新機動戦記ガンダムW~scarred Leo-   作:元ゴリラ

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TIPS
ゼクス・マーキス
元OZのパイロット。「ライトニングカウント」の異名を持つOZの中でもエースの中のエースだった。
ガンダムのパイロット達との戦いの中で己の甘さを恥じ、己の甘さに訣別すべくヒイロ・ユイと一騎打ちを行う。
その正体はサンクキングダム王子ミリアルド・ピースクラフトであり、強者と弱者という人を二分してしまうものを排除すべく、宇宙コロニー革命軍「ホワイトファング」の代表となり、「EVEWARS」を起こした。
戦後、行方不明になっている。

トールギス
ゼクス・マーキスがガンダムに対抗するために封印を解いた戦闘用モビルスーツのプロトタイプ。単騎でのあらゆる戦闘能力の限界を突き詰めた結果、扱えるパイロットがいないとされていた。
特にスーパーバーニアは直進加速で15Gに及ぶ重力加速度がパイロットを襲い、およそ普通の人間には扱えない。
ゼクスはこの機体に殺されかけながらも使いこなし、愛機とした。
また、トレーズはこの機体の予備パーツから2号機、3号機を作り上げ、2号機はトレーズが搭乗し運命を共に。3号機は封印され、主人の訪れを待っている。


獅子の心臓となりて

 スピン・ノーリが目を覚ましたのは、見知らぬ天井でのことだった。

 視界が、おかしい。右半分が見えていない。今まで感じたことのない不自由さだ。

 

「私は…………っ!?」

 

 意識が覚醒していくことで右半分が見えていない理由を、そこではじめて理解する。開かなかった。本来なら神経と繋がって自分に光を与えてくれるものが、そこになかった。それを今、焼けるような痛みが教えてくれる。

 

「っ……くっ……!」

 

 だが、悲鳴をあげたりはしない。それはノーリ家当主としての、或いはスピン・ノーリという女としての意地だった。意地でも、泣き喚いたりしない。泣いていいのは、妹の方だ。自分は、ノーリ家の長女だ。妹が、ネメアがどんなに涙を流していたとしても、自分は泣かない。その分、ネメアが泣けばいい。素直に泣ける子になってほしい。だから、スピンはその痛みに歯を食いしばり、呻き声を上げながらも泣き声だけは上げなかった。そしてまだ光を映し、自分に視覚情報を与えてくれる左目で自分がどこにいるのかを探る。

 そこは、倉庫のようだった。自分が寝かされていたのは粗雑なソファ。そこに薄い毛布一枚掛けられていた。その埃っぽい倉庫に、モビルスーツが一機。ハンガーに立てかけられている。黒いリーオーだった。しかし、ネメアのものではない。ネメアのそれよりも、黒い。あえて表現するならば、影色とでも言うべき黒いリーオー。いや、よく見るとその形状はリーオーにこそ似ているが、違う。

 まず、頭部にはトサカのようなものがついていた。そして、異様に大きなバックパックバーニアを背負っている。それは、見覚えがあった。

 たしか、トレーズからもらったモビルスーツのデータにこのような装備があったはずだ。しかし、それはここがどこで、自分が何故助かったのかという最も重要な情報に繋がらない。

 

「いや……」

 

 このモビルスーツの持ち主に、助けられたのか。ソファから起き上がり、自分の身体を確認する。右目が見えない事以外、身体の不備はないらしい。所々痛むし怪我はしているだろうが、立って歩ける程度だ。最も、右目が見えていないせいで歩くのも一苦労だが。

 

「……気づいたか」

 

 男の声がした。年若い、しかし少年という時期は過ぎ去った男の声。その声にスピンは、聴き覚えがあった。

 

「……お前は」

 

 スピンよりも色素の強い、鮮やかな金髪。180近い長身のスピンは大抵の男は見下ろせるが、この男はそれに迫り、越える長身。それに服の上からでもわかる筋肉質からは、常に己への鍛錬を欠かしていないことが伺える。深々とサングラスをかけているが、そこにある青い瞳と鷹のように鋭い眼光を隠しきれていない。そんな金髪の男。

 

「友の機体を悪用している輩がいると、風の噂で聞いてな。調べていたら君の屋敷に辿り着いた。既にガンダムは飛び去ったようだが……」

 

「それで、死にぞこなった私を助けたのか」

 

 自嘲気味に、スピンは呟く。

 

「……私は、どのくらい寝ていた?」

 

「3日だ」

 

 この男は、あまり言葉を飾らないらしい。表舞台ではそれなりに華美な言葉で人々を先導していたが、どうやらこちらの方が男の素の性格なのだろう。

 

「……ネメアは?」

 

「屋敷が崩れた翌日に、ここを発ったらしい。方角は、ルクセンブルクの方だったはずだ」

 

「そうか……」

 

 男はインスタントの珈琲をマグカップに濯ぐと、スピンに渡す。

 

「一応、知り合いの医者に診てもらった……その目は、もう快復の見込みはないらしい」

 

「……やはり、か」

 

 きつく包帯が巻かれているのが、今ならわかる。これはおそらく、外傷を隠す為。そして傷が治っても、目玉の方はもう……。感傷に浸るのは趣味ではなかったが、スピンは男の淹れた珈琲で痛みを誤魔化すことにした。

 

「……不味いな」

 

 インスタントも進化していると聞いてはいたものの、エリザの淹れるそれには遠く及ばないことを実感する。甘味と苦味の絶妙なエリザの珈琲に比べると、インスタントはまるで泥の苦みだとスピンは思った。

 

「あまり期待しないでくれ。私も人に振る舞うのには慣れていないのだ」

 

 そう言いながら、男もインスタント珈琲を一口、啜る。あまり美味そうという感じではないが、この埃っぽい倉庫で壁にもたれかかりながらインスタントの珈琲を飲む姿は、なぜか絵になっていた。

 

「ここは?」

 

「私のセーフハウス。そのひとつだ」

 

 セーフハウス。つまりは隠れ家。たしかにこの男が今日まで一年間表社会に顔を出さずに過ごしてきたのなら、こういう場所はたくさんあるのだろう。とスピンは納得する。パリからそう遠くない場所……或いはパリに、その一つがあってもおかしくはない。

 そして、それを用意してくれる人脈はたしかに、この男ならあって当然だ。

 そうなると、次の疑問はこの男がなぜ表舞台に出ないかだ。確かに、男は今歴史の表舞台に立つには影響力がありすぎる。しかし、市井に紛れて生きるというならともかく、こうして歴史の影で活動するというのなら、相応の理由があるはず。

 例えば、そう。“ロワゾ・ブルー”のような。だから、スピンは確認のために聞いてみる。

 

「……お前は、これからどうする?」

 

 この男が、ネメアと“ロワゾ・ブルー”との戦いに加わってくれるならば心強い。そう、スピンは思っていた。逆に、この男が“ロワゾ・ブルー”側ならば、ネメアに勝ち目はないだろうとも。しかし、彼が“ロワゾ・ブルー”の一員である線は限りなく低い。そして、戦いに加勢してほしいと誘っても男が首を縦には振らないことはもう感づいていた。そしてその予感を肯定するように、男は語る。

 

「この件が“ロワゾ・ブルー”絡みであることは、調べがついている。当然、君がその一員……それも幹部と言っても差し支えない地位にあったこともだ。だが、“ロワゾ・ブルー”の件に関しては君達に任せたい。私もまた、ある人物を追っている最中でね」

