五等分の障害   作:森盛銛

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26話 勇也の過去2

らいはが生まれてから三年後、風太郎は八歳。らいはは三歳。いまだに勇也の実家ではあるものの、幸せな家庭を築いていた。そんな家族で朝食を食べている日に勇也はあることを思い出した。

 

「そういやお前、パン屋やりたいって言ってなかったっけ?」

 

彼女の高校生の時の夢、確かパン屋をやりたいと言っていたのを思い出す。それと同時に告白、というよりもプロポーズをされたのも思い出した。

 

「うーん・・・やってみたいけど、らいはもまだ小さいしね、預金をためてから、老後の楽しみにしとく」

 

そう言うと朝食の準備中に彼女が手作りをしたパンが焼きあがった。正直本当においしいから、すぐに始めても売れると思うが、本人がそう言うならいいのだろう、と思っていたが子供たちが賛同しだした。

 

「俺、母さんのパン屋見たい!」

 

「らいはもー!」

 

「ありがと、風太郎。らいは、顔汚れてる」

 

息子の風太郎と娘のらいはにそう言われると、彼女はにっこりと笑って、らいはの口元についた牛乳ひげを布巾で丁寧にとる。

 

「いや、実はさ、良い物件があって・・・」

 

そういって彼が取り出したのは、二階建てのもので一回は元々お店をやっていたらしい、そしてその上の階が部屋というものだ。

 

「下の階を改装すれば、パン屋開けるんじゃないかって思って」

 

「でもねーお金だって・・・」

 

「まぁ、借金はしないとだろうな。でも、その分売り上げをカバーしてもらえばいいし、俺も給料あがってるし、この物件は今しかないしな」

 

さらに勇也は思いつめた表情で言う。

 

「俺も余裕が出来たし、高校卒業からずっと家事、育児だったもんな。風太郎も小学生、らいはも保育園だ。好きなことをやってもいいんじゃないか?」

 

「・・・いいの?」

 

本人もやりたい気持ちはあった。しかし、まだ子供は小さいし、パン屋を開くなんて難しい、自身がない。しかし、勇也はやってほしかった。先ほども言った通り、風太郎を妊娠し、高校を中退させてしまった。なので、やりたいことはやってほしい。

 

「じゃあ、俺も手伝う!」

 

「らいはもー!」

 

「ほら、子供たちもそう言ってるし、このまま実家暮らしっていうわけにもいかないだろ?」

 

「・・・そうね、うん、やってみよっかな!」

 

そうと決まれば早速、その物件を借りた。前と比べて、四人暮らしでは狭くなってしまうが、新しい家。家族の家をついに購入した。そして、引っ越しを終えて荷物を出している中、彼女は待望の一階へ入ってみると埃だらけになっていたものの、お店の面影があり、裏に行くとパン作りの一色道具はそろっていた。

 

「あちゃー、ダメになってるのもある。これは直すしかないわね」

 

いくつかの設備は動かなくなってしまっていた。欠陥があり、使用不能となってしまっていたので修理に出すものの、一から揃えるのと比べたら安い出費だ。

 

「後は、空調関係、メニュー関係、看板、フロア設備・・・ふぅ、やること多いわね」

 

今から工事をしても開店するのは約一年後と言ったところだろう。でも、うれしい。ひそかな夢をかなえることができるかもしれない、そして、勇也がこのことを覚えていることが嬉しかった。

 

「どうだ?」

 

後を追ってきた勇也が声をかけるとプルプルと震えだした。

 

「うん、ありがとう!大好き!」

 

嬉しさのあまりギューッと勇也に抱き着く、彼女のお嫁さんのほかのもう一つに夢、パン屋の開業が出来る一歩手前まで来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、カレーパン!」

 

料理器具の設備を修理したり足りないものを補充したりで、借金を抱えてしまったものの、開店までもう少しだった。今はメニュー開発をおこなっている。というより家族に試食をさせている。上杉家特製カレーを入れ、彼女が焼きあげたパンをあげて作ったカレーパンだ。

 

「美味い!」

 

「母さん、俺これが一番好き!」

 

「からぁい!らいは、ホットケーキがいい!」

 

「ごめんねー、らいはにはちょっと辛かったかな?あとでホットケーキも作るからね」

 

