新機動戦記ガンダムW~scarred Leo- 作:元ゴリラ
ロームフェラ財団
旧世紀より人々の伝統と文化を守るために活動していた巨大な財団。しかし、その形態は次第に形を変え、既得権益の獲得に腐心し、支配による統治をモビルドールという後の世に恥ずべき文化でおこなおうとした。先の戦争で中心人物の多くを失い弱体化。現在は大統領制の民主主義がしかれていることもあり、欧州から北米を中心にひっそりと活動している。
レイナが目を覚ました時、最初に見たのは白い天井だった。
清潔感のある白いシーツを確認する。それは、「アイアス」の中にはなかったものだ。あのトレーラーで運ばれていた時は、安いモーテルか、助手席のシートに毛布をかけて眠っていたから。
頭が熱くて、焼けるように痛い。まるで何時間も熱中して数学の問題を解き続けていた時のようだ。とレイナは感じる。数学の問題は、得意だった。フュンフおじさんのところにいた時も、数学の早解きと正答率はいつも、フュンフおじさんを驚かせるくらいだった。
だけど、それがどうしてできるのか。いつ、誰に習ったのか。レイナにはわからなかった。
「…………わ、たしは」
段々と、記憶が鮮明になっていく。 さっきもそうだ。ネメアのモビルスーツに一緒に乗って、それからなぜか敵がどう動くのかわかった。いや、違う。どう動けば相手を倒せるのかがわかった。
あの時、レイナの脳裏には無数のイメージが浮かんでは消えていた。その多くは、自分もネメアも死んでしまう未来。それは嫌だから、必死になってそうでない未来のイメージを手繰り寄せ続けた。
自分が何者かもわからないまま、死にたくなかったから。
だから、レイナは必死だった。そして必死に脳に入り込むあらゆる情報を取捨選択し続けて、倒れてしまったのだろう。
数学の問題も、モビルスーツの戦闘も同じだった。
ただ、あの熱病に冒されるような感覚はどうしても、好きになれなかった。
「目が覚めた?」
近くで、声がした。どことなくハスキーで、落ち着いた調子の声。
「ネメア……?」
ネメア・ノーリ。本当だったら、自分を両親のところまで連れ出してくれるはずだった運び屋。ネメアは、ウェーブのかかったブロンドの髪を靡かせながら、ポケットを弄っている。あのポケットには煙草が入っているのを、レイナは知っている。
いつも気に入らないことがあるとすぐに吸うのに、どうして吸わないのだろう。とレイナは不思議に思った。しかし、それがこの場所の答えなのだとすぐに思い当たる。
「ネメア、わたし…………」
「あんたはあの後、気を失ってね。スカードでそのまま病院に運んだの」
「そっか……」
ネメアは窓へ近づき、外を見る。そこには武装解除したモビルスーツ……ネメアの愛機スカード・リーオーが、待機状態で停車している。それを行き交う人達は物珍しそうに眺めていた。雨粒と、好奇の視線に晒される黒い機体から視線をレイナに向け直したネメアは、その海色の瞳でレイナを射抜くように見据える。
「お医者さんが、あんたの身体を調べてくれたわ。それで、いくつかわかったことがある。聞きたい?」
「…………わたしの、からだ?」
「そう、あんたの身体は少しだけ、普通の女の子と違う」
ネメアの顔は、冗談を言っているようではなかった。つまり、自分の身体は他の人間とは違うのだろう。そう、レイナは理解する。だとしたら、
「…………教えて、ネメア」
それは、レイナが知りたかった「わたしのこと」に他ならない。迷う理由はなかった。レイナは、身体を起こしてネメアの青い瞳を見据える。
それを受けたネメアはゆっくりと歩き出し、レイナのベッドの隣に置かれた椅子に腰をかけると、ゆっくりと口を開いた。
「…………レイナ。あんたは、人間じゃない」
…………
…………
…………
「……なんなの、この子」
数時間前、レイナの診察を行ったドクターフィフスは、驚愕していた。一見して患者の身体に異常はない。しかし、その身体を調べれば調べるほどに異常な事実が発覚した。その診察結果を、どうカルテに書くべきなのかわからなかった。
患者……レイナと呼ばれた少女は、外見からは15歳ほどの少女に見える。しかし、その中には少女には絶対にありえないものが示されていた。