 

「……ある人物?」

 

「……トレーズの亡霊、とでも言えばいいだろうか」

 

 男は珈琲の入ったマグカップを簡素なテーブルに置き、倉庫の小さな窓から空を見上げる。

 秋にしては星の綺麗な、夜空だった。星々が、瞬き合っている。

 

「……トレーズの亡霊、だと?」

 

「ああ。私とトレーズがこの世界から消し去り忘れたものだ。おそらく、“ロワゾ・ブルー”も通じているだろう」

 

「…………」

 

 そんな話は、スピンも聞いたことがなかった。いや、元々“ロワゾ・ブルー”は司祭様……シフル・ヴェルヌと、元老院と呼ばれる歴代の代表者達の意向が大きい組織である。重要な事項であっても、司祭様と元老院以外はその詳細を知らないということも多かった。

 例えば、「システム」と呼ばれている少女。あれが父オルト・ノーリを殺害した“ロワゾ・ブルー”の工作員であり、リリーナ暗殺に失敗してロスト。その後、記憶喪失の状態で発見されたということは知っていた。司祭様がそれを取り戻そうとしていて、そのために構成員の何人かを失ったことも。司祭様はネメアに真実を教えると言って「システム」をロンドンまで輸送させた。しかし、ネメアの父の仇が「システム」であると知るエリオット男爵は「システム」を破壊して全ての真実を闇に葬ろうとした。

 エリオット男爵は、“ロワゾ・ブルー”の暗部を指揮する権限を持っていた。「システム」をロストしたサンクキングダムでも、実行指揮を執っていたのはエリオット男爵だ。おそらく、真実を知ったネメアから報復されるのを恐れて口を封じようとしたのだろう。しかしその結果、エリオット男爵は司祭様が送り出した兵隊に処刑された。それが、スピンの知る一連の流れである。

 だがなぜ記憶のない「システム」を司祭様はそこまで頑なに取り戻そうとしていたのか、そもそも「システム」とは何なのか。それをスピンは知らされていなかった。

 だから、あの時ネメアと一緒にいたいと、共に戦いたいと言った少女の言葉が……「システム」などと呼ばれている存在から放たれたということに衝撃を覚えそして……彼女とネメアのために死のうと思った。

 だが、スピンは今こうして生きている。

 立ち上がって、歩いてみる。やはり、右目が見えないせいでフラつく。しかし、やらなければいけない。

 

「……お前が“ロワゾ・ブルー”と戦わないなら、私が行くしかないか」

 

 目の前にいる男は、明らかに自分よりも真実に近い。そうでありながら、“ロワゾ・ブルー”ではなく“トレーズの亡霊”とやらについて調べている。おそらく、そちらの方がより深刻な脅威なのだろう。或いは、トレーズという名前が男にとってそれだけ特別な意味を持っているのか。どちらにしても、スピンのやることは変わらない。

 

「どうするつもりだ?」

 

「元はと言えば、私が全て悪いのだ。真実を知りながら、私はネメアにそれを隠していた。そしてネメアは今、戦っている」

 

 もしも、あの時。“ロワゾ・ブルー”などという組織を受け入れなければ。ネメアと共に父の仇を討とう。そう、シフル・ヴェルヌと戦っていれば。スピンは“ロワゾ・ブルー”に恭順する傍らで常に、そう思い悩んでいた。だから、いつかネメアが真実を知った時のための力をルクセンブルクに残しておいた。だが、それを持って共に戦っていれば、今ネメアもスピンもこんなことにはならなかっただろう。だから、

 

「せめて、この命を愛する妹のために使いたい。そう思うのは……姉の傲慢か」

 

 それでもいい、と思った。たとえ傲慢でも、最後まで獅子として生きる。それが、スピンにできる唯一の贖罪なのだと。

 

「ああ、傲慢だな。しかし、それを責める権利は私にはない。……私にも、妹がいてね。身勝手な兄に替わり、多くの責任を負ってくれた妹が。あの子のためなら、私はいくらでも命を差し出すだろう」

 

 そう言って、男は笑う。

 

「モビルスーツの操縦経験は?」

 

「ない」

 

 スピンが答えると、男は「だろうな」と言って倉庫の中に立てかけられている、黒いリーオーもどきを指差した。

 

「これを使うといい。最低限の指示を出すことで、プログラムが細かい動きをしてくれる。モビルドールを応用したサポートデバイスプログラムが組み込まれている」

 

「……いいのか?」

 

「ああ。もしものために作っていたが、私には不要の代物だからな。だが、コクピットではこの耐圧服を着てくれ。でないと、死ぬ」

 

 男がそう言って取り出したのは、いわゆる宇宙服のようなヘルメット装着型の耐圧服。しかし、従来のものよりもはるかに大きい。

 はっきりと言えば、格好悪かった。一瞬、スピンは顔をしかめそうになるが……そんな自分に呆れて笑う。

 

「一度は死んだ命だ。死ぬことは怖くないが……何もできずに死ぬのは私も御免だな」

 

「賢明だ」

 

 言葉を交わし、スピンはその耐圧服を受け取る。ずっしりと重かった。おそらく、コクピットで着てコクピットで脱ぐことを想定している。そういうレベルの重さ。

 

「このモビルスーツの名前は?」

 

 これから、スピンの命を預けることになるモビルスーツ。男は、その名を誇らしげに答えた。

 

「我が愛機の魂を受け継ぎし獅子……トールギス・ファントムだ」

 

 トールギス・ファントム。亡霊の名を与えられたトールギス。なるほど、たしかに言い得て妙だとスピンは納得する。

 パーツの多くはリーオーだ。しかし、リーオーのプロトタイプであるトールギスのパーツを所々に組み込まれている。それが、リーオーもどきと感じた由来。或いはトールギスもどきなのだろうか。しかし、全身のシルエットはたしかにトールギスのようにも見える。漆黒の外観と相まってまるで、トールギスの亡霊に取り憑かれたリーオーとでも言うかのようだった。故に、ファントム。

 

「いい名前だ、トールギス・ファントム……。借りていくぞ。ところで、一つ聞きたい」

 

「何だね?」

 

「もし、私やネメアが“ロワゾ・ブルー”に敗れたら……奴らが新たな支配者を立てた時お前はどうするのだ?」

 

 そのスピンの言葉を聞いて、男はサングラスを外した。そこにある青い瞳と精悍な顔立ちは、たしかにスピンの知る人物だった。男は、スピンの瞳を鷹のような眼差しで見据えながら、言い切る。

 

「その時は、私が再びミリアルド・ピースクラフトを名乗ることになる。“ロワゾ・ブルー”を相手に、去年のクリスマスイブを再現することになるな」

 

「そうか……それは、負けられんな。世話になったな、ミリアルド・ピースクラフト」

 

 耐圧服を抱えながら、スピンはエレベーター式のコンベアでトールギス・ファントムのコクピットまで上がり、ハッチを開く。そして耐圧服をそこへ放り投げた。

 

「今の私は、ゼクス・マーキスだよスピン・ノーリ。同じ死に損ないとして、君の戦いに祝福を」

 

 フッ、とスピンは笑う。同じ死に損ないか、と。コクピットの中で耐圧服を着て、ヘルメットを被る。すると、ヘルメットにはたくさんの情報が表示されていた。その情報を元に、モビルドールを応用しているというプログラムとやらに指示を出す。そういう仕組みなのだろう。

 