甘口だが、まだ幼いらいは二は早かったのだろう。しかし、風太郎には高評価だった。

 

「じゃあ、俺、卵サンド」

 

「らいはのホットケーキ作ってからね」

 

そうやってプロの意見もなしに、家族だけの判定でどんどんメニューも増えていった。そんな毎日が本当に楽しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして一年後・・・

 

「明日、ついに開店か」

 

「うん、ご近所さんに配ったパンも好評いただけたみたいだし、明日から頑張るぞー!」

 

時刻は夕方、二人で開店準備の最終チェックを行い、一通りの流れを覚えて行く。初日は勇也も休みの日なので、一緒にやることにした。

 

「おう、世界一のパン屋になってくれ」

 

「ふふ、でもそんな大きくなくてもいいな、私は」

 

勿論、勇也が言ったことも、魅力的なものだ。しかし、彼女が目指しているパン屋はそうではない。

 

「誰かの居場所になれるお店!そう言うのがやりたい!」

 

ざっくりしてるが、彼女らしい。勇也はそう思った。これだけ魅力的な人だ。誰にでも、やさしく寄り添い居場所を作ってくれるだろう。

 

「ま、いいんじゃねーか?お前ならできる!」

 

「ふっふー!勇也も風太郎もらいはも大きくなっても、ふと思い出して帰ってこれる場所になってくれるといいな」

 

「俺も子供かよ!?」

 

「たまに、勇也は子供っぽくなるもん。そこも好きだけど・・・だから、いつでも待ってるよ。私たちが待っているこの場所で・・・」

 

そうしみじみ言う彼女だったが、急に大きな声をあげる。

 

「あ、銀行いかないといけないんだった!」

 

明日のおつり等のお金のために両替するのを完ぺきに忘れてしまっていたようだった。

 

「よし!間に合うね!」

 

夕方なので少し急げば間に合うだろう。急いで一番近い銀行へ彼女は向かった。

 

「気をつけろよー!」

 

「はーい!」

 

こんななんて事のない日常会話、明日からもっと忙しくなる。しかい、それが楽しみで楽しみで仕方がなかった。私の大事な家族、旦那の勇也、子供っぽいところもあるけど、家族思いで、私を大事にしてくれている。長男の風太郎。やんちゃなところはお父さんに似ちゃったのかな?でも妹思いの優しいお兄ちゃん。

長女のらいは。かわいらしく、甘えてくる。家事のお手伝いもしてくれるとってもいい子。こんな家族と・・・・これからも・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドガァン!!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お母さん帰ってこないね・・・」

 

「ああ、ちょっと遅いな」

 

「お母さぁん!」

 

「よしよしらいは。お母さんはすぐ帰ってくるからな」

 

まぁ、ご近所さんと話しているか、何かしているのだろうと思っていた。それにしても遅く、この時間はすでに夕食の準備に取り掛かっている。風太郎も心配して、らいはにいたっては泣き出してしまった。しかし、ドンドンと誰かが扉を叩く音がした。

 

「はーい」

 

帰ってきたのかと思ったが、そうではない。出てきたのはご近所さんだ。

 

「上杉さん!あなたの奥さんが・・・」

 

「・・・え」

 

 

 

 

 

 

 

ご近所さんから聞いた話によるとここの病院らしい、風太郎とらいはは実家にひとまず預けて、勇也一人で行った。そして、案内をされた部屋のベッドに彼女の姿はあった。すでに眠ってしまっているのは、俺の最愛の人。だが、顔には白い布がかけられている・・・なんで・・・

 

「すでに・・・亡くなられております・・・」

 

医師に最初にそう説明をされたのは覚えている。体の力が一気に抜けるようなこの感覚。現実を受け入れられていない・・・自分の頬を思い切り殴ってみるも夢・・・でもない。そして、死を告げた医師にいつの間にか掴み掛っていた。

 

「おい、待ってくれよ・・・ふざけんなよ!!俺を・・・風太郎を・・・らいはを・・・置いて・・・」

 

医師に当たったところでどうしようもないのもわかっていた。でもこの行きようのない感情はどこに向かえばいいのかは本人もわかっていなかった。

 

「ほら、明日から店をやるんだ・・・こいつの夢だったんだよ・・・それで、誰かの居場所になるようなお店作りたいって・・・俺たちがみんな帰ってこれるような・・・そんな・・・夢、叶えたところで・・・」

