命を無視された兵隊 作:901ATT
ロドス・アイランド。製薬会社であるのだが、同時にこの世紀末の様な世界を回る為に多数の私兵を有する民間企業だ。
この私兵、オペレーターと呼ばれる彼らは、経歴不詳でも実力があれば入職可能であり割と洒落にならないような人物が入り混じっている事も珍しくなかったりする。
「…………」
そんなオペレーターの一人、緑色に染まった軍服コート姿の巨漢の姿は甲板にあった。
厚手の生地なのだろうコートの上からでも分かる丸太のように太い手足と首。軍帽を被った黒髪頭に顔には真一文字に鼻の上を通った大きな縫合痕。手には厚手の手袋が嵌められ、足元もゴツイブーツだ。
更に目を引くのが、腰の左側に付けたランタン。
照らす、というよりも己の位置を知らせるための代物であり、そんな物を身につけるという事は、そして戦場に出るという事は、つまりそう言う事である。
無論、ロドスはあくまでも製薬会社。死ねと命じる軍閥ではない。
それでも、彼はこのランタンを手放すことが出来なかった。
人付き合いも苦手で、本職である戦闘の時を差し引けばこうして一人でボーっとしている事が殆ど。
そんな彼へと声をかける者はロドスでも多くない。
「オーランド」
「…………ケルシー先生。何か、自分に御用でしょうか」
「ああ。ドクターが探していたぞ。大方前衛オペレーターを探していたんだろう。行ってやれ」
「了解しました」
男、オーランドは頷きその巨体をのっそり動かして甲板の出入り口へと足を向ける。
若干猫背なのは、彼自身の自信の無さの表れか。
その背を見送ったケルシーは、眉間に皴を寄せる。
ロドスのオペレーターは、鉱石病に感染した患者が多い。これは感染者の方がアーツなどの技量、威力に秀でている場合が多いから。
オーランドもその一人だ。もっとも、彼の場合は少々入隊が特殊だったりするが。
ケルシーは、このロドス内でも、医療関係のトップ。鉱石病患者の面倒を見る事の中には精神的なカウンセリングなども含まれている。
だが、その中でもオーランドは難しい患者だった。
常に、周囲から一歩引いた態度というのは珍しくはない。他にもそんな患者はいるのだから。しかし、その中でも彼は輪に掛けて他者との距離を取っていた。
それは、このロドス内でも人望集めるドクターも例外ではない。
「これも、医者としての性、か」
病は気から、という言葉もある。無気力になれば成る程、抵抗力は落ちていき。その結果、鉱石病を悪化させてしまう事もありえた。
勿論、孤立、孤高、孤独を好む者は居る。対人関係のコミュニケーションを苦手にする者も居る。
しかし、オーランドは別だ。少なくともケルシーにはそう見えた。
孤独を嫌い、孤立を憂い、孤高を避ける。
一人が嫌なくせに、独りにならなければいけないと自分に科している。そんな印象。
だからこそ、彼女も気に掛けていた。
目を離せば、死んでしまいそうだったから。
*
ロドスの業務には、戦闘も含まれる。寧ろオペレーターの結構な割合は書類仕事よりも荒事の方が得意な者が多かったりする。
「…………ふぅ」
戦闘行為が終了し、ランタンを消したオーランドは溜息を一つ零していた。
彼の得物は、珍しい超大口径の拳銃だ。
十三ミリの徹甲弾を発射可能な中折れ式の単発銃。名称は“ドア・ノッカーⅡ”。元々所持していた“ドア・ノッカー”をロドスのマッドなサイエンティストたちが改造を施した一丁であり。単純な射撃のみならず鈍器としての強度も獲得していた。
オーランドはこの銃を片手に戦う前衛オペレーター。理由は、その銃の名称にある。
ドア・ノッカーなのだ。玄関扉などに取り付けられるノック用の器具の名を冠している。つまり、この銃の用途は本来の拳銃などとは違い遠距離からの射撃ではなく、敵対者に肉薄攻撃を行う事が大前提となっているのだ。
未だに触れるだけでも皮膚が張り付いてしまう程の高熱を発する銃身を冷ますように外気へと晒しながら、オーランドは軍服の立った襟の影へと顔の半分を埋めた。帽子もかぶっている事から見えるのは目元位のものだ。
彼から少し離れた場所では、ロドスのパーカーを羽織ってフードを被ったドクターとその側に付き従うウサミミ少女の姿。それから、二人の下へと徒歩であったり小走りであったり寄っていくオペレーターの姿がある。
たった一人、彼だけが動かない。動
銃身の冷却が終わり、コートの内側に提げたホルスターに収めたとしても彼はドクターの側に歩み寄ろうとはしなかった。