「感謝するぞ、ゼクス・マーキス。トールギス・ファントム、出るぞ!」

 

 トールギス・ファントムがバックパックの巨大なバーニアに火を付ける。そして、倉庫の扉が開くと、瞬く間に加速し飛び去っていった。

 

「……スピン・ノーリ。死ぬなよ」

 

 珈琲を飲み干して、男は……ゼクス・マーキスはこのセーフハウスを後にする。

 2ヶ月後、ゼクスはたしかにトレーズの亡霊とも呼ぶべき敵と対決することになる。その場には彼にとって宿命の相手であるガンダムのパイロット達もいたが、ゼクスや彼らの戦いは、また別の話。

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

 晴れ晴れとした空を、こんなにも恨めしいと感じたことはない。エリザは洗濯物を乾かしながら、そんなことを思う。

 

「ネメアお嬢様……」

 

 あのレイナとの別れの後、ネメアはずっと塞ぎ込んでいる。それなのに、自分には何もできない。それが、もどかしい。せめて自分にできることをして、ネメアお嬢様を支えよう。と思い、エリザは「アイアス」に溜まっていた洗濯物を別荘の庭で乾かしている。自動乾燥機が「アイアス」には備えられていたので、普段はこれを使っていたのだろう。しかし、今日くらいは日光に当ててもいい。そう思い、エリザは洗濯をはじめた。

 

「……レイナちゃん」

 

 わかっている。これも一種の逃避行動だと。ここで家事に精を出すことは、決してネメアの心を救いもしない。レイナを取り戻すことにもならない。それでも、2人の心の問題である以上、エリザには大したことはできない。何も、言えはしない。

 

「……スピンお嬢様なら、こんな時どうしたんでしょう」

 

 スピン・ノーリ。エリザの愛するご主人様。あの人なら自分にできないことも、できたのだろうか。そんなことをふと思い……そしてスピンがもういないことに、急な実感が湧いてしまう。

 

「私……役立たずですね」

 

 ネメアの戦いに着いて行きたかった。なのに、いざ着いて行ったらこのザマだ。

 自分には、何もできない。ネメアのために、命を賭けると誓っているのに。

 ネメアと、レイナの家族なのに。

 スピンは、こんな自分を見てどう思うのだろうか。笑うだろうか。それとも失望するだろうか。慰めてくれるだろうか。捨ててしまうだろうか。こんなにも暗澹とした気持ちになるのは、ポジティブに生きることを心がけているエリザにとって滅多にないことだ。それこそ、旦那様……オルトが殺された時以来かもしれない。

 しかも、その仇が。

 

「レイナちゃん……」

 

 正確には、レイナではない。レイナ・ヴェルヌという、レイナというクローンの元になった人間。しかし、レイナ・ヴェルヌのメモリーはゼロシステムとやらの中に記録されており、そのシステムはレイナの中に移植され残っている。

 だとしたら、レイナとレイナ・ヴェルヌに違いはあるのだろうか。

 少なくとも、レイナは自分の中にあるレイナ・ヴェルヌの記録を自分の記憶といて認めている風だった。でなければ、あんな風には言わない。

 レイナを殺す。それがレイナにとっても、ネメアにとっても幸せなことなのだろうか。

 

「…………」

 

 洗濯籠から洗濯物を取り出しては、干していく。エリザが手に取ったそれは、レイナが着ていた水色のワンピースだった。この秋には少々肌寒そうなワンピース。

 

「私は……」

 

 レイナがどれだけいい子なのか、エリザは知っている。ネメアのことが大好きで、ネメアのために自分のできることをしたいと思っていて、甲斐甲斐しくて、いじらしい女の子。それが、あんな風に。

 ネメアには、レイナを殺せない。それはエリザが一番よくわかっていた。ネメアお嬢様は、内気で優しく、人懐こい女の子だった。今でも、本質は変わっていないと思う。厭世的なポーズは一丁前に取れるようになっているが、中身はあの頃のままだ。変わってなどいない。それが、再会してから数日間、ネメアの側でお仕えしたエリザの答えだ。

 ならば、せめて。エリザは洗濯物を干し終えると、「アイアス」へ向かう。そこには、昨夜修理を終えたスカード・リーオー……ローラーを搭載した黒いリーオーが立てかけられており、その時を待っている。

 黒いリーオー。ネメアの愛機。エリザは、ネメアのようにモビルスーツをうまくは扱えない。それでも、ここ数日の間に操縦方法の確認くらいはしていた。基本は、抑えた。

 

「私が……このエリザが、全てを終わらせます」

 

 優しすぎるあなたの代わりに。罪を背負います。それしか、今あなたのためにできることがないから。

 エリザは、スカードを一瞥すると、「アイアス」の運転席へ移動し、そしてエンジンをかける。

 レイナは、「バルベルデで待ってる」と言った。ここルクセンブルクからバルベルデへいく方法は、ひとつしかない。

 フィンデル空港……ルクセンブルク唯一の空港。おそらく、“ロワゾ・ブルー”はそこに向かっている。ネメアとレイナがここに辿り着く前、エリザが先んじて斥候を行った時、この森の奥に小さな教会があったのを確認していた。教会から続く道を走れば、空港も近い位置だ。

 そこに、青いバンダナを巻いた人が出入りしているのも、確かに見た。あの日、ノーリ家の屋敷にやってきたならず者達と同じだ。

 ならば、あそこが“ロワゾ・ブルー”の拠点なのだろう。レイナが向かった方角とも一致している。空港へ向かわれたら厄介だ。急がなければ。

 

(お嬢様に代わり、私が……)

 

 そこに乗り込んで、自分がレイナを殺す。

 きっとこれは、ネメアへの裏切りなのだろう。とエリザは思う。それでもネメアも、レイナもエリザにとってはかけがえのない家族なのだ。だから……。

 家族のことに口を挟み、手を出せるのは、家族だけだ。エリザは、無言で「アイアス」を飛ばす。元が軍用のトレーラーなだけあって、速い。

 おそらく、自分は死ぬだろう。何せ敵地のど真ん中に、一人で殴り込みに行くのだから。しかも自分はモビルスーツの操縦は素人ときたものだ。それでも、自分がネメアのために……レイナのためにできることは、これしかない。

 主人を乗せず、「アイアス」は走る。鬱蒼とした、木々に囲まれた山道を。道中、エリザは音楽プレーヤーを起動した。陽気なダンスミュージックが「アイアス」の中に流れる。エリザの生まれたコロニーで流行った音楽だ。争いや揉め事ばかりで、いつも戦争をしているようなコロニーだった。だけど、そんな場所でも音楽だけはエリザを励ましてくれた。あの頃の気持ちを、思い出す。

 

「あっ……」

 

 そういえば。

 ネメアお嬢様の今日のお食事の準備くらい、していけばよかった。トレーラー走らせ、陽気な音楽に肩を躍らせながらエリザは、そんなことを思った。

 

 

…………

…………

…………

 

 

「……おいおい、どうしてここにガンダムがいるんだ?」

 

 トレンタが教会に戻ってきた時、最初に見たのはカルキノスを爆砕した緑色のガンダム……ヘラクレスだった。

 あの爆発の最中、トレンタは脱出したら死ぬことを本能的に理解した。そこで、コクピットの中で対ショック姿勢を取り、爆発の中で息を殺し耐えることを選んだ。

 結果として、自分を仮死状態にして息を止め一酸化炭素中毒の危険抑え……そして幸運にもコクピットブロックは爆発の中を耐え抜いた。

 もし、カルキノスのコクピットがあの時貫かれた胴体の近くだったなら、命はなかっただろう。頭部にコクピットがあったおかげで助かった。そして命からがら退散し戻ってきたわけだ。しかしそこには因縁の相手がいて、トワリのガンダムと並び仲良くメンテナンスを受けている。

