新機動戦記ガンダムW~scarred Leo- 作:元ゴリラ
ウイングガンダムゼロ
オペレーション・メテオで地球に降下したガンダムのプロトタイプであると共に、封印されていた機体。
自爆の後に改修され、天使を連想させる巨大な翼を持つ機体になった。
5機のガンダムを上回る性能と、「ゼロシステム」を搭載しており、搭乗者の精神を破壊してしまう。
最終的にコードネーム:ヒイロ・ユイというパイロットがゼロシステムの強制を精神力で打破し、専用機とした。
現在はガンダムデスサイズヘル、ガンダムサンドロック改、ガンダムヘビーアームズ改とともに太陽へと破棄されるコースを辿っており、太陽の熱で死を迎えるか、真の所有者がその力を再び必要とするその時を待っている。
ガンダムエピオン
OZ総帥トレーズが作り上げた決闘用ガンダム。巨大なビームソードとヒートロッド、そして悪魔のような羽根を持つ黒いガンダム。「ゼロシステム」と同様のシステムを搭載しており、ウイングガンダムゼロとの交戦ではシステム同士が共鳴しオーバーヒートを起こす。
最終的にホワイトファング指導者ミリアルド・ピースクラフトが専用機とし、ウイングガンダムゼロと激闘を繰り広げた後、地球へ落下しようとする宇宙要塞リーブラの推進部を破壊。 後をウイングガンダムゼロとヒイロに託すようにその消息を絶った。
その月夜に降り始めた雨は、望月を覆い隠すような雨雲を連れてきた。燃え上がりかけた炎すら消してしまうほどの強い土砂降りの中、ネメアはただ呆然とレイナの消えた方へ視線を向けていた。
スカードは、両腕を捩じ切られ、脚を縺れさせ、動かない。ネメアには、レイナを追う術がない。激しい雨に打たれながらネメアは、青い鳥の童話を思い出していた。幼いきょうだいは、青い鳥を探してあらゆる世界を旅する。その先々で数多くの冒険する。だけど、青い鳥はどれだけ追いかけても見つからない。そして冒険の夢から覚めた時、傍らにいた青い鳥。いつも一番傍にいる、幸せの鳥。それは、探しても見つけることは叶わないもの。その誰よりも傍にいてほしい幸せが今、ネメアの前から飛び立ってしまった。
それを追いかけるための翼は、ネメアにはない。
「どうして……レイナ……」
レイナ。記憶喪失の女の子。黒くて長い髪も、絹のような肌も、黒曜石のような瞳も、小鳥の囀りのような声も。その全てがネメアの心に焼き付いて離れない女の子。
内気で、本が好きで、笑顔が可愛くて。その手は柔らかくて、温かい。ネメアの孤独な心を癒してくれた女の子。
なのに、今ネメアの隣にレイナはいない。いなくなってしまった。遠ざかってしまった。
「私は……」
何のために、今日まで戦ってきたのだろう。
復讐。真実。自由。そう、そのためだ。復讐を成し遂げて、真実をこの手に掴んで、自由になる。そのために戦ってきたはずだ。
なのに、レイナがいない。その事実だけで、全ての戦いが空虚なものに感じてしまう。いつからか、一番の目的は……変わっていたのだと、ネメアははっきりと自覚した。
レイナと一緒にいたい。だから、レイナを奪いにくる奴らと戦う。ネメアの戦いはいつの間にか、レイナと一緒にいるためのものになっていた。レイナがいないのならば、もう復讐にも真実にも、自由にだって価値がない。レイナ、レイナ。あのはにかんだ笑顔が、本を読む横顔が、悲しそうな俯き顔が、恥ずかしそうな慌て顔が、ネメアの中に浮かんでは消えていく。
痛いくらいの雨が、ネメアの肌に、髪に、服に降りかかっていた。
「お嬢様……」
エリザの声が、後ろから聞こえた。そして傘をひとつ、ネメアの頭上に。
「エリザ……。どうして」
どうして、レイナは行ってしまったの。そう言おうとして、声が出ない。もし口に出してしまったら、二度とレイナが戻ってこない気がして。エリザはそんなネメアの肩を抱き寄せて、それから手を引いて歩き始める。
「…………今日は、休みましょう」
エリザの声も、どこか弱々しい響きだった。ネメアは、倒れたスカードを雨晒しにしたままエリザに抱き寄せられるように、別荘へと戻っていく。
「……レイナ」
玄関のドアを潜る前に、もう一度レイナが消えた森の方へ視線を向けた。
その先にはやはり、誰もいなかった。
…………
…………
…………
どうすれば、いいのだろう。
レイナはヘラクレスのコクピットの中で、泣いていた。
どこに行けば、いいのだろう。
大好きなネメアから、遠ざかってしまった。
「ほんとうのしあわせ」を探す2人の少年の旅を描いた童話を、思い出す。ネメアから、借りていた本。ずっとポシェットに入っている。そして、そういえばまだ読み終えていなかったことに気づいた。あの物語は、どんな結末を迎えたのだろうかと。
レイナはポシェットを弄り、文庫本を手に取り広げる。それは、今のレイナに残っているわずかなネメアとの繋がりを感じるものだ。ネメアのことを思い出すようにして、そのページを捲り、ネメアの思い出に浸るように、読み進める。
「…………どうして」
少年は、もうこの世にいなかった。「ほんとうのしあわせ」を探す旅は、1人の少年がこの世からいなくなり、残される少年の物語でもあった。
『……人間、それを探すために一生を費やしているのかもしれないわね』そう、ネメアは言っていたのに。なのに、その一生をこんな形で終わらせてしまった少年と、こんな形で親友と離別してしまった少年。それが、たまらなく悲しい。
「ネメアは……どうすればしあわせになれるの?」
ネメア、ネメア。あの薄い金色の髪を思い出す。海のように青い、優しい瞳が恋しくて仕方ない。繋いでくれた白い手が柔らかくて、温かい。こんな冷たい機械人間のわたしが、人間になれたのはきっとネメアのおかげ。それなのに、自分はネメアの大切なものを奪うことしかできない。それが、悲しい。
