新機動戦記ガンダムW~scarred Leo- 作:元ゴリラ
OZ(オズ)
地球圏統一連合の中に潜んでいたロームフェラ財団子飼いの武装組織。モビルスーツによる戦術の基礎を作り上げたトレーズ・クシュリナーダが総帥を務め、彼はこの組織を用いて支配という悪を成した。
しかし、モビルドールの導入をきっかけにトレーズは地位を剥奪され、ロームフェラ派とトレーズ派に分裂。
ロームフェラ派の代表者の多くがホワイトファングの手により死亡し、その後世界国家連合の元首となったトレーズに率いられる。
ガンダム
OZによる支配に対抗するため、宇宙コロニーで秘密裏に造られたモビルスーツ。OZのモビルスーツの基となったトールギスを開発した科学者たちにより設計されており、宇宙でしか製造できない特殊な金属・ガンダニュウム合金を用いられている。
コロニーからの抵抗作戦「オペレーション・メテオ」で地球へと5機が降下。それぞれOZで発見された順にウイングガンダム=ガンダム01、ガンダムデスサイズ=ガンダム02、ガンダムヘビーアームズ=ガンダム03、ガンダムサンドロック=ガンダム04。シェンロンガンダム=ガンダム05とコードネームがつけられた。
一機一機がOZのモビルスーツ部隊を壊滅させる力を持っていたが、組織戦を前に度重なる敗北を繰り返した。
人類が、宇宙コロニーを建造し既に2世紀が迫ろうとしていた。
AC196年。それは人の歴史における、大きな節目を目前に控えた年でもある。
有史以来、人類ははじめて武器の放棄の決意と、国家、コロニー全ての垣根を超えたひとつの統一国家を生み出すことに成功したからだ。
故に、昨年に起きた地球と宇宙全てを巻き込んだ歴史的戦争とその終結もまた、人々の中に世紀末と新世紀を予感させるものとして色濃く残っていた。
しかし、歴史とはそう簡単に切り分けることのできるものではない。人々の歴史とは、生活の積み重ねの中にある。たとえ宇宙コロニーが建造され、人類の生活圏が広がったとしても、人は母なる地球で生まれ、育ち、文化文明を作り上げたという事実に変わりはなく、宇宙コロニーもその中で生まれたものにすぎないのだ。
そして、人類の生活様式が変化しても変わらないものもある。例えば、食生活がそうだ。食文化の違いや過酷な宇宙空間での食文化の独自の発展などもあるが、地球圏では概ね20世紀後期から21世紀初頭に定着した食文化が残っている。
勿論、人体に必要な栄養のみを摂取できるサプリメントや携帯食料も進歩しているが、それだけでは味気がない。というのも大きな変化が起きなかった理由であろう。
食事という行為は、古代ローマの時代から現在に至るまで、一つの娯楽だった。
「んっ…………」
今、レイナは台所に立っている。「アイアス」は輸送トレーラーであると同時にキャンピングカーとしての性質も持っており、簡易的ではあるがキッチンがついていた。
そして、隣には玉葱を炒めるネメア。
「ニンジン、切ったらフライパンに移して」
「うん」
簡単な、野菜を切る仕事。今までの旅では、全てインスタント食品で済ませていた。パックを開けて、お湯を入れて3分、というやつである。
インスタント食品もまた、文明の利器であり、20世紀から親しまれているものだ。現在では味も改良を重ね、プロの料理顔負けと銘打たれている。
それでもこの日、2人が台所で料理という行為を行なっているのは、レイナの立場が変わったからだ。
レイナは、もうただの荷物ではない。言うなれば、今のレイナとネメアは運命共同体である。今までのように「送ってもらっている」立場ではない。だからせめて、ネメアの助けになるようなことがしたいとレイナは思った。
だから、「料理がしたい」とレイナの方から言い出してネメアはそれを了承した。
了承こそしたが、玉ねぎの皮を剥かずに包丁を入れ始めたのを見て、慌てて止めに入った。
「包丁、持ったことは?」
「フュンフおじさんのところで、少しだけ」
皮を剥かせた後は包丁を入れるわけだが、ネメアの予想通りレイナの包丁捌きはたどたどしかった。見ていられなくなって結局ネメアも手伝っているというのが、現在の状態である。
それでも、玉葱を切っても全く目に異常をきたさないのは、レイナがそういう風に作られているからだろうか。包丁の使い方こそ最初は危なっかしかったが、特に問題もなく玉葱を切り終え、今はニンジンに取り掛かっている。
「……ネメアは、料理ってするの?」
「これでもOZの兵士だったからね、野戦料理とかで鍛えられたの」
炒めた玉葱を鍋に移すと、ネメアはそこにレイナが切ったニンジンを入れてまた炒める。そして、安売りされていた鶏肉と一緒に鍋への中に投入した。
「…………ネメアは、どうして軍隊に入ったの」