 

自分自身もこれは誰に向けて行っているのかもわかってい合い、ただ言っていたら帰ってくるんじゃないかと、ありえない思考回路がまわっていた。そして残された子供たちにはなんて説明をすればいいのか・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま・・・」

 

病院から実家に戻って、時刻はすでに深夜。出迎えてくれたのは父と母だけだ。風太郎とらいははもう眠っているらしい。

 

ひとまず、寝よう。寝室に行くと、風太郎とらいははすでに寝ている。そう考えて用意してくれた布団にもぐりこんだが寝れる気がしなかった。あいつとの思い出がよみがえってくる。明日になれば実は何もなくていつもの様な日常を迎えられるのではないかとも考える。そして、この子たちになんていえば・・・

 

「・・・・・・」

 

「お父さん・・・」

 

「あ、風太郎。悪いな起こしちまったな」

 

目をこすりながら起きてきた風太郎だった。しかし、彼は勘付いていたようでもあった。

 

「お母さん。もう戻ってこないの?」

 

「!!・・・遅いからもう寝ろ」

 

急に確信を迫る質問をしてきたので、勇也は焦った。ここで誤魔化してもいずれはばれてしまう。しかし、言うべきなのかどうなのかは、わからない。だから勇也は何も言わなかった。

 

 

 

 

 

 

その後は、親族を集め彼女のお葬式が始まった。この時はよく覚えていない。風太郎はある程度察していたのか、何も言わずにいた。いつの間にか大人になっていたのだろう。らいはは何をしているのかが、わかっていないようでもあった。これを善し悪しどっちにとらえるべきかもわからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「風太郎。らいは、今日から二人はおじいちゃんとおばあちゃんの家に住むんだぞ」

 

それからというものの、開業に使った借金を返すため、勇也はより多く働きに出る必要ができてしまった。その際に子供たちは・・・正直、邪魔であった。なので、実家に預けてたまに会いに行けばいいだろうと考えていた。その間に俺はあの家を守りたい。こんな自分勝手の理由で子供を実家に預けていた。

 

「ま、待ってよ!」

 

「おとうしゃーん!」

 

泣きながら置いて行かれるのを恐れている二人。それを見ると、勇也も悲しくなるが、ぐっとこらえる。

 

「ちゃんと、迎えに行くから」

 

そう言い残して、守れるかどうかもわからない約束をしてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

勇也はその後は必死に働いて借金を返していったものの、完全返済には程遠い。あと何年かかるだろうか先が見えなかった。朝起きて、食って、働いて、寝る。これを繰り返すしかなかった。そして休日、会いに行くと約束したにも関わらず、休日にもアルバイトを入れて、借金を返していた。

 

 

 

 

とある休日。この日は久しぶりの休みだったのは覚えている。というか、会社から無理矢理有休を使わされ連休となった。そして、汚らしい部屋を見つめるが、片づける気には到底なれなかった。

 

「親父!」

 

ドンドンと扉を叩く、朝からすごくうるさかった。

 

「はい・・・」

 

思い切りやつれた表情で出てきた、目線をやると現れたのは金髪の少年だった。

 

「・・・風太郎か?」

 

「ああ、らいはに会わない親父に説教しに来た」

 

黒髪だったのは金髪に変わっており、ピアスもしている。まるで・・・俺だ。

 

「なぁ、俺はともかく、なんでらいはにも会わないんだ?」

 

以前とは違ってヤンキーの様にオラついている態度、いつの間にこんなに変わってしまったのか・・・

 

「ああ、忙しくてな・・・悪いな、会えなくて」

 

言い訳の様にそう言うが、そうではない。子供たちに会うと思いだされるのだ、彼女との思い出を・・・

そんな自分勝手を品があも風太郎はあるものを取り出した。

 

「んで、コレ保護者のサインが必要」

 

そう言ってあるプリントが渡され、それを見ると修学旅行の保護者承認のサインだった。

 

「そっか、修学旅行か・・・明日京都に行くんだな。楽しんで来いよ・・・」

 

そう呟きながらサインを書くが、奪い取るようにそれを受け取る。さらに何か部屋に入りこむとごそごそとしだした。

 

