聖杯戦争始めました~Fate/end war~   作:げげるげ

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なっがぁい(書き終えた感想


第1話 運命の夜に 前

 例えば、貴方に使命があるとしよう。

 そのために生まれ、そのために死にゆく物だと、教え込まれ、その時まで生きてきたとしよう。

 隔離された世界で、他の知識に触れることもなく、ただ、ひたすらその使命のための技術を磨き続けた人生だったとしよう。

 貴方に、その使命は『単なる無駄遣いもいいところの、時代錯誤に過ぎない』と警告してくれる人も居なかったとしよう。

 そして、その使命の内容が、とある幼い少女を殺すことだったとしよう。

 貴方は、その時、幼い少女を殺すだろうか?

 客観的な視点を付け加えるのであれば、幼い少女に罪は無く、貴方の使命こそが、悪である。貴方はたまたま、そういう組織に生まれ、そういう世界を生き、そういう風に罪もない人間を殺すための使命を抱いて生きてきたのだ。

 きっと、そういう環境が用意されてしまえば、人は誰しも、道徳的な善悪を知ることもなく、罪もない少女を殺してしまうだろう。

 何故ならば、人の価値観という物は、大きく環境に左右されてしまう物なのだから。

 では逆に、そうでない例外があるとすれば。

 

「これは、多分、悪いことだ。だから、俺はやらないことにするよ」

 

 道徳的な善悪も知らず。

 幼い少女に恋をしたわけでもなく。

 己の境遇を呪っていたわけでもなく。

 ただ、本能的に善であるという行動に従う者が居たとすれば、それはきっと。

 ――――英雄になるために、生まれてきた存在なのだろう。

 

 

●●●

 

 

 坂田 健吾(さかた けんご)は健全な男子高校生である。

 酒、たばこなどを嗜んだことは一度もなく、また、文武両道。二メートル近い鍛え上げられた肉体を以て、様々な部活の助っ人として大活躍。勉学も、常に学年十位以内をキープしている優等生だ。

 加えて、大きい体とは似合わず、牧歌的とも呼ぶべき当たり障りのない草食系の顔つきをしており。例えるのならば、大きなヤギや羊を連想させる。

 故に、健吾はそのオーバースペックに似合わず、周囲に埋没するかのように馴染み、クラスメイト達からは良く慕われていた。

 

「まず、金を払え。話はそれからだ」

 

 たった一つの悪癖を除けば。

 

「た、頼むよ、健吾ぉ……俺、先輩から、どうしても健吾を助っ人に、バスケット部の助っ人に来させるようにって言われてんだよぉ……今日、練習試合だからさぁ……な?」

「一回五千円だ」

「高くない!? ねぇ、一介の高校生相手に、一回五千円の助っ人代は高くない?」

「すまないが、金の無い人間の頼みは聞くな、と教え込まれているのでな」

「なんて残酷な教え!」

 

 とある高校の昼休み。

 健吾の前で、必死に頭を下げている男子が一人。

 彼は健吾のクラスメイトであり、また、バスケット部の部員であった。しかし、彼が所属するバスケット部は、万年地区予選一回戦負けのクソ雑魚ナメクジ。周囲の学校からは馬鹿にされ、地区大会では『シード枠』やら『準備運動枠』とされている悲しき者たちであった。

 けれど、そんな彼らにも意地がある。

 近場の学校故に、よく練習試合を行うバスケット部が居るのだが、なんと、そのバスケット部は女子バスケット部だ。その上、女子相手にさえ、一度も勝利を味わったことが無いクソ雑魚なのだから、もはやどうしようもない。どうしようも無いのだが、流石に、思春期の男子としては、女子にさえ、『準備運動枠』としか認識されていない現状を変えようとしたのが、今回のことのあらましだった。

 まぁそこで、練習を頑張るのではなく、助っ人に頼るという時点で、もはや救いようがないヘタレなのだが、本人たちは至って真剣である。

 