「肋骨の一部が、チタン製……?」
本来人間の骨は、成長とともに大きくなっていく。肋骨は大切な臓器を守るために必ず成長する器官だ。それが、決して成長しない鋼鉄の塊というのは、道理が合わない。ちゃんとした、カルシウムの塊でなければならないはずだ。
それだけではない。カルシウムやタンパク質で構成されている部分と、精密機械が組み込まれた部分が少女の内部には多種多様に混じっていた。
ドクターフィフスには、多少だが理工学の知識もある。故にわかる。
この機械部分は、コンピューターだ。精密機器を肉と骨と皮という外装で守るコンピューター。だとしたらチタンでできている肋骨の奥にはこの少女の持つ本来の頭脳とは別のCPUが存在しているのかもしれない。
「……サイボーグ、とでも言うの」
医療に携わる者として、身体の一部を機械で補うということそのものについては、ドクターフィフスは肯定的だった。しかし、この少女の場合は違う。
命を守るための手術の結果ではなく、何か、別の目的がなければこんな形の機械化手術は起こりえない。
患者を運んできた女性は、「突然高熱を出して倒れた」と言っていた。最初は風邪か、インフルエンザを疑ったが、そういった症状やウイルスは確認できず、替わりに心臓の付近で高熱を発しているものの存在に行き着いての精密検査だった。
そして突き止めたのが、心臓の付近で高熱を発するコンピューター。おそらく、患者が高熱を出したのもこれが原因だろう。しかし、それを切除することで彼女にどのような影響があるか。いや、そもそもモビルスーツの武装でもなければ傷一つつかないだろう特殊なチタンの肋骨に手を出せる医療器具はこの病院には存在しない。
少女には結局、鎮痛剤と鎮静剤を投与し、そしてしばらくすると、静かに寝息を立て始め、体温も平熱まで戻っていた。
つまり、症状としては異常なしということになる。
異常なのは身体の症状ではなく、構造。
それは、多少理工学を知っているだけの医者であるフィフスには手の施し用のないものだった。
…………
…………
…………
一夜が明けて雨が止み、レイナとネメアは病院を後にする。ネメアから自分の身体について聞かされて、レイナには納得のいくことがいくつかあった。
「わたしの身体、半分機械なんだ……」
「らしいわ」
道理で、フュンフに拾われてから……つまり今の記憶、或いは記録に残っている限りでずっと身長が伸びなかったわけだ。この年頃のこどもたちは、すぐに背が伸びると聞いていたのに、小さいままだ。
「だけど、半分は人間なんだ」
「みたいね」
だから、痛いものは痛いし、注射だって嫌い。それに悲しい本を読めば悲しくなるし、嬉しいことが起きれば嬉しい。例えば、ネメアがこの依頼を引き受けてくれたこと。フュンフおじさんと離れるのは寂しかったけれど、それでもおじさんとはまた会える。ちゃんと自分のことがわかってからなら。そんな期待と、それでも自分が何者なのかわからなかったらどうしようという不安。それは、自分にはたしかに人間の心があるという証拠なのだとレイナは思った。
ネメアは、停車させていたスカード・リーオーに乗りまたレイナを後部シートへ乗せる。カメラアイが輝き、黒い体躯が立ち上がるとロンドンの街を歩き始めた。
自慢のローラーは、市街地戦で真価を発揮するが今は戦闘中ではないため使わない。そのかわり、人やものを踏みつぶさないように細心の注意を払い、交通ルールを守りながら車道を歩く。その光景は、些かシュールなものだった。行き交う人々の注目を集めるその光景は撮影され、瞬く間にネットにアップロードされていくだろう。しかし、病院にモビルスーツを置き続けておくのも危険だったのでネメアはこの判断を下した。
「ネメア、どこにいくの……?」
「ロンドン警察(スコットランドヤード)まで」
…………
…………
…………
ロンドン警察では、ライトレード・イレブン警部が頭を抱えていた。昨夜に起きたモビルスーツによるトラック襲撃事件。警察はモビルスーツの戦闘に介入する兵器を持たなかった故、戦闘が終わるまで介入する事ができなかった。
