聖杯戦争始めました~Fate/end war~   作:げげるげ

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YAMA育ちって凄い。


第4話 セカンドオーナー

 坂田健吾は、その人生のほとんどを人里離れた山奥で過ごして来た。

 寝泊りは、山小屋が一軒あるだけ。

 山小屋の周りには、小さな畑がいくらかあって。

 けれども、それだけでは当然暮らしていくことが出来ないので、週に一度、覆面を被った専用の係が、調味料やら米やら、薬やらを置いていく。もっとも、薬に関してはその内、置いていくのが無駄だと感じたのか、最低限の応急処置用の物だけになったのだけれども。

 

「生き延びろ、まずはそれからだ」

 

 まだまだ、体が出来ていない幼い頃は、教師役の人間が居た。

 それもまた、覆面を被っており、ほとんど素顔は見せずに、言葉数も少ない。ただ、生きることに必要最低限の教えは、教師役の覆面に教わっていた。

 やがて、一人で生きていけると判断されると、教師役の人間も居なくなり、定期的に覆面を被った人間が現れるだけ、となった。

 

「読んで、学べ」

 

 いくらか体が出来上がってくると、健吾には一つの書物を与えられた。

 それは、対応やらスポーツ教本にあるような物で、いわゆる『人を殺すための手段』が乗っていた。基礎的な部分であるが、健吾はそれを見て、体の動かし方を学んだのである。

 

「見て、真似ろ」

 

 ある程度の基礎を習得し終えた健吾に待っていたのは、組手の日々だった。

 基礎的な部分は教本で学べていても、肝心の『コツ』の部分に関しては、直接指導と口伝によって学ばせるのが、健吾が属していた組織の習わしだったらしい。

 朝、起きては殴られる。

 昼、飯を食っては蹴られる。

 夜、寝ようとすれば刃物が天井から落ちてくる。

 控えめに言っても、児童虐待というレベルじゃねーぞ! という有様の日々であったが、健吾は不思議とそれが嫌いではなかった。

 何故ならば、相手が居るから。

 どれだけ無言でも。

 言葉よりも、拳と殺意が来るような相手だけれども。

 健吾にとっては、教師役以来の、数少ない共同生活者である。毎日居るわけでは無いし、寝泊りをする機会はほぼ皆無なのだが、健吾にとっては嬉しかった。

 例えそれが、どれだけ他と比べて劣悪な環境だったとしても、健吾にとっては紛れもなく、その『伝授役』の人間は『親』に近しい存在だったのだ。

 楽しい。

 拳と拳が交わるのが。

 楽しい。

 互いの骨がぶつかる音を聞くのが。

 たまらく、楽しい。

 肌がひりひりするような、互いの間合いを測り合う瞬間が。

 その時の健吾の上達速度を、本人は覚えていないが、報告を受けた組織の人間たちが冷や汗を流すほどには常軌を逸していた。

 まさしく、人外。

 さながら、弁慶や金太郎というような、『鬼子』とも呼ばれる異常個体を連想させるほどの逸材。されど、どうしてこのような子供が生まれたのか、その理由はさっぱりわからなかった。

 健吾が受け継ぐ血に、退魔の類は混ざっていない。

 幻想種の血を引くわけでも、魔術に携わる血脈でもない。

 ただの使い捨ての暗殺者たちを掛け合わせただけの、数合わせの失敗作だったはずだ。それが、何故? 組織は疑問に思い、けれど、何も問題が無ければ都合がいいと思考を停止した。

 気づけるわけもない。

 わかるわけもない。

 何故ならば、それは極論を言えば、ただの偶然に過ぎないのだから。

 たまたま、健吾の母親とも呼べる使い捨ての女が、死にゆく前に、健吾の生活圏に近しい、寂れた神社へ通い、『健康長寿』を願ったのみ。

 そして、たまたま――――現代に於いて枯れ果てたはずの神性、忘れ去られ、世界の裏側へ去り行くのみだったそれが、その願いを聞き届けただけの話。

 そう、結局のところ、本人は与り知らぬところでの話だ。

 だから健吾は、己の異常性を知らぬまま生きてきたのだった。

 己と比べて、他の人間がどれだけ脆いのかも、知らずに。

 

「殺す気で、来い」

 

 それを思い知ったのは、『伝授役』の人間を、己の手で殺してしまってから。

 当時の健吾は、殺してしまった感覚に戸惑い、いつまで経っても起き上がらない覆面姿の人間を不思議に思ったものだった。

 これもまた、健吾の与り知らぬことではあるが、『伝授役』の人間は、己が死ぬだろうということを予期した上で、そのような言葉を健吾へ告げたのである。

 理由は簡単。

 惜しくなったのだ。

 この埒外の力を持つ、健吾という存在を使い捨ての暗殺者として終わらせてしまうのが。故に、組織に逆らわぬ範疇で、最大限に己の命を使い、健吾の有意性を組織に知らしめることにしたらしい。