「金が払えないのなら、この話は受けられない」

「ううっ……健吾君の守銭奴!」

「なんとでも言うがいいさ。じゃあ、そういうことで」

「…………ま、待ってくれ! ちょっと、先輩と話をさせてくれ! み、皆でカンパすれば、なんとか……?」

「十分間だけ待ってやる、さっさとしろ」

「わかったよぅ……」

 

 結果から言えば、十分後、健吾の手元にはなけなしの五千円があった。

 しわくちゃの千円札が三枚に、後は大小バラバラの小銭たち。

 必死にかき集めたであろうそれを、健吾は無造作に『専用の財布』へと仕舞い込む。

 

「確かに。依頼は承った」

「絶対! 絶対に勝たせてくれよな!? 勝てなかったら五千円返してもらうからな!」

「チーム戦で個人の力に頼るのは愚の骨頂らしいぞ?」

「うぐっ」

「けれど、まぁ、いいさ」

 

 ここでようやく、健吾は作っていた仏頂面を緩めて微笑んだ。

 その微笑みを見て、バスケット部の男子――佐原もまた、安堵したように息を吐く。

 

「微力を尽くそう」

 

 このクラスメイトが、そう言って笑った時は大抵、どうにかなると知っていたから。

 

 

●●●

 

 

 その日、練習相手である女子バスケット部員たちは、思い知ることになった。

 この世界に、『黒子のバスケ』を地でやる化物が居るということを。

 

「はぁ!? なんであの位置から入れられるのよ!?」

「おかしい! 今の動き、絶対おかしいって! プロかよぉ!?」

「どんだけ動くの!? リバウンド取ってから、そのまま、ドリブルでこっちのゴールにダンクとか、頭おかしいんじゃない!?」

「ええい! 皆、惑わされないで! 戦力はあの怪物一人よ! 残りの男子は総じて足手纏い! 上手く足手纏いを利用して勝つわよ!」

「「「了解!!」」」

 

 それは、激戦と呼ぶに相応しい戦いとなった。

 県大会へと出場が可能な練度の女子バスケット部員たちと、足手纏いを大勢背負った健吾との戦い。

 女子部員がシュートを決めれば、健吾が盛り返す。

 健吾からボールが取れなければ、他の男子部員から奪い取る。

 一進一退。

 互いの集中力を削り合う、白熱した戦い。

 その戦いの決着となったのは、

 

「……や、やった、の? お、俺が?」

 

 健吾からパスを受け取った、男子部員によるスリーポイントシュートだった。

 女子部員たちは皆一様に、健吾しか警戒していなかった状態であるが故に、そのパスは易々とフリーにされていた部員へと渡って。ボールが渡された瞬間、男子部員はほぼ反射的に、動いて。そして、勝利した。

 

「……なん、で? あの、タイミングだったら、貴方、一人の方が可能性――」

 

 男子バスケット部が歓声で沸く中、女子バスケット部員の一人が、信じられない、と言った様子でぽつりと呟く。

 あの瞬間ならば、健吾が最後までボールを手にしていた方が、絶対に、圧倒的に有利な状況だった、と。

 けれど、その呟きを拾った健吾は、肩を竦めてこう答える。

 

「なんだ、知らないのか? バスケットボールは、チーム戦らしいぞ」

 

 これにて、健吾の依頼は完遂された。

 女子バスケット部と接戦を繰り広げて。

 男子バスケット部の面子も立てて。

 つまりは、坂田健吾という人間は、こういう奴なのである。

 こういうことを平然と、当然のようにやってのけるのが、坂田健吾という存在なのだった。

 

 

●●●

 

 

「…………ふぅー」

 

 健吾は決まって、部活の助っ人を終えると、行きつけの温泉で入浴することにしている。

 それは、汗をかいた体を洗い流すためと、綺麗な体で着替えをしたいという要求に従った習慣だ。

 もっとも、温泉、などと言えば華々しい観光宿か、老舗のそれを思い浮かべる人も多いかもしれないが、彼が好んで行くのは、少数人が泊まれるだけの小さな温泉宿。学校帰りの帰路から、少し外れた場所にある、寂れたところだった。