レイナは、泣いていた。自分にとって唯一の居場所だった人。その人を自分は傷つけてしまう。何もかもを奪ってしまう。ヘラクレスはそう、レイナに未来を示してくれた。そして、その未来を自分の中にある何かが肯定する。その未来が唯一の道とでもいうかのように。
嫌だ、嫌だ、嫌だ。レイナはその未来に抗うようにその信号を拒否し続けた。ネメアのために死ぬことはいい。だけど自分のためにネメアを殺すのは嫌だ。だけどヘラクレスは囁く。戦え、戦うことでしか自由になどなれはしないと。
このままだと、自分はネメアを殺してしまう。それを証明するように、レイナの記憶の奥底から蘇ったその映像の中にはネメアの大切な人を撃ち殺した自分自身の姿があった。あの男の人と同じように。この手でネメアを殺してしまう。そんな未来を、ヘラクレスは見せる。そして、その未来に自分の中の何かが誘導しようとする。
だから、ネメアの下を離れるしかなかった。それが、ネメアのために自分ができる唯一のことだったから。
それでも、悲しい。悔しい。怖い。寂しい。
「ネメア……」
やっぱり、わたしはネメアの敵だったんだ。だけど、ネメアにわたしは殺せない。ヘラクレスが、殺させない。だから、ネメアから逃げるしかなかった。それが、レイナに唯一できるネメアを守る方法だった。
雨が強く、降り続いている。だけど、ヘラクレスが守ってくれている。このガンダムは、未来を確定させて、その未来にパイロットを導こうとするものなんだとレイナは理解していた。そして、自分の中で時々起こるたくさんの映像がフラッシュバックし声が聞こえるそれは、ヘラクレスの見せる未来に指向性をくれる。
こんなもの、普通の人間にはわけがわからないだろう。機械人間であるレイナだから、ヘラクレスの声が聞こえるのだとレイナは思った。
まるでヘラクレスは、レイナのためにある機体のようだった。
「ヘラクレス……?」
そのガンダムが、何かを見せようとレイナに語りかける。
「この先に、敵がいるの……?」
敵。レイナの敵。ネメアの敵。レイナの真実を知っているもの。この記憶の正体を知っているもの。レイナと、ネメアを出会わせたもの。
ふたりの運命を、歪めたもの。
その存在が、レイナの目には見える。そこは荘厳な教会だ。こんなところに、いたんだ。
「……行こう、ヘラクレス」
レイナの瞳から、輝きが消えていく。ヘラクレスのマップモニターで点滅する光に、瞳の焦点が吸い寄せられていく。ヘラクレスと、ひとつになっていく。
「ネメアの敵を、倒しに」
ガンダムの、瞳のようなツインアイに光が灯る。そして、レイナの命じるがままに緑色のガンダムは歩き出した。
…………
…………
…………
トワリが目を覚ましたのは、外のけたたましいサイレン音でだった。
「何……?」
ベッドから上体を起こし、モニターに映し出されている外の様子を確認する。教会の地下に隠されていたリーオー10機、エアリーズ5機、ドゴラス8機……その全てが、1機のモビルスーツにより壊滅していた。いや、今でも懸命に戦っているものもいる。しかし、時間の問題だろう。まるで相手になっていない。
リーオーのライフルではまるで傷のつかない装甲をいいことに、その緑色のモビルスーツは一歩、一歩と歩み……その右腕でリーオーの頭部を掴み持ち上げる。そして手から発される高熱で、みるみるうちにリーオーの頭部が溶けていく。
あれでは、脱出した瞬間に熱の餌食になり中のパイロットも溶けてしまうだろう。画面越しにそうとわかるほどの熱気を、緑色のモビルスーツは発していた。パイロットが生き残るには、その棺桶の中で息を殺し、神に祈る以外の方法はない。
空中からエアリーズがマシンガンを放つ。しかし、緑のモビルスーツにはまるで通用しない。トワリにはわかった。あれはガンダニュウム合金製モビルスーツだ。
せめてビームライフルでもなければ、焼け石に水。
緑色のガンダニュウム製モビルスーツ……ガンダムは、右手をエアリーズの方にかざすと鞭のようなものを伸ばし、エアリーズの足に引っ掛ける。そのまま勢い任せにエアリーズを墜落させると同時、爆煙が巻き起こった。
「……ガンダムが、どうして」
ガンダムは、もうこの世界にはトワリの“スターダスト”しか存在しない。そう、司祭様は言っていた。なのに。モニターを睨んでいると、扉が開かれる。
「トワリ、起きたか」
白衣の男性……。先生は、焦った様子でトワリを読んだ。
「先生。なに、あれ」
「わからんが、敵襲だ。お前もガンダムで出撃しろ」
トワリにそう命じる先生の声には、いつもと違う様子があった。いつもは、もっと無感動。まるで機械のAIに命じるような口調でトワリに接する。言うなれば、トワリの人格に興味がないように。しかし、今は違う。その命令には、懇願の色があった。
ああ、自分が出撃しなかったらこの人は死ぬんだ。そう、トワリは思った。いつでも自分の生殺与奪の権利を握っている先生。その生殺与奪の権利を今、トワリが握っている。それは、それはとても愉快なことで。
「出撃……したくないなぁ」
トワリはつい、この男をからかいたくなってしまった。
「ふ、ふざけているのか! 状況が見てわからないのか!?」
先生は怒る。それは予測の範囲内。だからトワリは、可笑しくて笑ってしまう。
「アハハ、先生……死にたくないんだ」
当然だろう。と思う。トワリだって死にたくはない。いや、死にたいと思ったことは一度や二度じゃないが、本当に死にそうになるとどうしても生きていたくなってしまう。人形に身を落とせば、そんなことはなくなるのではないかとも思ったが……無理だった。だから、トワリはこうして生きながらえることができた。