 しかし、『伝授役』の思惑は逆に、『伝授役』とされていた人間を、殺意もなくうっかり殺せる異常性を組織へ知らしめることになってしまい、健吾は予定通りに『殺し矢』として放たれることになったのだ。

 

「そうか…………人も、死ぬのか」

 

 ただ、人は殺せば死ぬ、という当たり前の出来事を最後の教えとして。

 善悪も知らぬ少年は、死とは寂しい物だと、思い知ったのだった。

 

 

●●●

 

 

健吾は己の内から湧き上がる熱い脈動…………魔力と呼ばれるそれの使い方を、概ね理解してきた。まず、体中を巡る回路のような物がある。これの本数やら、太さやら、質などを理解していくことによって、まるで魔力の動きが違ってくるのだ。

 さらに、この魔力を消費することによって、身体能力が各段に『強化』され、素手でも岩やら鉄やらを砕けるようになっていた。

 『強化』と呼ばれる魔術は、魔術師にとっては基礎中の基礎みたいな物であるが、それも極まれば強大な武器となる。少なくとも、今の健吾には並大抵の魔術による攻撃は受け付けず、具体的に言えばランクC以下の魔術は意味を為さない。

 これほどの強化を使える者は、世界各地を探しても、百に満たない数しか存在しないだろう。

 

「――――遅いですよ、健吾」

「…………ぐっ」

 

 もっとも、それだけの性能を有していたとしても、サーヴァントには及ばない。現に、健吾は己の力とバーサーカーである頼光の力量を把握するため、軽い実戦形式での組手の申し出たのだが、結果は惨敗。

 十戦十敗。

 しかも、ただの敗北ではなく、まったく勝利の糸口を掴めない敗北だったのだから、健吾としてはショックを隠せない。何せ、今までの人生の中で、健吾の本気について来られた人間などほとんど存在しなかったというのに、突然、そんな次元を飛び越えた相手が目の前に現れたのだ。どれだけ、己が井の中の蛙だったのか、恥じるばかりである。

 

「あー、その、母さん。俺の敗因は何だと思う?」

「実戦不足ですね」

「具体的には?」

「命懸けの殺し合いの回数が足らないので、話にならないだけですよ?」

「おおう」

 

 太刀の切っ先を突き付けたまま、無邪気に語る頼光の姿に、健吾はがっくりと肩を落とした。

 話にならない。

 仮にも、女性である頼光に対して、そのような言葉で切って捨てられてしまえば、真っ当な男子である健吾としては、悔しさしかない。そう、悔しいという想いを抱かされた相手が、怪物であるランサーも含めると、二人とも女性なのが健吾の悔しさに拍車をかけていた。

 別に、男尊女卑を語るわけでは無いが、健吾が真っ当に文明に触れたきっかけは、ありきたりな異能伝奇なヒーロー物語だったので、『女は男が守るもの』という想いが根底にある。

 しかし、そんな想いも今や、己の無力さに打ちひしがれて。揺れに揺れているのだった。

 

「ですが、並大抵の雑兵よりはよほど筋があります。鍛えれば、一角の英雄になることを、母が保証しますよ?」

「ははは、そりゃあどうも…………でも、この聖杯戦争中に、いきなり強くなれるわけじゃあないだろう?」

「ええ、それはもちろん。むしろ、健吾が語るように、『土壇場で力に目覚める』ことは奇跡に等しいのです。健吾がその身に神仏の加護を宿していなければ、今頃、私も含めてここには居ないでしょう」

「…………むぅ」

 

 太刀を持たぬ頼光は、ほわほわと浮世離れしたような『緩さ』があるのだが、一度身構えれば、あるのはむき身の刃の如き、鋭い武人の気配だ。

 宗次から使用許可を得た拠点は、古めかしい日本屋敷のような物となっており、庭は一軒家が丸ごと入りそうなほどに広い。そのため、頼光と健吾は庭先で戦闘訓練を行っているのだが、やはり、その気配に押されて、広さを十全に使えていない。

 何せ、戦う前から勝利するイメージが全く湧かないのだ。どこに拳を打ち込んでも、頼光に当たる気がしないし、また、闘気の籠った刃は、どのような軌跡を描いても、己の命を奪っていく予感がする。

 これが訓練でなく、実戦ならば、頼光が味方ではなく、敵ならば。健吾は為す術無く、命を落としていたはずだ。

 サーヴァントには、マスターでは太刀打ちできない。

 マスターとしてのセオリーは、サーヴァントの強みを、どれだけ相手に押し付けられるか。

 そういうセオリーは、宗次からの説明でなんとなく分かっていたのだが、それでもまだ、心の内にわだかまる物は消えてなくなってくれなかった。

 

「健吾は母が守りますので、後方での指示に徹していただければ」

「うん。まぁ、その、あれだ…………理屈では、わかっているんだが、その――」

 

 バーサーカーである頼光の意見は正しい。狂化のスキルを持ってなお、鍛え上げられた武士としての戦術眼は衰えない。

 健吾と頼光が共に戦うのならば、頑強なマスターとしての役割を果たし、目視可能な中距離での戦況把握、また、令呪によるバックアップが望ましかった。健吾もそれを分かっているのだが、五体満足で体が動く状況にあるというのに、己が動かないという事態に慣れていないのだ。