「それもこれも、行きすぎた武装放棄条約のせいだ!」
元々、ライトレード警部は完全平和主義というものに懐疑的だった。平和を愛するからこそ警察官になった彼だが、相手も平和主義者でなければ完全平和は成り立たない。強盗を相手に人道を説いて犯罪を未然に防げるのならば、警察など無用なのだ。
しかし、「EVE WARS」以降、軍という組織は解体され、戦争兵器も製造中止となり、モビルスーツはあくまで作業用という位置付けでのみ使われるようになった。
それは即ち、警察にも武装したモビルスーツに対抗できるような戦力は存在しないということになる。
一応、対モビルスーツ用の警棒を装備したリーオーが数台配備されているが、それで武装したモビルスーツや、モビルスーツよりも先に禁止が決まった戦闘用プログラムを搭載したモビルドールを相手にどうにかなると考えているのならば、現在の国家は平和維持や抑止力というものを甘く見ている。それが、ライトレードの考え方だった。
それは、ある意味で正しい指摘である。だからこそライトレードも知らないことだが、地球圏統一国家は平和維持組織を秘密裏に編成し、現在準備の段階にある。また、先月に起きた「パーフェクト・ピース・ピープル」と名乗る行き過ぎた完全平和を提唱するあまりに暴走した一団のような例も起こっているのであり、それはたしかに、現在の国家が抱える大きな課題だった。
しかし、昨夜の事件がライトレードを何よりも苛立たせたのは、そのような政治問題ではない。
「お前さんは、どうしてこういつもいつも騒動ばかり起こすんだ、ええ!?」
この騒動の渦中にいたのが他でもない、ネメア・ノーリだったことだ。
モビルスーツに乗って警察署まで来る常識知らずに今、ライトレードは怒鳴り散らしている。
「ごめんごめん、だけどしょうがないでしょライトおじさん」
悪びれない態度のネメアにため息を着くライトレード。レイナは、ふたりの顔をきょろきょろと見回していた。
「…………このお嬢さんが例の?」
「ええ。……レイナ、この人はライトレード警部。昔、お世話になったの」
「…………はじめ、まして」
ぺこり、とお辞儀するレイナ。
「うん、はじめまして。利発そうな子じゃないか。誰かさんとは大違いだ」
ライトレードはそう言うと、踵を返して二人に「ついてこい」と促す。
「…………怖い人?」
「……OZをやめた後にね。色々やんちゃしてた時にお世話になったの。顔はおっかないけど。うん、いい人だよ」
ネメアが歩き出すのを追うようにして、レイナも二人に付いて駆け出した。
…………
…………
…………
ロンドン警察の車輌格納庫に、「アイアス」は眠っていた。それと、昨夜の戦いで撃破したリーオーがハンガーに立てかけられている。どうやら、ネメアの目的は「アイアス」の回収だったらしい。ネメアは、「アイアス」の前まで行くと「ただいま、相棒」と囁いた。
「ごめんねライトおじさん。世話になっちゃって」
「ああ、全くだ」
ライトレードに世話になったとネメアは言っていたが、どういうことなのだろう。と2人の会話を眺めながらレイナは思う。片方は真面目な警部さんで、もう片方はフリーの運び屋。
ライトレードは見るからに堅物そうな人だ。一方で無法者のネメア。色々世話になったと言っていたがもしかしたら、ネメアは何か悪いことをしてライトレード警部に逮捕されたのかもしれない。だけど、二人の会話にはどちらかというと家族のような……レイナは物語の中でしか知らない関係。だから空想でしか思えないそれを見ているようにレイナは思った。
それは、自分とフュンフおじさんがついに到達できなかった関係だ。フュンフおじさんは悪い人ではなかったし、自分によくしてくれた。だけど、自分とフュンフおじさんの間にはやはり、壁のようなものがあったとレイナは思う。
「…………おじさん」
フュンフおじさんは、何をしているのだろう。もう、今頃宇宙に行ってしまっただろうか。
レイナは窓越しの空を見上げた。そして、傍らで何かを話しているネメアとライトレードのことが少しだけ、羨ましくなった。
…………
…………
…………
「…………レイナ」
