「ふんふふーん♪」
今日のバイトを終えた風太郎と風太郎の家に服を忘れた二乃が二人で彼の家に向かっているところだ。メールでらいはに乾燥まで済ましておくように頼んでおいたが、乾燥機もないので家につく頃に間に合うかはわからない。そして、二乃は夕暮れ前とは違い鼻歌交じりでご機嫌だ。
「ったく、お前ほどのおしゃれ番長が服を忘れるなよ」
「誰が番長よ。でも、フー君ジャージも着心地いいわよ」
雨に濡れたため乾くまでの貸したジャージだが、気に入ったようだ。そんなおしゃれなものではないのだが、二乃の好みはよくわからない。
「それで、一花のほうは大丈夫なんでしょうね?」
「台本通りだったら大丈夫だ。頑張ってくれたからな」
今度の子供教育番組の手話先生役のために風太郎が一花に手話を教えている状況だが、何とかなっている。約束の日まで明日となっているが、よっぽどのことがない限り大丈夫だろう。
「そう?一花の復帰一作目だから、変なことになったら連帯責任よ!」
「はいはい」
そんな姉妹のことや世間話をしていると目的地である上杉家に到着した。
「二乃お姉ちゃんいらっしゃい!」
「お?二乃ちゃん!」
「お邪魔します。らいはちゃん、フー君パパ」
「らいは、二乃の服は?」
「あとちょっとかな?」
現在は干してある状態で時間がかかるようだ。
「あ!親父聞いたぞ!二乃にあんな重い話しやがって」
「まぁ、悪いとは思っているが、将来は俺の娘になるようなものだ。知ってほしかったんだよ・・・俺だけじゃなくて、あいつのことも」
そう言って目線は母親の遺影に映るそこにはお供え物として二乃が作ってくれた半分の卵サンドが置いてあった。
「それと、美味かったぜ!二乃ちゃん」
「お粗末様です。それで、お店の件なのですが・・・」
そう言うと上杉家の一階の貸し出しについての相談を始めた。見たもののお店の内装やその他設備に関して知りたいことがあったので勇成の知っている限りの情報でいいので聞きたかった。
「わかった。風太郎も来いよ!」
そう言って三人で一階のパン屋へ向かいそれぞれの設備の説明書と共に動作の確認や在庫関係を調べることにした。そして、その状態から二乃はどのようなお店にしたいかを考える。
「二乃ちゃんはパンを焼くのか?」
「そうですね・・・パン系統でもサンドウィッチとかですかね?出来れば私が作ったお料理を・・・レストランみたいな高級感よりは、地域のお店っていう感じ・・・喫茶店?よりかはお料理をメインに・・・おしゃれでSNS映えするようなお店・・・」
一つ一つであるが自分のやってみたいお店の背景を出していく。しかし、これだけパン設備がそろっているものだ。生かさないわけにもいかない。
「パンだったら三玖のほうが出来るのよね・・・」
調理学校での知識に加え、パン屋のアルバイトの経験を持つ三玖のほうが一枚上手であるのは確かだ。
「三玖か・・・一緒にやってみればどうだ?」
風太郎はそう提案するが、二乃はそのことを考えはしないわけではなかったし、出来ることならやってみたいというものがあった。しかし、二乃にも考えはある。
「三玖は三玖の将来があるからね。私の夢に巻き込むわけにもいかないわ」
たぶんだが、もし誘ったら、彼女は一緒にやってくれるだろう。しかし、三玖には三玖に合うことや目標にしていることをして欲しい。
「そうか。そう言うなら、頑張れよ」
「ま、いざ仕事がないってなったら、雇ってあげないこともないわ」
そう冗談交じりにそう言って、設備を見渡す。年数が立っているので動作確認だ。
「よし、えっと、温度調節はこれで・・・うわー、このデッキオーブン火力すごいわね・・・流石業務用」
ブツブツといいながら確認作業をしている二乃を勇也は目が離せなくなっていた。
「いい光景だな」
以前も夫婦でこのようなことをしたのを思い出すあれからもう結構な年月が経った。
「懐かしんでるところ悪いが、事情を知らなきゃ通報案件だ」
「わかってるよ」
そんなひどい視線を浴びせられる勇也だったが、いい年した男が若い女の子をじっと見ているのは言った通り通報案件だ。
「フー君。ちょっと来て」
「わかった」
二乃に呼ばれたので風太郎が彼女の元に近づき、説明書と照らし合わせながら確認作業を行っていく。また、そんな二人作業を見ていると、一瞬、自分と彼女に見えてしまった。
「お前ら、俺先に部屋戻ってる(やっぱ、いい光景だよ)」
「ふぅ、こんなものかしらね」
ある程度の設備関係をチェックしたが、不備はなかった。このままの形態であればすぐにでもオープンすることは可能であるが、二乃も専門学校生だ。卒業まではお預けだろうし、自分らしくお店のレイアウトやメニューも考えたいだろう。