レイナがそう聞いたのは、純粋な好奇心だった。レイナ・ノーリという人間は、一見すると軍人だったとは思えない。髪は肩のあたりまで伸ばし、緩やかなウェーブをかけている。その色は薄めの色素の金色で、敢えていうのならば小麦色とでも形容するべきだろうか。黒髪のレイナとは対照的で、はじめて見た時からきれいだと思った。瞳も、青い。しかし空のように済んだ青というよりも、海のような深みのある青色。それこそ、宝石のような。
背丈は170はあるだろうか、そのくらいあれば色々とお洒落にも幅が出るだろう。そういう意味で、レイナも将来的にはそのくらいの背丈がほしかったが、どうやら自分はこれ以上伸びないかもしれないらしい。それは、レイナの身体が半機械であると知った時に少しだけショックだったことだ。
大人っぽい格好をいくらでもできそうだし、顔立ちも美人なのに、ネメアという女性はいつもシンプルなジャケットとジーンズで通している。仕事柄かもしれないが、ここ数日過ごしてずっとその格好なのでもうそれ以外の服装が想像できない。
そういった外見的な特徴は、レイナの知識の中にある「軍人」というものから遠いものだった。
しかし、フュンフはネメアのことを「特尉」と呼んでいた。
なによりレイナにとって気になったのは、ネメアという人間はあまりにも、そういった軍や、規律のようなものと無縁そうな性格をしているということだ。起床時間も、生活態度も良く言えば自由。悪く言えば、だらしない。そんな女性だった。レイナの幼い想像力の中でそんなネメアの奔放、自由さは軍や、戦争といったものからもっとも遠い。しかし、ネメアは軍人だった過去がある。
それは、不思議な矛盾だった。
「…………そうね」
ネメアは少し、考えながらスパイスを混ぜたものを鍋の中に投入する。
グツグツと煮立つ鍋をかき混ぜながら、口を開いた。
「……前に話したかもしれないけど私のパパは、誰かに殺されたの」
「えっ」
一瞬、フュンフおじさんの顔がレイナの脳裏によぎる。
「犯人は今でもわかってない。ただ、軍の上にいる人たちの中に犯人か、それを知っている人がいることは確実だった。だから、真実を知るために……パパの仇を打ちたくて入ったの」
「…………ごめんなさい」
それは、レイナの想像よりも重い過去だった。だから、つい謝ってしまう。
「いいのよ、どうせあんたには教えなきゃいけなかったから。これから、一緒に戦わなきゃいけないんだものね」
鍋の中の液体にとろみが生まれたのを確認すると、スプーンで掬い、一口。
「…………うん、こんなもんかしら」
そう言ってネメアは、スプーンをレイナに差し出した。
「あんたは、どう?」
ゆっくりと、レイナはそのとろりとした液体を口に含む。
「……もう少し、甘い方が好き」
呆れたように笑うと、ネメアは冷蔵庫から蜂蜜を取り出す。
出来上がったカレーは辛みが強かったが、ほんのりと優しい味がした。
…………
…………
…………
その場所は、古い教会だった。
人類がまだ宇宙に出るよりも前、何度かの世界大戦があった。その時代に建てられたと思われる教会。本来なら老朽化が進み、人が過ごせる場所ではとうになくなっているであろうそこは、「古い造り」という歴史的価値をそのままに今も綺麗なまま残っている。
ルクセンブルク。かつてOZの基地が存在し、かのトレーズ・クシュリナーダがロームフェラ財団に更迭された後、幽閉されていた国でもある。この教会は、旧OZルクセンブルク基地の近くにある。
フランスとドイツを中心とした旧世紀の戦争の中で、何度も他国の侵略を受けながらもその国家としての維新を守り抜いた国でもあった。
その歴史を、シフル・ヴェルヌは愛していた。
シフル・ヴェルヌは、美しい女性だった。全体的な印象を一言で言うのならば、青いとでも言うのだろうか。黒髪は独特の色素と光の反射で青みを帯び、修道服は青と白で整えられている。青は、神秘の色だった。空の色も、海の色も、最も綺麗なのは限りなく透明に近い群青だ。蒼穹。それは無色の世界に光が射して生まれるもの。
世界に光がある証こそが、青だった。
彼女は、この教会で祈りを捧げている。先の大戦で亡くなった魂に。
消えてもらったエリオット男爵らと、シャトルの搭乗者達に。
そして、ネメア・ノーリに斃された同胞達に。
「そうですか、『システム』の回収は失敗しましたか」
その報告はシフルにとっては残念なものだったが、予想できないものではなかった。報告に来た男は、ロンドン市警に繋がるパイプを持っている。このような横の繋がりを持つ構成員が多数、世界中に少数ずつ潜伏していた。男も、そのうちの1人。
「『システム』がその力を目覚めさせているのならば、不思議なことではないでしょう。しかも、『システム』の守り手はオルト・ノーリの遺児と聞いています」
オルトの遺児……。ネメア・ノーリのことは、シフルも知っている。