 この状況は、面白くない。何よりシフルにどう報告するべきかわからない。

 

「……遅いじゃない負け犬」

 

 そんなトレンタの背後から、声がする。少女の声。トレンタは聞き慣れたその声に振り向くと、そこには憮然とした態度で緑のガンダムを睨むトワリの姿があった。

 

「……トワリよぉ、負け犬ってのはどういうことだ?」

 

「レイナから聞いた。あんた、カルキノスをダメにしたくせにむざむざ生きて帰ってきたんだね。ダサい」

 

 明らかに、棘のある言葉。それを反抗期のガキの挑発と無視して、トレンタは話を続ける。

 

「レイナってのは、あのガンダムに乗ってた奴の名前か」

 

「そ。レイナ。或いは「システム」と私達に教えられてたサイボーグ……。司祭様の娘だって」

 

「ほぅ……」

 

 シフル・ヴェルヌの娘か。それならばあの異常な強さも納得する。そうトレンタは緑のガンダムを眺めながら思う。

 トレンタがシフル・ヴェルヌと出会ったのは、戦場でだった。トレンタはバルベルデ大統領軍、シフル・ヴェルヌは連合軍……いや、正確にはOZという組織の中の、“ロワゾ・ブルー”が統制する一部隊。当時の将軍トレーズ・クシュリナーダの指示で始まったバルベルデ戦争で、トレンタとシフルは敵味方だった。そこでトレンタは……シフルに敗北した。

 あの時の屈辱を晴らすために、トレンタはシフル・ヴェルヌを追い続けた。そして、出会い……シフルはあろうことかトレンタを勧誘した。

 それは、とても魅力的な誘いだった。「戦争を起こして世界をコントロールする」「そのためには世界を正しく導く支配者が必要」つまり、戦争のための戦争をしてもいいといっているのだから。

 それから、トレンタはシフルに雇われた。世界を戦争に満たす支配者を生み出すために。それがシフル・ヴェルヌ本人のことなのか、それとも別のだれかのことなのかは知らないし興味もないが……その支配者が生まれた時に改めてシフルと戦えばいい。

 トレンタという男は、戦争が好きだった。戦争には夢がある。勝者と敗者を分かち、勝者は敗者を徹底的に蹂躙し凌辱し、貶めることができる。希望がある。兵器を作れば金ができる。金ができれば生活は潤う。その証拠に作物すら碌に供給されない貧乏な国でも、武器だけは蓄えて子供に銃の撃ち方を教えることで経済を行ってきた。経済が回れば、さらに戦争ができる。そうすればまた夢も希望も広がる。

 何よりも、戦場にはスリルがあった。

 モビルスーツという存在は、畏怖すら感じる。人の似姿のように頭と胴体と、四肢を持ちながら、その15mを超える巨体を持っている。しかもガンダムというやつは目と口に似たものまで持っている。まるで神話のティターン。その中に入り、自身をモビルスーツの一部にすると、自分自身がティターン神族のひとつになったように感じる。その万能感。そして敵のモビルスーツと戦うということは極上のドラックと酒、セックスにも勝る快感だ。だから、戦争はやめられない。

 「EVE WARS」以後、世界は恒久平和を目指して動き出しているがそんなものは戦争の快感に劣る。平和などクソ喰らえだ。そう、トレンタは考えている。

 そして今、トレンタの前には自分に屈辱を与えてくれたガンダムがいる。こいつと、こいつに乗る女を完膚なきまで蹂躙するのは楽しいだろう……そんな想像をしてしまう。

 

「……トレンタ、一応そいつは味方だからね」

 

 何を考えているのか筒抜けだったのだろう、トワリが咎めるように言う。

 

「ああ、今はな」

 

 そう、今は。世界に新たな支配者が生まれて、戦争が始まればもう“ロワゾ・ブルー”にいる理由もなくなる。その時に、母娘共々手にかけてやろう。それは、トレンタという男にとって最高級の仕事へのモチベーションだった。

 

「戻りましたか、トレンタ」

 

 トレンタとトワリの前に、シフル・ヴェルヌと見知らぬ少女がやってくる。おそらくは、そいつがレイナ……シフルの娘とやらだろう。シフルと同じ修道服を着ている。いや、着せられているというのが正しいかもしれない。

 

「司祭様よぉ、すまねえな。カルキノス一台お釈迦にしちまった」

 

 一応、申し訳程度に謝罪をする。勿論、心などこめていない。自分とシフルの間にあるのは、そういう信頼関係だ。シフルはそれを聞き、頷くと、隣の少女……レイナの髪を撫でながら微笑む。トワリが、ムッとしているのにトレンタは気づいた。

 

「カルキノスは惜しいですが、代わりはあります。それに、レイナが戻ってきたのならカルキノス一台の価値はありました。よくやってくれましたね、トレンタ」

 

 自分が負けるのも、想定のうちということだろうか。シフルの物言いは気に食わないが、それに文句を言うような関係ではない。トレンタは、話の続きを促す。

 

「それで、「システム」とやらの回収は終わったんだろ。これからどうするんだ?」

 

 その言葉を聞いて、シフル・ヴェルヌはにこやかに微笑んだ。

 

「バルベルデに行きます」

 

「バルベルデだぁ?」

 

 それはトレンタにとってもトワリにとっても、懐かしい名前だった。トレンタは意外そうな声を上げ、トワリは心なしか肩が震えている。シフルが二人の様子を見て、説明していく。

 

「現在、バルベルデは統一国家に認定されていますが……それは表向きの話。連合主導のあの戦争で大統領軍を討伐して、あそこの軍事施設は全て“ロワゾ・ブルー”のものとなっています」

 

「……ほう」

 

 噂には聞いたことがあった。バルベルデ戦争は、“ロワゾ・ブルー”の思惑でトレーズを支配者として相応しいか試すための戦争だったと。どうやら、あながち間違いというわけでもないらしい。

 

「だがよ、統一国家はモビルスーツの解体を国家に迫ってる。バルベルデでも当然査察はあったんじゃないのか?」

 

「……あそこには今、元老院が居を構えている」

 

 成る程。とトレンタは納得した。元老院の老人どもがいるのなら、彼らは統一国家でもそれなりに発言力のある重鎮ばかり。統一国家のリリーナ・ドーリアン外務次官らも迂闊には手を出せないというわけか。

 

「……それで、バルベルデで何をするの?」

 

 トワリが訊く。シフルは、その微笑みを崩さずに答えた。

 

「……元老院を排除します。クーデターです」

 

「…………!?」

 

 隣でずっと黙っていたレイナが、シフルを糾弾するように睨む。トレンタとしても、その答えは説明不十分だった。

 

「……理由を聞かせてもらおうか?」

 

「元老院は、既得権益の拡大のために“ロワゾ・ブルー”やロームフェラ財団を利用していた。その結果が昨年のあの戦争です。人々は平和などという鎖に飼われることを望み、元老院と共に腐敗の道を辿っている……これは、粛正です」

 

