ロリっ子と狼おじさん   作:俺のシェービングクリームどこ?

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ロリっ子とおじさん( 後 )

ㅤめぐみんが食事を終えるのを待ち、俺たちはカズマ一行と共に街のすぐ外──広大な平原地帯へとやってきた。

ㅤパーティーのお試しということで、カズマが選んだのはジャイアントトードの討伐。アクセルでも特に簡単といわれている、初心者向けのクエストだ。

 

「爆裂魔法は最強魔法。そのぶん、魔法を使うのに準備時間が結構かかります。いつもならぽちま──バーゲストに頼んでいるところなのですが──」

 

ㅤめぐみんがでっかいカエルを指でさし示しながら、ジトっとした目でこちらを見る。

ㅤなあ頼むからその杖をこっちに向けないでくれ。あと、バーゲスト以外の名前で呼んだら許さないからな。

 

「俺は付き添い」

 

ㅤいつもなら四の五の言わずに頼まれてやるところなんだけどな。

ㅤ万一に備えて中距離用の弓に矢はつがえているが弦は引かず、あくまでめぐみんの付き添いという形でこの場にいる。

 

「……らしいので、あのカエルの足止めをお願いします。準備が整うまで、少しでいいです」

 

ㅤそうカズマたちに頼み、めぐみんの頼みに頷いたカズマは、もう少し遠く離れた場所にいるカエルを見た。

 

ㅤジャイアントトードは家畜や農家、子どもをその長い舌でぺろっと丸呑みにするカエル型モンスターなのだが、打撃系の攻撃に強く金属を嫌うという特性がある。

 

ㅤだが見た感じ、このパーティーに捕食を回避できそうな、金属製の装備を身につけているメンバーはいない。武器以外は全身革と布防具の俺も含めて……。おおう。こいつはちと危ういな。

 

「遠い方のカエルを魔法の標的にしてくれ。寄ってきてる方は……。おい、行くぞアクア。今度こそリベンジだ。お前、一応は元なんたらなんだろ?ㅤたまには元なんたらの実力を見せてみろ」

「元ってなに!?ㅤちゃんと現在進行形で女神よ私は!ㅤアークプリーストは仮の姿よぉ!」

 

ㅤそう叫びながら必死の形相で、カズマの首を絞めようと襲いかかるアクア。なんだかおかしな女の子だ。

 

ㅤ……少しだけ、彼らにめぐみんを任せるのが不安になってきた。あー、ところでその──

 

「「……女神(って)?」」

「……そう自称してる可哀想な子なんだ。たまーにこういったことを口走ることもあるんだけど、できるだけそっとしておいてやって欲しい」

 

ㅤあー、なるほど。頭がちょっと弱いんだな。納得。

ㅤめぐみんも同じように思ったのか、俺よりも直接的に、同情を込めた目でアクアを見る。

ㅤただそれでとどめを刺されたのか、異変に気づいた俺が引き止める暇もなくアクアが動いた。

ㅤ泣きべそをかきながら、ヤケクソ気味に拳を振り上げて、手前のカエルに向かって駆け出し、

 

「なによ。打撃が効きづらいカエルだけど、今度こそ女神の力を見せてやるわよ!ㅤ見てなさいよカズマ!ㅤ今のところ見せ場のない私だけど、今日こそは!」

 

ㅤそう叫びながら、カエルに食われた。……また女神って言ってたな。

ㅤ仲間が食われたのに、カズマは焦る素振りを見せない。これっぽっちも。

ㅤ正直驚いたよ、肝が据わってるな、と。冷静に弦を引き絞り、カエルの脳天に狙いを定め矢を放った。

 

ㅤジャイアントトードは捕食中動かなくなる。これは種として致命的な隙だが、そのぶんこいつらは大きく育つことで天敵を減らし、あっという間にウンザリするほど増えるのだ……バイ、どっかで読んだ専門書。

 

ㅤ今こうしてアクアが食われたことで、カエルの動が止まったのはたしかだが……。いや、まさかこれが足止めなのか?

 

ㅤいよいよもってこの環境にめぐみんを任せるのが不安になってきた俺だったが、自分の人生において一日一回の爆裂魔法をなによりも楽しみにしている彼女の頭に不安の文字はなく……。

 

「見ていてください。これが、人類が行える中で最も派手でかつ威力のある攻撃手段。……これこそが、究極の攻撃魔法です」

 

ㅤ魔法を詠唱するめぐみんだったが、俺はあのカエルのことが既に気の毒に思えてきている。

ㅤなぜなら、今から彼女が唱えようとしている魔法は、正しく究極の攻撃魔法であり、たかがデカ牛サイズ──もっとあるがそれくらい──のカエルにぶち込むような攻撃ではないからだ。

 

ㅤ詠唱の声が大きく、周囲に反響するにつれ、めぐみんのひとつ所に魔力が集まり、大気が震えはじめる。

ㅤ全身の毛が逆立ち本能が逃げろとガンガン警鐘を鳴らしまくるが、あくまでもいつものことだと理性でねじ伏せる。……一日一回だからな。

 