過去の記憶に苛まれながら。激しい痛みに呻きながら。
「何、を……」
先生は、笑い出すトワリが理解できずに、困惑の表情を浮かべていた。或いは、それは恐怖というものかもしれない。理解できないものへの恐怖。こんなものを自分は飼っていたということへの驚愕。だけど、先生は気づいているのだろうか。と、トワリは疑問に思った。
トワリに殺された人たちも、きっと死にたくなかったことに。
バルベルデからここに来て、「実験体の生き残り」として扱われて。トワリは“ロワゾ・ブルー”の暗部として、様々な人を殺害した。その多くは、“ロワゾ・ブルー”に参加していながら組織の意向に背いた人間……エリオット男爵のような者たちだ。
しかし、彼ら彼女らだって殺されるために生まれてきたわけではない。だから、歯向い、抵抗し、そして無残に死ぬ。
それはいつか、自分たちだって殺されるということだった。それを、お姉ちゃんに殺されかけてはじめてトワリは気づいた。
先生は、トワリよりもずっと大人だ。なのに、それに気づかないでこんなことを……最強の兵士を作るための実験と称した薬物実験や人体実験の数々をしていたのならば、お笑いだ。それを理解して、その上で平気で握りつぶせるような人なら……司祭様のような人ならこんなことで動揺しないだろうに。と、トワリは先生を哀れに思った。その哀れさに免じて、トワリは立ち上げる。
「いいよ、行ってあげる」
どのみち、ここに仕掛けてくる敵に、トワリは心当たりがあった。即ち「システム」か……お姉ちゃん。或いはその両方か。
ガンダムの出所はわからないが、関係ない。どちらにも用がある。
「待っててね。お姉ちゃん……私の方が優秀だって、私の方がお姉ちゃんのことが大好きだって、私の方が相応しいって、証明するから」
「システム」は司祭様が望んでいるものだ。だから、ここで手に入れる。そうすれば、お姉ちゃんはひとりぼっち。私が味わった孤独を、お姉ちゃんも味わえばいい。そうすれば、そうすれば、そうすれば。
トワリの思考は、破綻していた。しかしその破綻は、トワリにとって心地のいい破綻だった。
…………
…………
…………
ヘラクレスの見せるものにただ、従うだけでいい。レイナが自らの手で経験するモビルスーツ戦は、あまりにも単純なものだった。それだけで、教会は既に火の海と化している。たくさんのリーオー、エアリーズ、ドゴラス……モビルスーツがヘラクレスの武勇の前に屍を晒した。もしかしたら、パイロットも死んでしまっているかもしれない。だけど、そんなことにレイナは興味がなかった。
なぜならもう、レイナは人を殺めていたのだから。
今更何人殺そうと、きっと自分の罪は消えることはない。だから、構わない。どのみちここにいる人たちは、大好きなネメアの敵なのだから。もちろんそれには、レイナ自身も含まれている。
だから、誰がどうなろうと構わない。ヘラクレスが命じるままに、自分の中にある何かが示すままに、戦う。戦って、戦って、戦って死ぬ。
それだけが、レイナに残された希望だった。
「来た……」
ヘラクレスのマップモニタに、新しい光が灯る。数は、6。
うち5つは、レイナの見たことない機体だった。黒い体躯と、独特の流線形の形状をしたモビルスーツ。手にはビームガン。機体コードには、トーラスと表示されている。もうひとつはリーオーをより太くした印象の機体だった。肩が巨大化しており、なによりもあの時戦った赤いモビルスーツについていた電磁シールドと同じような装備を背負っている、機体コードは、ビルゴ。
トーラスが2機と、ビルゴが3機。それに……青い翼をはためかせたガンダム。
「生きてたんだ……」
パリで、ネメアとともに戦ったガンダムだ。それが今、レイナの前にいる。青いガンダム……ウイングガンダム・スターダストは、ビームサーベルの柄を握っていた。しかし、動く気配はない。スターダストの前に出たビルゴが電磁シールドを正面に展開しながら、ビーム砲をヘラクレスめがけて斉射する。そして、その後方にはトーラスが控えていた。
「…………ヘラクレス、教えて」
ピピピピピとレイナの脳に音が響く。敵は厚い装甲を持つビルゴを壁にして、レイナが攻撃を避けて距離を置こうと逃げたところを後方のトーラスが航空機形態に変型し死角を潰すようにビームガンを放つ。点ではなく面の制圧攻撃。まともに受ければ、ヘラクレスのガンダニュウム合金も破壊されてしまうだろう。
しかし、ヘラクレスはすぐに勝利の道筋を示す。それに従うだけでいい。そうすれば、いい。
「……うん、わかった」
ビルゴのビーム砲を掻い潜りながら、ヘラクレスは前進する。そうすると、トーラスは動けない。フレンドリーファイアの確率が上昇するからだ。そして、ビームの軌道は脳裏に直接、ヘラクレスが教えてくれる。だからその通りに動けば、素人のレイナにも避けられる。たとえそれが、モビルドール……熟練パイロット並の動きを再現したコンピュータープログラムだったとしても。レイナがヘラクレスに直接、脳に示されたルーチンがそのまま機体にフィードバックされていく。普通の兵士なら吐きそうになるほどの重力加速度も、衝撃も平気だ。何も感じない。そんな動きができるれいなにとってモビルドール・ビルゴはまるで赤子のようだった。