 

「…………はぁ」

 

 時刻は日が沈み始めた午後六時半。

 後三十分もすれば、寂れた温泉宿でも、一日の垢を落とすために、続々と客がやってくる。その束の間の、誰も居ない温泉を貸し切り状態で楽しむのが、健吾の密かな楽しみだった。

 けれど、一仕事終えた後の健吾の表情は明るくない。

 

「なんだか、なぁ」

 

 湯舟に浸かりながら、思案するのは今日の出来事。

 見事に助っ人としての役割を果たし、禍根を残すこともなく上手くやった練習試合。

 そのこと自体には、不満はない。微力を尽くし、最善を為せたという実感はある。だが、達成感の中には、僅かに混じった不純物が存在した。

 不純物の名前は、健吾も理解している。

 それは、虚しさという物だった。

 健吾はいつからか、この虚しさという物を抱えて、ずっと生きてきた。

 

「…………悪くはない、生活……だと、思う、うん」

 

 生活に不満はない。

 家族は存在しないが、保護者が十分な生活費を用意してくれるので、お金には困っていない。守銭奴のように、何かの度に対価を要求するのは、保護者からの『制約』だからだ。なんでもかんでも助けていれば、やがて、周囲を腐らせるだけ、という言葉に従っているのみ。事実、受け取った報酬である五千円は、この温泉代と、風呂上がりの飲むスポーツドリンクの料金を除き、既にコンビニの募金箱へ突っ込んでいた。

 そう、生活は満たされている。

 不満はない。

 学校生活も上手く行っているし、このまま何事もなく進めば、何事もなく大学へ行き、何事もなく就職するのだろう。

 周囲に望まれるまま、『良くあれ』と願われるままに。

 不満は、無いはずだと健吾は己に言い聞かせる。

 そうでなければ、あの時の決断を後悔することになるから。

 

「…………さっさと、出るか」

 

 結局、思案の果てに答えは出ず。

 汗は流せど、己の迷いは流せない。

 

「何やってんだか、俺は」

 

 温泉から上がった健吾は、ふらふらと、夜風に上がりながら行く当てもなく歩いていた。

 既に日も暮れ、秋の夜風は冷たい。

 しかし、健吾の体は冷たい風に震えることもせず、平然とその足を進ませていく。

 本来であれば、その足の向く先は自宅なのだが、今日ばかりはこんなもやもやとした気分を抱えたまま帰りたくなくて。

 その差異が、『選択』が、健吾の命運を大きく分けることになった。

 

 

●●●

 

 

 ――――超常があった。

 

「あはははははっ! やるじゃない、セイバー!」

「貴方に褒められても、欠片も嬉しくありませんね、ランサー」

 

 誰しも、目を疑うだろう。

 誰しも、正気を疑うだろう。

 科学の光が、遍く闇夜を照らし、科学で証明できない物は、存在しないとまで人々に言わせた科学信仰の世界で、『二人の少女が、周囲の地形を変える程の激闘を繰り広げている』なんて。

 

「だ・け・どぉ! ちょーっと、魔力が足りないんじゃないのぉ? 貴方ってば本来、アタシたちの天敵みたいな役割を持っているんでしょう! 動きでわかるわ! でぇーも! こっちが、押せ押せになってるんだもん」

 

 片方の少女は、異形にして怪力だった。

 身の丈ほどの大槍を、まるで子供がプラスチック製の棒切れを扱うかの如く、軽々と振り回し、もう一人の少女を翻弄している。

 その怪力は、真っ当な人間のそれ――否、物理法則すら超越する動きを見せる少女は、やはり、人間の姿をしていない。

 頭部からは異形の角が二本。

 ひらひらのスカートの下からは、竜を連想させる巨大な尻尾が一本、伸びている。

 されど、真に恐ろしいのはその美貌だ。

 異形の部位を持っているというのに、その少女は美しかった。

 薄ピンクの髪は、月光に当てられる度に透き通って。病的なまでに青白いその肌は、まるで、生まれてから一度も陽の光を浴びたことが無いかの様。

 何の心の準備もしていない一般人が、その美貌を目にすれば、瞬く間に意識を奪われ、そのまま、少女によって為す術もなく命を奪われるだろう。

 

