昨日の収録時に場面は戻り、収録のバラシが決まるかもしれないというときだった。アシスタントの男性出演者が指のケガにより、動かせなくなった。手話番組なので、指が動かせないというのは致命的だろう。せっかくの一花の復帰番組はこのままでは終わってしまう。
「今から手話できる人を探すって言うのもね・・・」
「・・・あの!」
確かにそんな都合に良い人物はそう簡単には見つからない。しかし、その諦めの中、一花はディレクターに対してある提案をする。
「手話出来て、台本も読み込んでる人私知ってます!」
そう言うとその隣にいた中野一花の臨時マネージャー上杉風太郎のほうを目にやる。その行動にまさかと思ったが、そのまさかだった。
「こちらの上杉なのですが・・・」
「いや、私は構いませんが・・・」
そう言って一花は上杉を紹介しディレクターに確認を取る。ひとまず承認を得ることはできたが、今は臨時ながら会社に名前を置かせてもらっている身、無断で何かを行って事務所に迷惑をかけるわけにはいかないのでひとまず、社長に判断を仰ぎたい。
そう言うと二人でスタジオを離れ、ひとまず電話が出来る場所へ向かった。現在社長は会議中とのことなので終わるまで待っててくれと連絡が入った。
「フータロー君。ごめん、でも、本当にこの仕事に懸けてる部分もある・・・とっさに頼っちゃった・・・」
「あのまま中止になる可能性もあったってことだもんな、そりゃ、そう言う判断になるだろう。後は社長次第だ」
「・・・出てくれるの?」
「・・・俺が力になれるかはわからん。放送事故とかになって逆にお前に飛び火が行く可能性だってある。もちろん、全力は尽くすつもりだ。結果は未知数だがな」
「ううん。その気持ちだけで嬉しいよ・・・ホントに・・・」
そう二人で会話をしていると会議を抜け出してきた社長が現れる。
「Dさんから話は聞いたわ・・・上杉君、あなたはどうしたいの?」
神妙な表情でそう聞いてくる社長。しかし、風太郎の答えは変わらなかった。
「やります。やらせてください!」
「・・・これは全国放送。つまり、上杉君の顔が世に出るってこと・・・それでもいいのね?」
「はい!」
「・・・一花ちゃんもいいのね?」
「はい、私が提案したことですし・・・」
「・・・わかったわ。幸い、Dさんからキャスト交代のOKもらってるみたいだし・・・ただ、上杉君。テレビ収録は本当に大変なことよ」
真剣な表情でそう言って、社長は先にスタジオへ向かった。残された二人だが、急に、一花が深々と頭を下げる。
「ありがとうフータロー君・・・本当に・・・」
「礼を言うのは早い・・・それに重要な問題がある」
「重要な問題?」
「・・・俺の演技力の低さだ」
「・・・ぷっ、アハハ!やっぱフータロー君は締まらないな~」
「う、うるせぇな!先行くぞ!」
それも大切だけど、私のわがままを、無茶ぶりを、受け入れてくれる。そう考えながら左胸に触れ、自分の胸の鼓動が早くなっているのを確かめる。
「(あーあ、また・・・ううん、まだ・・・)」
そう心の中で自分の気持ちを再確認した。
「では、シュワリーの頭のセリフから!」
スタジオへ戻り、キャストが変わったことにより頭からの収録を始める。先ほどの男性キャストの様に見様見真似で何とかなるだろうと思っていたが、その認識は甘かった。
「カット!表情暗い!」
「気持ちを押し付けない!もっと共有するように!」
「セリフをトチるな!もう一回!」
「・・・はい」
見ている分にはできそうな気もしていたが、いざやってみると全然できていないし、ディレクターの説明も抽象的でいまいちどうアプローチすればいいのかがわかっていない。そんな状況に風太郎は意気消沈してしまっている。
「すみません。ディレクターさん。少しお時間いただきたいのですが・・・」
そんな収録の進まない状況に一花はある提案をしているようだ、二人で内緒話の様に話しているので内容は聞き取れなかった。とりあえず、一花、そして本来の男性キャスト二人に、付いてくるように言われた。
「急にやってもらうのは悪いと思ってる、けど、今のじゃ、流石にOKは出ない・・・だからフータロー君」
