「では、行きましょうか」
小鳥遊は昨日の場所に来ていた。シェルターがよく見える場所。
加藤は小鳥遊がいる事を確認してから、歩き始めた。
「これはどこに向かっているんですか?」
人が住む区画から外れて、加藤の先導について歩いていく。
「戦士達の拠点ですよ」
「拠点ってことは……」
ギルド。
名前は確かそうだったはずだ。聞き馴染みのない言葉ではあるが、何故か小鳥遊の頭に思い浮かんだ。
「ええ、ギルドで君に幻想合金を植え付けます」
「気になってたんですが……」
「はい?」
「幻想合金は心臓と癒着するんですよね?」
「ええ」
「身体に害はないんですか?」
その質問に加藤は少しだけ考えるような間を置いてから答える。
「ありませんよ」
その答えに安心を覚えることができない。加藤が即答しなかったから。
「ただ、それは私が知る限りという意味です。だから、君が確かめるんです」
「俺が、ですか?」
「とは言え、今のところ危険なんて見つかっていないそうですが」
「……そうですか」
本当にその通りなのか。
疑わなければ生きていけないだろうが、疑ってばかりでは判断が間に合わない。
くるりと加藤は一度立ち止まって、小鳥遊に振り向いた。
「足下気をつけてくださいね」
小鳥遊はそう言われて足下に目を向けると、少しの段差があることに気がついた。
「はい」
そう返事をすると、それを聞いていたのか聞いていないのかわからないが加藤はまた正面を向いて歩き出す。
「ギルドの中には様々な施設があります。訓練場であったり、待合であったり。一般開放されているエリアもありますよ。ご存知でしたか?」
「あ、はい」
そう言ってついて行くと、下に向かうエスカレーターがある。加藤がエスカレーターに乗ったため、小鳥遊も自然とエスカレーターに足を乗せた。
「ーーそして、今向かっているのが開発施設。毎日行われているわけではありませんが、日々、戦士は増えて減ってを繰り返しています」
「何故、俺を案内してくれてるんですか?」
「何となくです。まあ、常務内容としては違いますが。問題がありましたか?」
「いえ、助かっているんです」
こんな事をする必要などあるはずも無いのに。態々、忙しいであろう彼が案内をしてくれている。それが結果的に記憶が噛み合わない小鳥遊にとっては助けとなっていた。
それでも所々は覚えている。
「本来なら、私ではなくこの施設にいる別の者が案内しますが、私が声を掛けたのですから」
エスカレーターは下へと動いていき、ようやく地下へと着いた。
「では、私はこれで失礼します」
「え、加藤さん?」
「大丈夫です。後は彼女がやってくれます」
その言葉を聞いた瞬間に後ろに気配を感じた。
「ほうほう、君がヤッスーが連れてきた……、ええと」
「小鳥遊響です」
ブカブカの白衣を着た身長の小さな少女がそこには立っていた。ボサボサの長いアッシュグレーの髪。眼鏡をかけた少女は、小鳥遊の少し年下に見える。
「そう、響くんね」
「はい、よろしくお願いします?」
「敬語は要らないよ。データ見た感じ君の方が年上みたいだし」
それだけ言って、少女は小鳥遊の背後に回って背中を押す。
「ほらほら、早速行こうよ」
「あの、行くって?」
「もちろん開発室にだよ。君には戦士になるために幻想合金を埋め込まなくちゃならないんだ」
「あの、名前を……」
「私は天才、天星《あまほし》きららちゃんだ」
「えと、天星さん」
「ん?」
「大丈夫なんですか?」
少しの不安を感じてそう尋ねれば、天星は年相応の少女らしくニンマリと笑った。
「任せたまえ。安全じゃなければ開発室にいるわけがないだろ?」
そう言って彼女は小鳥遊のことを開発室に押し込んだ。
「さて、一先ずは君に幻想合金を埋め込むとこからだ。それが終わったら、他にも説明しなきゃならないことがあってね」