まず、中央のビルゴが展開する電磁シールド。ビーム兵器も実弾兵器も無効化してしまうそれを潰す。プラネイトディフェンサーは、三方向に展開しトライアングルを作ることでその範囲に電磁波を発生させるらしい。ならば、とヘラクレスは素手に高熱を纏って直接、そのうちの一基を鷲掴みにする。そして、モビルスーツの装甲すら溶かす熱とそれすらも冷やす冷気。それが一度に押し寄せることで磁器のひとつがショート。もう、電磁シールドは発生しない。そのまま、ビルゴ本体へ手を伸ばす。そして、熱を持ったその手はビルゴの厚い装甲を貫き、爆砕。それでも、モビルドールは恐怖を感じない。残りのビルゴはヘラクレス目掛けてビーム砲を放つ。しかし、そのタイミングはヘラクレスが教えてくれる。だから、避けられる。爆砕したビルゴをそのまま肉壁にすることで、ヘラクレスへのダメージを防ぐ。それと同時に両腕でヒートロッドを同時に展開し、電磁シールドのひとつを破壊。そのまま同じ要領でヒートロッドがビルゴを両断する。
その間、1分もかかっていない。それだけの時間で3機のビルゴを撃破。そして、ヘラクレスは青いガンダム……スターダストを睨むようにその双眸を輝かせる。
「…………ネメアを、いじめるのはあなた?」
冷たい声が、響いた。その声が自分の口から出ていることに、レイナは気づかない。ただ、その声だけを認めている。
「……お姉ちゃんじゃない。じゃあ、あなたが「システム」なんだ」
青いウイングガンダムからも。同じくらい冷酷な声が聞こえる。殺さなきゃ、とレイナは思う。こんな冷たい声をする人は、どちらもきっとネメアを傷つける人だ。
だから、殺さなきゃ。
ヘラクレスは腰に格納されているビームサーベルの柄を握る。スターダストもシールドからサーベルの柄を取り出すと、左右のトーラスもビームガンを構え、ヘラクレスへ銃口を向ける。
「ネメアに必要ないの、私たちは……!」
レイナの声が、合図。2機のトーラスの放つビームの雨を掻い潜るようにして、緑と青のふたつのガンダムが激突した。
…………
…………
…………
緑のガンダム……ヘラクレスは、トワリの想定よりも遥かに素早い。モビルスーツの駆動としては異様にしなやかに動いている。だから、マシンキャノンの雨と両脇のトーラスのビームガンを一切被弾せずに避けられる。パイロット……「システム」が機体の性能をより高めているのだろう。
トワリはそう分析しつつ、僚機のモビルドール……スリーピー、ハッシュフルと名付けたプログラムに命じる。回り込んで、死角から潰していけと。どれだけ素早い機体でも、見たところ推力は“スターダスト”の方が上。ならば、死角に追い詰めていけば勝てる。それに……
(死角を狙う装備は、スターダストにもある!)
スターダストのバスターライフルは、格納庫に置いてきた。無線通信でいつでも回収できるなら、重いバスターライフルを予め持っておく理由はない。それこそが、トワリの切り札。
トーラスのうち片方……ハッシュフルが、ヘラクレスへのヒートロッドに絡め取られその高熱で蒸発する。しかし、そのおかげでスリーピーが背後を取った。背後からビームガンを打ち付ける。それをかわしきれず、ヘラクレスにはじめてダメージが入る。しかし、シールドから展開されたビームサーベルが、そのままスリーピーをトーラスごと貫いた。これで、モビルドールは全滅。
「へえ、そういう機体なんだ。あんたのガンダム」
ビームサーベルとヒートロッドを装備した近接格闘機。肩に装着しているシールドから直接展開されるビームサーベルはおそらく奇襲対策と、逆に奇襲をかけることを目的とした武装だろう。少なくとも、車リーオーなどより遥かに強力なガンダム。
しかし、近づかなければ戦えない機体なら、やりようはある。何よりこれまでの戦闘で、相当エネルギーを使っているはずだ。ヒートロッドのリーチの長さと追尾性能が厄介だが、スターダストはまだマシンキャノンも弾に余裕がある。ビームサーベルを使うエネルギーも十分。たとえ未知の性能を持つ機体でも、集団で追い詰めればいつかは手札を出し尽くす。もはやスターダストしかその集団も残っていないが、それだけ相手は手札を晒した。
「…………どうしたの。来ないの?」
緑のガンダムから、女の子の声が聞こえた。感情を感じられない声。まるで自分自身を機械のパーツにしてしまったかのような、そんなトーン。その声は、トワリを苛立たせる。自分は人形にすらなれなかった不良品なのに、あれはモビルスーツのなかで、自分を完全に人形にしているように感じられた。ああ、羨ましい。妬ましい。口惜しい。
「……あんた、生意気!」
だから、先に飛び出したのはトワリとスターダストだった。マシンキャノンを撃ちまくりながら、ヘラクレスの前に飛び込みビームサーベルのスイッチを入れる。ヘラクレスも、肩のシールドでマシンキャノンの直撃を防ぎつつ回り込みビームサーベルで振りかぶる。結果、ビームサーベル同士が鍔迫り合いビームの熱が干渉して火花を散らす。そしてスターダストは、マシンキャノンと頭部バルカンの雨を、現実の雨と同時に浴びせる。
「アハハ! こうなったらガンダムちゃんも、何もできないよねェッ!」
頭部バルカンもマシンキャノンも、モビルスーツの装甲やカメラを吹き飛ばすのに十分な威力がある。それをこの状況で受ければ、たとえガンダニュウムでもひとたまりもない。勝った。そう、トワリは確信した。
しかし、緑のガンダム……ガンダムヘラクレスは、ビームサーベルを捨ててそのままジャンプする。そのままブースターを蒸し、ゆうにリーオー2台分はある高さを跳躍。ヘラクレスは空中を舞う。
「モビルスーツが、あんなに跳べるの!?」
トワリが驚きの声を上げると同時、ヘラクレスはシールドの裏から何かを取り出した。それは、ブーメランのように見えた。ヘラクレスがそれを投げると、両端からビームの刃が展開され、回転しながらスターダストめがけて飛んでいく。
