「死亡者の身元が分かりました。彼の証言と一致します」
「…………」
小鳥遊は戦士達に保護された。
経緯はどうであれ、これで彼自体の安全は確保されたのだ。
「……お前が襲われたときに、ここにいた戦士は誰だ?」
「分かりません……」
小鳥遊にはその男が誰なのかはわからなかった。
「特徴は?」
「赤い髪……。百八十はあるんじゃないですか……。柄の悪いやつです」
虚とした目をしている。
それに対して戦士は何も言わない。興味もないのだろう。
「アイツか……。まあ、君も助かって良かったな」
それだけで話は終わって、スーツを着た表情の薄い男は背中を向けた。
良くなどない。助かってなんかいない。
「本当にどうにもならないんですか……?小夜姉は、彼女は助からないんですか……?」
この世界にゴブリンがオークがエルフが、吸血鬼が、異種族がいるなら蘇生魔法が存在するかもしれない。
「蘇生はーー!」
「君は現実が見えていないのか?」
スーツを着た男は現実を突きつけるような厳しい口ぶりで告げた。
「死んだ人間が生き返る?ゲームだとかアニメだとかに感化されすぎだ」
「なら、何でこの世界に異種族がいるんだよ……」
「さてな。俺もレベル上げが必要なんだ。今はまだ五十六レベ。今回は神谷《かみや》に取られたがな」
「何だよ、レベルって……」
「詳しいことはそいつに聞け。こう見えても忙しいんだ」
そう言ってその男はその場から居なくなってしまう。
「小鳥遊くん」
声をかけてきたのは痩せ身の男だ。茶髪を掻き上げたような髪型をしている。その姿は先ほどの男と同じ黒いスーツを身に纏っている。
「車に乗ってください」
「ーー待てよ!教えろよ!」
興味も失せたようにその言葉に男は振り向きもしない。
小鳥遊の体を車に案内した男が止める。
「小鳥遊くん。説明しますから!車に乗ってください!」
「何だよ、戦士って!お前らは何で戦ってんだよ!」
その言葉に男はピクリと反応して、足を止めた。ゆっくりと顔だけを向けて、答える。
「ーー戦う理由なんて、俺たちが戦えるから戦ってる、それだけのもんだ」
彼らに何かを守る義務はない。戦士であるから、人を守る義務が存在するなどと間違っても考えてはならない。
「人を守ろうとは思わないのかよ……!」
「何で守る必要がある」
それが致命的なまでに噛み合わない。
「俺が人を守って得があるのか?経験値もレベルも稼げない」
「ふざけんな……」
「ーー今回死ぬのが自分じゃなくて良かった。それで生きてる奴らは幸せだ。お前もそう思っとけ」
「何で力があるのに助けられた命をーー」
「……オークには何の旨味もない。そいつらが俺たちに与える恩恵なんてレベル十前後までを安全に上げるくらいだ」
全てが違う。
価値観が、命の天秤が、尽くズレている。
「お前には力がなかった。残念だったな」
守る力を持っていない。
だから、死なせてしまった。全ては小鳥遊の選択ミスだ。あんなことをしなければ良かった。
この男には勝つことなんてできない。
「くそが……」
悠々と去っていくその背中を睨みつけることしかできない。
「行きますよ」
痩せ身の男のその言葉に仕方なく従うことにした。
「小鳥遊くん」
「何ですか」
痩せ身の男が話しかけてきた。それを無視するのも躊躇われ、尋ね返した。
「戦士は嫌いですか?」
「大っ嫌いです……」
それは赤髪の男と、先ほどの男を見ての感想だった。
「そうですか。しかし、戦士がこの世界を結果的に守っているのも事実」
「…………」
「イギリスの経済学者のアダム・スミスは言いました。それが利己的であっても結果的に世のためになる事がある。それが彼らです」
「だから、何だって言うんですか」
「気に食わなくても構いません。彼らも一応は役に立っています。ただ、君は戦士の中の一部しか見ていない。それで判断しようとしては、早すぎませんか?」
運転席に座った彼はエンジンをかけて、ドライブにシフトレバーを入れた。
「シェルターには君が知らない戦士がいます。優しいものも、屑なものも。信じたいならその個人を見て、知ってください」