「どうだい、幻想合金は」
パチリと目を開くと眼鏡をかけた少女の顔が小鳥遊の瞳に映る。
「どうって言われても」
「まあ、胸を切って開いたんだけどいつ見ても不思議だね」
そう言って天星は笑う。
「ひっ!?」
小鳥遊の今の格好は上半身裸に下はパンツ一枚。
手術が終わった彼は首を曲げて、自分の胸を見る。
「あはは、そこまで驚くかい?まあ、幻想合金ってのは不思議なもんでさ再生機能も上げてくれるみたいなんだ」
「ーーそれは死人も生き返るんですか?」
一縷の希望を抱く。
そんなものはあり得ないと理解していても、追い求めてしまう。
「生き返らないよ……。それが適応されるのは生きてる人間だけ。死んでしまったら細胞の働きは無くなって再生機能もないからね」
人が完全に死んでしまっては人は生き返ることはできない。それはどんな世界でも変えようのない真実だったのだろう。
「まあ、何はともあれこれで君もレベルアップシステムと経験値システムを手に入れたわけだ」
「あんまり実感ないな」
「まあ、そんなもんだよ。それに三日は安静にするように」
「何でですか?」
「幻想合金が心臓に癒着し、身体に馴染むまでは結構掛かるからね」
「そうなんですか?」
「私の言葉を信じなさい!」
そう言って彼女は眼鏡をカッコつけて持ち上げる。この世界のことについてあまり知らない小鳥遊が自分勝手に動いても良いことはないだろう。
「ああ、それと戦うんだったら、異種族の情報は本を購入したほうがいい」
「インターネットじゃダメなんですか?」
「分からないかな?インターネットの無料サイトの情報も本の情報もそのまま鵜呑みにしてはいけないけど、それでも金を取ってる本の方がまだ信用できる。言うだろ?ただより怖いものはないって」
それもそうだ。
命がかかっている以上、金をかけて安全を最大限保証できた方がいい。
「分かりました……」
「まあ、嵩張るって言うなら、電子書籍をスマホにでもダウンロードするか、すぐに開ける何かに纏めておくか。それくらいの事はした方がいいよ」
その提案は嬉しいものだ。
少しばかり胡散臭そうな見た目にも映るが、内面は優しい少女のようだ。
それと。
そう言って、彼女は言葉を続けた。
「言っておくがレベルは自己申告制だ。くれぐれも見栄を張って高いレベルで報告しないように」
「えと、そのレベルというのはどうやって確認できるんですか?」
ステータスオープンと言えば開けるわけでもないだろう。そんなのはもはや現実ではなくゲームだ。
「君がレベルを知りたいと強く念じれば、数字が浮かぶはずだ」
その通りに小鳥遊はレベルを知りたいと念じてみる。そうすると脳内に浮かんだのはたった一つの言葉。
ーーError.
「さて、君は今レベル一だと思う。合ってるかい?」
その言葉に小鳥遊は何と答えればいいのか、分からない。ゴクリと喉の奥で音が鳴った。唾を飲む音。それがやけにでかく心音が煩い。手術をしたと聞いたせいで、痛みもいつも以上に感じる。
それでも、落ち着いて答えるべきだ。悟られてはならない。これを出して何が起きるか。いや、もしかしたらこれは一時的なものかもしれない。
そう思う事で彼を混乱に落とし込んだErrorの文字は大した問題でもないように思える。
「は、はい。レベル一です」
どうせ、すぐにレベルが判明する。だから、気にする必要はない。後で確かめればいい。
「よし。帰っても良いよ。レベルの申告はギルド受付近くに紙があるからそれでお願いね。一先ずはこっちでレベル一は報告するけど、一ヶ月に四回は申告の義務があるから忘れないようにね」
「はい」
どうせこれだけ頭を悩ませたって一日でこの問題は自然解決する。
『レベル Error』
検索。
それで、それらしい情報など一つも得られない。
小鳥遊響の存在は、この世界では特異的なものであった。