シャトルの中で、フュンフはふと、娘同然に可愛がった女の子のことを思った。
フュンフには妻も子供もいた。しかし、10年前に起きたコロニー爆破事件で、帰らぬ人となった。もし娘が生きていたら、今頃レイナと同じくらいの年頃だっただろうか。
当時連合宇宙軍に所属していたフュンフは、その事件の当事者だった。
地球圏統一連合は武力による支配という名目で宇宙コロニーを一つにまとめあげ、偽りの平和を作り出していた。それは、コロニーの独立自治権を求めていた当時のコロニー指導者達とは相容れないものだった。そして、後に『ホワイトファング』と名乗ることになる一派はこの時すでに動き出していた。
当時、そのコロニーには多数の連合の要人が集まり、会合していた。先の戦争で亡くなることになる和平派のノベンタ将軍やドーリアン外務次官もそこにいた。
テロリストは、その要人達をコロニーごと葬ろうとしたのだ。
核兵器……現在ではもちろん、先の戦争でもその使用を禁じられた旧世紀の悪しき産物。それを用いた恫喝テロだった。
事前に情報を得ていたトレーズ・クリュリナーダによってノベンタら要人は難を逃れそして、残されたコロニー市民だけが核兵器の犠牲となった忌まわしき事件。
フュンフは、犯人グループの鎮圧任務に当たっていたおかげでコロニーから離れていた。
だから、自分だけが死ねななかった。
それから、フュンフは地球へと降りそこでまた10年死んだように軍人として勤めた。いや、任務に従う以外は酒と賭博くらいしか楽しみのなかった当時の自分は、まさに生きる屍だっただろう。そんな彼は、OZによるクーデター「オペレーション・デイブレイク」により連合軍が劣勢に立たされた時、真っ先に軍を抜けた。
従う理由も、命を賭ける理由も、戦う理由もなかった。ただ、生きる屍は屍なりに、無駄死にするのを嫌ったからだ。
そんな彼に第二の人生が訪れたのは、それからすぐのことだった。
かつて崩壊した平和主義の国……サンクキングダム。それが復興したとの報せだった。13年前に連合により滅ぼされ、今はOZの管轄となっていた国・サンクキングダム。 その亡き先王の息女リリーナ・ピースクラフトの帰還。リリーナは、亡き王同様に完全平和主義を唱え、多くの人々を受け入れていった。
それは、妻と娘の死で心を殺した男にとって、余生を過ごす場所として最適なものと思われた。もう、モビルスーツに乗ることも、戦うこともしないでいい。争いの最中にある世界で戦いに生きるよりも、この国でひっそりと、妻と娘の喪に服したい。そんな思いがフュンフにはあった。
とはいえ、サンクキングダムでの生活も平和そのものとは言い難かった。
無人兵器モビルドールの登場により、ロームフェラ財団の意向に従わない国は次々とモビルドールを投入され、戦場と化したからだ。
それは、完全平和を謳うサンクキングダムも例外ではなかった。いや、むしろ完全平和を、武力や支配に拠らない社会を提唱するリリーナは、ロームフェラにとって最も邪魔な存在だったと言える。それが支持を集めているとなれば尚更だ。
そうして、フュンフの移り住んだ国は、余生の場は戦場となった。
ビルゴという、リーオーなどでは太刀打ちできないほどに強力な無人機・モビルドールがサンクキングダムを埋め尽くし、サンクキングダムは旧トレーズ派のOZを中心とした防衛隊と、そこに身を寄せていたガンダム達で応戦した。
それは、地獄のような戦場だった。意志を、心を持つパイロット達は次第に疲弊し、プログラムのままに戦う人形は一方的にその弱った心にトドメを刺していく。そんな光景だった。
かつて、OZ総帥だったトレーズ・クリュリナーダが「モビルドールは後の世に恥ずべき文化になる」そう言った意味を多くの人間が理解した。
心を失った兵隊は、ただの殺戮のためだけの装置だった。
そんな戦場から逃げる中で、傷つき倒れている少女をフュンフは発見した。それが、レイナだった。
この騒ぎの中で親とはぐれたのか黒い髪は泥にまみれ、瞳には何も映していない。
「可哀想に、平和な夢すら見られないとは……」