旧OZのパイロット。その実力は“ライトニングカウント”には及ばないものの、並の兵士ではなかった。特に、バルベルデの内紛では多大な戦果を挙げている。
ローラーつきのリーオーを駆り、大統領軍との決戦では主兵隊を相手に一番槍を挙げた。その武勇はロームフェラ財団の内部にも響いている。
しかし、それはシフルにとっても好都合なことだった。
「『システム』が彼女のもとにあるのならば、いつでも取り戻すことができます。そして、彼女もオルトの遺児である以上資格がある」
彼女から父を奪ったのは他ならぬ自分なのだ。ならば、彼女に対してもある種の責任がある。そう、シフルは考えていた。
「トワリを向かわせなさい」
「トワリを、ですか?」
男が口を挟むのも、理解はできる。何しろトワリは、ガンダムのテストとシャトルの消去で宇宙へ上がっていたばかりだ。疲労もあるだろう。
しかし、相手がネメア・ノーリであるのならば他の兵隊では相手にならない。それが『システム』とともにあるのならば尚更だ。
祈る手を崩し、瞑っていた瞳を開いてシフルは男を見る。そこにある金色の色彩を見てそれだけで、男は反論するのをやめた。
決定は、下された。そう、理解したからだ。
「……承知しました」
男はそう言って、教会を後にする。再び、静寂に包まれた教会の中でシフルはまた祈りはじめる。
「“ロワゾ・ブルー”の、御心のままに」
それだけ呟くと、彼女は瞳を閉じる。まだ、黙祷の時間は終わっていなかった。
…………
…………
…………
モビルスーツのコクピットの中で、少女は眠っていた。機械の塊の中は静かで、シートが硬いことにさえ目を瞑れば睡眠には丁度いい。このモビルスーツには、大気圏突入能力が備えられている。故に、排熱設備も万全。クーラーも効いていた。
小柄な少女だった。このモビルスーツは、10代の少年に合わせてコクピットが調整されていたのもあり、ある程度の身長がある大人は乗ることができない。いや、できはするが、窮屈すぎて満足な操縦ができないだろう。これはある意味、セーフティだった。この機体に乗れるパイロットを選別するために、開発者が用意した枷。しかし、そのコクピット内にあって、尚少女には広く作られているように感じられる。そのくらいに、小柄な少女。
髪は赤みをおびた茶。どことなく幼い印章の童顔で、そばかすと二つ結びの髪は童話の「赤毛のアン」を連想させる少女だった。
少女は、夢を見る。このモビルスーツの夢。このモビルスーツは、多くの人間を殺し、支配者となるために作られたらしい。しかし、その作戦は歪められて使い捨ての機体にされてしまった。そして何度も破棄され、最後には宇宙に打ち棄てられていた機体。
それを組織は回収し、データを基に復元した。
この地球圏に、もうこれよりも強いモビルスーツは存在しない。そう、この機体をくれた司祭様は言った。
それよりも強い機体は全て、戦争で破壊され、生き残った機体も太陽へ棄てられたらしい。そちらの方は、手に入れることができなかったと司祭様は残念そうに言っていたけれど、ないものをほしがるのは人間の悪い癖だと少女は思う。
少なくとも、この機体が今地球で一番強い機体だと言うのは間違い無いのだ。ならば、それより強い機体をほしがってもしょうがない。
この機体の強さは、昨日実証した。データで見た通りだし、データで見た以上だと思った。
似ているな、と思う。行く当てもなく、明日への希望はおろか今日を生きる日銭も持たなかった、それ故に世界から捨てられた自分には、話に聞くこの機体の曰くが似た境遇に思えていた。
ガンダム01。OZの機体コードではそう呼ばれていた機体。少女にとっては昨日はじめて乗ったばかりの機体だが、それは既に愛機と言っても差し支えなかった。
「…………リ、トワリ」
通信機から、声がする。その雑音混じりに名前を呼ぶ声に少女は微睡みの中から引き上げられた。アーモンドのような形状の瞳は、黒色。しかしまだ眠たいのかその瞳は半開きで、夢現のまま。
「ン…………、せんせぇ。ごはん?」
トワリと呼ばれたその少女が眼を擦りながら応答する。声の主……先生と呼ばれているその男はその返事にため息をついた。呆れの色が混じっているのを、トワリは感じる。
「食べたばかりだろう。司祭様から仕事の依頼だ。トワリ、データをそっちに送る」
「ン…………」
先生はそれだけ言うと、通信を切る。と、同時にガンダムのコクピット内部にいくつかのデータが転送される。それを解凍し、トワリは情報を頭に記憶していく。
ターゲットは『システム』。サンクキングダムで消息を絶ち、組織は一年近くの間捜索を行っていた。『システム』は深刻なエラーを抱えており、メモリーに障害がある模様。それを無事回収すること。
尚、『システム』は現在、運び屋のネメア・ノーリが保護している。ネメアは改造したリーオーを一機所有しており、脅威となる可能性がある。
