命を無視された兵隊   作:901ATT

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2話

 朝。オペレーター、オーランドの朝は悪夢より始まる。

 丸々一晩豪勢に使って、耳の奥どころか脳を犯し尽くす泥のように悪夢は容易く人一人の精神を破壊することが出来るだろう。

 

「………ッ、はぁ……」

 

 ロドス内で割り当てられた部屋。その床の上で目を覚ましたオーランドは、滲んだ脂汗をそのままに近くに用意していた水の入ったボトル、その中身を飲み込み一息吐き出していた。

 悪夢障害とは長い付き合いになる彼だが、一向に慣れる事はない。無論、慣れて良いものではないし、仮に慣れてしまえばそれは心が死んでしまったことに他ならないのだが。

 時刻を時計で確認すれば、午前四時を少し回ったところ。寝つきも悪く、オーランドの睡眠時間は基本的に三時間程度。眠りも浅く、最早仮眠でしかない。

 暫くの間、虚空を暗い瞳で見つめ続けた彼だったが、やがて軽く頭を振るうと立ち上がる。

 部屋に備えられたシャワー室にて汗を流し、いつもの軍服コートに軍帽という格好へと着替えて部屋の外へ。

 廊下は、最低限度の明かりしかなく辛うじて足元が見える程度には抑えられている。

 そんな廊下を、彼は一切の足音を立てることも無く進む。もしも曲がり角で出会えば、その巨体も相まってまるで怪物にでも出会ったような感想を味わえることだろう。

 猫背の重い足取りでオーランドが向かったのは、甲板。

 晴れていようと、曇っていようと、雨だろうと、雪だろうと、雹が降ろうと、野分の日ですらも彼は基本的にここに居る。

 理由としては、晴天ならいざ知らず悪天候でこの場所を訪れる者は先ず居ないから。

 未だに夜明けも迎えていない甲板の上。手摺に両腕を乗せて上半身を預けるようにして前のめりの状態となると淀んだ瞳を外へと向けた。

 悪夢障害に関しては、誰かに相談したことはない。何故なら、相談するという事は己の過去を誰かに話すという事なのだから。

 オーランドは、誰かと深くかかわる事が恐ろしい。もっと言うならば、己の過去を知られ糾弾されるかもしれない、という恐怖だ。

 ロドスに所属する人間の大半は、ある種の後ろ暗さにも似た思い過去を持ち合わせている者ばかり。その中でも彼の抱える闇は割と深い。

 

「…………」

 

 耳の奥で木霊する怨嗟の声を聴きながら、オーランドは身を起こす。このたった一人の甲板に客人が近づくのを感じ取ったからだ。

 目深に被った軍帽の下、チラリと出入り口の一つへと目を向ければ殆ど間を開けることなく一人の女性がやって来る。

 灰色の髪をした黒衣の女性。恐らく、このロドスに所属するオペレーターの中でも三指に入る実力者である元バウンティハンター。

 

「…………早いわね」

「……おはようございます」

 

 オーランドより二メートルほど離れた手摺に辿り着いた彼女、スカジは一瞥する事も無く手摺へと凭れ掛かった。

 元々、どちらも会話を楽しむどころか人付き合いすらも避ける二人だ。同じ空間に居たとしても、会話は弾まない。

 

「…………」

「…………」

「「…………」」

 

 前と後ろ、それぞれの方向を見ながら手摺に凭れ掛かる二人。

 ただ時間だけが過ぎて行く不毛な時間だが、そんな中でスカジは被った帽子のツバの下から隣の男へとほんの一瞬だけ視線を走らせていた。

 若干の改善を見せているとはいえ、彼女もまた他者とのコミュニケーションを避けてきた過去がある。

 今でも解決したとは言えないが、それでもドクターとの関りなどを経て鍛錬場などでの手合わせや、食堂で食事をする事もある。

 だからこそ、過去の他人を拒絶し続けた自分を見せられているような気がして、スカジはオーランドを彼女なりに気に掛けていた。

 

「……ドクターが、あなたを気に掛けていたわ」

「…………」

「アーミヤもね」

「…………自分には、勿体ない限りの話です」

 