当時サンクキングダムでは、世界中の戦争ムードから逃れるように戦いを嫌う人が、あるいは平和維持について学びたいという人が集まっていた。彼女の両親もそうなのだろう。とフュンフは思った。それと同時に、急に人間的な感情が湧き上がった。それは、この少女が、娘が生きていればそのくらいの年齢だったからかもしれない。ともかく、この少女を死なせてはいけない。と思ったのだ。
少女を抱きかかえながら、フュンフは走った。モビルスーツの銃弾の雨が飛び交い、街並みが崩れゆくガラスの王国の中を。
せめて、この少女だけは守りたい。そんな心に唯一湧き上がった炎を絶やさぬように。歩みを止めたら、この炎まで消えてしまう気がして。自分があの日死ねなかったのは、この少女を助けるためだったのだという気がして、走った。
走って、走って、それでも戦火は近づくばかりで、モビルドールのビーム砲で大気がイオン化し、雪崩のように崩れていく家々に巻き込まれそうになった時、そこが自分と、この少女の死に場所だと感じた。
「っ…………?」
しかし、瓦礫の山はフュンフを飲み込むことはなかった。代わりに、白と黒の色調でまとめられ、OZのモビルスーツにはないV字のアンテナと2つの眼を持つモビルスーツがフュンフの前に立っていた。
「逃げてください、早く!」
そんな、年若い少年の声が聞こえた。
「恩に切る……!」
あの少年とモビルスーツ……ガンダムのおかげで救われた命だった。
それから目を覚ました少女はレイナと名乗り、それ以外に何も覚えてはいなかった。フュンフは、彼女の面倒を見ながら必死に両親を探した。あの時サンクキングダムで起きた紛争で娘とはぐれてしまった人間を。時には新聞、ネット、メディア。あらゆる手段を用いてそして一年近くが経ったある日、ついに心当たりがあるという人物とコンタクトがついた。
「ネメア特尉……いや、あの運び屋はうまくやってくれただろうか」
ネメア・ノーリ特尉の噂は、連合時代に聞いたことがある。「スペシャルズ」に所属する優秀なモビルスーツ・パイロット。黒く塗装されたリーオーを愛機とし、自らが前に出ることで囮となり味方への被害を最小限にする。そんなパイロットであり指揮官だったと聞いている。
彼女なら、レイナを無事に送り届けてくれるだろう。そう、信じている。だから母を名乗る女性が運び屋ネメアを指名した時は驚いたが、それでも反対する理由はなかった。
もしかしたら今頃もう、レイナは親子水入らずに過ごしているのかもしれない。そう思うと少し寂しいが、そうであってほしいと思う。そうであれば、この仕事にも精が出る。フュンフは、渡された企画書にもう一度目を通し、それから企画書の中に挟んでいた妻と娘の写真に目を落とした。
「もう、10年か……」
コロニー爆破事件追悼10周年。今もその場にはコロニーの残骸が残っている。核兵器で燃やしたその残り香は悼ましく、そのコロニーがあった場所に不気味なデブリ帯を作っていた。
フュンフに依頼されたのは、その場所にもう一度コロニーを建造するという仕事だ。
それは、フュンフにとっては非常に皮肉な仕事で、しかしレイナが両親と再会できるのならば、自分もまた過去と向き合う時なのだろう。そう思って引き受けた仕事だ。
ようやく、妻と娘に顔向けできる。そんな気がした。そして、もしまたレイナと会うことになったらその時には妻と娘の話をしよう。あの子もまた、自分にとっては家族当然なのだから。そう、思っていた。
「ん……?」
追憶から、感傷からフュンフを現実に戻したのは周囲の騒めきだった。シャトルに乗る人たちが、部下の連中も何やら騒がしい。
「どうしたんだ、お前たち?」
「親方、あれを見てくださいよ!」
若い子分が指差したのは、窓の外。宇宙に浮かぶデブリの山。その多くは、先の戦争で人類が破壊したモビルスーツの残骸や、そういった人の手で出たゴミである。
「……どうかしたのか?」
「もっと、奥です。奥!」
デブリの山の奥を凝視する。そこには白い体躯と二対の翼を持つモビルスーツ。
それは。それは……。
「ガンダム、だと……?」
フュンフがそう言った直後、何かが光った。その光をフュンフが認識した次の瞬間、その光に呑み込まれたフュンフは、光の中に消えていった。