「…………そっか」
トワリは任務の詳細を確認したのち、そっと呟いた。
「お姉ちゃん、生きてたんだ……」
膝を抱くような仕草を取り、数秒。一筋、雨粒が落ちた。しかしその直後、トワリは機体のペダルを踏み、その白と青で染め上げられた機体に光が灯った。
「……こちらトワリ。任務を受諾しました」
トワリの目からはもう、眠気は消えていた。そのかわりに宿ったのは、冷徹。
任務を遂行するための人形であれと自らを再定義する、マインドセット。
「スターダストを出します。それと、スニージーと、ドーピーも」
そう言うと、彼女の乗るモビルスーツ……かつてウイングガンダムと呼ばれた機体から作り上げた青と白の流星は、二対の翼を広げ、飛び立った。
…………
…………
…………
「アイアス」は、軍用のモビルスーツ・トレーラーをベースとして改造された陸上輸送機だ。モビルスーツの輸送機。AC196年現在でそれは飛行艇がメジャーであり、それ以外の車両、艦艇は飛行艇を使えない局所での運用が主である。例えば水中用モビルスーツ・キャンサーやパイシーズは潜水艦や海上船とのセットでの運用が基本だった。 陸上輸送機が活躍したのは、主にジャングルなどのゲリラ戦である。
「私がはじめてモビルスーツに乗ったのが、そういう密林戦だったの」
そんな陸上輸送機だった「アイアス」の車内キッチン。食事を終えたネメアは、食器を洗いながらそんな話をしていた。話し相手……レイナは既に助手席のシートに戻っていた。キッチンこそあれ食卓のないキャンピングカーの「アイアス」の外に簡易机と椅子を出し2人で食べたカレーに満足したレイナは、机と椅子を片付ける役割だ。しかし狭い車内。シートとキッチンはさして離れていないしレイナもシートベルトはまだしていないので、座席に顎を乗せた形態で興味深そうにその黒曜石のような瞳を洗い物をするネメアに向けている。
レイナは、戦争のことをほとんど知らない。
サンクキングダムでフュンフに保護される前の記憶はなく、ほとんどをフュンフと過ごしているうちに戦場は宇宙へと映ってしまった。ホワイトファングと世界国家連合の決戦は映像そのものは流れていたが、記憶のないレイナにはいまひとつ実感のないものだったと言っていい。
そんなレイナにとって、ネメアの話す戦争のおはなしは、まるで物語のようだった。レイナの好きな本にも、戦争について語られているものはいくつかある。しかし、それの多くは旧世紀……今から300年以上も前の人間が書いた物語であり、そこには現代の戦争……つまりはモビルスーツは出てこない。
ネメアは、モビルスーツに乗って色々な場所で戦ったという。それはまるで、冒険の物語のようにレイナには感じられた。
「……で、私が本格的に野戦料理を覚えたのもその作戦。バルベルデって国知ってる?」
レイナは、首を横に振る。
「……ま、それもそうか。小さい国だけどね。連合に加盟しない独立国家だった。それはそれで無視してもよかったんだけど……バルベルデ政府は連合加盟国に麻薬の売買や、テロリストの斡旋……とにかく連合にとって不利益なことを続けていたから、地球圏統一連合と戦争になったの。私の初陣がその戦争。4年くらい前かしら」
「それじゃあ、ネメアは……」
「19歳。まだ新兵だったわね。そこで最初の作戦があって……はじめて人を撃った」
そう言いながら食器洗いを終え、ネメアはシートへと戻る。
「……はじめて自分の手で人を殺したのは、ゲリラ相手だった。モビルスーツに乗ろうとしたところを、格納庫に爆弾投げてきてね。そこから突入してきたゲリラ相手に生身の殺し合い。生きてたのが奇跡みたいなものね」
「…………ネメア」
そう言いながら、煙草を取り出して火を灯す。線香のような煙が一本、煙草から立っていた。
「……なんとか生き延びて、リーオーに乗って。バルベルデは連合非加盟国なのにどこからかモビルスーツも仕入れてたから、戦車とモビルスーツ両方を相手にしたわけ。相手はモビルスーツだから、人間じゃない。そんな理屈は最初から通用しなかった。だってそうでしょ、モビルスーツより先に人を撃ったんだもの」
「…………」
だけど、その物語はレイナが思っていたよりも過酷なものらしい。正確には、ネメアの過去は。幼い頃に父を失い、若くして軍人になり、はじめての実戦で生身の人間を撃った。そんな彼女が今はこうして運び屋稼業をしている。思えば、ネメアの人生において安らげた時間とは父を失う前にしかないのかもしれない。
そして、そんな過酷な半生はレイナにとって何よりも羨ましいものだった。
ネメアには、過去がある。その過去の欠けたピースを取り戻すために戦っている。
それは、過去が存在しないレイナにはできないことだ。
レイナも、記憶を取り戻したい。自分が何者なのかを知りたい。
だけど、その先は?