そう言うと連れてこられたのは別室のスタジオ、だが、特に何もセッティングされていない空き部屋だ。
「・・・私が演技諸々教える。時間も少ないから、スパルタで行くよ!」
一花が笑顔でそう言うので、冗談かと思っていたが、本気のスパルタだった。
「笑顔!笑顔忘れずに!セリフに意識いって他が出来てないよ!」
「子供相手なんだからもうちょっと声色を高めに明るくして、そんな暗い雰囲気じゃ子供泣いちゃうよ!」
「失敗を恐れないで!もっと堂々と!セリフ飛んでもオロオロしない!」
「だから顔!元から不愛想なんだから!にっこり、にっこり!」
指導に熱が入り、いろいろ言われてしまった。とりあえず全体を通してみたが、指摘箇所は軽く三十は超えていた。しかし、一花に指摘されたところを意識するだけで変わっているのはわかる。それにテレビで当たり前にやっていると思っていることも、色々なことを意識して行っているのだと関心をした。
「悪いもう一度!」
こういったものは勉強と違い、明確な答えがないので非常に難しい。だが、とりあえず一花に言われたところ指摘されたところをこなしていく。
「こんなもんか・・・まだまだだな」
「うん。でも、短い時間の中で頑張ってたよ」
完璧にとはいくはずもなく、とりあえず形だけ何とかした。もっと教えようとすれば、皿に時間がかかるが、単純に一花は堂々とすること、そして笑顔を忘れずにと言ったところだ。簡単に出来そうだが、意外と出来ない。
そして、流石にこれ以上風太郎のレッスンに時間を割くわけにもいかなかったので、収録を始める。
「今日の言葉の先生は誰でしょう?」
風太郎のそのセリフから始まり、本来のキャストと比べると劣ってしまっているのは明白だったが、撮れた。しかし、その中でディレクターはあることに気がつく。
「中野さん・・・さっきよりもいい感じになっている」
風太郎はぎりぎりOKという中、一花は逆に先ほどよりも良い表現をしていたらしい。しかし、当の本人は先ほどと同じようにしていたつもりだ。
「え?そうですか?」
「はい、だって・・・」
そう言うと最初に撮った映像と、今撮った映像を見比べてみる。
「・・・そ、そうですかね?」
あからさまに後者のほうが嬉しそうだし、気合の入りようや、どこかいいところを見せようとしている。言ってしまえば魅力倍増だ。
「あはは・・・」
一花の乾いた笑いが響き、悪いわけではないのでそのまま続けるが、そのような指摘をされると少し恥ずかしい。
「(フータロー君とまさかの共演で楽しんじゃってる・・・しかも無意識に)」
決して悪いことではないのだが、少し、後ろめたい感もある。お仕事で風太郎にも迷惑かけて自分は無意識に楽しんじゃってる。
「これか・・・よし!」
逆に風太郎は何か閃いたかのように次のカットの準備を始めだした。次は子役が名前を自己紹介していくシーンを撮っていくがその間に風太郎が急激に成長している。先ほどとは違って満面の笑みを浮かべている。子供受けもよさそうだ。
「カット!上杉さんもいい感じですよ!」
「ありがとうございます!」
「どしたのフータロー君?急に?」
急な向上に心配する一花だったが、風太郎はこう考えたらしい。
「別に・・・ただ、一花を真似たら少しはマシになるかと・・・」
照れくさそうに前髪をいじりながら言うので、少し無理をしていたのがわかる。
「ふーん。真似た割にはまだまだだけどね」
「そりゃな、芸歴一時間だぞ・・・なんだよその顔」
「なんでもなーいよ」
そう一花はからかうが、内心はすごく嬉しがっている。自分をまだちゃんと見てくれていることにニヤケを隠せないでいた。
「カット!はい、OKです!これですべてのシーンが終わりました!」
その一言で拍手が起こりようやく撮影は終わったらしい。それと同時に風太郎は異様な脱力感に苛まされる。
「ああ・・・疲れた。うお!?」
「お疲れ様」
そう言って一花がペットボトルの水を風太郎の頬にあててアオハルもどきをしだす。
「お疲れさん・・・お前って毎回こんなハードなことやってたんだな」