「……つまり、こうか。既得権益の拡大を望んで元老院は、ロームフェラ財団の力を制御しなかった。その結果トレーズ派との内紛や、ホワイトファングとの戦争が起こり、民衆は戦争に懲りちまった。そう言いたいんだな?」

 

 世界大戦などは“ロワゾ・ブルー”の本来望むところではない。小規模な戦争を起こし続け、世界中で小さな火種が撒かれ続けている状況こそが正しい世界支配……。しかし、元老院の怠慢は世界大戦にまでそれを発展させてしまった。その責任を取ってもらう、ということだろう。そうトレンタは理解する。

 

「……司祭様よ、一応確認するがもう次の支配者は決まってるのか?」

 

「ええ、候補は絞り込んでいます。一つはコロニーに。もう一つは……ここに」

 

 そう言って、シフルは娘の方を慈しむような目で見やる。

 

「……ははっ。あんたは自分の娘を支配者に祭り上げて、その傍らで自分が世界を支配するつもりかい?」

 

 皮肉げに、トレンタは笑う。しかし、その皮肉がシフルには通じていないようだった。

 

「ふふ。レイナは、支配者となるために生まれた子ですもの。それに……」

 

「それに?」

 

「時代は、クイーンを求めています。キングでは、民衆はついてこない。そう……トレーズやミリアルド亡き今、求められているのは女帝なのです」

 

 迷いなく、慈しみに満ちた微笑みをたたえたまま。

 シフル・ヴェルヌはそう、言い切った。

 

「ククク……ハハハハハ!」

 

 可笑しい。堪らなく可笑しい。トレンタは笑う。

 この女はとうに狂っている。いや、当たり前かもしれない。

 人間狂って結構。それこそが、戦争なのだから。

 

「いいぜ、乗ってやる! てめえらの支配する世界で、俺にたくさんん戦争をさせてくれ! そして……あんたら親子をいつかやってやる。その時までその首、預けておくぞ」

 

「ええ、ありがとうトレンタ」

 

 シフルがそう言って笑うと、そこにいた者達……トレンタとトワリ。それに、レイナを見回して宣言する。

 

「それでは、私とレイナ、トレンタは出撃の準備を。トワリにはここで待機を命じます」

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

「…………え?」

 

 一瞬、トワリは何を言われたのか理解できなかった。

 

「聞こえませんでしたか、トワリは待機です」

 

 シフル・ヴェルヌは……司祭様はそう、言い放つ。

 

「どうして、ですか?」

 

 私が、弱いから。そんな思考が、脳裏を過る。

 「システム」を……レイナを手に入れて、もうトワリがいらなくなったから。そんな想像をしてしまう。

 司祭様……シフル・ヴェルヌは、そんなトワリの心を見透かしているかのように言葉を紡いだ。

 

「いいですかトワリ、あなたのウイングガンダム……スターダストなら、後からこちらに単機で追いつけます。そして、バスターライフルは私達の切り札です。もしもの時、あなたと“スターダスト”が必要になる。それと……おそらくネメア・ノーリがきます」

 

 ネメア・ノーリ。その名前にトワリとレイナはピクリと肩を震わせた。

 

「お姉ちゃんが……?」

 

「あなたの仕事は、ここに来たネメアの相手をすることです。殺しても構いません」

 

「お姉ちゃんを、殺す……?」

 

 そう、トワリが呟いた時だった。

 

「ダメッ!」

 

 ずっと黙っていたレイナが、そう叫んだのは。

 

「お母さん、ネメアは殺さないで!」

 

 泣きつくように、レイナはシフルにせがむ。その様子にシフルは「あらあら」とでも言わんばかりに困ったような仕草をする。

 

「いいですか、レイナ。ネメアはあなたを殺してくれなかった嘘つきなんですよ」

 

「違うっ! ネメアは……」

 

 何かを言おうとして、言葉に詰まるレイナ。

 

「ネメアは……私を……」

 

 その様子を見て、トワリは目を細める。先程の動揺など、どこかへ行ってしまったかのに冷たい風が、トワリの中で吹き荒ぶ。

 

「……レイナは、ズルい」

 

 その風に吹かれるままに、そう毒づいた。

 

「……ズルい?」

 

 どうして、と言わんばかりの顔をしているレイナが、トワリには腹立たしい。言わなければわからない愚鈍さが憎たらしい。

 

「……あんたは、私のほしいものを全部持ってる。あんたがいると、私のほしいものは何も手に入らない」

 

 そう言って、トワリはレイナに背を向けるようにして歩き出す。

 

「待機命令、受領しました」

 

 それだけ言って、トワリは去っていく。レイナから、シフルから逃げるように。

 その様子に困惑するレイナと、何が可笑しいのかクスクスと笑うシフル。ずっと黙っていたトレンタは既に、興味無さげに自分のモビルスーツへ向かっていた。

 

「輸送機の用意は?」

 

「空港に手配しています。私とレイナ、トレンタの3人とモビルスーツを3機、それだけあれば十分です」

 

 何事もなかったかのように、トレンタとシフルは作戦の話に戻っている。

 

「…………ネメア」

 

 ひとり、レイナだけは何をすべきかわからないでいた。

 

 

…………

…………

…………

 

 別荘の寝室。明かりもつけずにネメアはただ、ベッドで横たわっていた。

 

(レイナ……。レイナが、パパを殺した。私は、ずっとレイナを追っていた。だからレイナは、私に殺されることを望んだ。あの約束通りに)

 

 それがわかっていても、ネメアにはレイナを殺すことができなかった。

 共に過ごした時間が、そうさせる。

 

(私は、どうしてこんなに不甲斐ないんだろう……)

 

 レイナを殺せなかったのは、レイナを好きになっていると自覚してしまったから。

 

(レイナは、どこか似てるんだ……)

 

 あの時殺したゲリラの少女と。

 ネメアの罪。あの少女を殺して生き延びた自分。それを、繰り返さなければならないのだろうか。よりによって、レイナに。

 

「レイナ……」

 

 あの時、レイナを殺せばよかったのだろうか。そして自分もレイナと一緒に死んであげるのが、一番だったのでないだろうか。そんなふうに考えてしまう。そしてまたレイナと、あの時殺した女の子の顔を思い出して……堂々巡りしてしまう。

 レイナへの思いが、なんなのかわからない。最初は、ちょっとした好奇心だった。それはすぐに庇護欲を持ち、そんなレイナに心を救われて。かけがえないパートナーだと、思った。

 この気持ちを恋というのなら、そうなのかもしれない。違うのかもしれない。

 自分はただ、あの時殺した少女への贖罪のためにレイナを欲していたのかもしれない。だから、レイナを殺せないのかもしれない。

 そんなのは、自分勝手なエゴだ。

 

「私は…………」

 

 そんな風に、思いつめながら一人。孤独の静寂に包まれていた。

 思えば、こんな淋しさを感じるのはいつ以来だろう。

 OZを抜けて、ネメアはずっとひとりだった。だから、平気だった。

 そこにレイナがやってきて、ふたりになった。

 レイナは、静かな女の子だった。だから賑やかにはならなかったけれど、ふたりで過ごす静かな時間は、思えばとても……そう、とても幸せな時間だったとネメアは追憶する。

 ハンドルを握るネメア、隣で本を読むレイナ。玉葱を切るレイナ、鍋を温めるネメア。ふたりで作ったものを、ふたりで食べる時間。

 

「……ほんとうのしあわせ、か」

 

