達と愛する女の下へと戻ることができた。

 

「スピンも、お疲れ様です。今日はあなたの好きなガレットもご用意しました」

 

 そう言って、スピンを迎えてくれるエリザの笑顔のために今日もスピンは戦っている。それは長女としてではなく……ひとりの女として。

 

「ああ、ありがとう」

 

 今も、スピンの右目はエリザを映さない。それは、スピンの罰なのだろうと思う。妹を裏切り、愛するエリザにすら秘密を持ち続け……“ロワゾ・ブルー”の一翼を担ったことへの。

 そして残された左目には、今もエリザが映っている。それは、スピンに与えられた祝福だった。

 

「相変わらず、美味しいな。エリザの作る料理は」

 

 こうしてエリザの顔を見つめながら食事ができることに、スピンは感謝する。

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

 その夜。夢を、見ていた。

 ネメア・ノーリは、それが夢であるとすぐにわかった。なぜなら、その夢の中には幼い頃の自分がいて……それを客観的に見つめている主観の自分がいたのだから。

 幼い自分は、おどおどしながらクマのぬいぐるみを抱いている。それは、10歳の誕生日にもらった誕生日プレゼントだったのを、ネメアは憶えている。

 

(と、いうことは……)

 

 幼いネメアの前には、ひとりの女の子がいた。長い黒髪の女の子。レイナ・ヴェルヌ。レイナ・ヴェルヌは、キラキラした黒曜石のような瞳でネメアを見つめて……そして声をかけた。

 

「私、レイナ・ヴェルヌ。あなたは……?」

 

「ネメア……ネメア・ノーリ」

 

 その後、10歳のネメアは既知の……パパの知人達からの挨拶を受けてレイナと離れてしまう。そして、レイナ・ヴェルヌはパパを見つける。

 それが、悲劇のはじまりだった。はじまりだった、はずだった。

 

「また後で、遊びましょう」

 

 そう言うレイナ・ヴェルヌの服の裾を、幼い夢の中のネメアがぎゅっと掴む。

 

「ねえ、レイナ……」

 

 恥ずかしそうに、もじもじする小さなネメアを見つめる、黒い瞳。

 

「ともだちに、なってくれる……?」

 

 そう言う、小さなネメアの言葉を受けて、レイナ・ヴェルヌは瞳を大きくし、輝かせて……。

 

 

 

 

 

 そこで、ネメアは目を覚ました。

 

「…………夢、か」

 

 ベッドの上で目を覚ましたネメアは、しばらく天井を見つめていた。どうして、あんな夢を見たのだろうかと。呆然と。

 それは、未練だったのかもしれない。もしも、もしもあの時レイナ・ヴェルヌと友達になって……ふたりでパーティを抜け出したりすれば。そうすれば、運命は変わっていたのかもしれない。

 ネメアは、戦いの道に行くこともなかったのかもしれない。

 レイナ・ヴェルヌも人殺しなどせず、シフル・ヴェルヌも狂わなかったのかもしれない。

 だけど、だけどそれは。

 

「今更考えても、仕方ない……か」

 

 ベッドから出て、煙草でも吸おうかと思った。そんな時に、「ううん……」という声が聞こえて、ネメアはふと右に首を向ける。

 

「レイナ……」

 

 ネメアの隣で眠る少女。黒い髪も、白い肌も、夢の中で見たレイナ・ヴェルヌと瓜二つの……だけどレイナ・ヴェルヌではない少女。レイナの髪に、ネメアは手を翳す。

 もし、あの悲劇がなかったら。ネメアが、軍人にならなかったら。傷を負って、軍をやめなかったら。運び屋を始めなかったら。

 今ここにあるレイナと、ネメアは出会うこともなかった。いや、レイナ・ヴェルヌの死がなければ、レイナは生まれることもなかった。

 

「…………私達はたくさんの犠牲の上でこうして、ひとつになってる」

 

 父の顔を思い浮かべた。バルベルデで殺したゲリラの女の子の顔を、思い出した。シフル・ヴェルヌの形相が、脳裏をよぎった。

 だけど、それでもネメアは今。

 

「わたしは……」

 

 レイナの細い身体を抱きながら、ほんとうのしあわせを……少なくとも、ネメアがそう思いたいものを感じていた。

 

「ネメア……」

 

 レイナの、小鳥のような声が小さくネメアの耳元で聞こえた。

 

「ごめん、起こしちゃった?」

 

「ううん……。夢を、見たの」

 

「夢……?」

 

「うん。小さなネメアと、小さなお姉ちゃん……レイナ・ヴェルヌが、友達になる夢」

 

 それは、奇しくもネメアが見ていたのと同じ夢で。

 

「わたし……お姉ちゃんや、お父さん。それにフュンフと、お母さん……みんなの犠牲の上に生きてるんだよね」

 

「……うん」

 

 だけど。そう、ふたりは同時に言葉を続けた。それに気づいて、くすりと笑う。

 

「ねえ、ネメア……。ほんとうのしあわせって、ここにあるのかな?」

 

 そう、ネメアの顔を見つめながら訊くレイナ。

 

「それをたしかめるために……私たちは生きていくのかもね」

 

 ネメアはそう答えて、レイナの髪を撫でた。レイナはくすぐったそうに笑うと、ネメアの身体に抱き着く。パジャマ越しに、レイナの体温の温かさを感じた。

 今は、それでいい。ネメアはそう思って、再び眠りについた。

 

 

 

 

 

『新機動戦記ガンダムW Scarred leo』FIN

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