思いの外、すぐにオークは見つかった。住宅街を出てすぐの場所だった。少し広い道路の真ん中にそれはいた。
距離は目測で四十メートル。数は五匹。
駆け出したのは二人同時。
速いのは、小鳥遊。
グシャリとひしゃげるような音が響いて、オーク二匹の頭が木っ端微塵に弾けた。
恐れをなしたオークが逃げようとするが、そこに槍が飛来し、心臓が貫かれる。
「ちょ、響!俺のレベル上げだからな!」
突き刺した槍を抜くために、今し方倒れたオークに近づく。
そして、槍を引き抜くと、オークの体からは血が溢れる。
恐怖を掻き立てられたのか、生き残ったオークは逃げるかのように走りだした。
「……悪い」
オークを見て湧き上がる殺意を抑えることができずに殺してしまった。
「あ、いや、仕方ない、よな……」
光樹も小夜の死んだ理由を思い出す。小鳥遊の気持ちは理解できる。それを否定するつもりもない。
「……いや。俺のせいでお前がレベル上げれないで死んだら嫌だから。我慢するよ」
オークという相手に執着するのは良しとしても、それで光樹のレベルが満足に上がらず、死なせるようなことになってしまっては元も子もない。
折れた剣をしまって、新しく別の武器を手に取った。新しく取り出されたのは斧。右手に一つ、左手に一つ、斧が握られる。
「悪かったな……」
「あ、いや、お前が良いなら良いけど」
何となく。そう、何となくだ。
この話題に触れるのは気が引ける。それでも、気遣うのは当然だ。壊れて欲しくはないから。
「けど、オーク逃げちまったな」
逃げ出したオークの背中は見えなくなってしまった。
新しい異種族を探すかと構えを解こうとしたとき、前方から何かの集団がこちらに近づいてくるのを見た。
その数、おおよそ十。
先ほどのオークよりも多い。
「アイツらダ!アイツらガ、メグ達を殺した!」
その中心にはオークの中でもきっと強力であろう、巨大な身体の持ち主がいた。
「ーーお前が、メグ達を殺しタのカ?」
メグが誰かは分からないが、きっと先ほどの三体のオークのうちの一匹だ。
「光樹」
小鳥遊は笑顔を浮かべ、斧を構えた。
「オークが来たぞ。来たぞ、経験値が」
武器を入れていた大きなリュックはもう殆ど何も入っていない。今日はこれまで。
このオークを狩り尽くして終わり。
「でっかいのは俺がやるから」
「んま、そうだよな」
強さを考えてもオークのリーダーであろう巨体の持ち主を相手取るにはまだ光樹では足りない。
ーー殺してやる。
二人は目の前のオークを見て笑う。様々な感情が混ざった、混沌とした笑みにリーダー以外のオークは身体を震わせた。
小鳥遊達の目の前にいるのは豚鼻の巨体。
オークはその手に剣であったり、槍であったり、棍棒であったりとそれぞれの武器を持っている。
最も巨大な四メートルは有りそうな大きさのオークのリーダーは、大きさ二メートルもあろうメイスを片手で軽々と持っている。
「貴様ラは我が同胞ヲ殺しタ。覚悟は良いカ……」
ひょうと空気が変わる。
乾いた風が頬を撫でる。この場にいる全員が共通の感情を持った。
それは殺意である。
黒く、暗い感情。塗り潰されていくような、埋め尽くされていくような感覚。しかし、研ぎ澄まされていく五感。
それは戦場の超集中。
空間は殺意によって満たされていき、突如として生存競争が始まった。
狩る者、狩られる者。
どちらがどちらか。
人がオークを狩るのか、オークが人を狩るのか。
本来であれば人は狩られる存在でしかないはずだった。
しかし、この戦いではどうだろうか。
「死ネ!」
そう言って一匹のオークが先頭を走り、その後に続く形で三匹のオークが光樹に向かって駆け出す。
それを冷静に冷めた表情で光樹は見ている。
「……こいよ、お前がリーダーだろ?」
小鳥遊は二つの斧を構えて、目の前に立つボスオークを睨みつける。
「調子に乗ルなヨ、人間風情ガ」
ボスオークはズシリとその大きな体を揺らしながら、小鳥遊に近づきメイスを振り下ろした。
オークの視界の横で飛んでいく腕が見えた。
もう、終わったのだと思った。
人間に手こずるわけが無いのだと考えた。