 それを見つけるために人は人生を費やしているのだと言うならば。なるほど確かに、幸せの青い鳥はすぐそこにいたのだろう。追憶の中でネメアはそう、思う。

 

「……チルチルとミチルのきょうだいは、青い鳥を求めて旅に出た」

 

 ジョバンニとカムパネルラは、その旅を終いの別れとした。だけど、

 

「……嫌だ」

 

 レイナとの別れが、こんな形になるなんて。それだけは、嫌だ。ベッドから起き上がり、ネメアは鏡に映る自分の顔を見る。やけに、やつれていた。

 

「……こんなザマじゃ、お姉様に笑われるわね」

 

 それは、嫌だな。そうネメアは思った。

 とにかく、顔を洗ってシャワーを浴びて……これからのことを考えなければ。そう思って寝室を出る。洗面所でシャツを脱ぎ、下着を外し、シャワールームへ。蛇口を陳ねると、熱い湯が滝のようにネメアの肌を撃ちつける。それは、心地のよい熱さだった。その熱の中で、やけに静かだとネメアは気づいた。

 エリザは、何をしているのだろう。地下の格納庫だろうか。とにかく、エリザとも相談しなければいけない。髪を洗い、汗を流してシャワー室を出て、肌に滴る露を拭きながらエリザの名を呼ぶ。

 

「エリザ、いいかしら」

 

 しかし、答えるものはない。エリザなら、呼べば必ず来てくれるのに。不審に思いながら、下着を着て洗面所を後にする。

 

「エリザ……?」

 

 エリザの声はない。いや、それだけではなかった。

 相棒のトレーラーが、「アイアス」が、駐車した場所から消えている。

 

「……!?」

 

 嫌な汗が、額を伝った。

 

「まさか、エリザ……」

 

 そう、ネメアが呟いた時。けたたましい轟音が突如ネメアの耳を刺激する。

 

「っ、何ッ!?」

 

 慌てて窓を見ると黒いモビルスーツが一瞬、空を駆け抜けていった。空中を、一瞬だけの出来事だった。だから細部の形状はわからない。しかし、その飛んで行った方に何かがある。そう、ネメアは確信する。

 

「もしかして、エリザも……?」

 

 だとしたら。ネメアはジーンズとシャツ、そしてジャケットを羽織ると、地下の格納庫へ駆けていく。姉の、スピンの残したもの。それがまだ、ひとつだけ残っていた。「アイアス」に置いたスカードと、レイナが乗っていったガンダムヘラクレス。最後に遺されたモビルスーツが。

 

「…………ガンダム」

 

 白いガンダム。ヘラクレスよりも心なしか大きい体躯。しかし、がっしりとした体格を感じる。ヘラクレスは、ネメアには動かし方のわからない機体だった。これも、そうかもしれない。それでも、

 

「……今は、力を貸して」

 

 愛する人を、これ以上失いたくないから。だから、今だけは。神にも縋るような思いで、ネメアは白いガンダムのコクピットへ入っていく。コクピットブロックが閉まると、ガンダムのツインアイに光が灯る。コクピット中央部のディスプレイが起動し、ネメアの網膜に情報を送り込んでいく。

 

「機体名……ガンダムレギュラス」

 

 レギュラス。或いはレグルス。獅子座の一等星。ネメアは、その名前に不思議な偶然を感じる。いや、このガンダムがスピンの用意したものだと言うのならば、それは偶然ではないのかもしれない。

 獅子座、つまりはリーオー。ネメアの愛機とこのガンダムは、同じ名前を持っている。獅子というものに、つくづく縁があるらしい。

 ガンダムレギュラスは、バックパックに何も装備していない機体だった。しかし、そこに追加の武装を選択することでパイロットに最適化した装備を行うシステムらしい。今はとにかく、早く。高機動タイプを選択すると、バックパックに高機動ユニットが装着される。シンプルな見た目は、装備選択の自由度を上げるためのものだったようだ。

 全ての準備が終わると同時、ガンダムのディスプレイモニタが輝き出し、周辺のライトが落ちていく。

 まるで、映画館で映画が上映される直前、視線をスクリーンへと集中させるかのように暗い中に点滅する光に、ネメアの視線は吸い寄せられていく。

 ディスプレイに、文字列が流れた。

 

『Limit and.Esperanto.Over.System』

 

「……レオシステム?」

 

 頭文字を繋ぎ合わせて、レオシステム。そのシステム起動のウィンドウメッセージ。

 ハッチが開かれ、ネメアのガンダム……ガンダムレギュラスが大地に立つ。それと同時に、ネメアの脳裏でひとつの映像が映し出される。

 

「な、何よ……これ……」

 

 ネメアの目の前で、血まみれに横たわるエリザ。そんな光景が、ネメアの脳に焼き付いた。

 

…………

…………

…………

 

 

 

 エリザが教会に辿り着いた時、既に教会は半ば廃墟のようになっていた。

 無数のリーオーやエアリーズといったモビルスーツが、屍を晒している。

 

「……レイナちゃん」

 

 レイナがやったのだろう。そう、エリザは確信しながら「アイアス」のアクセルをさらに踏む。既に速度制限は超えていた。軍用のトレーラーが、時速150㎞で突っ込む。それはつまり質量兵器だ。それが、教会のチャペル目掛けて突進する。

 爆煙が上がる。そして、煙の中から黒い、車リーオーが姿を現した。

 

「……レイナちゃん、待ってて」

 

 車リーオー……スカードのコクピットの中で、エリザは慣れない操縦を試みている。今、スカードにはガンダニュウムカーボンのマントと、右手には105mmライフル。それに左手にはガトリングガンと、両足にミサイルポッドを装備した重武装形態だ。当然、車輪の脚部への負担を大きくなり、機体への負担も大きくなるのだから、モビルスーツ戦の経験がないエリザには向かない武装であると言えた。しかし、エリザの目的は別にモビルスーツ戦ではない。

 レイナを殺すこと。それさえできればいい。

 いうなれば、この重武装は生きて帰ることを選択肢から外した特攻形態だ。

 案の定、青いウイングガンダムがエリザの前に姿を現した。しかし、ヘラクレスの姿はない。

 

「お姉ちゃん……やっぱりきたんだ!」

 

 そんな、歓喜とも悲鳴ともつかない少女の声が聞こえてくる。たしか、トワリとか言った。スピンお嬢様の仇。

 

「残念ながら、お嬢様はお休み中です。本日の相手はこのエリザが務めさせていただきます」

 

 マントの裾を、器用に掴んでスカートのように上げてみる。思ったよりもかんたんにできるものだなとエリザは思った。

 

「それで、レイナちゃんはどちらにいますか?」

 

「……レイナたちはもう行ったわよ。私はここで留守番」

 

 不機嫌そうにトワリが吐き捨てる。遅かったか、とエリザは内心、舌打ちをした。サブモニタを望遠状態にして周囲を見渡すと、よく見ればモビルスーツ3機は積めそうな大きなトラックが教会の向こうを走っている。おそらく、あれに乗っているのだろう。

 

「っ!?」

 

 ここからでは、届かない。ローラーダッシュを吹かし、トワリの“ターダストを避けるようにしてトラックを追おうとするが、慣れない操縦の重武装はすぐ、スターダストに回り込まれてしまう。

 

「離してください!  私は、レイナちゃんを……」

 

「何言ってるのよ、お相手……してくれるんでしょう!?」

 