 

「だったら、理屈ではなく、体で理解すればいいだけの話だろう?」

 

 そんな、煮え切らない心の隙をつくように、何か鋭い鈍色が健吾の下に到来する。

 じゃらじゃんっ! という金属音は、鋭い突起が健吾の喉に近づいたその時にようやく耳朶を打ち、けれども、それが健吾の肉を貫くことは無い。寸前に、頼光の立ちが、致命の一撃を弾き飛ばしたからだ。

 

「…………健吾を傷つけようとしましたね? 万死に値します」

 

 ただ、それで頼光のスイッチが入ったのか、気配に殺気が混じり、一気に跳躍する。健吾は、その姿をはじき出された弾丸のように、残光しか見ることが出来なかったが、まずい、と言うことだけは瞬時に理解した。

 殺されかけたこともまずいが、このままだと、頼光は本気で相手を殺す。まだ、善悪も判らぬ誰かであるが、健吾自身が指示したのではなく、サーヴァントの独断で相手を殺すのは間違っているような気がしたのだ。

 

「待って、母さ――――」

「腕試しだ、ライダー」

 

 じゃららん、と鎖が蛇の如く蠢く音が響き、次いで、二度、三度、雷光と共に、甲高い金属音が庭先に響き渡った。

 

「申し訳ありませんが、命令ですので」

「…………虫が」

 

 怒気と殺意を隠さぬ頼光の前に立ちふさがったのは、長身の美女だった。

 桜の花弁と深い紫色が混じったかの如き長髪。蠱惑的な女性的なスタイル。黒を基調としたボディコン服に身を包んだ姿を見れば、『色』関係の仕事の人かと疑う風体であるが、違う。

 両眼を塞ぐようにしてつけられた、封印の如きバイザー。

 ゆらゆらと、鈍い色を輝かせて、体を纏わせる、短剣付きの鎖。

 何より、その気配は――――ランサーと呼ばれていた怪物よりも遥かに、怪物らしい、禍々しい物だったのだ。

 

「試験をしてやろう、元一般人。ここでサーヴァントを失うのであれば、それまでだ。拾った命を抱えて、逃げ出すがいい」

 

 鎖を扱うサーヴァントを使役するのは、銀縁の眼鏡をかけた、神経質そうな青年――いや、少年と呼ぶに相応しい風貌の物だった。肉体事態は、痩躯であり、筋骨隆々の健吾とは比べ物にならない。

 ただ、その細い肉体でありながら、ライダーの背後に控え、頼光の殺気を顔色一つ変えずに受け止める姿は、異様としか言えないだろう。

 魔術師。

 その単語が、健吾の脳裏に思い浮かんだ。

 超常の技術を扱う者。

 人でありながら、人とは違う倫理を持つ者。

 正しく、聖杯戦争のマスターとなる資格を持った者。

 そして、宗次曰く、ライダーのサーヴァントを所有する魔術師は、聖杯戦争が開催される土地を管理する存在。

 セカンドオーナーと呼ばれる、一定以上の地位にある魔術師であると。

 そんな、明らかに只者ではないマスターが今、人型の怪物であるライダーへ、戦闘開始の命令を出して。

 

「さぁ、来るがいい。バーサーカーに、そのマスター。僕たち、ライダー陣営が、お前たちを試してやぐぼぉ!?」

「…………えっ?」

 

 突如として、屋敷内から飛び出して来たメイドに殴り飛ばされた。

 

「…………お、おおおお」

「んもう、御主人! あれほど、無意味なマウント取りは止めろって言ったじゃないっすか! 最悪っすよ? 同盟初日から、そういうムーブ!!」

 

 呻くライダーのマスターを踏みつけて、説教をかますのはメイドだった。

 銀のショートカットに、エメラルドの瞳を持つ異様な少女。健吾と年は同じぐらいに見える少女が、ロングスカートのメイド服を身に纏い……手には薙刀を携えている。

 

「やれやれ」

 

 ライダーはそんな二人の様子を眺めて、肩を竦めて。

 頼光は、『隙あり』とばかりに戦闘を始めようとしたところを、健吾によって背後から抱き着かれて拘束されていた。

 

「は、母相手に、昼間からそんな……っ!」

「ステイ、ステイ」

 

 サーヴァントが二騎に、マスターが二人。

 それと、メイドが一人。

 戦いの舞台である『夜』は、まだ来ないにせよ…………いくらなんでも、一瞬にして戦いから程遠い空気になり過ぎじゃね!? と思う、健吾であった。

 




・ライダー:召喚されたと思いきや、上司が気に食わない。
       でも、同僚が可愛いし、気に入ったのでお仕事頑張るよ!

・ライダーのマスター:典型的な魔術師。一日に一回はメイドに殴られる。

・ライダーのマスターのメイド:メイド。三下口調の癖に、態度はでかい。
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