そして、そんな彼は周囲からも孤立する。
「ドクター?」
「…………え、ああ、ゴメンねアーミヤ。何だっけ?」
「いえ、帰投の準備が整いましたから…………オーランドさんの事ですか?」
「うん……どうにかできないかと、思ってね」
ドクターはそう言って、フードの下で瞳を細める。
彼女が見るのは、たった一人自分たちに背を向けて立ち尽くすオーランドの姿。
前衛オペレーターではあるが、その仕事はどちらかというと重装オペレーターの様であり、火力と耐久性の両立を果たした彼を、ドクターは重宝していた。
だからこそ、その孤立っぷりは目立つというもの。
強い。元々、兵隊であったからか、或いはもっと別の理由かオーランドはロドス内でも上位一桁に必ず名前が挙がる程度には強い。
そして強いからこそ、彼に救われたオペレーターも少なくは無いのだ。
ケルシーの方からも、それとなく様子を見ておくように頼まれていたドクターは、そこで一計を案じる事となる。
*
ロドス内にて人が集まる場所といえばどこになるか。
宿舎、制御中枢、食堂、甲板、等々。人によっても違い、そもそも絞ることなど早々出来るはずもない。
「し、失礼します。お呼びでしょうか、ドクター」
そんな一室、執務室にオーランドの姿はあった。
いつもの軍服コートに、軍帽姿で露出しているのは目の周り位。扉を潜る様にして入ってきた巨体にとってこの部屋の天井はやや低く感じられるらしい。
「ごめんね、オーランド。突然呼び出しちゃって」
「いえ、お気になさらず」
執務机について出迎えたドクターに対して、オーランドは入口より僅かにずれた位置で不動の構え。
そんな生真面目な、気まずそうな彼へと笑みを向けて、ドクターはソファを手で示した。
「まあ、座って座って。コーヒーは飲める?」
「は、はい……あ、アーミヤCEO、自分で淹れます」
「大丈夫ですよ、オーランドさん。あと、アーミヤと呼び捨てでも良いんですよ?オーランドさんの方が年上、ですよね?」
「いえ、自分は一オペレーターにすぎませんから。ロドスの代表を呼び捨てにするのはさすがに気が引けるといいますか…………」
「こらこら、アーミヤ。無理強いは駄目だよ…………っと、オーランドもそんな端っこに座らなくても良いんだよ」
「は、はあ…………」
オーランドの対面のソファへと腰掛けるドクターは、座り心地もよく他のオペレーターにも人気のソファにどこか落ち着かない様子で浅く座る彼を観察する。
襟の立った軍服コートに顔の下半分が、目深に被った軍帽によって顔の上半分がそれぞれ隠れてしまっており、辛うじて見えるのは琥珀の瞳と顔の真ん中を横断するような酷い傷位のもの。
警戒しているのか、心を許していないのか。装備を解かないその姿は、人によっては不快感、ないしは警戒心を抱かせる事だろう。
だが、ドクターはこれまでの数少ない会話と観察によって得た経験値から別の可能性を導き出していた。
「大丈夫だよ、オーランド。この後の時間は、お客さんの予定は無いからね。私と、アーミヤだけだから」
「!…………そ、そうですか………………………………で、では、失礼して」
かなりの間を空けて、オーランドは徐に被った軍帽へと手を掛ける。
彼が、装備を解かなかったのは他でもない、この部屋に別の客人が来た際に素早く入れ替わりで退室するため。最初にソファに座った位置が扉に近かったのもそのためであるし、そもそも入り口脇に避けていたのも通行の邪魔と逃走経路の確保の為だった。
それほどまでの気配りと言うか、臆病性と言うか、警戒の壁によって覆い隠されていたその先に待つもの。
軍帽の下から現れるのは、黒っぽいゴワゴワとした髪と
次いで、コートの一番上。詰襟部分に手が掛けられ前面が開かれた。
中は白いシャツにコート同じ深緑のズボン。左脇の下にはホルスターが提げられ、そこには化け物拳銃であるドア・ノッカーⅡが突っ込まれている。
ベルトで固定されていたそれらを外し、自分の体格で大半が占拠されたソファの空きスペースに畳んだコートと一緒に置き、手袋も外された。
常に完全装備で包まれた彼の体は―――――傷だらけだった。
おさまりが悪いのか、両手を揉み合わせて少しでも傷を隠そうとするオーランドなのだが、両手は骨が折れて皮膚を突き破りそれを無視して無理して直したような傷跡が刻まれ、更に火傷の様な皮膚の変色もみられる。
だが、そんな有様を見てもドクターもアーミヤにも動揺は見られなかった。