 返答には、僅かな苦みが入り混じっている。

 スカジに言われるまでも無く、オーランドとて己の今の境遇が恵まれている事は理解していた。

 見捨てない上司。得体が知れずとも後ろから撃たれる心配のない同僚。完治するまで面倒を見る医者。

 国の軍ですらも中々見ない好待遇。戦う兵隊からすれば、命を賭すのも躊躇わない程度には今の居場所は良かった。

 だからこそ、オーランドは苦悩する。自分には分不相応であると、そんな資格は無いのだとどんよりとした暗い気持ちを抱いてしまう。

 そして負のループへと陥って、心が鑢掛けでもされているかの様にガリガリと削られていくのだ。

 濃密なまでの負のオーラを発するオーランドを横目に、スカジは再び視線を前へと戻す。

 この難儀な男が内心でぐるぐると、まるで自分の尻尾を追いかける子犬の様な精神状態に陥っている事はその様子から何となく察することが出来た。だからといって自分に何かができるなどと、彼女は思い上がったりはしない。

 そもそもスカジは、カウンセラーではない。傭兵、バウンティハンター、オペレーターと戦う事がその仕事なのだから。

 もしもその足が戦場で止まってしまった時、その背を守る。

 彼女はその在り方こそ、仲間というものだと考えるから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼。ロドス内でも最も活気を見せるのは、食堂だろう。

 優秀な各国より集められた調理スタッフと、それから料理自慢のオペレーターたちが切り盛りする厨房からは常に良いニオイが漂っておりオペレーター、スタッフ問わずに賑わっていた。

 ただ、やはりオペレーターの中には、賑やかな状況を苦手としてあまり食堂には居つかず購買所などから適当に買って済ませてしまうものも少なくない。

 そうなってくると問題なのが、栄養バランス。特に不足しやすいのがビタミン系だ。

 ロドスは製薬会社。複数の医療スタッフが居り、ドクターやケルシーも居る為、医療機関といっても差し支えない。

 要するに、示しがつかないのである。

 そこでドクター並びに代表者たちは一計を案じる事となった。

 

「~♪」

 

 銀のバットを片手に掲げ、鼻唄を歌い廊下を行くウルサスの少女が一人。

 幼げながら笑顔眩しく、スキップするような足取りで向かうのはロドス甲板。

 

「こんにちは!オーランドさん!今日もお昼を持ってきたよ!」

「…………」

 

 喜色満面な彼女が声をかけるのは、最も避けられている巨体のウルサス。いや、もしかすると大半のオペレーターやスタッフは彼の種族を知らないかもしれない。

 そんな彼、オーランドは手摺にもたれていた上体を起こすと声をかけてきた少女、グムへと目を向けた。

 

「ふふん!今日はアスパラサラダだよ!ドレッシングのお陰で栄養バランスもバッチリ!」

「あ、あの、グムさん」

「ん?なあに?」

「いえ、その…………自分は大丈夫ですから、無理に毎日作る事は…………」

「それはダメ。だって前にオーランドさんがそう言った時、乾パンしか食べてなかったもん!お肉やお魚食べられなくてもちゃんと食べないと倒れちゃうんだから!」

 

 二メートルを超える巨体の大男が、百五十センチと少しの少女に説教される図。

 情けない事この上ない見た目ではあるが、それもこれもオーランドが食堂に立ち寄らず、購買でのレーションなどで全ての食事を済ませてしまう事に原因があった。

 とはいえ、オーランド含めてそんな者が少なくない現状。改善といえないまでもある程度の補填の為に、ドクター達はデリバリーサービスの様なモノを始めた。

 一応、立候補制であり強制ではないのだが元々不治の病の様な鉱石病を治療や改善、支援しようとやって来るようなお人好しや、情熱を燃やすような者ばかり。食わない相手に対してお節介を焼いてしまうのは半ば当然の事でもあった。

 そして、そんなデリバリーの対象の一人として、オーランドも該当していた。先日は、マッターホルンが、精進揚げの天丼を差し入れていたりする。

 因みに、オーランドは料理を持ってきてもらう度に調理担当へと断りを入れていたりする。結局押し切られて成功したことは無かったが。

 今回もそうだ。笑顔で突き出される特大サラダボウルを前にすれば押しに弱い彼が断われるはずもない。

 大きな体を縮こまらせてモソモソと葉物野菜を食べ始めたオーランドを見て、グムもまた己の昼食へと口をつける。

 サーモンサンド。全粒粉のバゲットを用いたそれはかなり大きいが大きく口を開けて食べ進めていく彼女にはあまり関係ないらしい。

 時間にすれば、十五分ほど。それだけあれば、二人揃って完食するにも十分すぎる。

 