…………
…………
…………
「一応、調べてみたがな。この街にはレイナちゃんの住民登録はされていないようだ」
ライトレードの口から出た言葉は、ネメアの予想通りではあった。しかし、そうなると疑問が残る。
「あの連合のジープに乗ってた人については?」
「あの爆発で身元の証明になるものは全部消し飛んだ。だが、DNA鑑定にかけた結果……旧ロームフェラ財団の人間だってことははっきりした」
ロームフェラ財団、その名前が出てきてネメアの表情は険しくなる。
「あのジープの中にいたのは男性2名、1人は運転手のロイ・マークス。それとエリオット・ティスア。ティスアはロームフェラ財団で男爵の爵位を持つ貴族様だが……ここ数年デルマイユ侯からは冷遇されていたらしい。尤も、民主主義を謳う今の国家じゃあ爵位なんて大した意味はないがな」
「エリオット・ティスア……」
ネメアは、その名前を反芻する。エリオット・ティスアというロームフェラ財団関係者。その名前には、覚えがあった。
「…………父の、友人だった人よ」
「……そうか」
ライトレードはそれに対して、特に何もいうことはなかった。それがネメアには、有り難かった。いくつか疑問点が残るが、まだパズルのピースは揃っていない。ネメアは、話の続きを促す。
「……それで、エリオット男爵と私たちを襲ったモビルスーツのパイロットは?」
それを聴くと、ライトレードは渋い顔をした。
「…………エアリーズのパイロットは即死。リーオーの方は、コックピット中で舌を噛み切ってた」
つまり、情報源になるものはどこにもないということになる。
「……そう」
ネメアは、ポケットから煙草を取り出し口に咥える。
「ここは禁煙だぞ」
「…………咥えてるだけよ」
ネメアは必死に、頭の中で情報を整理していた。過去の手かがり、父の仇、エリオット男爵、レイナという少女、襲撃したモビルスーツ部隊、記憶喪失、サイボーグ。
パズルのピースは、まだ足りていない。しかし、この点と点を繋ぐ何かが必ずあるはずだ。ネメアは、窓辺で空を見上げるレイナの方を見やる。
もし、レイナとエリオットが親子だとしたら。その答えは暫定ノーだ。レイナは日系だ。一方でエリオット男爵がネメアの記憶にあるのと同一人物なら北米系だったはずだ。その時点で親子とは考えにくい。しかし、そこに必ず何かがあるはずだ。そして、ロームフェラ財団の一員だったエリオット男爵は、父の死に関わる秘密を知っているかもしれなかった。
「…………フュンフ?」
空を眺めていたレイナが、ぽつりと呟いた。
「レイナ、どうしたの?」
ネメアがレイナの方を見ると、レイナは頭を抱え、うずくまっている。ネメアは、レイナの側まで駆け寄り、寄り添うように支えた。
その皮膚は、絹のように柔らかい。だけど、まるで長時間使い続けた電子機器のように熱を帯び始めている。
あの時と、同じだ。ネメアは直感する。
「大丈夫、レイナ……?」
「うん……大丈夫。急に、たくさんの映像が私の中で、ビデオみたいに再生されて、たくさんの声が聞こえて。それで…………」
息が荒い。本当に大丈夫なのかも怪しい。優しく抱き寄せると、その身体は本当に中に機械が入っているのか疑わしくなるほど、軽い。
「しっかりなさい、あんたは自分自身のことを知りたいんでしょう」
そう、ネメアが言った直後だった。
倉庫に付けられていたモニターが、ニュース速報を映し出す。
『速報です。L4コロニー群へ向かっていたシャトルが一基、消息を絶ちました。当シャトルは、10年前にコロニー爆破事件のあったデブリ帯、『バレンタイン宙域』において、追悼10周年となる今年、『バレンタイン』の再建計画が企画されており、そのために向かった工業従事者などが搭乗していた模様で…………』
ニュースキャスターの淡々とした言葉が、耳を通り過ぎる。それを聞いて、レイナは小さく悲鳴を上げた。
「フュンフ……フュンフおじさんが、乗ってるシャトル…………」
「え?」
「おじさん、L4コロニーでお仕事があるって……言ってた」
弱々しく、泣き出しそうな声だった。ネメアはそれを、ただ抱き止めてやるしかできなかった。かける言葉など、ありはしない。