下らないと溜息を吐きそうになった。
しかし、飛んでいくその腕を見て目を見開く。
「ーーあっ?」
切り飛んでいくのは仲間の腕。
小鳥遊との戦いがまだ終わっていないと言うのに、その視線は自らの部下に向けられる。
それが隙に見えるのは当然。
「余所見してんなよ」
その言葉が聞こえた瞬間に、オークは自らの命の危機を本能的に感じ取り、顔を後ろに引いた。
ブゥン、と斧が顎先すれすれを通り過ぎていき、風が撫でる。
「な、何故、生きてイル!」
先ほどの一撃で終わったのでは無いか。メイスの一撃の前で木っ端微塵の肉片へとなった筈だ。そんな思い込みがオークの脳内を支配する。
「よく躱せたな……」
オークの質問に答える事はない。
そして、光樹の槍に撥ねられてオークの頭が飛ぶ。転がり落ちていく。
「ーーよ、よくもォオオ!」
一匹のオークが死んだのを見ていた別のオークは激昂したのか、攻撃が激しくなる。
そして光樹の元に全てのオークが向かう。仲間の仇を取らねばならない。この男を許すことができない。
そして、それは小鳥遊の目の前にいるボスオークも同じであった。
「グオオオオオオオォオオオオ!!!!」
咆哮。
獣のような雄叫びが響く。
「殺セぇ!その男を、人間を殺せエ!」
それに答えるようにオークは雄叫びを上げる。もはやその目には、小鳥遊など微塵も興味がないようだ。
単純でわかりやすい。
「俺を忘れてんじゃねぇぞ、と!」
勢いよく小鳥遊が斧を振るうが、その一撃はオークに避けられてしまう。
何故。怒りに呑まれているのに。
どうにもそれは人間にはないであろう獣の直感、本能であるのだと理解する。
「ウォオオオ!」
理性を失ったような充血した白い目。
メイスは力強く振り下ろされて、アスファルトの地面を砕く。その威力はまるでドワーフの一撃。
ただ、それだけだ。
斬り込んで、切り裂いて腕が飛び、突き殺して血飛沫が舞う。
鉄の匂いが充満する。
悲しくも切り飛ばされる腕は全てオークの腕であった。レベル八はレベル一とは比べ物にならない程の強さだった。そこらのオークでは幾ら集まろうと相手にならない程に。
そのオークの青血はそこまで濃くなかったのかもしれない。
「どうしたどうした!もっと青血を流せよ!」
まるで狂った戦士。
それは人間もオークも変わりなく。理性の壁はなく、ただ目の前の敵を殺すことに全てが洗練されていく。
「ガアァァアアアッ!」
臆することなく、傷を気にすることなく血だらけで腕がなくとも暴れ回る。
「ハハハッ!オラオラァッ!」
槍は心臓をブチ抜いていく。
そして屍は積み重なる、一つ、二つと。赤い液を垂れ流しながら。
「残りはボス含めて六匹か……」
そう呟いている間にも、順調にオークの数は光樹によって削られていく。
小鳥遊の目の前にはメイスが迫る。
それを迎撃するように左腕で斧を振るうと、小鳥遊の武器である斧もオークの持つメイスも同様に砕け散る。
オークにはもう武器がない。
もう片方の腕に握っていた斧を超高速でオークの顔面に叩きつける。
そうすれば、いつも通り
オークの顔が赤い花を咲かせるように弾け飛ぶ。
「ギャペッーー」
そんなふざけたような声を出して一際巨大であったオークはゆっくりと後ろ向きに倒れていく。
「終わりっと」
そう呟いて小鳥遊が光樹の方へ振り向けば、返り血をビッチョリと浴びた光樹と、理性を取り戻し、目の前の惨状を見て固まってしまった一匹のオークが立っていた。
直ぐに行動に移ろうとするが遅い。
首元に槍が突き刺さった。
「カフュッ……」
そして、その突き刺さった槍を引き抜き、脳天に再度突き刺す。
「こっちも終わりー」
オークに刺さった槍を引きぬけば血が吹き出る。
「今日はここまでだな」
小鳥遊がそう言うと、どうしてと言いたげな顔をして光樹が小鳥遊の顔を見る。
トントンとリュックを叩いて示す。
「もう、殆ど武器がないんだよ」
それで光樹も納得したようだ。
「あー、なるほどね。よし、じゃあ帰ろ」
特に文句はない。
一人で無理をして死ぬのなんてバカバカしすぎる。
何より、早く体に付着した血を洗い流したいから。