「ならば、問いましょうか――――貴方はどれだけ無辜の命を食らったというのです? 忌まわしき怪物風情が」

 

 そして、異形の少女と相対する少女もまた、尋常ならざる姿だった。

 何せ、彼女の周囲には刀身が剥き出しの太刀が周囲に浮いており、また、彼女自身も宙に浮かぶ太刀を足場としていたのだから。

 しかも、そんな芸当を繰り広げる彼女の衣装が、烏帽子と狩衣というのだから、現実を疑っても仕方ない状況だ。何せ、それらは奇妙に彼女の風貌と一体化しており、まるで、数百年、いや、下手をすれば千年以上昔の修験者が、そのまま表れたと言ってもおかしくない姿である。

 ただまぁ、当時に美少女修験者なんて居たのかは、不明であるが。

 

「あはっ! 覚えてないわぁ、そんなの! でもでも、『美味しかった食事』のことなら、思い出せそう! 何から聞きたいかしら? 恋する乙女の心臓を踊り喰いしたお話? それとも、柔らかくて、温かく、ミルキーなロリータを――」

「黙れ、外道が」

 

 ランサーと呼ばれた、異形の怪物は、嘲笑を浮かべながら怪力を振るう。

 セイバーと呼ばれた、太刀を操る少女は、義憤の眼差しを向けて、無数の刃を降らせる。

 どちらも、尋常ならざる理外の存在。

 例え、どちらかが善であり、悪だったとしても、一般人では指先一つ、いいや、まともに声も上げられないほどの戦いが、そこにはあった。

 

「…………はっ、はっ――――んだ、よ、あれは?」

 

 その戦いを、建物の影から、茫然と見つめる者があった。

 そう、健吾である。二メートルにも届かんばかりの巨漢が、公園のトイレの影に隠れて、身を縮こまらせて、戦いの様子を伺っていたのだ。

 どくどくと、鳴りやまない心臓の早鐘を抑えながら。

 

「駄目だ、あれは、ああ、あれは、駄目だ」

 

 いや、健吾が見計らっていたのは、逃げ出す好機かもしれない。

 だって、これは異常だ。

 何が異常かと言えば、『健吾の命に届きうる異常』だ。

 こんなの、健吾は生まれて初めてだった。

 身が竦む思いも。心臓が張り裂けそうな恐怖も。産毛が逆立ち、背筋に氷柱をぶち込まれたみたいな悪寒も。何もかも、全て。

 

「駄目だ。駄目、なんだ、けど……」

 

 何もかも全て、己が求めていた異常だったのではないだろうか?

 健吾の脳裏を、そんな言葉が掠める。

 

「違う、そんな、わけ」

 

 けれど、健吾の理性がそれを否定する。

 だって、矛盾だ。矛盾している。健吾は、坂田健吾という少年は、『それ』を見捨てて、日常に埋没することを望んだからこそ、こうして生きているというのに。

 ぐるぐると、健吾の脳内を巡る否定と肯定。

 それらの混乱が、本来、健吾が起こすことのないはずのエラーを起こしてしまう。

 具体的に言うのであれば、足元の小枝に気づかず、踏み折ってしまった。

 ぱきり、と小石がアスファルトに落とされるよりも些細な音。

 だが、それはまさしく、極限の戦いを繰り広げていた少女たちにとっては、状況を一変させるに足る転機だった。

 

「あ、はっ♪」

「んなっ――――逃げなさい!」

 

 異形と目が合い、叩きつけられるような声で、健吾は駆け出した。

 ぐるぐると巡っていた迷いが、全て吹き飛ぶような決断だった。

 

「――――――っ!!」

 