「そんな子供騙しの武器に!」
ビームサーベルで、それを斬り落とす。しかし、その瞬間をヘラクレスは見逃さなかった。既に、真横に英雄の名を持つガンダムは迫っていた。そして、高熱を纏った手でスターダストの頭部を鷲掴みにする。
「これで、終わり」
ヘラクレスから少女の声が聞こえる。高熱と低温を交互に繰り出され、スターダストの頭部はショートを起こす。カメラが破壊され、トワリの視界が暗転する。
「っ、まだっ!」
コクピットブロックを開き、肉眼で見る。リーオーと違い、ガンダニュウム合金はまだその熱を耐えてくれる。ガンダムの大気圏突入用の冷却装置も全開にして耐える。そして、肉眼からの計算で格納庫のバスターライフルを無線通信で起動する。
「アハハ、あんたなんか……」
嫌いだ。「システム」なんか。司祭様もお姉ちゃんも、「システム」ばかりを求めて私を見てくれないんだから。だったら、殺す。いなくなればきっと、司祭様もお姉ちゃんも、私を大事にしてくれるはず。だったらもう、司祭様の言いつけなんか関係ない。コクピットを閉じると、この位置を入力し信号を送る。
「あんたなんか、死んじゃえばいいんだ!」
直後、格納庫から直接光が放たれる。バスターライフル。ウイングガンダムの持つ最大火力。戦艦すら一撃で消し飛ばす火力の高出力ビーム砲。ビルゴやトーラスのそれとは比べ物にならない出力。一度撃てば周囲に電磁障害を起こしてしまうほどの威力。それが、ヘラクレスの直線上に放たれる。
「…………!?」
ヘラクレスは、即座にスターダストを捨てて距離を取る。二機のガンダムの間に、全てを焦土にする光が伸びて、消えた。二機の間には、焦げ付いた大地だけが広がっている。
「…………よく、躱したね今の」
「……ヘラクレスが、教えてくれたから」
遠隔操作のバスターライフルを自分の手に呼び戻し、ビームソード・モードに変更。大出力のビームの刃……いや、ビームの大太刀とでもいうべきものが、バスターライフルから展開される。
「まだやるのなら、やっぱり死んで」
ヘラクレスも、ファイティングスタイルを構え直す。しかし、
「死ぬのはあんたよ。あんたが死ねば、お姉ちゃんを縛るものはなくなるんだから」
そう吐き捨てたトワリの言葉は、レイナに聞こえてしまっていた。
…………
…………
…………
「私が……ネメアを、縛る……?」
ネメアを縛る。ネメアを自由から遠ざける。ネメアの望みを、潰してしまう。
レイナの中に、膨大な情報が押し寄せる。ヘラクレスが教えてくれて、自分の中にある何かが、その情報を伝達してくれる。
ネメアの望むもの。自由になること。自由になれる方法。過去の精算。そのために一番大事なもの。それはつまり、私の死。
私さえいなければ、ネメアは自由になれる。ネメアにとって一番邪魔な存在。それが自分自身。そう、ヘラクレスが示している。
「い、いや……」
ネメアが、遠くに行ってしまう。ネメアが、いなくなってしまう。自分自身が、ネメアの魂を縛り付ける鎖。
「いや……ネメア……」
嫌いにならないで。私を見て。私に微笑んで。私を殺して。私を愛して。
こんな思いすらも、ネメアを縛り、自由から遠ざけるというのなら。
「……ねえ、あなたはわたしがいなくなったら、ネメアをどうするの?」
目の前の、青いガンダムに乗る女の子に問いかける。
「決まってる。私を捨てた。私をいらないって言った。そんなお姉ちゃんなんて嫌いだもん。私の人形にして、永遠に私の側に置く。私の大好きなお姉ちゃんになってもらう!」
無邪気な声だった。邪気の塊のような。ああ、やはりと思う。自分もこいつも、ネメアを縛るものなんだ。ネメアの敵なんだ。ネメアの、邪魔をするんだ。
「なら……一緒に死のう?」
そう言ってレイナは、ヘラクレスのコクピットハッチを開き、顔を見せる。その手に一つのスイッチを握っていた。その時だった。
「ダメですよ、自爆なんて」
そんな声とともに、レイナの手に持っていたスイッチが弾かれる。
「ッ!?」
痛みとともに、その声の方を向く。ライフル銃を持った修道女が、教会の二階の窓からその顔を覗かせていた。
「……あなたは?」
長い黒髪の女性だった。青い修道服のベールを脱ぐと、その髪は風になびいてより長く見える。
「レイナ、お帰りなさい」
そう言って、修道女は微笑む。その微笑みに、見覚えがあった。記憶の、いや記録の奥底に封印されている。ネメアのパパを殺した記憶と同じように。
「まだ、完全に思い出してはいないのですね……」
修道女はそう、悲しげに笑う。
「私は、シフル・ヴェルヌ。レイナ……あなたの母です」
母。お母さん。その言葉が一瞬、理解できなかった。レイナは、呆然とその修道女……シフル・ヴェルヌの顔を見つめる。そして、眠っていた記憶がまた、呼び戻された。
『レイナ』
そう、笑いかけてくれる人の顔だ。レイナも、その顔を見ると表情を綻ばせてしまう。だけど、この人だ。この人が。
この人が自分を機械人間にした張本人だ。
「……お母さん?」
「そうですよ、レイナ。よく帰ってきてくれましたね」
記憶の中にあるそれと、同じ笑顔が今レイナには向けられている。
「さあ、レイナ」
シフル・ヴェルヌは、お母さんは。
「あなたのお話を聞かせて頂戴。あなたと、ネメアの旅のことを」
そう言って、微笑んだ。
「あなたが、お母さんなら……教えてほしいことがあるの」
レイナは、精一杯の声を上げる。
「なんですか?」
それでもシフルは、お母さんはレイナを優しく、受け止めるような微笑みを崩さない。その微笑みはネメアの不器用な微笑みとは、違う。だけど、自分に向けられた微笑み。