というのも、今回の面談の為に二人はある程度の情報を仕入れていたのだ。その中に、オーランドの体には膨大な量の傷が刻まれている、というのもあった。それはもう、傷の見本市の様な有様である、と。
もっとも、二人は既に戦場を経験している。若干、息を呑むかもしれないが特別反応を示したりはしなかっただろう。
そうして、三つのカップがテーブルへと置かれ面談が始まった。
「さて、と……今日オーランドを呼んだのは、まあちょっとした世間話でも、と思ってね」
「はあ……ですが、自分にはドクターを楽しませるような話題などは持ち合わせておりません」
「ははっ、そう硬くならなくてもいいよ。それじゃあ、無難な質問から行こうか。ここの生活には慣れたかな?」
「え?ええ、まあ……こんな自分でも、気に掛けてくれる人が居ますので」
因みに、気に掛けてくれるというか、声をかけてくれる人間は通常片手で足りてしまうのをここに記す。
戦場では別なのだが、やはり日常生活では得体のしれない相手と共に居たいと思う酔狂な者は早々居ないのだ。
それから、穏やかな時間は続いた。
例えば、オーランドは生粋のベジタリアンで野菜ばかり食べている、とか。酒は飲めるが飲まない、とか。一番話すのは意外にもスカジである、とか。
決して、話が弾んでいた訳ではない。だが、この質疑応答でドクターはある種の確信を得ていた。
それはオーランドの内側にある、鬱々とした自己肯定感の低さ。
話題の一環として、戦闘時の事を彼にお礼として伝えた時の事だ。
返ってきたのは、謙遜と逸らされた目。そもそも、このコーヒーが冷め切り飲み干すまで決して長くはない時間で、ドクターもアーミヤもオーランドと一度だって目線が合わなかった。
元々、猫背な彼は縮こまる様にしてカップをその大きな両手で包み込むようにして持ち、視線は忙しなくテーブルの上や、床を這うばかり。決して持ち上げられなかった。
コミュニケーション障害。コミュ障と縮めて言われる症状であり、悪性とは言わないが人受けは悪くなるだろう。
オーランドは正にそれだった。
コミュニケーション障害の根っこは、外的要因と内的要因の二つに大別される。無論例外として精神疾患などからそれらが欠如する場合もあるが、基本はこの二つ。
前者は、抑圧された家庭環境や、劣悪な周囲環境が齎す自己の否定。後者は、元々引っ込み思案で自分の意見を飲み込んで周りに流されてしまう様な気質。
どちらか片方でも人という存在を歪ませるには十分すぎる。それが重なる事で、人は自身を失い、自信を失い、他者におもねる。
「―――――私が怖い?オーランド」
ドクターは静かにそう問うた。
フードの下、静かな瞳は真っ直ぐにオーランドに向けられている。
そして、そんな視線にさらされた巨漢はというと、
「…………すみません」
その大きな体をこれでもかと縮こまらせて、平身低頭。
たっぷり十秒ほど使って頭を下げ続けたオーランドは、やがて上体を起こした。そして、この時間が始まって、初めて真っ直ぐに二人を見る。もっとも、その視線は直ぐに逸らされてしまったが。
「…………何も、皆さんに原因があるわけではないんです。ただ自分が……その…………」
尻すぼみになっていく言葉と共に比例するようにして彼の視線も下がっていく。
必死に言葉を選んでいるのは、その動き回る視線の動きで分かりやすい。
「じ、自分に問題があるんです…………ドクターや皆さんは素晴らしい方ばかりですので……」
何をどうされれば、ここまで自分の事を信じきれなくなるのか。
その後も、オーランドは己に問題がある、と言葉を濁すばかりで、決してその理由を語ろうとはしなかった。
彼が執務室をその大きな体を若干屈めるようにして出て行った姿を見送り、ドクターはソファの背凭れへと背を預けて天井を見上げる。
カウンセリングというのは、話を聞く側も気が滅入る。
「あの、ドクター。オーランドさんは、その…………」
「言いたいことは何となくわかるよ、アーミヤ……オーランドの資料、もっと集めておくべきだったかな」
見通しの甘さを、今回見せつけられたようなものだ。
コミュニケーション能力に難あり、何てものではない。もっと根元、オーランドという一人の人間の形成に関わっている何かしらを解明しなければならない。
「…………よっし、くよくよ悩んでも仕方がないよね。トライ&エラーの精神で行こう。手伝って、アーミヤ」
「は、はいっ!」
かくして始まる、オーランドのコミュ障直し隊。
この後、ドクターの行動によりその参加人数が一気に増えることを二人は知る由も無かった。