 命の決断だった。

 生命が叫び散らすような、決断だった。

 逃げろ、出なければ死ぬ、と。

 

 

●●●

 

 

 さて、賢明なる読者諸君ならば、もう、理解しているだろう。

 ランサー、セイバーと呼び合っていた少女たちが、サーヴァントという最高位の使い魔であることを。

 抑止の輪から来る、ただの使い魔を超えた人理の守護者たちであることを。

 通常、魔術師同士の決闘程度に用いられる格の存在では無いのだが、それを可能としたのが、聖杯戦争である。

 生前の未練を果たすために。

 あるいは、単純に、人類史に名を刻んだ猛者たちとの戦いを望み、呼びかけに応えた者が、サーヴァントとして魔術師をマスターとするのだ。

 己の願いを叶え、本懐を果たすために。

 

「はっ、はっ、はっ――――ふ、ぐっ!」

「あははははっ! まちなさぁーい?」

 

 だからこそ、聖杯戦争とは基本的に、互いのサーヴァント同士を競い合わせる戦いとなる。マスターの実力の差が、いくらか勝率補正がかかるかもしれないが、通常、サーヴァント同士の戦いに、マスターが入り込む余地は無い。

 どれだけ卓越した魔術を扱うマスターだとしても。

 どれだけ卓越した武術を扱うマスターだとしても。

 人型の戦闘機と戦える人間など、この世に一体、どれだけ居るのか、定かではないのだから。

 

「そぉーれっ!」

「――――がっ!?」

 

 健吾もまた、その脅威を十分に味わっていた。

 人間の限界近くの脚力を持つ健吾の逃走でさえ、ランサーと呼ばれた怪物の少女は、一息で追いついて見せたのである。

 音速に近しい速度で振るわれた大槍を、辛うじて避けられたのは、奇跡に近い。

 不自然に自動車の通りが無い道路へ飛び込み、転がり込んで、ミンチになるのを逃れたのだ。ただし、その余波が巻き起こした衝撃によって、幾重にも健吾は道路を転がったが。

 

「うーん、いいわぁ、いいわぁ! 貴方は子ヤギね! 活きの良い、子ヤギ! ふふふ、どうしようかしら? 四肢をもいでから、ゆっくりロースト? それとも、お尻から槍を貫いて、丸焼き?」

 

 怪物が居た。

 健吾の中に存在する、ありとあらゆる道理を超える存在が、そこに居た。

 華奢な腕で、大槍を軽々と扱い、余りにも容易く人知を超えた怪力を発揮する美少女。異形の角を持つその美少女は、まるでスイーツを前にした女子高校生のように、場違いなほど可憐な笑みを浮かべて。

 

「あっ、でも、子ブタが頑張って足止めしているのよね、うん。だったら、さっさと済ませましょうか」

 

 あっさりと、健吾の命を潰すことを決めた。

 

「…………う、あ」

 

 さぁ、ここでおさらいをしよう。

 サーヴァント相手に、マスターはほぼ無力だ。出来て精々、足止めぐらい。そう、魔術というこの世ならざる技術を扱う者たちですら、その有様なのだ。

 まして、普通の高校生ならば?

 ちょっとばかり、運動神経が良い程度の一般人ならば?

 答えは明白。

 サーヴァントを前にした一般人(エキストラ)など、ただの雑草か、餌でしかない。

 

「………………はっ?」

 

 ただし、ここに例外が存在する。

 

「…………っ! あ、っが! お、おおおおおっ!」

「は? いや、何をやってんのよ、アンタ? いやいやいや、待ちなさい、いくらなんでも、これはおかしい――」

 

 健吾は、ランサーが振るった大槍を、その身に受けていた。

 右腕で、受け止めていた。

 肉が潰れることもなく、骨が砕けることもなく。

 鍛え上げられたその肉体は、熱く滾る何かを体中に巡らせ、骨の髄に至るまで『強化』していたのである。

 その術の、原理も知らずに。

 