その先が何も浮かばないレイナにとって、「過去から自由になるため」というネメアの戦いの理由はそれだけで、羨ましいものだった。
「わたしは、機械人間…………」
一体誰が、どうしてレイナをこんな風にしたのかもレイナにはわからない。
だから、機械人間であることにすら大した感慨がない。
せいぜい、背が伸びないかもしれないのは残念。くらいだ。
そんなのは人間としておかしい。身体が機械であることの理由が分からなければ、人間らしく悲しむことも、人間らしく喜ぶこともできない。
だから、自由になるということが想像できない。
もし自分に記憶が戻り、ネメアが復讐を成し遂げて。その先に自分とネメアがどうなっているのか、考えるだけで怖い。
いっそ記憶なんて戻らない方がよかったと思うかもしれない。
なのに、過去がないのは不安でたまらない。
未来のことも不安でたまらない。
ネメアの人生が劇的で、それを生き抜いているネメア・ノーリという存在そのものが、レイナにとっては憧れで……怖かった。
「レイナ……?」
怪訝そうに、ネメアはレイナの顔を覗き込む。レイナの黒い瞳に、ネメアの青い瞳が映り込む。
「きっとわたしは、ネメアと同じ状況になった時に迷わず人を殺せてしまう……機械人間だから。生身の人間じゃないから。なのに、」
きっと人を殺しても微塵も悲しいとは思わないしだろう。そんな確信があった。
そして何よりもそれが、悲しかった。
「…………バカね」
そっと、ネメアはレイナの肩を抱き寄せる。ツン、と煙草の匂いがした。だけどネメアの肩は、温かかった。
さっきまで一緒に食べたカレーの温かさだ。それを機械が中に入っているらしい肌で、レイナは感じる。
「あんたには、誰も殺させないわ」
ネメアはそう、耳元で囁いた。
「え……?」
「殺すのは、私の仕事。だって私の手はもう、血に塗れているんだもの。あんたの綺麗な手と違う」
そう言って、ネメアはレイナの手を優しく握った。人を殺し続けた、血塗れの手はそれでも白くて、綺麗で、か細い。
「わたしの手が、鉄でできていても……?」
「あんたの身体は、半分は生身なのよ。モビルスーツじゃない」
しばらく、ネメアの温かさの中に抱かれていた。それは、レイナの記憶に……或いは記録の中にある一年間の中で、感じたことのない安らぎだった。
レイナは、その安らぎの中で束の間の眠りについた。
…………
…………
…………
星の綺麗な夜だった。隣でレイナがスヤスヤと寝息を立てている中、ネメアは「アイアス」を走らせる。
当てのない旅をする気はない。敵がロームフェラの内部にいるということだけは、ライトレードの話ではっきりしているのだから。
「…………いまいち、気乗りしないんだけどな」
目的地はフランス、パリ。距離はあるがドーバー海峡トンネルを通れば陸路で行くことができる。旧世紀にできた海峡トンネルを、地球圏統一連合はさらに整備した。その実態はロームフェラ財団の手による支配を容易にするためのものであったらしいが、ともかく、ネメアが陸上車である「アイアス」で世界中を回れる理由のひとつがこの海峡トンネルの整備が進んだことにある。
AC196年現在、ヨーロッパとイギリスは旧世紀以上に密接な距離感となっていた。
この海峡トンネルの整備が進んだことが、地球圏統一国家の形成にも大きな要因を作っているらしい。
海や空を渡らなければ決して渡れない国というのが、現在はほとんどない。何かしらの形で海上か、海底を使った陸路が形成されている。海峡トンネルと同じだ。
この陸路の形成は「海の向こうの国家」という認識が結果として旧世紀よりも薄くなり、地球圏統一国家という形態を受け入れやすくする土壌となっていた。
AC前世紀まで活発だった国家間戦争の矛先が、連合により宇宙コロニーの支配へとすり替わっていったのもあるだろう。
ともかく……
「こんな形で実家帰りなんて、お姉様はなんていうかしらね……」
それだけが、ネメアにとっては頭痛の種だった。
「アイアス」は、広く長い道を走る。ロンドンを絶ち、街という街を抜けながら今日一日、レイナと旅をした。「荷物」だった頃と比べると、レイナは随分と可愛らしく見える。それは、激戦を共に潜り抜けた故の……いわゆる吊り橋効果なのかもしれない。或いは、身体の一部が機械化していることへの同情心なのかもしれない。何より、自分以外にもうレイナには頼れるものがないという事実から来る庇護欲なのかもしれない。しかし、そんなものはどうでもいい。
大事なのは、今のネメアにとってもレイナは大事な存在であるという一点だけだった。
そして、その気持ちがまた自分を自由から遠ざけていることに気づかないほどネメアは愚かではない。
「何やってるんだろうな、私……」
思えば、自分の人生は近道を探して遠回りする日々の連続だった。
最初は、父を殺した犯人と、それを裁けない世界と、そして何よりロームフェラへの反発意識だった。
しかし、そのために選んだ戦いの道は……戦場は怖ろしく、ネメアは自分の手を汚し続けた。それに、いつしか何も感じなくなった。
