「それで、次に行く場所はどんな美味い物があるのだ?」
ハピネス村を出て第一声がこれである。食べ物の事しか興味がないのだろうかこの魔王はと内心で呆れつつ、地図を広げる。
「野菜は美味しかったけど名産の食べ物は多分無いと思うよ。行く場所は、イリアスヴィルの西の森に有る里さ。名前は……エンリカ」
地図で大体の場所を示すと、アリスが首を傾げる。森の奥深くで、他の街ととても遠い場所だ。
「エンリカ……確か街で買った服の産地だな。森のかなり奥だが……魔物の隠れ里でも有るのか?」
「大体そんな感じかな。多分そこには僕の――叔母さんがいるんだ」
「お前の叔母だと?」
ミカエラの事を思うと、表情が曇る。目の前で、何も出来ずに見送るしか出来なかった記憶が否が応でも叩き起こされる。
「うん。無事を、確かめたくて……」
「……平行世界とやらでは、何かあったのか」
旅をしてから初めてするような暗い表情は、それだけで察するに余りある。ルカは何か言おうとしたが言葉にできず、こくりと頷いた。
「エンリカは隠れ里で、村の魔物たちも警戒心が強いんだ。だから、森に入ったらアリスも気配を消してくれる?」
「まあその程度は造作も無い。お前こそ抜かるなよ」
「任せておいてよ。レンジャーや忍者の経験も有るからね」
多彩な職業経験により、気配を消すのもお手の物だ。とりあえず道中、出会って説得不能な魔物を残らずしばき倒しつつ、二人はエンリカの有る森へと向かったのだった。
森に入って暫くすると、アリスが急に鼻をひくひくとさせた。
「どうした? 何か珍しい食材でも感じ取った?」
「違うわドアホ。珍しい魔物の匂いを感じ取っただけだ」
「(本当に犬並みの嗅覚だな……)」
と思ったら尻尾でしばき倒された。
「なるほど、隠れ里とはこういう意味か」
「うん。ダークエルフみたいな同じ仲間内でも肩身が狭い魔物もそれなりに居るよ。だからこそ、外から来る人間とかを拒んでるんだけど……」
無駄に戦いたくは無いのでこっそりと近付く。だが当然、【それなり】以上の存在には察知されてしまう。
「こんな所に高位の天使と高位の魔物が揃って――何用ですか?」
「「!?」」
唐突に、声をかけられた。そして、話しかけられるまで二人共気が付けず、慌てて構えてしまう程だった。だが、ルカはその構えをすぐに解く。その姿にとても見覚えが有ったから。
「ミカエラ――さん」
「……わたしをさん付けしてくる天使など既にいないと思っていましたが――いえ――その術式は、私の……!?」
ルカをしばし見て、その表情が衝撃に歪む。確かにこれは自分の術式、しかも聖素循環のもの――しかし、そんな事を男にした覚えは無かった。
「あなたは、一体……」
「僕は、ルカと言います。そして母さんの名前は――ルシフィナ」
「そんな、あなたがルシフィナの息子のっ!? しかし天使に覚醒していて……何処かで指輪を紛失してしまったのですかっ!?」
「ゆ、指輪?」
あれこの指輪何か関係有ったのかな?と首を傾げる。だがその横でアリスは驚愕の表情を浮かべていた。
「ミカエラに、ルシフィナ……それに息子……ルカ、貴様の正体はそんなにとんでもない奴だったのか!?」
ミカエラに負けず劣らず衝撃を受けるアリス。
「何やら……色々と話を聞かねばならぬ様子。村へ来て下さい。私の家で少々話しましょう」
「はい、お邪魔します」「うむ、余にも聞かせてくれ」
こうして村へと案内される二人。村には魔物の他にも、なんと堕天使までが静かに暮らしていたのだ。
「さて、ルカ。何故あなたが私を知っていて、私の術式を受けているのか――」
「全てお話します」
村に案内され、ミカエラの家に結界が張られる。何でも、天界からも覗けなくなる特別な奴だそうである。そこで、ルカは話し始めた。長い長い冒険の記憶を。
「平行世界――そこで旅をした記憶が有ると。しかも2つ――そこにいる魔王が小さくなって仲間になった記憶と、イリアスが六祖大呪縛を受けて共に旅をした記憶――確かに余りにも荒唐無稽すぎる話……しかし、この術式は確かに私のもので、あなたは天使の力に目覚めている……何故か魔の力も感じますが」
「ええとそれはその、仲間の天使の一人に吸血鬼のエキスを注入されて体を改造されまして……」