「ぷはーっ!ごちそうさま!今日のサラダはどうだったかな?オーランドさん?」

「………とても美味しかったですよ、グムさん」

 

 人間食べねば生きていけない。そして、せっかく食べるのだからやはり美味しいものが良いというのは当然の帰結という訳で。

 返されたサラダボウルは綺麗さっぱり、ほんの少しだけドレッシングの脂が残っている程度で空っぽとなっていた。

 いつも断るオーランドへと差し入れが絶えないのは、この様に出されたものは綺麗に食べ尽くしてくれるからだろう。

 腹が減っては戦は出来ぬ。

 

『第一部隊のオペレーターは、至急執務室への集合をお願いします。繰り返します、第一部隊オペレーターは、至急執務室への集合をお願いします』

 

 突然のアナウンスが響く。

 ロドスの実働部隊は幾つかに分かれており、ドクターが指示を飛ばす部隊もあれば各隊長が主軸となって指揮を執る部隊も存在する。

 その中で、第一部隊はドクターが指揮を執る部隊だった。

 そして、オーランドもそのメンバーの一人。

 

「呼ばれちゃったね、オーランドさん。いってらっしゃい!」

「…………はい」

 

 グムに送り出されるようにして、オーランドはその鉛のように重い足取りで集合場所へと向かう。

 その内心は、暗澹たる有様だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ロドスの戦場。それは基本的に、防御が基本で自分たちから攻め入る事はそれほど多くは無い。

 

「…………」

 

 通路の一つを塞ぐように、鬼が立つ。これは種族ではなく、相手側から見ての感想。

 濃緑の軍服コートの襟と軍帽によって影となった隙間から覗く怪しい眼光と、その腰のベルトに提げられた深青(ナイトブルー)のランタン光。

 右手には一発食らうだけで人間など容易く吹き飛ばしてしまうだろう超大型拳銃。

 単発式のソレは、裏を返せば恐怖を刻み込むようにして襲いかかってくることに等しい。

 高台から遠距離攻撃を行う術師や、射手、回復役のオペレーター達には、その姿がよく見える。

 迫りくる敵をたった一人で押しとどめ、その銃口を機械的に向ける。引かれる引き金には一切の躊躇は無く、そして如何なる手傷を負おうともその膝をつくことはない。

 

「治療します!」

 

 サルカズの医療オペレーター、ハイビスカスは治療の光をオーランドへと差し向ける。

 最小限の回避行動しかとらない彼は、相手が予想以上の動きをすれば直ぐに重傷をおってしまう。その上、真面に止血もせずまるで痛みなど感じていない様に動くのだから、医療オペレーターたちは気が抜けないのだ。

 ハイビスカスもその一人であり、彼が手傷を負えば直ぐにでも回復させていく。

 敵からすれば、どれだけ攻撃を受けても倒れない前衛であり、尚且つあと少しで倒せそうなところで回復させてくるのだ。悪夢と言う外ない。

 離れた通路では、重装オペレーターである鬼の女性、ホシグマが敵を受け止め、そこを狙撃オペレターのエクシア、術師オペレーターのアーミヤが叩いている所。そちらの回復役は、ナイチンゲールだ。

 何度目かのリロード。顔面目掛けて飛んできたアーツの光弾を僅かに、首を捻る事で頬を掠める程度に抑えてお返しの弾丸を見舞う。

 ただ弾丸を押し出すだけの狙撃ではなく、銃身内部に刻まれた螺旋の溝が回転を生み、射出された勢いを持って空気の壁を突き進み、突き刺さるのは敵術師の脳天だ。

 まるで内側に炸薬でも仕込んでいたかのように、鎖骨から上が消し飛び首なし死体は膝をつく。

 相手が仮に肉体の強靭なサルカズや鬼などであっても間違いなく即死。頭に当たらずとも、体のどこかしらに当たれば、その点を中心とした広い範囲が抉り抜かれる事だろう。

 そんな拳銃を、オーランドは片手で撃つ。そして、命中させる。

 今まさに、伐採者の斧を紙一重、と言うかほとんど掠めるような距離で銃口を密着させその引き金を引けばこの戦場最後の生き残りが崩れ落ちた。

 トリガーガードに設けられたもう一つの引き金を引く事で、彼の拳銃は薬莢を排出する。

 いつもの戦闘だ。凄惨な現場も、血のニオイも、全てがいつも通り。

 