一体、この少女が何をしたというのだろう。記憶もなく、自分がただの人間ではなく、機械人間だったと知らされ、両親の手がかりも失って、そして親代わりだった人間までも。その小さく、か細い身体を抱く手に力を込める。
「ねえライトおじさん、アイアスはもう出られる?」
「一応な。タイヤの修理もしてやった」
「ありがとう。レイナ、行くよ」
立ち上がり、その手を握って歩き出すネメア。
「ネメア……?」
「敵はたぶん、私たちを狙ってまた仕掛けてくる。そして敵は……私たちの過去の、真実を知っている」
それが、ネメアの出した推論だった。だからこそ、フュンフは狙われた。おそらく、敵はロームフェラと関わりのあるもの。だから、ネメアは指名された。
「レイナ、私たちの過去はおそらく何か繋がりがある。そして敵の目的はそれと関わっている。……そんな気がするの」
どのような関わりがあり、敵が何を目的としているのかはわからない。しかし、レイナの身体や記憶と、ネメアの父の死に関わりがあるとするならば。
「…………待って、ネメア」
レイナは思わず、ネメアの背中を抱きしめた。
「……レイナ?」
「…………私、本当のことが知りたい。私が誰なのか、フュンフおじさんを狙ったのが誰なのか。だけど、同じくらい怖いの」
もし、自分が何者なのかわかった時。自分の記憶が戻った時。
「……本当の私が、ネメアの敵だったらって」
そうだった時、きっと自分はひとりきりになってしまう。それが、レイナは怖かった。フュンフのいなくなった今、ネメアしかいないのがわかっていたからだ。
「…………その時は、そうね」
ネメアは、レイナの視線まで身体を屈め、その髪を撫でる。
そして、その黒曜石のような瞳に溜まっていた涙の粒を優しく拭う。
「……私は、パパを殺した奴に復讐がしたかった。だけど、戦場の中でそんなことどうでもよくなって、今の私はただ、自由になりたいの」
「…………自由?」
「うん。だから、もしあなたが私の敵だっていうのなら」
そこで、ネメアは言葉を切った。そして小さく深呼吸をして一言。
「あんたを、殺す」
そう、言った。
だけど、そのナイフのように冷たい言葉はどこか、優しい音色がして。
ああ、この人に殺されてしまうのなら。それでもいいかもしれない。そう、レイナは思った。
「さあ、行くわよ」
ネメアは再び立ち上がると、「アイアス」の運転席に乗り込んだ。レイナも続くように助手席に座ると、シートベルトを占める。
「お前のモビルスーツ、積んでおいたからな!」
ライトレードの声が、窓越しに聞こえる。
「ありがとうライトおじさん、本当に迷惑かけちゃった!」
「これに懲りたら、今度は真面目な仕事に就くことだな!」
そんな、怒鳴るような声に弱るように「あはは」とネメアは苦笑いした。「アイアス」のエンジン音がけたたましく鳴り響く。
「ねえ、ネメア」
レイナが呟いた。
「なあに」
「戦うのよね、わたしたち」
小さくネメアが頷くのを見て、レイナは続ける。
「フュンフおじさんは、許してくれるかな」
平和主義者だったフュンフは、何を思うだろう。そう、レイナは呟いた。
「…………きっと、あんたが本当のしあわせを手に入れるのを待っているんじゃないかしら」
そうして、「アイアス」は走り出す。ロンドン警察署を出て、古き良き街並みを走っていく。
「……見なさい、リンドウの花が咲いているわ。もう、すっかり秋ね」
「うん…………」
こうして、2人の旅は始まった。
AC196年。やがてくる冬はまだ遠く、しかし2人の乙女は、短い秋の季節を駆け抜けていくことになる。
TIPS
レイナ
日系。推定15歳ほどの少女。艶やかで長い黒髪と吸い込まれるような黒い瞳に、白い肌の美少女。普段は無口で、本ばかり読んでいる。
過去の記憶がなく、「レイナ」という名前しか覚えていない。
自らが何者なのかを知りたくて、ネメアと共にロンドンを訪れた。
ビルゴ
「乙女座」を意味する名前の無人機(モビルドール)。かつての戦争でガンダム開発者達に作られたメリクリウス、ヴァイエイトのデータをもとに作られた機体で、サンクキングダムを戦場へと変えた。