 半ば八つ当たりのようなトワリの絶叫とともに、教会の奥からさらにモビルスーツが増えていく。いずれも、トーラス。エリザは実物をはじめてみるが、高機動形態へ変形可能なモビルスーツだったはずだ。

 つまり、モビルスーツ戦初心者のエリザが乗るリーオーではどうしたって勝てない相手。

 

「私さ……今機嫌悪いの。お姉ちゃんじゃないなら、とっとと死んで!」

 

 トワリの絶叫と同時、トーラスが一斉にビーム砲を発射する。

 

「っ!?」

 

 急速でローラーを回し、ビームを避けていくエリザ。足のミサイルポットを開くと、それを全弾、一気に発射する。トーラス達はその弾道をまるで機械のような正確さで見極め、回避していく。しかし、エリザの狙いはトーラスの撃破ではない。

 ミサイルの雨が次々と爆発し、教会に爆煙が巻き起こる。その煙の中、エリザの乗るスカードはローラーを走らせて、次々とトーラスを抜けていく。そのままトーラスを振り切り、トラックを追う。しかし、

 

「させないって、言ってるでしょ!」

 

 煙幕をものともせず、トワリの乗るスターダストがスカードを追った。

 

「どうして!?」

 

「残念ね、このスターダストのサーチアイは、リーオーよりも敏感なの!」

 

 ガンダニュウムすら破壊するビームサーベルが、スカードに迫る。エリザは咄嗟にガトリングガンを放ってスターダストを牽制するが、ガンダニュウムの装甲を貫くには至らない。それをトワリが、恐るはずはない。

 

「死んじゃえ!」

 

 ビームサーベルの刃がスカードに、エリザに迫る。避けられない。

 

(ああ、お嬢様……)

 

 その瞬間、エリザはネメアのことを思った。

 

(申し訳ありません。エリザは、ネメアお嬢様を裏切って……しかも何もできずに死ぬようです)

 

 だけど、怖くはなかった。

 

(ネメアお嬢様のためにこの命を使った。その自己満足だけを持って、逝ってもよろしいでしょうか……)

 

 そして、最期にもう一人のお嬢様の顔を思い浮かべる。

 

(スピンお嬢様、今参ります……)

 

 ビームサーベルの刃が、スカードの胴体に迫る。ついに、その時が来た。目を瞑り、エリザはその時を待つしかできなかった。そして、鳴り響く轟音と、一発の銃声をエリザの耳が捉えて……目を開ける。

 

「…………え?」

 

 スターダストは右手を焼かれ、ビームサーベルを落としていた。

 上空を見ると、スカード・リーオーよりもなお黒い、リーオーに似たモビルスーツが大きなバレルの銃を構え、舞っていた。

 

…………

…………

…………

 

 間一髪だった。車リーオーに降りかかるビームサーベルをドーバーガンで弾けたのは、奇跡と言っていい。あとコンマ数秒遅れていたら、間に合わなかった。

 

「…………これは、死ぬな」

 

 黒いリーオーもどき……トールギス・ファントムのコクピットの中で、スピン・ノーリはそう呻き、血を吐いた。

 

「何が……耐圧服だ。それを着てこの重力加速度だと。殺人的だな」

 

 そんな中でも状況をスピンに届け、簡単な指示で操縦できる。これはたしかに、便利なサポートデバイスだ。中に人間が乗って指示を出すという弱点さえなければ完璧な機体だと、スピンは感じる。

 そのサポートデバイスに指示を出し、スピンのトールギス・ファントムは地上へ降下する。そして、スカードと“スターダスト”の間を割って入るように……スカードを庇うように降り立った。

 

「……トールギス」

 

 信じられないものを見た。というようなトワリの声。トールギス。それはOZに所属していた者なら一度は聞いたことあるだろう伝説の兵器……いや、神器。

 

「これは混ざり物だ……。それでこの殺人的な加速をするのだから恐れ入る。長女でなければ、耐えられなかった」

 

 もし、ネメアがほしがっても絶対にこんな機体に乗せるわけにはいかない。そう、スピンは思う。ネメアではきっと、耐えられない。

 

「その声……」

 

 スカードから、声が入る。トールギスの良好な通信は、その音声周波数をしっかりと拾った。

 

「まさか、エリザか……?」

 

「はい……はい! エリザです。あなたのエリザでございます!」

 

 感極まったようなエリザの、すすり泣くような声。どうやら、自分はよほどエリザを悲しませていたらしいことに気付いて、スピンは自嘲的に笑う。

 

「すまんな、エリザ……だが、私ももう長くは持たないようだ」

 

 よりによって、トールギスなどに乗ってしまったのだから。ないはずの右目が痛みを感じる。そして、敵は……トワリは待ってはくれない。

 

「スピン……生きてたんだ」

 

「死んでいたさ。だがどうやら私は、家族が心配すぎてまだ成仏できんらしい」

 

 トールギス・ファントムがスピンに告げる。彼我戦力差を。トールギスとウイングガンダムの戦闘能力(アビリティレベル)はほぼ互角。しかしトワリはスピンやエリザよりもパイロットとして優秀。そして周囲には7体のモビルドール・トーラス。

 勝利の可能性はないと、トールギス・ファントムのサポートデバイス……ゼロシステムの応用で作られたそれはトワリに告げる。

 ファントムのデバイスは勝利の未来をスピンに見せるものではない。ただ、パイロットのバイタルチェックと周囲のデータを機体に読み込ませ、パイロットにそれに合わせた選択を要求するというもの。

 つまり、リアルタイムチェスだとスピンは感じていた。違いがあるとすれば、トールギスという機体の出力の高さはもはや、少し動くだけでスピンの命を確実に縮めているという事実。

 エリザに心配させまいと、そしてトワリを動揺させようと余裕の笑みを浮かべているが、スピンは既に、身体の限界だった。

 そして、戦いはリアルタイムに動いている。トーラスの動きに合わせるように、ドーバーガンを左のトーラスに向けて放つ。サポートデバイスの正確な動きは、モビルドールにすら追随することができた。その分、トールギスも機敏に動きスピンを襲うことになる。

 

「スピンお嬢様、エリザはレイナちゃんを……」

 

 スカード・リーオーが、ローラーを走らせてトラックを追おうとする。

 

「よせ!」

 

 トーラスをビームサーベルで斬り裂きながら、スピンが叫ぶ。

 

「何故ですか!」

 

 スカードは105mmライフルを放って追撃するトーラスを牽制するが、モビルドールは照準を向けた瞬間に移動するようにプログラミングされているようで、うまく当たらない。すぐにトーラスに追いつかれ、ビーム砲の集中砲火。スカードは教会の建物を加速台にして、空中へとジャンプし避ける。飛行形態に変形したトーラスがそれを追うと、スカードはローラーを回転させトーラスの上を走り、またジャンプ。その衝撃でトーラスが一機墜落する。

 

「あの少女……レイナのことは、ネメアの問題だ。私もお前も、手出しはできん!」

 

 トールギスに迫るように、ウイングガンダムは拾い直したビームサーベルで突撃する。バルカンとマシンキャノンの雨を避けるだけで、トールギスのスーパーバーニアは急激な加速をしスピンを襲った。

 

「くっ…………!」

 

「何よ、みんなしてレイナレイナって、みんなそんなにアイツが大事なんだ!」

 

 追いついたウイングガンダムと、トールギスがビームサーベルで唾競り合う。ビームの熱が二人に伝わり、火花が散る。しかしそれも一瞬、全力で吹かしたスーパーバーニアが、ウイングガンダムを振り切っていく。