「おぉおおおおおおおおおおおおっ!!」

 

 健吾の喉から、夜の帳を裂く咆哮が吐き出された。

 熱く、滾る脈動を完全に制御しながら、健吾は大槍を掴み、思いきり引き寄せた。

 

「ふざけんじゃ、ない、わよっ!」

 

 しかし、強化された健吾の肉体とは言え、怪力を誇る怪物と力比べすれば、当然、劣る。故に、それはフェイク。相手の体幹を崩すための、誘いだ。

 

「んなっ!」

 

 引き合いを予想していたランサーは、突如として力を空かされたことに、思わず仰向けに転びそうになるが、尻尾を使い、辛うじて留まる。

 だが、その時は既に、健吾が距離を肉薄としていた。

 槍の間合いの内側、拳闘の間合いへと踏み込んでいたのである。

 

「――――しぃっ!」

 

 鋭い呼気と共に放たれたのは、足から腰、腰から各関節を経由して、力を伝達させた拳だ。通常、サーヴァントに通じるはずもないそれは、けれど、ランサーの脇腹を打ち、その内臓へ痛烈な損傷を与えた。

 

「ご、あっ」

 

 思わず、呻き、槍を手放すランサー。

 この勝機を、健吾は逃さない。

 己の身に何が起きたのか? 体中を駆け巡る熱い力は何なのか? 健吾は全く理解していない。理解していないが、何故か、体が勝手に使い方を知っていた。

 この感覚は、健吾にとって度々ある物だった。

 生まれて初めて、武術を習った時は、既に知っている物をなぞるような気分で。

 素手で、身の丈三メートルほどの熊を殴殺した時も、出来て当然、という感覚があった。

 新しい何かに触れた時、窮地に陥った時、健吾は目が覚めるような気分になる。

 それは、今、この時も同じだった。

 先ほどまで、あれほど怖かった怪物の少女相手に、今は身を竦ませずに済んでいる。拳を振るい、痛打を与えることが出来た。

 まるで、秘められた力に覚醒したかのように。

 このように説明すれば、健吾はまるでご都合主義の力を得た主人公のように思えるかもしれないが、古来、英雄とはそういう物なのだ。

 尋常ならざる生まれと、境遇で育ちながらも、『その時』が来れば、覚醒する。

 かくあれ、と願われたように。

 英雄は力を得て、己が運命と対峙する。

 そう、例えば――――怪物と生死を賭けて戦わざるを得ない時があれば、否応なく、英雄として産まれた者は覚醒するだろう。

 

「こぉおおおおっ!」

 

 独自の呼吸法により、健吾は己の右腕に、『強化』の力を集中させた。

 狙うは、ランサーの細首。

 どれだけ相手が怪物であろうとも、脊椎をへし折られれば死ぬだろうという考えの下、誰もが躊躇う、苦痛に歪んだ美貌のカリスマをものともせず。

 英雄は今、怪物を殺し、英雄譚を始めようと――――

 

「咲き乱れろ」

 

 ぱぁん、と何かが弾ける音と共に、健吾の視界が反転した。

 気づけば、健吾はアスファルトに這いつくばっており、先ほどまで体中を巡っていた力を、失っていた。いや、それどころか、右足の膝から下が、全く動かせない。

 

「下郎が、エリちゃんを虐めるな」

 

 健吾が見上げる先には、奇妙な少女が立ちふさがっている。

 ピエロのメイクが施され、ゴシックロリータを纏う少女。まるで、悪夢から浮かび上がってきたかの如きそれは、健吾の醜態を見て留飲を下げたのか、すぐ隣に居るランサーの下へ駆け寄った。

 

「大丈夫、エリちゃん!? ごめんね、遅くなって」

「こ、子ブタぁ……アンタ、助けに来てくれたの!? 足止めも任せてたのに!」

「エリちゃんのピンチとあらば、何処でも直ぐに駆け付けるのが、マスターなのだ!」

「んもう! 健気で可愛いマイマスター! 今夜も可愛がってあげるわ!」

「やーん! エリちゃんってば大胆♪」

 