「お疲れ様!冷たいもの持ってきたよ!」
作業を終えたと同時に、気の利いた妹、らいはが冷えた麦茶を持ってきてくれた。二人は作業に没頭していたので喉が渇いていたので一気に飲み込んだ。
「ぷはぁ、美味い」
「フー君おっさん臭い」
「しゃーねーだろ。疲れた」
そんな会話をしながら、三人で二階の風太郎の家に戻る途中らいはがある提案をしてきた。
「二乃お姉ちゃん!今日はもう遅いですし、うちに泊まりませんか?」
「らいは。急に無理を・・・」
「いいわよ」
五月の時同様、五つ子はらいはの誘いをほいほい受けてしまうのだろう。
「いいのかよ!?」
「あらー?五月は良くて私はダメなわけ!?」
「はぁ、わかったよ」
「オッケー、じゃあ、みんなに言っとこー」
そういじらしく反論をするので、了承をせざる負えなかった。嬉しそうに姉妹に連絡する二乃。まぁ、流石に親父もらいはもいるんだし、この前みたい急にキスをしてくる暴走はないだろう。そんなことを考え家の扉を開けようとすると中から仕事の格好をした勇也が慌ただしい様子で出てきた。
「部下がミスったらしい。ちょっと仕事場行ってくる!」
今日は休みのはずだったが、会社の都合で行かなければならなくなってしまったらしい。
「いってらっしゃーい」
らいはは無邪気な笑顔でそう言うが、数年後は自分が社畜なってしまうのかと考えると怖い。
「じゃあ、二乃お姉ちゃん!これがお客様用のものなので・・・」
そう言うといつの間にか用意されてあった上杉家のお客様用の寝具やリネンセットが用意されていた。見ている限り、らいはは最初から泊まらせる気満々だったのだろう。
「じゃあ、晩御飯・・・」
そういやってらいはがエプロンを装着した瞬間に彼女のスマホの着信が鳴る。
「もしもし・・・あ、そうだった!ごめん!今から行くね!」
そう通話しながら、先ほどの勇也の様に慌ただしくエプロンを脱ぎ去り、どこかへ行く準備を始める。
「お兄ちゃん、二乃お姉ちゃんごめん!今日友達と泊まりで夏休みの宿題やる予定だった」
「は?ちょ、らいは!?」
風太郎が呼び止める前にらいははそのまま友達の家に向かったのだろう。つまり、今は二乃と二人きりという状況だ。あまりよろしくはないだろう。
「晩御飯リクエストある?」
「いや、特に・・・って、泊まる気か!?」
「当たり前じゃない。せっかくのお誘いだもの」
「・・・その誘った本人いないんだけどな」
珍しくらいはを恨む風太郎だったが、それと裏腹に二乃は先ほどよりも上機嫌になり、エプロンを装着する。
「勝手に材料使うわけにもいかないか・・・フー君、買い物行くわよ」
「いや、帰れよ。男女二人はまずいだろ?」
「嫌よ!今日帰れない宣言して、ノコノコ帰れって言うの!?女のプライドって物が・・・」
結局説得には失敗したので二人でスーパーに向かい、今日の晩飯の材料を買うことにする。
「フー君。リクエストは?」
「なんでもいい」
「それが一番困るのよね・・・じゃあ、私の考えたお店のメニュー、それでいい?」
「ああ、それでいい」
「・・・なんかムカつくわね」
「別に、二乃の飯って全部美味いからな。だから、なんでもいい」
「あ、あんたね!・・・全く・・・」
言ったほうは本心を言っただけで何もないが言われた本人はにやける顔を必死におさえながら食材を探す。
「・・・一人暮らししてる時にちゃんと野菜取ってる?」
「・・・野菜ジュースを主に」
「それだけじゃダメでしょ!全く、今日は夏野菜メインよ」
そう言って今が旬の野菜をかごにいれ、その後は肉をチョイスし、その後に向かったのは意外なコーナーだった。
「飲むのか?」
「たまにはね、フー君も飲みましょ」
すでに二十歳を超えたのでアルコールのコーナーへ向かい。数本缶ビールやカクテルを購入した。
そして、家に戻り、一階で調理をするようだ。先ほどメニューと言っていたので、そのためだろう。
「じゃあ、ちょっと待っててね」
そう言って彼女は調理に取り掛かる。風太郎は最初はそれを見ていたが、流石にひとりでやらせるわけにもいかなかったので手伝おうとする。
「手伝うぞ」
「あらそう?夫婦の共同作業ね」
「誰が夫婦だ」
そんな冗談はさておき、風太郎は指示された切り方で野菜を切り、二乃は何かの生地を作っている様子だった。
「何作ってんだ?」
「お楽しみ」
らしい。その後、野菜を切り終わると後は二乃が調理を行うことになった。その後は鉄フライパンに生地と野菜を入れてオーブンで焼きあげるだけとのこと。そして焼きあがると最後に生ハムをトッピングする。
「はい、お待たせ」