だから、レイナは訊かずにはいられなかった。
「私は……一体何のために生まれたんですか?」
その言葉に、シフル・ヴェルヌは柔らかい笑みを浮かべて返す。
「あなたは、支配者の資格があります。教えてあげましょう。あなたが本当は何者なのか……」
…………
…………
…………
その頃、パリへと辿り着いたライトレード警部とドクター・フィフスだったが既に「アイアス」の姿はなく、途方に暮れていた。
「どこに行きやがった。ネメアの奴……」
ノーリ邸は写真で見たように半壊しており、生存者の気配はない。また、どういうわけか警察も統一国家政府も、この件についてまともな捜査をしていないようにライトレードには見える。
「パパ……このままじゃ」
不安そうに、フィフスが呟く。
「わかっている!」
ライトレードが、声を荒げた。その時だった。
「ネメアを探しているのか?」
低い女性の声がして、2人は振り返る。そこには、女性がいた。長い金髪を靡かせた長身の女だ。美人といって差し支えない。しかし、その右目を覆うように包帯が巻かれており、顔の大部分を覆っている。
「ネメア……?」
似ている。とライトレードは思った。しかし、違う。ネメアとは雰囲気。或いは生きている世界とでもいうべきか。同じ顔立ちでありながら、背負い生きるものひとつでこうも人は顔が変わるのか。とライトレードは思う。
「急いだ方がいい。おそらく、ネメアはルクセンブルクだ」
女は告げる。
「なぜ、そう言い切れる?」
「そこに、ネメアとレイナの求める真実があるからだ。だが……その真実が2人を引き裂くやもしれぬ」
女は冷たく言い放つ。それがどういう意味なのかは理解できない。しかし、嫌な予感だけはライトレードの中で大きくなっていく。
「レイナちゃんは、特殊な機械を身体に埋め込まれています。あれは、人間の身に余るものです。早くしないと……」
そう、フィフス。女はフィフスの方を向くと一度頷き、それから踵を返す。
「どこへ行く!」
「私は私の仕事をしなければならん。せっかく拾った命だからな」
そう女が言うと同時、パチンと指を鳴らす。すると、黒いモビルスーツが女の前に降り立った。それは、どこかリーオーに似たモビルスーツだ。しかし、違いがあるとすれば巨大なバックパックバーニアを背負っている。それは宇宙用装備のそれよりも遥かに巨大で、まるでバーニアで無理矢理モビルスーツを飛ばすための装置のようにも見える。
女は、そのモビルスーツのコクピットへ乗り込む。するとそのリーオーもどきに光が点り、後ろのバーニアが熱を上げる。
「ッ!?」
突如吹いた突風に、ライトレードとフィフスは顔を覆う。それと、耳を裂くような轟音。その一瞬で、黒いリーオーもどきは彼方へと飛び去っていた。
「…………なんだったんだ」
まだ、耳が痛い。ライトレードは顔をしかめながら、女の去った方を睨む。
「パパ、急ぎましょう。なんだか、嫌な予感がするの」
ドクター・フィフスは、既に車に乗り込むために歩き出していた。
…………
…………
…………
「……眩しい」
カーテンを開けたネメアが最初に放ったのは、そんな言葉だった。
一夜が明けて、ネメアの心とは正反対の快晴が広がっていた。結局、一睡もできていない。食事も喉を通らなかった。寝ようとすれば、レイナの顔を思い出してしまう。そうなると、苦しくて眠れない。寂しくて眠れない。それをずっと繰り返して……朝が来た。
エリザは、無心で尽くしてくれた。雨ざらしになっていたネメアを屋敷に入れた後、シャワーを浴びるように促し、その間にスープを用意してくれた。夜もずっと、地下格納庫に「アイアス」を入れて……何かをしてくれていたらしい。申し訳ない、と思う。エリザがこんなにがんばっているのに、肝心の自分は……。
トントン、とノックする音が聞こえる。
「お嬢様、朝食の用意ができております」
そんなエリザの声だ。
「ありがとう、いただくわ」
せめて態度だけでも、心配かけまいとして。ネメアはいつものように振る舞おうとする。そして扉を開けて、食卓へ移動した。
「…………おいしい」
エリザの作る料理は、いつも絶品だ。今日は、簡単なサンドイッチと紅茶。おそらくはネメアの具合を心配してくれているのだろう。たしかに、この前みたいな朝食は喉に通りそうもない。そういう気遣いが有り難くて、申し訳ない。
「お嬢様、しっかり食べてくださいね。それで、今日は……」
エリザもそう言いながら、言葉を詰まらせる。今日はどうするか。その選択を迫られる。つまりは、レイナをどうするか。
レイナを探すのか、諦めるのか。
「…………レイナは」
どうしてほしいのだろう。レイナの本心が、わからない。飲みかけのティーカップをテーブルに置き、考える。その様子を、何も言わずにエリザは見守っていた。その視線に見守られながら、気持ちを整理する。レイナがどうしてほしいのか。いや……ネメア自身が、どうしたいのか。そうして、しばらく無言の時間があった。
その無言を終わらせたのは、ネメアだった。
「……わ、たしは、」
「はい」
ゆっくりと、エリザはネメアの言葉を促す。まるで、小さい頃に戻ったみたいだ。とネメアは思った。小さい頃、内気だった自分は自分の意見をなかなか言えなかった。もう、決別したと思っていた過去の自分。それはまだ、自分の中にいたのだろうか。だとしても、言わなければいけない。これは、ネメア自身の思いなのだから。
「……わたし、私は」
「はい」
エリザは、急がせない。昔のもそうだったように。ゆっくりと、優しくネメアの言葉を待ってくれている。だから、落ち着く。
「……私は、レイナを信じたい」