悲しくないのではない。悲しみに慣れたのだ。そして慣れという感覚は、人間から人間性を奪う。
「殺しに慣れてしまった人間と、殺すことに何も感じない機械。その違いはどこにあるのかしらね…………」
傍らで眠るレイナは、可愛かった。少なくとも、血でその手を汚し続けた自分には手の出ない可愛らしさだ。
「無垢なる者、か……」
少なくとも、自分からは遠く失われてしまったもの。それをレイナは持っている。
レイナの記憶に何が眠っているのか、わからない。それでも、この無垢な可愛らしさは守りたい。そう、思った。
一緒にカレーを作って、食べたからだろうか。
だとしたら、やはり食事というものには不思議な魔力がある。そんなことをガラにもなくネメアは考えて……その空想を中断した。
「背後に接近する熱量……モビルスーツ?」
ついに、来たのだ。
前回も、敵は日が落ちた後にやってきた。目立つ兵器であるモビルスーツを使う以上、極力目立たない形で動かなければいけない。ならば、夜襲であるのは予想していた。そして、やはり熱量の数は2。敵はこちらの戦力がモビルスーツ1機とわかっている。故に倍の数を用意したのだろう。
ゆっくりと、「アイアス」を停車させネメアは荷台へ向かう。
レイナを、起こさないように。
もう二度と、レイナをあんな目に遭わせたくはない。だから、一人で。
「行ってくるね」
そう言い残し、ネメアは運転席を離れた。
…………
…………
…………
スカードのコクピットから、敵を見る。敵は夜闇の中で見えにくいがリーオーが2機。装備まではわからないが、そう、示していた。計器の反応を見るに、エアリーズはいない。それが却って、不自然に感じる。
「…………こっちには陸戦型のリーオー1機しかいないのは、敵も知ってると思ってたけど」
それならば、エアリーズや、或いは爆撃機でも用意した方がよほど安全にこちらを始末できる。もし、敵の狙いがレイナの身柄であるのならば、爆撃機ではレイナを巻き込む可能性もあるが、それでも一機倒すのにあれだけ苦戦したエアリーズを用意していないのは、妙だった。
とはいえリーオーも舐められたものではない。機体性能がほぼ互角だというのならば、あちらは2倍の戦力を投入している計算になる。
「さて、どうするか……」
とにかく、「アイアス」から引き離そう。そう考えて、ネメアはスカードの車輪を回す。ローラーが加速し、スカード・リーオーは一気に距離を詰める。
次第に、敵の姿が鮮明に映るようになった。はっきりと、肉眼で敵のリーオー2機を捉える。
「まずは、ひとつ!」
躊躇いはない。自分の手はもう血に染まっているのだから。スカードは、携帯していた手斧を振るい、リーオーの懐へ飛び込んだ。
超接近戦。普通の兵士ならば選ばない戦い方。
しかし、そのほとんどケンカ殺法に近いそれは、ネメアのスタイルと合っている。
モビルスーツの装甲は硬く、手斧で潰すのは難しい。しかし、衝撃はパイロットにダメージを与え、隙を作りやすい。
OZ時代、この戦い方で仲間の士気を高めていた。
「私に続け」と。
そんなネメアの、必勝戦術。しかし、それを受けて尚リーオーはすぐに復帰し、マシンガンを構える。
「嘘でしょ……!?」
至近距離からマシンガンを受ければ、致命傷は免れられない。ネメアは咄嗟にリーオーから離れる。すると背後にいたもう一機のリーオーから、激しい熱が飛ぶ。
「片方は、ビームライフルか!?」
ビームライフル。高熱のビームを撃ち出す光学兵器であり、ビームサーベル同様、モビルスーツの装甲を平気で融かす出力を持つ兵器。
マシンガンに比べエネルギーの消耗も激しくメンテナンス性にも難があるが、こと対モビルスーツ戦においては必勝の武器だろう。
何より、リーオーのチタニュウム合金はガンダムに使われているガンダニュウム合金と比べて強度には難がある。ガンダムタイプならいざ知らず、一般にロールアウトしている型落ち品のリーオーにとって、その攻撃は致命傷だった。
それを耐えることができたのは、スカードが右肩に装備しているラウンドシールドのおかげである。しかし、ビームの熱を受け続けたシールドは既に穴が開き始めており、もう、次は防げないだろう。
それに、何よりもネメアが舌を巻くのは、敵リーオー2機の一切の無駄がない動きと連携である。こうしている間にもビームライフルの一線を避けながら、マシンガンの斉射をシールドで耐えるという行為を繰り返しているネメアだが、この動きにも限界がある。何より、敵はその連携をわずかな秒数すら狂わせず機械的に行うのだ。
そう、つまり。
「モビルドール……?」
無人機。モビルドール。プログラムされたデータを着実に遂行し、熟練パイロット並の技術を完璧にトレースする殺戮兵器。
ネメアが、OZを去るトドメを刺したもの。
それが今、ネメアの前に立ち塞がっていた。
…………
…………
…………
その光景を、トワリは遠くから観察していた。
「スニージーと、ドーピー。二人とも頑張ってる」