そう言っていただいた水を飲み干す。その横で一花用のペットボトルも飲み始めた。
「まぁ、慣れないうちは誰でもこうなるよ、私は初めての撮影終わった後、酸欠で倒れそうになったし」
そう冗談交じりに笑いながら言うが、そこまで一生懸命にやっていることなのだろう。
「それに久々の撮影はホント楽しかった。フータロー君との共演もね」
「はぁ、あいつらには言うなよ、恥ずかしい」
「・・・いや、フータロー君。言わなくてもばれるよ」
「・・・あ」
確かに番組を見られた瞬間にわかってしまうものだ。
「え?もしかして考えてなかった?」
「いや・・・マジか・・・いや、そうだよな・・・普通に考えれば・・・」
「どんどんフータロー君が凹んでいく・・・」
「少し休む・・・」
そう言った彼と一緒に楽屋へ向かった。そこで風太郎は畳に座った瞬間にそのまま眠ってしまった。
「あはは、すぐ寝るなんて・・・お疲れ様」
でも、お疲れ様。君はなんで彼女でもない私でもこんなにおせっかいを焼いてくれるのかなって、あの時のオーディションも思ったっけ・・・その時にいいなって思った。普通はそこまでしないよ、聴覚障害が診断されて自暴自棄でやらかした私を助けてくれて、手話を教えてもらうためにまた家庭教師してもらって、マネージャーもしてもらって挙句の果てには共演もしちゃうなんて・・・
「あの時は膝枕してあげたっけ・・・よいしょ」
そう言って花火大会の公園のことを思い出して彼の頭を一花が膝に乗っける。
「(あの時はそんなに意識してなかったけど・・・今はドキドキしてる)」
そう言って自分の胸に手を当てて、心臓の鼓動が早くなっているのを再認識する。そしてそれと同時に風太郎の唇に目が行く。
「・・・ダメ」
流石にそれはダメだ。修学旅行でもあんなことをしたのにまた私がやらかしたら、みんなにも迷惑がかかるし、フータロー君に顔向けできない。
「ありがとね・・・フータロー君」
そう言うと彼の寝顔の写真だけ取り、満足そうに彼を眺めていた。
「まさかだったわね・・・」
場面は今日の朝に戻り、一花の復帰兼風太郎の共演の番組が終わったところだ。
「フータローの妖精可愛かった」
「シュワリーだよね!でも、風太郎が・・・は!まさか隠れイケメンがばれる!?」
「義兄さんはあり得ませんよ。最初のほう愛想悪そうでしたし」
「うんうん。撮影も大変だったな~」
各々感想を言う中、一花は嬉しそうに現場での出来事を話す。そして、当の本人が家に到着した。
「お前ら・・・やっぱ見るよな」
「あらー?誰かと思えば、昨日私たちに出演をごまかそうとしたシュワリーじゃないですか~」
二乃がいじらしくそう言うと、風太郎はバツが悪そうに反応する。
「俺だってまさかあんなことするとは思わなかったんだ!」
「でも、フータローよかったよ」
「うんうん!かわいかった妖精風太郎」
「ええ、お疲れ様です義兄さん」
他の姉妹には称賛の声を聞けたので少し嬉しかった。それを見て二乃が慌てたように訂正する。
「わ、悪くはなかったわよ。お疲れ様。フー君」
「ああ、ありがとな・・・・あと、あんま言うなよ」
「あ、らいはちゃんからお兄ちゃんテレビ出てるって報告来ましたよ」
「あたしもフー君パパからも来てたわ、何か知らないかって?」
五月はらいはから、二乃は勇也からそれぞれ連絡が来てたらしいので、もう家族にもばれてしまっているようだ。
「・・・マジかよ」
そんながっかりしている風太郎に一花が近づく。
「後で社長からお給料のお話あるって、それと、マネージャー続けるなら即採用」
「社長と一花には悪いがやめとく」
「そっか、残念」
分かりきっていたのでショックなどはないがそのまま風太郎が続ける。
「ただ・・・まぁ、あれだ・・・」
そうぎこちない風太郎だったが、前髪をいじり、照れくさそうに言う。
「お前が、また俺を必要としてくれるなら・・・手を貸す。お前の仕事っぷりを見て・・・尊敬した」
「うわーフータロー君似合わない・・・」
「んだよ・・・」
「冗談だよ(私も君を尊敬してるよ)」
その発言や言動に面白がる一花だが、内心ではそう思っていた。