 これが、坂田健吾の英雄譚であれば、怪物の少女は討ち取れたかもしれない。

 しかし、これは英雄譚ではなく、聖杯戦争だ。

サーヴァントとマスターが協力し合い、雌雄を決する戦争だ。

 いかに英雄の素質を持つ者とはいえ、例外とはいえ、絆で結ばれた陣営を単独で覆すことは出来ない。

 それが、酷く醜悪な、悪性同士の絆だったとしても。

 

「で、も! その前に、この鬱陶しいゴミを片付けようね、エリちゃん!」

「オッケェ! さくっとミンチにしてずらかるわよ! セイバーだけならともかく、あの忌まわしいアーチャーに嗅ぎつけられたらことだわ!」

 

 健吾は少女同士の姦しい会話を耳にしながら、逃れられない死を感じ取っていた。

 体温が冷たいアスファルトに奪い取られ、意識も次第に、微睡んでいく。抵抗するにも、足は動かず、無理な覚醒の代償として酷い疲労が健吾の肉体を襲っている。

 ここで、死ぬ。

 間違いなく、死ぬ。

 まもなく事実と近しくなるであろう確信は、健吾へ逃れられぬ恐怖を与えていた。

 けれど、それよりも、健吾の胸を焦がす物があった。

 

「…………ちく、しょう」

 

 それは、敗北の悔しさだ。

 覚醒せず、狩られる獲物のままだったら、感じられない感情。相対し、戦い、勝機があったというのにそれを逃した己の間抜けさに、健吾は心底腹が立っていた。

 

「さぁ! 脳漿をばら撒きなさぁーい!」

 

 もう一度。

 もう一度だけでいい。

 立ち上がって、戦いたい。

 生まれて初めて感じる、灼熱の如き己の欲望。されど、健吾の体は動かない。精神は肉体を凌駕しない。

 想いの強さだけで、勝敗は覆らない。

 しかし、これは聖杯戦争だ。

 資格があり、強い願いを抱く者にこそ、令呪(参加券)は与えられる。

 

「――――問いましょう」

 

 召喚は雷鳴と共に。

 紫電を纏った刃は、瞬く間に怪物を切り払って。

 悠々と、彼女の在り方をこれ以上なく説明する形で、そのサーヴァントは現れた。

 長く、艶やかな黒髪。

 優しく、柔らかな垂れ目がちな顔の造形。

 女性らしい部分が恐ろしく豊満でありながらも、すらりとした柳を思わせる体躯。

 妖艶でありながら、清廉。

 陰がありながら、温かい。

 相反する要素を内包しながらも、そのサーヴァントが持つ、刀こそが、生粋の武人であると示していた。

 

「…………あ」

 

 その姿に、在り方に、思わず健吾は意識を奪われる。

 彼女が背にした月光すら映らず。

 ただ、美しい女武者の瞳から目を離すことが出来ず。

 

「私は貴方の母ですね?」

「………………………………えっ?」

 

 結果、疑問形というか、確認を求めるその問いに、思わず頷いてしまったのだった。

 

 

●●●

 

 

 かくして、英雄候補の少年は、己が運命と出会う。

 最後のマスターが、盤上へと上がり、ようやく、本当の意味で聖杯戦争が開始された。

 怪物と英雄が殺し合う物語が、始まったのである。




セイバー「サーヴァントセイバー、召喚されて超参上! みたいなー☆」
マスター「??????」
セイバー「えっと、その…………」
マスター「おかしい、現代の服装……? まさか、触媒を間違えましたか? ううむ?」
セイバー「…………いや、あの、ちょっと冗談というか、御洒落というか」
マスター「…………???」
セイバー「ちょっと待って、着替えてくるわ。真面目モードに切り替えます」

こんな感じで、クソ堅物のマスターに呼ばれため、真面目委員長属性になっている模様。
『え? 仮にも人妻がその服?』という目線に耐えられなかったらしい。
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