ㅤ余波で飛ばされちゃ可哀想だから、一応カズマの肩に腕を回してその場に固定してやる。ちと硬くて痛いかもしれんが。

 

「な、なんすか?」

「はは、ぶっ飛ばされないように気をつけとけ」

 

ㅤ杖の先に眩い魔力の光が灯り、めぐみんが可愛らしい目をいっぱいに開く。

ㅤあれを至近距離で耳にするのは鼓膜に悪いからな。こっそり自分にだけ、耳栓スキルを使っておこう。

ㅤこれ本来は相手の耳を潰すスキル。けど、こういう時も便利。ね。

 

「エクスプロージョン──ッ!!!」

 

ㅤ杖からカエルへと放たれた光があっという間に膨れ上がり、瞬間、空気が勢いよく爆ぜた。目と鼻の先で可哀想なカエルだったものが飛び散ったそばから蒸発するのが見える。

 

ㅤ突風に煽られて仰向けにすっ転びそうになっているカズマを支えてやりながら、俺は名もなきジャイアントトードにひっそりと冥福をお祈りしておいた。次はもうちょいマシなカエル生だといいな。

ㅤ少なくとも爆裂魔法をぶち込まれるような生涯じゃなければ幾分かマシだ。それこそ、唐揚げにされる方がずっと。

 

「どーだー、すげーだろー!ㅤははは、は!」

「なに?ㅤよく、聞こえない!」

 

ㅤそりゃ、こっちもだ。口をパクパクさせているカズマをよそに、光と爆風は段々と落ち着いてくる。

ㅤしばらくして爆煙が晴れると、カエルのいた場所を中心に、バカでかいクレーターができていた。相変わらずすげーわこりゃ。

 

「……す、すっげー。これが魔法かぁ……」

 

ㅤあ、なに言ってるかわからん。……耳栓スキル解除しとかにゃ。

 

ㅤ感動しているカズマの隣で、めぐみんがふらつくのが見えた。うー、やっぱりそうなるよな。知ってたよ。

 

「……ダメそうか」

「ええ、ガス欠です……。ちょ、バーゲスト。ですからその、もう少し私を女の子らしく扱ってくださいよ……」

「……扱ってるよ」

 

ㅤ彼女が倒れる前に寄って、小さくて細っこい体を小脇に抱えるようにして支えてやると、次の瞬間。

 

ㅤゴソゴソ……ボコッ──!

 

ㅤ俺たちのすぐそば、足元から一匹のカエルが姿を現した。ぬめぬめした頭半分と前脚が見える。

ㅤ最悪なのが、それを皮切りに次々と地中からカエルが這い出ようとしてるってこと。今の俺の攻撃じゃないんだけどな……。ちょっとヤバいかも。

 

「めぐみん!ㅤ一旦離れて、距離を取ってから攻撃を……」

「すまない、それは無理なんだ。あー、理由は本人から聞いた方がいいだろう」

「え?ㅤちょっ」

 

ㅤ端的に説明すると、爆裂魔法をこの世界の誰よりも愛するめぐみんは爆裂魔法をぶっ放すと魔力が枯渇しぶっ倒れるのだ。よってどんなに好きでも一日に一回の楽しみというわけ。

 

ㅤしかし今はそれを説明している時間も惜しい。カエルは鈍いが、出てくればその巨体でひとっ跳び。あっという間に距離を詰めるだろう。

ㅤよって諸々の説明は省略し、めぐみんをカズマに受け渡す。落とすなよ、そいつは旧友の生きた家宝だ。

 

ㅤそれからいつの間にやらカエルの口から逃げ果せ、そばで膝を抱えて座っていたアクアに走れるかどうか確認し、俺は腰の矢筒から矢を数本抜いた。

 

「バーゲストー、がーんばぁってくださーい……」

「おう。とにかく二人を連れてこの場から離れてくれ。ああ、なんなら帰ってくれても構わんよぉ」

 

ㅤ向かってくるカエルを眺めながら、どいつから狙うか考える。

 

「大丈夫ですよカズマ。置いてってもぽち──バーゲストはきっちり私のとこに帰ってきますから。同じ数のアークグリフォンやシルバーバジリスクに囲まれても、日が暮れる前にお土産まで用意してくれます」

「な、なんだかよくわからないけど……いいんだな?ㅤあとから人でなしとか言うなよ?!」

「まさか。むしろめぐみんに傷のひとつでもつけてみろ、カエルにぺろっと丸呑みされるより怖いぞ?」

 

ㅤすぐ目前まで迫ってきているカエルを見て、カズマは黙って首を縦に振り振りめぐみんを抱え、アクアの手を引き街の方へ戦線離脱した。ちとケレン味、利かせすぎたか……。

 

 

 

 

「──と、いうわけで、正式にカズマのパーティーに入れてもらうことになりました」

 