ジューッと食欲をそそる音に鉄フライパンに生地と野菜、生ハムがトッピングされたドリアの様なもの。
「なんだっけ・・・ダッチベイビー?」
「あら覚えてたの?」
作ったものはあの時の野菜を数種類買えただけでほとんど一緒。旬の野菜と生ハムのダッチベイビーだ。
「そりゃあな。どんな形であれ、最初に振る舞ってくれた料理だし・・・」
「ふーん。ま、いただきましょ」
そう言って出来立てのダッチベイビー。そして購入したお酒を開ける。
「乾杯」
「かんぱーい」
風太郎は缶ビール、二乃はカシスオレンジを取りそれぞれ飲む。
「中野家は結構飲んだりするのか?四葉は弱いみたいだが」
以前彼女が二十歳になった際に、風太郎と飲んだのだが、薄いアルコール一口ですぐに酔っ払ったのを思い出す。
「そうね、一花はドラマの打ち上げとかで飲む機会あるし、私と三玖は調理で使うときあるから匂いは慣れた。五月は一番飲むわよ」
五つ子は酒の強弱も違うのを知った風太郎は作ってくれたダッチベイビーを頂く。
「美味いな。店で出せるレベル」
「そう?あむ・・・うん、美味しい」
自己評価は低いようだが、最初に食べた時と比べても美味しい。
「あの時より愛情詰まってるから美味しいでしょ?」
心を読まれたかの様に言うので少しドキッとしたが、そのまま食べ進める。確か、最初、二乃がまた俺を受け入れていない時、三玖と料理勝負をして初めて出されたのがこのダッチベイビーだ。
「かもな」
そうなんとなくごまかすようにして、数分後には完食しており、非常においしかった。そして少し落ち着いてきたころ、お酒もまわってきて二乃があることを聞いてきた。
「ねぇフー君」
「なんだよ?」
「今からする話はお酒の勢いってことで、口を滑らすわ」
「・・・なんか悩みか?」
「悩みよ・・・フー君を好きでいるのって迷惑?」
真剣な表情で聞いてくる。彼女の本音。こんなに可愛いし人間的にも尊敬できる人が好きでいてくれるのは男の冥利に尽きるというものだ。そして彼女が本音を話してきたので風太郎も本音を返す。
「じゃあ、俺も口を滑らす・・・迷惑とかではない、ただ、俺の彼女は四葉だ。もちろん、五つ子はみんな好きだ。俺をマシな人間にしてくれたのは他ならないお前らだからな。感謝してる」
以前の風太郎は勉強第一で、あまり他人のことを理解しようとは思ってもなかった。何より、家庭教師もお金のためと割り切ってアルバイトを始めたし、五つ子と会うのは最初は苦痛でもあった。しかし、それぞれが成長して、自分を信頼してくれて、自分にとってなくてはならない存在になってくれた。勉強でしか恩を返せていないが、これから別のことで恩を返していきたい。
「特に恋愛。あれを愚かな行為と言ったのは撤回だよ。二乃の告白から学んだ・・・まぁ、ああやって真剣な気持ちを伝えるのは・・・勇気が要るものだ」
実際、自分も告白をするときの緊張感はいまだに忘れられない。
「じゃあ次・・・私が告白の返事を待ってって言ったじゃん。あれ待たないで、その時答えを聞いてたら・・・どう答えてた?」
「・・・断ってたな。あの時は一瞬の気の迷いだとかで説得させて終わってたと思う」
「・・・あの判断は間違えじゃなかったってことね」
そう言うと缶に残っていた酒を一気に飲み干す。
「全く、高校の自分を責めたいわ。最初に私が四葉のポジションにいたらとか、最初からいがみ合わないで素直になっておけばーとか、色々後悔。ホント、そのくらいあんたが好きみたい。引きずるタイプなのね私って」
「・・・らしくねーな」
「・・・うっさいわよ!!」
そうしんみりとした雰囲気に風穴を開けるように声をあげ二乃は最後の缶を開け始めた。
「あーあ、しみったれた雰囲気はおしまい!ありがとね!話聞いてくれて!」
そう言うとその缶を一気飲みして、それと同時にバタンと倒れる。心配して駆け寄るがどうやら眠ってしまったようだ。
「・・・はぁ」
そう、安堵の息を吐くがこのまま置いておくわけにもいかないのでおぶって二階に運び、来客用の布団に寝転ばす。
「無茶しやがって・・・」
二乃の顔を見ながら以前五月に言われたことを思い出す。
「私の考えを覆すつもりはありません。ですが、義兄さんはちゃんと、弁えている様なので、他の姉妹にも・・・今じゃなくていいので、ちゃんとハッキリさせておいてください」
「ハッキリな・・・」
五月はそうなりながらも良好な関係を築けていると思う。しかし、そうやって引き離してしまい彼女たちとの関係が切れるのが怖い部分もある。だが、いつかはしなければならない決断でもあるのは理解している。
「・・・おやすみ」
酒が入っており眠いこともあったが、風太郎も先ほどのことを考えながらも就寝した。