お陰で今のルカの体からは触手が生えるわコウモリに変わるわ天使と吸血鬼の羽を同時に出せるわ訳の分からない事になっているのだがまあ割愛する。こちらの世界のマッドサイエンティスト天使に見つかればそのまま実験体にされかねないが多分何とかなるだろう。
「そして、別の世界で私は私の知らない熾天使に倒され、イリアスがエデンと協力して私とルシフィナを再び生み出した――ですか」
「ふんっ。私を選ばなかった方はよりによってイリアスとの旅路か。随分と楽しそうにやっていたのだなぁ?」
ミカエラは何を思うのか目を瞑り、アリスは拗ねているのかギリギリと体を締め付けてくる。と言うか骨がミシミシ言って痛い痛い。もう一つの冒険の方は自分に話されていなかったのと、よりによってイリアスとの二択で自分が選ばれなかったのが余程腹に据えかねているようだ。まあ、イリアスももう一つの記憶を知ったら間違いなく激怒するのでおあいこだろう。単にルカの被害が倍に増えるだけだとも言う。
「し、仕方ないじゃないかあの時点ではどっちもよく知らなかったんだし……って痛い痛い! そろそろ折れる! 折れちゃうから!」
ギリギリギリと締め付けるが、ミカエラの視線を感じて拘束を緩めるアリス。こほんと咳をして気を取り直す。
「それで、ルカはこれからどうするつもりなのですか?」
「まず、元の世界に戻る方法を見つけることと……イリアス様を、説得してみようと思います」
「はぁっ!?」「イリアスをっ!?」
アリスは兎も角、ミカエラの方も普段のクールな雰囲気が消え、とても驚いている。
「馬鹿を言うな!! あいつはずっと魔物を敵視してきたのだぞ! それを今更説得できると思うのか!?」
「ええ、イリアスは魔物を滅ぼすためならそれこそ何でも――」
言い募る二人に、手を突き出してピタリと止めさせる。強い意志だ。
「……一緒に旅をした時、イリアス様が言ったんです。『この地に生ける全ての生命。それぞれ精一杯生きる事を、この私が許しましょう』って」
「はぁっ!? そんなの、有り得んっ!?」「あの、イリアスが、そんな、事を……!?」
二人からすれば、到底信じられない事なのだろう。だが、あの言葉は嘘でも幻でも無い。確かに女神イリアスから紡がれた言の葉なのだ。
「イリアス様は、多分初めて地上をじっくり体感したんだと思います。小さくなって、両足で歩いて、自分の手で弱い魔物をやっと殴り倒して、成長して、穢れていると遠ざけた美味しいものを食べて、体を疲れさせて、ぐっすり眠って……そんな当たり前のことを、初めて体験して……遠くへ行く度に、イリアス様はどんどん旅を満喫するようになりました」
「「…………」」
ルカから聞かされる、女神イリアスの余りにも想像のつかない姿に、戸惑い何も言えなくなる二人。
「人と魔物は共存できるんだ。だから、きっと天使や女神様とだって共存出来るはずだよ。――地上で暮らすようになった天使たちだって、魔物と仲良くしてたしね」
「ええ。確かにこの村でも、堕天使は魔物と共に心安らかに暮らしていますが……」
「……天使と……共存……」
ルカの語る理想。そこに二人は何を思うのか。ミカエラはふと窓の外に目を向け、アリスは目を瞑り、ただ思い悩む。今まで、想像すらしてこなかった選択肢だ。どうしていいのかわからないのだろう。
「ですがルカ、今のイリアスは絶対者です。邪神が六祖大呪縛によって封印されている今、彼女を遮れる者は存在しません。そんな中で説得に耳を貸すでしょうか?」
ミカエラの言葉に、アリスもこくこくと頷く。特にアリスは歴代最強と言われている魔王だが……それでもイリアスには全く勝てる道筋が浮かばない。だからこそ、世界を巡る事にしたのだ。
「はい、いきなり説得は難しいのでまずは籠絡から始めてます」
「「籠絡?」」
「美味しいものをたっぷり食べて貰って、こっちの話を聞いてもらいやすくするんです!」
ドヤ顔で胸を張って答えるルカ。そしてあまりの解答にミカエラの思考が一時停止する。
「……貴様、イリアスに真っ先にお菓子を送っていたのは……」
「勿論、ご機嫌を取るためだよ!」
「……ルカ、ひょっとして何度か感じた天からの聖なる波動は……」
「美味しくて溢れちゃったみたいです、色々と」
あまりにもあんまりな答えに、頭を抱えるミカエラ。イリアスとはそんなキャラだったのか、ひょっとして似せられた自分もそんな所が有るのかと頭痛がしてくる様だ。