スニージー、ドーピー。トワリはあの二機のリーオーに搭載されているモビルドールプログラムを、そう呼んでいる。トワリは、モビルドールが好きだ。モビルドールは何より、裏切らない。命令に忠実。その姿は仔犬みたいで可愛い。
今、ここで速やかに任務を達成することはできる。モビルドール2機に自分が入れば、ネメア・ノーリの車リーオーでは勝ち目がない。
何しろトワリが乗るモビルスーツ……ガンダムはこの地球で最強のモビルスーツなのだ。
だけど、それはしない。
「頑張って、お姉ちゃん。お人形なんかに負けちゃダメだからね」
お気に入りのモビルドールは、大好きなお姉ちゃんへのプレゼントなのだ。
これから、もっと楽しくなる。自分たちの世界が来る。その時にお姉ちゃんには、特別な場所にいてもらいたい。
そのための試練。お姉ちゃんのためなら、お気に入りの人形ふたつくらい惜しくはない。
まずは小手調べ。そのためにスニージーとドーピーを出した。
お人形を倒したら、次は……。
「フフ、フフフフフ…………」
ガンダムのコクピットの中。楽しそうに、愉しそうにトワリは嗤っていた。
…………
…………
…………
ネメア・ノーリはしかし、窮地に立たされていた。 モビルドールの完璧な連携は、ネメアの知る戦いには存在しないものだったからだ。
「これが……モビルドール」
既にラウンドシールドは意味をなさず、ジワジワとダメージが蓄積している。それでもダメージを最小限にできたのは、スカードの機動性ゆえだ。
しかし、敵の斉射を躱すばかりで反撃に転じることができない。
「どうする……?」
後ろには「アイアス」とレイナがいる。退くわけにはいかない。
モビルドールとはいえ相手はリーオーだ。高機動可変機トーラスや、重モビルスーツビルゴと比べれば遥かに良心的な相手と言っていい。問題は、ネメアに対モビルドールの経験がないということ。
「敵は完璧な動きをプログラムされた機械兵士……か!」
手斧を思いっ切り投げつける。リーオーは完璧な動きでそれを回避して、再びスカードに狙いを定める。ビームとマシンガンの雨がスカードを襲った。
「…………なるほど、完璧な動きね」
しかし、今の一連の動きの中でネメアにはなにかが見えた。そして、その「何か」を実現させる動きを計算する。
(…………レイナがいれば、もっと早くできたのかもしれない)
あの時、レイナが見せた演算能力は人智を超えていた。それに頼れば、こんな苦戦はなかったのかもしれない。だけど、それはネメアの中にある小さなプライドが許さなかった。
「……レイナは、普通の人間じゃない。だけど、私なんかよりもずっと人間らしい」
ならば、その人間らしさを守らなければ。
それは、こんなちっぽけな、薄汚れた自分の中に芽生えた新しい感情だった。
この感情がなんなのか、わからない。だけど、
「お前達に、踏みにじられてたまるか!」
そう、ネメアが叫んだと同時。スカードのローラーが回り出す。そしてそのままダッシュで後退し、「アイアス」よりも後方へ下がった。
これで、モビルドールから「アイアス」を、レイナを守るものは何もない。
モビルドールは、機械の正確さを発揮して「アイアス」へ……向かわなかった。
後退したスカードを追うように歩き出す。
「…………やっぱり、ね」
先ほどの手斧を回避した動きは、完璧だった。
最初からこのモビルドールの目的が「アイアス」の制圧なら、とっくにネメアはディフェンスを抜かれていたに違いない。
つまり、このリーオーは、最初からターゲットをスカードに設定されている。それなら、やりようはあった。
問題は、そのやりようをどう捩じ込むか。それさえできれば、勝てる。しかし、敵の連携と反射速度は並のパイロットのそれではない、完璧な動き。
「……ア、ネメア」
スカードの通信機から、「アイアス」で眠っているはずのレイナの声がした。
「レイナ……?」
「敵が来てるんでしょ。わたしにも手伝わせて」
「っ……。私は…………」
たしかに「アイアス」の、レイナの支援があれば勝率は格段に上がる。しかし……誓ったばかりじゃないか。レイナには誰も殺させない、と。
「わたしは……ネメアの「荷物」じゃないよ」
しかし、レイナの決心も硬かった。その判断をするのに、ネメアは1秒を要した。その秒数は、戦場では命取りになる時間。もしここがバルベルデだったなら、その1秒でネメアは死んでいただろう。だけど、その1秒がネメアに、結論を出させた。
「……わたしの負けよ。あんたにひとつお願いがあるの」
相手はモビルドールだ。人間じゃない。それを続けていてはいずれ人を殺すことにも躊躇いを失わせる詭弁だが、今はそれでネメアはネメア自身を納得させるしかなかった。そうでなければ、もっと大切なものを守れない。ネメアは、レイナに「お願い」を説明する。それを聞くとレイナは、「うん、わかった……」と返す。
「私が合図したら、お願い」
「うん」
既にネメアの乗るスカードは「アイアス」を通り過ぎ、彼方遠方だった。2機のモビルドールはそれを追い、「アイアス」を通り越す。そしてモビルドール・リーオーはスカードを射程内に再び捉え、ビームライフルを構える。