ㅤカエル共の脳天に一発ずつ食らわせて悠々と街に帰還を果たした俺に、風呂上がりらしいめぐみんがさらっとそう報告したのは、実に夕飯時前のこと。

ㅤめぐみんへのお土産に、状態のよいカエル十五匹分──ざっと七万五千エリスの売却手続きを済ませたあとのことだ。ついでにほいほい釣られて出てきたカモネギを生け捕りにして持ち帰った。

 

ㅤケージ片手にうきうき気分だったものの、パーティー加入の報せを聞かされた俺は、残念なことに『よかったな』とは言えなかった。

ㅤ本来なら強く抱きしめてやって、お祝いだと飯をたらふく食わせてやるくらいはするんだろうが、素直に喜べないのにはワケがある。

 

ㅤまずひとつは、その条件に俺の加入が含まれているってこと。

ㅤそしてもうひとつは、めぐみんが駄々をこねたらしいということ。

ㅤ最後に、俺がパーティー入りしなきゃならないってこと。

 

「これから私とバーゲストは同じパーティーの仲間です。一緒に頑張りましょう!」

 

ㅤいや、頑張りましょうじゃない。どうなってんだ?

 

「……カズマ、くん?」

「い、いやぁ……その──」

 

ㅤぎぎ、ぎ……。

ㅤ錆びたブリキの人形のように俺が首を動かすと、カズマは気まずそうに笑った。まるで諦めろとでも言わんばかりの表情だ。

 

ㅤカズマから事情を聞くに、まずめぐみんは自らの爆裂魔法しか使えないという実情を明かし、また今後も爆裂魔法以外の道に進む気はないと話したらしい。

ㅤ相変わらずの爆裂魔法ジャンキーっぷりには頭が痛いが、それでも自分で全部話せたのは偉かった。あとでちゃんと褒める。

 

ㅤ褒めるのはいい。しかし悲しいかな、当然そんなアークウィザードを受け入れてくれるパーティーがあるはずもなく。

ㅤ俺がなっかなか里に帰れなかったことからわかるように、カズマパーティーもまた最初はめぐみんの加入を拒否しようとした。……したのだが。

 

ㅤところが、今回は珍しくめぐみんがごねた。今までのパーティーは断られたらすっぱり諦めていたのに。

ㅤ理由はわからないが、とにかくカズマのパーティーが気に入ったとのことだった。男女比が素晴らしいとか、アクアはライバルになり得ないだとか……。

ㅤあろうことか、今なら俺も正式に加入させると勝手に宣言までしてしまったらしい。曰く紅魔の里随一──俺は紅魔族ではないので、紅魔族随一の〜とはならない──狩人(ハンター)だと。

 

ㅤ当初はそれでも俺の事情を考え断ろうとしてくれたカズマだったが、なぜかそこでアクアが食いつき、

ㅤ──曰く、ひと狩りいこうぜ!ㅤと無駄にハイテンションだったそうな。俺に骨付き肉を焼いてもらいたいらしい──

ㅤそれに飽き足らずいくつか質問をし、そののちめぐみんと一緒になって駄々をこねはじめたんだとか。

 

ㅤなんなんだ、高いところから飛び降りても平気かだの、道草食って回復したり持久力が増えたりするかだの、草食動物から肉を剥ぎ取ってその場で焼いて食うかだの……。

 

「それってパーティーの加入に関係あるのか?ㅤタフネスも薬草学もサバイバルも、狩人に限らず冒険者なら大抵が似たようなことやってるもんだぞ?」

「あ、いや。あいつの場合、その狩人ってやつの意味がちょっと違うんだ。……ちなみにクエストで街から出る時、ホルンの音がしたりしないか?」

「ああ、お前もか。……そんな幻聴が聞こえたことは生まれてこの方、一度もないな」

「そ、そうか。いやなんかすまん……」

 

ㅤ狩人はともかく。往来で駄々をこねるめぐみんとアクアは人々の目を引き、カズマはひどく赤っ恥をかいたらしい。

ㅤおまけにカズマが俺を見捨てたのだと言い、めぐみんがパーティーに入れてくれるならなんでもすると大声で口走ってしまったがために、カズマは街人からあらぬ疑いをかけられ、屈強な男性冒険者が様子を見に来てしまう始末だったという。

ㅤこれでカズマがめぐみんたちの要求を飲み頷いてしまったことを、責められる人間がこの世のどこにいるだろう。……いないな。

 

「こればっかりは俺たちが悪いな。迷惑と不名誉な疑いをかけさせてすまなかった。疑いは俺が晴らしておくし、めぐみんも叱っておく。それで……」

 

ㅤ結局俺たちはパーティーに入るべきかどうか、最終確認をしようとすると、カズマはすっと右手をこちらに出した。

 

「ああ、パーティーには入ってくれると助かる。改めて俺はカズマ。よろしくな、バーゲスト」

「……きみは俺が思っていた以上に大人だな。よろしく、カズマ。猟犬並みの働きを期待してくれ!」




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