ようやく、それだけを口にするのにどれだけの時間がかかっただろうか。しかし、それを言えたおかげで、少しだけ楽になれたとネメアは感じていた。エリザも、ニコニコと笑顔を浮かべている。
「……はい、エリザも同じ気持ちです」
「ありがとう。エリザ……」
そう、ネメアが言った時だった。エリザが、ドアの方を睨む。次の瞬間、
「ネメア……」
小さな、小鳥のような声が聞こえる。それは、ネメアには聞き間違えることのない声だった。
「レイナ……?」
ずっと、聞きたかった声だ。それが今、ドアを隔てた向こうにいる。立ち上がり、ドアの前まで駆け出すネメア。
「待ってください、お嬢様!」
しかし、エリザがそれを呼び止める。
「エリザ……?」
「……レイナちゃんと、もう1人います。ご用心を」
もう1人。それはおそらく……
「“ロワゾ・ブルー”……」
ネメアは、ドアノブを握る手に緊張を走らせる。それでも、この向こうにレイナがいる。開けたい。顔を見たい。抱きしめたい。
「…………!?」
深呼吸一つ。それから、ネメアは扉を開けた。
「ネメア……」
目の前には、レイナがいた。小さな体と、長い黒髪。白い肌。それは間違えようもない。ネメアの大好きなレイナの姿だ。
「レイナ……」
その姿に、安堵しそうになる。しかし隣にいる女性が、そうさせない。
その女性は、修道服を着ていた。シスターなのだろうか。しかし黒髪は独特の色素と陽の光で青みを帯びており、そして何よりもレイナの隣で微笑んでいることが、ネメアには気に食わない。
「はじめまして、ネメア・ノーリ」
その女は、ネメアの名前を知っていた。
「私はシフル・ヴェルヌ。“ロワゾ・ブルー”の現代表者にして、レイナの母です」
そう言って、シフルと名乗る女はにこやかに笑う。
「母……?」
どういうこと。そうレイナに聞こうとすると同時、レイナはポシェットから拳銃を取り出す。
「レイナ……!」
ネメアが制そうとすると同時、レイナはそれをネメアに向ける。
動けない、ネメア。レイナは一歩、一歩とネメアに近づき、そしてぴったりと密着できる距離まで詰める。
「ネメア……お願いがあるの」
「…………」
そしてレイナは銃の構えを解いて、その拳銃をネメアの右手に握らせる。
「全部を話すわ。そうしたら……私を殺して」
…………
…………
…………
レイナ・ヴェルヌが生まれたのは、AC170……。まだモビルスーツという存在が宇宙用作業服……つまりは宇宙開発のためのパワードマシンという位置付けだった頃だ。もし順当に歳を重ねていれば本来の年齢は、26歳になる。
レイナ・ヴェルヌが生まれたのは、試験管の中だった。試験管ベビー。過酷な宇宙空間では、決して珍しいことではない。しかし、レイナ・ヴェルヌが特異だったのは、母のDNAがシフル・ヴェルヌ……つまりは後に“ロワゾ・ブルー”の代表となる女性であり、父のDNAは有名な技術者だったこと。そして、遺伝子段階から強い人間になれるように調整が施されていたことである。
2人は、本来出会うことのない存在だった。片方はロームフェラ系貴族の出であり、もう片方は宇宙開発技師……。しかし、支配者の選定を行う“ロワゾ・ブルー”の一員であったヴェルヌ家は、男を婿として迎え入れた。時代の転換期、主役となるものは新たなる技術であると考えたからだ。何よりも、シフルの夫であるその男は、遺伝子品種改良を専門にしていた。自分の子供でそれを人間で実験できるというのなら、それは男にとっても好都合だった。
そうして、レイナは“後継者”として試験管の中で作られた。それは、宇宙移民者達が過酷な世界を生きるために生み出した技術の悪用とでもいうべきものだったかもしれない。当時、宇宙コロニーでの出産には大きな危険が伴っていたが故にできた技術を、自分の望んだ子供を作るために応用する……ヴェルヌ家にとっても、ロームフェラ財団に名を連ねる貴族だからこそ、その事実を隠匿し揉み消すことで実現可能だった。もしこれが外に知れたら、ヴェルヌ家は貴族としての地位を追われることになっただろう。それでも、“ロワゾ・ブルー”という後ろ盾がそれを可能にした。
そして、レイナ・ヴェルヌは生まれた。次の“ロワゾ・ブルー”を受け継ぐものとして。
しかし、試験管の中で遺伝子を操作されて生まれたレイナには、欠陥があった。
試験管の中で、遺伝子改造を施され生まれたレイナは、他の人間よりも遥かに虚弱だった。このままでは10を越せない。そう、医師に診断されるほどに。
そこで、レイナの父はレイナに改造を施した。心身の健康維持が目的だった。
自ら施した遺伝子改造が娘の虚弱の理由だというのも、男を突き動かした理由だろう。ありとあらゆる生存の可能性を探り、幼い娘の体を調べ上げた。
そして……レイナ・ヴェルヌが10を迎える前に、ある研究データを手に入れた。それは、モビルスーツの開発データである。
そこには、魅力的なデータが記されていた。
機械化された身体を制御するプログラムだ。モビルスーツのパイロットが戦闘で受ける身体ストレスすら緩和・欺瞞できるシステム。その前身と言えるシステム。
開発者は異端の科学者ジェイ・ヌル。地球圏統一連合の試作型戦闘用モビルスーツ・トールギスを開発した研究者のうちひとり。彼が学生時代に組んだプログラムを応用したもの。それは、男にとって娘を救う希望だった。
男はそれを解析し、開発し、ひとつのソフトウェアとして完成させ、娘の中に組み込んだ。万が一にでも破損しないよう、チタンを肋骨に偽装して付与した。そして、システムが起動すると脳が影響を受けるように娘の身体を調整し……結果として娘は、レイナ・ヴェルヌは健康体になった。10を越えることができた。