わずか1秒にも満たない間に照準を合わせ、ビームが飛んだ。それが、合図。
「今よ!」
ネメアがそう叫んだ瞬間「アイアス」が加速した。そして、その質量の塊がリーオーを襲う。高度なプログラムが組まれているモビルドールは、迫る危機に対し人間のように判断を止めることなく対応できる。しかし、遅い。
打ったばかりのビームライフルはエネルギーのチャージに数秒を要した。そのタイムラグが、致命傷となる。
何よりも、至近距離から「アイアス」の体積を躱しきれる加速力を通常のリーオーは有していなかった。
もし、人間ならば、ビームライフルでそのまま「アイアス」の座席めがけて殴打したかもしれない。
しかし、相手は人形だ。
「お行儀のいい戦い方しか、できないから!」
だから反応しきれず、「アイアス」に突き飛ばされる。そして、スカードには従来のリーオーにはない加速力があった。
ローラーダッシュで再び、モビルドールに迫る。そして、一閃。煌めく刃がビームライフルを持つリーオーを貫き、そして振り抜き様にマシンガンを持つ方へと抜刀する。
ビームサーベルという、ネメア自身の予算では入手できなかった高級品だ。
ビームの熱量を、リーオーの装甲のやわな部分では耐えきれない。それを狙い斬る。回避行動プログラムが組まれたモビルドール相手にそれを成し遂げるのは、超人的な反射神経と言っていい。
何より、リーオーという機体の弱点は知りつくしている。どんなにプログラムが優秀でも、その一点でネメアはアドバンテージを有していた。
ビームの刃を受けて、リーオーに組み込まれたモビルドール・プログラムはたちまち沈黙した。プログラムを、焼き切ったのだ。
「お、終わった…………」
コクピットの中で、ドッと疲れがネメアを襲う。
「ネメア……それ、どうしたの」
レイナの声だ。おそらくは、リーオーのビームサーベルのことだろう。
「前に戦ったやつからちょろまかしたの。ライトおじさんに引き渡す前にね」
そう言ってネメアは、ペロリと舌を出した。
「……さ、もう一仕事するわよ。あんたも手伝いなさい」
スカードのコクピットから、レイナに指示を出す。レイナはそれを聞いて、荷台に置かれている作業用ポットに搭乗し、「アイアス」から出る。
「どうするの?」
不思議そうにレイナが聞き返す。ネメアは、そこで事切れているリーオーをスカードで持ち上げながら答えた。
「こっちがどれだけ苦労してコクピットだけを潰したと思ってるの。せっかくの予備パーツと高級武器。貰わなきゃ勿体無いじゃない」
その答えを聞いて、レイナはきょとんとした。それから数秒してクスクスと笑い声がした。
…………
…………
…………
人通りの多い街中を、ネメアとレイナの2人は歩いていた。「アイアス」を駐車場に停車させての買い出し。既にネメアの両手には抱え切れないほどの食材と、インスタント食品。それと小脇に抱えているのは数冊の文庫本。
レイナは、フィッシュ&チップスを食べながら街を行き交う人々を眺めていた。
モビルドールとの戦いから一夜が明け、2人の旅は続いていた。これはそんな旅の一時。
「……あんた、それおいしい?」
見るからにジャンクな風がするフィッシュ&チップスは、ネメアの嗜好からはずれている。しかし、それをレイナは美味しそうに食べ歩いている。
「…………うん、おいしい」
そう言って、レイナは笑っていた。なら、いいか。とネメアは思う。
「……この魚も、生きてたんだよね」
白身魚のフライをつまみながら、レイナが呟く。
それはどことなく悲しそうで、寂しそうで。
「そうね、だけど魚だけじゃないわ。鶏も、野菜も、穀物も。それらは全て日々の糧として少しずつ分けて貰ってる命なのよ」
そんな当たり前のことを言うしか、ネメアにはできなかった。
「うん……。そうだね」
レイナは頷いて、ヒョイと白身魚のフライを口に放り込む。
「……私にも、ひとつ頂戴」
「うん、いいよ」
レイナの持つ袋からひとつをつまみ、口に放り込む。
こうして、毎日何かの命を奪って生きている。そしていつか自分も誰かにその命を奪われるのだろう。ネメアはフライを噛みながら、そんなことを思った。
それは辛い想像だった。だけど、こうして2人で同じものを食べている時間は、不思議な幸福感があった。
TIPS
シフル・ヴェルヌ
“ロワゾ・ブルー”なる組織の司祭と呼ばれる女性。年齢不詳。
常に犠牲となった命に黙祷を捧げている。
モビルドール
ロームフェラ財団が完成させた無人機プログラム。熟練パイロット並の性能を一律で発揮し、生身のパイロットから戦場の主役を奪い去ることに成功した。しかしプログラムである以上、完璧すぎる動きが仇となることがあり、一定以上のパイロットには無力化される、プログラムを書き換えられるなどの電子戦に弱いといった弱点を持つ。
本作に登場したモビルドール・リーオーはOZのモビルドールテスト機を“ロワゾ・ブルー”が回収し、実戦用プログラムを新たに組み直したものである。