 

「トワリ……」

 

 トールギスはドバパーガンを構えて、ウイングガンダムに照準を定める。ウイングガンダムも、バスターライフルを構えていた。

 お互いの超威力兵器が、ぶつかり合う。しかし出力ではバスターライフルの方が上。

 トールギス・ファントムは、バーニアで強引に降下して難を逃れ、ウイングガンダム ・スターダストも瞬時にバードモードへ変形し上昇することで、ドーバーガンとバスターライフルのぶつかり合う爆発から難を逃れる。

 

「…………ねえ、スピン。どうしてあいつにはお姉ちゃんがいるの。お姉ちゃんにはあいつがいるの」

 

 トワリの声が、爆音の中で小さくスピンの耳に届いた。まるで、泣いているような声。そんな声を出すトワリを、スピンは見たことがない。

 

「お前……」

 

「私、お姉ちゃんが迎えに来てくれる日を待ってたんだよ。お姉ちゃんと一緒に、またアイスクリーム食べる日がきっと来るって。どんな辛い実験も、任務も、お姉ちゃんとまた会うためだから耐えられた。なのに!」

 

 爆音が収まり、はっきりと聞こえる。トワリは、泣いている。

 

「お姉ちゃんとようやくまた会えた時、もう隣にはレイナが……あいつがいた。なんなのよ、あいつ、ズルいよ! 司祭様もお姉ちゃんも、あいつのことしか見てないんだもん!」

 

 泣き喚きながら変形を終え、ウイングガンダム・スターダストがトールギス・ファントムの前に降り立った。

 

「トワリ……お前は……」

 

「うるさい! うるさい! うるさい! お姉ちゃんの隣に居られる人なんか、みんな死ねばいい! あいつも、メイドも、姉のあんたも! 私がお姉ちゃんの隣にいられないなら、お姉ちゃんからもみんな取り上げてやる!」

 

 その慟哭のような叫びの後、生き残っていたトーラス4機がトールギス・ファントムにビーム砲を集中させる。

 

「しまっ……グゥッ!?」

 

 避けろ。そう命じようとして息が途端に苦しくなる。肋骨が折れて、どこかに刺さったかもしれない。そういう、取り返しのつかない痛みだった。そのせいで反応が遅れ、トールギス・ファントムはトーラスのビーム砲をもろに受けてしまう。

 トールギスはそのスピード、出力、パワーこそガンダムタイプ並だが、旧式の機体。それもリーオーとの混ぜ物であるトールギス・ファントムは、ガンダムタイプに比べて遥かに脆い。ビーム砲の斉射などを受ければひとたまりもない。

 ドーバーガンが飛び、シールドが爆ぜる。

 

「スピンお嬢様!」

 

 エリザが叫ぶ。助けようとスカードを動かすがしかし、エリザの前には“スターダスト”が躍り出る。

 

「アンタも、死ねばいいんだ」

 

 そんな冷たい、トワリの声をエリザはたしかにきいた。

 

「っ!?」

 

 ビームサーベルが振り下ろされるのを、ギリギリでコクピットへの直撃を回避する。しかし、ライフルを持つ腕が両断されてしまう。

 

「そんな……」

 

「呆気ないよね、あんたも……スピンも!」

 

 そう言って、もう一度スターダストがビームサーベルを振り上げた時だ。ウイングガンダムの高性能なサーチアイは、この場所に接近する何かの存在を報せる。

 

「何……トールギス並のスピードで、何か来る!?」

 

 雑魚の相手をやめて、トワリは接近する物体の方へ向く。その瞬間、

 ヒュン、と何かがガンダムの顔を掠めて、その奥にある翼のようなウイングバインダーを貫いた。

 

「…………え?」

 

 まるで意味がわからない。トワリは、その何かが過ぎ去った方を向く。そこには、大きな槍が刺さっていた。正確には、大きな槍が4機のトーラスをまとめて貫いて、そこで勢いを殺して教会だった建造物に突き刺さっていた。

 

「何……?」

 

 エリザが、わけがわからないという風に呆然とする。

 

「……また、死にぞこなったか」

 

 スピンはそう言って、その槍が来た方を見やる。

 そこには、天使がいた。

 天使。正確にはそうとしか形容できないものが。

 白鳥か、あるい絵画の中に描かれる天使のような翼をはためかせる白い巨人。

 円形の大きな盾……それこそリーオーやトールギスのそれよりも一回り大きく作られた盾を構えつつ、この戦場へと翼を羽ばたかせ近づき、そして降り立つ。

 よく見れば、細部には金色の装飾が施されている。白と金。その二色が、それを神々しく見せているのだろうか。或いは、やはり翼か、そのどちらもか。

 その巨人はしかし、よく見ると鉄で出来ている。鉄の巨人。モビルスーツ。2つの瞳のようなカメラアイと、口のような排気ダクト。そしてツノのようなアンテナは、そのモビルスーツの名前を悠然と示している。

 

「ガンダム……?」

 

 トワリの乗るウイングガンダム・スターダストと同じ。しかしよく見ると排気ダクトの周囲は純白ではなく、金の装飾塗装がされている。それはまるで、ライオンのたてがみのようだと、エリザは思った。

 ガンダムは、降り立つと槍を引き抜いて構える。

 

「…………エリザ」

 

 ガンダムから、声がした。エリザのよく知る声だ。

 

「ネメア……お嬢様?」

 

 傷だらけの獅子。ネメア。それが今、天使のような翼と獅子のような顔を持つガンダムに乗り、降り立っている。

 

「私が弱いせいで、ごめんなさい」

 

 しかし、その声はやはり、いつもの優しいネメアのまま。

 

「いいえ、私こそ……勝手にアイアスとスカードを持ち出して……」

 

「エリザが生きてくれてるなら、それでいいの」

 

 槍を構えたまま、白いガンダムは……ネメアは青いガンダム……トワリへと歩いていく。

 

「お姉ちゃん……来てくれたんだ!」

 

 トワリが、歓喜の声をあげる。それに対してネメアは、無言。

 天使の翼を持つ獅子と、青い鳥の翼を持つ巨人が向かい合い、槍とビームサーベルを構え合っている。

 その光景は、まるで本当に神話の中の戦いなのではないかと、エリザは感じていた。




TIPS
トールギス・ファントム
戦後、ゼクスが最悪の事態に備えて用意していた黒いトールギス。トールギスの開発者のひとりハワードに用意してもらったスーパーバーニアと型落ちのリーオー、そしてトールギスの意匠を思わせるパーツや武装で作り上げた。リーオーに憑依したトールギスの亡霊。故に、ファントムと名付けられた。
ホワイトファング時代に宇宙要塞リーブラで使用された「ゼロシステムによる戦術予報でモビルドールに逐次指示を出し与える」システムを応用して、未熟なパイロットでも操縦できるサポートデバイスを開発。また、リーブラのコントロールルーム同様味方のモビルドールに指示を送ることも可能。
ゼクスはこれを「もう一度ミリアルドとして戦争を起こす時」、共に戦うだろう同志……ドロシー・カタロニア用として考案していたが、今を生きる人々を信じるためにこの機体を封印。かつてトレーズがヒイロにエピオンを渡したように、スピンに渡した。

スーパーバーニアでの15Gによる負荷を軽減すべく専用の耐圧服が用意されており、これを着ることで体感12Gに軽減される。

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