「…………ふぅ」

 

 ランタンの明かりを落とし、未だに皮膚が張り付く程の熱気を発している銃身を風に当てて冷ましながらオーランドは空を見上げた。

 明確なリミットである鉱石病に感染していなければ、今頃どうなっていたのか。彼は時々、そんな事を考えて空を見上げる。

 きっと、ここ(ロドス)には居ないだろう。それだけは確かだ。

 もっと暗く、静かで、惨めで、惨く、悲惨で、鮮烈な、そんな世界に身を浸らせてその両手は愚か全身を朱に染めていたはずだ。

 良い事か悪い事かと問われれば、恐らく極悪。しかし見方によればそれは、どちらにも翻るのだからこの答えに意味は無いだろう。

 悩みがドツボに嵌り、思考が堂々巡りしていくオーランド。

 そんな彼の背後より掛けられる声。

 

「―――――迷うぐらいなら、いっそ全部壊しちゃえば?」

「…………何か用ですか、ラップランドさん」

 

 白い二刀使いのループス、ラップランドは掴みどころのない笑みを浮かべそこに居た。

 恐らく、ロドス内でも屈指の実力者。その二刀を持って迫られれば並大抵の実力者では直ぐにでも骸を晒すことになるであろう人物。

 そんな彼女だが、意外にもオーランドとの関りがあったりする。

 元々、ラップランドは戦闘狂の嫌いがあるのだ。それこそ、強いと己が察知した相手には誰彼構わず喧嘩を売りに行きかねない程に。無論、常日頃がそういう訳では無いのだが、少なくともオーランドの初対面は殺気を叩きつけてしまっていた。

 だが、彼女の望んだ通りにはならずオーランドが逃げ回り今にまで至る。

 

「キミにはそれだけできる、力があるじゃないか。理性で縛ろうとするから、そうなる」

「…………」

「簡単な事じゃないか。ボクの力も、キミの力も突き詰めれば暴力。だろう?」

「…………だからといって、無秩序に振るって良いものではないでしょう」

「詭弁だよ、それは」

 

 クスクスと嗤いながら、ラップランドは軽い足取りでオーランドの目の前まで進むと胸を突き出すようにしてにんまり笑みを浮かべた。

 

「戦いってさ、結局のところ暴力をぶつけ合う場でしか無い訳だよね。そして、その場に臨むボク達は、言うなれば暴力のエキスパートの訳だ。違うかい?」

「…………」

「意味も、意義も、善も、悪も!結局のところは、後付けの理由なのさ。最初の一回を皮切りに、ボク等は魅入られるんだ。戦闘に、戦場に、戦争に。生き残るって事は、殺すって事さ」

 

 まるで、魅入られたかのようにオーランドはその笑みから目を離せなかった。

 ラップランドが語る理は、正解のように聞こえるかもしれないがあくまでも彼女の思想でしかない。

 

「…………それでも、自分がこれ(理性)を手放す気はありませんよ」

 

 飲まれかけた彼は、しかし不意に左手に触れた感触で現実へと戻ってくる。

 腰に提げられたランタンは、呪いであると同時に繋がりでもあり、彼にとっては枷でもあった。

 理性を捨て去り、獣となって楽になる事は許されない。

 軍帽の下、瞳に宿る理性の光を確認し、ラップランドは目を細めた。

 

「ふーん…………まあ、構わないけどね。キミが全てを捨てるのを楽しみに待つことにするさ。テキサスでも弄りながら、ね」

 

 それだけ言って、ふらりと踵を返して離れていくその背中。

 自分よりもはるかに小さいであろう背を見送り、オーランドは一つ息を吐き出す。

 気付けば、その手にあった拳銃は熱を失っており、黒鉄の輝きを持って静かにその場に在り続けていた。

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