「俺ももう六年生だ。らいはも小学一年生。この三年間・・・一回も保育園行事や学校行事に来てくれなかったな・・・」

 

彼女の死からすでに三年が立っていた。時が立つのは早い・・・そんな情けないことを考えていたが、風太郎が怒るようにらいはのことを話す。

 

「らいは、ずっと引きこもってる」

 

「!?」

 

「俺がこうやって親父の真似しても見向きもしない。そんな状態だ・・・」

 

それを言うと風太郎は逃げるようにその場を去っていった。それを聞いた勇也だったが、会いに行く気持ちは・・・なかった。というより、会いに行ったところでどうにもならない。俺に何が出来る。

 

「カメラ・・・あれ?」

 

仕事用のカメラがなくなっていたのに気がつく。先ほど風太郎がごそごそしてた辺りが散らばっているのでおそらく持っていかれたのか・・・

 

「まぁいいか・・・」

 

幸い有給で連休を取っているので、次の出勤までに返してくれればいいので気にせず、その日は一日中寝て過ごした。

 

 

翌日、寝過ごしてしまい時刻は夕方。昨日そう言えば何も食べていないことに気がつき、適当なファミレスで外食をしようと外に出ることにした。すごくやつれた格好になってしまったが、今更周りからどう思われようとどうでもいい。

 

そして、ファミレスの入り口、そこで順番待ちをしていると、とある女性に目が行った。あの人にあったことがある。向こうも気がついたようだ。

 

「上杉君ですか?」

 

「零奈先生・・・お久しぶりです」

 

今からもう十二年前の恩師、零奈先生だ。あの時から無表情なのと、美人なのは変わっていなかった。

 

「お次お待ちの、中野様」

 

「はい、上杉君ご一緒しましょう」

 

「え、あ、はい」

 

そのまま成り行きで零奈と相席になってしまった。久々に会うものの少し緊張してしまっている。同窓会という雰囲気ではない。

 

「彼女とは元気にやってますか?」

 

確かに事情は知らないとはいえ、気になるだろう学生で結婚をして子供を産んだ。担任として気にならないわけがない。

 

「・・・あいつは死にました」

 

「・・・ごめんなさい」

 

正直にそう伝えると零奈も無表情から少し申し訳なさそうな表情へと変わった。

 

「・・・じゃあ、お子さんは?」

 

「今は、実家です・・・」

 

彼女に家庭環境の話をしたくはなかった。今の自分はこんな感じだ。それに比べて彼女は今でも働いているのかスーツをびしっと着こなしている。それに、お相手とはうまくやっているのだろうと勝手に決めつけていた。

 

「・・・子供の笑顔は私たち親の力の源ですよね」

 

「・・・・・・」

 

それはそうだろう。俺もあいつが生きているときはそう考えていた。だが、今ではそれを見る余裕すらないので、共感を求められたところでどうにもできない。

 

「私の夫も・・・逃げ出したんです。妊娠した子供が五つ子だと知った時・・・」

 

「え!?」

 

「あの時、一緒に勤めていた無堂先生覚えてますか?」

 

無堂は確か禿げ頭のあいつか・・・まさかこんな美人を捕まえたとは・・・

 

「まぁ、その、逃げるのは良くないですね・・・」

 

自分が何言ってるんだとも思ったが、零奈は見逃さなかった。

 

「上杉君。貴方もでしょ?」

 

急に怖い表情をしたので身構える。

 

「え?」

 

「今、あなたは子供から逃げて、ほったらかしていると聞いています」

 

どこでそんな情報を知ったかはわからないが、自分にはそんなつもりはなかった。しかし、端から見たら、そうであることはわかっている。

 

「・・・そう、ですね」

 

そんな正論は聞きたくなかった。昨日風太郎に言われたことが刺さる。同じようなことを二日続けて言わないでほしい。またここから、正論を言われて、俺はみじめになっていく。こんな自己中心的な考えしか及ばなかった。しかし、彼女は違った。

 

「上杉君。卒業をしても私はあなたの先生です・・・辛かったでしょう?いつでも相談に来てください」

 

「・・・・・・」

 

なぜだろう。いつからだろう。こんなに親切に人が寄り添ってくれたのは・・・優しい言葉をかけてくれたのは・・・こんな自分に同情してくれるのは・・・

 