「くっ! だから余の分が減るのだな……おのれ……おのれ……!」
そして激おこな魔王様。まあ、一番先に一番良い所が捧げられていると聞けばそうもなろう。
「そうだ、折角だしミカエラさんが育てた野菜や果物が有るなら、お代を払うので少し分けて頂けませんか? 今度はイリアス様に野菜料理を捧げようと思うので」
「……イリアス、そして天使達は土を穢れとして嫌うのですが」
「使う食材は僕の自由にしていいとお許しを貰いました」
えっ何そこまでなの? と更に唖然とするミカエラ。ついでに天使が育てた野菜に興味があると尻尾をぶんぶか振るアリス。
「……分かりました。野菜なら一通り育てています。――尤も、私の育てた野菜をイリアスが食べるかどうか」
自分もルシフィナも、イリアスに付き合いきれずに天界を飛び出した。そんな者の作った野菜を、はたしてあの傲慢な女神は食すのかどうか。作るのは大変なのだから食材は無駄にならないといいのだが。
「大丈夫ですよ、ミカエラさん」
わぁい、とどの野菜を使おうかなとごそごそ選びながらルカは話す。
「?」
「母さんのお墓の前で、イリアス様は寂しそうにしてました。僕やイリアス様の前でミカエラさんが天に還ってしまった時も、とても悲しそうにしてました。……きっと、二人のことは嫌いとか、そういうのじゃ無いんだと思います」
「…………」
それを聞くと目を瞑り、ミカエラは今までに思いを馳せる。自分はイリアスに、何か出来たのであろうか。
などと暫く思考していたら、いい香りが漂ってきた。どうやら余程考え込んでいたらしい。トマトや玉ねぎが煮込まれていくスープの香りと、焦げ目を付けられていくパンの香ばしさ。思わずくぅ、とお腹が鳴る。聞かれてしまったかと少し顔を赤くしたが、隣では魔王様がぐぅぅぅぅとそれ以上の音を出してかき消していたのでまあ問題は無いだろう。
「えっと……ミカエラさんも、どうですか?」
差し出されたのは、ここで取れた野菜を使って作られたトマトスープ。「では……」と受け取り、一匙口に入れると、何処か懐かしい、ルシフィナを思い起こさせる味がした。
「そう、ルシフィナ、あなたは……」
姉妹で殺し合いを演じてから、会うことも無くなった。数百年の月日が流れ、いつの間にか人として生を終えてしまい、一人ぼっちになってしまった気がした。しかし――
「ちゃんと、この子に受け継がれているのですね」
時は遷ろい、物事は変わっていく。しかし、変わらないものも、受け継がれていくものも有る。それをようやく実感できたような気がして、イリアスへの分を確保しようとアリスと争っているルカを見て優しく微笑むのであった。
「えっと、それじゃあミカエラさん、ありがとうございました!」
「うむ。野菜も果物もとても美味かったぞ!」
3人で食事をゆっくり済ませた後、ルカとアリスはまたすぐに旅立つことにした。隠れ里に、長々と人間(表向き)や魔王が居座るのも良くないだろう。お土産の野菜やチーズを持たされ、二人は手を振る。
「では、ルカ。また顔を見せに来て下さい。自分の甥が顔を見せてくれるというのは、嬉しいものですね」
「はい。時魔法も使えるから、珍しい物が有ったらお土産を持ってきますね」
ルカの背には、ミカエラの羽を使い更にカスタムされた剣が収まっている。何か冒険の手助けが出来ればと、ミカエラからの贈り物だ。服装もエンリカの服を強化して貰った。
「余も中々興味深い物を見せて貰った。魔物と天使が共に暮す……か。変われるのだな。人も、魔物も、天使も」
「ええ……。では、貴方達の旅路に、祝福を――」
こうして、二人は次の目的地に向かって歩み出す。熾天使の祝福を受けながら。
既にクイーンハーピーと熾天使の素材で強化されてるカスタムソード
これ前章終わりの時点で既にヤバい事になったりして……
イリアス様は……
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ずっと空の上でいいよ
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大人な分身で地上に来る
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ちっちゃくなって地上に来る