しかしレイナ・ヴェルヌは、今度は幻覚に悩まされた。男は気づいていなかったが、このシステムは脳に信号を送る緩和・欺瞞装置であると同時に、高速演算装置だった。自分の脳とは別の部分から、演算の結果が脳に伝わる。それは、レイナ・ヴェルヌに幻覚を見せてしまう。
そして、10年前……シフル家はノーリ家息女の誕生日パーティに出席し、そこでレイナ・ヴェルヌは……何かを見た。その何かに突き動かされるようにして、拳銃を取り出した。銃を握ると、心地のいい無がレイナ・ヴェルヌを突き動かした。
宇宙に、静寂を。そんな声が、聞こえた。
そして、パン。という音が弾けた。
レイナ・ヴェルヌが自分の意識を取り戻すと、男が倒れていて、女の子が泣いていた。自分とそう変わらない年頃の女の子だった。
「パパ……パパ!」
「ね、ネメア……」
そんなやりとりが聞こえて、自分が持っていたものの正体に気づいて……悲鳴をあげた。
そして、そのままレイナ・ヴェルヌは逃げるようにその場を離れ……システムが命じるものを殺した。システムが命じるもの。命を脅かすもの。命を奪うもの。即ち、自分自身を。
自殺だった。ビルからの飛び降り自殺。シフルと夫がそれを目撃した時、レイナ・ヴェルヌは既に、まるで潰れた昆虫のような姿になっていた。
しかし、それでも。システムは生きていた。
システムの中には、レイナの記憶が……記録が残されていた。男は……シフルの夫は、レイナ・ヴェルヌの父は、システムを拾い上げ、今度こそ間違わないと誓い……ひしゃげた娘の肉片からクローンを作り上げ、目を覚ます前にシステムを取り付けた。クローン技術も一部の貴族階級の人間の中には認知されていたものだ。自分が病に侵された時に、スペアとして臓器を提供するクローン人間。民衆に知れたら間違いなく非難を浴びるであろう倫理的な問題を孕む技術。それを、娘の再生のために使った。
遺伝子組み換え、クローン。そして、システム。それら禁忌の技術の集合体。それが、レイナだ。レイナには、レイナ・ヴェルヌの記憶がある。システムが、教えてくれる。だから、目覚めた時からシフルの娘だった。そして……生まれながらにシステムと……ゼロシステムと共存していたレイナには、ある才能があった。
未来予測。加えて、あらゆる犠牲を容認して目的を達成する非情さ。
それは、シフルの思惑とは別に、“ロワゾ・ブルー”に有益な才能だった。即ち、殺しの才能。ヴェルヌ家は、レイナを暗殺者として育てることを決定した。そこに、遺伝子上の母であるシフルの意志はなかった。
レイナは、最高の戦闘マシーンだった。命じられたものを仕損じたことは一度もなかった。ただの一度を除いては。
サンクキングダムに派遣されたレイナは、王女リリーナ・ピースクラフトの暗殺を命じられていた。完全平和主義の抹殺。それが“ロワゾ・ブルー”の目的。しかし、サンクキングダムでレイナは、恐ろしいものを見た。
二対の翼と巨大なバスターライフルを持つガンダムと、悪魔のような羽根を持つガンダム。まるで天使と悪魔の激突だった。
その二体の激突を見ているうちに、レイナの中で何かが悲鳴をあげた。そして、システムはショートを起こし、記録回路の一部を破損。倒れたレイナは、フュンフに拾われる。
…………
…………
…………
「これが、わたしなの。わたしは、最初から“ロワゾ・ブルー”のために作られた兵器だったの。ねえ、ネメア……?」
話すレイナの瞳は、涙の雫を浮かべていた。ネメアは、無言でただ、レイナの話を聞き続けていた。
ずっと探していた、パパの仇。それが今、目の前にいる。だけど、
「……ネメア、わたしを殺して。わたしを殺したら、次はお母さんを。そうすれば、ネメアは自由になれる」
レイナは、懇願する。シフル・ヴェルヌは、レイナの隣でただ微笑む。まるで、うちの子やんちゃで困ってしまいます。とでもいうかのように。
「…………」
俯いたまま、ネメアは何も答えない。
「ねえ、ネメア……どうして。どうして、殺してくれないの?」
「……レイナ」
ネメアは、レイナから渡された拳銃を愛する人に向ける。そして、愛する少女は安心したように微笑む。
「……レイナ、ずるいよ」
しかし、その銃口は誰に対しても火を噴くことはなかった。
「……レイナは、自分だけ楽になろうとしてるだけじゃない。ふざけないでよ」
俯いたまま、ネメアはそう吐き捨てた。
「…………そう」
ネメアの言葉を聞いて悲しそうに、レイナは呟いた。そして、踵を返す。
「……わたし、行かなくちゃ」
「…………」
それを追う力は、ネメアにはない。
「……ネメア、バルベルデで待ってる」
そう言い残して、レイナはまた遠ざかっていく。シフル・ヴェルヌは俯くネメアと、その様子を後ろで見守るエリザに一礼してレイナに続く。それを見送って、腰が抜けたようにネメアは崩れ落ちる。
「……お嬢様」
そこでずっと沈黙を守っていたエリザが、ようやく声を上げ、ネメアのそばまで駆け寄る。
「エリザ……私、どうすればいいの?」
エリザはただ無言でネメアを優しく抱きしめる。エリザにも、それ以外何を言えばいいのかわからなかった。
ネメアは、エリザの胸の中で声を上げて泣き叫ぶ。その慟哭を嘲笑うように、雨上がりの快晴は晴れ晴れしかった。
TIPS
レイナ・ヴェルヌ
シフル・ヴェルヌとその夫である日系男性の間に生まれた娘。“ロワゾ・ブルー”の次世代を担う、「支配者」として作られた子供。しかし、自身の中に搭載されたゼロシステムに耐えきれず発狂・自殺してしまう。
彼女の記憶はゼロシステムの中に残っており、そのゼロシステムを組み込んだクローンとしてレイナは生まれた。