「先生・・・すみません。あの時、逃げるなって言われたのに・・・逃げちゃって・・・」

 

「はい」

 

「自分勝手になって子供のことを何一つ考えなくて・・・」

 

彼女が死んでから初めて涙を流すことが出来た。先生のおかげだ。この人は感謝してもし足りない、人生の恩人だ。店の中ということも気にせずに、思い切り泣いた。

 

「・・・私は家族みんなでいることが、重要と考えています。それは私の娘たちにもよく言っています。貴方の子供たちも・・・待ってますよ」

 

「零奈先生!ありがとうございました!」

 

そう大声をあげると勇也はその場を離れてすぐさま実家へ向かった。彼多を迎え入れるために・・・

 

「全く・・・変わってませんね」

 

入れ替わりのタイミングで別の男性が入ってくる。上杉の早急せいでその時は生徒会長をやっていた男だ。

 

「マルオさん」

 

「先生。復職、おめでとうございます」

 

 

 

 

 

 

 

 

すでに夜になっているが、勇也は急いで、実家に戻った。今日、風太郎は修学旅行から帰ってくる。

今は風太郎とらいはに会いたい一心だった。実家につくとノックも何もせずに入っていく。

 

「風太郎!らいは!」

 

そう叫んでいると、一人の少年が出てきた今度は黒髪の少年。顔を忘れるはずはなかった。

 

「戻したのか?」

 

「ああ、色々あってな」

 

風太郎だった。修学旅行から戻ってきてそうそう戻したらしい。この時は勇也が写真の子がきっかけとは知る由もなかった。

 

「風太郎・・・悪かった!」

 

自身の息子に頭を下げる。風太郎は勘が込んだ後にこういいだした。

 

「親父、俺は今後、らいはに不自由ない暮らしをさせてやりたい。必要な人間になりたい。だから、勉強をする・・・だが、その前にこれは親父のやるべきことだ」

 

そう聞くと風太郎が付いてこいとジェスチャーをする。完全に締め切ってある扉の目の前にやってきた。ここにらいはがいるようだ。

 

「らいは!俺だ!お父さんだ!」

 

ドンドンと叩くが反応はない。しかし、鍵は開いているようだったので、そのまま入っていく。

真っ暗の部屋に一人蹲っている。

 

「らいは!今まで悪かった!」

 

そう言って頭を下げるとちらっとこちらを見てくる。

 

「・・・ぅ・・らない?」

 

「え?」

 

「お母さんみたいに・・・もういなくならない?」

 

「・・・ああ、約束する。お前らを一生大事にする」

 

「お父さん・・・うぁあああん!!!」

 

ギューッと抱き着いてきた彼女だ。母親を失った直後に父親もいなくなった彼女はショックだっただろう。本当に寂しい思いをさせてしまった。それを勇也も反省しつつ、約束をする。

 

「これからは家族全員一緒だ!」

 

 

 

 

 

 

 

翌日、風太郎とらいはの荷物は全て勇也の家にもっていき、引っ越し作業や掃除等を始める。今まで勇也一人だったので、すごく汚い。

 

「親父!この牛乳賞味期限切れてるぞ!」

 

「二週間なら行けるだろ?」

 

「お父さん!二週間はダメ!せめて一週間!」

 

そうではないだろうと思いながらも久々の家族での作業はすごく楽しかった。

 

「じゃあ、お母さんはここ」

 

作業と清掃を終えて、母親の遺影を目立つところにおく。

 

「じゃあ、お母さんに挨拶な」

 

勇也の提案で、三人で彼女に祈りをささげる。

 

・・・悪かった。今まで俺が子供たちを遠ざけていた。でも、もう大丈夫だ。俺はこいつらを大人になるまでしっかり見守る。借金も安心しろ。何とかなるさ。もう、家族はみんな揃っている。風太郎もらいはも許してくれた。どんだけお人よしだよ。お前に似たのかな・・・・それで、これからずっと一緒だ。

 

「そういや、親父、店はどうするんだ?」

 

「・・・いつか、母さんみたいな人が、使ってくれるといいな」

 

そんな人、居場所になれるようなお店、家族がまた集まってこれるようなお店。そんな目標を持ってくれている人に会えるといい。勇也はそう思っていた。

 

ここからが上杉勇也の再スタートだった。

 

 

 


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