アクセルをゆっくりと踏んで、車を走らせる。
この車は異種族の攻撃から車体を守るために少しばかりの装甲が付いているが、至ってシャープな車体である。
「一概に悪であると決め付けるものじゃありません」
「…………」
「ーーまあ、それを決めるのは君ですが」
この男は少しだけ信じてもいいかもしれない。そんな事を小鳥遊は思った。
「因みにですが」
彼はそう前置きをしてから、続きを話す。
「私の名前は加藤《かとう》
「……よろしくお願い、します」
「ええ」
車は走り続ける。
ハンドルを握る加藤と、助手席に座る小鳥遊。信号が赤となり、車が止まったところで小鳥遊は思い出したかのように話し始めた。
「加藤さん」
「はい?」
「戦士って何ですか?」
小鳥遊は窓の外を見ればそこは見たことのある風景だった。違いといえば、人がいない事くらいだ。
「ーー戦士はレベルシステムと経験値システムを持つ、強化人間の事です」
「何ですか、それ」
「直人さんも言っていたでしょう」
直人というのは先ほどの黒スーツの男の名前である。レベル五十六の中堅戦士。
「……まず、この世界には空島と共に『幻想合金《ファンタジックアロイ》』と呼ばれる特殊合金が生まれました」
信号が青に変わり、再びアクセルを踏んで車を発進させる。風景は変わっていく。
「その合金の利用方法を伝えたものがいます。彼は賢者と名乗りました。……しかし、自分の名前は名乗りませんでした」
「わからないんですか?顔も?」
「終始、フードと仮面で顔を隠していましたからね」
顔を見せることがなかったということは、よっぽどシャイだったのだろう。
再び窓の外に意識を向ければ正面からゴブリンが迫る。それも三匹。
「ーーこれ、大丈夫何ですか!?」
不安に駆られ小鳥遊は加藤に大声で尋ねた。
「これでも装甲が付いてますからね。このまま突っ切れます」
そう言ってアクセルをより強く踏み込んだ。車は急加速し、重力が身体を襲う。窓の向こうには、車体に撥ねられ吹き飛んでいくゴブリンの姿が見える。
「どうですか、車もなかなかやるでしょ?」
「はぁ〜っ」
小鳥遊はそれに安心したのか大きめな息を吐いた。
「ーーさて、他に気になることはありますか?」
「レベルの限界は」
「九十九です」
「……百じゃなくてですか?」
「……ええ」
九十九止まりのゲームがあることも理解はしている。だから、これといって疑問もない。
「……ええと、戦士が使用している武器は?」
「基本は鉄とか金属です。時折、オリハルコンを使った武器もありますが」
「オリハルコン?」
伝説上の鉱石のはずではないか。本当にそんなものがあるのか。
そんな疑問から思わず口を突いて出た。
「ええ、世界最硬の鉱石です。これは幻想合金の発見からしばらくしてから発見されました」
見ないことには信じられない。
とは思ったが、オークやゴブリンがいる以上、ないとも言い切れない。
疑うことは大事だが、それでは間に合わないこともある。
「あの、賢者は戦士なんですか?」
「分かりません」
「は?」
「彼は私たちに技術を伝えただけです。戦士であるかなんて分かりません」
戦士とは戦う者たちを示す名であるのだから、賢者と呼ばれた男が戦っていたのかなど分かるわけがない。
「それに、彼は人類に技術を与えると姿を晦ましてしまいましたから」
確かにいたのだろうが、見つけることができなかった。それが正しい。
法定速度でしばらく走っていると、目的のシェルター近くにまでたどり着いた。
巨大なシェルターだ。
警備態勢も万全なようで、安心して居られる場所なのだろう。
「それでは私はこれで」
そう言って加藤が行こうとする。ただ、このままでは部屋が分からない。声をかけようとして、やめた。
何故かどの建物の何階、何号室かもわかる。自分が今どこで生活しているのかも。
完全にこの場所だけは異種族の恐怖から断絶されていることも理解できた。
「と、その前に……」
この場を去ろうとしていた加藤が車を端に停めて、降りてくる。
「小鳥遊くん。君は戦士に興味ありませんか?」